2006.05/31(Wed)

「教え」 

教師時代もそれから今も身に沁みて思う。

「教えても人はなかなか育たない」

旦那様も長い間、弟子を育ててきて同じ事を言う。

「人を育てるのは難しい。

人はチャンスを与えて、後は勝手に育つもの」って・・・。



逆に、自分が人から教えてもらった事がどのくらい身に
付いているかを考えてみるとよくわかる。

何年も学校に通い、塾や色んな先生から教えてもらっても
結局身に付いているものは、自分で考えて、自分でやった事だけ。

聞いた事は所詮、聞いただけに過ぎない。

一度聞いた事が頭の中に残っていて、暫くして
自分が経験してそしてやっと本当の意味が解るって事もある。


「教え」って「教えてもらう」って形の中にあるものでは
ないって思うようになった。

何を学ぶか・・・。

「教え」を自分の中に吸収するかどうかは全て教えられる側の選択
にかかっているのかも知れないと思う。


ある人のある行動や姿勢が「教える」つもりでなくても、
沢山の人への「教え」になる事もある。



今日、突然の訃報に接した。

ご本人にお会いした事は一度も無いが、
突然の事で家族の方は驚かれた事だろう。


この時でなければ受け取れない「教え」があると旦那様は言う。

そうやって思いを馳せること自体が、「教え」なのかも知れない。


心からご冥福をお祈り致します。
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2006.05/30(Tue)

距離感 

人間関係で苦労している人に、旦那様がよく言う。

「距離感をちゃんと意識しなさい」


経験と言うのは素晴らしい!
教師としての長年の経験で生徒との距離感は鍛えられた(笑)

近すぎると、友達と同じになる。
肝心の時に伝えたい言葉の重みがなくなる。

遠すぎると、何を言っても生徒の心に届かない。
心に届かない言葉はむなしい(苦笑)


人間の距離感を意識しなさいと言われると、
この人とはどのくらいの距離を持って付き合おうって
意識したりするけど・・・。

同じ人とでもその距離は常に変化している。
話をしている「時」「場所」「立場」

ある時、ある場所である人と話をしていても
ある別の人が入っただけで、その距離感は
また変わる。話題によっても変わるし、
相手から伝わってくる感情でも変わる。


自分があるグループにいる中で自分のポジションを
自在に変え、それでもちゃんと自分らしさを
口にして出す事は、自分の為だけでなく、
一緒に話をしている人の為でもある。

何を考えているのか全く口にしない相手との
距離感を計るのはとても難しい。

相手に必要以上にあわせる必要はない。
だけど、そのシグナルでこれ以上は踏み込まないという
ラインを引くという心遣いは人間関係をスムーズにする。

と、言っては見ても、これ程難しい事はないと
いつも実感する。
そして、これがコミュニケーション能力と呼ばれている
ものの核だとも思う。

「こればっかりは、簡単に教えられるものじゃないよね・・・」
と旦那様とよく話をする。

これについては、まさに場数しかない!と云うのが
今のところの結論だ。
それも場数を踏んでちゃんと「学ばないと・・・」

大体、人間関係で苦労する人は自分で必要以上の近い距離感を
相手に許している事が多い。
そして、嫌な思いをして、それが相手への嫌悪感に繋がって
しまう事も少なくない。

初めから、ちゃんと距離感を計って付き合えば、
相手に対して必要以上の感情を持つ必要もない。

「こんな人もいるんだ・・・」で終わる場合も多いと思う。

相手の言葉や態度は、実は自分のコミュニケーション能力を
示している場合が多い。
人間関係で苦労していますって言う人は、自分で距離感を
近くまで許したり、相手に距離感を示す十分なシグナルを与えて
いなかったり・・・って結構多いんじゃない?

かく言う私も、対人間に対しては少し訓練が出来てきた。
生徒に対して出来ても、それを自分の人間関係全部に応用できる
までには少し時間がかかったかも知れない。

ただ・・・
自分の周りの空気に対する距離感についてはまだまだ・・・。
その証拠に、外に出かけると、いまだに被って帰ってくる。

自分の距離感より、好奇心の方が勝ってしまう性格・・・(苦笑)

この癖は乗り越えるのにもう一山ありそうだ・・・。

ふう~~~。

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2006.05/29(Mon)

隠れた霊能者(4) 

人と違うっていう事は捉え方によっては、
コンプレックスにも優越感にもなる。



教師の頃よく生徒に言っていた。
「英文科に行くなら、英語が出来て当たり前。
数学科に行くなら、数学が出来て当たり前。
だって、英文科に英語が不得意な人が居るわけないでしょ?

自分らしさを主張するにはもっと他の要素が必要よ」


自分らしさって言うのを主張する事って
どこかでためらってしまう人も多いかも知れないが、
人と付き合う中で、自分らしさを上手に主張しながら
なお且つ人とうまく付き合っている人が周りに居るはず。

よくその人を観察してみればいい。
自分の言いたい事や自分の意見を、上手に絶妙のタイミングで
必ず発信している。
発信した情報があるから、周りもそれにある程度あわせていける。


自分らしさを出す場面と云うのは、いつでもあるわけじゃないけど
人と付き合っていると、そのタイミングは必ずあるはずだ。




ただただ黙っていると、霊感はコンプレックスになる事が多い。

けれど・・・

霊能者の能力の厄介な?部分は、自分の能力を出し始めたら次の段階がやってくる。

人の見えないものが見える・・・。
人の感じないものが感じられる・・・。
その事を人から凄いねって言われる。
段々、本当に凄いかもって思い出す・・・。

旦那様は言う。
「仏や神にアクセスする事が出来る事もある訳で、段々
自分は選ばれた、特別な人間だと思い始めるんだよね。」



でもそれは、英語が出来たり、数学が人より出来たりするのと
ある意味変わらない、一つの特徴だ。

「霊能力があるからって偉いわけじゃないんだよ。」


英語が出来て、数学が出来て、それがどう自分が幸せになったり
周りに居る人を幸せにするのに生かせるかって事が大事!

霊能力や霊感だって同じだと思う。

「君も霊が見えるんだぁ。それで?」って旦那様はいつも言っている(笑)


「霊能者は人の気持ちや感情に敏感に生まれて来ているんだよ。

それは、間違いない。

だから、人の気持ちや感情を大切に生きなさいって事なのにね・・・」


見えること、見かけに惑わされては駄目なのは、
この世も霊の世界も同じ事。

修行の中ではそうした本物を見抜く目も鍛えれれるという。


私が多くの霊能者を見て思うのは、見える霊能者が逆に自分のみえる
映像に振り回されてしまう事が多いなって事。

映像は多くの情報を与えてくれるけど、それは時にとても危険だったりする。

伝わってきた情報を自分の解釈なしに映像化する事は
殆ど不可能だから。

霊能者の見える能力って、テレビの受信機みたいな感じかなぁ・・・。
だけどその性能や、映像にするシステムが人によってかなり違う
様な気がしている。

「究極、見えるだけじゃぁ、何にもならないんだよね・・・」と旦那様。


自分の得意分野は長所にも短所にもなるって事だろう。

英語を勉強して、大学を出て、大学院に通っていて、
それで?って事と同じ・・・????

それをどう自分のためや周りの人の為に生かすかっていう視点って
大切だな・・・。

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2006.05/28(Sun)

隠れた霊能者(3) 

霊能者って自分が人と違うって自分で解ってる人が多い。


霊が見えるとか感じるとかいう事が、
コンプレックスになっているのに・・・

どこかで優越感も感じている・・・
っていう複雑な心理構造・・・。


自分が霊能力がある事を進んで人に話すことは
人間のように社会的な動物は、本能的に隠して
生きてしまう。

まあ、その方が安全だと思い込んでいる。

一旦、少しでも自分の人と違った部分を理解して
もらうと心を開くが、それまでは
「どうせ解ってもらえない」っていうどこかに
諦めがあったり、処世術だったりして・・・。

それも解らないではないけど、どんな人でも他人に
自分の事を理解してもらうにはそれなりの努力を
しているし、リスクもおかす事がある。

自分の意見をはっきり言う場面や、
自分の思っている事を誰かに伝える時は
それなりに勇気のいる事。

誰だって自分を理解してもらうには苦労しているし、
誰かに嫌われたり、その代わりに同じ考え方をする
人間と共有できたり・・・
そんな事を繰り返している。

一般的に霊能者って自分を表現するのが下手だと
思う。
素直に自分の事を「私はこういう人間なんです」と
認める事が怖いのかな・・・。
それも解らないではないけど、隠さないでちゃんと
主張する場面も必要かも知れない。

その中で受け入れられたり、拒否されたり。
霊能力があっても無くても人間関係では起こる事だと
思うのだ。
ただ、その第一歩は、妙に勇気が必要かも。

これを言ったら誰も自分の周りに居なくなるんじゃないか。

とか

これを言ったら変に思われるんじゃないか。

とか

旦那様はいつも言っている。

「そんな事で自分の周りに居なくなるのなら、
どちらにしてもいずれいなくなるさ」


「変? 変で結構(笑)。変なのの何が悪いんだ

だし、僕が普通だよ!」


いやいや、ここまでいきなり覚悟するのは無理にしても(苦笑)

すこしだけ、本当の自分を人に伝える事。
理解するかしないかは、相手の問題!

