2005.12/31(Sat)

初詣 

と言うわけで、旦那様に早速、
「ねぇ、神社にお参りする時は?」って訊いた。

季節物?なので、早めにお知らせしましょう(笑)

「神はね、仏よりずっと厳しいんだ。
簡単には人の願いとか、きいてもくれない。

大概の御願い事なんか、聞いてもいないかもね。」

確かに、神社とお寺、よーく思い出してみると、
いい神社にはピーンと張り詰めた空気、
お寺には暖かい空気が流れている事が多い。

ちなみに、お参りに行くときは、敏感な人は気をつけたほうがいい。
下手に行くと被る(笑)

先日、ある神社にお参りしようとして、参道を歩いていたら、
ものすごく被った・・・

「色んな人が色んな思いを捨てていく所だからね・・・」って旦那様。

早く言ってくれないと・・・
単純にお参りして、祓ってもらおうとウキウキして歩いてたら
この調子だ・・・

まあ、色んな人の思いがこれだけ沢山あるって体験したという事で納得しよう!
だって、その後お参りしたら、すっきり取れたし(苦笑)
然し、そう考えると、人ってとんでもなく大きな悩みや苦しみを抱えているものだと実感する(苦笑)


ところで、神社での参詣。
神様は厳しい。
だから御願い事なんて、大概聞いてない。
でも、宣言文は耳のどこかに届く事があるらしい。

「神社は、これから~って頑張ります。
~になるようにしたいです!って宣言しに行くんだ。

そして、それが耳に届いても簡単には手を貸してくれない。

頑張っている姿を見守っている。
そして、“お!やってるな!”と思ったら、時々助けをくれる。
「神のお手配」って言うことだよ。」

初詣であれだけの人がいろんな自分勝手な?お願い事を聞いている暇はないらしい(苦笑)


絶対に御願いしたいという祈願をしたい時は、
ちゃんと御願いして、お金を払って、手順を踏む事が大切。

何が違うかと言うと、ちゃんと神様に「~したいと思うんです」って
言って、「聞きました」って返事をもらう所までやるって事。

だから、祈願は素人では基本的に無理だ。

それに、ちゃんとお金を払うという「代償」
神様は必ず、願いをかなえるにあたって、「あがない」を求める。
お金を払っておけば、それは一応形が整う。
それ以上の「あがない」を求められる事は基本的にない。

ちゃんとした手順を踏まずに「御願い事」と聞き遂げてもらったときは、
逆に大変だ・・・
神様が好きな「あがない」を貴方から持っていってしまうかも知れない。

昔から、「タダより高いものはない」って言うけど、
元々、タダなもの程気をつけなければならないのは、鉄則だ。
その向こう側には予期せぬものがある事が当たり前。(笑)

って、神様の御願い事を低俗な表現をしてしまったかも知れないけど、
神も仏も人も、付き合うにはそれなりの手順と礼儀が大切なのだ。
そのバランスが崩れると、その付き合いは長続きしないし、
思ってもいない方向に物事が流れ始めてしまう。

ちなみに旦那様はどう依頼された御祈願をするの?って訊いたら
「分かりました。いいでしょう。」と神様から返事をもらうようにやるらしい
どうやってやるのかは分からないけど・・・(笑)

さて、初詣にお出かけの貴方への極意!
「~したいです。」
「~するように頑張っていきます!」って心の中で大きな声で、
「宣言」してきましょう。

あの「選手宣誓」と同じイメージです。
はっきりと、大きな声で宣言すれば、沢山いる神様の一人ぐらいは視界の
片隅でとらえて、見守ってくれるはずです。

折角行くんだから、手順を忘れずにチャンと神様の耳の側で宣言してきましょう!!

それではいい初詣になりますように・・・
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2005.12/31(Sat)

先祖供養 

「え?一度成仏した人も戻ってくるの?」

先日の先祖供養の後、旦那様の言葉を聞いて思わず尋ねた。

「そうだよ。死んでも人は修行してるんだ。
子孫が供養をすれば、それだけ高い所に行けるんだ。」

「どうして、戻ってくるの?」

「供養してくれ・・・ってさ」

人との会話も同じだけれど、先祖やその他亡くなった人の場合、
一番大切なのは「相手の話を聞く事」

生きてる人間の付き合いと全く同じだ。
相手の思いを受け取り、それに応える。

先祖に御願い事をするのは、それからにした方がいい。
だって、先祖も修行で(死んでるんだけど・・・笑)死ぬような思いをしているかも知れない。

普段、見向きもしない、お墓参りもしない人が一寸来て、
「守ってください!」とか言っても、どこからか笑い声が聞こえそうだ(笑)

自分の勝手な思いで亡くなった人を忘れられないのも良くない。
亡くなった人は、成仏するのが一番幸せになる。
それが「自然の摂理」・・・留まらないこと・・・
そうすれば又生まれ変わって、思い残したことをできる「生」に近づく。


思いが強いと、その人をこの世に引き止めてしまうのだ。

嘗て、そういう人が旦那様のところに相談に来た。
昔の亡くなった恋人が忘れられないというのだ。

「早く、いい意味で忘れてあげなさい。引き止めてはだめですよ。」
旦那様のアドバイスはこうだった。

人が亡くなった時、その人が残してくれた教訓を忘れない、
その人の思い出を忘れないのは大事なこと。

だけど、知らないうちに自分勝手に「思い」を募らせてしまうのは、
やっぱり良くない。

「自分勝手」は「自分」も「相手」も傷つけることになる。
生きていても、死んでも同じ事なのだ。


季節の中の色んな行事は先祖等とアクセスし易いときでもある。
向こうも「現世」を意識しているから・・・

だから、年末年始、区切りにはお互いのコミュニケーションをとりやすい。

一方的な御願い事ではなく、本当の意味での「お参り」を「思い遣り」を持ってしたいものだ。

って、これは先祖に対するお参りのお話。

で、初詣は?って今から旦那様に聞いて、明日は初詣についてって事で・・・

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2005.12/30(Fri)

先祖供養 

ここのところ先祖供養が多い。

不思議?ではない。
一軒一軒、供養の感じが違う。

旦那様は供養を依頼された時から、少しづつ、その先祖の状態を
探り始める。
当日になると、朝から、そこにパイプを全開近くまで開ける。

そうすると、側にいる私にまで色んな症状が出る(苦笑)

ある時は、のどが痛くてたまらない。
ある時は、空気が重くて重くて息を吸うのが大変。
ある時は、目が見えない・・・等など・・・

本当に様々だ。

旦那様はと言うと、大変な供養の前程、眠くなるそうだ(笑)

そして、暫く依頼された人と話をする。
その間に、もっと深く先祖とコンタクトをとって、
これからの準備をする。

不思議?なもので、成仏したくない人も中にはいる。
そんな時は、当人が中々約束の時間まで辿りつかない時もある。

逆に、「早く、早く」とせかされている時もある。
成仏してなくて苦しければ当然だろう。

供養が大変であればある程、線香が凄い勢いで燃えることが多い。
私の実家の供養の時も実はかなりのものだった(苦笑)

成仏していないという事は、この世に未練があるという事。
然し、留まっていては、その苦しみから逃れることは出来ない。
こだわって成仏できない心を聞いてあげて、大体それで成仏する事が
殆どだそうだ。

お経には不思議なヒーリング効果がある。
それは、供養をする側にとっても、される側にとっても癒されるもの。

お経=お葬式みたいなイメージがあるけど、とんでもない。
それこそ、経験してみれば分かる。

そして、供養の最後に旦那様は先祖からのメッセージを伝える。

恥ずかしながら、成仏していなかった私の先祖・・・
浄土真宗ではこういう概念がないから、普段のお勤め(勤行=お経を読む)
では成仏できない事が多い。
その初代の先祖のメッセージは「成る程」と思うものだった。

成仏できない理由は人によって様々だ。
この世で生きる事への執着、心残り、子孫に伝えたい事がある・・・

でも基本は、彼らが言いたい事を私達子孫が聞く事にある。

「もっとおおらかに・・・私の家系はもっとおおらかでダイナミックな
考え方をしていたよ」
これが私の先祖からのメッセージだった。

って、書いて思い出した。

最近、宿題に追われて、「おおらかさ」を多少忘れていた感あり(苦笑)

先祖からのメッセージは、やっぱり貴重だ!

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2005.12/29(Thu)

質問 

旦那様への相談・・・
色々な人が来る。

でもよく見ると、結構同じ事だったりする(笑)

例えば子育ての相談。
「子供がいう事を聞かないんです。」

厳しい言い方かも知れないが、そういう時は親が子供の姿が見えてない。
子供は親の姿を見失うことは滅多にないのだ。

「どういう子に育って欲しいですか?」って質問すると、
「普通に育ってくれればいいです」

ん?さっきまでのこれが出来ない、あれが出来ないという内容と
一寸違う・・・一貫したものがないなら、子供も混乱する(笑)

例えば仕事。
「人間関係で悩んでいて・・・」

何人もの人と一緒に働いていて、その全部の人とうまくやるなんて
所詮無理(笑)
いかに、仕事を片付けるために、その苦手な人を含めて付き合うかって事
しかない!

