2006.02/28(Tue)

性格 

この前、ふと自分の子供の頃を思い出した。
大体、小学生3年か4年ごろの私・・・
10歳ごろの私だ。

そして、驚いた(笑)
「なんだ、殆ど変ってない!」って旦那様に言った。

「そうだよ。君は昔から君のまま。」

「じゃあ、成長してないって事?」

一瞬、ちょっとショックだった。

「ショックだなんて思う必要はないし、そのままで良いんだよ。」

日本の教育って、自分もやってた訳だけど、「こう云う所が良いです」って
云う所より「ここが問題です」って指摘する事が多かったりする。
成長してないかも?って思ってショックだったのは、
親や周りから云われた事を同時に思い出したからかも知れない。

90点取った子に「出来た所」より「出来なかった」所を「何で出来ないの!」って言ったりするけど、
供の頃の自分に戻ってみると、そんな言葉はかなり理不尽だと思っていた(笑)

そう云えば、高校の頃、あんまり好きではない先生がいた。
その先生から、テストの点数がよくなかったからと黒板消しで頭を叩かれた。
ただでさえ、悪い点を取ってショックだった私。
ぱらぱらと白いチョークの粉が頭から落ちるのを見ながら、
「悪い点を取って本当に困るのは、先生じゃなくて、私なのに。」

本当の自分の姿を見たと始めに書いたけど、それを書くのをためらったのに?
いやはや、このエピソード、実は私の性格そのものを表している(苦笑)と思う。
隠しても無駄なもの(笑)

「自分の良い所も悪い所も含めて自分を好きになりなさい。」って旦那様はよく云う。
そう云われた相談者は一瞬きょとん?とする(笑)

私の悪い所と云われていたものは、私の中にある私特有のプライド。
人はそれぞれ違う。
それを外にどうだすか。
それを内でどう努力するか。
そこはきっと少し成長したと思いたい・・・・(笑)

昔、昔、子供の頃、先生や親から指摘された事。
それは、私の欠点でもあり長所でもある(と思う事にしている)

「だから、ちゃんと分析して、変えて行こうと思っていさえすれば良いんだ。」
と、旦那様。

コアの自分は変らない。
それまで変えて仕舞えば自分でいる意味がない。

最近、本当に自分の嫌いだと思っていた部分を笑える様になって来た。
「私ってこんな部分があるんだよねっ」
「分っててやるから、大したもんだ(笑)」

「それにちゃんと気がついているだけで充分なんだよ。」
「後は、少しづつ変えて行けばいい。」

もうお気付きの方も多いと思われますが(笑)、
実は旦那様の言葉は、結局は、変って行けって事だけど、

「そういう成長し続ける意識って大切なんだ。
僕だって、まだ成長中!」

この道筋が「仏教」の教えそのものだそうだ。
「自分を知る事」の哲学。
難しそうだけど、自分を知る事から始めればいい。

と、云いつつこれを書いている途中で、変な事が起こって
(自分で変な事をしたらしいが・苦笑)
一度ページが飛んだ。で、私の集中力も飛んだ!(笑)

君はプライドが高いだけではなくて、すぐに集中力が飛ぶって、
どこかからわざわざ云われた気分。

わかってまーーす。(苦笑)
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2006.02/27(Mon)

コミュニケーション 

実は一週間ほど前にこのPCは修理されて返ってきた。

以前にマックの修理の時、トラブった話を書いた。
受け取りに来るPCの箱が特注で、新しい箱でなければ回収できない。
その箱を準備するのに時間がかかる。
相手がその日にちを計算に入れていなかったのだ。

それでも今になると、マックはまだよかったと思ってしまう。
アップルの修理体制は本当に素早い。
このシャープのPCは修理に3週間もかかった。
その上、「ここと、ここをこれから修理します。」と電話が入ったのは、
預けてからちょうど2週間目。

それだけ沢山のPCが壊れているのかな(笑)
それとも規定より早く修理すると、時間がかかった時のクレームになりそうなのかな(笑)
ただの勘だけど、ちょっとそんな匂いもした。
預かってから、2週間ぐらいして、修理を始める・・・
そんなルーティーンがありそう(苦笑)

ともかく、修理に出す前に、症状を詳しく手書きした紙をあらかじめつけて置いた。
ちゃんと伝えきれない内容があったら、また修理に時間がかかる。

なのに、
なのにである。
スイッチが修理されないまま戻ってきた(怒)

そして、電話をかけたら、
「スイッチが壊れていると書いてなかったので修理しませんでした。」って(苦笑)
確かに私は「スイッチが壊れている」とは書いていなかった。

「スイッチが入らない事がある。」と書いておいた。

この話、色んな人にしてしまった(笑)
ここで起こった事はコミュニケーション不足なのだろうか????

言葉の専門家としては、「怒る」というより、何が起こったのか
真剣に考えた。
なるだけ、客観的にね(笑)
(今日、旦那様の勉強会でやりましたねぇ。
これって、難しいけど、訓練するしかない!
それに、こんな時意味のないように思える大学で習った細かな言葉の分析が
役に立ったりするのです・笑)

大学院のクラスメートに話をした。
妹に話をした。
「それって、日本での話?」
「イギリスではよくある事よ」

そうか、そうだった。
アメリカやイギリスは言いたい事をはっきり自分が言わないと、
言わない人間が悪い事になる・・・

同じ文でも人は解釈をして聞いている。
例えば、窓の開いている部屋に数人に居て、誰かが、
「寒いね」と誰かが言ったとする。

「窓、閉めようか?」って返事する。
「そうですね。」
「窓が開いているからだろうね。」
「寒い?僕は暑いけど」

色んな返事があり、たった数文字の返事の中には、驚くほどの思考の回路が
存在している。

「寒い?僕は暑いけど」って返事なんか、凄い!

「(貴方は寒いと思っている→私はどう感じているか→暑い→
きっと窓を閉めてくれと思っている?→でも私は寒いからいやだ→
じゃあなんて答えたら一番いいだろう・・・・)」
っていう順番どおりにいかないし、マルチで同時に考えているかも知れないけど、
たった一文の中にこれだけの思考が存在しているのだ。

人間は有りがたい事にこの複雑なプロセスに慣れる事ができる。
家族や夫婦、兄弟。いつも話していると、このプロセスに慣れてきて、
そんなに気を使わないでも話せると思ってしまう。


それは、人間が「学ぶ」から(すばらしい!)
でも、それを完全にオートマティックにすると、問題が起こり始める(笑)

だって、ある言葉はその時、その場所でのみ有効。
他の場所でどこでも通用するわけではない。
常に変化している。

(旦那様への相談にはこんな内容も多いなぁ)

って、云う事が客観的にわかれば「適切な表現(昨日のブログ)」
ができるはずだ・・・ってそんなに簡単なはずがない!

コミュニケーション力を伸ばす指導って簡単に言うけど、
聞く度に「そんな難しい事、簡単に言ってくれるじゃん!」
って思う。

と言うわけで、コミュニケーション不足により、このPCは再び修理の
旅に出かける(笑)
しかし、今回は、3週間ではなく、5日間で帰ってくるようにPCに
言い聞かせた。

「どうやって?」って?

それは、秘密です(って秘密にするまでもない)

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2006.02/26(Sun)

適切な表現 

今日はちょっと趣向を変えて、旦那様の掲示板の質問にお答えします。

英語の時制の使い方について。

英語と日本語では時間の捉え方が少し違う部分があります。

まず現在(今)を表す表現

I practice Karate.

というと、「私は空手をやっています。」と言う「空手をやっている」事実が中心になる、つまり、一番言いたい事は「やっている内容」なのです。


同じ事を
I have practice Karate(for ten years).
とも言えるのですが、この場合は同じ「空手をやっている事」を伝えるにしても、ずっとやってるんです(この場合は10年も)と、自分の頭の中の時がずっとさかのぼっている「過程」を表現できるのです。


だから、上の二つの表現はどちらも正解。
でも自分が言いたい事によって、表現を選ばなければなりません。
と言うか、貴方の言いたいこと次第なのです。

未来を表現するには、普通、willを使うと学校では習いますが、
実は、can, may, might, could, have to, mustといった殆どの助動詞は、未来を表しています。
先ほどの現在の表現と違って、まだ行動していないわけですから。
I can play the piano.(ピアノが弾けます。でも今は弾いていない。)
I will play the piano.(ピアノを弾こうと思っています。でもまだ弾いていない。)
I may play the piano.(ピアノを弾くかも知れない。でもまだわからない。)

全部未来の事ですが、将来どの程度、その事をやるかという事でどれを使うか話をする人が決めているのです。

ちなみに
I am going to play the piano.
I will going to play the piano.