っていうか、時々、そんなに隠しておいて、
「解ってくれない!」ってそんな事は無理だよーーーって
思ってしまうぐらい隠すのが癖になって居る場合もある。

隠れるために知らない内に作った自分の周りの壁。
少し、壊してみたら?

そのほうが貴方らしくて輝くと思うんだけど・・・

って、今日も思った!

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2006.05/27(Sat)

隠れた霊能者(2) 

定義の仕方によるけど、霊能者の持つ感覚を持つ人は
何も霊が見える人だけではない。

私のもう一人の妹は霊は見えない。
だけど、霊を感じる。

いつかこのブログで書いたが、彼女の家のピアノに
子供の霊が入り込んだ事があった。
ピアノの近くの植木が幾ら手入れをしても次々に枯れる。
そのうちピアノの側によると気分が悪くなったりする。

彼女が送ってきたピアノの写真には、子供がしっかり
映ってはいたが、実際彼女がそれを見た訳ではない。

霊を見る事がない人は、自分のそういう感覚を
「思い過ごしかな?」と思ったり、
「何となく~な感じがする」と思ったり・・・。
決定的な確信がないまま、時々原因がわからない
体調不良を起こしたりする。

旦那様に彼女が会って、妹にもその感覚があると
自分で自覚した途端、「被り」がはっきり出始めた。

以前から、何だか気分が優れないと言ったりする時が
あったけど、今はそれが「被り」だと自覚して、
実は、一時的にとても敏感になっている。
「被り」やすい状態ってわけ。

被りはただのガスを吸った状態。
とは言え、結構つらい。

自分で祓う方法を見つけ出すか、そういうものを寄せ付けない
強さを見につけるか、姉妹揃って格闘中!(苦笑)


霊が見える霊能者は、その点もっと自覚がある。
霊を見れば見るほど、見えるようになる。

成仏していない霊には成仏しない理由がちゃんとある。
それを誰かに訴えたいけど、普通は誰も気が付いてくれない。

ずっと、ずっと無視され続けていた霊が、ある日誰かと目が
あって、「あれ?」って・・・。
気が付いてもらった霊はある意味、必死にその人に訴える。

つまり、見れば見るほど、霊を寄せ付ける。

いつか、霊を見えなくする方法はありませんか?と質問された。
「見えても、無視する事です」って答えたが、
それは、こういう理由だ。

成仏していない霊は殆どがあるこだわりの為に苦しんでいる。

接触して、決して気持ちの良いものではない。
命をとられる事だってないわけじゃない。

「興味本位って言うのが一番、危険だね」と旦那様。



だけど・・・。

それが、先祖の霊だったら・・・。

話は、全然別だろう。
苦しんでいる自分の家族を無視できるはずはない。

ちゃんと話を聞こうと思うのが、普通の人間の感覚だろう。

どうすれば先祖かどうかわかるかですって?

それは、今日の旦那様の掲示板をご覧あれ!

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2006.05/26(Fri)

隠れた霊能者 

霊を見たり、金縛りにあったりした経験の
ある人は思ったよりずっと多い・・・
っと、旦那様に会いに来る人を見て驚く。

以前の私の周りには居なかった・・・。
と、言いたいところだが、何を隠そ私の妹は
ある意味霊能者なので「気づかなかった」という
表現が正しいだろう。

彼女によると、小さい頃から玄関の前にある木に
変な人が居たり、家の裏にある川になにか見えたり、
その度に母に訴えていたらしい。

けれどもそんな感覚のない母は、「そんなものないわよ」
で済ましていたらしい。

私といえば、そんな彼女がそんな体質だって事には
数年前まであんまり気にもかけなかった。

というのも、彼女自身、色んなものが見えたり感じたり
して人に話しても否定され続けて、滅多に口にする事が
なくなっていたから・・・。

こうして、自分が霊を感じたり見たりする事がある事は
よほど心を開かない限りは人に話さない。

霊能者の多くは、自分と同じように相手も自分の心が読めると
思っている上、知られたくないと思っているから、
知らないうちに自分の心に壁を作りあげている。

旦那様が面接をして時々その人を読みにくい事があるらしい。

「なんでこんなに解りにくいんだ・・・」

そう旦那様が言った人の中が霊能者である確率はとても高い。


自分の周りに作った壁。
霊を見たり感じたりする感覚は小さい頃からある人が多い。
だから、壁もなかなかねんきが入っている。
その内、自分で壁を作っている事さえ、自分で忘れるぐらいだ。

壁を作ったまま、人とつきあうから、
「なかなか他人に理解してもらえない」と思っているが、
壁があるから人が理解しにくいのは当然!(苦笑)

人には理解してもらいにくい。
霊の影響を受けると、バランスを崩して体調不良。
原因不明の病気で長い間、人と接しない。
そして、又人から離れてしまう。

なんていう悪循環を繰り返している人も少なくない。

それでもやっとの思いで、祓う方法を覚え、
仕事に就くようになって、社会の中に溶け込もうとする。
普通の人にとっては何でもない事が大変だったりするのだ。

やがて、自分が霊の話が出来る人が見つかると、
その壁がポンと外れて、その話を出来るようになる。

良かった!と思うのもつかの間。
霊の話をすればする程、今までの「祓い」方では
治まらない事が起こったりする。

どんどん霊が集まってくるようになる。

余程、きちんとした祓い方を知らないと又、大変・・・。

旦那様は言う。
「霊に対する考え方や感じ方をきちんと持たないと。
怖いとか、逃げたいとか思っても解決しないんだよ。」

被る私にも同じ事を言う。

霊と付き合うには付き合い方がある。

隠れた霊能者がコントロールをする為には、
むやみに怖がったり、逃げたりするのではなく、
きちんと付き合い方を知るのが、

「始めの第一歩」

これなしには、先に進めないと思う今日この頃・・・。

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2006.05/25(Thu)

言わない罪 

普通は、自分が相手に対して、何をどう言うかって事を
重要視するもの。

「こんな言い方してしまった・・・」
「こんな言い方をされた・・・」

言われた内容や言われた事って
思っているより、人の心に大きく影響したりする。



でも、こんな経験はないだろうか。

「何で、何も言ってくれないんだろう。」

言わないでいる人は、その事自体がそんなに
相手にとって重要だとは思っていないから、
省略したりする訳で・・・。


けれどもこうしたコミュニケーションの不足は
少しづつ心の中に塵のように溜まる。
「罪」と呼ぶには大げさすぎるかも知れないが
時々思う。
「大切な事をちゃんと伝えないのって罪だなぁ・・・。」

こうしたちょっとした言葉の不足と言うのは、
何も大きな内容の事に限らない。



嘗て、教師として働いていた頃、ALTと呼ばれる
外国人教師の間でよく問題が起こった。

カナダ人のALTがアメリカ人とイギリス人のALTは
あんまりうまく行かない事が多いって言っていた。
その理由は・・・
「イギリス人はアメリカ人って礼儀を知らないって言うの・・・。」

人に何かを取ってもらった時、
人に何かをしてもらった時、
必ず、サンキューという躾を受けてきたイギリス人にとって
何も言わない、やってもらいっ放しの
アメリカ人の態度は気に入らない・・・
そして、暫くすると口もききたくないってレベルまで
達してしまう事がある。

こんな事は、「文化の違い」って解っていても
人の心はそんなに簡単にコントロールできないもの。
「イギリス人がそう思っていたって知らなかった。」って
いう簡単な問題では済まない大きな事に発展する事さえある。


国が違い、習慣が違うというある程度はっきりしたものが
ある時は、問題が起こっても理由もはっきり見えやすい。

けれども同じような事が会社の中、家庭の中で
起こっているかも知れない。

相手にちゃんと伝えておかなければいけない事。
それを判断するのは、簡単な事ではない。

何でも話しておかなければならない訳ではないし、
かと言って、相手にとって必要な事をちゃんと言わないと
「不信感」に繋がるし・・・。


旦那様はこうしたコミュニケーションの不足が
夫婦の間で多いっていつも言っている。

「ちゃんと会話をしていれば、こんな問題、問題にも
ならないはずなのになぁ。」

言わなければ相手を傷つける事がないと思いがちだけど、
言わない事も相手を傷つけているかもっていう、
ちょっとした視点は、きっと人間関係をスムーズにしてくれるかもね。