「仕事が面白くなくて、転職したいんです。」
面白くない仕事でもやらなきゃいけない時もある。
どう自分に動機を作るか・・・


悩むとどうしても視野が狭くなる。
それは、誰にでも起こりうる事。
悩む事が自分にとって負担になりすぎると、心も頭も止まってしまう。

だけど、こんな時、「こんな風にしたいんで、これとこれを始めたいと思うのですが」っていう聞き方をする人がいる。
そういう思考回路が出来ている人は、解決も行動も早い。

そして何より、旦那様に聞くとその流れがもっとスムーズになる。

目に見えない世界の事も一緒だ。
見えても見えなくても同じ事なのだ。


この前、祭壇の前に座っていたら、突然聞こえてきた。
「目の前で起こっているように見えることは、自分の心でも起こりうる事だよ」

自分の姿は鏡がないと見えない。
他の人が悩んでいる姿は他人事ではない。

他人の事を他人事として済ませずに疑似体験できる能力・・・
この先に旦那様の持っている能力と同じようなものがあるのかなぁ・・・

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2005.12/28(Wed)

宿題 

旦那様から弟子に出される宿題。

今日も一人それをちゃんと一つ一つこなした人が会いに来た。

旦那様の宿題には「賞味期限」みたいなものがある。

その人を取り巻く環境は常に変化している。
今日と昨日、そして明日では大きく違う・・・
だから、流れが変わればアドバイスも「宿題」も変わる。


旦那様からだされた「宿題」を
「まあ、いつかやればいいや」って思ってしまう人も残念だがいる。

はっきり言って、賞味期限は内容にもよるが、その日と次の日位が平均かな。
出された宿題に直接関係がなくても、それを意識して、
何か行動を期限内に行動を起こすことが大切だなといつも思う。
(これって、秘伝!って思うぐらい・・・笑)


「このくらい小さな事、やってもやらなくてもいいや」

旦那様はその人が出来る事しか「宿題」に出さない。
だから、時にそれは小さな事から始めるというアドバイスだったりする。
そして、これまた残念なことに「小さな事」を「やってもやらなくても同じ事」と
思ってしまう人もいる。


アドバイスされたようにやっていると思い込んでいる人達の中に
この二つの視点が欠けていることがとても多い。

そして、何より、本人の為、本人の周りの人たちの為を思って出す宿題を
こなさない人を見ていると、学校の宿題をしなかった事より、罪は大きい(苦笑)

何より本人に戻ってくる責任が大きい。

だって、自分の人生かかってるんだもの・・・

どんなアドバイスを受けても、その「宿題」をこなさなければならないのは
本人以外誰でもない。


今すぐやらなくてはならない事と少しぐらい延ばしても良い事は
確かにある。
それを判断できるのも「能力」のうちの一つだと、最近つくづく思う。

出された宿題に対しての答え・・・
これもちゃんと「宿題」の内容を聞いていないと、的はずれな答えとなる事もある。


旦那様の「宿題」は間違いなく、聞いた瞬間から始める「宿題」だ。

ちなみに私の大学院の「宿題」は2~3日前から、全然進まない・・・
でも、これは「想定の範囲内」(笑)

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2005.12/27(Tue)

鋭い感覚 

旦那様と暮らし始めて、今までいかに色んな感覚を
閉ざして生きて来たかが分かる。


これを波動と呼べるレベルまで、感じ取っているかどうかは別にしても
ほんの小さな事だけど、人や物にはちゃんとシグナルがでてて、
「音」や「匂い」に敏感になった。

外から帰ってくるといつも耳の中に「ザー」っという音が残って、
静かな家の中では一層それが気になる事がある。

匂いもそうだ。
外である匂いをかぐと、それが暫く消えない。
ずっと鼻の奥のどこかに残っていて、時にそれを消すのに苦労する。

音や匂いも「記憶」のデーターとして残っているのだろう。
とすれば、霊能者の記憶ってきっと、匂いつきの映画みたいなもの?

昔は、過去の事を思い出す時、ある「言葉」が頭の中に浮かんで来た。
それを頼りに、次の「出来事」を思い出し、「こんな事もあったね」って
人と話をしたりした。

今は、過去の事を思い出すとき、「言葉」ではなくて、「映像」が
頭の中にポンと浮かぶようになってきた。
勿論、時に「音」つき「匂い」つきである(笑)

こんな記憶の仕方を小さな頃からある程度できる人は、結構成績が
良かったりする。

でも、これも程度問題らしい。(苦笑)

一日に起こった事を全部記憶として頭の中に残しておくと、
逆に「これ、どうだったっけ?」って言われた時、思い出せなかったりする。
データーの量が多すぎると、これまた大変・・・

昔、ある知人がもう十年も経つ事が忘れられなくて、
「今でも夜中に頭にきて起きるんだ」て言ったのを聞いて驚いた。

物忘れが激しくてよかった(笑)って結構本気で思った。

今は、そのバランスをとるのが時に難しい。

「他人はいいなぁって思う部分しか見てないんだよね」って旦那様。

私より、数倍、いやいやずっと感覚の鋭い旦那様の事。
きっと、もっと沢山の「音」や「匂い」や「波動」にずっと影響を受けて
来たに違いない。

「だから、修行したんだけどね・・・」

旦那様の仕事は「敏感」でなければ出来ない仕事。

でもその「敏感」さは、訓練しないと振り回される事につながる。

どうやら、一筋縄では行かないようだ(笑)

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2005.12/26(Mon)

体が固い?頭が固い? 

小さい頃から、体が固かった。
今も柔らかくはないかも知れない。
でも少しづつストレッチをやっている。

「体が固いと頭も固くなるよ」と旦那様。

なんとなく、気がついていたけどそのものずばり言われるとね。

今更だけど、人間の体って本当によく出来ている(笑)

生まれてきたときは自分の意思で自由に動かせないものが
多いのに、少しづつきっと一生懸命「意識」して、
話せる様になったり、歩けるようになったり・・・

そのうち、それを「学習」して、殆ど無意識に色んな動作が
出来るようになる。

そして、労力が最小限で済ませようとする。
歩けるのは当たり前、話せるのは当たり前。

「歩く」為の最小限しか動かさなくなった体は、
ちゃんとした「意識」がないと必要のない部分が退化し始める・・・


「私は体が柔らかい方だから大丈夫!」と思った人がいたら、
それこそご用心(笑)
これは、他人との比較ではない・・・

あくまでも自分の状態を知るためのバロメーター。
試しに、疲れている時、ストレッチをやってみるとわかる。

疲れて力が入ってないと思っている時ほど、どこかに力が
入ったまま抜けていない事が実感出来る。

実は、力を入れることより抜くことの方がコントロールが難しいって
気がついた。
知らない内に緊張している筋肉は、自分の思考が止まっているかも知れない
信号を送っていることが多い。

旦那様に相談に来る人は大概そう。
相談する内容で頭が一杯、トラブルでどうしていいかわからない。
そんな人を横で見ていると、体もがちがちになっている。

そして、相談が終わって帰る頃、殆どの人の顔色がピンク色になる。
リラックスして、身体の余分な力が抜け、血のめぐりが良くなるのだ。

「身体の力をちゃんと抜く事が出来るから、力を入れた時に
ちゃんと入るんだ」と旦那様。

当たり前の事なのに言われてみると、頑張る事ばかりに気をとられて
体も頭もがちがちになっている事がある。
実は、いまだに気がつくとガチガチって事が多い。

そういう時は、何を頑張ってても隣から
「一度、やめなさーーーい!」って、止められる(笑)

今も「そろそろ止めなさーーい」って言われているので、
そろそろ今日はこの辺で・・・(笑)

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2005.12/25(Sun)

コンプレックス 

「コンプレックスって誰にでもあるよね」

先日、歩いてて突然旦那様に質問!

「そうだよ」

(って、大体こんな風に私達の会話は始まる・笑)

コンプレックスって色んな人の抱えている問題の常に確信部分に触っている事が多い。

なのに、自分のコンプレックスって見つめるのが大変そうでつらい。
と思った貴方!