殆ど同じ意味ですが、ピアノをこれもピアノを弾く事についてどの程度決心しているかによります。
be going to は、すでにある程度、日にちや時間を決めている時。
willは、弾く事は決めているし、そうする気持ちがあるけど、具体的な時間はまだ決めていないニュアンスがあるのです。

ところで過去ですが、過去を表すには当然過去形を使います。
I practiced the piano today. (今日はピアノを練習した)

でも同じ事を言うのに、現在完了でもいえるのです。
I have practiced the piano today.
現在完了は先ほど書いたように、「自分は現在」に居て話をしているので、
例えば、母親から「ピアノ練習したの?」と聞かれて、
「もう、練習して、だからこうしてここでテレビを見てるんだよ。」
と言うときは、現在完了を使った方が感じがでるかも知れません。

さらに、過去完了は説明が難しいのですが、会話で使うとかなり硬い表現になることだけは頭に入れておいてください。

過去完了がなくても、過去の事は表現できます。
例えば、
She walked into the room. I was in bed. She tried to wake me up.
(彼女は部屋に入ってきた。僕はもう眠ってたんだ。でも彼女は僕を起こそうとしたんだ)
と、時間の流れに従って書いていくと、全部過去形で大丈夫。
これをひとつの文にしようとすると、
Although I had been in bed, she tried to wake me up.
と言うように、「彼女が私を起こそうとした」時より前に「私が眠った」事を書かなくてはならず、その場合、ひとつの文は基本的には同じ時制(現在と現在完了
または過去と過去完了)しか使えませんので、“I had been in bed”と言う表現になってしまいます。

でもここが少しややこしいのですが、andやbutで文をつなぐ時は関係有りません。
そのまま文をつなげていけばいいのです。
She walked into the room. I was in bed, but she tried to wake me up.

文をつなぐときに使う接続詞と呼ばれるものには、このように2つの種類があるのですが、主に話言葉では、butやandを使って話をしていく事が多いので、過去完了はめったにお目にかかりません。勿論、論文のような硬い書き言葉の場合はまた別です。

このように、文法的に説明をしようとすればできますが、ネイティブが話すとき頭の中で文法は働いていないのです。
私達、日本人が話をする時、これが主語だから、次に目的語・・・
「私は・・・・ピアノを・・・」って考えないのと一緒です。

しかし、外国語を習得しようとすれば、理解するのに文法はとても役に立ってはくれます。
でもこれは、旦那様がよく言う、
「カタチや作法は覚えて、忘れろ」とまったく一緒なのです。

一度覚えて、文を作り、それからそれをどうやって作ったのか忘れるぐらい繰り返して聞く事、話す事、その繰り返しで言葉は自分の物になります。

どちらにしても、私たちは、文法の前に自分の言いたい事があり、それを自分のいる場所にあわせて、話をする相手に合わせて、沢山の表現の中から、自分で選んで「言葉」を発しています。

日本語でできない事は英語でもできません。
適当な表現ができるようになるには、「量」と「質」の両方がそろって初めてできる事なのです。

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2006.02/25(Sat)

無理 

昨日のブログってタイムリーな話題だったかも(笑)

旦那様のブログを読んで(ほとんど同時に書きあがった)二人で笑った。

「同じ事書いてる(笑)」

「まねしないでよ(笑)」

実はこんな事はよくある。

たくさんある商品の陳列、「これって・・・」と近づくと、旦那様も
同じものに手を出してる事がよくよくあるのだ。

「いやねぇ、また同じもの見てる(笑)」


今日ふと思ったんだけど、本当の自分を隠して生きている人って
想像以上に多いかも知れない。

「社会の中でうまくやろうとしすぎると無理するんだよね。」と
旦那様と話をする。

あまりにも自分を隠しすぎて、本当の自分がどの自分かわからなくなったり(笑)
それなのに本質の部分は変わってないから、常にどこかに違和感を感じながら
生きている。でも、それが何なのかもう自分ではわからないほど、色んな着物を
着すぎてしまう・・・

私も旦那様と会うまでは、ある意味そうだったかも知れない(笑)
そして、見事に本質を見抜かれて、中にあるものが外に出てきた!

その前から、心のどこかで「私は私。それ以外の何者でもない。」って
教師生活の仕事の中で自覚し始めていたのも確かだ。

仮面を被って生活している時に一番感じるのは孤独感かも。
だから、本能的に自分を理解してくれそうな人を探す。
だけど、残念ながら仮面を被ったまま探しても、本当の自分に合う人とは
なかなか出会えるものではないように思う。

「自分に素直に生きるのが一番。」
旦那様は断言する。

親や周りの人が「幸せ」と思うものと、自分が「幸せ」と思うものは
違うかも知れないのだ。
人の価値観での「幸せ」にあわせすぎると、本当に心から幸せだという生き方は
難しくなるし、それを一緒に「幸せだね。」って共有できる相手とも
出会いにくいかも知れない。

これから結婚するとか、付き合う相手がほしいと思うのならば、お勧めするのは、
まず自分が本来の姿であること。
それを知って出会う人とうまくいかない事はあまりないように思う。

よく雑誌に「自分が変わりなさい。そうすれば、いい人が見つかりますよ。」
って簡単に書いてあるけど、自分が変わる事はいつも繰り返してるけど、
想像以上に難しい(苦笑)

素直にこれが自分だ!って思えるものが見つかるといいなと思う。
(これも難しい)

で、どうすればいいかというと、とりあえず何かに一生懸命になる事。
何かひとつでいいから、上達するまでがんばる事。
その中で自分の心の動きを感じてみよう!

教師の経験、そして、大学院の勉強の中で一番勉強しているのは、
「自分を知ること」かも知れないと思う今日この頃・・

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2006.02/24(Fri)

見えない未来 

旦那様をして、見えない未来があるらしい(笑)

「え?全部見えてるのかと思ってた(笑)」と私。

「見えにくい人がいるんだよ。」

「ひとつはね、いくらどんなアドバイスをしても、その場でハイハイって聞いて
その十分の一もやらない人。」

厳しいようだが旦那様のアドバイスには、前にも書いたが、賞味期限がある。
極端な場合、今、行動を起こさないと間に合わないものもある。

「流れってものがあるだろう?」

アドバイスをした時と、行動に起こそうとした時では、
内容によるけど、事情が変わっているかも知れない。

それに一度にいくつかの指示をする時があるけど、それは全部やって
ひとつの形なのだ。

「これくらいでいいやって勝手にはしょられるとね(苦笑)」


未来が見えにくいもうひとつのタイプは、相談に来ているのに、
自分の本心を隠そうとする人。

「でもね、最後には自分から話し出すんだけどね(笑)」

問題を解決したければ、本来の自分の心を素直に表現することは大切。
その心構えがないと、その問題のデススパイラルにはまったままだ(笑)

簡単に書いているけど、その自分の姿は自分のまつげみたいに
見ようとしてもよく見えないし、普段は全く見えないと言っていい。

そして、他人のまつげを見て、「あれが原因だ!」と思う。
人間誰もがそういう性質を持っている。
要はその事に気がつくかどうか・・・

そして、三番目のタイプは現在急速に成長している人。
一生懸命、旦那様から与えられた課題に取り組んでいる。

「最低限しか言ってないけど、100%やろうと思うとそんなに簡単じゃないんだ。」

そんな人は、旦那様が会うたびに成長し、先祖の応援する力も大きくなり、
縁のある仏様も変わってくるらしい。
当然といえば当然。
成長の段階によって、自分に必要となる要素が変わるから。

旦那様の所に通う内にその人に最も縁のある仏様が見えてくる。
弟子の多くは、その姿に自分がなるべく修行中。

今のところ私に一番縁のある仏様はわかりそうでもわからないふりしてる。(笑)

できるなら、見えない未来の3番目のタイプでありたいと思う故の
私の儚い策略だ(笑)

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2006.02/23(Thu)

危険(2) 

最近ヒーラーとか、癒しって一種の流行のようになっている。

カウンセラーになりたい人、人を癒す仕事をしたい人、それはそれで素敵な事。

「基本的に人は人でしか癒されないんだ。」
旦那様はいつもそう言っている。

動物を飼ったり、自然に触れたりする事で回復する心の疲れが取れても、
社会の中で強く生きていくエネルギーまで得ようとすると、人の癒しは
欠かせないのかも知れない。

あるカウンセラーのブログに書いてあった事。
「カウンセラーになる前に自分のことをちゃんと分析する事が大切。」

全く同感だ。

「癒しの仕事に就く人は、自分が癒されたいと思ってるんだよ。」と旦那様。

それは、それで相手の疲れた心をキャッチできる敏感さにもつながるから、
必要な感覚だと思う。



そういえば、昔、偏頭痛に悩んでいた頃、整形外科の医師の友達がいた。
「肩こりがひどいんだけど。そのせいか頭痛ひどいの。」と相談。

「肩こりってしたことないんだよね。」

あれほど細かい仕事をしながら(整形外科ってこまかーい手作業だったりする)
肩こりしてない驚きとともに、たぶん、この人に話しても私の悩みは解決しない
と思ってしまった(笑)

人は自分で経験した痛みしかわからない。
誰かがどこか痛いといっても、自分の痛みの経験を元にしか
その痛みを感じられなかったりする。

だから、被ってつらい思いしてもこれって人を理解するのに必要なんだと思う。


癒されたい人が癒しの仕事に就くのは向いているといえば向いているのかも知れない。

けれど、あまりにその危険性を認識していないと驚く事がある。

被ってわかる事だが、その空気を吸っただけでかなりダメージを受ける。
「気」をかけたりするなんて、輸血をするのと同じくらい危険なのだ。

「気をかけるって、相手の気を受け取るからね。」と旦那様。

血液にいろんな病気があるように、人の「気」にもその人の「特性」が
含まれている。まして悩んだり、体調を崩したりしている人の「気」が
正常なはずはない。っていうか、正常じゃないから、体調を崩すのだ。

目に見えない「気」
与える事で、自分も相手の「気」を受け取っている事を忘れない事。

相手を癒して受け取った「気」は、どこかで自分で祓わなくてはならない。
それをやらないで続けていると自分がおかしくなってくる。

逆に言うと、相手の体を触って治療してもそこまで影響を受けない人は、
「気」を感じない人とも言えるかも知れない。
それでも、相手の体調を戻すことができるのであればいいのだが。
なんだか肩こりの経験のない医者に肩こりの相談をしたのと似てる感じ?