「こんな事ぐらい、言わなくても解っているだろう!」
って省略する人ほど、

「なんできちんと、言わないんだ!」
「何でちゃんと報告しないんだ!」

って、不愉快になる事が多かったりして。(苦笑)

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2006.05/24(Wed)

自分のルーツ 

数年前にスコットランドエジンバラに留学していた時。

夏になるとスコットランドの人口は一気に増える。
大学の寮もいつもの学生ではなくて、留学生などで
ごった返す。

夏の間にこうしてやってくる人達の中で一番多いのは、
アメリカ人だった。

「自分のルーツを辿る旅」

アメリカ人の中にスコットランドやアイルランドに
そのルーツを持つ人は多い。
アイルランド系でよく知られているのは、ケネディー大統領。

そのアイルランド系の人達の中にもスコットランドから
アイルランドに渡ったという人達もいる。

こうした事は教科書の中で習うが、それだけでなく、
沢山の人達が自分のルーツを辿って、実際にスコットランドを
訪れるのだ。

これも一つの先祖の供養。
先祖を思い出し、その地を実際に訪れる・・・。
お盆とかいうはっきりとしたものが無くてもルーツを大切に
するという事は、形が違っても気持ちは同じだ・・・。

日本には日本の供養の仕方がある。
自分のルーツを辿るのは、自分を知る大切なひとつの
方法だと思う。

昨日のブログで書いたように、自分の先祖を辿り、
その命日を知る。

「そうする事、自体が一つの供養なんだよ・・・。」
と、旦那様。

「命日は、あの世での誕生日。
誰でも、自分の誕生日を家族から忘れられれば気持ちはよくないもんね。」

確かに・・・。
特別な事はしなくていい。
誕生日には「おめでとう。」という一言があって、家族がそれを
覚えていてくれるっていいね・・・って私が言ったら、

「そりゃ、家族に対する最低限の礼儀だろ(笑)」って・・・。

と言うわけで、
「私は、何のために生まれてきたのだろう」とか悩む前に
自分のルーツを辿ってみよう!!!!

だって、そこには探す答えの一部が隠れているかも知れない。

自分の事を見つめる作業も必要だけど、
自分を取り囲むものの中にその答えがある事も少なくない。

自分の中にある答えを引き出すためにも有効かもね。

ちなみに、私はこのプロセスの中で、
先祖の私に対するメッセージを受け取った。

「~家は、こういう家風であって欲しい」って。

まあ、簡単にはいかないけど、少しずつそれを家族や
親戚に伝えて行ければいいかなって思ってる。

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2006.05/23(Tue)

先祖の霊 

私にも経験がある。

突然、祖母の事が気になり、それから暫くして、
写真を見ていたら、母の顔が変・・・。

旦那様に見てもらったら、祖母が母の顔に重なっていた。

それを見た私は、気が付かない内にその祖母の思いを
被っていた。
いわゆる、憑依っていう状態。

自分では、あまり記憶がないけど、明らかに私とは
違う人格だったらしい。(←BY 旦那様)

私と言えば、そんな状態だったから気分が優れず、
何をしていても気が短くなったように苛々する。

「供養をしよう。
旦那様にしてもらおう。」

早く、私も祖母も楽にならなきゃ・・・。

祖母はもう40年以上前に亡くなった。
なのに成仏していないと旦那様に言われて、
「やっぱりね。」と言うのと「え!」という驚きと、

そして、早く成仏して楽になって欲しいという気持ちとかも、
色んなものが入り混じっていた。

終わって、無事に成仏した祖母を思い、
「良かったね。今まで気が付いてあげられなくてごめんなさい。」
という思いが一番強かった。



先祖の霊でも生きている私達にとってはマイナスのエネルギー
だったりする訳で、その影響を受けた時、決して楽なものではない。

旦那様によると、そんな時の反応は2通りらしい。

「こんなに大変だから、早く楽になりたい!」

「早く成仏させてあげたい。」


いつか書いたが、霊だって人間だったのだ。
成仏しないには、成仏しない理由がちゃんとある。

それを取り除いて、「はい、終わり!」じゃなくて、
ちゃんと家族と会話をするように、話をしたいものだ。

霊能者の力を借りれば、よりそのメッセージが受け取れるけど、
そうでなくても、ちゃんと心を開いて会話をすれば、
先祖だもの・・・きちんと伝わってくる。

「畏まって、手を合わせる必要はないんだ。

そこにおじいちゃんやおばあちゃんがいるように付き合えばいいんだよ。」


成仏して楽になった祖母に対して、「良かったね。」って思うのは、
生きている父が病気が治って退院した時と同じ気持ち。

もっと、自然に、そして、もっと、家族の愛情を持って
先祖の霊にも接したいものだと思う。

家族って、どんなに否定しても自分の中にあるものの一部。

それを否定したり、ないがしろにしているのは、
「自分を大切にしていないのと一緒だ・・・。」

「供養をしてくれ・・・。」っていう先祖の声を、
旦那様が相談に来た人に伝える度にそう思う・・・。

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2006.05/22(Mon)

言葉の勉強 

嫌な事が起こったらどうするか。

その内容にもよるだろうけど・・・。

そう、その内容にもよる!
けれども一旦避けて通る癖がつくと、
いつもいつも逃げる事で解決したように思い込み、
でも、同じ事を繰り返している人も結構多い。

この前、ここに来た小学生に旦那様が言った。

「嫌な事があったらね・・・逃げちゃ駄目だよ。

ちゃんと闘いなさい。」

優しい子どもだし、人と争ったり、喧嘩したりするのが
大嫌いな、本当にいい子だ。

その子どもはそんな事は何にも話していない。
けれど、勿論、旦那様は何かあると思って言ったらしい。

子どもの反応はいつも面白い。

言われた瞬間、そっぱを向いて遊んでいたその子が
一瞬、止まった。(笑)

私もその瞬間は見逃してはいなかった。

ビクっとして、その後はそ知らぬ顔・・・冷静な振りを
している・・・って事は何かあるね・・・。

旦那様と二人で後でそう話をした。

「子どもは遊ばせてはけないんだ。

遊んであげないと。」と旦那様。

子どもの遊びの中には、「学ぶもの」が沢山入っている。
ただの遊びではないと思って、一緒に遊んであげる事。

その中で語彙を増やしてあげたり、ちょっとした言葉の
間違いを修正してあげたり・・・。

言葉と実体験が結びつく大切な時間だ。


「ちゃんと、子どもの視点に降りて遊んであげる事。」

これも、本当に大事。

これを怠ると、人の気持ちが読めない子どもに育ってしまう。

人の気持ちを読む必要を一番子どもが感じるのは、
親に対してだといつも思う。
どんな子どももそこだけは、妙に敏感。

そうでないとすれば、以前に、「もう、いいや。」って思わせて
しまう出来事があったと云う事。

子どもの親の気持ちを読もうとするのは本能に近い。
生存の欲求に非常に近い感覚だと思う。

これって、「国語」の授業を学校で何時間もやるより
ずーーーっと、ずーーーっと、効果がある!

「勉強は、授業でやるもの。」
そんな子育ては、どこかで少しづづ、ずれて来ると思うんだけどなぁ。

英語の授業と一緒に考えたい部分だけど、
この視点まで入れると、もっと複雑になりそう・・・(苦笑)

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2006.05/21(Sun)

メッセージ 

小さい時は正直に言ってあんまり本を読んだ方では
なかったかも知れない。

いつの頃からか、図書館が大好きになった。
それも教師になってから余計にそうだ。

山のようにある本の中から、どれを手にして、
目を通すか・・・。

これが偶然なのか必然なのか・・・。

本から呼ばれている感覚があってそれも楽しかった。

今でも、旦那様とよく本屋さんには立ち寄る。

今ではあんまり買ってまで読まなくなってしまったが、
それでも読んでおこうと思う本にはちょっとは目を通す。


そうすると、自分にその時に必要な言葉がドンと入ってきたりする。

昔、あんまり本が好きでなかった頃は何となく義務で
読んでいたような気もする。
本の世界と自分が遠かったし、実感がなかったのかな?