本物の(本物・偽物ってあるのかどうかは別にして)
コンプレックスは、もっと厄介なものだ。

自分でコンプレックスだと思い込んでいるものには、苦手意識を持つ。
けれど、実際はその意識があるものって、コンプレックスがあったとしても
半分は乗り越えている状態・・・
だって、何が悪いかちゃんとある程度分析できている。

「コンプレックスのあるもの」=「苦手分野」
と云う図式は成り立たないらしい(苦笑)

「頭で考えてるんじゃなくて、もっと本能的なものだよ」と、旦那様。

「う~、分からなくなってきた・・・」
「私のコンプレックスのあるところはどこ?」

同じ気持ちになった貴方へ・・・
結構、簡単に分かる方法が在る。(といってもそんなに簡単ではない・笑い)

それは、「自分が過剰反応するもの」

過剰反応して仕舞うものの裏側には殆どの場合、
コンプレックスが隠れているらしい。

・・・
って、自分で自分を分析中・・・


このコンプレックス中々エネルギーを持っている(笑)

霊能者でなくても、その感情には振り回されている。
あるいは人によっては、ピタっと思考も行動も止まってしまう。

だから、いつも同じコンプレックスが原因でトラブルが起こる人が多い。
最初の質問をしたのは、「いつも同じような悩みやトラブルで悩んでいる
人が多いのは、なぜ?なぜ?」という疑問から出たものだ。


「本能的自己防衛反応だから」

「どんな時に出易いの?」
(自分で分析するのは難しい事に気がついて質問・・・笑)

「結構、自分の得意分野で出ることが逆に多いよ。

だって、これは自分は出来ると思っていることだから、
そうじゃないって環境になった時、自己防衛反応の
本能のスイッチが入りやすいんだ」

「それから、今まで慣れ親しんでいたものを変えなきゃいけない時」

そういえば、自分が努力してこうだと思っているものと違うように
見えることは妙に気になる・・・

今まで当たり前だと思っていた事と違う習慣を目にすると、
「え?何で?」って気になる。

自分のコンプレックスを辿る旅(大げさ!)
まだ、当分続きそうだ(笑)

でも、それにこだわるのはそこに何かひとつの「結論」みたいなものが
在るって確信できるから・・・

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2005.12/24(Sat)

被るって? 

色んなところに行って被る。

「う~、苦しい!(笑)」と思って、祓ったら、
旦那様が隣で、
「練習、練習(笑)」

「そうよね・・・被らないと祓えないものね」とちょっと無理して私(笑)

旦那様に面接にくる方が、
「私が来たら被られるんじゃって心配です。」って、
気を遣っていただいた・・・

それに気づかれるという事は、御自分も被られるぐらい
敏感な方だという事だ。


「被るという事は、人の思いや心を感じ取っているという事でもあるんだ」

「心が開放されて、通っているから被るんだよ」と旦那様。


被るという事は、そこにある気持ちの波動を受け止めている事。
だから、被る事で実際にその事を経験しなくても、
人の苦しみや悩みをある程度感じ取れるようになる。

だから、相談にのるという仕事をしている旦那様
「喜んで、被るよ。だって理解するには必要だもの」
と言ってのける(笑)
という事は、やっぱり「練習、練習」だ!(笑)


先日、またまた妹と電話をしてて、
「近所に気を出す練習をして居るところがあるの」

「行ってもいいけど、間違えても気の交換なんてしないようにね」
「やるとすれば、旦那様相手以外だめよ」
って心配してしまった(笑)

だって、妹はそんな練習なんかしなくても、旦那様の色んなものを
ちゃんとすってあげてる・・・
それは時々、その後私のところに飛んでくるけど!!!

で、私は旦那様に祓ってもらう(笑)

「被る」・・・相手の「気」を感じたり、吸収したりする事。
時には、危険で覚悟のいる事だ。

それを仕事に選んだ人とともにいるという事は、
「練習、練習」しかない!

だって、被っても悩んでいる人を理解できた方がずっといいもの・・・

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2005.12/23(Fri)

思い続ける 

大学で勉強していた頃は、気がつかなかった。
卒業して働き始めて、「勉強できる環境」にいた有難さを本当の意味で知った
(遅すぎ?)

大学にいる時は考えもしなかったけど、教師として働き始めて、
数年したら、自分が磨り減っていく気がした。

心の中の図式は、
「自分の知識」-「生徒に教えた分」=「どんどん磨り減っていく私」
みたいな(苦笑)

同時にもう一度、どこかで勉強したいと思った。

まあ、大体そういうものだ(笑)
人なんて、自分がいる場所の有り難味なんてあんまり考えないのが普通かも。

で、留学しよう!と思った。
勿論、教師を辞めて・・・これも余りにも良くあるパターン(爆笑)

当然「公務員を辞めていくなんて」って周りから反対。
教員採用試験に合格するのが難しい時代だったから当然の反応だ。

でも、いつかは留学か大学院に行く!って心で決めた。

そして、怒涛?の教師生活が始まった(笑)
教師って、「英語」だけ教えればいいものではない。
それよりもっと大変な仕事・・・人を育てる仕事だ。

土日も模試で学校にでたり、朝は7時半には教壇に立って教えていた。
受験生を受け持つと、7限の授業の後に又補習をした。
って、今も現役の先生方がやってると思うと、頭が下がる・・・

そんな中でやっぱりあきらめきれずに通信教育で大学院に行く方法を
探したり、週末だけ行ける学校に行ったり、
少しぐらいヒンシュクをかったりしてるなと思っても、
休みを取って、イギリスやアメリカに旅行に行った。

その状況のなかで、その時出来る事を考えていた。

そして・・・
教師生活、十数年経った頃、突然「国費留学」の話が舞い込んだ!
教師を辞める必要もなく、経費も払う必要がない!
勿論、迷わず飛び込んだ。
(この話の直前に、旦那様に別の相談でクライアントとして出会った)

そして・・・
旦那様と結婚して、暫くしてから大学院に通い始めた。



大学院で勉強しているって言うと、「いいわねぇ」って言われることがある。

本当にその通りだ。
だけど、実現するまで十数年かかった。

その時間が長いかどうかは別にして、ずっと思い続けたことは確かだ。

中々しつこい性格らしい(笑)

大学院に行くのは「今」だったと思う事が多い。
十数年前、行っていたら今ほど楽しいと思えなかったと思うし、
確かに教師時代の色んな経験が役に立っている。

「思い続けること」は「実現」へつながっていたと振り返って思う。
勿論、思うだけでなくて、その時出来る事を積み重ねることも
大切な要素だろう。


と、難しくて進まない宿題を前にして、自分を励ましてみる(笑)

次の段階に行くと、次の段階の困難が出て来るものだ・・・
と、気がつく・・・
(これも、大体こういうパターン)

あー、私って、パターン通りに進んでる????

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2005.12/22(Thu)

知らない事 

相変わらず、PCに頭を突っ込んで宿題をしながら、
「う~ん。難しい(笑)」

然し、世の中まだまだ知らない事が沢山ある。

ふと、仮にぜ~~~んぶ知ってしまったらどうなる?
って考えた(笑)あり得ないことを考える私・・・(笑)

きっと、つまんないだろうなぁ。


知らない事が目の前にやって来た時、人によって反応は様々だ。

学生時代テストばっかり受けてた頃は、知らない事があることが
この上なく苦痛だった。
「はぁ~、まだまだ、これだけ覚えなきゃ・・・」
入試ともなるとそれがプレッシャーになって、どんどんつらくなる(苦笑)

「知らない事があるから、楽しいんだよ」って旦那様。

今はその少し分かるけど、時々今でもパニックになる(笑)

「わ、わからな~い!」

「いや、ちゃんと分かってるよ。落ち着いて考えてご覧」
って助けてもらう。(いいでしょ・笑)
で、実際本当には分かっている事を自分で分からなくしている・・・

パニックになってしまうのは、きっと学生時代の勉強の癖だ。
「正しく答えないと」って無意識に思ってしまう。
そして、分かっている事でも「分からない!」って混乱するのだ(笑)


「知らない事に出合ったときどうしますか?」

実はこの質問、高校入試の中学生に面接でする質問でもある。
殆どの子供は、版で押したように、「先生に訊きます」とか
「友達に訊きます」とか答える。

そういえば一人だけ、「わくわくします。」って答えた子がいて、
面接している先生とこの話で笑った事があったなぁ。
「いい答えだよね~」って・・・


「知らない事がある事は恥じゃないんだ」って旦那様。

別名「恥の文化」として知られた日本文化?も今や「恥」を忘れて
しまったと言われつつも、英語を教えていていつもこの「恥の文化」
が脈々と流れているのを実感する(笑)

「間違えて話すぐらいなら、黙ってたほうが良いや」って云う態度。

他人事の様に書いてるけど、今でも授業を受けていて、私自身も
ちゃんと意識していないと、この態度に陥る(笑)
習慣というモノは恐ろしい・・・(笑)


「知らない事でも質問し続ければいいんだよ。
黙ってしまうのが一番いけないんだ」って旦那様。

「訊くは一時の恥。訊かぬは一生の恥」ってふる~い格言。

今でも通用するなぁ・・・

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2005.12/21(Wed)

問題解決!? 