敏感で相手の「気」が読めれば読める程、きっとそのつらさや原因を
感じ取る事ができる・・・正比例だ・・・

だけど、敏感であればあるほど相手の「気」も受け取るし、
自分の体調も崩しやすい・・・これも正比例・・・

きっと、旦那様も昔、被ってつらい思いをしていただろう。
被ってる私にいつか必ず楽になるからって励まして?くれるし。

「今でも被って大変な思いってするでしょ?」

ちょっと大変な面接の前は猛烈に眠くなる旦那様に質問。

「この仕事を始める時に覚悟した事だよ。
それに被らないと本人の気持ちがわからないからね。」

だから、被る事は有りがたい事だといつも旦那様は言う。

癒しの仕事ってある意味「危険」な仕事・・・

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2006.02/22(Wed)

危険 

ロンドンの妹から電話。

「おねえちゃん、アメリカ人ってこんなに馬鹿だとは思わなかったわ。」
(アメリカ人の人が読んでいたらごめんなさい)

友達が遊びに来て、ロンドンで起こった事件について話をしていたらしい。
そのアメリカ人の友達は、
「ロンドンも日本も危ないわ。毎日、ニュースで事件ばっかり報道してるし。」

妹によると彼女はアメリカのとても田舎に住んでいて、結婚してロンドンに
住むようになったらしい。
妹は、今はロンドンに住んでいるが、アメリカにも留学して住んでいたことがある。
私もたくさんのアメリカ人に会ったが本当に一人一人いう事が違う。
あれ程広い国のこと。事情が大きく違っても何の不思議もない。

「その彼女が言うにはね、近所で事件が起こった事なんか一度もないって。」

最近でこそ日本でも都会と同じような事件が、日本中で起こるようになったが、
家に鍵をかけない村なんか沢山あった。

「アメリカは世界で一番安全な国だって。
だって、銃を持ってるんですもの。って言ったんだよ!」

あはは、である。

自分が銃を持っているという事は、相手も持っているって事すっかり忘れている(苦笑)




時々、空手を旦那様と見るとすぐこうやってやるのかなと試したくなる(笑)
それにどんな選手を見ても、こんな人達とだけは喧嘩をしたくないと
素直に思ってしまう。

「ねぇ、危険と思ったらどうしたらいいの?」

頭の中で蹴ったらいいとか、殴ったらとか、
過激な(笑)事が旦那様の口から出てくると思いきや、

「まずね、一番大切な事は、危険な所に近づかない事」だって(笑)

「冗談ではないよ。それが一番。」

「そして、危険な目に会ってしまった時は・・・」

「その時はどうするの?」

「逃げろ!」

旦那様は常にいつもとても慎重だ。
「いつどこから人が襲ってくるかわからないからね。」

え?人が襲ってくる?

そんな事ってあんまり考えてなかった私。

それに、どう戦えばいいか教えてもらうつもりが、大切なことは
「近づかない」事と「逃げろ」の二つ!

旦那様の知り合いの空手家にそう教えてもらったって言ったら、
「僕も、今あそこから人が入ってきて、襲われたらどうしようって
常に考えてますよ。」って言われた(苦笑)


「大体ね、皆あまりにも無用心なんだよ。」

って事を語らせると長い(笑)

でも最近よくよくその意味がわかるようになった。

いくら素手で強くても相手が武器を持っていたらかなわないそうだ。

「見えない世界と戦う時は、もっと大変。」
(って話の続きは明日書こう)

相手の全く見えていないアメリカ人に聞かせたい・・・

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2006.02/21(Tue)

私の「魔」 

十数年教師をやって来たせいか、昨日書いた様な「魔」があるのは何となく気がついていた。
だから生徒に勉強の計画とか指導する時も、
「初めから、自分がさぼる事も含めて計画しなさいね。
それに自分が出来ない様な事が起こる事だってあるんだから。」

例えば、単語を毎日三十個覚えなければならないとする。
「三十個なんて覚えられないや。」って初めからやらない人。
「三十個覚えて何になるの?」ってやる前からやってからしか分らない理由付けを探す人もいる。
で、理由が見つかっても見つからなくてもやれば良いんだけど、こういう人の場合だいたい「理由が見つからないとやらない」ってなる(苦笑)
厳しい様だが、ただ単にやらない理由を探しているだけだったりする。

旦那様は「素直に云う事を聞けば必ずうまくのに」とよくつぶやいている。
教師としての私も、「素直に始めれば次が見えて来るのに」と思っていた。

さて、覚え始めたは良いけど、毎日三十個と言われると、必ず三日目ぐらいに「魔」が入る。
いわゆる三日坊主だ。
今の私も自分にあんまりあっていないものは、三日で終る(笑)
三日坊主で終ったものは、時期が来るまで棚上げにする。
って、旦那様から習った。

「浮かべとけばいいさ。やらなきゃいけなくなったらその内降りてくるから。」

絶対にやらなくてはならない事は三日坊主で終らない工夫が必要だ。
私が編み出した方法は(笑)三十個って云われたら、初めから四十個覚える。
なにか出来ない事があっても、「想定の範囲内」(ははは)
まだ、計画通りなのだ!
って、こなしてきた様に思う。

けれど、旦那様に言わせると、「その四十個覚えるのにがちがちになっているよ」

あらら???
これが私の「魔」
つまり、余裕を持とうと計画した事に余裕が持てなくなっている(苦笑)

だから、時期が来るまで待てばいいという旦那様の言葉は、一気に私の肩の力を抜いてくれた。

今でも大変な宿題やレポートが目の前にくると、同じ状況に陥るけど、そうすると旦那様が横から、
「楽しみなさーい。学問は楽しいってわすれないようにね」

きっとあまりのプレッシャーで般若の面の様になった私を見てそう言ってくれるのだろう。(爆笑)

自分の前に降りかかってきた「宿題」
単語を覚える事とかハッキリしたものではなくても、実はいつも自分の目の前にぶら下がっている。

それはあまりに目の近くにあるから、「心」で正直に見ないと見えない事が多い。
そして、それに気がついたら、またまた素直にそれに取り組む事が成長する一歩。
理由なんか必要ない。後で理由は必ずわかる。

取り組み始めたら、次の「魔」の登場だ(笑)
それをどう乗り越えていくか。
私の「魔」とあなたの「魔」の訪れ方は、ちょっと見たら違うように思えるかも知れない。
でも究極、その魔を乗り越えなくてはならないことに変りはないし、その魔に振り回されるのは皆同じなのだ。

然し、沢山の宿題を目の前にすると、きっと又凄い顔しているのかしら?
わかってるつもりで、自分でも楽しんでやろうと思ってつい一生懸命やってると、
「楽しんでやりなさーーーい」と旦那様。(笑)

いやいや、私の「魔」を乗り越えるにはもう少し時間がかかりそうだ(笑)

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2006.02/20(Mon)

魔 

旦那様に会いに来るのに時々とても時間がかかる人がいる。
普通に来れば当然予約の時間に間に合っていい時間に家を出て来たにも関わらずである。


酷い時は、一時間も或いは二時間も「近く迄来ています」と電話がかかって来て、それから中々たどり着けないのだ。

旦那様は、
「魔がはいってるかな」とつぶやく。

旦那様に会いに来るには色んな理由があって来るのだが、特に自分の都合?である人にまとわり付いているものがあると、それが祓われるのがいやで邪魔をするのだ。
だから、本人が心から何かを解決したいと思い、それを数回邪魔されながらもたどり着く迄頑張って(笑)もらうしかない(苦笑)
これだけは、助けようがないのだ。
初めて会いにくる人がある日はいつも朝から「ちゃんとたどり着くかな?」と私が心配。
「大丈夫、縁のある人は必ずたどり着くから」と、旦那様。

「縁」のある人は、会いに来るまでの距離や時間がとても短く、簡単に来た様に感じるらしい。
私自身にも昔からそういう感覚があって、どこかに行くと決めた時、苦労しそうか、それとも全然知らない土地でも必ずつけるかが何となく分った。
特に大丈夫だという時は、根拠なく「必ずたどり着く」と思えたものだ。

「そこからして、君も普通の人じゃない(笑)」と旦那様。

旦那様から普通の人じゃないと言われると・・・・なんだか決定的(笑)

邪魔される事を知っている人は、会いに来る約束をしてから、一旦、頭の中から予約の事さえ忘れるようにしているそうだ。
「いやー、たどり着くまで気が抜けませんでした」

実際に行く為の行動をとると、何らかの「魔」が入る事を予想しての行動。
「今回も、ここに来るまでは成るべく考えず、今日の朝ここに来るまでも数回邪魔されました。どうにか来れて良かった。」

電車が止まったりする。
家族が体調が悪くなったりする。
直接的に見えないこんな事も旦那様に会いに来る時に起これば「魔」かも知れない。

私にしてみれば、だからこそ会いに来て解決に向かって欲しいと思う事が多いのだが。

偶然のように思える事。
特に何かを解決しようと動き出すと、必ずといって言い程、「魔」が入る。

私は、それを「仏様や神様からの確認メール」と思っている。
「本気で解決する気があるのかい?
大変な事もあるけど、それでもこの先を進む覚悟は出来ているのかい?」

いつも私は「はい!」と即答している。
先に起こる多少の苦労は少しも考えてない(笑)
っていうか「この問題を解決する為なら、頑張ります!」っていつもいってるかな?