こんな時、本や映画や音楽それから、人の言葉・・・
自分の周りにはいつもいつもメッセージを持った言葉や
現象に囲まれているのかも知れないと感じる。

この前、ハリーポッター 炎のゴーフレットを見た。

原作者はスコットランドの人。
ネス湖辺りのハイランドの風景が物語りの中に登場する。
まるで、自分もその中にいるような感覚だ。

旦那様も見終わった途端、
「あまりにも、現実的だよね。」と言っていた。



この物語では、ハリーの先輩が一人犠牲になって死んでしまう。
ハリーがある場面でなくなってしまったその人と、
長年思い描いている自分の両親に会う。

何しろ、ハリーは色んな事が出来るし、ある方法を使えば
色んな事が出来る事も知っている。

死んだ人を蘇らせる方法を・・・と考えているハリーの
心を読んだ校長が言う。

「人は、暗くて困難に会った時、
やがて神から二つの選択を与えられるんだ。

正しい事と簡単な事とね。」

亡くなってしまった人を蘇らせようとする心の動きは
残された人に起こる自然な気持ちだろう。

でもそれは、本当に物事を解決するのかという先の
事まで考えたものではない。

物事を本当の意味で解決するって難しいし、
本当の解決は、どこかにあるのではなくて、
起こった事をどう捉えるかって云う、自分の心に
有るのかも知れない・・・。

昔、本が楽しめなかったのは、自分がメッセージを
受け取り損ねていたのかも知れないと、今更気が付く。(笑)

う~~ん、惜しい事をしたのかも?(苦笑)

面白いとか面白くないとか、そんな事も自分の心が
作り出している部分って大きいよなーーーって思う。

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2006.05/20(Sat)

小学校と英語 

世の中で話題になっている。
「小学生から英語の授業」

う~~ん。
賛成か反対かと言われると困る。
なるべく早くからやった方がいい面もあるし、
そうでない面もある訳で・・・。

色んな要素がありすぎて、世の中も意見も
整理がつかなくなっている気もする。

導入されるとしても、一番大切なのは、
導入する事で起こるかも知れない問題点をしっかり
見極める事。
それを多くの人が一度は考え、知っておくことだと思う。

私が導入されると思う理由はいくつかある。
一番大きな理由は、「文部科学省の面子」だろう。

誰かが「英語より国語をしっかりやったほうがいい。」と
言った言葉ぐらいで、「じゃあ、辞めます。」
とは言えないだろう。(苦笑)

「国語を授業だけで教えているという認識自体がおかしい。」
「国語の授業を減らして、英語を入れる訳ではない。」とか、
反論の仕方は幾らでもある。

自分の仕事として、「小学校に英語を導入する。」という
ものがあったら・・・って考えると、簡単に引き下がるとも
思えないし・・・。


それより何より、保護者の要求も強い。
もしも英語が小学校に導入されなかったら、
多くの子どもがきっと「英会話」に通う事になるだろう。
子どもの親は「英語」が子どもに必要だって、
今回の事で余計に思ってしまっているだろうから・・・。


教育の問題は、論議している様でも、残念ながら進む方向にしか
進まない事が多い。

必要だと思う人がいれば、公的なものになるかならないか
という違いで、いずれにせよ、その方向に進む事が多い。

「ゆとりの時間」と云うのをかつて設けた時、
誰が、その流れを止める事が出来ただろう。
賛否両論あっても、流れは止まらなかった。

責任はどこに?
と言っても、その当時から文部科学省にずっといるという人は
殆どいないだろう。

早いうちから「英語」をという考え方は、その弊害が
ある程度の沢山の人に認識されるまで止まらないと思う。

その流れをよめば、導入するかどうかというより、
自分の立場によっては、母国語とのバランスを考えて
どう導入するか、教えるとすればどう教えるかを考え始めた方が
いいかも知れない。


もし、ある私立の小学校の校長先生が旦那様に
「どうしましょう。」って相談に来たら、
日本語が大切!って言いながらも
こんな風に答えるだろうな・・・。

旦那様は弟子にいつも言っている。

「これを相談したら、私がどう答えるかって考えなさい。」

それだけで、自分の考えが結構いつもすっきりするから
不思議だ。(笑)

訓練!訓練!

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2006.05/19(Fri)

毎日 

毎日同じ事をするにも色んな側面がある。

毎日同じ事をする事で自分の状態がわかるとか・・・。

行をしている旦那様の弟子がよく言う事。
「毎日、行を終えた時の感覚が違うんです。」

同じ事を繰り返して、自分の今日の状態を知る事ができる。

体や心に起こっているわずかな変化は見逃しやすい。
何か基準がないと、このくらいと思ってしまうものだ。

でもそうしたわずかな変化が、やがて大きな変化へと繋がっている
事は、普通は大きな変化が起こってから気が付くもの。

「そういえば・・・」という事はよくある。


毎日、毎日繰り返していると、今度は見えていたものが
逆に見えなくなる。

不思議なものだ。

毎日、繰り返す事がただの習慣になってしまうと、
そこに心がこもらなくなる。

変化がある事に気がついているのに、見逃す。

毎日続ける事だけが目標になってしまう・・・。

その内、続ける事自体がプレッシャーとなる。


野球の松井選手が怪我をした。
あの後、インタビューを受ける彼の顔を見て思った。

「あ!この人も・・・。」

連続出場記録というプレッシャー。

「いつかは、こんな日が来ると思っていた。」と
言った彼の顔には「野球が出来なくて残念。」とは
書いてなかったように感じたのは、私だけではなかったと思う。

少なくとも、野球を楽しんでいる一選手の姿ではなかった。

ずっと、何かを続ける事は続けるだけで簡単な事ではない。

だけど続ける事が出来るようになったら、
次の心のコントロールの必要性が出てきたりして・・・。

いやはや、次の段階と云うものは常にあるものだ。(笑)


最近、色んな事が私の周りに起こって、数日ブログを書かけない
時が続いてしまった。

昔の私なら、「書かなきゃ。」と、どうにかして書いていたと思う。

「書かなきゃ!って思う時は書かなくていいよ。」って、
ある時、旦那様に言われた。

「書きたいと思った時に書けばいいさ。」

そうそう、大切な事を思い出させてもらった。

何でも楽しくなきゃね。

私の気持ちも人に伝わらないかも知れない。

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2006.05/16(Tue)

ピンチ?チャンス? 

旦那様のHPの掲示板が盛り上がっている。

(ご覧になりたければ、どうぞ!
http://bbs5.cgiboy.com/p/77/00807/)

それぞれ、全く異なった日常を過ごし、その中で
感じた事を感じたままに書いている。

ずっと見ていて思うのは、こうして書き込むように
なった人達が自分の生活の中で起こるチャンスや
ピンチを見逃さなくなってきた事。

よくよく読んでみると、誰にでも起こる可能性の
ある事でもあり、その一つ一つを見逃さず、
何かあるかも知れないと本能的に感じるように
なって来たのかも知れないなぁと思う。

一瞬、理屈では無くただの感覚に見えるが
ずっと観察していると、やっぱりそこには
因果関係がある事も間違いない。


きっと、これまでも同じような事が起こっていたのかも
知れない。
だって、神や仏は結構忍耐強い。

何度も何度も同じような試練を乗り越えるまで
与え続けると思うのだ。


ある人は、仕事の内容でなかなか思うように進まないと言う。
何故、進まないのか・・・。

暫くして、その仕事の内容の中に、そのまま進めば
後で大きな問題になる部分がある事がわかる。


ある人は、どうしても人間関係がうまく行かないと言う。
よくよく観察すると、自分でその原因を作っている事が
自分で書き込む内に自分で気が付く。


人は、「時間」という流れの中に生きていて、それを自由に
操る事が出来ない。
ちゃんと、物事が起こる順番というものがある。

けれどもその順番は、ある程度進んでからしか、
解らない事も多いのだ。

その順番や流れを感じられるようになるには、
「自分で自分を検証する。」というプロセスが一番大事。

習い事と同じだ。
誰かの真似をしていても、次のレベルには進めない。
自分で、自分の技を磨くしかない。

「ピンチは必ずチャンスに繋がっているんだ。」

「ピンチをいかにチャンスに変えるかが大切。」

と、旦那様。

沢山の書き込みを読みながら、そのピンチをチャンスに変える
プロセスを皆が楽しめたら良いな・・・。

と、勝手に(笑)思っている。

だって、本人にとってはピンチはその時点でピンチにしか
見えないものだ。

だけど、すこしづづ解ってきたんじゃないかなぁ・・・。

ピンチの中に沢山のチャンスが含まれてるって事!

