2006.07/31(Mon)

人に理解してもらう為に 

自分の事を人を理解してもらう事って難しそう。

「こう思われたい自分」と「実際思われている自分」の姿が
微妙に違っているって事は日常茶飯事。

それでも人は結構うまくごまかしながら日々を過ごしている。

けれども時にはそれが大きく違ってしまって、
勝手に(笑?)ショックを受けたり、落ち込んだりっていう
経験は誰でも少なからずあるかもね。


旦那様の掲示板に書き込む文を見て、
実際に会ってその人達と話すのと、又違った印象を受ける事も
あったりする。

「会って話をする」事で伝わる事と
「自分の文章」で伝わる事は同じ人間から出た「言葉」なのに
不思議だ・・・。

実際に会って話をする時は、自分が伝えたい事、言いたい事が
その瞬間に他の人の感覚と「化学反応」を起こして、
新しい何かが生まれている感じ。


書いたものは、もっとその反応がゆっくり・・・。
そして不思議と出来上がったコミュニケーションも
相手の心の中のものが、ゆっくり入ってくる感じ。


霊能者って相手の心を読めるからって、『会って話をするのが得意』
って思うのは、ちょっと違うかも知れないなぁ・・・って思う。
結構、「相手から伝わってくるもの」がダイレクトすぎて、
「自分の考え」とごちゃごちゃになり易かったりして(苦笑)

それに必要以上に相手の感情に振りまわされるって経験・・・
私も数え切れないぐらいあるなぁ・・・(笑)

私の場合は「教える」って立場を長年経験して、相手の状態を
「読む」事で教えるタイミングや内容を変化させる癖から来ている
部分も大きい。


人とうまく付き合うには、(別に特別うまくなくてもいいとは思いつつ・
苦笑)やっぱりある程度、自分を相手に理解してもらう必要があるって事。

それにはちゃんと自己表現しなきゃね。
相手が霊能者だたとしても、黙ってては伝わる部分はすこぶる少ない。

霊能者が相手から受け取る情報は、霊脳者自身がある意味勝手に(笑)
受け取っている部分。
それも貴方の全部ではないし、貴方が「私はこうよ」と主張したい部分
とは違っている事の方が多いかも知れないのだ。

相手が、霊能者でなければ、なおの事。

さて、どうやって自己表現すればいいのか。

そこがまたまた、難しいところでもある(苦笑)

それについては又明日書く事にするけど、
「黙っていたら、誤解されないで安心!」って・・・

それこそ、「誤解です」って書いておこう(笑)
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2006.07/30(Sun)

言い訳 

旦那様のアドバイスには賞味期限がある。

相談を受けた時点で、それに関係する事をできるだけ
沢山、計算に入れて、アドバイスをしているから。

一つでも事情が変わると、極端な話、全く逆のアドバイスに
なる事だってありえるのだ。

右に行くか左に行くかっていう相談。

右に行っても、左に行ってもいい事もあり、そうでない事もある。

「こっちにしてみたら?」と言う時、その時点で、本人にとって
よりいいと思うアドバイス。

「時間」との勝負っていう時もあれば、
「心構え」を変えるっていう時もあれば、
「今は待った方がいい」って時もある。

大体、物事はそんなに単純ではない。
色んな事が絡み合って、目の前でいろんな事が起こるのだ。

そして、その原因の一端はいつも自分にある。
だってその人生を生きているのは「自分」。

旦那様がいつも言うのは、
「変わらない人は、いつも言い訳を探してる」って事。

知らない内にそんな習慣が付いてしまった人が変わるのは
とても難しいのだろう。

人間の心も体も「変化」にはそんなに元々強くない。
だから、自然と「変化」しなくていいような、言い訳を探す癖が
付いている人って意外と多いもの。

同じ時間を過ごすのに、前に進むためにその時間を使うのか、
それとも言い訳を探すのに使うのか・・・

その差はやがてはっきりと出てくる。

勿論、前に進んでも、ちゃんと次の課題は出てくるから、
前にあわてて進めばいいってばかりはいえないけどね。

変化するのを怖がるもう一つのパターンは
問題が起こったら、その時は大騒ぎするけど、
通り過ぎるとそのことを忘れてしまおうとする人。

通り過ぎるのを待つ癖が付いてしまっているって人もいる。

ああ、なんだか、今日は愚痴モードだわ(苦笑)

自分の事なら、言われたら今すぐやるのに、
人の事となると見守るしかない。

これって、自分がやるより辛い修行だわ・・・

って、教師時代に嫌と云うほど味わってきたのに、今も相変わらず
同じ事を感じている。

ひょっとして、「変化」していないのは私????(笑)

人が変わるにはその人のタイミングを待つしかないとわかっていても
真剣に考えると、「今なのに!」と思ってしまう私(苦笑)

「待つしかない」とこの文を書きながら思い出した。

少しは進歩しているのかな???(笑)

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2006.07/29(Sat)

楽しむ 

「英語が話せるようになるには何が一番大切ですか?」

今までも、これからも英語を教えている限り聞かれるだろう質問(苦笑)

一番答えにくくて、それでいて一言で言える。

「楽しむ事」


英語に限った事ではない。
色んな新しい事に挑戦しようとする時、「楽しむ」って
いつもキーワードだと思う。

けれども結構「楽しむ」って大変(苦笑)

数日前のブログじゃないけど、物事に心が動かなくなると、
全てが楽しくなくなる。
固まってしまった心で何かを楽しもうとしても難しい。
今まで楽しいと思っていたことさえ、つまらなく思えたりする。

じゃあ、って「楽しい事」を探して、どこかに出かけたとする。
それでも「楽しい事」ってそんなに簡単には見つからない。

友達や知り合いから、「楽しいわよ」ってすすめられて
何かを始めても、人が楽しいと思う事と自分が楽しむ事は別。

そのうち「楽しそうな人」がうらやましく思えてくる。
友達と出かけて、楽しそうに遊んでいるのを見て、
自分はどうしてそんな友達がいないんだろう・・・とかね(笑)


人生を変えるための本って沢山世の中に溢れている。
この数日で3冊読んだけど、どれも「心を動かす運動」の仕方が
書いてあったような気がする。

一冊の本は、いつもある一定の方向にしか動かなくなってしまった心。
人の欠点ばかり気になって仕方がない心を矯正するやり方。

もう一冊は、自分の前に起こっているトラブルには必ず
理由がある。それは貴方の心の中にありますよって話。

もう一冊は、「思い込み」で人生を変えよう!って本。

どれもある意味ためになる。
そしてどれも一冊に書いてある事で全てがうまく行くとは限らない。

「楽しむ」ための心の運動。
体の運動と同じで、結構無理やりやらないといけない時ってある。

本でも映画でも友達との話でも何でもいい。

「ちっとも楽しい事がない」って言いながら何も探そうとしないのは、

お腹いっぱい色んなものを食べて、
「どれもあんまりおいしくないわ」って言っているのにちょっと似ている気がする。

体も心も何かを吸収させて楽しむには、結構無理やりにでも
「動かす」って意識が必要かもと思う。

そういえば最近、旦那様と見た映画。
「スピリット」「パイレーツ・オブ・カリビアン」
どちらも私の心の運動になった!!!

疲れた、疲れたって何もしない時間も必要だけど、
時には無理やり「心を動かしてみる」って、どうでしょう?

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2006.07/28(Fri)

家風 

旦那様が「~家の供養」をする時にいつも思う。

「いやぁ~、家風ってあるな~」

その家が代々作ってきた「家風」ってなかなかなもの。
一朝一夕には変わらないもの。

同時に・・・
誰でも自分が育った家の「家風」は知らない内に自分の一部に
なっていて、それが当たり前だと思い込んでいる事は結構多い。

女性の場合、結婚したりして、違う家風に触れるって事が
多いと思うし、男性でも結婚して奥さんから違うやり方があるって
気づかされるって事も多いだろう。

いつか書いたが、どちらが正しいという問題ではない。
ちゃんと話し合って、「自分達のやり方」を決めればいいだけの
話だと思う。

「そこを後回しにするとね・・・結構、大きな問題になるんだよ」
と、旦那様。


あまりうまく行っていない夫婦を見ていると、実は最初の
「お互いが当たり前」と思い込んでいる事を小さな事だと
ないがしろにしてきたという結果・・・って事が少なくない。

「小さな事、これくらいの事ほど大切なんだ」という旦那様の
口癖が「なるほど」と思える時でもある。
当たり前と思っている事ほど、人は修正しにくいもの。
自分を修正する事より、相手を修正する事に躍起になったりして(苦笑)


結婚と言うのは思ったよりそういう意味で大変な作業。
でも、1+1が2以上になるチャンスでもある。

幾ら結婚するだけ近い価値観を持っていたとしても
(結婚してみたら、えらく違っていたとかいう事もあるだろうけど)
やっぱり、違う家で育ってきたわけで・・・



供養をやると、先祖の家風を知る出来る。
どんな人がどんな思いでその家風を継いで来たのか・・・
って考えると、う~ん、感慨深い!