教師時代、数人のALTと一緒に授業をした。

いわゆる、ティームティーチングっていうもの。
日本では余りなじみの無かった、ディベートやプロジェクトを
協力して授業の中に取り入れる。

その中の一人にベジタリアンのイギリス人の女性がいた。

ある授業で「ベジタリアン」についてのディベートを取り扱った。
「肉を食べることは良い事か悪い事か」みたいな内容だったと思う。

ディベートでは、意識的に賛成派と反対派に分かれて、自分達の
意見とその根拠を皆の前で発表する。

どうもその授業の進め方が私は気に入らなかった。

彼女自身が気がついているかどうかは別にしても、
「肉を食べる事は悪い事」と云う方向に話が進む。

「人間が全員ベジタリアンになったら、今出てきた問題は解決
するのかしら?」と言ってみた(笑)


日本人は白黒はっきりした答えを出さないと言われるが、
こんな問題、白黒はっきりさせようとするほうが問題だ(笑)


旦那様のブログで「タバコ」の話を読んで思い出した。

昔のテレビでやっていた筒井康隆の小説のドラマだ。

ドラマの中で、「社会」は「タバコ」を吸うことを全面的に禁止する法律を作った。
まるで、嘗ての禁酒法のように、「タバコ」を吸う人は影に隠れて吸うようになる。
警察はそれを厳しく取り締まり、タバコを吸う人達を逮捕する。


主人公の男性はそれでも隠れてタバコを吸える場所へ逃げる。
人里離れた場所に住み・・・然し、やがて、警察の手はその彼の住む場所へも伸びてくる。

彼は追い詰められ、もう駄目だ!捕まる!と思った瞬間に、
追跡用のヘリコプターからアナウンスが聞こえる・・・

「その人は人類最後の喫煙者です。大切に保護して下さい。」(笑)


人は何か問題が起こった時、問題をよく見ないで、表面的に
原因となっているものを取り除けば、問題が解決するような
錯覚に陥りやすい。

霊障で病気になった人が、旦那様の所に来て、霊障を取り除いても、
残念ながらその症状まで一緒に完全になくなるものではない。



問題を解決するアドバイスは、だから難しい。

そこには「白」と「黒」で色分けできない沢山の人間の事情がある。

問題を解決するのにも、強引にやっては無理があっては他に歪が出てきて、
又、そこから別の問題が出て来るものだ。

だからこそ、旦那様はその人が少しづつ前に進めるアドバイスをする。
それを一つ一つやって事が大切だなといつも思う。

問題解決!の形は、こんな風に解決するだろうと、トラブルとなっているものが取り除かれるというのとは、結構違ったりする(笑)

「ない頭で考えるな!」という旦那様の言葉・・・

確かに!・・・(笑)

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2005.12/20(Tue)

お手本 

小さい時に書道を習い始めた。
数年練習したら、母はその先生の字に似てきたと喜んだ。

都合でその先生に習えなくなって、先生を変えた。
字が変わってしまったと残念がっていた。

単純に、母は最初の先生の字が好きだっただけだけど、
「お手本」って大切だと思った。


旦那様は、「習うなら一流の人から学びなさい。
時間をかけてもこの人から学びたいという人を探したほうが良い。」
って言う。

何かを学ぼうとする時・・・
「お手本」からまず学ぶものは「形」。
「きちんと真似すること」
単純だが、旦那様によると、これが「秘伝その1」だそうだ!



そして、何かを教えようとする時・・・
教える側は「言葉」を遣うが、それには限界がある。
長年教師をやってしみじみ感じた事でもある。

「英語」を教えていた私は、実は「教えられる事は何も無いんじゃない?」
ってジレンマに陥ったことが、嘗てあった。
「教える」って簡単に言うけど、私は英語の何を教えているんだろうって
思ったら、よくわからなくなった(苦笑)

ずっと、ずっと考えてたどり着いたのは、
「自分が英語を勉強するのが大好きである事」だった。
自分が「英語」を勉強する人の一人として「お手本」に
なろうと決めた。
・・・って言うほど、真剣にやったかといわれるとつらいけど(苦笑)

そういう経験で、何かを習おうとする時、
教えてもらう人の「その事」に対する「考え」や「心」も
知らないうちに読み取ろうとするようになってきたように思う。


「形」や「形を教える言葉」の中に「心」も含まれているのだ。

両方ちゃんとそろった時に本当の意味で自分のものになるのだろう。

「自分でつかむ心の部分は、形をちゃんとやった人でないと
掴めないよ。」

「形が出来ても、心が出来上がる訳じゃない所がポイントだけどね(笑)」

むむ?これは「秘伝その2」だ!

こんなに「秘伝」を公開しても大丈夫????(笑)

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2005.12/19(Mon)

歴史 

はたまた、英語の宿題にはまっている(苦笑)
首までPCに突っ込んで奮闘中だ。

記録に残っている歴史だけでも100%受け継ぐ事が出来ていたら、
人間の世界はもっと進んでいたのだろうか?

宿題を解きながらふとそう思った。

歴史を単に過去のものと考えるのは、余りにも勿体ない。
そのくらい沢山のものが歴史を振り返ることで見えてくる。
いかにそんなものを見逃してきたかもいたい程感じる(笑)


「人間のする事なんて所詮大したことはないんだよ」
って、笑いながら旦那様。


そういう旦那様も時代劇をよく見る。
そこに描かれているのは、過去の出来事ではなく、
現在にも通用する人の行動や心・・・

「歴史の中に無駄な事は一つも無いんだ・・・」と旦那様。

上に立つものの采配一つで物事が進む。
一つ間違えると世の中が乱れたり、それを正そうとしすぎて
行きにくい世の中になったり・・・

歴史は繰り返すってやつ?(笑)

「結局、今とあんまり変わってない気がするなぁ」と私。

「歴史をただの過ぎた事、無駄な事だとしてきたとすれば、
それは、人間が進歩しない大きな原因だよね。」と旦那様。

日々進歩していると思い込んでいる世の中。
自分自身だってそうだ。
昨日の自分より、今日の自分が進歩しているはず・・・

でもそれは、目の前で起こる事をちゃんと意識しておかなければ、
ただただ、時間が過ぎているだけで、悲しいかな同じ所を回っているだけ。

旦那様の所にトラブルで相談に来る人を見ていると、
「やっぱり・・・」って、正直に言うと予測できるものが多い。
本人はそう気がついていなくても、同じ種類のトラブルだったり
することが多いのだ。

と言う訳で、人はそれぞれの自分の歴史も繰り返している(笑)

そして、そのサイクルから抜け出すのは思った以上に難しい。

旦那様は、そのサイクルから抜け出す第一歩をアドバイスする。
それは時に余りにも当たり前すぎて、やってもやらなくても
自分の人生が変わる事はないと思ってしまう人もいる。

「突然、変われる人なんていないよ」って旦那様はいつも言っているけど、
一歩目が踏み出せない人に二歩目はない(厳しい!!!けどホント)

これぐらいと云う自分への言い訳はやめにして、
そろそろ「自分の歴史」から学ぶ時期に来ているのかも知れませんねぇ。

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2005.12/18(Sun)

祀る 

暫くブログをお休みしていました。

九州の実家に今年最後のお墓参り。
寒風吹きすさぶ中、手を合わせてきた。

旦那様に先祖供養をしてもらってから、2度目のお墓参り。
「空気がすっきり・・・という感じだった。」って言うと、
「パイプがつながっている証拠だよ。
流れているから、空気がすっきりするんだ。」と、旦那様。

供養の効果?ありですね(笑)

それからお御堂に入った。
小さい頃から、冬のお御堂は寒くて大嫌いだった(笑)
12月といえば、各家でも大掃除をすると思うけど、
檀家寺は檀家の人が集まって、「お磨き」をする。

一年分の法具についたすすや汚れを落とす。
油をつけて、落とすのだが、数十年も前の事。
今のように色んな洗剤も無く、終わると手ががさがさ。
その上お御堂は寒いし・・・

そんな昔の事を寒いお御堂に座って思い出した・・・

そういえば、広い広い境内を一人で松葉箒で掃いた事もあった。
柄の節で手が腫れた事もあったなぁ。

法事と云うと手伝いに借り出され、いつもお茶を出す役割。
お経が終わるタイミングを見て、お湯を冷まし、濃いお茶を
法衣をお坊さんが脱ぐとすぐに出す。
遅いとだめ。お湯が熱いとだめ。早くお茶を出しすぎると、
法衣を着替える邪魔になる。

こんな経験をした私は、お寺には絶対に嫁がないと決めていた(笑)

何かを祀る事は、想像するよりずっと大変だと知っていたから。

なのに結局は、同じ様な事を今やっている(苦笑)
(逃れられなかったらしい・・・笑)


