2008.09/08(Mon)
今だに見えないもの
基本的に人間は自分の感覚で感じ取れるものしか「見えない」
見えるから、感じるのか、
感じるから、見えるのか。
それもまた怪しい(あはは)
見えないものの中の「自分の周りの空気」
基本的に見えないものの代表!
で、どうやって見るか・・・
いや、どうやって感じるかとなると、自分の他の感覚に頼るしかない。
例えば、温度が変われば、周りに「何かがある」と分かるだろうし、
風が吹けば、何かが動いたと分かる。
温度計があれば、もっと視覚的に分かるだろうし、
風になびく煙でもあれば、空気がどちらからどちらに
どのくらいの速さで動いているかさえ、今度は手に取る様にわかる。
・・・つまり、人は自分の感覚で感じたものしか「ある」って
認識できない・・・というか、認識しない。
自分の周りにある空気。
今度は、学校で「空気はこんなもので構成されています」と習う。
途端に、周りには、そんな状態の空気がどこにでもあると思ってしまう。
実際に自分の周りの空気を取って分析したら?
きっと、理論どおりの数字って、出ないだろうし、
その上、もっと色んなものが含まれているはず。
だって、料理をしている時の空気と、大きな道路の側の空気が
同じはずはないもの。
旦那様も先日ブログで書いていたけど、
私は極端に目が悪い。
コンタクトがなければ、殆ど何も見えない状態(涙)
だけど、電気のちらつきには異常に敏感だったりする。
ちらちらした中でいると、たまらなくなって
「あ〜、我慢できない!頭が痛くなる!」と訴える。
「そう?」
旦那様にとっては、このちらつきはそんなに気にならないらしい。
もしも、人の感覚の中ですご〜〜〜く違ったりしたら?
同じ空気を吸って、それが平気な人もいれば、
違う感覚で違うものを受け取った人が、違う反応をしたら?
その感覚の一つがとてもとても敏感な人がいて、
「ん?この匂いからすると・・・」って分かってもなんの不思議もない。
実際に、こんな分析、何気なく誰でもやっている事。
「そんなものは、わかるはずがない!」
旦那様や特別な感覚を持った人の話を聞きながら、
そう思いたくもなる時も正直ある(あはは!)
でもね、「ない」とか「あるはずがない」とか否定するのは簡単だけど、
空気一つとっても、そんなに簡単に「これと、これと、これから出来ています」
って、理論どおりには行かないもの。
「理論は、入り口だから」
見えないものを見る力。
それは、理論を頭から信じるのではなくて、
もっと自分の感覚を細かく確認してみると、
すぐに分かるはずだと思うんだけどな・・・
・・・という、私の今日の文章は、理論で「見えないものがあるかも?」
って、必死で説明しようとしているわ〜(苦笑)
見えるから、感じるのか、
感じるから、見えるのか。
それもまた怪しい(あはは)
見えないものの中の「自分の周りの空気」
基本的に見えないものの代表!
で、どうやって見るか・・・
いや、どうやって感じるかとなると、自分の他の感覚に頼るしかない。
例えば、温度が変われば、周りに「何かがある」と分かるだろうし、
風が吹けば、何かが動いたと分かる。
温度計があれば、もっと視覚的に分かるだろうし、
風になびく煙でもあれば、空気がどちらからどちらに
どのくらいの速さで動いているかさえ、今度は手に取る様にわかる。
・・・つまり、人は自分の感覚で感じたものしか「ある」って
認識できない・・・というか、認識しない。
自分の周りにある空気。
今度は、学校で「空気はこんなもので構成されています」と習う。
途端に、周りには、そんな状態の空気がどこにでもあると思ってしまう。
実際に自分の周りの空気を取って分析したら?
きっと、理論どおりの数字って、出ないだろうし、
その上、もっと色んなものが含まれているはず。
だって、料理をしている時の空気と、大きな道路の側の空気が
同じはずはないもの。
旦那様も先日ブログで書いていたけど、
私は極端に目が悪い。
コンタクトがなければ、殆ど何も見えない状態(涙)
だけど、電気のちらつきには異常に敏感だったりする。
ちらちらした中でいると、たまらなくなって
「あ〜、我慢できない!頭が痛くなる!」と訴える。
「そう?」
旦那様にとっては、このちらつきはそんなに気にならないらしい。
もしも、人の感覚の中ですご〜〜〜く違ったりしたら?
同じ空気を吸って、それが平気な人もいれば、
違う感覚で違うものを受け取った人が、違う反応をしたら?
その感覚の一つがとてもとても敏感な人がいて、
「ん?この匂いからすると・・・」って分かってもなんの不思議もない。
実際に、こんな分析、何気なく誰でもやっている事。
「そんなものは、わかるはずがない!」
旦那様や特別な感覚を持った人の話を聞きながら、
そう思いたくもなる時も正直ある(あはは!)
でもね、「ない」とか「あるはずがない」とか否定するのは簡単だけど、
空気一つとっても、そんなに簡単に「これと、これと、これから出来ています」
って、理論どおりには行かないもの。
「理論は、入り口だから」
見えないものを見る力。
それは、理論を頭から信じるのではなくて、
もっと自分の感覚を細かく確認してみると、
すぐに分かるはずだと思うんだけどな・・・
・・・という、私の今日の文章は、理論で「見えないものがあるかも?」
って、必死で説明しようとしているわ〜(苦笑)
2008.09/07(Sun)
見えなかったもの
子供の頃、私は妖精を見ていたらしい(といつか書いた)。
そして、それを妹と一緒に見て遊んでいた(らしい)。
またまた、そして、ある日、「もう、見えない事にしよう」と決めた(らしい)。
大人になると、見えなくなるものがあるみたい。
それが、妖精であるかないかは別にしてね。
子供や赤ちゃんが、大人には見えない何かを見ているみたい・・・
って話は、よく、よく、聞く話だ。
「これはこうです」って、沢山の事を学ぶ中で、それ以外のものは、
基本的に「見えないもの」ないものになって行く・・・
って、悲しい響きのする事だけど。
見えなくなるものばかりではない。
社会人になって仕事を始めた時、
誰にとってもそうだと思うけど、「何故?」「どうして?」が
頭の中を占めていた。
やらなきゃいけない事があるのはわかるけど、
それがどこにどう繋がっているのかが見えないまま、
「これって、間違ってない?」
「これって、おかしいかも?」
仕事でうまく行かない事があればあるほど、
どこかその世界の表面的な矛盾に対して、
自分の意見が世の中の代表みたいな気分になる(苦笑)
こんなに課題、課題ばっかりさせてたら、英語嫌いを作り出してしまう!
私は私なりに「正義」だと思っていた。
そして、先輩の先生に「もう少し整理して課題を出した方が・・・」と
意見をした事がある。
私の言った事は、今でも間違いではなかったと思うけど、
それでも・・・見えていなかった「学校の事情」や、「世の中の事情」が
それから暫くして「見えてきた」(苦笑)
いや〜、それが少しずつ見えてくるに従って、冷や汗ものだと思い出す。
「僕だって、そうさ。
今思い出すと、よくあれで仕事をして来たと思うね(笑)」
誰にだって、初心者の時代はある。
その時に精一杯だったとして、初心者だから出来た事と、
初心者だから見えなかった事があったりする。
どちらも、結局はその結果は自分で責任を持たなくては
いけなくなるんだろうけど、それまでは自分が正しい!と思い続ける。
時々、これを繰り返して、どんどん自分の居場所を無くしてしまうって
事も少なくないな〜なんて思いながら、
それでも、今でも自分に「見えていない」部分があるんだろ〜な〜。
そう思うと、世の中の色んな問題に対して、うかつにモノが言えなくなったりして。
(↑その割りには、結構、色々もの申しているけど・笑)
色んな事情が分かるには、それだけの視野を広げる努力や、
柔軟性って必要だわ〜なんて・・・
旦那様がアドバイスをする「その業界」の事情とかを聞きながら
思ったりして、・・・まだ、まだ、成長してないや!とか思う。
まあ、一つ成長したとすれば、「自分の視野では見えない事がある」
って知っている事。
自分が知っている事だけで、物事を判断したり、自分が正しいと思いこむ事って、
危険!危険!って思う様になった事だと、自分では思っている。
そして、それを妹と一緒に見て遊んでいた(らしい)。
またまた、そして、ある日、「もう、見えない事にしよう」と決めた(らしい)。
大人になると、見えなくなるものがあるみたい。
それが、妖精であるかないかは別にしてね。
子供や赤ちゃんが、大人には見えない何かを見ているみたい・・・
って話は、よく、よく、聞く話だ。
「これはこうです」って、沢山の事を学ぶ中で、それ以外のものは、
基本的に「見えないもの」ないものになって行く・・・
って、悲しい響きのする事だけど。
見えなくなるものばかりではない。
社会人になって仕事を始めた時、
誰にとってもそうだと思うけど、「何故?」「どうして?」が
頭の中を占めていた。
やらなきゃいけない事があるのはわかるけど、
それがどこにどう繋がっているのかが見えないまま、
「これって、間違ってない?」
「これって、おかしいかも?」
仕事でうまく行かない事があればあるほど、
どこかその世界の表面的な矛盾に対して、
自分の意見が世の中の代表みたいな気分になる(苦笑)
こんなに課題、課題ばっかりさせてたら、英語嫌いを作り出してしまう!
私は私なりに「正義」だと思っていた。
そして、先輩の先生に「もう少し整理して課題を出した方が・・・」と
意見をした事がある。
私の言った事は、今でも間違いではなかったと思うけど、
それでも・・・見えていなかった「学校の事情」や、「世の中の事情」が
それから暫くして「見えてきた」(苦笑)
いや〜、それが少しずつ見えてくるに従って、冷や汗ものだと思い出す。
「僕だって、そうさ。
今思い出すと、よくあれで仕事をして来たと思うね(笑)」
誰にだって、初心者の時代はある。
その時に精一杯だったとして、初心者だから出来た事と、
初心者だから見えなかった事があったりする。
どちらも、結局はその結果は自分で責任を持たなくては
いけなくなるんだろうけど、それまでは自分が正しい!と思い続ける。
時々、これを繰り返して、どんどん自分の居場所を無くしてしまうって
事も少なくないな〜なんて思いながら、
それでも、今でも自分に「見えていない」部分があるんだろ〜な〜。
そう思うと、世の中の色んな問題に対して、うかつにモノが言えなくなったりして。
(↑その割りには、結構、色々もの申しているけど・笑)
色んな事情が分かるには、それだけの視野を広げる努力や、
柔軟性って必要だわ〜なんて・・・
旦那様がアドバイスをする「その業界」の事情とかを聞きながら
思ったりして、・・・まだ、まだ、成長してないや!とか思う。
まあ、一つ成長したとすれば、「自分の視野では見えない事がある」
って知っている事。
自分が知っている事だけで、物事を判断したり、自分が正しいと思いこむ事って、
危険!危険!って思う様になった事だと、自分では思っている。
2008.09/06(Sat)
見えないものシリーズ
見えないものシリーズに入る前にちょっと寄り道(また?笑)
いやいや、今日は続きを書く所までたどり着く予定!
今日もまた新しい発見をした(笑)
何をって、どうも旦那様(達・・・と書いておこう!)と私では
記憶のシステムが違うらしい。
確かに、時には小さい頃に私に起こった悲しい出来事とか、
覚えていない事もないし、何かの拍子に思い出したりする事はある。
どんなに悔しい思い出でも、溶けてなくなっている。
というか、溶けた状態で、沈んでいる。
で、沈んだものは滅多に、というか殆ど、よみがえる事はない。
ああ・・・そういう事があったわ〜って、事実は思い出すけど、
その時の「感情」まで鮮明に・・・なんて事はないと言ってもいい。
旦那様や特別な能力を持つ人達は、ある感情を強く持つと、
その「感情」ごと、そのまま記憶されるらしい(驚き)
「時々、そう言えばあの時あんな事があったな。
今、会ったら、殴ってやる!(笑)」とか(あら〜)
それもその出来事は、聞けば20年以上も前、
つまり旦那様が小学生の時とか中学生の時とか、
兎に角、私からすればずっと、ずっと昔の事。
一緒に話をしてた人達も、そうしてその時の感情まで思い出すと言う。
「・・・だからか・・・、そりゃあ前世の記憶ぐらい残っても何の不思議もない!」
なんて思ってしまった私。
前世のトラウマが私に残って居なかった訳ではないけど、
それはどちらかと言うと、思い出さされたと言う感じ。
その記憶でとても苦しかったというレベルでは到底ない。
いや、いや、こうした「過去の記憶の仕方」も見えないものの一つと
言ってしまえば、そうなんだろうけど・・・。
ともかくも、そうして、鮮明に自分の魂が生きてきた出来事や感情を
そのまま、他の記憶と混ぜる事なく持ち続けているとすれば・・・。
それがトラウマになる経験だったら、どこかでリセットするのも一つの手。
「僕の場合は、それがバネになったから」
その思いがあったからこそ出来た事が沢山あるという旦那様。
いや〜、本当に記憶のシステムが違う!としか言い様がない(苦笑)
その旦那様が小さい頃一緒に遊んでいたと云う「妖怪達」
小さい頃の記憶を覚えているつもりでも、溶けてしまっている私が、
「そんな事・・・覚えているはずが・・・ない・・・」なんて
言えるはずもなく(あはは)
ならば!どんな妖怪に会った事があるか聞くしかない!