父方の供養をやった時には、先祖からのメッセージがあった事を
思い出した。

「もっと、ダイナミックに!」

先祖が「ダイナミック」って言葉を使ったはずもないけど(爆笑)

具体的なメッセージがある時はこうして言葉になったりするのだが、
それにしても折角のメッセージをうっかり忘れてしまうところだった。

自分の育った家の家風を思い出し、結婚した相手の家風を知って、
少しづつ「新しい家風」を作り出す・・・

なが~~い時間をかけてね。

これって大変だけど、やりがいありそう(笑)

人それぞれ、自分にしか出来ない事だもの。

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2006.07/27(Thu)

修行は続く 

用事があって新宿に出かけた。

順調に(笑)今日も「被り」続ける事数え切れない(爆笑)

「被ったみたい・・・」って旦那様に簡単に祓ってもらって、
暫くしたら、また被ってる(苦笑)

これじゃあ、祓うほうも嫌になるよね・・・。
「さっき祓ったじゃない」って言われる前に自分でやってみる。

う~~ん、まだまだだ(笑)

被って祓う一番効果のある方法は、その被りや自分の状態によって違う。

塩をふる
塩をなめる
塩を入れたお茶を飲む
梅干など刺激の強いものを口にする

などなど、その時にやってみないとどれが効果があるかわからない(笑)

今のところ塗香の匂いをかぐというのは、私にとってはかなり効果がある。

町の真ん中でお茶をすするわけにもいかないしね(笑)


それに旦那様によると、最後は「気合」だそうで(苦笑)
どこかで聞いたようなせりふだなぁ。
「気合だ!気合だ!」みたいなね(笑)



今日、被りやすく、どうも気分がいまいちだったのには、
もう一つ理由がある。

それは、ちょうどこのブログを始めた一年前やっと成仏した祖母の
命日だったから・・・。
(詳しくは、昨年9月辺りのブログをごらんあれ!)

多分、どこかで気になっていたのだろう。

帰ってきてから、早速、旦那様に「特別供養」をしてもらった。
身近な人や家の為だけにお経を読んでもらうのだ。

毎朝、「おはよう」って挨拶をしたり、「どうしてるのかな」って
思ったりすることはあるけど、こうしてきちんと供養をしてもらうのは
一年ぶり・・・

お経を聞いている間、言葉は何にも聞こえなかったけど、
兎に角、気持ちよかったぁ・・・。

お経を聞いて気持ちいいって感覚を不思議に思う人も居るかも知れない。
今では、お経って人が亡くなった時に読むものだって思っている人も多いだろう。

けれど、先祖を癒す時、自分の中の遺伝子も癒されるわけで、
そう思えば、当然、私も癒される事になる。

久しぶりに姿を現した祖母は、修行が進んでいるらしい。

そうそう、「人は亡くなっても修行」のだ。
この世の修行とは多少種類が違うらしいけど。

自分で声が聞けなかったのかと思って、旦那様に
「ねえ、おばあちゃん、何か言ってた?」って聞いた。

「いいや、ただニコニコしてたよ。
ちゃんと修行がすすんでるんだね。それも結構すすんでる」

うぅ・・・
「私も頑張っているんだから、貴方も頑張れ!」とか言ってもらった方が・・・。

無言の方がプレッシャーになると言う事までご存知で(笑)

さすが、先祖だけあってお見通しらしい・・・。

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2006.07/26(Wed)

「被り」と「恐怖」 

「被る」って特別の響きに聞こえるかも知れないけど、
実際は「被らない」で人が生きていくことは出来ない。

「被る」って簡単に言うと「人や周りの環境から影響を受ける」って事。

勿論、人によってその影響の受け方の程度が違うし、
その自覚の度合いも様々・・・。
空気を吸って生きている以上、程度は色々でも、何らかの影響を
周りから受けないで生きてはいけない。

食べ物のアレルギーに似ているな・・・と思う。

人は食べないでは生きていけない。
どんな食べ物にもアレルギーを起こす元が入っているかも
知れないし、入っていて食べても、それが症状となって
出てくる時もあれば、そうでない時もある。

症状となって、出てきていても「気のせいだ」という程度の
ものもあれば、アトピーのようにはっきり目に見える形として
現れる時もある。

拒絶反応の酷い人はアレルギーのあるものを見ただけで、
似たような症状が体にでてしまう事だってあるらしい。

アレルギーは食べ物やあるものに対する、時に過敏な拒絶反応。
「被り」は空気や目に見えないものに対する、敏感な拒絶反応。

「空気」に敏感になって「被り」続けると、
段々「恐怖感」が強くなったりする。


私の苦手な場所が数箇所ある。

旦那様がそこに行こうよ・・・って言うと、初めの頃は、
「え~、被るから嫌だな・・・」って思ってた(苦笑)
(って、今でも思っている場所はあるのが・笑)

「被らない場所はないよ・・・
敏感になればそれだけ被るものさ・・・」

被り続けて生きてきた旦那様は平気な顔をして、そんな事を言う(笑)


「どこに行っても被るんだ。
だったら、後で祓えばいいだけ・・・」


被ることは確かに辛い。
だけど、それを「恐怖」に感じていたら、どんどん辛くなるだけ・・・

「そうやって、どこにも出かけられなくなった人もいるよ」


食べ物のアレルギーと違う所は、「被る」事でわかる事を活かせるって
事だと思う。

「人の気持ちが体験してわかるって有り難いこと」って旦那様の
言葉を思い出してみる。

「被る」人は確かに体調を崩しやすかったり、バランスを取りにくかったり
するけど、同時に人の心や色んなものを感じる事が出来るのだ!

「被ることを恐れるより、自分が強くなる事」

被ることが怖いと思っている、「私」と同じ気持ちの人に
この言葉を贈ります・・・!!!

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2006.07/25(Tue)

伝える 

自分が習った事やできる事を、他の人に教えたり伝えたり
するのは、思ったより難しい。

教える機会がある度にそう思う。

ちゃんと学んだつもりでも、いざ教えるとなると、
自分でちゃんと理解していなかった事とか
あやふやだったところとか、逆に思ったより、
自分でわかってた!っていう事もあったりして・・・(笑)


「学ぶ」という段階が過ぎると、不思議と色んな形で
「教える」とか「伝える」とかいう立場が訪れる。

まるで誰かから「本当に、わかったの?」ってテスト
されている気分だ。

本当の意味で理解していない事は、書いてある事を
なぞるだけになったりして・・・。

教えてもらう側には不思議とそれが伝わるものだ。

「教えても」「伝えても」
究極は、相手のある事・・・。

自分で教えたいと思っても、伝えたいと思っても、
最後は、教えられる、伝えられる側がそれを受け入れるかどうか
決めてるんだねぇ・・・と旦那様と話す。

だから、教科書のような形だけでも意気込んでも
なかなか本当の意味では沢山のことは伝わらない。

だって、殆どの人が学校に行って色んな事を教えられ、
それを全部ちゃんと「受け入れて」いれば、
もう少し、世の中進んでいてもよさそうなもの(苦笑)

けれど、相変わらず、世界のあちこちでは何千年も前と
同じ様に戦争があったり、いざこざがあったり。
「歴史に学べ!」とは言うものの、実際の人が生きる
場面になったら、「学んだ事」など吹っ飛んでしまうものなのかな。
結局、「歴史は繰り返される」って事になる。