それを聞いた旦那様から「君らしいよ」と爆笑された・・・
私の性格そのものを現しているらしい(笑)

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2006.02/18(Sat)

精神のバランス 

被ったりすると自分の正常な状態が分らなくなる。
バランスが崩れて仕舞うと、どんな状態が通常なのかは自分では判断が難しい。

酷く崩れて仕舞っている時程、本能的に「自分が正しい」と思い込みがち(苦笑)
周りを自分の視点で見て捉える事で、自分の位置を確かめようとしている。
あまりに必死なので、自分が上下ひっくり返っている事とか、斜めになっている事とか、見える筈の物が見えてない事とか、すっかり忘れて仕舞う。

昨日のブログは、被っていた訳ではないけど、あまりに難しいテストを受けた後で、自分の思考回路が広がり過ぎた感(笑)
言葉とか人間とか扱っていると時々こんな感覚になる。
そんな時は無理して一人で考えないで、旦那様に「ねぇ、ねぇ」って聞き始める。
あるいは、「これってどう思う?」って質問し始める。

そうでないと、何時間も自分で考えた結論は、スタートラインに戻っただけって事が結構あったりして(苦笑)

よく「これって正しいの?」って聞くと、
「誰から見て?」って聞かれる。

昨日の私ではないけど、本来、思考には上下や左右、間違いや正しいという絶対的なものはないに等しい。
だから、理論だって、ある程度沢山の人から見て「正しい」とされているだけかも。
視点を変えれば、理論も変る。

昨日は霊能者と仲間達のブログを文字に起していた。
基本的には「食」の話だけど、歴史の話になった。
歴史の表舞台と裏舞台。
「鬼って呼ばれてた人達がいたんだけど、それはその当時の政権にとって敵だっただけなんだ。」

「その人達にとっては、政権を奪った大和朝廷こそ’鬼’に見えただろうね。」

「だと思うよ。誰を中心に考えるかだけの問題だよ。」

何が正しくて、何が間違っているのか、とくに教科書の歴史では本当の事は分らない。
というか、ちゃんと意識的に隠されているのだ。

バランスを崩すとその全体像が見えなくなる。
旦那様は、「正常な状態」を意識する事が大事!っていつも言ってるけど、崩した時にはそんな余裕がなくなるのが私(笑)
なので、もっぱら修正は、旦那様を軸にする事に決めている。

バランスが崩れていないかどうか確かめるのは「自分」・・・っていうのはちょと危険(笑)
誰も信用出来ないからって思ってると、周りが歪んで見えるのは、自分が斜めに立っているからとか、自分の眼に知らないうちに「見えない眼鏡」がかかってたりとかするかも。

いつもの貴方を知っている、一番近くにいる人に見てもらうのが一番確実だと思う。
え?その近くにいる人の目が信じられないって?

ほら、そう思う時程、自分のバランスが崩れている可能性あり!(笑)

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2006.02/17(Fri)

思い込み 

言葉を話せるようになるのに「文法」はいらない。

最近の言語学の論議の的だ。
理由としては、脳波を計れるようになった事がある。
脳波を観察してみると、「文法」を作り出す「特定の場所」が脳の中にない事が分った。

今までの「文法」を元に言葉の習得を提唱して来た人達にとっては、ちょっと困った事になった。
殆ど全ての説が「脳の中に文法を作りだす部分がある」事を前提に語られて来たからだ。

こんな風に今まで「正しい」とされて来た事が、突然意味のない事になってしまう(笑)

で、今はどんな説が有力かというと、
頭の中にあるのは「文法」ではなくて「語彙」

例えば
「私」
「リンゴ」
「食べる」
という語彙があったとする。

この三つを使って文を作ると、限りなく作れる。
「私はリンゴを食べる」
「私はリンゴを食べた」
「私はリンゴを食べたくない」
「私はリンゴを食べた事がない」
等々。

ところが、
「私はリンゴに食べられた」
「私はリンゴに食べられた事がある」
「私はリンゴに食べられたい」
っていう文は普通作らない。
でもこの文は文法的には正しいのだ。
長い間信じられてきた「理論」がただの「思い込み」に格下げ(笑)となってしまうのか。
人間の脳に先に「文法」があるではなくて「語彙」が頭の中に浮かんでそれをつなげて文を作る。
興味のない人にとってはどっちでも良い事の様に思えるだろうな(苦笑)

だけど、世の中にある沢山の「理論」は知らないうちに、自分の思考の元にもなっている。

地球が回っていると感じられなくても、地球が回っていると知っているから、回っているのが正しいと思いこんでいる。

旦那様は、「地球は回っているよ。長い間瞑想していると、感覚が研ぎ澄まされて、地球が回っている音がするんだ」

ええ!!(驚)
地球の回る音?

でもいつ「思い込み」に格下げされるかもしれない百の理論より、実際の経験の方が信じられるかも(笑)

リンゴを食べた事がない人が幾らリンゴを語っても、リンゴを食べた人が「美味しかった」って言った一言の方が説得力がある訳で・・・・

「元々、人間の思っている事や感覚なんて殆どが思い込みだよ」
って旦那様はよく言う。

「え?こんなに一生懸命、論文を読んだりしてそれが思い込み?」
がーん!(苦笑)

「つまり自分の価値観で自分のいい様に物事を解釈しているって事」

そうか、だから仏教では「こだわるな」って教えてるのかぁ。
一つの理論にこだわると見えるものが見えなくなるって事なのかなぁ。

「理論なんて入り口でしかないんだよ」とまたまた私の頭を混乱させる旦那様の言葉(笑)

自分の思い込みで毎日生きているかと思うと愕然とする(苦笑)
なんだか、上も下も左右もない宇宙の真中に放り出された気分だ・・・・

いやいや、今日のブログの文そのものが「宇宙」状態になっている。
てんでばらばら(笑)
時にはこう言うなんだか分らないのも説教臭くなくて良いかも(笑)

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2006.02/16(Thu)

一輪車理論 

語学をマスターする事はよく、自転車に乗る事に例えられる。
自転車の構造(つまり文法)を幾ら知っていても、自転車には乗れない(つまり、話せるようにはならない)。

これって究極何にでも言える事だと思う。
本当にマスターしようと思えば、理論と経験の両方が必要。

旦那様は、空手をやっている弟子にはそれぞれ違ったアドバイスをする。
「相手を一本で倒すという感覚を身につけるには、倒してみるしかないんだよ。」
自転車に乗った事のない人に幾ら、こう云う感じって説明しても本当の事は経験した本人しか分らない。

頭の中が理論で一杯になった人が陥り易いこと(笑)
「だいたいこんなもんだろう・・・」って分った気になる。

そして、自分である程度空手が出来るようになった弟子に、旦那様は、
「ちゃんと、理論を学ばないと、その先には進めないよ。」
感覚だけでは、自分の身体のこまかな修正は出来ない。
ある一線を越えてマスターしようと思えば、「理論」がその一線を越える大きな原動力となる。
空手で云えば、身体の構造とか、力学とか。
語学で云えば、人の記憶の仕方のパターンとか。
知るべき理論は、ちゃんと自分の前に「乗り越えるべき問題」として降って来ている筈。

それを見ないで幾ら何度も練習しても上手くならない。
何年も外国に住みながら、語学のレベルが上らない人がいる原因の一部もここにあるかも。

「一輪車理論」
大学院のクラスの先生が勝手に(笑)作った理論だそうだ。
子供が自転車に乗れる様にさせたかったら、二輪ではなく、一輪車を与えなさい。
子供は一輪車を暫く練習して乗れる様になった後、二輪車を与えると、いとも簡単に乗れる様になるらしい。
なるほど!その手もあったか!

「理論」は時にこうして目から鱗の視点を与えてくれる。
そして・・・
後は、実際にやってみるしかない。

「理論」知って、よろこんでいる段階はまだ自分のものになっていない事に御注意あれ(笑)

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2006.02/15(Wed)

カウンセラーのカウンセラー 

カウンセラーという仕事。

母の知り合いの人が教師を退職して、カウンセラーとして働いているらしい。
「すごく疲れるんだって。」
「だろうねぇ。」

って、いうか、今の私には「悩み」を持っている人に会ったり、話をしたりしただけで大変と言えば大変。
「被ったり」相手の「気」を吸ってあげたりすることは、ある程度できる。

妹が電話をして来て、悩み事らしきものを話した後は、なぜかぐったり(笑)

「また、吸ってるよ(笑)」と旦那様。
言われるまで、その事にさえ気がつかなかった。

そう云えば、次に妹から電話があると、あの時の悩みは何だったの?と言いたくなるほど、ケロっとしている事が多い(苦笑)
それで妹が楽になればそれでいいし、それだけ相手の気持ちが理解できたって事だろう。
最近は、妹も「元気になったわ。ごめん、そっちにまた飛ばしちゃった?」って・・・

お互いそれを意識していれば、つまらない?事でぐるぐる悩む事も少なくなるはず。
「どうなった?」と心配して聞く私に、
「大丈夫よ。きっとうまく行くから。」と平然と答える妹(苦笑)

「こっちに飛ばしていいよ。旦那様に後は祓ってもらうから(笑)」
って言っておいたって、旦那様に言ったら大笑いしてた!