「どうして、妖怪になったの?」
そんな話を聞きながら、単純な疑問に思う。
「忘れられたのさ。
昔、神様だった妖怪だっているしね。
人から拝まれなくなったら、見えなくなるし」
そう、見えても見えなくても、人間が「居る」という扱いをしている間は、
何であれ、「ある」し、「いる」。
例え、そこに何かがいたとしても、全く無視され続ければ、
それは人に語られる事もなく、やがて、本当に「見えないもの」になる。
どんどん住む場所を追われ、忘れ去られてしまえば、
今生きている生き物だって、きっと「見えなく」なってしまう・・・。
こうして、人間は、妖怪の住む場所を、ある意味奪いながら、
どんどん全てが自分たちの住む場所の様にして生きている。
「今でも彼らが住んでいる場所ってあるのはあるけどね」
単純に忘れ去られて仕舞ったものばかりではない。
仏様の遣いとなる事で、生き残ったものもいる。
それが「眷属」と呼ばれる者達。
人間が「忘れてしまった」見えないものを見る力を
「不思議な記憶のシステム」で忘れていない人達には「見える」のだ。
「じゃあ、その感覚って昔の人間には誰でもあったの?」
「そうだよ。だから、先祖返りだって言ってるだろ?」
昔は、少なからず誰にでもあった「感じる能力」
必要なければ忘れるのも、ある人達にとっては当然だけど、
ある人達にとっては、ちゃんと残っているって事なんだろう。
人はいつも「自分」を基準に考えたり、感じたりする。
その範囲は、「日常の生活を普通に送れる最低限」のレベル・・・
というのが普通なんだろうけど・・・。
忘れる方がいいのか。
忘れない方がいいのか。
そんな結論、「見える」か「見えなくなった」かでは簡単には
出せなかったりするのよね〜。
いやいや、今日は続きを書く所までたどり着く予定!
今日もまた新しい発見をした(笑)
何をって、どうも旦那様(達・・・と書いておこう!)と私では
記憶のシステムが違うらしい。
確かに、時には小さい頃に私に起こった悲しい出来事とか、
覚えていない事もないし、何かの拍子に思い出したりする事はある。
どんなに悔しい思い出でも、溶けてなくなっている。
というか、溶けた状態で、沈んでいる。
で、沈んだものは滅多に、というか殆ど、よみがえる事はない。
ああ・・・そういう事があったわ〜って、事実は思い出すけど、
その時の「感情」まで鮮明に・・・なんて事はないと言ってもいい。
旦那様や特別な能力を持つ人達は、ある感情を強く持つと、
その「感情」ごと、そのまま記憶されるらしい(驚き)
「時々、そう言えばあの時あんな事があったな。
今、会ったら、殴ってやる!(笑)」とか(あら〜)
それもその出来事は、聞けば20年以上も前、
つまり旦那様が小学生の時とか中学生の時とか、
兎に角、私からすればずっと、ずっと昔の事。
一緒に話をしてた人達も、そうしてその時の感情まで思い出すと言う。
「・・・だからか・・・、そりゃあ前世の記憶ぐらい残っても何の不思議もない!」
なんて思ってしまった私。
前世のトラウマが私に残って居なかった訳ではないけど、
それはどちらかと言うと、思い出さされたと言う感じ。
その記憶でとても苦しかったというレベルでは到底ない。
いや、いや、こうした「過去の記憶の仕方」も見えないものの一つと
言ってしまえば、そうなんだろうけど・・・。
ともかくも、そうして、鮮明に自分の魂が生きてきた出来事や感情を
そのまま、他の記憶と混ぜる事なく持ち続けているとすれば・・・。
それがトラウマになる経験だったら、どこかでリセットするのも一つの手。
「僕の場合は、それがバネになったから」
その思いがあったからこそ出来た事が沢山あるという旦那様。
いや〜、本当に記憶のシステムが違う!としか言い様がない(苦笑)
その旦那様が小さい頃一緒に遊んでいたと云う「妖怪達」
小さい頃の記憶を覚えているつもりでも、溶けてしまっている私が、
「そんな事・・・覚えているはずが・・・ない・・・」なんて
言えるはずもなく(あはは)
ならば!どんな妖怪に会った事があるか聞くしかない!
「どうして、妖怪になったの?」
そんな話を聞きながら、単純な疑問に思う。
「忘れられたのさ。
昔、神様だった妖怪だっているしね。
人から拝まれなくなったら、見えなくなるし」
そう、見えても見えなくても、人間が「居る」という扱いをしている間は、
何であれ、「ある」し、「いる」。
例え、そこに何かがいたとしても、全く無視され続ければ、
それは人に語られる事もなく、やがて、本当に「見えないもの」になる。
どんどん住む場所を追われ、忘れ去られてしまえば、
今生きている生き物だって、きっと「見えなく」なってしまう・・・。
こうして、人間は、妖怪の住む場所を、ある意味奪いながら、
どんどん全てが自分たちの住む場所の様にして生きている。
「今でも彼らが住んでいる場所ってあるのはあるけどね」
単純に忘れ去られて仕舞ったものばかりではない。
仏様の遣いとなる事で、生き残ったものもいる。
それが「眷属」と呼ばれる者達。
人間が「忘れてしまった」見えないものを見る力を
「不思議な記憶のシステム」で忘れていない人達には「見える」のだ。
「じゃあ、その感覚って昔の人間には誰でもあったの?」
「そうだよ。だから、先祖返りだって言ってるだろ?」
昔は、少なからず誰にでもあった「感じる能力」
必要なければ忘れるのも、ある人達にとっては当然だけど、
ある人達にとっては、ちゃんと残っているって事なんだろう。
人はいつも「自分」を基準に考えたり、感じたりする。
その範囲は、「日常の生活を普通に送れる最低限」のレベル・・・
というのが普通なんだろうけど・・・。
忘れる方がいいのか。
忘れない方がいいのか。
そんな結論、「見える」か「見えなくなった」かでは簡単には
出せなかったりするのよね〜。
2008.09/05(Fri)
mentorという仕事
今日もまた続きを書こうと思っていたけど、ちょっと寄り道(笑)
この前からお借りして読んでいる「成功して不幸になる人びと」
いや、いや、なかなか内容が深くてページが進まない。
それを読んだ後、旦那様と弟子とある人に会いに行った。
「いや〜、お会いしたかったんです」
そう言ってもらえると(その相手が私じゃないけど)嬉しいもの。
一人で色々考えて頑張っているその方の悩みというか、
話を聞いていて、思った事が、その本に書かれている事とだぶる。
ひょっとしたら・・・・自分の悩みの答えって、本人が一番知っている?
忙しい毎日、これが成功者だとそれを求める毎日の中で、
「心」と「体」が分離する。
その中でシャドウも育つ。
どこかで「こんなはずではない」と頑張れば、頑張るほど、
そのずれがもたらす結果に「心」が付いて行かなくなる。
例え世間的に成功したとしても、その影(シャドウ)は
成功と同じぐらいに知らない内に育つのだと言う。
「失敗したらどうしよう」
「これを失ったらどうしょう」
うまく行っていても、そうでなくても、「心」は何を求めているか
本能的に知っていて、そのずれが悩みを引き起こす。
この本の中では、そう言う時に、人からは「後退」と見られがちだけど、
孤独に慣れて、一人で考える「充電」期間を作りなさいと。
そして、自分の心のシャドウと向き合う。
但し、正しく向き合わないと、「自分を嫌ってしまう」という結果になる可能性がある。
嫌いな自分も、汚い自分も、自分の一部。
自分の心とシャドウを融合させるには、導いてくれる人が必要と。
「幸せになれるでしょうかって質問が来たんだけど」と私。
「そんなの知るか!」旦那様が何時もの様に笑って答える。
「だって、どうやれば幸せになるかなんて本人次第だろ?」
その道筋を「会話」の中で本人の中から引き出す仕事。
それが旦那様の仕事だと再認識した次第。
皆、悩みの答えは、ココにあるんじゃなくて、
その材料を抱えて、旦那様に会いに来るって感じなのよね〜。
この前からお借りして読んでいる「成功して不幸になる人びと」
いや、いや、なかなか内容が深くてページが進まない。
それを読んだ後、旦那様と弟子とある人に会いに行った。
「いや〜、お会いしたかったんです」
そう言ってもらえると(その相手が私じゃないけど)嬉しいもの。
一人で色々考えて頑張っているその方の悩みというか、
話を聞いていて、思った事が、その本に書かれている事とだぶる。
ひょっとしたら・・・・自分の悩みの答えって、本人が一番知っている?
忙しい毎日、これが成功者だとそれを求める毎日の中で、
「心」と「体」が分離する。
その中でシャドウも育つ。
どこかで「こんなはずではない」と頑張れば、頑張るほど、
そのずれがもたらす結果に「心」が付いて行かなくなる。
例え世間的に成功したとしても、その影(シャドウ)は
成功と同じぐらいに知らない内に育つのだと言う。
「失敗したらどうしよう」
「これを失ったらどうしょう」
うまく行っていても、そうでなくても、「心」は何を求めているか
本能的に知っていて、そのずれが悩みを引き起こす。
この本の中では、そう言う時に、人からは「後退」と見られがちだけど、
孤独に慣れて、一人で考える「充電」期間を作りなさいと。
そして、自分の心のシャドウと向き合う。
但し、正しく向き合わないと、「自分を嫌ってしまう」という結果になる可能性がある。
嫌いな自分も、汚い自分も、自分の一部。
自分の心とシャドウを融合させるには、導いてくれる人が必要と。
「幸せになれるでしょうかって質問が来たんだけど」と私。
「そんなの知るか!」旦那様が何時もの様に笑って答える。
「だって、どうやれば幸せになるかなんて本人次第だろ?」
その道筋を「会話」の中で本人の中から引き出す仕事。
それが旦那様の仕事だと再認識した次第。
皆、悩みの答えは、ココにあるんじゃなくて、
その材料を抱えて、旦那様に会いに来るって感じなのよね〜。
2008.09/04(Thu)
見た事ない
見えないものシリーズを書こうと思って、さて、第一弾は「妖怪」
・・・でも、よく考えたら、私、本当に見た事がない(涙)
勿論、漫画や本ではちょっとだけ読んだ事もあるけど。
本当に居るなんて、今も居るなんて考えた事もなかったぁ〜。
ところが、ココではそんな話が飛び交う時がある。
「この前、自転車で帰ろうとしたら、目の前を黒い塊が横切るんです」
「ああ、土蜘蛛だね」
「目の前を横切らないでよ!危ないじゃないって思ったんですけど」
土蜘蛛〜〜〜??
と、私の頭の中は、????だらけ。
続いて、「木の精」が居たと言うし、
その後には、「からかさお化け」にも出会ったと言う。
ああ、そう云えばずっと前、旦那様に泣きながら電話して来たのも、
彼女だった。
「家に帰る途中、人に会ったんです」
「それで?」
「家にたどり着いてから、ふと、あれ?
あの人、目も鼻も口もなかったって思ったら怖くて(涙)」
これから比べると、からかさお化けに会った時の話は、
「慣れ」もあるのか、ケケケって笑いながら飛んでました!
みたいな明るい感じだった・・・って、こんな事に慣れるものだろうか?(苦笑)
「ねぇ、妖怪って何なの?」
「先住民族」
あら、もう少し丁寧に説明してくれても良いんじゃない?
だって、私は一度も見た事がない。
旦那様と云えば、妖怪は「竹馬の友」状態(あはは・・・って笑っている場合か?)
「小さい頃、遊んでもらってた」
またまた、伝聞になってしまうけど、その先住民族とやら、
人間が嫌いらしい。
何しろ、かつては自分達が住んでいた場所を人間にとられた形になったり
している事もあるらしい。
「河童だって、橋を作ったりするのに人間に知恵や力を貸したらしいけどね」
・・・って旦那様も「河童」には会った事がないらしく、これは私と同じく「伝聞」
(って、同じじゃない!聞いた相手が妖怪なんだものね〜)
妖怪が今も居るか、いないか。
そんな事も興味がない訳ではないけど、(←正直)
それより、今だってこの瞬間絶滅しているものは、
地球上に沢山ある。
それが、全部記録に残されるかどうかだって怪しい訳で。
妖怪が居るかどうかを科学的に述べられなくても、
長い、長い、地球の歴史を考えたら、「いない!」と断言する方が、
非科学的かもね〜。
人間よりずっと長生きする事やや、ずっと早く走る事、
姿を隠したり変えたりする事が出来るなんて、
そう生まれてきた「モノ」にとっては当たり前に備わっている
能力だったりするかも知れないし・・・。
地球はまるで人間のもの!みたいに思っているけど、
どこかで妖怪が住んでいる場所があったとしたら?
そこに踏み入れた人間はどうなるの?