そういいつつ、私だって、教えられた事をすぐに出来るように
なるわけもないし・・・
伝えらたものは無意識に自分の中にあって、ちゃんと一度整理しないと
ちゃんと次には伝えるように表現できなかったりして・・・(苦笑)


ちゃんと教えるためには何が必要なのか。
ちゃんと伝えるためには何が必要なのか。

教師時代も今も含めて、考えてはみるもののクリアーに
答えは出てこない。



「教えたいもの、伝えたいものを楽しんでいる自分の姿を見せるしかないね」
という旦那様の言葉通りだと思う。

私なら、「英語を学ぶ事自体の楽しさ!」を自分が忘れると
伝わるものも伝わらなくなるのだろうなと思う。

違う文化や言葉に触れる事で見えてくる世界がある。

例えば、同じ「りんご」を見ても、
日本人はいくつ「りんご」があるかをあまり意識せず、
英語ではいくつ「りんご」があるかを意識ししている。
an (the) apple なのか、applesか、決めなきゃいけないわけで・・・

文法って考えると小難しいけど、同じものを見て、その見方が違う
って考えると、ものの見方って色々あるものだって、こんな単純な
事で楽しくなってしまう私(笑)

自分ではすこぶる普通の人だと思っていたし、今も頑固に
思っているけど、旦那様に言わせると、
「どこが普通だぁ!」って事に。

うぅ・・・旦那様に言われるとは・・・(苦笑)

ふ・不覚だぁ・・・(笑)

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2006.07/23(Sun)

心の運動 

健康のために「体」を動かさなくては!って云うのは
結構沢山の人が知っている。

実際やるか、どうかは別にして(笑)

だけど、「心」も動かさないと「体」と同じ様に堅くなる。

最近「心」が動かなくなってしまっている人が多い気がするなぁ・・・。

心にも運動が必要。

だから、恋愛も苦労する事も悲しい事も「心」を動かす元となる。


毎日、毎日同じ事を繰り返していると「心」は段々動かなくなる。
「体」の動きと同じだ。

「体」を動かしていても、それが習慣になってしまうと、
そこに「心」をこめなくても何となくやり過ごせてしまうもの・・・。

だけど、その積み重ねの先に待っているのは、「固まってしまった心」
だったりするのだ。

何を見ても感動できない。
毎日がつまらない。

そんなストレスを抱えたまま、どんどん「心」は動きを失ってしまうのだ。


元々、体と同じ様に「心」には癖がある。
人の個性とも通じているけれども、何かストレスを感じた時、

「頭がとまってしまう」
「やる気がなくなる」
「内にこもる」
「自分以外の所に責任をみつけようとする」
等等・・・

色んなパターンがある。
でも、「心」が固まってしまった人は必ずといっていいほど、
同じ「心」の動きをするものだ。

私は心理学を専門で学んだ訳ではないので、論理的には説明できないが、
旦那様のところに相談に来る人達を観ていて、いつも「癖」って
なかなか簡単に抜けないなぁと実感する。

その事に自分で悩んでいながら、そこから抜けられない。
無意識についた「癖」の特徴だ。

例えば、髪を触る癖のある人。
それが何かの心理的なものがあるにしろ、ないにしろ、
「触るのをやめなさい!」って云われても、
髪を切ってなくしてしまっても、暫くは頭に手を持っていってしまうだろう(笑)

掻き揚げる髪がなくてもね(笑)

そうした無意識に付いた「癖」を治すには、的確なアドバイスと
それにちゃんと向き合う自分の姿勢が欠かせない。

誰か人が治してくれるものではない。

昔のことわざ「水は自分でしか飲めない」のと何の変わりもない。

「癖」を指摘された人がとる反応も様々だ。

「え?私はいびきなんかかきません」って言ってしまうのと
同じ反応(苦笑)
自己防衛反応だとは思うけど、指摘された言葉を素直に聞く事が
出来ないと、「自分の姿」は見えてこない。

「心」も運動が必要!
それも「柔軟に」「変な癖がないように」・・・

って、きっと変な癖が付いてしまって「心が動かない人」は
私のブログを含めて、色んな人の意見や気持ちも聞けなくなって
しまってないかなぁ・・・って心配してみたりする(笑)

テーマ : 逃げたい心、前へ踏み出す勇気。 - ジャンル : 心と身体

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2006.07/22(Sat)

体と心の疲れ 

体の疲れは比較的、自覚しやすいものだ。


今日はこれだけ長い間働いたから。
こんなに重いものを持ったから。
これだけ運動すれば・・・当然「体」は疲れる。


でも、そんなはっきりした理由がない時だって疲れる。

「何にもしてないのに疲れたぁ」と私。

旦那様は決まって、
「疲れる時は疲れるの!ちゃんと休みなさい」

無理して動いていると、その内、限界がくる(笑)

「休む時はちゃんと休んで・・・」って言葉を振り切って、
又やってしまった!!(笑)という感じだ・・・。


ところで・・・「休む」は「眠る」とは同じではない。

眠ってとれる疲れとそうでない疲れとがあるのは、
多くの人が実感している事だろう。

旦那様のいう「休む」は、一度今の自分の体の緊張をとりなさい!
って事だって、最近ようやくわかってきた(遅すぎ・笑)

疲れたら寝るって習慣が付いている人は多いと思うが、
寝てとれない疲れは、いくら寝てもとれない。
眠っても緊張してしまった体がリラックスできないせいだ。

じゃあ、どうしたらいいのよ!って言いたくなるでしょ?


そう云う時は、逆に自分の体を限界まで疲れさせる「手」がある(笑)

「仕事が終わってもそのまま寝てはだめ」

「疲れが取れない時は逆に体をいじめなさい」と、旦那様。

極限まで疲れれれば、「眠れない」って事は考えにくいしね(笑)


勿論、体の疲れが「心」から来ている時もある。

心のバランスが崩れると体のバランスも崩れる。
体のバランスが崩れると、やがて「心」に影響してくる。

当たり前の事だが、意識しているよりずっとこの2つの関係は深い。


「心」の疲れから来るものは、体の疲れより厄介だ。

目に見えないだけに、医者に行っても原因がわからないといわれたりして。

診療内科という分野もあるにはあるが、
症状が心から来ているとわかったところでそれに対する「特効薬」はない。

痛みを止める薬はあっても、「精神的なつらさ」を一瞬にしてとる
薬は聞いたことはないなぁ・・・。

「癒し」って言葉がこれだけ蔓延しているってことは、
きっとその薬を探している人達が沢山いるってことだろう。

「人は人でしか癒されないんだ」と旦那様。

心の疲れは、人でしか治せないんだろうな・・・。

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2006.07/21(Fri)

オリジナル 

オリジナルって最初から持つのは、難しいし、それにこだわる必要もない気がする。

新しく先生になった人の研究授業に行くと、
「へぇ~、多分、学生時代にこんな授業を受けてたんだ」
って思う事しきり・・・(笑)

「コミュニケーションを伸ばす授業を」とか、
「高校で習っても少しも英会話が出来なかった」とか
言っている割には、ただのコピー(あらら・・・厳しい・笑)

勿論、会話力を意識したの授業をそのままできるとは思わないけど、
見ている側も素人ではないので、そこを意識しているかいないか、
教え方でわかるわけで・・・。

「自分の経験した事」「すでにあるもの」を元に工夫ができるって
それだけで大きな才能だと思う。

よく日本人が「日本人はまねしかできない」って嘗て外国に
非難された事があったけど、
「じゃあ、まねしてみれば・・・それも工夫を加えてね」
って言いたくなる。
(今日の私は妙に激しい? 笑)


幾らオリジナルだ!って言ったところで、ながーーーい
人間の歴史を見たら、何時の時代にかあったりして(笑)

アイディアはアイディア。
「こういう形が当たり前」と思ってしまったものを、
どんどん新しい形に工夫して、改善されたものを見ると、
逆に素晴らしさを感じるなーーー。