ふと思った。
日々、カウンセリングしている人達って大変だろうなぁ。

勿論、旦那様はそういう仕事をしている訳だけど、ちゃんと自分で祓える。
私もその特訓中。

「きちんと祓えないとどうなるのかしら?」

「原因のわからない体調不良が入り口だね。」

「じゃあ、私が長年悩んできた片頭痛も被りがあったのかなぁ。」

「薬を飲んでも聞かない頭痛は殆どが被りだよ。」

え?薬を飲んでも楽にならない頭痛って・・・・
殆どが実はこれが原因だったのだ!

「それから、それが続くとやがて命に関わることになる。」

被ると、勿論体調も悪くなる。
それから、心にも影響が出て、前向きに考える事が難しくなる。
やる気が出ない、体調が悪い。
そんな悪循環の中で、誰でもが持っている病気の芽が大きくなる。

「そうやって、バランスを崩して仕舞った人を沢山見て来たよ。
祓う方法をおぼえないとやがて大変な事になる。」

自分で自分を祓うのは、比較的簡単(といっても、それに現在悪戦苦闘中!)
人を祓ってあげるようになるのは、相当の覚悟と技術とエネルギーがいる。
下手をすると、祓っている内に、自分がそれで被る。


命を懸けてカウンセラーになるって知ってたら、皆、カウンセラーになろうって思うかなぁ。
カウンセラーのカウンセラーって絶対に必要だと思うなぁ。

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2006.02/14(Tue)

ネアンデルタール人と私 

現代の人間の元とされるネアンデルタール人の骨格。
見ただけで、自分と違う、進歩してると思っていた。

もう少し詳しく、言語学の観点から見ると、母音の中のa,u,oの三つの音はネアンデルタール人には発音出来なかったらしい。
構造上の問題だ。
どちらかと云うと、その構造は人間の赤ちゃんに近く、のどの骨の位置が違う。

「ねぇ、ネアンデルタール人って、母音が無くてどうやってコミュニケーションとってたのかな?」
例の様に(笑)旦那様に質問。

「今みたいに沢山の人とコミュニケーションを取る必要がなかったのは確かだね。
だけど、現代の方法でなくても、コミュニケーションが取れたしね。
言葉だけが、コミュニケーションの手段じゃ無いし・・・・。」

あ!そうか。である(苦笑)
現代の人間が「進んでいる」と思い込んると、こういう間違い?を犯してしまう(苦笑)

「今で云うテレパシーみたいなもの?」

「そうだね。少なくとも、現代の人間よりその能力は上だったかもね。」

人間は確かに「進歩」している。
でも、その便利さの中でなくして来た能力だってあるだろう。
ネアンデルタール人のいた世界は、社会の構造がもっとシンプルでそんなに混み云った会話は必要じゃ無かったかも知れない。
そんな、簡単な会話なら、テレパシーでポンと終らせていたかも。
でも、そんな中にテレパシーが苦手な人とか、テレパシーが出来ない仲間がいて困ったりして・・・
より確実に自分の意図が伝わる方法を考える。
きっと、そんな中で音のバリエーションが増えたり、離れた所の人と確実に話せる「電話」が発明されたり。
その内、テレパシーなんて普通の人間には要らなくなる。
で、現代の人間からすると、「テレパシー」=「超能力」ってなる?

こんな説、学会では通らないだろうなぁ(笑)

でも、旦那様はいつも云っている。
「僕がやっている事は、誰でももってる能力なんだよ。
皆、忘れちゃっただけなんだ。」

誰でもって云われてもねぇ。
曾て、私にもそんな能力のあった人間の遺伝子があったとしても、なかなか簡単に起きるものじゃない(苦笑)
っていうか、起したら何が起こるだろう?

ネアンデルタール人に出来て、私に出来ない事がある?
理屈はわかるけど、私の中の根拠のない(笑)プライドが刺激される。

「だから、今、少しづつ思い出しているところじゃない。」と、旦那様。

一体どうなるのかという恐怖感と、訳のわからない(笑)プライドとのぶつかり合いが、まだ私の中で続いている(笑)

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2006.02/13(Mon)

自分の感覚 

目に見えるもの、見えないものってよく云うけど、それを感じ取っている人間の感覚を時にはちゃんと見直した方がいい。

「自分」に見えてるものが「存在」していて、見えないものは「ない」なんて、「視覚」を研究している専門家が聞いたら大笑いするだろう。

自分の視覚の「いい加減さ?」はだまし絵を観ればよく分る。
ないものが見えたり、同じ大きさのものが違って見えたり、歪んだり・・・・
錯覚なんて幾らでも起こっているのだ。

自分に感じられないから、見えないからって、事実を拒否するのは簡単だけど、事実を曲げる事は出来ない。
だから、喧嘩したり、コミュニケーションがととれなかたり、トラブったりすると、相手を責めて終るって事を繰り返すようになる。
この二つ「自分の感覚を信じて疑わないとか、拒否するとか」と「トラブル」は思った以上に密接に関わっていると、旦那様の所に相談に来る人を見ていつも思う。

自分の視覚をもう一度確認する事。
「見る」ってまず、目の前で起こっている事をそのまま捉える事。

それから、「視る」って、自分の見たものが自分の感覚のせいで歪んでないか確認する事。

最後に「観る」段階に入って始めて、そこに流れている人の意識や感情をその分析の上に載せる・・・

旦那様の良く云う「見る」「視る」「観る」ってこんな感じだと思うんだけど。

これが冷静に出来るようになるまで、かなりの訓練がいる(苦笑)

だって、喧嘩する時は自分が正しいと思い込んでいるからそうなる訳だし、上手く行かない事があるって事は、分析する前に自分の感情の方が先走ったりして(笑)
感情ってそんなに簡単にコントロール出来るものじゃない事は皆知っている。

だから普通の人は単純に、感情を押さえ込む事で何事もなかったかのようにその場をやり過ごす。
その内、その感覚を繋いでいた神経は衰えて、同じ事が起こっても何も感じなくなる。

ところが霊能者はそうはいかない。
元々持っているエネルギーが違い過ぎて、うっかりすると自分の身体を壊して仕舞うぐらいのレベルにある。
旦那様はそう云う弟子に、
「自分の事をもっとちゃんと認識しなさーーい。
周りが迷惑します(笑)」
と、冗談の様に云っているが、本当だ(笑)
それも、明るい方にエネルギーがあるなら良いけど、それと同じエネルギーがマイナスに向けられたら最悪だ(笑)

自分の姿は鏡がないと見えない。
普段は他の人を通して「自分」を確認する事が多い。
なのに、中からでるエネルギーの大きい霊能者は外からの刺激が入らなくなる。
つまり、全く人の云う事が聞けなくなるのだ。

なのに「誰もわかってくれない」って今度はこもりはじめる。

って、分析してみましたが、如何でしょう?

このサイクルから抜け出すには、かなりの根性(笑)がいることは間違いない。
もう一つは、自分の感覚のいい加減さとそうなる原因を普段(冷静な時に)ちゃんと考える癖をつけておく事。

「自分の正常な状態をいい加減おぼえろ!(笑)」
バランスを崩した弟子に旦那様が言っているのを何度聞いた事だろう(笑)

一緒にそこで、笑っている貴方!
貴方のことかも知れませんよ(笑)

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2006.02/12(Sun)

仏教って凄い? 

科学でまだ証明されていない「自我」「心」「感情」・・・

みんな「ある」のは解っているのに、「証明」されていないから、信じないと云うのもなんだかねと思う。

正確に云うと、「証明」されてないというより、「とらえるレベルの道具が人間にまだない」と云った方がいいと思うんだけど。

勿論この分野は「心理学」や「哲学」の分野でやっきになって(笑)分析中だ。
やってみたら、想像を超えて複雑だったと云う事でもあるだろう。

けれども、仏教は実はその「こころ」や「自我」の説明を既に見事にやってのけている!

現代の人間が「科学」という数字に表す事の出来るものの証明に没頭しすぎて、すでに分析済みの分野を遠く忘れ去ってしまった・・・あはは、愚かだ(笑)
その科学の分野さえ、仏教は分析済みだ。
「般若心経なんて、その典型だしね。」と旦那様。

そう云えば、最近のベストセラーに元科学者とか、物理学者とか云う人達が解説した「般若心経」をよく見かける。

お経がいつの間にか、亡くなった人に対するだけのものとなってしまった・・・
思っているより人間にとっては、大きな遠回りをしているのかも知れないなぁ。
余りにも忘れてた時間が経ち過ぎて、ちゃんと経典や莫大な資料も残っているのに、それを理解出来なくなってしまったって事らしい。

だから色んな事を旦那様に聞くと、
「全部、お経に書いてあるよ」

私が生徒から英語の質問を受けて、「それって、貴方がもってる文法書に書いてあるじゃない。」
(ちゃんと読みなさいよ!)って思うのと同じなのかも知れない(苦笑)

もっとも、それが理解出来るようになるには、それなりに沢山の英語の文を読んで、何度も練習して、それからそれと説明が結びついて、そしてやっと自分の自由に操れる「言葉」になる。

だから、旦那様は弟子が悩んでいるのを見て、
「ちゃんと考えなさい。
悩んでも仕方がない。
ちゃんと見て、視る、観なさい。」
って、云う。

人間は自分でこのプロセスを経験したものしか、結局は身につかないらしい。

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2006.02/11(Sat)

魂は「ある」?「いる」? 