って話が、平安時代の話だったりするのかも・・・
・・・なんて、思いながら、その時代の映画や本を読むと、
ああ、リアルすぎて、とても作り出しただけの話とは思えなぃ〜。
見た事ない割りに、まだ書き足りないので、
この話は明日に続くのだった・・・(笑)
(と言うわけで、今日も、当然?ライブドアのブログでは別バージョンをお楽しみください)
・・・でも、よく考えたら、私、本当に見た事がない(涙)
勿論、漫画や本ではちょっとだけ読んだ事もあるけど。
本当に居るなんて、今も居るなんて考えた事もなかったぁ〜。
ところが、ココではそんな話が飛び交う時がある。
「この前、自転車で帰ろうとしたら、目の前を黒い塊が横切るんです」
「ああ、土蜘蛛だね」
「目の前を横切らないでよ!危ないじゃないって思ったんですけど」
土蜘蛛〜〜〜??
と、私の頭の中は、????だらけ。
続いて、「木の精」が居たと言うし、
その後には、「からかさお化け」にも出会ったと言う。
ああ、そう云えばずっと前、旦那様に泣きながら電話して来たのも、
彼女だった。
「家に帰る途中、人に会ったんです」
「それで?」
「家にたどり着いてから、ふと、あれ?
あの人、目も鼻も口もなかったって思ったら怖くて(涙)」
これから比べると、からかさお化けに会った時の話は、
「慣れ」もあるのか、ケケケって笑いながら飛んでました!
みたいな明るい感じだった・・・って、こんな事に慣れるものだろうか?(苦笑)
「ねぇ、妖怪って何なの?」
「先住民族」
あら、もう少し丁寧に説明してくれても良いんじゃない?
だって、私は一度も見た事がない。
旦那様と云えば、妖怪は「竹馬の友」状態(あはは・・・って笑っている場合か?)
「小さい頃、遊んでもらってた」
またまた、伝聞になってしまうけど、その先住民族とやら、
人間が嫌いらしい。
何しろ、かつては自分達が住んでいた場所を人間にとられた形になったり
している事もあるらしい。
「河童だって、橋を作ったりするのに人間に知恵や力を貸したらしいけどね」
・・・って旦那様も「河童」には会った事がないらしく、これは私と同じく「伝聞」
(って、同じじゃない!聞いた相手が妖怪なんだものね〜)
妖怪が今も居るか、いないか。
そんな事も興味がない訳ではないけど、(←正直)
それより、今だってこの瞬間絶滅しているものは、
地球上に沢山ある。
それが、全部記録に残されるかどうかだって怪しい訳で。
妖怪が居るかどうかを科学的に述べられなくても、
長い、長い、地球の歴史を考えたら、「いない!」と断言する方が、
非科学的かもね〜。
人間よりずっと長生きする事やや、ずっと早く走る事、
姿を隠したり変えたりする事が出来るなんて、
そう生まれてきた「モノ」にとっては当たり前に備わっている
能力だったりするかも知れないし・・・。
地球はまるで人間のもの!みたいに思っているけど、
どこかで妖怪が住んでいる場所があったとしたら?
そこに踏み入れた人間はどうなるの?
って話が、平安時代の話だったりするのかも・・・
・・・なんて、思いながら、その時代の映画や本を読むと、
ああ、リアルすぎて、とても作り出しただけの話とは思えなぃ〜。
見た事ない割りに、まだ書き足りないので、
この話は明日に続くのだった・・・(笑)
(と言うわけで、今日も、当然?ライブドアのブログでは別バージョンをお楽しみください)
2008.09/03(Wed)
謎が解けた!
実は、「見えないものシリーズ」を勝手に始めて、
今日は、妖怪の話を旦那様に細かく聞きだして書こうと思っていた。
でも、その前に一つ!
何故だろう?とずっと疑問に思っていた謎が解けた!!!
旦那様の弟子が電話をかけて来て、
ある場所の予約を取るのにカードが必要だと言う。
「それがないと予約ができないんです」
さて、さて、困った。
何しろ、再発行するのがちょっと理由があって難しい。
自分が持っているはず・・・でもそれから引越しもしたらしく・・・
ここじゃない、あそこじゃないと探して、部屋の中は大変な事に・・・
(↑奥様の話)
そう、そう、大事な事を忘れてますよ!
貴方の奥様は霊能者(笑)
旦那様も昔から、無くなったものがどこにあるのかって分かったらしい。
「大学時代、実家からカルテが見つからないんだけどって、
わざわざ電話がかかってきてたね」
医者だったお父様の仕事で、カルテが見つからないって一大事。
そうなると、看護婦さんが「息子さんに電話して聞いてください」
・・・って話は、何度かあったらしい。
ところで、そのカード、結局どうなったかというと、
「探してくれぇ〜」という、お願いと供に奥様が探すと・・・
見事!「こんなところに・・・」と言う場所でみつかった。
良かった、良かった。
で、私の疑問は、旦那様もそうなんだけど、
どうやったらここにあるってわかるの?
って、無くなったものを探してくれる。
ロンドンの妹は、それを知っていて、何かなくなると、
「見つからないんだけど・・・」と電話をかける。
「う〜ん、残念だけど、途中で落としているね」
って事もあったけど、どちらにしてもそれがはっきりしたら、
もう探さないで済む。
その上、妹は保険をかけていたらしく、
「カメラ、新しくしてもらったわ〜。
まあ、写した写真は戻らなかったけど、良しとする」
・・・って、まあ、なんとちゃっかりしている事(苦笑)
・・・それなのにである。
その見事カードを見つけた奥様が言う。
「でも、自分のものは探せなかったりするんですよね〜」
そう言えば、旦那様も時々「あれ?どこに置いたっけ?」
よく物を探している場面を目にしながら、
どこに行ったのか分からないものを見事探し当てるのに・・・????
と、ずっと思ってた(あはは)
「自分のものって、先入観が入るんだよ」
「ここに置いたはずとか思って仕舞うんですよね〜」
と、二人で話をしている。
ああ、そうか・・・
霊能者が、普通、分からないものが分かる感覚に、
「先入観」が入ると、見えなくなってしまうのね〜。
確かに自分の事って、完全に先入観を除いて考えるって
不可能に近い。
ずっと、ずっと、長い間の謎が解けた!
って一人で喜んでしまった。
・・・だけど、きっと沢山の人が思っているはず。
あんなに普通は分かるのに、どうして自分の事は見えないんだろう?
なんて、ちょっと意地悪とも言える疑問。
答えは、ココにあったのね!
でも・・・って、ことは・・・
他人の事でも「自分の先入観」が入れば、見えなくなる事があるって事?
あらら・・・
見えないものを正確に見るって、想像していた事とは全く違った事で、
難しい事なのねぇ・・・。
今日は、妖怪の話を旦那様に細かく聞きだして書こうと思っていた。
でも、その前に一つ!
何故だろう?とずっと疑問に思っていた謎が解けた!!!
旦那様の弟子が電話をかけて来て、
ある場所の予約を取るのにカードが必要だと言う。
「それがないと予約ができないんです」
さて、さて、困った。
何しろ、再発行するのがちょっと理由があって難しい。
自分が持っているはず・・・でもそれから引越しもしたらしく・・・
ここじゃない、あそこじゃないと探して、部屋の中は大変な事に・・・
(↑奥様の話)
そう、そう、大事な事を忘れてますよ!
貴方の奥様は霊能者(笑)
旦那様も昔から、無くなったものがどこにあるのかって分かったらしい。
「大学時代、実家からカルテが見つからないんだけどって、
わざわざ電話がかかってきてたね」
医者だったお父様の仕事で、カルテが見つからないって一大事。
そうなると、看護婦さんが「息子さんに電話して聞いてください」
・・・って話は、何度かあったらしい。
ところで、そのカード、結局どうなったかというと、
「探してくれぇ〜」という、お願いと供に奥様が探すと・・・
見事!「こんなところに・・・」と言う場所でみつかった。
良かった、良かった。
で、私の疑問は、旦那様もそうなんだけど、
どうやったらここにあるってわかるの?
って、無くなったものを探してくれる。
ロンドンの妹は、それを知っていて、何かなくなると、
「見つからないんだけど・・・」と電話をかける。
「う〜ん、残念だけど、途中で落としているね」
って事もあったけど、どちらにしてもそれがはっきりしたら、
もう探さないで済む。
その上、妹は保険をかけていたらしく、
「カメラ、新しくしてもらったわ〜。
まあ、写した写真は戻らなかったけど、良しとする」
・・・って、まあ、なんとちゃっかりしている事(苦笑)
・・・それなのにである。
その見事カードを見つけた奥様が言う。
「でも、自分のものは探せなかったりするんですよね〜」
そう言えば、旦那様も時々「あれ?どこに置いたっけ?」
よく物を探している場面を目にしながら、
どこに行ったのか分からないものを見事探し当てるのに・・・????
と、ずっと思ってた(あはは)
「自分のものって、先入観が入るんだよ」
「ここに置いたはずとか思って仕舞うんですよね〜」
と、二人で話をしている。
ああ、そうか・・・
霊能者が、普通、分からないものが分かる感覚に、
「先入観」が入ると、見えなくなってしまうのね〜。
確かに自分の事って、完全に先入観を除いて考えるって
不可能に近い。
ずっと、ずっと、長い間の謎が解けた!
って一人で喜んでしまった。
・・・だけど、きっと沢山の人が思っているはず。
あんなに普通は分かるのに、どうして自分の事は見えないんだろう?
なんて、ちょっと意地悪とも言える疑問。
答えは、ココにあったのね!
でも・・・って、ことは・・・
他人の事でも「自分の先入観」が入れば、見えなくなる事があるって事?
あらら・・・
見えないものを正確に見るって、想像していた事とは全く違った事で、
難しい事なのねぇ・・・。
2008.09/02(Tue)
目に見えないもの(1)
自分の目に見えないものって、あらためて考えてみると、
結構ある。
1)自分の周りの空気
2)人の気持ち(勿論、自分の気持ちも)
3)その場の「空気」(所謂、KYの読める、読めない空気)
4)幽霊(きゃ〜)
5)妖怪
6)仏様や神様
他にもあるんだろ〜けど。
結構、全く違うものを「見えない」という同じ範疇に入れて、
見えないがゆえに区別するのが難しかったりするものだ。
そう言う私もよく、妖怪の話をしていて、その辺にいる「霊」と同じに
してしまう事がある。
「違う!それは、妖怪だろ?」
きちんと区別が付いている旦那様からすると、
許しがたい間違いらしい(笑)
「妖怪は、昔からすんでいる先住。
昔は、神として崇められてたんだから」
と、理由を聞けば、なる程!
妖怪だって、私の見えないものを一括りにした言葉を聞けば、
きっと激怒するだろう(苦笑)
「だって、どちらも霊って呼ぶから・・・」
という私の苦しいいい訳も、無駄だ・・・。
え!人間以外にこの世に見えないものが住んでいる?
そんなはずはないじゃない!
・・・という前提で、便宜上、人は生活する事になっている。
だから、地球上のどんな場所も、人間は「自分達のもの」と
思いこんでいる。
まあ、時に明らかに目に見える動物が絶滅するとか云う危機を
目にすると、反省したりはするのだろうけど、
それでも基本的に、どこかで「人間」が住む地球という前提は、
やっぱり崩れていない気がする。
「それが、人間らしいといえば、人間らしいんだけどね・・・」
長い、地球の歴史を考えた時、そこに繁栄したのが「人間」だけだ
という視点で考えると、それこそ見えないものは、見えないままに
なって仕舞うのも当然の事だろうけど・・・。
しかし、私にとって見えないものは、見えない(涙)
だからと云って、「居なかった」と言う事にはならん!
その方がむしろ、非科学的である!
なんて主張してみよう(あはは)
私は、今だに妖怪も幽霊も一度も見た事はない。
だけど、理由もなく突然におなかが痛くなったり、頭痛がしたり、
そして、こんな時は、どんな薬も全く効かない。
病院に行っても「症状は出ていても、原因は不明」
医学は分かっている事しか、治療できない。
・・・って事は、分からない事や解決できないことは、
見えてないって事か・・・とかね。
なんて、具合の悪い時は考える余裕さえないんだけど(苦笑)
それに目に見えない事を治療してもらっても、
結構、本人に治してもらったという「実感」が無かったりするから、
まあ、旦那様の仕事はそういう意味でも大変だわ〜(ふぅ)
何しろ、感じる人にとっては、そう云う人が来る前から、
あちこちで、影響が出る、出る・・・なのだけど。
見えないものを「一つの袋」に入れて、同じ扱いをしていた私(反省)
暫くこのブログは、「目に見えないもの」を区別するという
トピックでお伝えする事にでもしよう・・・。
結構ある。
1)自分の周りの空気
2)人の気持ち(勿論、自分の気持ちも)
3)その場の「空気」(所謂、KYの読める、読めない空気)
4)幽霊(きゃ〜)
5)妖怪
6)仏様や神様
他にもあるんだろ〜けど。
結構、全く違うものを「見えない」という同じ範疇に入れて、
見えないがゆえに区別するのが難しかったりするものだ。
そう言う私もよく、妖怪の話をしていて、その辺にいる「霊」と同じに
してしまう事がある。
「違う!それは、妖怪だろ?」
きちんと区別が付いている旦那様からすると、
許しがたい間違いらしい(笑)
「妖怪は、昔からすんでいる先住。
昔は、神として崇められてたんだから」
と、理由を聞けば、なる程!