旦那様は、
「一度祀ったら、やーめたって言えないよ。」

何かを祀る事は、お参りに来る人には想像できない大変さがある。
それを祀り通す事の大変さは、日にちを決めて行をする事より
ずっとずっと大変だ。


「なんだ、ちゃんとすでに修行してきてるじゃない」
と、私の話を聞いた旦那様。

修行は祭壇の前に座った時だけのものじゃない。
日常の生活の中にもちゃんとある。

私の場合、それがもっと直接的なものだったと思うけど、
だからこそ、祭壇の前の「行」の限界は分かる。

逃れられなかった?(笑)私の運命(大げさ!)
この際、積極的に受け止めることにしよう・・・
って、自分で選んだのよねぇ。(苦笑)

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2005.12/14(Wed)

基本 

「基本」が大切。
つくづく最近思うこと。

「そこに全てが含まれていると思っても間違いないぐらいだよ。」
と旦那様。

今日、初めて護身法を学んでいる方と一緒にまた復習したのだが、
基本って、大切なのに忘れ易い(笑)
言われると、あ!そうだったと思うくせに、自分じゃあなかなか
気づかない事が多いものだ。


旦那様に連れられて行く空手の試合を見てても思う。
私自身は、今のところ空手をやってないが、見てると良く解る。

(相変わらず旦那様から、「空手教えようか」って言われてる・・・笑)

その時に「絶対に勝つ」と云う自信を持つことも大切だし、
その自信は練習の「量」から来る自信だったりする。

試合の相手もかなりの練習をしてきているはずだ。

だから、それだけで勝てるかと云うと、やっぱり難しい。

そして、そのポイントは全て基本にあると旦那様が言う。
多分それは、練習の「質」の問題にもつながるのだろう。

空手で無くても、何かを極めようとすると、同じ心構えが
自然と要求されることになる。
そう、「基本」と「それに対する意識」
(耳にたこが出来るほど、旦那様の弟子は聞かされているはずだ・笑)

旦那様は修行時代、「護身法」と云う行のなかでは
基本にあたる部分だけ、納得できるまで10年かかかったと
今日も話していた。

「本能的にここに何かがある。
これを完全にマスターするまで、先に進んでも一緒だと思ったんだ」

護身法の奥は深い。
基本の動作を毎日やっていると、同じ一日のスタートの
自分の体調が一日一日違うのもわかってくる。

基本の繰り返しは、見えにくい自分の姿や心も映し出してくれる「軸」になる。

今日も、また護身法の「基本」の難しさが身にしみた・・・

よくもまあ、毎日やってるのに色んな事を忘れるものだと
我ながら感心、感心(苦笑)

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2005.12/13(Tue)

視点 

4ヶ月にわたる、英語の歴史の授業も一応今日で終わり・・・

一応というのは、まだ、テイクホームイグザムって言うと
何だか分かりにくいけど、早く言えば、家に持って帰って受ける
テスト(笑)と、レポートがそれぞれ30枚ぐらい残っている。

とはいえ、今はただ、終わったことをかみ締めよう(笑)

思えば遡ること2万年以上。

言葉の歴史は人間の歴史でもあり、いかに「歴史は~だった」と、
学校で教えられていたものが、本当に少しか分かっていない事なのに
あたかもそれが全てのように教わっていた事に愕然とした。

「ここから先は分かってない」って素直に言ってくれればいいのにぃ~(笑)


こんな風に「一度積み上げたものをもう一度壊す作業は必要だよ。」
と旦那様に言われていたにも関わらず、自分の積み上げたものが
崩れるのを見て、思わず「あーっ」て叫びそうになる(笑)


自分でちゃんと分かっているものでも、実は幾つもの視点からもう一度
見てみないと、本当の事は見えてこないだろう。

よく言われることだが、歴史として残っているものは、
「勝者の歴史」でしかない。

例えば、日本人の大好きな「忠臣蔵」
年末になると必ずテレビに登場する。

何回も、色んな人によって脚色されたからこそ分かる事だけれど、
あの一つの歴史の一片だって実に様々な見方ができる。

主人公が違えば、同じ出来事も本人にとっては違った意味を持ってくる。

歴史の中を学ぶことは、「~があった」と云う事実もだが、
そこに関わった人それぞれの視点から、一つのものを見つめてみる
事が出来る点もあるだろう。

今回は、「歴史」を「言語」の視点から見つめて、
(難しそうに聞こえるでしょ?・・・実際、難しかったぁ・笑)
「言語」と云う一見、政治やお金に関係ないものとしての学問の
対象がやっぱりそれに左右されていた(苦笑)

同時に政治やお金ぐらいでは、簡単に「言語」が消滅しない事が
ある事も分かった。

いやはや、人間の営みは研究に値するほど複雑(笑)

「物事を見るとき、色んな視点から見るのは大切だよ」と
旦那様はよく言う。

色んな視点で見ることは、自分の凝り固まった価値観を崩すのに
見事に役立つと実感!(笑)

知らない内に凝り固まった価値観崩しに「言語の歴史」勉強してみませんか?

ちなみに、この勉強ついでに

「何故、言葉が変化するのか」

きちんと証明できたらノーベル賞がもらえるそうだ!

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2005.12/12(Mon)

正しい日本語 

最近、日本語の正しい使い方に関するテレビ番組が多い。

日本語が乱れていると言われて久しいが、
言葉は常に変化している。

その変化を「乱れ」と取るか「変化」と取るか。
微妙なところだ。



英語を勉強していて、困ることがある。
それは、日本語に入ってきた英語。
カタカナに直すとき、迷ってしまう(笑)

「プロデゥーサー」なのか「プロデューサー」なのか。
「ヴァイオリーン」なのか「バイオリーン」なのか。

実際の発音に近いのは前者だが、通常見かけるのは後者。
どうしても、後者で書こうとすると、私の中の何かが拒否する(笑)

日本語に入った言葉は、外来語であっても借用語であっても
沢山の人に使われ、時間が経てば、立派な「日本語」となる。

こうして書いている文だって、カタカナでなくても、
外来語は沢山入っている。
純粋な和語と呼ばれる日本古来の言葉は、全体の40%にも満たない
という統計もあるにはあるけど・・・

語源を調べていて、「和尚」とか「僧」とか、いかにも日本語
だと思っていたものが、実はサンスクリット語からの借用語だと
知った時には驚いた(笑)

よく考えると仏教は外国から入ってきたもの。
だから、それにまつわる言葉は殆ど借用語という事になる。

「人間」と云う言葉でさえ、実は借用語なのだ。



「純粋な日本語といわれているものだって、実はユダヤからの言葉
だったりするんだよ。」と、旦那様。

「和語と呼ばれているものだって、本当は借用語の可能性があるよ」


国技といわれる相撲の中で使われる言葉にはそれが残っているらしい。


「正しい日本語」「純粋な日本語」って一体何を指すのだろう???

知れば知るほど、何が正しいのか分からなくなるなんて、
大きな誤算だ!!!!!(笑)

世の中知らない事が多すぎる。

「これが絶対正しい使い方だ!」なんて決め付けるには、
百年早い!と言われても、返す言葉がない・・・(苦笑)

先は長い・・・(笑)

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2005.12/11(Sun)

循環 

「ねぇ、成仏してないって、この世にとどまっているって事よね。」

「そうだよ。本来、行くべきところに行ってないって事」って旦那様。

「じゃあ、思い残したことがあるって事?」

「そう・・・何かにこだわって成仏できないんだ」

何時か、同じような事を書いたと思う。

「固執する」あるいは「こだわる」事は誰にだってある。
死んでもそれを捨てきれないと成仏してないって事になる。

「だから、供養をすると、何千人ものご先祖がいっぺんに話しかけて
来るんだ。聞いて欲しいんだよ。」

「聞いてもらっただけで、成仏する場合もあるの?」

「殆どがそうだよ」

人に自分の思いを伝えきれないという事は、こんなにも後に響く。

「そして、長い間留まっていると、どんどん淀んで来るんだよ。」
コミュニケーションが取れないって事は、時に人の心を歪める事がある。

「人は人でしか、癒されないんだ」って旦那様がいつも言うけど、
こんな事も含んでいるんだろう・・・



川の流れと同じ・・・
人間もエネルギーの一部だ。
それは、常に循環している。

思いを残してしまうと、この「循環」がうまくいかなくなる。
一度生きた人生は人生として認め、もう一度生まれ変わって、
それを解消する・・・そんな考え方が出来ればいいのかなぁ。

だから、人は生まれてくる時に「~のために生まれ変わります!」って
宣言して生まれ変わるのかなぁ(殆どの人がすぐ忘れてしまうらしいけど)

考えてみると、「固執」や「こだわり」をどう心の中で処理するか
っていう問題は、生きてても、死んでも同じだなって思う。

日常の生活の中で、気になる事や嫌な事が起こるのは当然。
それをどう処理して前向きに生きていくか・・・
そうでなければ、自分で自分の人生に「因縁」を作っていく・・・

「因縁」なんて、誰でもない、今の自分が作っているもの。

人は自分の姿が常に一番見えない。
因縁とか誰かがどこかで作って、自分がその影響を受けてるって
思いがちだけど、そうとばかりは言えない。

そしてその良い因縁も悪い因縁も・・・全部遺伝子に書き込まれる(恐い!笑)

その両方の因縁を作らないで生きていけないのも人間。
これを幾つかの宗教では「悪」とか「罪」とかと表現したりする。

一つだけ確かなことは、今日も又、私は「因縁」を作りながら
一日を過ごしたって事(笑)

「人は人でしか癒されない」から・・・
旦那様に沢山話を聞いてもらう事にしようっと。

勿論、ちょっとは私が話しを聞くから・・・(笑)

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2005.12/10(Sat)

遺伝子を起こす! 