言語の研究分野でも脳の構造を分析するのに忙しい。

テレビでも見た事のある人が多いと思うが、頭に電極のついた変な?ものを被って、外から刺激を与え、脳のどの部分が刺激されているのかを探るのだ。

初め、この研究方法が出て来た時、言語学者は、きっと「言語ディバイス」(ここで言葉が作られますっていう装置のような部分)が見つかるだろうと当然期待した。
けれど、結果は皆さん御存知の様に、「ここ」って見つかる様なものではない。

「心」だって、「頭」だって、実際あるのは解っていても、どこにあるのかって特定はまだ出来ていない。

英語でもmind(心)thought(考え、思考)soul(魂)他にも色々な単語があるが、実際にここにあるって云う場所は分かっていない。
でも自分のどこかに「ある」のは皆、知っている。

「ある」と「いる」の使い方の違いが、授業の中で問題になった。

「ある」っていうのは、生きていないもの(本が机の上に「ある」)
「いる」って、生きているものにつかう?(犬が庭に「いる」)

え?じゃあ魂は「ある」って云うから、生きていないの?

分析の方法を間違えるとこんな混乱に陥る(苦笑)

こんな時は、旦那様に聞くのが一番。
「魂って生きてるの?」

「生きてるっていう言葉の定義によるね。」

まるで、どこかのお寺の禅問答状態だ(笑)

「この世に存在するもの全てには、意思があるんだよ。石にも意思がある。」

「石にも意思?」

「石は”石”であろうとする”意思”がある。その意思が無くなったら、石はもう石でなくなるんだ。」

「ばらばらになるって事?」

「そうだよ。だから、この世に存在するものは、そう存在しようとする意思がある。」

それを「生きている」とするなら、この世のものは全部「生きている」のだそうだ。

身体の中の細胞の一つ一つにさえ、意思があるとしか考えられないなぁと思う事がある。
だって、皆、病気に何かなりたくないのに、勝手に生れて、勝手に大きくなったりする。

そう考えると、私達は「意思」に囲まれて生きている!
その「意思」をどこまでキャッチするか。
多過ぎても少な過ぎても多分駄目。
生きてるだけで、凄いと単純に思う。

で、間違えて?「意思」を何でもかんでも感じていたら、凄い雑音の中に生きているのと同じになる。壊れたラジオのように、ジーーーーって周りで全ての意思をキャッチしてたら、大変だ。

「うん、大変だったよ。」と旦那様。
平然といってのけてくれるなぁ。(苦笑)

大体、自分ができる事は簡単に思え、自分が出来ないことは、凄く難しい様に思えるものだ。

けれどそれを差し引いても、この雑音や匂い!
何とかしてくれ!

残念ながら、ご飯を食べるのと一緒で、自分でやるしかないらしい(苦笑)

所でさっきの「ある」と「いる」の使い方の違い。
正しい遣い方の説明ではないので、あしからず・・・・

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2006.02/10(Fri)

匂い 

人が変るには、少なくとも3年かかる。

それもある刺激を与え続けての話・・・(苦笑)

外からの刺激はだから大切。
ちゃんと意識して、選択していないと、段々身体のセンサーが死んでくる(笑)

旦那様と暮らす様になってから、私の閉じていたセンサーはどんどん敏感になっている。
昨日も大学に行ったが、帰りは家にたどり着けるかと思う程だった。
どうやら電車の空気が悪いらしい。

私の場合、今一番敏感になっているのは「匂い」
色んな情報が「匂い」でやって来る。

仏様の「匂い」は「香り」と云った方がいい。
甘くて、ほんわり、温かい。
場所の悪い所に行くと、生臭い匂いや、何かが腐った匂いがする。

と言う訳で、時々私は大騒ぎをする。
「臭い。なんか匂いがする。」

「どんな匂い?」

必ず旦那様は、匂いを説明しなさいっていう。
そんな時、言葉ってなんて無力なのかしらって思う(笑)

だけど、旦那様は「言葉」にのっている私の気持ちから、他の情報も読み取る。
「土地の記憶の匂いだよ。」
昔、悲しい出来事が起こった場所らしい。

勿論、こんな事が映像で浮かぶ人もいるだろう。
霊能者の場合、「映像型」が比較的多い気がするけど・・・・

外からの刺激をどう受け止めるかは、個人差がある。
普通の人の場合、いわゆる「普通」に生活して行ける様にそのセンサーを
ある程度、調節して閉じ、やがてはそれに慣れて、匂いも映像も殆ど受け取れなくなる。

「え!どうしてそんな事がわかるんですか?」
旦那様に面会に来る人が良く云う言葉。
でも、センサーが敏感なら、それが分るヒントが本人やその言葉から出ているに違いない。

「ねぇ、そのセンサーって時には邪魔にならない?」

匂いに悩まされる私の素直な疑問。
だって、ある場所の匂いが数時間も鼻の中から抜けない事もある。

「なるよ。だから、そう云う時は、センサーの感度を下げるんだ。」
っていつも簡単に言ってくれるじゃない(笑)

今まで眠っていたセンサーを開く段階にある私は、調節なんてとてもできない。

「この匂いのセンサーを切ってくれない?」
暫くして、どうしても耐えられない時はお願いするしかない。
 
「はい。もう大丈夫だろう?」

旦那様にとってはあまりに簡単な事らしい(笑)
同時に、私の感覚ってあまりにいい加減って思ってしまう。

昔の記憶の匂いをキャッチ出来る癖に、今の匂いを切る事が出来ないんだから。
それも多分、今目の前に存在していないものの匂いなのに。

皆さんも御自分の感覚、一度、疑ってみるのもありだと思いますよ。(笑)

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2006.02/09(Thu)

空気 

目に見えないものの一つ、「空気」

現在は科学で証明されて、やれ酸素だの二酸化炭素だのが
含まれていると学校で習う。
普段は意識しないけど、空気に囲まれているのは知っている。

けれど、私の実感でもあるけど、成分なんて分析の仕方でいくらでも変る。
例えば空気の中に漂っている、「匂い」
香水の匂い、料理の匂い。
学校で習う「空気」の成分の中には入っていない。
だけど、自分で匂いがすればそこに「ある」のが分る。

自分がどんな空気の中に住んでいるかって意識するのは大切だ。
昨日、旦那様の弟子がやってきた。
入って来た瞬間から実は頭ががんがんし始めた。

旦那様は、彼が入ってくるなり、「あちゃー」(笑)
「色んなもの吸ってるなぁ」

本人もなんとなくは気がついていたみたい。

でも、人間はずっとその空気を吸っていると、慣れてくる。
というより、空気の余り良くない所に住んでいると、感覚が鈍る。
その上、その事に気がついても、それをどうにかしようという気力さえ
奪われて仕舞う。

病気になって熱が出た時、体力が奪われ、それと共に何もやる気がしなくなる。
どうにか身体を動かす事は出来るが、出来れば何もしたくない。
段々、何もしないのが普通になる。

そんなサイクルに入った事がある人も多いと思うが、
空気の悪い所に住んでいると、まさにそんな感じになってしまう。

普段意識しない、目にみえないものだけに、たちが悪い(苦笑)

「自分の正常な状態を常に意識しておく事。
そうすれば、空気がわるくて頭がはたらくなったら何かがおかしいとわかるようになるから。」

本来、自分が持っている力を封じ込めてしまう「空気」
それもしっかり意識していないと、じわじわとその影響は身体に出て来る。
そして、それはやがて「精神」や「心」にもでてくる。

私も「被る」と気持ちが前向きにならない事がある。
いつもは「こんな事ぐらい平気!」と思っている筈の簡単な事でさえ、
「何で、私ってこう何だろう」
「なんで、私の周りの人はこうなんだろう」
「なんか何やってもつまらない」
「こんなのいやだ」

こんな感情が起こって、それを乗り越える気力も無いまま、
起こった事や人ばかりに目が行って、そこからなかなか抜け出せない。

いやー住むところってほんと大切。

実感した、昨日の出来事だった。(笑)

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2006.02/08(Wed)

「供養」を科学する(2) 

残念ながらというか、DNAそのものが環境や教育の影響でその配列を
変えるのは、12歳から15歳まで。

その間の人間に与える影響は、前にも書いたが大きい。

まったく同じ遺伝子を持った人間が2人いる事はまあないが、
もし、その二人が違う国で育てば、外見は似ていても、
考え方や嗜好などの違いが出て来るだろう。

「15歳までのそとからの刺激は遺伝子そのものの配列を変えるぐらい
強烈なんだよ」と旦那様。

韓国で生れた子供がアメリカに養子に出される事は意外と多い。
いつか、アメリカに行った時にホームステイした韓国からの女の子。
外見は東洋人だが、中身はまるでアメリカ人だった。
西洋人は身体の発達も早くて、大学生だった私達日本人が、
小学生だった!彼女と同じぐらいの歳に思えたのは、おおげさじゃない。

勿論、彼女がDNAまで変ったかどうかは分らないが、日系の人達を
見ると、2世3世となるにしたがって、顔が違ってくるのがわかる。

ところで、15歳で決まって仕舞うDNA。
遺伝子には色んなものが眠っている。
それは主に先祖から受け継がれた、「因縁」
「因縁」というと、悪い意味で使われる事が多いが、そうではなくて、
今の貴方が、今の生活をして、今の考え方をして、子供を産み育てれば、
当然こんな子供になるだろうという流れの積み重ねとでもいうのか。
ああ、難しい。