妖怪だって、私の見えないものを一括りにした言葉を聞けば、
きっと激怒するだろう(苦笑)
「だって、どちらも霊って呼ぶから・・・」
という私の苦しいいい訳も、無駄だ・・・。
え!人間以外にこの世に見えないものが住んでいる?
そんなはずはないじゃない!
・・・という前提で、便宜上、人は生活する事になっている。
だから、地球上のどんな場所も、人間は「自分達のもの」と
思いこんでいる。
まあ、時に明らかに目に見える動物が絶滅するとか云う危機を
目にすると、反省したりはするのだろうけど、
それでも基本的に、どこかで「人間」が住む地球という前提は、
やっぱり崩れていない気がする。
「それが、人間らしいといえば、人間らしいんだけどね・・・」
長い、地球の歴史を考えた時、そこに繁栄したのが「人間」だけだ
という視点で考えると、それこそ見えないものは、見えないままに
なって仕舞うのも当然の事だろうけど・・・。
しかし、私にとって見えないものは、見えない(涙)
だからと云って、「居なかった」と言う事にはならん!
その方がむしろ、非科学的である!
なんて主張してみよう(あはは)
私は、今だに妖怪も幽霊も一度も見た事はない。
だけど、理由もなく突然におなかが痛くなったり、頭痛がしたり、
そして、こんな時は、どんな薬も全く効かない。
病院に行っても「症状は出ていても、原因は不明」
医学は分かっている事しか、治療できない。
・・・って事は、分からない事や解決できないことは、
見えてないって事か・・・とかね。
なんて、具合の悪い時は考える余裕さえないんだけど(苦笑)
それに目に見えない事を治療してもらっても、
結構、本人に治してもらったという「実感」が無かったりするから、
まあ、旦那様の仕事はそういう意味でも大変だわ〜(ふぅ)
何しろ、感じる人にとっては、そう云う人が来る前から、
あちこちで、影響が出る、出る・・・なのだけど。
見えないものを「一つの袋」に入れて、同じ扱いをしていた私(反省)
暫くこのブログは、「目に見えないもの」を区別するという
トピックでお伝えする事にでもしよう・・・。
2008.09/01(Mon)
こだわる
人にはいろんなこだわりがあるだろう。
「こうでないと!」
勿論、そこには自分の好みが反映されているけど、
実は、もっと根深いものだったりする。
「男ならこうであるべきだ」
「女ならこうであるべきだ」
私自身は、こんな言葉が大嫌い!なんだけど、
いや〜実は、この「大嫌い」と思う事自体に
逆の意味の「こだわり」が隠れていたりする(涙)
で、この「こだわりたくない」「こだわってはいないつもり」の
こだわりって妙に厄介。
何しろ、自覚がない訳で、自分ではこだわっていないと
むしろ思いこんでいる(あはは)
「女のくせに」と言う言葉に妙に反応するのは、
多分、男性の多い職場で長い間働いたせい。
どこかで、「女だから」という目に会ったのだろう。
・・・って覚えてないフリをしているけど、
はっきり言って結構男女差別のある職場もあり、
人の前で意見を言っただけで、噂になる程だった事もあった。
(何時の時代の話だ!って感じでしょ?)
でも、今でもそんな「場」はきっとあると思う。
男女平等なんていわれるようになって、
その感覚がどこかに隠れてしまっただけみたいな気も・・・。
女の人で、包丁が使えないとか、
針で縫い物ができないとか、
箸をちゃんと持てないとか、
実は、それを見ると、「え?」と思う私。
・・・やっぱり、どこかで「こうあるべきだ」って思っているのね〜私ったら(苦笑)
こだわりを捨てたら、「楽」になる。
人が何をしていようとあんまり気にならなくなる。
「ああ、それもありね・・・」なんて、見逃せる。
これが行き過ぎると、何でも良くなるって事にもなる訳で(あはは)
旦那様は殆どの事が「どうでもいい」って、こだわりがない。
「死にはしないから」
「昔は、これでなくては、あれでなくては、こだわって自分を縛ってたけどね」
一度、こだわり抜いた事を開放する時、色んな事の本当の意味が
分かり始めるらしい。
じゃあ、一度、徹底的にこだわるって時期もあっていいんじゃない?
こだわるには、こだわる為の我慢やエネルギーや
そしてそれが本当にそこまでして、こだわる価値があるかどうか。
そんな、確認をする時間って必要なのかも知れないな〜。
ある場面で、「こんな人は許せない!」と思う事のある人は、
きっと、「こうあるべきだ」ってこだわりがあるはず。
よく、よく考えると、そんなこだわり、
そう思う相手もかもしれないが、何しろ自分を苦しめる。
相手にそれを求める前に、自分を「こうあるべきだ」と、
一度しっかり縛ってみるのも、一つの手かな〜なんて。
だって、こういう事で苦しんでいる人って、
結構、自分の事って抜けている事って多いと・・・
思いません?(反省・笑)
「こうでないと!」
勿論、そこには自分の好みが反映されているけど、
実は、もっと根深いものだったりする。
「男ならこうであるべきだ」
「女ならこうであるべきだ」
私自身は、こんな言葉が大嫌い!なんだけど、
いや〜実は、この「大嫌い」と思う事自体に
逆の意味の「こだわり」が隠れていたりする(涙)
で、この「こだわりたくない」「こだわってはいないつもり」の
こだわりって妙に厄介。
何しろ、自覚がない訳で、自分ではこだわっていないと
むしろ思いこんでいる(あはは)
「女のくせに」と言う言葉に妙に反応するのは、
多分、男性の多い職場で長い間働いたせい。
どこかで、「女だから」という目に会ったのだろう。
・・・って覚えてないフリをしているけど、
はっきり言って結構男女差別のある職場もあり、
人の前で意見を言っただけで、噂になる程だった事もあった。
(何時の時代の話だ!って感じでしょ?)
でも、今でもそんな「場」はきっとあると思う。
男女平等なんていわれるようになって、
その感覚がどこかに隠れてしまっただけみたいな気も・・・。
女の人で、包丁が使えないとか、
針で縫い物ができないとか、
箸をちゃんと持てないとか、
実は、それを見ると、「え?」と思う私。
・・・やっぱり、どこかで「こうあるべきだ」って思っているのね〜私ったら(苦笑)
こだわりを捨てたら、「楽」になる。
人が何をしていようとあんまり気にならなくなる。
「ああ、それもありね・・・」なんて、見逃せる。
これが行き過ぎると、何でも良くなるって事にもなる訳で(あはは)
旦那様は殆どの事が「どうでもいい」って、こだわりがない。
「死にはしないから」
「昔は、これでなくては、あれでなくては、こだわって自分を縛ってたけどね」
一度、こだわり抜いた事を開放する時、色んな事の本当の意味が
分かり始めるらしい。
じゃあ、一度、徹底的にこだわるって時期もあっていいんじゃない?
こだわるには、こだわる為の我慢やエネルギーや
そしてそれが本当にそこまでして、こだわる価値があるかどうか。
そんな、確認をする時間って必要なのかも知れないな〜。
ある場面で、「こんな人は許せない!」と思う事のある人は、
きっと、「こうあるべきだ」ってこだわりがあるはず。
よく、よく考えると、そんなこだわり、
そう思う相手もかもしれないが、何しろ自分を苦しめる。
相手にそれを求める前に、自分を「こうあるべきだ」と、
一度しっかり縛ってみるのも、一つの手かな〜なんて。
だって、こういう事で苦しんでいる人って、
結構、自分の事って抜けている事って多いと・・・
思いません?(反省・笑)
2008.08/31(Sun)
理想と現実
社会に出て、理想と現実を一致させるのがいかに難しいかって、
痛いほど経験する。
教育としての理想。
実際の学校での教育という現実。
ああ、悲しいけど、一致させたくてもなかなかそうは行かない。
世の中の流れが今よりもっと見えていなかった時、
そんな「現実」がとても嫌だった。
え?これが正しいと教わってきたのに・・・
え?口ではこれが正しいと言っているのに・・・
教師になりたての頃の私の目から見ると、
納得の行かない事ばかりだった。
もっと、外国人教師を増やせばいいのに。
もっと、先生も研修にいければいいのに。
「英語を話せるように」教える事がメインの私の目には、
解決法のいくつかが見えている気になっていた(涙)
実際には、外国人の講師を呼ぶためにも、
先生が研修に行くためにも、
費用だけでない、もっと色んな事がこれを実現するには絡んでくる。
その上、拙い私が考え付くぐらいの解決法、
他の皆に見えないはずは無いのだ(あら〜)
またまたその上、この「私の解決法」思った事とは違った結果が
出る事だってある。
増えた外国人の講師は、
外国人と一緒に教える経験のない人には負担だったり、
日本語が殆ど話せない講師が、
一日学校に居る間の世話をする人が必要になったり、
その大勢の外国人講師を研修する場が必要になったり。
いやいや、一つの解決(に見えるもの)には、
始める前には見えない事が沢山あるのね〜。
「理想だね。気持ちは分かるよ・・・でもね・・・」
理想と現実の間に居る人。
そんな人に旦那様が言う。
理想を語る人の話には確かに「夢」があるけど、
そこに登るための「はしご」が抜け落ちていたりする事も少なくない。
理想を語るのはある意味簡単(あら、厳しい!・笑)
それに理想の無い人の話には確かに「夢」が無かったりする。
この「理想」をどう実現するか。
皆、ここで一度や二度は必ず試されるらしい。
自分では幾ら正しいと思っても、
ひょっとしたら、それに伴う犠牲は、
理想が実現した時のプラスを上回るかも知れないし・・・。
ある時、ふと思った。
理想ってゆっくり実現する方がいいのかもね・・・。
本当にこれでいいのかって、確認しながら進むのって、
思ったより悪くないかもね・・・って(笑)
不思議な事にそう思ったら、
自分に今できる事が見えて来た。
ああ、ここから始めよう・・・って具合にね。
理想って、自分の視野を狭くする事もあるのね〜って実感した経験だった。
痛いほど経験する。
教育としての理想。
実際の学校での教育という現実。
ああ、悲しいけど、一致させたくてもなかなかそうは行かない。
世の中の流れが今よりもっと見えていなかった時、
そんな「現実」がとても嫌だった。
え?これが正しいと教わってきたのに・・・
え?口ではこれが正しいと言っているのに・・・
教師になりたての頃の私の目から見ると、
納得の行かない事ばかりだった。
もっと、外国人教師を増やせばいいのに。
もっと、先生も研修にいければいいのに。
「英語を話せるように」教える事がメインの私の目には、
解決法のいくつかが見えている気になっていた(涙)
実際には、外国人の講師を呼ぶためにも、
先生が研修に行くためにも、
費用だけでない、もっと色んな事がこれを実現するには絡んでくる。
その上、拙い私が考え付くぐらいの解決法、
他の皆に見えないはずは無いのだ(あら〜)
またまたその上、この「私の解決法」思った事とは違った結果が
出る事だってある。
増えた外国人の講師は、
外国人と一緒に教える経験のない人には負担だったり、
日本語が殆ど話せない講師が、
一日学校に居る間の世話をする人が必要になったり、
その大勢の外国人講師を研修する場が必要になったり。
いやいや、一つの解決(に見えるもの)には、
始める前には見えない事が沢山あるのね〜。
「理想だね。気持ちは分かるよ・・・でもね・・・」
理想と現実の間に居る人。
そんな人に旦那様が言う。
理想を語る人の話には確かに「夢」があるけど、
そこに登るための「はしご」が抜け落ちていたりする事も少なくない。
理想を語るのはある意味簡単(あら、厳しい!・笑)
それに理想の無い人の話には確かに「夢」が無かったりする。
この「理想」をどう実現するか。
皆、ここで一度や二度は必ず試されるらしい。
自分では幾ら正しいと思っても、
ひょっとしたら、それに伴う犠牲は、
理想が実現した時のプラスを上回るかも知れないし・・・。
ある時、ふと思った。
理想ってゆっくり実現する方がいいのかもね・・・。
本当にこれでいいのかって、確認しながら進むのって、
思ったより悪くないかもね・・・って(笑)
不思議な事にそう思ったら、
自分に今できる事が見えて来た。
ああ、ここから始めよう・・・って具合にね。
理想って、自分の視野を狭くする事もあるのね〜って実感した経験だった。
2008.08/30(Sat)
うまく行かない時
何かを始めて暫くは、勢いで進める。
けれど、時間の経過と言うのは正直なもので、
その勢いを保つにも、エネルギーが必要だと思い知らされる(あはは)
どんなに理想に燃えていても、
いや、むしろ理想に燃えていればこそ、
理想と現実の間で余計に「これで良かったのか・・・」なんてね(笑)
それで良かったんです!