今日のMSNのニュースの中の一つ。
「遺伝子を起こす方法」

私達の遺伝子の9割以上は眠っている・・・

というもの。だからいい遺伝子を起こすことで今の貴方が
天才にもなれる!という記事だ。

30億もの遺伝子の中には、長い間の「貴方」と「貴方の祖先」の
遺伝子情報が書き込まれている。

その中のいい遺伝子を起こすことが潜在能力を引き出してくれる。
ミクロの世界を追求した人が行き着いた世界は、
マクロの世界を追求した人が行き着くところと同じ・・・

旦那様もよく言っている。
「ミクロを見つめるとマクロが見える。マクロを見つめるとミクロが見える。
その両方が必要なんだ。」

(参考までに読んでみて下さい)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20051208dde012040006000c.html



そして、そのいい遺伝子を起こすのを阻害している6つの要素。
・いたずらに安定を求める気持ち
・つらいことを避けようとする態度
・現状維持の気持ち
・勇気の欠如
・本能的欲求の抑制
・成長への意欲の欠如
ですって!
耳が痛くなる要素ばかりでしょ?

つまり、普通につらくない毎日を送っていては、いい遺伝子は、
死ぬまで眠ったまま・・・
何だか、30億円の貯金を持ったまま死ぬくらい勿体ない(笑)
(表現がちょっと露骨ですかねぇ・・・)

と、ちょっと待って。
良い遺伝子を起こそうとして、悪い遺伝子を起こしてしまったら・・・(笑)

大丈夫!
前向きな気持ちでやることに悪い遺伝子は反応しないから(笑)

それでも不安な方は、ご先祖様に祈りましょう。
話が飛んでいるように思えるかも知れませんが、貴方の遺伝子の中に
眠っているのは、良いものも悪いものも含めて、自分とご先祖が受け継いだ
ものなのです。

今月ご相談よりご供養が多い気がするなぁ・・・
多分本能的に「遺伝子の大掃除」をしたいと思う人が多いからだと、
勝手に思っていますが、多分間違いない・・・・でしょ?(旦那様への質問)

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2005.12/09(Fri)

戻りたい 

「ねぇ、戻れるとしたら何歳の自分に戻りたい?」

って旦那様に聞いた。

あの頃に戻れたらなぁって思うことは誰でもあるだろう。

でも、実は私はあんまり思ったことはない。

今までの中で一番良かったのは・・・・って考えても、
あんまりピンと来ない。
簡単に言うと、戻りたい時はないという事(苦笑)

「う~ん、ないねぇ。」
思ったとおりの答えだ(笑)

もし、あの時こうだったら。
もし、あの時もう一つの道を選んでいたら。
って考えても、その時の自分はもういない。

あの時の自分があるから、今の自分があるといつも思えると
いいなぁと単純に思う。

人生の中にはそれを大きく左右する「事件」が幾つか起こる。
本人はあまり気がついていなくても、誰にでもある事だ。

その時、どの選択肢を取るか。
勿論、それで大きく人生は変わってくる。

だけど、その選択肢を後で後悔して幾ら振り返ってもはっきり言って
余り役に立たない(苦笑)

「だから、今が大切なんだ」と旦那様。

大体、迷ったとき、どの選択肢を取っても、良い事もあれば
リスクもあるのが普通。

どちらかの道を選ぶ時の「覚悟」にその選択肢を選んだ意味が
隠されてるのだと思う。

時々、「どちらの選択肢がいいでしょうか。」って
旦那様に聞く人がいるけど、それはそれでいい。

けれど、そこに自分の覚悟が入っていないと、どちらにしても
うまくいかないという次の段階で止まってしまう事が多い。

「こういう気持ちで、こうしたいと思うのですが・・・」

勿論、選択するには、「流れ」というものがあるから、
こういう質問はとても有効だ!

「もう少し、こういうところを準備しなさい」

「時期が来ているから、進みなさい」

旦那様は本人の運気や周りの状態を見てそれぞれにアドバイスする。


この前妹と話していたら、
「死んだら、自分が一番いいと思った時期の姿で、この世に現れる
らしいよ」って妹。

慌てて旦那様に「本当?」って聞いた(笑)

どうやら、本当らしい・・・

自分がどんなおばあさんになるか、想像できないけど、
出来れば、若い姿で現れたい・・・(笑)

今度から「何時に戻りたい?」って聞かれたら、
戻れなくても良いから「20代」って取りあえず答える事にしよう(笑)

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2005.12/08(Thu)

習い事 

ロンドンにいる妹からメール・・・
ショックな事があったそうだ。

一番上の子供が習い事で当然?空手をやっている。
日本にいる時に始めたが、ロンドンに帰っても、近くに
道場が在るって事で、良かったと始めた。

もうロンドンに帰ってから、2年ぐらい経つだろうか・・・
その間、ちゃんと練習に通い、頑張っていた。
それなのに先日、空手の昇級試験で後から始めた子に追いつかれた・・・
「平等じゃない」って単純に思ったらしい。

って、旦那様に話したら、
「ははは(笑)、やっぱりね。」

どうも予想していた展開みたい。
「笑うのは悪いけど、余りにも思ったとおりだったから・・・(笑)」

ロンドンに帰って新しい道場に行った当初、「うまいね」って
いつも褒められていた。
本人は、一生懸命やってはいたと思うが、引っ込み事案な所もあり、
前回の試合には「僕、出たくない」と出なかった。

人は自分が一生懸命努力した実感のあるものを褒められると、
ちゃんとやる事がちゃんとできる事につながるって事を
体や頭で分かる。

だけど、適当に?というか、そんなに努力した感じの無い事で
褒められると、「この程度でいいのか」と思ってしまう。

勿論、だから褒めてはいけないという事ではない。
むしろ、逆だ。

子供は褒めて育てる・・・問題は何を何時褒めてあげるか。
それが分かったら、出来るだけ褒めたほうがいい。

大人だって、褒められたり、認められたりするとやる気になるもの。
認められたいと思っているのに、それにふさわしい認められ方を
ずーっとされないと、何時の間にか心がねじれてくる事もある。

「そんな事、私にはない!」と思った貴方が一番危ない(笑)

認められたい欲求がゼロの人は、社会で生きていく事が非常に難しい。
だから、社会で働いたり、生きたりしている限り、人の評価はどこかで
自分の心に影響を及ぼしている・・・間違いない!(笑)


空手の話に戻ろう・・・
妹には、「そんな経験をするためにも、空手を習ってるんだよ。」
ってメールを出したら、それを読む前に妹から電話。

「お姉ちゃん、多分本人より、私がショックだったと思う。
平等じゃないかどうかなんて、全部見ないと分からないのにね。

それに、平等だったかどうかより、ちゃんと悔しいと思って、
これから、強くなれば良いんだって思い直したから」

私は
「どこに行っても、勉強でも社会でも平等に扱われるとは
限らないものね。でも逆に、今がしっかり悔しいと思うチャンスだよね」って返事したけど、叔母さんバカな私も、一人で悔しがっていた(笑)

妹は、その子が寝る前に、
「昇級試験・・・どうだった?
(子供は殆ど泣きそうだったらしい)

口惜しいときは、我慢しないで悔しいと思えばいいのよ。
私も悔しいと思っているから。
強くなろうね・・・」

って言ったらしい。

「親もこういう経験をして、親になるのねぇ」と私。

妹は、いい勉強だったといいながら

「後、少なくとも3回以上はこういう事があると思うと、今から
クラクラする(笑)」

四人の子供を育てるのは、大変だぁ。
でも、その頃には「又、来たか!」って成長しているだろう。

ただし、経験から言うとこんな経験、後、3回で終わるとは
思えない・・・とは、言えなかった(笑)

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2005.12/07(Wed)