自分が何かをやれば、それが自分の中に残り、次の世代に受け継がれて、
DNA上に書き込まるって事だと思う。

「苦しんだ先祖が居れば、それは、自分の外(例えば、お墓とか)にいるんじゃなくて、
自分の遺伝子の中にその苦しみが残ってるんだ。」

DNAの配列を変える事が出来なくても、人は違う方法で周りの刺激を自分の中に
取り入れ始める。
人間はDNAをRNAにコピーして、どんどん新しい細胞を作り出している。
だから、このコピーをする段階に何か働きかけをすれば、身体の細胞がすこづつ変化し始める。

「身体の中にある細胞は常に新陳代謝を繰り返してるんだ。
全部が入れ替わるのに3年かかるんだ。」

「じゃあ、3年間何かを続ければ自分に変化が起こるって事?」

「そうだよ。でも原則的に24時間刺激を与え続けたっていう前提だけど」

石の上にも三年。。。。
千日行。
中学や高校。

考えてみると身の回りに3年という区切りを持ったものは意外と多い。

さて、「供養」をすると何が起こるのか。
大人になってFIXして仕舞ったDNA。
狙い所は、どう考えてもRNAにコピーされる段階だ。
供養はこのコピーの段階に「お経の音」「心の開放」という新しい刺激を与える。
いままで、そのままコピーされてきた遺伝子が、変化してコピーされるのを助ける。

「特に、先祖の苦しみや拘りは、お経を聞き、話を聞いて上げる事で解消されるんだよ。」

「自分が楽になりたいと思ったら、先祖が先」
旦那様の言葉だ。

だけど、「供養」は「先祖」を楽にする事で「自分」も同時に癒される。
お経が人が亡くなった時に聞くものだと思って居る人が多いのが残念。

お経や供養は、ちゃんとした「癒し」「ヒーリング」。
エステと一緒で(一緒にしたら怒られそうだけど)その効果や実感は、一人一人
違うし、違って当り前。

こればっかりは「既製」はあり得ない(笑)

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2006.02/06(Mon)

コンタクトレンズ 

供養を科学する(2)を書く前に。

数ヶ月前から目の焦点があわない。
英語の論文ってこれでもかって云うぐらい小さな字で書いてある。
きっと残念ながら「遠視」が始ったのだろうと眼科にいった。

「PCとコンタクトは相性が悪いんです。
できるだけ、PCを見る時はコンタクトをしないで下さい」
って云われてもねぇ。

一通りの検査を終えて、酸素透過性の一番良いコンタクトにして下さいといった。
検査の結果、遠視はまだ始っていない。度を入れると余計に見えなくなるのだ。

処方されてコンタクトを買いにいって始めてそれがマルチビューという、
遠近両用のコンタクトだと知った。
取り敢ず暫く試さない事には、分らないと思って暫くつけたが、
その内、頭がくらくら。

これはいけないと思い、もう一度眼科に。
コンタクトのカーブが目にあっていないらしい。
「まばたきをなるべくしないでください。レンズが動きすぎますから。」

旦那様にそう言われたと言ったら、
「まばたきするなって・・・」(明らかに何か怒っている)
「レンズに人間が合わせろってことか!」

「まあ、ちがうレンズをつけて見るから」と取り敢ずその場を納めた私(笑)

数日してレンズを取りにいって、その場でつけて立ち上がった瞬間!
視界がぐらっと揺れた。目がかすんで見えない。
「ぜんぜん見えないよ。眼科にもう一度行くね。」

「付いて行こうか?ちゃんと言ってあげるよ。」
喧嘩でもしそうな勢いだ(笑)

旦那様は機械でも何でも、人間があわせていると言うのが嫌い。
よく言う事を聞かない機械に向かって、「機械の分際で!」って叫んでいる(笑)
でも、逆にちゃんと使いこなせるように、あの小さい字で書いてある説明書を
必ず全部読む。(素晴しい!!)

「喧嘩なら、まず私がするから。負けそうなら、呼ぶから。」(笑)

眼科に戻ると、今度は始めのコンタクトと次のコンタクトの間のカーブを
試してみますかと言われた。
「結構です。マルチビューは私の目にはあいませんから」

やっとできたコンタクトは今の所順調だ。

コンタクトレンズは、基本的に網膜の1点で物を見るという前提で作られている。
マルチビューは目自体に錯覚をおこさせ、近くも遠くもみえるレンズを作ったらしいのだが、
実際に人間は網膜の一部で物を見る事は殆どない。

頭の中に色んな映像を浮かべる訓練をしているせいで、物を見る時、
以前と違う見方をするようになったのも理由の一つらしい。

「目で見るって皆同じ見方をしているって思ってるけど、人によって違うんだ.
それを分っていない医者が多いんだよ。専門家のはずなのに!」

旦那様は面接の後、凄く目が疲れる。
何かを「見ている」のは分るがそれが何なのか今の所良くは分らない。

普通の人は、自分の周りの世界の3D(立体)を見て、目で映す時2Dにして認識する。
「絵」を書く第一歩やデザイン画等はこんなプロセスなのだろう。
でも、私の頭の中の映像はそう言われてみると、どんどん立体化して来ている。

「3Dで物を見ている人にはマルチビューのコンタクトは無理」
「え?じゃあ、この先遠視が入っても使えないって事?」
「その通り」

ああ、また一つ、既製の物が合わなくなってしまった・・・・

それにしても眼科で、もう一度マルチビューを試しますかっていわれて、
あまりにばかばかしくて、怒る気にもなれなかったなぁ。
旦那様がいたら、きっと怒っていたに違いない!(笑)

見たかった様な、そうでないような(笑)
旦那様を連れて行ってたら、どうなっていたか知っていれば、
きっとあの眼科医は、私に感謝?すると思う(笑)

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2006.02/05(Sun)

供養を科学する?(1) 

科学は今まで説明出来なかった事を説明してくれる。

同時に説明出来ない事は排除しようともするから、
言葉をどうやって人間が学ぶのかという事を突き止めて誰が論文を出し、
それについて授業で話していても本当に様々な意見がでる。

ある言葉をネイテイブの様に話せるようになるには?
って話題がでると、まず、「英語は国際語だから、発音を全員がネイテイブレベルに
する必要があるのか」なんて、論点がずれたり(笑)

話せるようになるには、ちゃんと聞けないといけないって「聴覚」の話になる。

じゃあどのくらい、何を聞けば良いのかって話になる。
最近この分野は結構、はやりだ。
いわゆる、聞き流しってやつ。
いろんな教材が溢れるほど毎日CMされている。
元にあるのは、「子供が言葉を話し始める前にまずある程度の言葉の量を聞いている」って事。

そうすると次の意見がでてくる。
聞いただけで、話せるようになるのか。

アメリカにある不幸な子供がいた。
家の中に閉じこめられ、いわいる幼児虐待。
椅子に縛りつけれれたまま、話す事も音を立てる事も許されなかった。
助け出された時、その子は10歳ぐらい。
両親が話している言葉をその子は聞いていたので、話をしないでも
その子供が言葉を話せたかどうかが、何かを証明してくれたりする。
皮肉な話だ。

今の所、言葉をネイテイブのように話せる様になるには、12歳ぐらいまでに
その語学を始めた方がいいと言うのが有力だ。

で、「それってどういう事かな?」って旦那様に聞いた。

「12歳までに大体のDNAが定まってしまうんだ。」

旦那様によると、生れて来る時人間は既にDNAが決まっている。
そして外界からの刺激を受けながら多少は変化をし、12歳から15歳ぐらいの迄の間に
それは定着して、やがて動かなくなる。

「え?じゃあ、その後は何をやってもDNAは変らないの?」
「変らないよ」

ショック!!!!
私のDNAはもう永遠に変らないのか。(笑)

この事は幾つかの大切な事を教えてくれる。
12歳ぐらい迄は、生れて来た時のDNAは環境によって変化する可能性がある。
つまり、親と学校の教育が大切だってことだ。

もう一つは、15歳過ぎたら、色んな事を諦めよう(って訳はない)
DNA対策は次の段階に入るだけ。
ははは、人間はそんなに単純じゃない!(笑)

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2006.02/05(Sun)

止まる 

実はとても基本的な事だが、「止まる」事は自然界の中でも人間でも
余り良くない。

自然界でも表面上止まっている様に見える事もあるけれども、実は
目に見えない所で必ず何かが流れている。

水が留まると、その水はよどむ。

人間の思考も一緒だ。

とはいえ、大学院の授業で頭が止まってしまった彼女の気持ちもよく分る。
被ったからだけではなくて、物事を突き詰めて行くと、とんでもないと思える
所にたどりついたりする。

人間がどうやって言葉を学ぶのか。
英語を教える為にそれを突き詰めて行くと、動物のコミュニケーションの仕方、
人間の脳の働き方、人間の声帯の構造、人間の耳と捉えている音域、等々。

語学とはどんどん離れていってしまう内容になって仕舞うのだ。
例えば機械で「あ」という音を人間の声の通りに作り出そうとすると、
少なくとも3種類の音域の音を重ねなければならない。
となってくると、次は音域とか音楽とかの論文を読んでその先を広げるという
事になってしまい、私は何を勉強していたのかしら???状態になる。

けれどもこの広がりは、物事を深く追求する人達が必ずと云っていいほど、
ぶつかる壁、越えなければならない壁でもある。

全然関係のなさそうな分野の話が、どんどん続き、そしていつか突然に一つに
繋がり始める。一度繋がると、今まで勉強して来た事や経験してきた事全部が
役に立つのだと実感する。

解らなくなった時、迷った時、「止まる」て仕舞うのはしょうがない。
けれど、それは次の段階に入ったと言う証拠でもある。

けれども、当の本人は迷っているのでその事に気がつかない事が多いのも事実。

そこで、自分には無理だと諦めて仕舞う人が居るのも事実。

止まって仕舞った時、それでも自分で頑張れる人は素晴しい。
けれど、自分の理論で考え続けて居ても、それは悩んでいるだけで「止まって」
いるのとあまり変らない事が多かったと、後で苦笑いした事が何度もある。

だから、???となったら、私は必ず、旦那様に質問する!
昨日は、止まった「頭」を動かしてもらうのに、数時間も脳の発達とDNAについて
質問し続けた。(なかなか、しつこい性格なのです!)