と、私が幾ら言ってもあんまり説得力がないかな?(苦笑)
でも、そう進むと決めた貴方の決心には、
基本的に「間違い」はないと思う。
そして、もし間違いがあるとすれば、
決心して始めたはずなのに、それを「間違えたかな?」って
思う思考回路かもね〜。
どんな決心で進んでも、必ず、必ず、壁はある。
自分の今までの経験で反省した事を、積み重ねてきた事を、
総動員しても、きっとまだ足りない。
・・・だって、1年生の試験と、2年生の試験はレベルが違うもの。
新しい事には、新しい「何か」を足さなくては駄目。
そう思い込むと、今度は、決心した方向を見失うって事もあり(苦笑)
なかなか、まっすぐ進むのは、難しいもの。
「本当に、今までアドバイスした事をちゃんと全部やった?」
旦那様が確認する。
「はい」
・・・って、事は、アドバイスした事を忘れているわ・・・
と、記録係の私は秘かに(でもないか・笑)側で思う。
やったつもりの事。
このくらい大丈夫だろうと省略した事。
すっかり忘れてしまった事。
それがあるから、何かがうまく進まない。
「うまく行かない時、人は変化を求めるが、
その変化に飛びつくと失敗する確率は、かなり高い」
この前から読み初めた本の一節。
・・・だよね・・・
だって、また同じところで同じ様に
このくらいと思い、
やったと思い込んだり、
忘れていた事さえ思い出さないって事もあり。
うまく行かない時に人が心の中で思う事なんて、
面白い程、一緒だったりするのね〜。
だからこそ旦那様は言う。
「これくらいと思う事を見逃さないように。
そこに原因やヒントがあるかもしれないよ」
けれど、時間の経過と言うのは正直なもので、
その勢いを保つにも、エネルギーが必要だと思い知らされる(あはは)
どんなに理想に燃えていても、
いや、むしろ理想に燃えていればこそ、
理想と現実の間で余計に「これで良かったのか・・・」なんてね(笑)
それで良かったんです!
と、私が幾ら言ってもあんまり説得力がないかな?(苦笑)
でも、そう進むと決めた貴方の決心には、
基本的に「間違い」はないと思う。
そして、もし間違いがあるとすれば、
決心して始めたはずなのに、それを「間違えたかな?」って
思う思考回路かもね〜。
どんな決心で進んでも、必ず、必ず、壁はある。
自分の今までの経験で反省した事を、積み重ねてきた事を、
総動員しても、きっとまだ足りない。
・・・だって、1年生の試験と、2年生の試験はレベルが違うもの。
新しい事には、新しい「何か」を足さなくては駄目。
そう思い込むと、今度は、決心した方向を見失うって事もあり(苦笑)
なかなか、まっすぐ進むのは、難しいもの。
「本当に、今までアドバイスした事をちゃんと全部やった?」
旦那様が確認する。
「はい」
・・・って、事は、アドバイスした事を忘れているわ・・・
と、記録係の私は秘かに(でもないか・笑)側で思う。
やったつもりの事。
このくらい大丈夫だろうと省略した事。
すっかり忘れてしまった事。
それがあるから、何かがうまく進まない。
「うまく行かない時、人は変化を求めるが、
その変化に飛びつくと失敗する確率は、かなり高い」
この前から読み初めた本の一節。
・・・だよね・・・
だって、また同じところで同じ様に
このくらいと思い、
やったと思い込んだり、
忘れていた事さえ思い出さないって事もあり。
うまく行かない時に人が心の中で思う事なんて、
面白い程、一緒だったりするのね〜。
だからこそ旦那様は言う。
「これくらいと思う事を見逃さないように。
そこに原因やヒントがあるかもしれないよ」
2008.08/29(Fri)
基本が全て
「基本が全てだよ」
旦那様が良く言う言葉の一つ。
自分では冷静に考えているつもりでも、
自分では理論的に考えているつもりでも、
そして、自分の感覚を信じている時でも、
「基本」を忘れると、全ての軸が狂うのかも知れない。
広い、広い、世界。
思考の世界までそれに加えれば、
「自分」がどこにいるかなんて、簡単には分からない。
自分では分かっているつもりなんだけど(苦笑)
グーグルスカイで宇宙旅行をした。
月から、火星、そして、星雲へ。
綺麗だ・・・あれ?
今、私ってどっちを向いているのかしら?
勿論、上も下も無いし、右も左もあるようでない。
う〜、この際、地球に戻ろう!としたら・・・・
あはは、地球から見た映像だから、地球は映らない(涙)
今の私の知識で宇宙に出たら、間違いなく迷子になって
戻って来れないだろうな〜なんて思ったりして。
自分の感覚とか、
自分の視点とか、
自分の考えとか、
自分の体の動きとか、
そんな事は全て自分の「基本」に繋がっている。
そして、それが自分が今見える世界の「基点」にもなっているのだろう。
但し、自分を見る目を持つには、
少なくとももう一つの視点は必要って事でもあるのだろう。
グーグルスカイで地球が見れないのと同じで、
自分の顔は、鏡がないと見れないし、
鏡で見たとしても、その鏡だって左右が反対(あれ〜また混乱!苦笑)
その映った映像をもう一度、分析するってプロセスが必要だったりする。
こうして、いくつかの視点から、
自分の中にこの「基本」や「基点」がある人はぶれない。
「どこに居ても、何をしていても、いつも自分らしくいられるのさ」
基本的にこの軸は、知らない内に私にも出来上がっているらしく(苦笑)
どこに居ても、何をしていても、昔に比べればぶれなくなったと
自分でも思うんだけど・・・
時々、混乱した人の文を読んだり、言葉を聞いたりすると、
???????????
頭の中が混乱????
どうやら、その人と一緒に、グーグルスカイで宇宙に飛んで行って仕舞うらしい(笑)
その理解力の落ち方と行ったら、旦那様曰く、
「お見事!(苦笑)」
だって、分からないものは、分からない・・・(涙)
早く、地球に戻った方が良さそうだ・・・。
旦那様が良く言う言葉の一つ。
自分では冷静に考えているつもりでも、
自分では理論的に考えているつもりでも、
そして、自分の感覚を信じている時でも、
「基本」を忘れると、全ての軸が狂うのかも知れない。
広い、広い、世界。
思考の世界までそれに加えれば、
「自分」がどこにいるかなんて、簡単には分からない。
自分では分かっているつもりなんだけど(苦笑)
グーグルスカイで宇宙旅行をした。
月から、火星、そして、星雲へ。
綺麗だ・・・あれ?
今、私ってどっちを向いているのかしら?
勿論、上も下も無いし、右も左もあるようでない。
う〜、この際、地球に戻ろう!としたら・・・・
あはは、地球から見た映像だから、地球は映らない(涙)
今の私の知識で宇宙に出たら、間違いなく迷子になって
戻って来れないだろうな〜なんて思ったりして。
自分の感覚とか、
自分の視点とか、
自分の考えとか、
自分の体の動きとか、
そんな事は全て自分の「基本」に繋がっている。
そして、それが自分が今見える世界の「基点」にもなっているのだろう。
但し、自分を見る目を持つには、
少なくとももう一つの視点は必要って事でもあるのだろう。
グーグルスカイで地球が見れないのと同じで、
自分の顔は、鏡がないと見れないし、
鏡で見たとしても、その鏡だって左右が反対(あれ〜また混乱!苦笑)
その映った映像をもう一度、分析するってプロセスが必要だったりする。
こうして、いくつかの視点から、
自分の中にこの「基本」や「基点」がある人はぶれない。
「どこに居ても、何をしていても、いつも自分らしくいられるのさ」
基本的にこの軸は、知らない内に私にも出来上がっているらしく(苦笑)
どこに居ても、何をしていても、昔に比べればぶれなくなったと
自分でも思うんだけど・・・
時々、混乱した人の文を読んだり、言葉を聞いたりすると、
???????????
頭の中が混乱????
どうやら、その人と一緒に、グーグルスカイで宇宙に飛んで行って仕舞うらしい(笑)
その理解力の落ち方と行ったら、旦那様曰く、
「お見事!(苦笑)」
だって、分からないものは、分からない・・・(涙)
早く、地球に戻った方が良さそうだ・・・。
2008.08/28(Thu)
考え方
起こっている事は一つなのに・・・考え方っていくつもある。
夫婦の問題、上司と部下の問題、親と子の問題、人間関係のトラブル。
ある日、ある場所で、登場人物も、それから人が話す言葉も、
その登場人物が何時に現れ、何時何をするかも全部同じ。
なのに、「そこでどう感じるか」「何を考えるか」は、
同じ事もあり、似ている時もあり、ちょっと違うな〜って思う事もあり。
関係がうまく行っていない時は、十中八九、皆が心の中で思っている。
「こうしてくれればいいのに・・・」
「どうして、あんな風にしかできないんだろう」
「こんな事しないでくれれば・・・」
AさんとBさん、お互いにそう思う。
そして、Cさんは「う〜〜ん、どっちが問題なんだろ?」
旦那様への相談とそのアドバイスを聞いていて思う。
こんな場合、原因はAさんかBさんのどちらにもあるかもね〜。
そして、何より大切なのは原因の場所を知るのは、
その問題を解決する為であって、「勝つ」為じゃないって事。
「勿論、絶対に勝たなくてはならない勝負もあるけどね」
きっと、その謎はパズルの迷路を解く様に、
お互いの位置は見えていても、
あっちに行ったり、こっちに行ったり。
きっと、直線では結べない。
どちらも「貴方がこっちに来なさいよ!」って思っていればなおさらだろう(苦笑)
でもね・・・
「迷路だって、平面で考えるからさ(微笑)」
あら、そうだ!
空間を利用すれば、すぐに結べたりする(爆笑)
悩んだりして、狭くなった視野には、右か左の選択肢しか見えなかったりするもの。
次元を増やせば、いくつでも結ぶ方法はある。
それも無限に・・・!!!
自分の視野で考えて、考え続けても、なかなか見えないこともあるのねぇ。
「解決しよう!」と「どうしてこうなったんだろう?」って
スタートラインに付くのも一つのきっかけ。
その悩みを元に色んな人に色んな話をする時、
いつもは聞き逃していた「本当の意味」や、
目の前にある沢山の解決法が突然見えたりするかも知れない。
だから、旦那様は
「悩め、悩め」
笑いながら言う。
「ただし、悩んだり、考えたりして止まってしまわないように」
時期が来たら、そこに一つのヒントを出す。
本当に考えた人は、そのヒントから無限の選択肢を作り出せるように
なっていたりするから面白い。
いつも、いつも思う。
「二次元の紙の上の迷路の解き方」と、
同じ問題を「三次元で考えられる解き方」には、
次元が一つ増えただけなのに、
天と地ほどの差があるのねって。
夫婦の問題、上司と部下の問題、親と子の問題、人間関係のトラブル。
ある日、ある場所で、登場人物も、それから人が話す言葉も、
その登場人物が何時に現れ、何時何をするかも全部同じ。
なのに、「そこでどう感じるか」「何を考えるか」は、
同じ事もあり、似ている時もあり、ちょっと違うな〜って思う事もあり。
関係がうまく行っていない時は、十中八九、皆が心の中で思っている。
「こうしてくれればいいのに・・・」
「どうして、あんな風にしかできないんだろう」
「こんな事しないでくれれば・・・」
AさんとBさん、お互いにそう思う。
そして、Cさんは「う〜〜ん、どっちが問題なんだろ?」
旦那様への相談とそのアドバイスを聞いていて思う。
こんな場合、原因はAさんかBさんのどちらにもあるかもね〜。
そして、何より大切なのは原因の場所を知るのは、
その問題を解決する為であって、「勝つ」為じゃないって事。
「勿論、絶対に勝たなくてはならない勝負もあるけどね」
きっと、その謎はパズルの迷路を解く様に、
お互いの位置は見えていても、
あっちに行ったり、こっちに行ったり。
きっと、直線では結べない。
どちらも「貴方がこっちに来なさいよ!」って思っていればなおさらだろう(苦笑)
でもね・・・
「迷路だって、平面で考えるからさ(微笑)」
あら、そうだ!
空間を利用すれば、すぐに結べたりする(爆笑)
悩んだりして、狭くなった視野には、右か左の選択肢しか見えなかったりするもの。
次元を増やせば、いくつでも結ぶ方法はある。
それも無限に・・・!!!
自分の視野で考えて、考え続けても、なかなか見えないこともあるのねぇ。
「解決しよう!」と「どうしてこうなったんだろう?」って
スタートラインに付くのも一つのきっかけ。
その悩みを元に色んな人に色んな話をする時、
いつもは聞き逃していた「本当の意味」や、
目の前にある沢山の解決法が突然見えたりするかも知れない。
だから、旦那様は
「悩め、悩め」
笑いながら言う。
「ただし、悩んだり、考えたりして止まってしまわないように」
時期が来たら、そこに一つのヒントを出す。
本当に考えた人は、そのヒントから無限の選択肢を作り出せるように
なっていたりするから面白い。
いつも、いつも思う。
「二次元の紙の上の迷路の解き方」と、
同じ問題を「三次元で考えられる解き方」には、
次元が一つ増えただけなのに、
天と地ほどの差があるのねって。
2008.08/27(Wed)
気の通る道
「気が流れてないね」
この前から、左足が痛くて痛くて。
「どんな風に痛いの?」
「え〜っと・・・」
いやいや、痛みというのは当然だけど「形」が無いので、
説明が難しい。
痛いといっても、筋肉そのものが痛いのか、神経が痛いのか、
それともそこに通っている気が流れていないのか。
それによって、治しかたも変わるのだけど、
なんだかうまく説明できない(涙)
動かしても痛みが増す事もひく事もない→筋肉の痛みではない
痛いところがその日によって多少違う→神経の痛み?