旦那様が最近始めた「霊能者の見つけた良い物」の中にあった、
コイル式のホースなんて、見た瞬間に感動した!!!
「う~~ん、この手があったか!」

ホースをリールに戻すのがこの上なく苦痛の私には、
感動の一品だった。


その一方でどんどん新しいものを作り出す執念にも感動する。
昨日たまたま見たテレビで紹介されていた「蓄光塗料」

現在のものを作り出すまで、3年もかかったそうだ。

「同じものは30年と持たないよ」と初代の社長が言ったそう・・・

情報の伝わりが早くなった現代では、30年も持たないかも知れない。



蒸気機関車のエンジンを作った人がいた。
ながーーーい研究の末に出来たものだったのだろう。
勿論、特許もとった。

けれど、それに似たものがどんどん、それも世界中で出てくる。

彼は、「自分の特許」を守るべく、世界中を飛び回る。
「これは、私のアイディアです」って。

そのうち、全部にクレームを付ける事が出来ないと絶望し・・・
その旅の途中で、海に身を投げてしまう・・・


オリジナルってなんだろう?って考えさせられる話だ。



きっと「何のために」って云う視点がなかったのかな?
旦那様がよく弟子にいう言葉の一つだ。

アイディアは考え出す前も、製品となった後も「自分のもの」だけ
じゃないって事。

単純な事だけど、忘れないようにしたいなぁ・・・

テーマ : ♪近ごろ感じたこと♪  - ジャンル : ライフ

EDIT  |  03:18 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2006.07/20(Thu)

当たり前の事 

自分が経験した事や親や学校での教えって、
プラスの意味でもそうでなくても自分の一部になっているなぁ・・・
と思うこの頃・・・

自分の育った環境、自分がやってきた事。

人は、それが唯一のやり方、それもそれが「正しいやり方」
だと思いたがるもの。
勿論、嫌な経験をしたら、それは「間違ったやり方」となる訳だ。


嘗て、ALTという「外国人講師」と一緒に働いていた時にも
色んな「正しい?」「間違い?」が自分にくっついている事に気が付いた。

「どうして生徒が掃除をするの?」とたずねるALT。

ALTの多くは、アメリカやイギリスと云った国々から来ていて、
今まで「当たり前」と思っていた日本のやり方に疑問を感じるらしく、
よくそうした疑問に答えるのに四苦八苦したものだ(苦笑)

「アメリカではどうなの?」と質問して返す私。

「アメリカでは掃除をする人がちゃんといて、その人達が全部やる」

「生徒にやらせるって事はないの?」

「まずないね。それって掃除をしている人達の仕事を奪う事になる」


まあ、日本の教育の中ではそんな風な考え方って教えないし、
あんまり存在しない考え方だろうな・・・(笑)


でも、アメリカのそうしたやり方は「一つの方法」であって、
「日本のやり方」が正しいとか間違っているとかいう問題ではない。

この「アメリカのやり方」を読んで「おかしい!変だ!」と
思ってしまうのは、自分の中に知らない内に溜まった、
「自分のやって来たやり方」にはまっている証拠かも?(笑)


こんな事は国が違うという事だけで起こるものでもない。
もっと身近な所でも起こっているのだ。

例えば結婚して、違う家庭で育った人間が一緒に生活する。

そうすると、自分にとっての「当たり前」が実は他人の家では
「当たり前」ではなかったりするのだ。


「え?こんなやり方もあるのね・・・」

そう思えたらいい(笑)


普通は、無意識に自分の一部になっていればなっているほど、
まず最初に「拒否感」を感じるのが普通。

だけど問題はその後。

「自分のやり方」にこだわると、「違うもの」が許せないまま。

相手のやり方が間違っているようにしか見えないもの。

それでも本人とその周りの人が幸せならそれでもいいかもね。

「それっておかしいんじゃない?」病にかかってしまうと、
人を非難する事が多くなってしまう事も少なくない。


笑えるようで笑えないのは、自分では「嫌な思いをした」経験さえ、
自分の「当たり前」になっている事があったりする事。

「自分がこんな思いをしたから子供には・・・」って表現を
よく聞くけど、そんな考え方自体、「これは子供にとって
よくない」っていう、自分の「当たり前」を押し付けている
事だってない事はない(苦笑)

自分がこういう親にこういう育てられ方をしたから、
自分の子供にはそういう思いをさせないために・・・

立派な考え方だと思う。

だけど、子供本人にとってどうなのかって視点を忘れてしまうとね・・・(苦笑)

そうやってこだわる人ほど、「こだわりの強い親」がいたりして(笑)

いやいや、結構、シビアかも知らないが、
「遺伝」って思ったより影響が大きいって思う瞬間でもある(笑)

テーマ : ぼやき・・・ - ジャンル : ライフ

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2006.07/19(Wed)

不満(2) 

よくテレビで出てくるサラリーマン。

今の政治について聞かれて、政策が悪いから給料が
上がらなくて・・・みたいな返事をしている場面がある。

「君の給料が上がらないのは、政府のせいだけかい!」
と、それを見る度、旦那様は笑っている。

もしも、首相が今の首相じゃなかったら・・・

その人の給料が上がっていたかどうか・・・

それは、また別の問題のような気がしないでもない(笑)


同時に、「不満」はその人のやる気にも繋がっているかも。

「このままでは・・・」

現状に対して、「不安」ではなくて「前向き」に何か出来たら、
少しずつ、何かが変わり始めるだろう。

気晴らしに飲みに行くのは大いに結構!

だけど、教師時代、それを繰り返しても結局は、次の日から
同じ「不満」が心の中に渦巻いていた(苦笑)

飲みに行くだけじゃ解決しないわ・・・。

そういう場所で同僚や友人と話をする事で解決する事も確かにある。
だけど、「自分自身」でやらなくてはならない事はそのまま残っている。

「教育システムが悪い!」
「学校が悪い!」
「校長が悪い!」

そんな言葉を繰り返しても、自分の授業や仕事がそのままではね・・・。

その頃からだ。
いつか、大学院に戻るか、留学をしたい!って本気で思い始めたのは。

それでも一旦公務員になってしまえば、そんなに簡単に
チャンスがめぐってくるはずもない。

それまでの間、色んな事をやった。

通訳の学校に通ったのもその一つ。
正直、仕事をしながら通うのは色んな意味で大変だった。

勤務時間などあってないような仕事。
通訳の授業に行けない事も何度もあって、
そこの先生からは嫌味を言われたりして(苦笑)
授業の分のお金は捨てた上になんとも理不尽!

なんて思ったりもしたけど、そんな事の中でも
「不満」が自分の心のエネルギーになったのも確かだと思う。

仕事をしていれば、「不満」が出てくるのなんか
誰にでもある事だと思う。
なければないでラッキーかも知れないが、
そんな状態がずっと続くとは限らない。

職場や家庭で「不満」が出てきた時それはある意味当然!
色んな人間が一つのところに居れば、時には摩擦も起こる。

摩擦で「磨り減る」か摩擦で出てきた「エネルギー」を
自分のものにするか・・・その差は大きいなぁ・・・。

「不満」を自分の中に大切に?持ってると・・・
溜まってくるどころか、発酵し始めるから不思議だ(爆笑)


「そんなものさっさとどこかに捨ててしまえ!」

そんな声が旦那様から聞こえてきそう・・・(笑)

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2006.07/18(Tue)

不満 

教師になりたての頃、沢山の不満があった(苦笑)

「なんで、これだけ非難されていて、英語の教科書の
内容が変わらないんだろう・・・」

「なんで、平均点でのみ生徒を評価したりするんだろう・・・」

「一学級、45人もいて管理するのは無理だーー」

「なんでこんなに暑いのに教室にはクーラーの一つも
入ってないんだろう・・・」

まだまだ沢山あったなぁ・・・

今でもその気持ちで変わっていないものもある。

けれど、数年、教師をやって全体が見えるようになると、
大きな組織である学校の中で、ある一つの事を変えようとするのに
どれだけ大変なプロセスが必要かって見え始めた。

例えば、クーラー。
実は、教師を辞める前に高校の教室にもやっとクーラーが入り始めた。

その前の苦労と行ったら、いやいや大変なものだった(笑)

クーラーを入れるとなっても、一体誰がその設備のお金を出すのか。

その電気代は誰が負担するのか。

工事をすると決めて、いつどのくらいの期間でやるのか。

どこから手をつけるのか。

クーラーが付いた教室の最後の後始末(スイッチを切るなど)
誰が責任を持つのか。
(教室のクーラーを一台、消し忘れただけでも結構な金額になる)