そうして動き始めた私の頭は「全体」と「部分」をごっちゃにしていた事に気がついた。

止まっていると、段々「思考」もよどんでくる。
自分では正しいと思い込んでいるものが、思考の流れを止めてしまっているかもしれない。

先日から、ブログを読み返して、「やけに説教くさい文ばっかり書いてるなー」と
反省したのに、また今日も、何だか説教くさくなった気がする(笑)

ある問題が長い間解決しないとかある悩みがずっと続いているとか。
そんな時は、必ず貴方の中の何かが「流れを止めている」
それは、周りのせいではない。

と、またまた、説教くさい(笑)
今日は、この変にしておこうっと。

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2006.02/03(Fri)

止まった「気」と「頭」 

私のPCはとうとう病院に入り、暫くはかかりそう。

昨日は、大学院から帰ってきて、被りは途中で祓ってきた筈なのに
何かがおかしい。
大学院の授業で疲れたからだと思ってたけど、それとも何だか違う。

旦那様に「被りはとれてる?」
「うん。でも止まってる。」

「気が止まってるの?」

「うん。気もだけど頭も。」

護身法をやり始めてから暫くして、「気」を高める為に密教体操と言うのを
やり始めた。
自分の「気」を体中に回す。
やってる時は気持ち良い(特に被っている時は)
でも、終ってから必ずと云っていいほど、身体があちこち痛くなる。
特に腰。

「腰が痛い!」

「ちゃんと最後に気を収めないからだよ。」

自分ではやっているつもり。でもこの体操の間に驚く程自分の「気」の量が
増えている。ってことは、今までのつもりでやると、あちこちに収め損ねた
「気」が残って仕舞う事になる(苦笑)

「イタタタ」
体操を始めてから、突然身体のあちこちが痛くなる。
でもそれは今まで経験した事のない痛み。
身体を動かたり、ほぐそうとしてもその痛みはなくなる事はない。
その内、キリキリし始める。

「痛いんだけど。」
「気が溜ってる。流しなさい。」

いきなり流しなさいっていわれてもね(笑)
出来る訳がない。
「流そうと意識して御覧?」

「あれ? 大丈夫、流れた!」

私のいつものパターン(笑)
そんな事出来る訳がないと思うけど、いつも取り敢ず言われた様にやってみる。

今までの経験で、「私にだって出来るわ。」と見て思った事が思わず難しかったり、
「え! そんなこと出来ない。」と思った事が簡単だったり。
自分の頭が「身体の感覚」とは必ずしも一致していない事は何度も経験した。

で、私の主義になった。
「何でも一度は自分でやってみる。」

その好奇心で何でも頭をつっこむので「被りやすい」(苦笑)

そう言えば、昨日、授業の休憩時間に授業が分らないと言うクラスメートの
話をきいてあげた。
あまりに広い分野を扱うが故に何を学んでいるのか分らないというのだ。

「そうか、彼女の頭の中ってこんなふうな感じになっちゃってるんだ」
旦那様に「気」と「思考」を流してもらった後、自分が被って相手の
状態を体験していた事を発見!(苦笑)

大変だったけど、よく分るなあーーー。
思考が止まってるって大変!って素直に思ってしまった(笑)

「被る」って本当に相手の気持ちがよく分る。(苦笑)

テーマ : 今日の出来事 - ジャンル : 心と身体

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2006.02/02(Thu)

霊能者の感情 

何故か、PCは旦那様のお陰で一時的に復活。

壊したのは、やはり私らしい。
それにただのスイッチの故障ではないことも分かった。
う~ん、知らない内に壊してしまったのかしら?(苦笑)

危ない、危ない。
だって、周りの霊能者の達を見てて、一番苦労しているのは、
能力を上げることより、自分の持っている力のコントロールだ。

私の予定では(笑)、自分がコントロールできるぐらいの
ステップで進むつもりだったのだが、そんな都合よく進むはずもない(笑)

始めからかなりのパワーがあって、それに振り回されるのと、
すこしづつ力をつけて、コントロールしながら進むのとどちらがいいか・・・
なんて事に簡単な答えはない。

はっきり言って、どちらも難しい。

霊能者の持ってるパワーは、時に自分の体を傷つけるぐらいのものが
ある人も多い。

心の中の状態は、いつも殆ど嵐。

ビューって、風が吹いて、左右に大きく振られてしまう。

風を起こす原因は、周りの空気だったり、人からくる波動だったり。
普通は目に見えないものばかりだ。
だから、それをキャッチしない人にとっては、突然の感情の変化に
ついていけない事が多い。
霊能者の殆どは生まれつきその力を持っている事が多くて、自分の感情に
振り回されるだけでなく、それを自分の周りの人間が理解してくれない
事に成長する中で気がついていって、一種の人間不信に陥りやすい。

人に理解されていないと感じるのは、かなりつらいものだろう。
だから、自分の感情を抑える癖がついてくる。

本人の中では、いつもいつも嵐。
なのに表面はニヒルで、「大した事ないわ」みたいな態度をとってしまって
いる事も多いのだ。

普通の人の場合は、自分の感情の出し方を少しづつ環境に合わせて
調節しながら成長する。
苦労はするだろうけど、自分の感情に振り回される程の
激しさまでになる事はよほどの事がない限りない。
勿論、中には眠っている感情があるから、何かのきっかけで
それが芽生えて、性格が変わったりするように見えるときもある。

今、振り返ってみると、私自信も中にある感情の激しさを
知らない内にかなり抑えていたように思う。
ちょっとしたきっかけで、それが芽生えると暫くは大変だ(苦笑)
急に何かが気になったり、忘れられなかったり、
激しい感情が起こったり・・・
コントロールしては、大きくなり、大きくなってはコントロールしようと
して・・・の繰り返し(いつまで続くの????笑)

社会の中で生きようとすると、感情のコントロールは必要。
霊能者は、その分、普通の人の理解を超えて苦労している。

何でもただ持ってれば、助かるというものではないらしい(失礼・笑)

「人間は、幸せに生きるために生きているんだ」
旦那様はいつもそういう。

だから、人から理解される事はその為には大切な要素だ。

感情を抑える事にある意味必死の霊能者が一歩変化するためには、
自分を理解してもらうアピールを意識的にやらないと、
中々、理解してもらうのは難しい。

自分を無理やり合わせるなんてやらなくていい。
ただ、「私はこんな人間ですよ。」
「私はこう考えます。」

言い続けていれば、理解してくれる人は理解してくれる。

絶対にいる。

日本だけでも、1億人以上の人がいるのだ。

数をなめちゃいかん!(笑)

テーマ : ふと感じること - ジャンル :

EDIT  |  02:54 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2006.02/01(Wed)

PC壊れる 

私のPCがなぜか突然に壊れた。

これで私も立派な霊能者の仲間入りだ(笑)
と言いたい所だが、多分スイッチの接触が悪くなっただけの単純なものだと思う。

けれども壊れて不便な事に変りはない。

旦那様のPCをちょっと拝借して書き込みしている。

PCは1ヶ所壊れただけでも、途端に動かなくなる。
人間の身体とはえらい違いだといつも思う。

人間の身体は1ヶ所壊れるなんて、「想定の範囲内」だ。

勿論、想定していない事はいつでも起こる可能性がある。

先日、私の妹の知り合いが、つばを飲み込んだら急にのどが痛くなって、
扁桃腺まで腫れ、1週間経って薬を飲んでいても治らないと電話があった。

「なんだろうね。」
「う~ん、聞いてみるよ」

二人でああじゃない、こうじゃないと話をして、最後は霊障かも(笑)って話に迄なった(苦笑)

「え?何処で痛くなったの?」
「運転していた時らしいよ。」
「どこか変な所はしってたのかなあ。」


早速旦那様に事情を説明。

旦那様は、笑って、
「ただの扁桃腺だよ。」

「だって、急に痛くなって、もう1週間も治らないんだって」

「痛いと感じる前からこの人は扁桃腺が腫れていたんだ。
今、ここから見ても、只の扁桃腺。
もう暫く薬を飲めば治るから。」

いや~、ただの扁桃腺を大騒ぎしすぎた私達姉妹(笑)

旦那様によると、人間の痛みと言うのは、コップの水の様に
ある一定のレベルに達するまで、感じない事が多いらしい。


「霊障ならもっと激しい症状がでるはずだよ。」

言われてみれば、ごもっとも。

「下手な考え、休み似たり。」である(苦笑)

最も私のPCも数ヶ月前から、スイッチの部分がおかしかった。

でも、人間と違って自分で修復は出来ない(涙)

修理が済むまで、旦那様の整理整頓されたPCをいじくり回すのが
心苦しい今日この頃。

早く、治れば良いのだが。
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