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2006.05/15(Mon)

力を入れる 

「力を入れるにはね・・・」と旦那様。

「まず、しっかりと力を抜かないと駄目なんだよ。」

時々、言われて、「え?」って思う事があるけど、
この言葉もそう・・・。

「抜いてるよ。」と私。

「いや、力が抜け切れてない。」と旦那様。

「一度、ぎゅっと力を入れてご覧。それから、抜くんだ。」

あら?やっぱり力が入っていた事に気が付く。(笑)


体のコントロールは自分でやっているつもりでも
結構、偏っている事が多いもの。

どこかで、意識をして戻さないと、トラブルの元になる。

左右のバランスが悪いと、いつか腰が痛くなったり、
背中を痛めたり、股関節を痛めたり・・・。

トラブルっていつもそうだが、ある一定のレベルまで
酷くならないと人間は意識しないように出来ている。
多少のバランスの崩れは、調子がよければ意識しないでも
自動的に修正してしまう。

けれども、歩き方や立ち方には普通、癖があって、
それが積み重なるとやがて痛みに通じる。

意識せず入っている力って、やがては凝りにも通じるし、
体が硬くなれば、頭も堅くなる。

そんな事はね・・・と思っていたけど、悩みがあって
旦那様に会いに来る人達を見ていると、殆どが体も頭も
ガチガチで、固まっちゃってる。(苦笑)

そして、それが解決できる道筋が見えた時、フッと力が
抜けるのが見えるのだ。
顔の表情に一番、出ているかも知れないなぁ。

自分の顔って自分では見えないから、固まっている時ほど、
固まった頭も手伝って、自分でそうなっているはずはない!と
思っている事が多い。

抜けた時初めてそれが解るのが普通だ。

一番、それに気が付いてくれるのは、毎日会う家族だろう。

毎日、というのは、一番見落とすところでもあるけど、
一寸気をつけると、その違いがわかりやすい。

まず、自分というより、家族の毎日の顔をちゃんと見る事は
小さな事に思えるけど、大きな違いを生み出すと思う。

「力は入れるより抜くのが難しい。」

ちゃんと抜けてないと、ちゃんと力が入らない。

スポーツ選手が、試合の前に出来るだけリラックスしようと
するのもこのせいだ。

意識して抜く。

心の疲れも同じ。
自分では気が付かないうちに、小さな事が溜まっていって、
それが普通になる。
溜まったかも?とたとえ気が付いてもそれを抜くのは
結構、難しい。

意識して、えぃ!って訳にも行かない。(苦笑)

心や精神が疲れてくると、マイナス思考になりやすい。
どうでもいい、小さな事が気になって、大切な事を見落としやすい。

この小さな事と大切な事をちゃんとバランスが取れないっていう
アンバランスはとても危険!(真面目にそう・・・。)


この2日間、こんなに疲れてたのかって、抜けて初めて解った。
「疲れてるよ。」って旦那様に言われても、いつもの調子で
突っ走っていた私・・・。(苦笑)

いやいや、人(特に旦那様)の言う事は聞くもんだ!(笑)

テーマ : 不調 - ジャンル : 心と身体

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2006.05/12(Fri)

平等 

教師をやっていた頃、ちゃんと宿題をやって来た生徒と
そうでない生徒を、私は違うように扱った。

そうすると、やってない生徒が、
「先生、これって、差別じゃないですか?」

最近の子は全く・・・。(苦笑)

ちゃんとこうした事が主張できるのがいい事やら
どうやら、よくわからないが・・・。

「あのね・・・。
もし、貴方がちゃんと宿題をやってきて、
やって来なかった人と同じだって扱いを受けたら
どう思う?」



本当の意味での平等は難しい。

数式で言うと、「全体」÷「単位」=「平均」

ってやったら、「平等」がわかるのかな?

だけど、何を「全体」とするのか、
何を「単位」にするのか、
これで出た、「平均」はなんの意味があるのか。

なんて、考えると余計に解らなくなる。



男女平等とか言われて、教師の世界はある場面では
ちゃんと男女平等に働かされる。(当然!)

だけど、暗ーーーーーくて、広ーーーーい、
学校の中を戸締りしながら、「いやぁ~~、平等でなくても(苦笑)」


元々、男女は違うのだ。
「それを同じように扱われてもねぇ・・・。」
って、自分が不平等だと思った時だけ意識したりして。

だけど、体育祭やその他の力仕事は明らかに
男性の同僚に頼るしかない仕事もあって、
そんな時は、不平等だなんてあんまり思わなかったかも。(笑)
「有り難い。」とは思ったけど・・・。



本当の意味での平等なんて、それこそ難しすぎて解らない。
どの時点までで、考えたら良いのさえ、判断できないもの。

でも、心の中には「不平等だ!」って感情が起こるのも事実。

それも、「平等」な時より、「不平等だ。」って思う事の
方がずっと多い。

「平等」って観念ってどこに存在してるんだろう。


「平等、不平等は人間の作り出している関係の中にある事が多いね。」

「平等にしようとするのは、難しいよ。

それより、ちゃんと区別、差別する事を意識したほうがいいね。」

と、旦那様。

おっと、ますます難しくなったかも??(笑)

「区別」と「差別」の区別さえつかないかも・・・。(苦笑)

「区別」=AとBが違うと認識する事

「差別」=AとBを違うように扱う事


ね、難しいでしょ?

ただ、自分の周りに自分が気がついていないけど、
相手にとって「不平等だ。」って思わせてしまう事があるかも?

とか、

自分が「不平等だ。」って思っている事が本当に
「不平等」なのか、もう一度意識してみるといいかも知れない。

この問題は、まだまだ観察中・・・。
簡単に結論が出るものではない事もわかってまーーーす!

テーマ : 教師のお仕事 - ジャンル : 学校・教育

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2006.05/11(Thu)

何となく・・・ 

言いたい事っていうのもそうだけど、
その他の事での選択も気がつかない内に、
日常の生活の中でしょっちゅうやってる。

玄関を出て、駅までどの道を通って行くかとか、

なんて事から、

今日、昼ご飯に何を食べるかとか、

こんなどうでもいいような選択の中に色んな偶然と
思われる事が入っていたりする。

個人的には、私はそういう事を殆ど意識しないで
ルーティーンにしてしまう癖がある。
大体の人は、そうかも知れない。

「全部考えてたら、頭が持たない・・・。」と私。

「いや、もっと頭じゃなくて、感覚を磨かないと・・・。」と旦那様。


例えば何を食べるかって事一つにしても、
ちゃんと「体」と会話をすると、はっきり解る時もあるはずと
旦那様は言う。

「体の要求にちゃんと答えないと行けない時があるんだ。

勿論、何を食べたらいいかあんまり重要で無い時もあるけどね。」

そうやって少し意識すると、
体の要求に合ったものを食べたときは明らかに違う!

って、少しずつ解って来た・・・

一日、一日、体が必要としている栄養分は、その日の
行動や思考によって違うはずって考えると、
当たり前の事かも知れない。



旦那様は、駅までの道を突然変えたりする。

「何となくね・・。」

理由は自分でもわからない事が多いらしいが、
後でそれがわかる事が多い。

いつも通っていた道で何かが起こっていたりする。

「何となく嫌な感じがしたりするんだ。」

こんな小さな事をただの偶然?
いや、そうでもない?

って、なんとなく気がついている人は多いかも知れない。


それのずーーーーーーっと先に、旦那様の持っている
霊能者の感覚があるらしい。

「何かを感じるときはね、感じるのが先なんだ。

だから、何でって聞かれても答えにくい事が多かったりする。」


逆に、先が見えていて、「こうしたほうがいいんじゃない?」
って、アドバイスしている時もある。

それもはっきり、「こうだから、こうしなさい。」って理由を
先に言う時もあれば、そうでない時もある。

理由がわからない「なんとなく」って感覚・・・。

後で、その理由がわかる事の方が、
最初から理由がわかっている事より多い感じもするし、

「ちゃんと、理由があるじゃない!」って、
本人がわかってなくても、周りで見ていると解る事も多い。

自分の姿を外から見つめるのが難しいのと一緒かも?


「世の中に偶然はないんだよ。全部、必然。」

そのつながりが、一対一の時は見えやすい。
だけど、今やった1の事が10年後に帰ってきた時、
そのつながりを感じ取る事は難しく、「ただの偶然」に
思えるのかも知れない。

そうやって、色んなメッセージを拾っていくと、
人間の感覚ってなかなか馬鹿にしたものじゃない!
って、わかって来ると思うんだけど。

近くを見すぎると、遠くは見えない。

そんな当たり前の事を時々は思い出してみたいもの。(笑)

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2006.05/10(Wed)

言いたい事 

「~するか、しないか。」という二者択一のような
問題は、日常生活の中で意識しているより沢山ある。

「相手に言うか、言わないでおくか。」

二者択一にみえるこのちょっとした選択は、
小さな事のように見えて、後で大きな問題になる場合もある。


旦那様は、言いたい事を我慢して言わないという事は
あまりない。

「言いたい事は、ちゃんと言うよ。
問題は、いつ、どのタイミングでどう伝えるかって事。」

確かにね・・・。

言わないで我慢すると、一瞬、その時点では問題は
終わってしまったように思える。
けれど、言いたい事を言わなかったという事実を
自分自身は忘れていない。(苦笑)

そして、次に同じ様な事が起こった時に思うのだ。

「この前も、我慢したのに・・・。」


自分で、選んで、勝手に(笑)言わなかったのに、
変わらない相手に対しての気持ちがどんどん変化する。



心がある程度読める霊能者でも言葉にしないとわからないから、
普通の人はそれ以上、ちゃんと伝えないとねぇ。


ところが逆に、霊能者は、相手の心をある程度読んで、
「こう思っている。」って思い込んで、
自分の中で思考回路が終結してしまう傾向が多くて、

突然、「何で、今、これが必要なの?」と思ってしまうような
事を始めたりする。(爆笑!!!)