生まれてきたわけ 

自分が生まれてきたわけを知りたがる人は多い。

特に、悩んで、自分の存在価値を自分で感じ取れなくなったり、
どこに向かって進んだら良いのか分からなくなったり・・・
自分の進路を決めるときとか就職とか・・・

そんな時、「貴方はこのために生まれてきたんですよ」って
例えば、ある霊能者がから言われたとする。

言われて、「成る程!」と思える人は、それを聞く準備や
努力がそのレベルまで達している人、つまり、それを
知ることで次の段階に進すめる人だけ。

「前世や生まれた時の事を思い出す必要がある時、タイミングが
あるんだよ」と旦那様。

幾ら霊能者に生まれた理由を説明してもらっても、
ただ知りたいだけっていう動機では、何の事かピンと来なかったり、
言われた内容に縛られて、表面的にその内容と関係のない事がらを
拒否したりする事もある。

本当は、一見何も関係のない目の前の事が、生まれてきた理由に
つながっているかも知れないのに・・・である。

だから、安易に「答え」を知ってしまうのは、
時に、自分を見つめる大切なチャンスを逃してしまう事にもなる。

「遠回りは近道なんだよ」って旦那様。

一瞬、近道に見える事の向こう側には、結局は同じだけの困難を
乗り越える時が何れやってくる。
それが「今」なのか「とりあえず選んだ近道の向こうなのか」
判断が難しいのは確か・・・

一概には言えないけれど、近道を選んだ人の心の中には、
「すぐ、辿りつけるに違いない」と云う慢心が起こる。
普通みんなそういうものだ。
だから、結局は乗り越えなくてはならない壁に来たとき、
それはそれは、厚くて、高い壁になってしまっているかも知れない。
ただただ、後回しにして居るだけの時もある。

「自分が生まれてきた理由」を知るためには、ちゃんと自分を分析して
こういうところがある、こういう欠点があると知っておくこと。

でないと、折角言われたことの意味が分からないという事にも
なるし、その先の選択を間違えてしまうことだってある。

「自分が生まれてきた理由」を知りたければ、「自分の目の前にあるもの」
をちゃんと観ることが、大切。そこにすでに色んなメッセージが入っている。



え?自分は何のために生まれてきたかなんて、高尚なことは考えないって?

旦那様によると、人は生まれ変わるとき、
「次は、こういう修行をしてきますので、生まれ変わります」
と宣言!して、
それを実現しに、自分から「親」を選んで生まれてくるのだそうだ。
その時の事をすぐに思い出せる人は少ない。

だけど、ちゃんとちゃんと目の前にあるものを観て、観て
繰り返していけば、ちゃんとその「答え」は見つかるはず!

神様や仏様は、貴方に必要なものをちゃんと目の前に
置いてくれてるじゃない。
ちゃんと、観てみて・・・

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2005.12/06(Tue)

勉強と学問 

書き込みに「勉強」と「学問」の違いって?
何んだろうって考える事があるってかいてもらった。

今日の私の大学院の授業は「学問」
ずっと疑問に思っていたことの答えを見つけた!

何時、何故、イギリス英語とアメリカ英語の発音が
違うようになってしまったのか。

イギリスではRの発音をしないのが、学識のある人の
発音で、アメリカでは何故Rを発音すると社会的に
学のない人と思われてしまうのか。

何故アイルランドでは、アメリカ英語に近い発音を
するのか。

私の中で、保留しておいた答えがどんどん見つかる。
こんなに楽しい事はないと、「今日」は思った。
歴史を勉強すれば分かる事だけれど、実はちょっと歴史には
苦手意識があって、後回しにしていた。

然し、その苦手な分野を英語で学ぶことになるとは(笑)
難しいけど、やっぱり最初はその国の人たち、アメリカ人や
イギリス人から学んだ方がより正確だろう。

日本史を勉強するのに「日本人」から学んだ方がよさそうと思うのと同じ。

だから、今まで待っていてある意味正解だったと思う。
「問い続けることに意味がある」
納得だ!!!(違う意味だけど・笑)

「勉強」って字の通り、「無理やり勉めること」
教えてもらう内容に関して、今まで分かっていることを
とりあえず知識として身につける段階だと思う。

対象によって異なると思うが「量」の段階。
数をこなすこと、色んな本を読んだり、習ったりすることが
目的の段階だろう。

そして、その基礎を基にして、次は「問うこと」を学ぶ段階に入る。
学んで来たものは、所詮は人が提供してくれたものに過ぎない。
今度は自分から、「何故だろう。」「どうしてだろう。」と
気がつく事から始まって、どうやればその答えが出るのかを模索する。
学んでいる事の「質」を追求する段階だろう。

そうして、始めて、「勉強」で得た知識が自分のものになると
今日改めて思った。

教師時代に気がついたことだが、
疑問を持つことの出来る生徒は逆にちゃんと理解している。
疑問のない生徒は理解していない可能性がある。
分からないという生徒に聞くと、どこが分からないか分からないと言う。


指導する側からすると、それをどうやって導くかという視点が大切だろう。
「量」をどう動機付けてやらせるか。
「質」という伝えにくいものをどう感じとらせるか。


旦那様は弟子にこの段階の一つ一つを宿題にしてだす。
勿論、本人の状態を見極めた上で、やって置かなければならない
最低ラインの宿題だ。

それをこなさないと、次の段階に進んでも、何をやっているのか
分からなくなってしまう。

何かをマスターしようと思えば、何にでもこうした段階がある。

一段、一段、登るしかない。
その内、目の前に山の上から見えるようにパーッと視界が広がる。

この感覚を知っている人は、中毒になるはず・・・(笑)

テーマ : 挑戦 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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2005.12/05(Mon)

叱る 

よく言われることだけれど、子供を叱るのは難しい。

叱り方によっては、子供はどんどん心を閉ざしていく可能性もある。

数年前、今はロンドンにいる妹が日本にいた時の話。
妹の友人と妹と私、それぞれの子供をつれて、
三鷹の森ジブリ美術館に行った。

当時、出来たばかりというので入場券を手に入れるのも難しく、
妹は苦労して人数分のチケットを購入していた。

殆どの家族が、渋谷辺りに住んでいたこともあって、
三鷹までの電車は3才から5才の子供を連れて行くには、
ちょっと遠かった。
その上、実際の中身が思ったほどの魅力が無かったのもあった。

妹の長男は、出かける時から珍しく機嫌が悪かったし、
それは、ジブリ美術館に着いてもそれは変わらなかった。
他の子供が楽しんでいるのに、「僕、いやだ、やらない。」


本人がそういうには、何らかの理由があったのだろうが・・・
その内、妹もあまり言う事を聞かないから子供を叱った。

帰ってから、その話を妹の旦那様にした。
「ねぇ、全然言う事きかないのよ。」

旦那様は暫くジーっと話を聞いていたが、
「君が叱ったのは、本人の態度だけのせいだったのかい?」

「着くまでに、大変で疲れていたとかなかった?
皆を自分が誘って、思った程の場所じゃなかったって、
自分に自分でプレッシャーとか感じてなかった?」

「自分がやったことって、子供はちゃんとわかってるよ。」

子育ての経験のある人であってもなくても思い当たる経験があるだろう。

私の旦那様は、「子供を叱る時は、上から叱っちゃだめ。
ちゃんと目線を落として、正面で話すことだよ。」って言う。

子供を叱る時は、親としての自分の気持ちの整理も必要。

子供にだって何故叱られているのか、本人がそれを直す事が
出来なくても、ちゃんと知っている。
見事に親が自分のために叱っているのかどうか見抜く(笑)
これは、私自身の教師生活の中でも実感したことだ。
だから、こちらがいい加減だと、常に踏み込もうとする。
子供の持っている本能に近いものだと思う。

今日もまた、電車の中で泣いている子供がいる。
「お腹減ってるねぇ」とか、「嘘泣きしてるね(笑)」と旦那様。

「どうして分かるの?」って初めの頃聞いていた・・・
「旦那の商売わすれるなー!」(笑)

「いつも余りにも自然に人の感情を読むから、すぐに忘れるの。」
って言い訳する私・・・(笑)

「でも、自分の子供の泣き声の違いぐらい親だったら分かりそうなものだけどね。」

って言われて、意識して観るようにしたら、確かに違いが分かる!


「ねぇ、私の妹って子育ての天才!って思うのよ。」って言ったら、

「四人育てればねぇ、それだけで天才だ」
「子供を育てるなんて、忍耐の一字。行より大変かもね(笑)」
と返事。


こうして、鍛えられた?妹は子育ての天才(笑)になった?