こうなれば、気を流してみて様子を見る。
「あ、気が止まってるよ」
こんな時、えい!って、気道を大きく出来ればいいのだが、
筋肉と一緒で、これも自分で鍛えるしかない訳で(涙)
気を一気に高めてしまうと、こうした痛みが体のどこかで起こる。
「どこか」っていうのは、気道は基本的に見えないので、
痛み出してからしか、止まって痛い思いをしてからしか分からない。
で、どんな風に痛いかって言うと、
体の中の細い管をぎゅ〜〜〜って押される感じ。
いやいや、表現が十分ではないな(苦笑)
兎に角、痛いのだ(あら、表現力なしだわ・苦笑)
数年前にもこの痛みが腕に起こったけど、
場所が違うと痛みを感じる感じ方が違うと今回初めて認識!
「気道に対して、気の量が急に大きくなったから詰まってるんだよ」
そう言えば、数週間前から、腰が痛くて前に曲げるのも大変だったと
思い出す。
「一気に流して、無理矢理に広げるって方法もあるよ」
いえ、いえ、結構です(苦笑)
だって、きっと、とても、とても、痛いはずだわ〜。
少しずつ慣らして行きますから、勘弁してくださ〜〜い(笑)
と、丁重にお断りをする(あはは)
暫く、気を流す体操でも続ける事に決めた。
「よく、側に平気で居れますね」
旦那様の側にたまたま座った彼女。
確かに・・・思い出せば、ちょっと手が触れただけで
「いたっ!」って叫んだ事がない訳では無い(苦笑)
「あの・・・痛いんですけど・・・」
「じゃあ、慣れなさい」
で、お仕舞いだった(あはは)
それから、体のあちこちが急に針が刺したような痛みとか、
く〜〜っって押さえたくなる様な痛みとか、
そんな痛みを繰り返す内に、
少しずつ気の通る道が広がって行ったはずなんだけど、
お盆で自己防衛反応が働いたらしく、
予想外に気の量が増えたらしい(あら〜)
痛みに耐えながら、少しずつ広げて行くべきか、
激痛に耐え、一気に広げるか、
実は、今も悩んでいる(あはは)
この前から、左足が痛くて痛くて。
「どんな風に痛いの?」
「え〜っと・・・」
いやいや、痛みというのは当然だけど「形」が無いので、
説明が難しい。
痛いといっても、筋肉そのものが痛いのか、神経が痛いのか、
それともそこに通っている気が流れていないのか。
それによって、治しかたも変わるのだけど、
なんだかうまく説明できない(涙)
動かしても痛みが増す事もひく事もない→筋肉の痛みではない
痛いところがその日によって多少違う→神経の痛み?
こうなれば、気を流してみて様子を見る。
「あ、気が止まってるよ」
こんな時、えい!って、気道を大きく出来ればいいのだが、
筋肉と一緒で、これも自分で鍛えるしかない訳で(涙)
気を一気に高めてしまうと、こうした痛みが体のどこかで起こる。
「どこか」っていうのは、気道は基本的に見えないので、
痛み出してからしか、止まって痛い思いをしてからしか分からない。
で、どんな風に痛いかって言うと、
体の中の細い管をぎゅ〜〜〜って押される感じ。
いやいや、表現が十分ではないな(苦笑)
兎に角、痛いのだ(あら、表現力なしだわ・苦笑)
数年前にもこの痛みが腕に起こったけど、
場所が違うと痛みを感じる感じ方が違うと今回初めて認識!
「気道に対して、気の量が急に大きくなったから詰まってるんだよ」
そう言えば、数週間前から、腰が痛くて前に曲げるのも大変だったと
思い出す。
「一気に流して、無理矢理に広げるって方法もあるよ」
いえ、いえ、結構です(苦笑)
だって、きっと、とても、とても、痛いはずだわ〜。
少しずつ慣らして行きますから、勘弁してくださ〜〜い(笑)
と、丁重にお断りをする(あはは)
暫く、気を流す体操でも続ける事に決めた。
「よく、側に平気で居れますね」
旦那様の側にたまたま座った彼女。
確かに・・・思い出せば、ちょっと手が触れただけで
「いたっ!」って叫んだ事がない訳では無い(苦笑)
「あの・・・痛いんですけど・・・」
「じゃあ、慣れなさい」
で、お仕舞いだった(あはは)
それから、体のあちこちが急に針が刺したような痛みとか、
く〜〜っって押さえたくなる様な痛みとか、
そんな痛みを繰り返す内に、
少しずつ気の通る道が広がって行ったはずなんだけど、
お盆で自己防衛反応が働いたらしく、
予想外に気の量が増えたらしい(あら〜)
痛みに耐えながら、少しずつ広げて行くべきか、
激痛に耐え、一気に広げるか、
実は、今も悩んでいる(あはは)
2008.08/26(Tue)
まただ・・・
私は銀行と相性が良くないらしい(涙)
行く度に、この温厚な私(笑)を怒らせる事が起こる。
全くもって、余談だけど、英語でこんな感情を表す表現は、
殆どが受身の文で書く事が多い。
I got frustrated とか、I was annoyed
とかこの場合だと言えるけど、まさに自分の感覚では、
この「受身」の気分(苦笑)
長い間行かなきゃと思っていた銀行に用事を済ませに行った。
・・・というか、行く前に、「ん?」と思い、まず電話をして確かめた。
「これと、これをもって行けば大丈夫です」
それなのに・・・である。
「ああ、これがないと、手続きが終了できないんです」
まただ・・・(苦笑)
「もう一度、それを持って来いって事ですか?」と切り返す私。
「こんな事が無いように、わざわざ確かめの電話をしたんですけど」
そう言うと、上司に相談するからと、結局私の方から、
こうすれば・・・と言ったら、それで事が動き始めた・・・と思ったら、
「口座に13円残金がありますが、それを送金する手数料を払っていただかないと」
「その手数料っておいくらですか?」
「315円です」
「え?」
その前に、他の手続きで手数料がいると言われていたけど、
それは、その金額よりずっと高くても納得した事だったから。
しかし!そもそもちゃんと持って行くべきものを伝えてくれていたなら、
13円の残金に手数料を払ってもらう必要もないはず。
「残金は要りません」
「そうすると、カードを再発行するので、その料金がかかりますが」
「そのカードも要りません」
あはは、私もこうなると頑固だぁ〜(苦笑)
銀行にも銀行の手続きにちゃんとした「筋」があるのも分かる。
そして、私にも、私の筋があると思っている。
13円とか315円とか、そんな金額の話ではない!
・・・とか思ってしまった私。
後で考えても、譲らなかった私が正しいかどうかはよく分からないけど、
・・・って、こういう人は、きっと生きずらい思いをするのかも(あはは)
自分にとって許せない事は、許せない!って頑張る。
結局、その銀行は、たった数百円の手数料で文句を言う
顧客が減って良かったと思ったと思うし(確信!笑)
私は、たった数百円を手続きだからと負担させるところと、
縁が切れて良かったとすっきりした。
「まあ、相手が銀行だからね・・・」
そう、そう、自分の思いをはっきり伝えて、
すっきり生きるには、きっとそれに伴うリスクもあるのかもね〜。
同じ様な銀行とのトラブルを繰り返す私(苦笑)
その内、付き合える銀行がなくなるかも・・・(あはは!)
まあ、すっきり生きるには、それだけの覚悟も必要なのね・・・
なんて、はたまた大げさな事を考えてしまう私だった(笑)
行く度に、この温厚な私(笑)を怒らせる事が起こる。
全くもって、余談だけど、英語でこんな感情を表す表現は、
殆どが受身の文で書く事が多い。
I got frustrated とか、I was annoyed
とかこの場合だと言えるけど、まさに自分の感覚では、
この「受身」の気分(苦笑)
長い間行かなきゃと思っていた銀行に用事を済ませに行った。
・・・というか、行く前に、「ん?」と思い、まず電話をして確かめた。
「これと、これをもって行けば大丈夫です」
それなのに・・・である。
「ああ、これがないと、手続きが終了できないんです」
まただ・・・(苦笑)
「もう一度、それを持って来いって事ですか?」と切り返す私。
「こんな事が無いように、わざわざ確かめの電話をしたんですけど」
そう言うと、上司に相談するからと、結局私の方から、
こうすれば・・・と言ったら、それで事が動き始めた・・・と思ったら、
「口座に13円残金がありますが、それを送金する手数料を払っていただかないと」
「その手数料っておいくらですか?」
「315円です」
「え?」
その前に、他の手続きで手数料がいると言われていたけど、
それは、その金額よりずっと高くても納得した事だったから。
しかし!そもそもちゃんと持って行くべきものを伝えてくれていたなら、
13円の残金に手数料を払ってもらう必要もないはず。
「残金は要りません」
「そうすると、カードを再発行するので、その料金がかかりますが」
「そのカードも要りません」
あはは、私もこうなると頑固だぁ〜(苦笑)
銀行にも銀行の手続きにちゃんとした「筋」があるのも分かる。
そして、私にも、私の筋があると思っている。
13円とか315円とか、そんな金額の話ではない!
・・・とか思ってしまった私。
後で考えても、譲らなかった私が正しいかどうかはよく分からないけど、
・・・って、こういう人は、きっと生きずらい思いをするのかも(あはは)
自分にとって許せない事は、許せない!って頑張る。
結局、その銀行は、たった数百円の手数料で文句を言う
顧客が減って良かったと思ったと思うし(確信!笑)
私は、たった数百円を手続きだからと負担させるところと、
縁が切れて良かったとすっきりした。
「まあ、相手が銀行だからね・・・」
そう、そう、自分の思いをはっきり伝えて、
すっきり生きるには、きっとそれに伴うリスクもあるのかもね〜。
同じ様な銀行とのトラブルを繰り返す私(苦笑)
その内、付き合える銀行がなくなるかも・・・(あはは!)
まあ、すっきり生きるには、それだけの覚悟も必要なのね・・・
なんて、はたまた大げさな事を考えてしまう私だった(笑)
2008.08/24(Sun)
後遺症
「後遺症の方が厄介な事が多いから」
被ったり、もっと酷い状態になったり。
やっとの思いで、スッキリしたフラットな状態。
「ああ、楽に・・・」
ん?何だか違和感があるのが普通というから・・・。
・・・って確かにそうだ。
「まだ、痛いけど・・・」
祓ってもらって、いったん痛みが引くのに、
暫くすると、またどこからか痛み出したりする。
痛さに極端に弱い私(涙)
すぐに旦那様に訴える事となる訳で・・・。
「もう、本体は取ったから」
つまり、被った状態、それより酷い状態を体が覚えていて、
その状態で、バランスを取ろうとする体。
その本体が急になくなったからと、体が元にバン!
と戻るはずがない・・・って考えて当たり前。
そう、自然と、ちょっと前の体のバランスに戻ろうとするのだ。
これって、意識しないでいつも体がある意味勝手にやって
くれている事。
だから、そのバランスが元に戻ろうとするのも、
なかなか止められないのだ。
そして・・・痛みも止まらない(涙)
何しろ、もう痛みの元はないのに「痛い」
それはまるで、昔痛い思いをした事に関した物を見ただけで、
その時の痛さが戻ってくるのと同じだ。
小さな頃、蚊取り線香は、変な形の線香立てに置いた。
覚えている人もいるかも知れないけど、あの線香立て、
鋭くて、ちょっと危険・・・なのにそれを踏んでしまった事がある。
・・・って、書きながら、私の足が痛い・・・気がして来たぁ〜。
人の感覚と実際の痛みは、必ずしも一致していない。
実は私の極端な痛みの原因もこの「後遺症」にある
とこの前分かったばかりだ(苦笑)
痛いと思うと、痛い、痛い、痛いと痛さを増幅する。
「おかしいなぁ。こんなに痛いはずはないんだけど」
昔から、医者に行ってもよくそう言われた。
そういわれても「痛いものは、痛い」
そう、心は「痛み」を作り出す事ができる。
そして、やがて、実際に痛み出すのだ(凄い!と感動してる場合ではない)
この後遺症を取るのが、実はとても大事だと旦那様は言う。
「そのままだと、同じ事を繰り返すからね」
一度怪我をした所というのは、結構、痛めやすかったりする。
「痕跡が残っているからさ」
実際に痛いならともかく、自分で痛みを作り出している・・・
不覚だわ〜と幾ら嘆いてみても、痛い時には痛くなる。
本当に、「体」と「心」は一致しない事があるものだ・・・
こんな時に納得したくないけど、納得する(苦笑)
(今日も、ライブドアのブログでは違うバージョンでお楽しみください!)
被ったり、もっと酷い状態になったり。
やっとの思いで、スッキリしたフラットな状態。
「ああ、楽に・・・」
ん?何だか違和感があるのが普通というから・・・。
・・・って確かにそうだ。
「まだ、痛いけど・・・」
祓ってもらって、いったん痛みが引くのに、
暫くすると、またどこからか痛み出したりする。
痛さに極端に弱い私(涙)
すぐに旦那様に訴える事となる訳で・・・。
「もう、本体は取ったから」
つまり、被った状態、それより酷い状態を体が覚えていて、
その状態で、バランスを取ろうとする体。
その本体が急になくなったからと、体が元にバン!