相手も自分と同じように心が読めると思っているから、
常に警戒しているらしく、自分の心にガードをしているから
余計にわかりにくい・・・。(笑える?ような笑えないような)

と、逆の事が起こったりすることも少なくない。



ところで、相手に自分の気持ちを「言わなかった」時、

「言いたい事を言わなかった。」
という選択を自分がしている事を意識している人は少ない。

やった事は意識しているけど、やらなかった事は意識して選んだ
事だとは思っていないのが普通だ。

だけど、言わなかった事で起こってくる問題がある。


その中の一つが、さっきの「この前も、我慢したのに・・・。」
という、言わなかった事から起こる心の葛藤。

そして、その責任は半分・・・(というか、言わなかった事だけを
とると全部かも?)自分にある事をすっかり忘れてしまうのだ。

で、結果、相手を責める事になる場合がある。


言いたい事は、言った方がいい。
相手に対する自分の気持ちが曲がらない内にね。
言ってだめなら、それは、それ。

後は、タイミングと言い方の問題。

って探っていくと、人が同じ事をどんなタイミングで
どんな言葉を使っているのか・・・って
私が、「語学」や「コミュニケーション」って深い!!!
だから、面白い!!!と思う理由の一つ。

ただ、答えは難しすぎて、簡単にはわからないけど。

少しだけ、意識してみるといい。
誰かに言いたい事がある時は、我慢するのではなくて、
どう言えば相手に気持ちよく伝わるか・・・。

それには、相手をよーーーっく観察するのも必要。

そうすると、また、新しい側面が見えたりして!

あーーー、人間観察は面白すぎて、やめられない。
(↑ちょっと、悪趣味?笑)

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2006.05/09(Tue)

「遠回りは近道」 

「遠回りは近道だよ。」
旦那様の口癖の一つ・・・。

例えば、習字を習いたいとする。

近くのお習字教室を見学する。
友達にお習字を教えてくれる人を聞く。
体験入学してみる。


色々方法はあるけど、
「三年取敢えず習うより、三年かけていい先生を探しなさい。」
って、旦那様は言う。

私も、小学校の頃から5年間、習字を習った。
何でもそうだけど、一番最初に習った先生の癖は、
私の字の中にもある。

そして、それは今も抜けないのだ。

癖をつけるのも大変。
だけど、それを抜くのはもっと大変だ。


プロや上級者になって悩む、一番大きな部分は
この「最初についた癖」を抜く事だったりする。

ある段階に来ると、今までつけた癖を一度抜かなくて
はならない事になる事が多い。
それをやらないと、次の段階にどうしても進めなかったり
するのだ。


すでに、自分の一部となって、それで体や頭を
作ってきたプロセスからすると、体の隅々にいきわたって
しまった癖は完全に抜くのは不可能に近い!

だから、せめて「心」だけでも、「意識する事で・・・」と
思ってみても、一番変わる事を拒否しているのは、その
「心」だったりするのだ。

だから、「先生」は考えているより、ずっと大切だと思う。

教わっているものは、先生が教える時に出す「声に出す言葉」
だけではない。

その存在、立ち振る舞い、周りの空気、全部を気がつかない内に
吸収しているものなのだ。

だから、ビデオで何かを学ぼうとしてもうまく行かない事が
多いのだろう。


人によって違うが、人が吸収する時は、
「目」=「形」
「耳」=「声やその心」
そして、皮膚感覚・・・

どれ一つ閉ざす事なく、受け入れる事が出来る師匠に会えれば、
最高だ!

そんな人を探すまでは、それが「遠回り」のように感じるくらい
時間がかかる事かも知れない。

けれど、「遠回りは近道」
探した時間を取り返すことなんて、探し続けていた師匠に会えば、
一瞬にして取り返せる。

選択ってとっても大事だ。
一つ選択したら、その後に降りてくる選択肢は取らない事に
繋がっているから・・・

テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術

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2006.05/08(Mon)

「悟り」と「恋愛」 

「彼氏が欲しい!」

「結婚したい!」

ブログやネット上で溢れるほど、こんな言葉が踊っている。

「彼氏が欲しい!」と思えば思う程、
なんだかその縁が遠ざかっている気がする。

気のせいかなぁ?・・・

「彼氏が欲しい!」と思う時、何を考えて欲しいと思うのか
にもよるだろう。

きっと、すごーーーく素敵な男性が突然現れて、
すごーーーく素敵にエスコートしてくれて、
すごーーーく楽しい時間を過ごせて・・・

頭の中で想像すればする程、現実と残念ながら
かけ離れていくような感じがするのだ。(苦笑)

頭の中で作り出すものは、基本的に自分勝手な妄想でしかない。
(↑厳しい!!!)

理想の彼であって、貴方に対して嫌なことは一切しない。
だって、何が嫌なのか、自分で自分の事はある程度わかっているから。

現実につきあう相手は人間・・・(当然)
そんなに万事うまく行くはずはない。

そんな事は実際、付き合ってみると、よーーく解る。(でしょ?)


これと、「悟り」を一緒にしたら、真剣に修行している人から
怒られそうだけど、敢えて書くなら、

「悟りたい!」と思って、修行をして
「悟る」のはとても難しい気がする。


悟ったり、素敵な彼氏が出来たりするのは、何かのプロセスの
後の結果だと思う。

「この道に入れば、悟りが得られる・・・。」なんて言うのは、
一寸違う気がする・・・。

彼氏が出来ても、一瞬「悟った」と思っても、死ぬまで人生は続く。
(当たり前!!)

いつも思うのは、小説や映画って「終わり」って終われるから
いいなって・・・(苦笑)

実際の人生は、それからも続くし、本当のハッピーエンドか
どうかその人が死ぬまでの人生見ないとわからない・・・

何を見て、一日一日を過ごすかって言う方が、
きっとそこに到達するのが早いかも知れない。

素敵な彼氏が欲しい!
ではなく、
素敵な彼氏に見合う自分になろう!とか。

悟りたい!
ではなく、
誰かを幸せにしてあげるにはどうすればいいのか?とか。

他にも考え方は沢山あるだろうけど、
見つめるものを間違えると、目的地に着かないって事もあるかも知れない。

と、今日は、一寸、ひねた見方をしてしまった。(苦笑)

私らしい?

私らしくない?

どちらも私だ。(笑)

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2006.05/07(Sun)

試験終了!!! 

やっと、卒業試験が終わったぁ!!!!

延々、5時間にわたる筆記試験。

おかげで真面目に腱鞘炎になりかけた所を
旦那様に治してもらった。

語彙の定義に始まり、第二外国語習得の理論の中で
歴史的に大きな影響を与えた3つの論理の概要を
述べ、その意義をそれぞれ書きなさい・・・
とか言う問題が、全部で8つ。

最後の一時間は、書きたい!と思っても、もう
手が動かない・・・
痛い・・・

ああ、久しぶりにこんなに沢山、字(正確にはアルファベット
というべきかしら)を書いた気がする。

暫く、休めないとまた痛み出しそうだ。

いやいや、PCが無かったら、今日のブログもお休み・・・
っていうところだった。


大笑いしたのは、試験が終わって参考文献について話をしていた時の事。

「~(有名な言語学者)によると、リーディングとはこういうもので、
こうやって読むためのスキルを使って、こう教えるって当たり前の
事しか書いてないのよね。こんな事わかってるわよって言いたくなる。」
と一人の人が言う。

「そう、そう。論文の最後は全部、これから研究の余地があるって
終わる事が決まってるしね。
それは、解ったから、一体どう教えればいいのよ!って言いたくなる
参考文献ばっかりだよね。」

と、一流の言語学者の論文に試験の疲れも手伝って文句を言う状態(笑)

いやいや、コロンブスの卵みたいな論文が多いのも確かだ。

私がそう思っているかどうかは、別にして、参考文献については、
全然思い出せなかった・・・と思いながら、よろよろしながら(苦笑)、
家に帰ると、

「う~ん、論理に浅さがあるけど、破綻は無いから大丈夫だと思うよ。」

と、旦那様の言葉・・・

あの・・・まだ「疲れたぁ。」ってしか、言ってないんですけど(笑)

どうして、私の論理の浅さがあるのを見抜くのだろう・・・(苦笑)
一番、痛いところを突かれてしまった。

論理の構成上必要なベースとなる、レファレンス(参考文献)を
思い出せずに、まあ、いいかって適当に書いたのがばれてる・・・(笑)


今日は、「どうして判ったの?」って訊く気力も、余力もないし、
「まあ、大丈夫だろう。」という言葉だけで満足だぁ。

暫く、英語は見たくも、書きたくもない気分。



でも、とりあえず終わった。

こういう日にちが決められている事って、それまでの道のりの
中に色んなものが詰まっていた事も再発見!!!