そんな多くの問題を解決した後、今度は父兄の了解を取るという
段階があり、「そんなものいらない!」という父兄あり、
「是非付けてくれ」という人あり、人の数だけ意見はある。

末端の教師だって同じ事だ。
夏休みの間は基本的に主要科目(英・数・国)のみ。
だから、主要科目を教えている先生は「つけてほしい」と思い、
その他の先生は、はっきり言って、「どうでもいい」と思っていた。

それより、クーラーの電源を切る当番が回ってくるほうが
なんだかめんどくさい・・・という雰囲気さえあったりして(笑)

まあ、人は基本的に自分の事しか考えないという事だろう。

けれど、立場が変わって、全体を管理する事になると
その考えや見なくてはいけないものも変わってくる。

校長が言う一言と、一教師が言う一言。
幾ら、平等な社会とは言え、違うのは明らかだ。

「目の前の事しか見えないとそういう事になるよね」と旦那様。

「不満を不満で終わらせてはだめ。
それがなくても、自分が何ができるのかって視点がないと・・・」

昨日のブログではないが、自分の何か出来ない事の理由にして
しまう事にもなるのだ。

学校とか大きな組織は、目の前の一つのトラブルや改善点を
すぐには解決できない事情がある。

まあ、不満を言う権利ぐらいはあると思うが、それに責任転嫁して
終わり・・・じゃぁ・・・なんだかね。


ところで、クーラーの入った教室での「夏期講習」

さぞかし快適になったとお思いでしょ?

そう・・・快適すぎて、生徒はスヤスヤ・・・(爆笑)
(今までは、暑くて眠くもならなかった・・・)

改善点の向こうに「天国」みたいな状態が待ってると思ったら、
大間違い(笑)

その先には、その先の改善点がちゃんと待っているのだ!

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2006.07/17(Mon)

鶏と卵 

鶏と卵だね・・・って事がよくある。
どちらが先か、どちらが原因で、どちらが結果か?
って論争・・・(笑)

ある人間の中の癖。
DNAのせいか環境のせいか、定かではない事って沢山ある。

昔、それを題材にしたコメディー映画があった。

あるお金持ちの兄弟が、環境かDNAが大事かって論争になって、
それをどちらが正しいか、実験して決めようという話になる。

双子の兄弟を探しだし、一人を裕福な、もう一人を貧乏な暮らしを
させてみる。そして、暫くして、二人の前にわざと悪い事をして
大金を手に入れるようなチャンスを与えるのだ。
(はっきりした内容は覚えてないけど)

結果は・・・
結局、表面的には貧乏な暮らしをした双子の一人がそれを盗んだ「形」に
なった。

「俺の勝ち!」

「仕方ないなぁ・・・負けたよ。はい、掛け金の一ドル」

それを見ていた貧乏な暮らしをして盗む形になった彼が怒る!(笑)

一つは、自分達の大切な人生を実験材料にされた事。
もう一つは、その掛け金が、会社を経営する大金持ちなのに
たった一ドルだった事。


よく、私も旦那様にこの「鶏と卵」のような質問をする事がある。

「ねぇ、これって遺伝なのかな?環境なのかな?」

決まって、旦那様は
「その両方だね」って答える。(苦笑)

人が何かの理由を探す時、原因が一つって思いたがる。
原因がひとつだって誰が決めたんだろうね・・・
でもなんだか一つにしたい・・・人間の共通した癖かしら?
それも自分のせいじゃないってね。

「人間の本能なんだけどね・・・(苦笑)」と旦那様。



人の癖や行動ってもっと複雑で色んな事が絡み合っている。

「こんな環境で育ったから・・・」

「こんな育てられ方をしたから・・・」

そんな原因探しは、一つの原因がみつかったように見えても、
それ以外に理由があったりしてね・・・


「トラブルの原因は一つじゃない」

こんな簡単な事を見逃すと、トラブルの度に同じところに
自分の心が戻ってしまう事になる。

「なんで、こうなるんだ・・・。きっと~のせいだ」ってね(苦笑)

鶏が先でも卵が先でも、自分の目の前のこの悪循環が解決しなければ
意味が無い。

あ~、中途半端な、原因探しって意味がない・・・(笑)

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2006.07/16(Sun)

持ち物 

今日の昼過ぎの、雨と風と雷。
まあ、なんとも気持ちよかった。

雨が好きという人も結構居るが、今日のような嵐・・・

旦那様は大好きらしい。

「昔は、大雨が降ると車に乗りたくなってね・・・」

「え?」(車がそんなに汚れていたのか???って思った私・笑)

今でも愛車に乗る前に一度水洗いをするぐらいなのに
そんなはずもない。

車の手入れは洗う事だけにとどまらず、ワイパーから、
室内の小さなものまで、自分が乗った時に車と「会話」が
できる空間に仕上げてあるそうで・・・

何と、ミニ空気清浄機まで付いているのだ!!!!



車だけではない。
旦那様の持ちもの選びは大変だ(笑)

何かを買うと決めたら、パンフレットを集め、
それから現物を見に行って、あれこれ触りまくり、
何度かこの作業を繰り返して、やっと購入!

商品が届いたら、説明書を隅から隅まで読む。
そして、機械であればその機能を全部使ってみる。

それが終わる頃には完全に「商品」は旦那様の一部になっている
感じ(苦笑)

今、そのターゲットはこの前購入した「カーナビ」

毎日机の上で、自分が立ち寄る場所を今は入力中。

そんな姿を見ながら、商品に気持ちがあったら、
きっとこれだけ使いこなしてくれて有り難いと思うだろうと(笑)


「モノにも意思があるんだ」

「カップはカップであろうとする意思がある。
それがなくなったら、もうカップの形をしていないはず」

カップがカップである事をやめる時・・・

そんな事を考えた事もなかった(苦笑)

まるで禅問答(その通り!って答えが返ってきそう・・・笑)


でもこんな感覚が「モノ作り」をしている弟子
に言う言葉に出ているのだと思う。

「使っている人を常にイメージしなさい」

「モノと会話をするんだよ」

そうして出来上がったモノは「人に優しい」「人の一部になる」
商品に仕上がるのだろうなぁ・・・

モノの溢れている時代。
だからこそ、そこにいる「人」を忘れないようにしたいもの・・・

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2006.07/15(Sat)

畏れ 

旦那様が「こわい?」って話をブログに書いているが、
まあ、タイムリーな話が舞い込んだ・・・

ある所に仏像を依頼している。
出来上がりの予定は今月20日。

「どうしてもその日に出来上げてもらいたい」
って、旦那様は強く言ったわけじゃない・・・と
思う(メールだったのでその内容までは知らないのだ)

けれど、その前に何度かその人に確認した時も旦那様はきわめて
やわらかく、「20日ぐらいは大丈夫ですよね」って言ってた。



その仏具屋さんは、毎日の様に旦那様の夢を見るそうだ・・・(笑)

20日に持って行けなかったらどうなる・・・って不安で
不安で仕方ないらしい・・・

やっぱり「こわい」んだろうか???


その話を聞いた旦那様は、
「そう・・・20日までに出来上がらなかったら・・・」
って言っておいたって大笑いしていた。


旦那様の怖さの向こうにある優しさをちゃんと感じる弟子もいる。

そういいながら、彼も旦那様からのメールを受け取った時、
「やばい!」と思うと、メールの文面が極端に短くなる。
(って本人に言った事がないのに、ここで暴露・笑)

その彼が言うには、
「言われた事をやらなくてはっていうこわさもあるけど・・・」

ね、やっぱり少し?は怖いのだ(笑)

「やらなかった時にどうなるのかっていうのが、もっと畏ろしい」

そう、「怖い」というより、「畏れ」みたいなものが
何か存在しているのだと思う。

罰があたるとか、怒られるとかいう単純なものではなく、
「天知る、地知る」みたいな感じなのかな?