と戻るはずがない・・・って考えて当たり前。
そう、自然と、ちょっと前の体のバランスに戻ろうとするのだ。
これって、意識しないでいつも体がある意味勝手にやって
くれている事。
だから、そのバランスが元に戻ろうとするのも、
なかなか止められないのだ。
そして・・・痛みも止まらない(涙)
何しろ、もう痛みの元はないのに「痛い」
それはまるで、昔痛い思いをした事に関した物を見ただけで、
その時の痛さが戻ってくるのと同じだ。
小さな頃、蚊取り線香は、変な形の線香立てに置いた。
覚えている人もいるかも知れないけど、あの線香立て、
鋭くて、ちょっと危険・・・なのにそれを踏んでしまった事がある。
・・・って、書きながら、私の足が痛い・・・気がして来たぁ〜。
人の感覚と実際の痛みは、必ずしも一致していない。
実は私の極端な痛みの原因もこの「後遺症」にある
とこの前分かったばかりだ(苦笑)
痛いと思うと、痛い、痛い、痛いと痛さを増幅する。
「おかしいなぁ。こんなに痛いはずはないんだけど」
昔から、医者に行ってもよくそう言われた。
そういわれても「痛いものは、痛い」
そう、心は「痛み」を作り出す事ができる。
そして、やがて、実際に痛み出すのだ(凄い!と感動してる場合ではない)
この後遺症を取るのが、実はとても大事だと旦那様は言う。
「そのままだと、同じ事を繰り返すからね」
一度怪我をした所というのは、結構、痛めやすかったりする。
「痕跡が残っているからさ」
実際に痛いならともかく、自分で痛みを作り出している・・・
不覚だわ〜と幾ら嘆いてみても、痛い時には痛くなる。
本当に、「体」と「心」は一致しない事があるものだ・・・
こんな時に納得したくないけど、納得する(苦笑)
(今日も、ライブドアのブログでは違うバージョンでお楽しみください!)
2008.08/23(Sat)
騒がしい
騒がしい・・・って私の事?(笑)
いやいや、兎に角、何だか騒がしい。
お盆のせいだと思いこんでいたけど、カレンダーを見たら、
あら、もう一週間近く過ぎたのに・・・。
なんだか、騒がしい。
お盆の間、今年は特に空気が重くて、どこに出かけても出かけなくても、
ドッと疲れた・・・それも異常に・・・。
こんな時、私は心の中で、
「お盆さえ過ぎれば・・・」と繰り返す。
ところが・・・いや、いや、まだその騒がしさは収まらないみたい(苦笑)
お盆の間はやっぱり霊的な影響を受ける事も多くて、
感覚のある人は、凄く注意して出かけた方が無難。
ものすごい雑音の中にいる状態。
初めは、意識していても、その内、音がしているのか
していないのかさえ分からなくなる事もある。
「わかりにくいんだよね」
でかけた先で、連れて帰って来るなんてある?
あります、あります。
その上、こんな場合、大体一人ではないってパターンばかり(あら〜)
「自分の感覚が少しずつ、鈍くなるんだよね」
で、厄介な事に、鈍った感覚で、「どこか変だ・・・」と
思いながらも、「何がいつもと違う」と判断できるほど、
なにしろ、自分がクリアーではない訳で(苦笑)
こんな時は、自分では本当に分からない。
でもこんな時は、側でみると、全く違う人格の人に見えたりする。
こんなに違うもの?ってびっくりするぐらい。
だから、というか、本人より、周りの人間の方が「慌てる」
「霊だって、悪気がある訳じゃないんだけどね」
何かにこだわって、何かが心に引っかかって、
その心の状態がずっと続くと、やっぱりいい空気を
纏っているとは言えない・・・。
・・・、そこで、私の目標が「すっきり」
できるだけ「すっきり」割りきる「訓練」をするって事。
生きていても、そうでなくても、何かにこだわって、
そこから開放されないまま・・・って事が問題なんだしね。
・・・と、頭では一応理解している。
(↑つもり。その上、心は別ものだったりする・苦笑)
今年は変化の年だと、旦那様が言っていたけど、
まさに「絵に描いたような」変化だらけの年だわ〜。
・・・って事は、こんな状態がお盆である、なしに関わらず
続くってことぉ〜????
と、思っても仕方がない(苦笑)
体力と気力で乗り越えるしかない!この状態・・・。
ここは、すっきり、立ち向かうことにしよう・・・!!!ふぅ〜。
(今日は、ライブドアのブログで違うバージョンが
書かれています)
いやいや、兎に角、何だか騒がしい。
お盆のせいだと思いこんでいたけど、カレンダーを見たら、
あら、もう一週間近く過ぎたのに・・・。
なんだか、騒がしい。
お盆の間、今年は特に空気が重くて、どこに出かけても出かけなくても、
ドッと疲れた・・・それも異常に・・・。
こんな時、私は心の中で、
「お盆さえ過ぎれば・・・」と繰り返す。
ところが・・・いや、いや、まだその騒がしさは収まらないみたい(苦笑)
お盆の間はやっぱり霊的な影響を受ける事も多くて、
感覚のある人は、凄く注意して出かけた方が無難。
ものすごい雑音の中にいる状態。
初めは、意識していても、その内、音がしているのか
していないのかさえ分からなくなる事もある。
「わかりにくいんだよね」
でかけた先で、連れて帰って来るなんてある?
あります、あります。
その上、こんな場合、大体一人ではないってパターンばかり(あら〜)
「自分の感覚が少しずつ、鈍くなるんだよね」
で、厄介な事に、鈍った感覚で、「どこか変だ・・・」と
思いながらも、「何がいつもと違う」と判断できるほど、
なにしろ、自分がクリアーではない訳で(苦笑)
こんな時は、自分では本当に分からない。
でもこんな時は、側でみると、全く違う人格の人に見えたりする。
こんなに違うもの?ってびっくりするぐらい。
だから、というか、本人より、周りの人間の方が「慌てる」
「霊だって、悪気がある訳じゃないんだけどね」
何かにこだわって、何かが心に引っかかって、
その心の状態がずっと続くと、やっぱりいい空気を
纏っているとは言えない・・・。
・・・、そこで、私の目標が「すっきり」
できるだけ「すっきり」割りきる「訓練」をするって事。
生きていても、そうでなくても、何かにこだわって、
そこから開放されないまま・・・って事が問題なんだしね。
・・・と、頭では一応理解している。
(↑つもり。その上、心は別ものだったりする・苦笑)
今年は変化の年だと、旦那様が言っていたけど、
まさに「絵に描いたような」変化だらけの年だわ〜。
・・・って事は、こんな状態がお盆である、なしに関わらず
続くってことぉ〜????
と、思っても仕方がない(苦笑)
体力と気力で乗り越えるしかない!この状態・・・。
ここは、すっきり、立ち向かうことにしよう・・・!!!ふぅ〜。
(今日は、ライブドアのブログで違うバージョンが
書かれています)
2008.08/22(Fri)
すっきり
スッキリ生きる!
これが私の今の目標。
いや〜これがなかなか難しい。
駄目なものは駄目。
出来る事は、やる。
やって駄目でも、まあその時に考える。
兎に角、スッキリ、スッキリ。
リセットしながら・・・って、思っているより難しい(あはは)
「それでも、こだわりない方だと思うよ」
旦那様はそう言ってくれるが、どこかで何かを考え始めると、
暫く続く・・ぐるぐる回るだけの思考(苦笑)
「どうして、こうしないのかな?」
「どうして、分かっているのに?」
「皆、君みたいに強くないの!」
あら〜、そんなに強いつもりではないけど、
どちらかと言うと、「力技」で生きていた私にとって、
やって駄目なら諦めもつく!
なのに・・・その前でどうして・・・って具合。
よく、よく考えれば、本人には本人のスピードがあり、
本人には本人の「出来ない事情」が本人なりにある訳で(苦笑)
押し付けているつもりは無くても、
「こうすれば良いのに」と思う私の思考回路は、
残念ながら、大差がない・・・と認めるしかない(涙)
少なくとも私にとっては、あの時こうしていれば・・・
と言う過去の後悔は、殆どない。
というか、理屈で考えた(笑)
1)もし、そうして居たとして、今と何が違うだろう?
2)もし、そうして居なかったと後悔する事で、今がどう変わるだろう?
・・・って、考えたら「もし、あの時〜しなかったら・・・」
の起こりえない仮定は、殆ど消えた・・・と思う(と、思いたい!笑)
少し前、妹が私に、
「お姉ちゃん、もう少し美人に生まれていたらとか思った事ない?」
「ない」
「え!なぜ?」
「もし、今より美人でも、今と同じ様な人生だと思うから」
今でももう少し美人だったらと思う妹には、
未だに私のこの「きっぱりさ」加減は理解できないみたい(爆笑)
どちらにしても、人間の感情と言うのは、複雑で、
後悔してないと言いつつ、実は後悔していたり、
口に出さないから、後悔が無いかと言うと、
話すのも嫌なぐらい忘れたい事だってあるだろうし。
「視野を広げる事でも、後悔した経験も捉え方が変わるからね」
・・・そう、今が一番大事!
悪い因縁を作らないで生きていけないとしても、
できるだけ、すっきり、すっきり!
って、自分に言い聞かせないといけない間は、本物じゃないよな〜(苦笑)
これが私の今の目標。
いや〜これがなかなか難しい。
駄目なものは駄目。
出来る事は、やる。
やって駄目でも、まあその時に考える。
兎に角、スッキリ、スッキリ。
リセットしながら・・・って、思っているより難しい(あはは)
「それでも、こだわりない方だと思うよ」
旦那様はそう言ってくれるが、どこかで何かを考え始めると、
暫く続く・・ぐるぐる回るだけの思考(苦笑)
「どうして、こうしないのかな?」
「どうして、分かっているのに?」
「皆、君みたいに強くないの!」
あら〜、そんなに強いつもりではないけど、
どちらかと言うと、「力技」で生きていた私にとって、
やって駄目なら諦めもつく!
なのに・・・その前でどうして・・・って具合。
よく、よく考えれば、本人には本人のスピードがあり、
本人には本人の「出来ない事情」が本人なりにある訳で(苦笑)
押し付けているつもりは無くても、
「こうすれば良いのに」と思う私の思考回路は、
残念ながら、大差がない・・・と認めるしかない(涙)
少なくとも私にとっては、あの時こうしていれば・・・
と言う過去の後悔は、殆どない。
というか、理屈で考えた(笑)
1)もし、そうして居たとして、今と何が違うだろう?
2)もし、そうして居なかったと後悔する事で、今がどう変わるだろう?
・・・って、考えたら「もし、あの時〜しなかったら・・・」
の起こりえない仮定は、殆ど消えた・・・と思う(と、思いたい!笑)
少し前、妹が私に、
「お姉ちゃん、もう少し美人に生まれていたらとか思った事ない?」
「ない」
「え!なぜ?」
「もし、今より美人でも、今と同じ様な人生だと思うから」
今でももう少し美人だったらと思う妹には、
未だに私のこの「きっぱりさ」加減は理解できないみたい(爆笑)
どちらにしても、人間の感情と言うのは、複雑で、
後悔してないと言いつつ、実は後悔していたり、
口に出さないから、後悔が無いかと言うと、
話すのも嫌なぐらい忘れたい事だってあるだろうし。
「視野を広げる事でも、後悔した経験も捉え方が変わるからね」
・・・そう、今が一番大事!
悪い因縁を作らないで生きていけないとしても、
できるだけ、すっきり、すっきり!
って、自分に言い聞かせないといけない間は、本物じゃないよな〜(苦笑)
2008.08/21(Thu)
矛盾
得意の観察をしていて思う事。
「いや〜霊能者って、頑固だわ〜(笑)」
いつも書くように、すっかり忘れてしまう人が多いけど、
子供の頃には皆持っている「感覚」
頑固でなければ、持ち続ける事もできないしね。
簡単に言えば、大人の言う事より、
「自分の感覚の方が正しい」と信じ続けるのだ(あはは)
「そんなのないよ〜」と言われても、
自分の感覚であるものは、ある!と強く思っている。
強く思えるには、思えるだけの理由があるのだろう。
例えば、もっと色んな所から情報が入ってくるとか、
もっと色んな人から情報が入るから、
「知らないだけだ!自分には伝わってきている」
みたいな理屈付けておいてだけど(笑)
理屈抜きの自信が自分の感覚のどこかにある。
けれども実際に、本当に自信があるかって話になると、
ちょっと違う気もする。
伝わって来たものも、所詮は「人から聞いた事」
自分で経験して掴んだものとは、根本的に違ったりする(涙)
自分で自分の感覚を信じていながら、
どこかで自分の感覚に「確信」が持てない・・・
な〜んて、矛盾に満ちた心は、バランスを崩しやすかったりするのかしら?