自分との闘いとか、自分の性格をもう一度見直させられたり、
「逃げたい!」って逃げの姿勢になる瞬間があったり、

もう、どうでもいいから今、ここでテストを受けさせて!って思ったり、

それでも試験以外の出来事は容赦なく起こるわけで、
バランスを取るのって難しいって思ったり・・・

そう、振り返ると、試験ができたか出来なかったかという事と
同じくらこのプロセスも面白かった。

「ストレスがかかった時の自分を再発見!」・・・って所だ(苦笑)

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EDIT  |  02:22 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2006.05/05(Fri)

テクノミーハーと牛肉 

旦那様はテクノミーハーだ。(笑)

自分でそう言っているから本物だろう・・・。

旦那様は、最近、携帯を新しくした。
ここ数日は、それでずーーーーーっと遊んで?いる。


大体、新しいものを買うとマニュアルを最初から
最後まで読んで、機能を全部使いこなす。

私なんか、「これだけ必要だから、それだけでいいわ。」
という人間から見ると、よくあんな細かいものを読むわと
思ってしまう。(苦笑)

どうすればいいかわからない時はマニュアルではなく、
旦那様に聞く。
私のマニュアル状態(笑)だ。


デジカメで撮った写真を編集するのも、
「え?まだやってたの?」と言うぐらい、何時間も
何時間もかけて、一枚づつやっているし。

よく集中が続くものだと感心する。

かと思うと、ネットを見ながらゲラゲラ笑っている。

この前は、「ゴーストハンター」という、お化け探知機付きの
ストラップを見て、「これ良いね。」って(苦笑)

「必要ないでしょーーー!!(笑)」と私。

「でも、これって理にかなってるんだよ。
霊現象は、これである程度はキャッチできるはず。」
と、真剣に語りだす。

とか言いながら、自分の身の回りにある電気製品が
壊れてしまう事も珍しい事ではない。

PCを壊すのなんて、結構当たり前。
電気屋の長期保障は必ず入っておいて、損はない。(笑)

「何だか、突然壊れるんだよね。」って、
自分で壊してるんじゃない?(笑)

壊すくせに、そういうモノが大好きなわけで、
やっぱり、「牛肉禁止令」は必要だ。

大好きだけど、ちゃんと使いこなせないと、
頭にくるらしい。

「牛肉を食べると、気が短くなるんだよ。」

旦那様がそうずっと言っていて、「まさかね。」と思ってたら、
この前、本当だって自分で証明してた。(笑)

明らかに、気が短くなっている。
あの後、下剤でも飲ませるべきだった・・・(笑)

「牛肉と機械いじるの、どっちかにした方がいいよね。」

私自身の為にも、周りの人の為にも、どっちにしたほうが良いかは、
はっきりしていると思う。(笑)

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2006.05/04(Thu)

論理 

大学院の卒業試験で頭の中には、今、何だかよく
解らないものがいっぱい詰まっている・・・

満杯だぁ・・・って事はもうこれ以上入らないって事?

それでは、困るので、圧縮して・・・ってファィル
みたいに出来ればいいのに。(笑)
後で解凍するのも大変そうだけど・・・

外国語を習得するセオリーも色んな変化を遂げてきた。
どのセオリーも出てきた時は一瞬、
全ての問題を解決してくれるヒーローみたいに感じるもの。


外国語の習得方法の初めは、英語が母国語の人がラテン語などの学問で
最も必要とされる言葉を勉強するやり方がモデルだった。

この名残が「訳読式」。

名残どころか、まだしっかりこのやり方は根強く残っている。(笑)

訳読式ではうまく行かない。
そこで、どうやって人は「言語を習得するのか。」を色んな学者が
分析を始める・・・

1950年代ぐらいまでは、単純に「習慣づけ」だとされていた。
そう、あのパブロフの犬のように、繰り返して練習する事で
言葉を習得できるというもの。

勿論、そんな単純なものではない事は、学校で苦労して
「外国語」を勉強した人なら知っている事。

そこで、チョムスキーという、言語学者の登場!となる。
彼は、「言語を習得する能力は人間が歩けるようになるのと
同じ様に、生まれた時から持って生まれてくるものだ。」

だって、事実上、殆ど全ての子どもが話せるようになるし、
聞いたことの無い文だって作れるのは、人間の中に
「公式」を作り出す部分があって、その公式に当てはめて、
無限の文を作り出すのさ!
言語=数式という捉え方だ。

これを彼は、ユニバーサルグラマーと呼んだ。


これで一気に解決!とは、行かないのは当たり前といえば
当たり前。

そしてこのユニバーサルグラマーに対する反論が始まる。
色んな論があるが、その中の一つ。
「もし、そんな人間の中に部分があるなら、それを特定しないと
その論は受け入れられません。」

笑えるような、笑えないような・・・
勿論、それを特定するための研究は、言語学を超えて、
大脳生理学の分野で解明されるのが待たれている。

その間に、次の学派が新しい見解を出す。
「言語は、人間の中にあるのではなく、すこしだけレベルの高い
人との言葉のやり取りの中から上達するものだ。」

子どもは言葉を習得する時、側に常に自分の使った言葉を
受け入れ、そして間違いを訂正してくれる存在が側にいる。
「親」だったり、「先生」だったり・・・

そのやり取りの中で、言葉を習得していくのだという。

実は、この三つの見解は、言語習得の一部分を説明している。

「習慣づけ」と主に関係している「単語」や「語彙」。

「ユニバーサルグラマー」は文字通り、「文法」という一つの
共通した形式。

この二つは、言語を「知識」として、「知っている」事。

そして、最後のセオリーは、そうして「知識」として
「知っている」ものを、どういう場面でどう使うのが
「適切」なのかを「経験」して「習得」するのに必要。

それでも、言語習得の全部をこの3つのセオリーだけで
説明してはいない。

分析する対象が複雑で、トンでもなく広範囲に及ぶ時、
その一部を見て、それが全てであるように一瞬感じる事は
よくある事。

そのセオリー全部が間違っているのではなく、
そのセオリー全部が一つのものを違う視点から部分的に
見ているだけなのだ。

これって、言語習得に限った見方ではない。

今、現在「よくわからない」とされている事を分析、理解
していくのに、人間がやる共通のプロセス。


どの論文の最後も「私は、こう思う。しかし、この部分については
さらなる研究が待たれる。」と閉じてある。

まるで、曼荼羅の一つ一つを一度ちゃんと見つめる作業を
している感じがする。

「論理は入り口でしかない。」

その論理を整理するのにやっとの私。(苦笑)

論理の先がある事を忘れては、
「いけない、いけない。」と、軌道修正。

二次元の世界も結構はまると危険なものだ。(笑)

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EDIT  |  03:13 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2006.05/03(Wed)

「前世」 

旦那様のHPの掲示板を見て、爆笑した。
おかしくて笑ったというより、あまりにも腑に落ちた。

「僕は、前世でだらにすけや百草丸を作っていたかも。」
という一文。

いやいや、あまりにもぴったりなのだ。

この前も妹のアトピーの相談をこの方にした時、
それはそれは丁寧にアドバイスを頂いた。

彼がこの前世の記憶を思い出したのは、その後の話らしいが、
あまりにもその姿が彼と一致するのだ。


「魂はリサイクルされる。」って以前書いた覚えがある。

自分の前世と言っても、人によって違うが、
何度も何度も生まれ変わる。

魂の傾向というものがあるせいなのか、
現世でやっている事が前世の記憶を呼びやすいのか、
結構、こうやって前世と似た職業を選んでいる人は少なくない。


以前、私のブームがあった。

旦那様の前世を引き出す事。

勿論、旦那様も数回生まれ変わっていて、結構きれいに覚えている
前世と今はまだよく思い出せない前世があると言っていた。

それでも、質問をすると前世でやった事がある事と
ない事の返事があまりにもはっきりしていて面白くて、
それにはまっていた時期があった。

一番、鮮明に思い出せるのは、ムー大陸の時代らしい。

そして、今と同じような職業をやっていたらしい。

職場(笑)は、環太平洋。

「え?どうやって移動してたの?その時代、飛行機ってないでしょ?」

「いや、それに似たものがあったはずだよ。
空を飛んでた覚えがある。」と言った具合。(笑)

ずっと昔より、今の方が科学が発達していると思い込んでいる
常識を覆す発言!!!!!(笑)