人は普段は意識してなくても、思っているより、自分のした事や
やらなかった事って記憶に残っているものだ。

忘れよう・・・
なかったことにしよう・・・

と思う事自体が、その事をある程度深刻に捉えているもの。

だって、本当に忘れられる事なら、忘れる事に努力も要らない。

そして、自分がやった事を誰かがどこかで見ていても
見ていなくても、それはいつも「結果」となって自分の前に現れる。

旦那様にはその2つの結末が見えていると本能的に解るのだと思う。

だからこそ、旦那様は「こうしてみなさい」というアドバイスをする訳で・・・。

このプロセスの意味を知ってしまった人にとっては、
「やらない事」はただ単に「なかったこと」ではなくて、
もう一つの選択を自分がしたって事を知っている。

う~~ん、説教くさくなったけど・・・(笑)

要は、「怖さ」とか「畏れ」を感じたら、それはそれだけ
貴方にとって大切な事って事・・・

そんな自分の感覚には敏感でいたいなぁといつも思う。

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2006.07/14(Fri)

「こわい」 

旦那様を「こわい」と言う人がいる(笑)

確かにね・・・

怖くないといえば嘘になるかも(笑)

でも私が一番最初に会った時は「こわい」とか「こわくない」とか
いう表現さえ思いつかなかったなぁ・・・

って話をすると、「人間扱いしてなかったんだろう?」って。

はい、その通りです!とも答えにくい(苦笑)


旦那様の「こわさ」はどこから来るんだろう・・・???

今の私にとっては旦那様は「こわく」なんか全然ない・・・
(って言い切れるかといわれると・・・ちょっとね・笑)


旦那様は色んな「こわさ」を確かに持っている。

一つのパターンは旦那様に自分の心を読まれる怖さ。

旦那様自身と云うより、会いに来る人自身が作り出すものだ。

人は誰でも自分の中に隠している部分があるわけで、
それを覗かれるような気がするのだろう。

でも、怖がれば怖がるほど、何に対して怖がっているのか
自分で暴露してしまう事になるかもね・・・

いずれにしても、それが自分の抱えている問題の原因なら、
それに向き合う時が来ただけの事。

ちゃんと向き合って乗り越えないと、ずっとそのトラブルを
抱えたままか、繰り返す事になるよ・・・って事なのだ。

旦那様だって、原因となっていない人の中身を何でもかんでも
覗いたりするはずもない。

解決するのに必要な、自分の中の「何か」。
それを同時に守ろうとする自己防衛反応。

それが旦那様に対する「こわさ」を生み出していると思う事も多い。


と云う部分を差し引いて、旦那様が優しく見えるかと聞かれたら、
何と答えればいいのだろう(爆笑)

旦那様の弟子は10人が10人「はい、こわいです」と答えるかもね(笑)

よく教師の中にも生徒から「怖い」といわれている人がいるが
それとはちょっと違う気がする。


きっとそれは旦那様の背景にあるもの・・・。
漢字で書けば「畏」となるだろう・・・。

これは明日書く事にして・・・


やっぱり怒って「なにやってるんだ!」って言っている時は、
旦那様は「怖い」かも知れない。

「不動明王だって怖いだろ?
真剣になると怖くなる時もあるさ・・・」

「本当は、優しいから怖いんだよ」

って、話、この前書いたけど、子供が一番理解したりする(笑)



でも、一番怖いのは、怒ってて、「黙っている時」

あら・・・やっぱり怖いって事じゃない・・・(笑)

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2006.07/13(Thu)

気合! 

「祓うにはね、気合が一番大切!」
と、旦那様。

今日はその言葉を2度聞いた。

一度目は、玄関を清めてもらおうと塩を差し出した時。

「どうやって、清めたらいいの?」

「えい!ってやればいい」

えい!って・・・それだけ????

で、旦那様が「えい!」って塩を撒くと、清まる清まる(笑)

やる人がやると、とても簡単に見えるものだ。

でも実家のある場所を母に清めた方がいいよって言った時も
「清めようという気持ちが一番大事って言ってね」って
言ってたなぁ・・・

こういう時、旦那様の側で見ていると、気合!というか・・・
「気」が一瞬にして凄い勢いでベクトルになるというか・・・

気のレベルが全然違う訳で(苦笑)
この前、弟子の前で80%まで「気」を上げて見せてたけど、
家が揺れた←大げさではない!


2度目に「気合だよ、気合」と旦那様が言ったのは、
6人もの人?をあちこちから連れてきた人を祓った後だ。

私は・・・というと、ひっくり返っていた(苦笑)

空手をやるというその人のボルテージを一時間ぐらいかけて
徐々に上げ、本人の「気」で祓ったらしい。

という事は・・・

被っても、色んなものを連れてきてしまっても、
「気合!」で祓えるはず・・・一挙解決だ(笑)

ところが・・・

被ったり、色んなものを連れてきてしまう時に一番
ダメージを受けるのがこの「気合」

「気合なんてものあったっけ?」っていうぐらい、
エネルギーを取られてしまう。
自分がエネルギーを取られてしまっている事さえ気が付かない。

気合を入れる・・・そんな気持ちになれないぐらいになってしまう。

だけど、こればかりは自分で体得するしかなさそうだ。



旦那様に連れられて、空手の練習を見学に行った時の事。
見ていて、本能的に「これは・・・祓える・・・」と思った。

だから旦那様は被りやすい人には、空手をやりなさいって
成る程ね・・・

祓う事自体に意識がなくても、祓う方法。

それは、少々疲れていても、気合を入れなくては
ならない環境に自分を置く事・・・。

って、これだけ被って、まだ空手をやってない私が言うのも
なんだけど(笑)

でも、確かに効くと思う。
お勧めの方法だ!(笑)

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2006.07/12(Wed)

危機管理 

という訳で(どんな訳だ!)、旦那様は危機管理という
言葉をよく使う。

「危機管理をちゃんとしなさい」

・・・って言われても、平和ボケした私にとっては
何をどうしたらいいものやら・・・(苦笑)

一番の危機管理は・・・
「危ないところに近づかない事」だそうで(笑)

いつかも書いたが、
「こんな時どうしたらいい?」って聞いたら、

「走って逃げろ!」だって(笑)

その次は「手の届くところにあるものを何でもいいから
相手の顔に向けて、投げろ!」って・・・

もうちょっと実践的なものはないのかしら・・・

その一つが「護身法」な訳で、
そういうトラブルを元々寄せ付けない状態を自分の周りに
作っちゃう!

「それでも腕や肩をつかまれたりしたら?」

なんて・・・聞くんじゃなかった・・・(苦笑)

護身術たるもの、かけられると痛い!(痛いからいいんだけど・笑)

それもかなり実践的(お願いしたとおりなんですけどね)


人間の体ってこんな方向に持っていかれると、
ちょっとした事でこんなにもろいのかと思ってしまう。

格闘技で十字固めとかやっているのを見ていて、
そんなに痛いものかと解らなかったが、
あの大きな体をした選手でも角度によっては簡単に
骨が折れてしまうらしい・・・
って、軽くやってもらっただけで納得!(苦笑)

それにしても、ここまで「危機管理」にこだわるとは
旦那様は、きっと相当な経験をしたに違いない。

まあ、空手の練習での経験は想像がある程度つくにしても、
霊の世界の経験は、まあ想像を遥かに超えているのだろう。

じゃないと、あそこまで「危機管理」にこだわるはずがない!
(あそこまでって・・・どこまでだ?・・・笑)

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2006.07/11(Tue)

戦う理由 

小さい頃いじめられっ子だったという旦那様。

今はもう誰も信じない(笑)

その上多分誰より被って毎日を過ごしていたはず・・・
戦わずしては居られなかった???

勝負にこだわる理由もその辺りにあるのかも知れない。

「霊に対する時はね、少しでも隙を見せると大変な事になるんだよ」

幾ら相手が嘗て人間だったとは言え、成仏していないには
それなりの理由があるはず。

それも一筋縄ではいかない理由。

その上、そういう感覚を持っていない人には通じにくい霊の感情。
誰かがわかってくれると思えば、それにしがみつくのは仕方がない。

伝えたくて、伝えたくてたまらないのだ。

その度に真剣勝負となるのも当然のことだ。



それでも旦那様によると生きている人間の方が怖いそうで(苦笑)

「だって、何をするかわからないんだもん・・・」だって(笑)


一寸前、有段者の空手の先生と旦那様とあるお店でご飯を食べていた。

「今、あの扉から誰かが入ってきて襲われたらどうする?」
って二人で真剣に考えていた・・・

だから、二人とも出入り口に背を向けては座らないと決めているらしい。

はっきり言って、二人とも空手の腕はかなりのもの。
襲った方が気の毒になる事になるのは目に見えている(笑)

「格闘家はね、元々、臆病なんだよ」
と、二人が口を揃えていった所で素直に理解が出来ない私。


普通の人間は「命」の危険と云うものをあんまり意識しないで
毎日を過ごしている。

けれど、一度でも「命」の危機を感じた事のある人達というのは
どこか違う・・・

「自分の命を守るためにいつも戦う準備ができている」って感じ?