「それは、妄想だよ」
「それは、自分で作りだしてる」
こんな事を感じたんですが、見えたんですが・・・
感覚のある人でもこうして、伝わってくるものが例えあったにしても、
そこに自分の価値観を入れてしまったり、
自分の視野でしか「解釈」できなかったりするもの。
例えば、「お化け」って聞くと、それまで自分が見た事のある姿で
そのお化けの姿を再現してしまうって事だってあるのよね・・・。
感覚のある人でも、「伝わってくるもの」と「自分で作ったもの」の
区別を付ける事は、とても、とても、難しい。
「一つ、一つ、確認して行くしかないんだよ」
どうやったら、その区別が付くかって相談に旦那様が答える。
確かに、「何か」が伝わってきているけど・・・
その情報源を知るには、また別のものが必要だったりするのだろう。
この訓練には、「確認できる」相手と、自分の中でのデーターの積み重ねが
欠かせない・・・。
なのに、時にダイレクトに伝わってくる感覚を持っている人には、
この「積み重ね」が一番苦手科目だったりして・・・
矛盾は、どこかでどうにかしないと、矛盾したまま、
結局は、自分を苦しめたりするのね・・・って思う。
「いや〜霊能者って、頑固だわ〜(笑)」
いつも書くように、すっかり忘れてしまう人が多いけど、
子供の頃には皆持っている「感覚」
頑固でなければ、持ち続ける事もできないしね。
簡単に言えば、大人の言う事より、
「自分の感覚の方が正しい」と信じ続けるのだ(あはは)
「そんなのないよ〜」と言われても、
自分の感覚であるものは、ある!と強く思っている。
強く思えるには、思えるだけの理由があるのだろう。
例えば、もっと色んな所から情報が入ってくるとか、
もっと色んな人から情報が入るから、
「知らないだけだ!自分には伝わってきている」
みたいな理屈付けておいてだけど(笑)
理屈抜きの自信が自分の感覚のどこかにある。
けれども実際に、本当に自信があるかって話になると、
ちょっと違う気もする。
伝わって来たものも、所詮は「人から聞いた事」
自分で経験して掴んだものとは、根本的に違ったりする(涙)
自分で自分の感覚を信じていながら、
どこかで自分の感覚に「確信」が持てない・・・
な〜んて、矛盾に満ちた心は、バランスを崩しやすかったりするのかしら?
「それは、妄想だよ」
「それは、自分で作りだしてる」
こんな事を感じたんですが、見えたんですが・・・
感覚のある人でもこうして、伝わってくるものが例えあったにしても、
そこに自分の価値観を入れてしまったり、
自分の視野でしか「解釈」できなかったりするもの。
例えば、「お化け」って聞くと、それまで自分が見た事のある姿で
そのお化けの姿を再現してしまうって事だってあるのよね・・・。
感覚のある人でも、「伝わってくるもの」と「自分で作ったもの」の
区別を付ける事は、とても、とても、難しい。
「一つ、一つ、確認して行くしかないんだよ」
どうやったら、その区別が付くかって相談に旦那様が答える。
確かに、「何か」が伝わってきているけど・・・
その情報源を知るには、また別のものが必要だったりするのだろう。
この訓練には、「確認できる」相手と、自分の中でのデーターの積み重ねが
欠かせない・・・。
なのに、時にダイレクトに伝わってくる感覚を持っている人には、
この「積み重ね」が一番苦手科目だったりして・・・
矛盾は、どこかでどうにかしないと、矛盾したまま、
結局は、自分を苦しめたりするのね・・・って思う。
2008.08/20(Wed)
油断大敵
「霊能者にとっては油断は大敵!」
お盆の時期と云うのもあって、どこに出かけても危険・・・。
・・・って、何も感じない人にとっては、???だろうな〜。
実際、出かけた先で連れて帰って来てしまったって事があり、
「今日は気分が悪くて来れません」と、本人の談。
いや、いや、それこそがココに来て旦那様に会わなければならない
(と、まで言ってしまおう!)理由だわ!と瞬間に思った。
そんな理由で来ないはずがない人だもの。
で、二転三転(って、旦那様の中では初めからなるとわかっていたらしいけど)
して解決!
そんな一部始終をたまたま目撃する事となった、(今は)普通の感覚の男の子。
「テレビを観ているみたいだろ?」
と、旦那様が言う。
「でもね、霊能者にとっては日常なんだ」
そんな状態になった人と、その解決後の姿を見れば、
あるとかないとか、居るとか居ないとか、
そんな論議をしている場合ではないのだ。
兎に角、初めは心理的にも肉体的にも影響され、
その次に本当に体に症状が「できあがる」
病は気から・・・なんてもんじゃなく、あっと言う間に
本当の「病気」を引き起こす。
きっと、体をコントロールする中枢部に影響するからだと思うけど・・・。
「霊能者はいつも危険に晒されて生きてるんだ」
ある意味で、自分と他人の区別がない。
だから、その相手が生きていてもそうでなくても、
その影響を受ける。
それで何度も命を取られる様な経験をした人は、
人と接する時に、とても、とても慎重だ。
そして、必要以上に絶対に近づかない。
・・・で、同時にこの人は大丈夫と思ったら、
お互いを「自分の事」の様に心配したりして(苦笑)
この距離感の極端さって、普通の感覚の人には
とても理解しにくい事だと思ったりする。
「霊能者って、自分と他人の区別がないんだよ」
初めてこの言葉を聞いた時には、今考えても、
全く本当の意味を理解していなかったと思う(涙)
イメージで言えば、自分の「心」と「魂」と「体」の繋がりが
普通より弱い感じがするな〜なんて思ったりする。
何時も、周りからの影響を通してしまう様な薄いフィルターしか
持ち合わせていないと言うか・・・
それも、心理的な感覚だから、「意識する」事が全て。
それは、普通の人にとって、「自分を信じなさい」
って、いつもいつも100%で居られるかどうか難しいのと
同じくらい、難しかったりする。
お盆の時期と云うのもあって、どこに出かけても危険・・・。
・・・って、何も感じない人にとっては、???だろうな〜。
実際、出かけた先で連れて帰って来てしまったって事があり、
「今日は気分が悪くて来れません」と、本人の談。
いや、いや、それこそがココに来て旦那様に会わなければならない
(と、まで言ってしまおう!)理由だわ!と瞬間に思った。
そんな理由で来ないはずがない人だもの。
で、二転三転(って、旦那様の中では初めからなるとわかっていたらしいけど)
して解決!
そんな一部始終をたまたま目撃する事となった、(今は)普通の感覚の男の子。
「テレビを観ているみたいだろ?」
と、旦那様が言う。
「でもね、霊能者にとっては日常なんだ」
そんな状態になった人と、その解決後の姿を見れば、
あるとかないとか、居るとか居ないとか、
そんな論議をしている場合ではないのだ。
兎に角、初めは心理的にも肉体的にも影響され、
その次に本当に体に症状が「できあがる」
病は気から・・・なんてもんじゃなく、あっと言う間に
本当の「病気」を引き起こす。
きっと、体をコントロールする中枢部に影響するからだと思うけど・・・。
「霊能者はいつも危険に晒されて生きてるんだ」
ある意味で、自分と他人の区別がない。
だから、その相手が生きていてもそうでなくても、
その影響を受ける。
それで何度も命を取られる様な経験をした人は、
人と接する時に、とても、とても慎重だ。
そして、必要以上に絶対に近づかない。
・・・で、同時にこの人は大丈夫と思ったら、
お互いを「自分の事」の様に心配したりして(苦笑)
この距離感の極端さって、普通の感覚の人には
とても理解しにくい事だと思ったりする。
「霊能者って、自分と他人の区別がないんだよ」
初めてこの言葉を聞いた時には、今考えても、
全く本当の意味を理解していなかったと思う(涙)
イメージで言えば、自分の「心」と「魂」と「体」の繋がりが
普通より弱い感じがするな〜なんて思ったりする。
何時も、周りからの影響を通してしまう様な薄いフィルターしか
持ち合わせていないと言うか・・・
それも、心理的な感覚だから、「意識する」事が全て。
それは、普通の人にとって、「自分を信じなさい」
って、いつもいつも100%で居られるかどうか難しいのと
同じくらい、難しかったりする。
2008.08/19(Tue)
本当の無駄
「本当の無駄はね、あるものをちゃんと使わない、活かさないことなんだ」
どんなものを買っても、マニュアルを隅々まで読む旦那様。
普通は一度も使わないで終わってしまう機能でさえ、
手にしたら、必ず一度は試してみて、「ふ〜〜ん」
・・・という訳で、何かを買うと、元々そんなにおしゃべりではない旦那様は、
暫くの間、一層静かになる(あはは)
面接の時や、お参りの日に集まって来る人にはにわかに信じられないだろうけど、
そう!旦那様は元々はちょ〜〜〜無口だったりする。
なので、家の中はとても静か・・・な訳がない、
私が居るから・・・って又、話が違う方に行ってるわ(苦笑)
教師時代、生徒が言う言葉の中で、一番私が過剰に反応していた言葉。
「これって、無駄じゃん!」
「無駄かどうか、どうして分かるの?」
まあ、やりたくないものには理由を付けたくなるものだけど、
「やらなきゃいけない事」や「一生懸命教えてくれる人がいる」場面で、
無駄は無いでしょ!無駄は!
(ね、やっぱり、過剰反応だわ!爆笑)
「無駄な事」って言う本人には、
やっぱり目の前にある事は「無駄」に見えるんだろ〜な〜。
例え、それが、ダイヤモンドの原石であったとしても、
その先が見えなければ、「持って返っても、労力の無駄」
それに「無駄に見える」ものが、その先生かせるかどうかは、
その「もの」ではなくて、その「人の視点」にかかっているから、
確かに、無駄と言えば、無駄なんだろうけどね。
これから、その本人の目から見れば、無駄に見える事の中に
沢山、沢山、可能性があると思えば、過剰に反応してしまう私。
・・・だって、オリンピックだって、スポーツだって、
ある視点からすれば、究極の無駄かもね〜。
金メダルを取った選手なんて、
「無駄」だらけで生活が詰まってるって事になったりして(苦笑)
「実は、究極、したたかな人かも(笑)」
旦那様が、あれに利用できるとか、これはこうすれば繋がるとか。
そんな話を聞いていて思う。
ビジネスの話の時はなおさら。
一つの糸口から、どうにか次の方法を相談者と一緒に探る。
そんな話を聞いていると、目の前で起こる事を一つも無駄にしない!
気迫!とさえ言えるものを感じる事がある。
「無駄な事なんて一つもないのさ」
そう、そう、無駄を無駄にしてしまうのは、これから先に
「つなぐ視点のなさ」とも言えるのかもね。
・・・という旦那様にさえ、
「何故、たまごっちがあんなに流行したのか分からん!」
・・・という事があるらしい(笑)
「無駄なもの程、売れたり、人の心をひきつけたりするしね」
・・・私にも売れた理由は勿論、全然分からないけど・・・
本当の無駄は、「無駄にしない」様に「買わないとか」事じゃないらしい・・・
って事ぐらいしか、今は分からない(涙)
どんなものを買っても、マニュアルを隅々まで読む旦那様。
普通は一度も使わないで終わってしまう機能でさえ、
手にしたら、必ず一度は試してみて、「ふ〜〜ん」
・・・という訳で、何かを買うと、元々そんなにおしゃべりではない旦那様は、
暫くの間、一層静かになる(あはは)
面接の時や、お参りの日に集まって来る人にはにわかに信じられないだろうけど、
そう!旦那様は元々はちょ〜〜〜無口だったりする。
なので、家の中はとても静か・・・な訳がない、
私が居るから・・・って又、話が違う方に行ってるわ(苦笑)
教師時代、生徒が言う言葉の中で、一番私が過剰に反応していた言葉。
「これって、無駄じゃん!」
「無駄かどうか、どうして分かるの?」
まあ、やりたくないものには理由を付けたくなるものだけど、
「やらなきゃいけない事」や「一生懸命教えてくれる人がいる」場面で、
無駄は無いでしょ!無駄は!
(ね、やっぱり、過剰反応だわ!爆笑)
「無駄な事」って言う本人には、
やっぱり目の前にある事は「無駄」に見えるんだろ〜な〜。
例え、それが、ダイヤモンドの原石であったとしても、
その先が見えなければ、「持って返っても、労力の無駄」
それに「無駄に見える」ものが、その先生かせるかどうかは、
その「もの」ではなくて、その「人の視点」にかかっているから、
確かに、無駄と言えば、無駄なんだろうけどね。
これから、その本人の目から見れば、無駄に見える事の中に
沢山、沢山、可能性があると思えば、過剰に反応してしまう私。
・・・だって、オリンピックだって、スポーツだって、
ある視点からすれば、究極の無駄かもね〜。
金メダルを取った選手なんて、
「無駄」だらけで生活が詰まってるって事になったりして(苦笑)
「実は、究極、したたかな人かも(笑)」
旦那様が、あれに利用できるとか、これはこうすれば繋がるとか。
そんな話を聞いていて思う。
ビジネスの話の時はなおさら。
一つの糸口から、どうにか次の方法を相談者と一緒に探る。
そんな話を聞いていると、目の前で起こる事を一つも無駄にしない!
気迫!とさえ言えるものを感じる事がある。
「無駄な事なんて一つもないのさ」
そう、そう、無駄を無駄にしてしまうのは、これから先に
「つなぐ視点のなさ」とも言えるのかもね。
・・・という旦那様にさえ、
「何故、たまごっちがあんなに流行したのか分からん!」
・・・という事があるらしい(笑)
「無駄なもの程、売れたり、人の心をひきつけたりするしね」
・・・私にも売れた理由は勿論、全然分からないけど・・・
本当の無駄は、「無駄にしない」様に「買わないとか」事じゃないらしい・・・
って事ぐらいしか、今は分からない(涙)