「それに、今よりもっと空気が濃かったね。
それに人間の感覚がもっと鋭かったから、テレパシーを
使える人間はもっと沢山いたよ。」

「え?じゃあ、霊能者だらけじゃない?」

「そうだね、でも、やっぱりその能力には色々レベルがあった。
仕事に出来るかどうかぐらいの違いはあったね。」

もっと、そういう能力が政治に入り込んでいた時代があったらしい。


一瞬、意外な気もするが、ここ数百年の歴史を振り返っても、
こうした宗教や、霊能者が持っているような能力が政治の表舞台から
消えたのは、(実は、そうでもないらしいが)ここ数十年の事。

そう考えると、むしろ現代の方が、歴史の中では例外に入るのかも
知れない。


何度も生まれ変わっても、似た職業に就くのか・・・

人間の一生って、何かを徹底的に追求するには短すぎるのか・・・

それとも、そうやって生きて、「悟り」を得るのはとても
とても難しいのか。

きっと、その両方だろう。

暫く、忘れていたマイブーム。
そろそろ、また再開してみようっと・・・

「ねぇ、ねぇ、恐竜って会った事ある?」とか、

質問を考えなきゃ・・・(笑)

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EDIT  |  02:18 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2006.05/03(Wed)

職業 

旦那様のHPの掲示板を見て、爆笑した。
おかしくて笑ったというより、あまりにも腑に落ちた。

「僕は、前世でだらにすけや百草丸を作っていたかも。」
という一文。

いやいや、あまりにもぴったりなのだ。

この前も妹のアトピーの相談をこの方にした時、
それはそれは丁寧にアドバイスを頂いた。

彼がこの前世の記憶を思い出したのは、その後の話らしいが、
あまりにもその姿が彼と一致するのだ。


「魂はリサイクルされる。」って以前書いた覚えがある。

自分の前世と言っても、人によって違うが、
何度も何度も生まれ変わる。

魂の傾向というものがあるせいなのか、
現世でやっている事が前世の記憶を呼びやすいのか、
結構、こうやって前世と似た職業を選んでいる人は少なくない。


以前、私のブームがあった。

旦那様の前世を引き出す事。

勿論、旦那様も数回生まれ変わっていて、結構きれいに覚えている
前世と今はまだよく思い出せない前世があると言っていた。

それでも、質問をすると前世でやった事がある事と
ない事の返事があまりにもはっきりしていて面白くて、
それにはまっていた時期があった。

一番、鮮明に思い出せるのは、ムー大陸の時代らしい。

そして、今と同じような職業をやっていたらしい。

職場(笑)は、環太平洋。

「え?どうやって移動してたの?その時代、飛行機ってないでしょ?」

「いや、それに似たものがあったはずだよ。
空を飛んでた覚えがある。」と言った具合。(笑)

ずっと昔より、今の方が科学が発達していると思い込んでいる
常識を覆す発言!!!!!(笑)


「それに、今よりもっと空気が濃かったね。
それに人間の感覚がもっと鋭かったから、テレパシーを
使える人間はもっと沢山いたよ。」

「え?じゃあ、霊能者だらけじゃない?」

「そうだね、でも、やっぱりその能力には色々レベルがあった。
仕事に出来るかどうかぐらいの違いはあったね。」

もっと、そういう能力が政治に入り込んでいた時代があったらしい。


一瞬、意外な気もするが、ここ数百年の歴史を振り返っても、
こうした宗教や、霊能者が持っているような能力が政治の表舞台から
消えたのは、(実は、そうでもないらしいが)ここ数十年の事。

そう考えると、むしろ現代の方が、歴史の中では例外に入るのかも
知れない。


何度も生まれ変わっても、似た職業に就くのか・・・

人間の一生って、何かを徹底的に追求するには短すぎるのか・・・

それとも、そうやって生きて、「悟り」を得るのはとても
とても難しいのか。

きっと、その両方だろう。

暫く、忘れていたマイブーム。
そろそろ、また再開してみようっと・・・

「ねぇ、ねぇ、恐竜って会った事ある?」とか、

質問を考えなきゃ・・・(笑)

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EDIT  |  02:07 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2006.05/02(Tue)

頭の中 

大学院の卒業試験と云っても、自分で今までやった事を
思い出せばいいだけなんだけど、すっかり忘れてしまっている(苦笑)


「頭の中にもう入っているよ。」と、旦那様。


そう言われれば、忘れてしまっているのか、
頭のどこかにあるけど、思い出せないのか、
どっちか解らない事ってある。


今日、郵便局に行って、妹の電話番号を思い出せなかった(涙)

「ねえ、私の頭の中にある?」

「いや、ないね。」と、旦那様。

家に戻って確認するしかない・・・・(笑)



「これって、どこかで見たことがある風景だ・・・。」

そんな思いをした事がある人もいるだろう。

旦那様のブログにもそんな経験が書き込んであった。


本当に見たことがあって思い出しているのか。
似たような風景を見た事があるだけなのか・・・。
それとももっと別のもの????

人によっては、魂の記憶までさかのぼれる人も居るのだ。
すごい記憶力!!!!(笑)


けれども、普通はその区別がつかない。
そんな時は旦那様に聞いてみる。
思い出した時の気持ちや場所を聞いて、
それが、何なのかがわかるらしい。



学問の世界でもこうした「記憶」のメカニズムは
一生懸命に解明しようと、学者が躍起になっている。

語学の世界でもそれは例外ではない。
応用言語学では、そんな所まで突っ込むから、授業では、
「何勉強してるのか、わかんない!」って、言ってた人が
沢山いた。(苦笑)

私にとっては、その解らないって所が面白かった。


記憶をうまくコントロールできれば、外国語なんて
きっとすぐにマスターできるようになるはずって発想。(当然!)

だけど、そんなに人間の頭の中はそんなに単純ではない。
今、解っているのは、短期と長期の記憶の場所が違っている事ぐらいだ。

どうすれば、語学をマスターできるかを突き詰めていくと、
どんどん言及する分野が広がって、

「じゃあ、動物はどうやって会話してるの?」

「人間の言語の一番最初は???」

「耳から入った言葉は、脳のどこを通っているの?」

「人間と同じように言葉を話せる楽器が作れるか?」とか、

あはは、収集がつかない・・・

というか、結局、人間全体を見つめる事になってくる。



って、試験ではここまで考えると答えられなくなる。(笑)


だから、旦那様の言うように。「頭のどこかにある」のに
全然解っていない気がするのかな???


「聞かれている問題と会話しなさい。」
これも、旦那様から何度も言われているアドバイス。

試験も会話も、相手の言っている事をちゃんと受け止めて、
返事しないとね。

という訳で、もう一度、作戦を練り直そう(笑)

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EDIT  |  02:51 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2006.05/01(Mon)

逃げた~~い。 

大学院の卒業試験が近づいているのに、
なかなか勉強が進まない。(苦笑)

こんな時に限って、掃除しなくていいのに掃除してみたり、
他の事が急に気になったりして・・・(笑)

心のどこかで「やらなきゃ。」と思い、それと同時に
「う~ん、出来ればやりたくない。」という矛盾した気持ち。

それをごまかそうと、全く違うものに視点を持っていって
しまうという事はよくある事。

人は何かをやらなくてはならないと解っていながら、
やりたくない時、見事に(笑)この「すり抜け」をやってしまう。

一見、その理由があまりに通っているように見えるから、
自分でも逃げている事に気がつかない。

けれど、人が逃げているのはよく見える(苦笑)

本当は、向き合わなければならないのは、自分の中なのに
それを責任転嫁する癖が一旦ついてしまうと、
それから抜けられなくなってしまうのだ。



ある問題を解決するのに、「こうしたら?」というアドバイスを
旦那様がする。


「~があるから、それはできません。」
「~だから、それは難しいです。」

一瞬にして、やらなくてもいいような良い訳や理由を探すのだ。

そして、それは自分ではとても理屈が通っている(笑)

勿論、その中には本当に出来ない様な理由もある。
その場合はアドバイスそのものが現実味がなかったという事で
旦那様は次の提案をする。


本気で問題を解決する気がない人は、残念ながら、
同じ答えを繰り返す事が多い。

「結局、解決したいのか、したくないのかどっちなんだ!」
と思いたくなる時もあるよと、旦那様・・・

だろうなぁ・・・

だから、一度の面接が5時間とかそれ以上かかる
事だってあんまり珍しくない。



アドバイスでも何でも、結局は自分が選んで自分がやらなくては
いけないものだ。
何かをやろうとする時に全く障害がないなんて事は、
殆どないと言っていいだろう。

それに、本人に意思がなければ、ロボットと同じ。


言われた事をやる「選択」も選んだ自分の意思だけど、

それをやらないと「選択」した意思も自分の意思って気づいている人って
意外と少ないかもね・・・

って、今日も又、試験勉強をしない選択肢をとった自分を
振り返りつつ、「まあ、いいか。」

こういうお気楽さも大切だと自分で納得してみる。
(う、無理がある・・・苦笑)

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