そんな経験の殆どない私は、相変わらず距離感を間違えて、
被ってしまうのだ。

「危機管理、ってやつだよ」

なんだか、根本的な心構えが違う気がする・・・

と思っていたけど、被り続けているうちに少しづつだけど
わかってきた部分もある。

「危機管理が出来ていないと、不用意に被る」って事。

解ってても知らない内に被るって事は、まだまだ危機管理が
足りないという事なんだろう。

仕方ない、体で覚えるまで頑張るしかなさそうだ(苦笑)

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2006.07/10(Mon)

戦う価値 

旦那様は勝負にはうるさい(笑)

「負ける勝負はしない!」
と自分で断言しているだけの事はある(苦笑)

でもこれにはちゃんと理由がある。

「負けるとね・・・

ずっと残るんだよ・・・その時の事が」

形が変われば、トラウマにもなるだろうし、
負け続けると負ける癖がついてしまうらしい。

そして、そのトラウマや負け癖を乗り越えるのには
相当な時間や努力が必要になるのだ。


人間関係で苦労して、転職を繰り返すのが
「負け」かどうかは別にして、一度逃げると
次も逃げてしまうというサイクルができてしまう。

そこでおこるトラブルはまるで周りの環境のせいだけ
のように感じるものだ。

「こんなところで働いているから」

「こんな環境で育ったから」

けれども、環境を変えても結構同じトラブルに悩んで
いる人は多いと思う。

まあ、「人の世」のせいにしてもいいけど、
という事は、生きている限りその悩みは解決しない(苦笑)



「悩み」を抱えた時、それと「戦う価値」があるかどうか。

勿論、それは相手と場面によって違うだろう。

場合によっては逃げるが勝ちという事もある。

けれども一度「逃げてしまった」事は、他人が知らなくても
誰より自分が知っている。

昨日のブログ、「自分って見えない」というのと、なんだか
矛盾しているようだけど、意識してもしなくても、
自分が行動した事はちゃんと自分の「心」に残っているものだ。

だから、旦那様は必ず一度は言う。

「負けるな!戦え!」

本当に戦うかどうかは別にして、「いつも負けない」姿勢で
いる事が次に繋がるって事。

旦那様がただの喧嘩好きでないとわかっていただきたく・・・
でも、それもちょっと無理があるかな・・・(笑)

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2006.07/09(Sun)

自分の姿 

電車に乗ろうとした瞬間、旦那様がつぶやいた。

「結局、自分の姿って一番見えてるようで見えてないんだよね」



ずっと前、自分で何でもやれば出来ると思っていた時期があった。

「頑張れば、何でも出来る!」
そう思っていたし、そう思い込ませていた頃。

そして、ある時「自分の右手でつかめないもの」が
ある事に気が付いた。

それは「自分の右手」(笑)

単純な発見だけど、「自分で出来ないことはない」と
がむしゃらに頑張っていた私にとっては、大きな発見(笑)だった。

「え!自分で出来ない事があるんだ」

自分の顔や姿だって、自分では見れない。
鏡を使ったり、写真を撮ったり、間接的にしか見る事はできないのだ。

人から自分の姿がどう映っているか、それは「頭の中」や
「心の中」で作り出した映像や思い込みでしかないのかも知れない。

だからと言って、相手に見えている自分の姿ばかり
気にして、自分の像を作っても駄目。
それも所詮、自分で「こういう風な人と思われるだろう」って
想像にしか過ぎない(苦笑)

それに、相手によって同じ事をしたり、同じ事を言ったりしても
違うように映ってしまうかも知れない。

ほら、妙にやせて見える鏡があったり、太って見える鏡が
あったりするのと同じ・・・

「じゃあ、自分の姿を正しく見るにはどうすればいいの!」
って声が聞こえてきそう・・・


いやはや、実はこんなに難しい事はないのかも知れない。

知っているようで知らない本当の自分の姿を探すのは、
結構、骨の折れる事なのだと思う。

だけど、それをちゃんと見るべき時に見ておかないと、
「こう見られたい」という自分の気持ちと
「人にこう見られている」と思う姿の間で
ジレンマに陥る事だってある・・・というか、
悩みの多くの原因がここにあったりする。

人間関係で悩んでいる時は特にそうかも知れないのだ。



自分の姿を探したり、自分の心の声を聞く方法。

その一つが「先祖の供養」だったり、「修行」だったりするのかなぁ・・・

と、最近漠然と思うようになった。


先祖の供養をする事で自分の中にある受け継がれた自分の一部が見えたり。

修行って言う一つの場面に自分を追い込む事で自分の心を知ったり。


いずれにしてもなかなか手ごわそうだ(苦笑)

自分の一番近くにいる「自分」が見えにくいなんて・・・

計算外だ・・・(苦笑)

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2006.07/07(Fri)

その手があったか! 

旦那様に相談に来た人に対するアドバイスを
聞いていて時々思う事。

「そうか、その手があったか!」

「お見事!」(笑)

深刻に思える悩みやトラブルの解決法は
時に奇想天外なものでも、えぃ!って魔法をかける
必要のあるものでもなく、「普通の事」だったりする(笑)

でも、悩んでいる本人にはそれが見えていない事が多い。

だから、旦那様に言わせると、
「普通の事を普通に言っているだけなんだけどね」
となる(苦笑)

確かにね・・・

そういわれてみれば、きわめて普通のアドバイス。
ちょっと見方を変えるとか、ちょっと筋道を変えてみるとか。
そんな小さな事で一挙解決!なんて事も珍しい事ではない。

そんなアドバイスを聞いた側の反応は、よく書く事だが様々。

簡単な事なのにできない理由を挙げる人。
確かにやるのには少し勇気がいるように思えるけど、
やればそんなに思っているほど大変ではない事を
やる前に悩む人。

そして、とりあえず言われたようにやってみる人。


先日から、「先祖の力」でいくつかの問題が解決する
瞬間を見た!

まさに「その手があったか!」「その手でくるの???」

どう考えても今起こるはずのない事(表面的にはただの
トラブルに見えたりするけど)が本人に降りかかる。

けれど、それを解決した先には、今まで障害になっていた
事がすっきり取り除かれるってプロセスが見える。

例えばの話。
はっきり言われたわけじゃないけど、自分がリストラされそうな
匂いがする。
当然、人は悩む・・・「リストラされたらどうしよう・・・」

そんな時、こんな事で悩むぐらいだったら積極的に次の仕事を
自分から探そうとする姿勢を見せた途端・・・

自分が今働いている親会社に採用される・・・みたいなね。
(あくまでも、たとえ話だけど)

目の前のトラブルに気を取られていると、
わざわざ先祖が苦労して与えてくれたチャンスを、
みすみす逃してしまうって事にもなりかねないし。

勿論、こんな筋書きの手前には、ちゃんと先祖を心から
供養してるっていう前提がある事は言うまでもない。

「苦しい時の~だのみ」には限界がある。
誰だって、都合のいい時だけ頼られてもねぇ(苦笑)

先祖も人間だって事をお忘れなく。

けれども、なかなか粋な計らいをするものだと思う事しきり。

見えない世界も見える世界も、どちらもそのプロセスが
解ったほうが数倍楽しめる・・・

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2006.07/06(Thu)

甘やかす環境 

私の父は、今だに現役・・・
もうすぐ80才に手が届こうとしているのに
自分で一時間近く運転して、大学に出かける。
今年も自分で本を出して、パーティーまで開いて
もらってご満悦!