今は、彼女によると旦那様の方が問題らしい(笑)

「時々、ねぇ、子供達が大きくなって家から全部出て行ってしまう
なんて、考えられないよね、だって言ったりするのよ(笑)
一番下の子は、まだ一歳なのにねぇ・・・」

いやいや、なかなかバランスの取れた夫婦だこと(笑)

テーマ : 子供の成長 - ジャンル : 育児

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2005.12/04(Sun)

「行」 

本能といっても色々種類はあるけれど、
どれもコントロールするのは難しい。

本能はある意味、生きるためのストッパーとして働く。
これ以上は無理って言う信号が発せられる。

だけど、実際はこの信号かなり用心深い(笑)

それに、スイッチを勝手に限界になるかなり前に入るように
変えちゃうってことはできる。
スイッチを入らないようにするのは難しいのにね・・・

このスイッチには肉体的限界のスイッチと精神的限界のスイッチの
両方がある。
そして普通は、精神的スイッチが肉体的スイッチよりかなり前に
パチっと入る。



「人はそんなに簡単には死なないものだよ。」と旦那様。

一人一人の魂が持っているエネルギーは自覚していないけど、
かなり大きいものらしい・・・

そういえば、昔、ある人が海で遭難して、一人だけ助かった話。
「何故、自分だけ助かったと思いますか?」と云う質問に、
「絶対死なないと思ったからです。」

他の人が死んでいくのを見ながら、
先に精神が参っていくのを感じたらしい。
だから、心さえ負けなければ、絶対に死なないって思ったそうだ。

そういう究極の場面になった時、自分の精神がどのくらい強いか
ってことを自覚することは、経験してみないと分からない。

でも、日常生活の中でも、そういう訓練をすることは出来る。
限界を超えるには自分ではない「他の人」や「他の力」を借りる必要がある。

その一つが「行」だろう。
全ての人に「行」が必要だとは思わないけど、
自分の限界を知る、自分の弱さを知るためには有効だ。

毎日、「行」を続けることで、同じように見える毎日が
違うことに気がつく・・・体調・天候・精神状態

そして、時々入る「魔」
殆どは、用事が入ったりして外から来ているように感じるけど、
実際は自分の心が作り出している事が多い。

「今日は~だから」ってささやく誰かが貴方の中にもいるはず(笑)

旦那様曰く、
「どんな言い訳も、言い訳でしかない!」

これも自分の精神状態を知るバロメーター。
負けていては、何も始まらない。

それから、一番大切なこと・・・
「行」は終わってからが命だ。
やってる最中が大切と思ってる人がいるけど、それは違うと思う。

「そういう人は行の時、ちゃんと仏様と会話していないんだ。」

「ただ、座っているだけに等しいよ。」と旦那様。

厳しい言葉だけれど、本当だと思う。

いつも何のためにやっているのかを意識していないと、
本能のスイッチは変えられない・・・

永遠にね・・・

テーマ : 生きること - ジャンル : 心と身体

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2005.12/03(Sat)

平均 

平均と云う言葉のトリック・・・

「この学年で平均身長は158センチです。」
って聞くと、
「うちの子供は背が低い。」って思い込む。

「数学が平均点より悪い。」って言うと、
「先生、家庭教師必要でしょうか」ってよく聞かれた(苦笑)

「平均」で表される数字は人間の頭の中に知らない内に
固定観念を作り出す。

まるで、
学年400人が全部158センチの身長で
まるで自分の子だけが平均点を下回ったように・・・

そう思わせてしまう教師の話し方にも問題はありだと思うけど、
数字で「わが子」を規定してしまうのは危険だし、
何しろ、その子が単純にかわいそう・・・

一方では個性を伸ばせといわれ、
一方では、数学も国語も英語も平均点ぐらいはとらないと、
まるで落ちこぼれてしまったかのように感じる。

本当に自分の子供を見てますか?

大人になったつもりの大人は自分が子供の頃の事はすっかり忘れている。

何でも人より出来なければならないと思ってしまって、
ちょっとした事で塾を探したり、習い事をさせることを考える。

ちゃんとその子の状態をよくよく観察して決めたことなら、
塾通いも習い事も否定するつもりはさらさらないのだけど。

どうもね・・・
なんだかちょっと違うかなぁって思うことが沢山。

子供は他の誰でもない、親を見て育つのだ。
何度も旦那様は言う。
「親の背中を見て、子供は育つんだよ」

子供は親を見ている。
けれど、親は他の子供を見ている・・・
ってパターンが余りにも多過ぎる気がする。

子供は一人の人間だし、これから長い?人生を生きていかなければならない。

「だから、困らないように、何でも出来るようにしておかなければ。」
って言葉がどこからか飛んできた(笑)

水泳と英語と絵とピアノが出来たら、人生困らない????
いつも私の頭の中は???だらけ。

だって、私が子供と遊んでいるとき、子供は本当はそんな事なんか
あんまり重要視していない。

「出来る」事より「出来ることで親から褒めてもらいたい」方が
ずっと大きいから・・・

テーマ : 育児 - ジャンル : 育児

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2005.12/02(Fri)

毎日 

「ブログ、毎日書いて大変ですね。」ってよく言われる。

確かに誰かに(特定の人の時も歩けど)伝えたい旦那様の言葉が
ある時もあれば、自分の心が伝えたい!って思う時もあれば・・・
PCの前に座って、「う~ん。何を書こう」って暫く考える時もある。

でも、基本的に「何か」書く。
これが私が決めた日課なのだ。

そこには色んな意味があるのだろう。

一つは、「一度やると決めたものは、やる。」と云う、
どこから来ている決心なのか分からないけど単純にそう思う。

ブログを書き始めてからは、旦那様の言葉や今日一日あった事を
もう一度見直したりして・・・
気になる事があれば、「それで一体どんな事を学ばせようとしている
のだろう」と考えてみる。

時には、余り意味のない事まで、考えて、旦那様に終止符を打たれる事もある。
「今、分からないことを無理やり分かろうとしなくて良いんだよ」
「頭の上に浮かべて置きなさい・・・」

「こんな沢山のものを浮かべてて、いつになったら分かるのだろう?」って
思うこともあるけど、一度分かり始めると、ドミノ式にあれもこれも
ダダだーって分かる時もある。

何かを毎日やろうと決心して、こうなるだろうと想像しても
その先の世界は全く別の世界だって昨日書いたけど、その通りだと思う。

今日、礼拝行を満行した。
やる前に、何のために始めたのかさえ今は思い出せない(笑)

毎日108回仏様に向かって礼拝すると、本当に色んな仏様に会えた。

初めは自分の気持ちだけが一方通行だった。
それが、どんどん形も心も変わって行った。

「行」は始めると、変化が激しい。
それだけに「心」の持ち方や「意識」の方向の持ち方が難しい。

それは初めからわかっていたから、丁寧に丁寧にと言い聞かせていた。

毎日何かをやる事。
必ず魔が入る。
「今日はやめておこうかな」
疲れていると「心」を忘れて、その日の分を終わることに意識が行く。

やる内容や目的によってもその先にあるものは違うとは思うけど、

「なにがあっても、毎日やる事自体に意味がある」

って間違いない!

テーマ : 自己表現 - ジャンル : 心と身体

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2005.12/01(Thu)

言葉の力 

言葉には言霊がある。
今日もその事を強く感じた日だった。

旦那様のブログ “霊能者と仲間達の対談”
いつものように部屋の中に気が充満している。

人は会って話をすると言葉の上に自分の気持ちを乗せる。

旦那様はテレビを見ていても、その人の声がとても気になる。
多分、聞こえている声だけでなく、その向こう側にあるものを
読み取っているのだと思う。

はっきり言って、好き嫌いがあるらしい(笑)
今までの私個人の分析によると、心の乗っていない話し方が
本能的に嫌いのようだ。


学校の授業で同じ内容を違う先生から習っても
何かが違う感じがする時がある。
それにビデオで見れば、教室に足を運ぶ必要はないのに
いつも大学の教室に入ると、何かが変わる。

人がいて、そこで人が話して、その場の空気を吸うこと
それだけで、何かが自分の中に入るのだと思う。
そして自分の中にある好奇心や疑問が引き出される感覚がある。

今日の対談も一緒だ。
沢山話をしてくれた人の話術もともかく、そこに込められた
思いや、意思が伝わってくる。
きっと、画面の向こうではここまで伝わらないだろうと
文字に起こす作業をしながら、いつも思う。

何かを感じるには、「その場にいる」事が大切。
録音のテープには録音されない音。
文字を読んでは感じられない感情。

色んな場所に出かけると、「被る」と云うちょっとした恐さも
私の場合、ないとは言えないけど、やっぱり人と直接会うって
大切だと思う。
知らないうちに“五感”を使って訓練している。

これが人を理解するのに大きな力になる事は間違いない。

誰と会って、誰と話すかも大切なターニングポイントだ。
自分の前に降って来ているそんな大切なチャンスを逃さないよう
骨惜しみし無い事って、扉を開けるための鍵を沢山手に入れる
様なものだと思う。

今日はそんな鍵を一つ手に入れた気分・・・

貴方は誰と今日話しましたか?
ちゃんと「鍵」は手に入りましたか?

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