よくあるパターンだが、外ではいわゆる「ご意見番」的存在(苦笑)

外づらはいいけど(爆笑)家に帰るといきなり
省エネモードに入る。
(ばらしてごめんなさい・笑)

どう考えても自分の方が近い場所にあるものさえ、
母に「ちょっと取って」と頼む。

母が若かった頃はそれも気にならなかったらしいが、
最近はあまりの省エネぶりに、少々食傷気味だ(苦笑)

私も、「そのペン取って」と言われ、
理屈っぽい私は、父と私のペンまでの距離を測って、
「私の方が遠いじゃない!」と言い返す。


「全てがこんな感じなのよ・・・」って旦那様に話す。

旦那様は笑いながら、
「元々の性格もあるけどね・・・

そういう風にしたのは、家族の皆だよ」


あらら・・・


家族とか、同僚とかのちょとした態度って突然気になったりするもの。

「なんで、あの人こんなんだろう!」って思ったりして(笑)

でもそれは、相手だけが悪いわけじゃないって事。


それを許す環境を作ってきたって事でもあるのだ。


家族や同僚との距離感って、「情」が入るとよく間違う(苦笑)

近すぎたり、遠すぎたり。

実際には、常にその距離は多少変化しているんだけど、
「心地悪い」と思った時、どうするか・・・って
結構、後々大きな問題になったりする。

特に、相手のいう事を「まあ、いいか」とか「とりあえず
我慢していう事を聞いておこう」と、「心地悪い」サインを
出さないでいると、相手もそれでいいのだと思ってしまう。


人と人の距離って、本当に難しい。

自分がなんだか心地よくないと思う時には、その気持ちに
素直に従う事・・・

いずれは、それが自分のため、相手のためになる。

「心地よくないものは、心地よくないんだ。

後は、それをどう伝えるかって事を考えないとね」と、旦那様。


それが、人を甘やかす環境となると、問題は小さな事では
済まなくなってくるのだ。

「あの人はいつもこうなんだから」って必要以上に思ってしまう
事にも通じるしね。

甘やかされた環境が家の中だけだったら、いいけどそれは
やがて家の外でも発揮される(苦笑)事になる人もいる。

人との距離感は相手があわせるものと、どこかで思ってしまうのかな?



ちなみに、父の場合は外と家の中を見事に使い分けている。

見事・・・って言っていいのかな?(笑)

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2006.07/05(Wed)

これぐらい・・・ 

「これくらいの事」って思っている事に大切な事が
あるかも・・・ってこのところなんだかブログの内容が
昔の「修身」の授業みたい(苦笑)

勿論、私は「修身」の授業なんて受けた事はないけど(笑)

小さな事と思っている事の中に「今」を変えるヒントが
あるって事だと思うから。

だから旦那様のアドバイスを受けた時に
「そのくらい」と思ってやらないと何時までも
変わらないっていう事だと思う。

逆に時々、すごく真面目で几帳面な人の中に
「これくらいと思っていない」
「毎日の生活をきちんと時間通りに決めてやってるもの」と
思っいる人も居るだろう。

ところが、ここが人間の複雑でもあり、
面白くもあるところなのだが、それでもトラブルが起こる(苦笑)

ある種の「だらしなさ」から「被って」バランスを崩す人あり・・・

「だらしなくないように」日常を決まり事で縛り過ぎて、
結局は、それがルーティーンになりすぎて、
「考えて作ったルール」を意味も考えずに毎日繰り返してしまう・・・

とか、

「考えて作ったルール」より大切なものを忘れてしまう・・・

なんて事に陥る。

私も嘗て、「~する」と決めたら、絶対に何があっても
やらなくてはならないと、体調を崩してまでもやろうと
した時期があった。

特に、積み上げないといけない勉強とかに関しては、
ある程度自分を甘やかせない意思を身につけるのは必要。

だけど、それで全体のバランスを崩しては何にもならない。

「ちょっと、休憩しなさい」

今でも、結構頻繁に旦那様から言われる言葉。
こんな時は大体、「~しなきゃ」にとらわれて、
それしか考えられなくなっている時らしい(笑)

自分の姿やペースって自分でわかっていると思っていても
結構、実際はわからないものだと実感する。

自分では、十分大丈夫なつもりなのだ。
で、結果、その言葉を聞いただけで済ますと、
後で「バタン!」といってしまう時も少なくない(苦笑)

だから今は素直に「休憩!」って言われたら、
続けたくても「休憩」するのが私の課題・・・

そう、自分が決めたルールは自分を縛るためにある訳じゃない。

自分のルールに縛られて、そうしないと不安になるって・・・
なんのためのルールかわからない(苦笑)

そういえば、教師時代、生徒には、

「計画を立てて勉強しなさい。

けれど、必ずその計画には休みの日を入れておきなさい。

途中でできなかったりしても修正できるようにね」

人には言って、自分では出来ない事って・・・

結構、他にもあるんだろうな・・・(苦笑)

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2006.07/04(Tue)

日常(2) 

日常に隠されている「ちょっとした事」

正確にいうと、「ちょっとした事だと、思い込んでいる」だけ
なんだけど・・・。

本当にちょっとした事だったら、大きな事に繋がらない。

だけど、どうも調子が悪いとか、なんだか面白くないという
毎日とか、それを作り出しているのは「ちょっとした事」
の積み重ねだったりするのだ。

病気になったり、精神的に疲れたりして初めて、
「何かがおかしい」と気づく。

いや、気づけばいいんだけど、いろんな病院をはしごして、
それでも原因がつかめないという状態に悩んでいる人は
思っているよりずっと多い。



「規則正しい生活」をしなさい!
同じ時間におきて、ちゃんと顔を洗って、洋服を着替え、
布団をたたんで・・・って小さい頃言われた人も多いだろう。

小さい頃からそういう躾をされて育っても、
大人になれば、そんな事守っても守らなくてもいいこと
に思えたりするのだが・・・

でもそうした日常の中の決まりごとみたいなものが
崩れると、「心」も「体」も少しずつバランスが
崩れてしまう。



「家の中でもだらしない生活をしないように。
いつでも外に出れる格好で家の中でも過ごしなさい」


小学生に言うような言葉を旦那様は時々弟子に言う(笑)

みんなそれが大きな事に繋がっているっていう事には
すぐには気が付かない事が多い。

例えば、埃は霊が姿を現す時の元になっているらしく、
周りのエネルギーを吸って、埃を核に姿を現す。

霊が集まりやすいところは霊が集まりやすい環境のところなのだ。


特に気をつけたいのが、「睡眠」
被ったままで睡眠をとっても、疲れがぬけない。
気力も戻らないどころか、被りの酷さとともに
起き上がれなくなってしまう事だってある。

思えば昔、頭痛に悩まされていた頃、眠れば治る!と
眠っても起きたら「ガーーン」って全然治ってなかった
事がしばしばあった。

その頃は自分が「被って」いるって知らないから、
勿論、祓ってから寝るって意識も無かった訳で、
「眠っても治らない頭痛って最悪!」と
どうにか原因を探しに病院をめぐったものだ(苦笑)

「祓って」から「被らない」環境で寝る。

家の中って感覚の鋭い人ほど、気をつけなくてはならない
場所だとつくづく思う。

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2006.07/03(Mon)

日常 

「被っているかどうか」を判断する。

その事自体をきちんと自分で把握する事を
特に霊能者の感覚を持った人は忘れないようにしたいもの。

せっかくの「鋭い」感覚を活かせないどころか、
自分が「被った」事でバランスを崩してしまう。


被った時、被っていると気が付くには、「きれいな空気」
に照らし合わせるしかない。

もしも、自分が帰る場所がそうでなかったら・・・

きっと、自分が「被っている」事自体に気が付かない。

特に気をつけなくてはならないのは「自分の匂いの染み付いた場所」
つまり、「家」の中だ。

外に出かけて、色んなものを吸ったり、被ったりするのは
仕事や学校に行く以上ある程度は仕方がない。

だけど、「家」の中は別。

判断の基準の場所だから。


時々、実家に帰ると暫くはあちらで気分が悪くなり、
こちらで気分がわるくなり・・・

それでも倒れるまではいかない限り、被り続ける。

そのうち、体は「被った状態」でバランスを取り始める。
その「被った状態でも大丈夫」と一時的に錯覚をする事も
すくなくない。

ちなみに被った時、体の調子が悪いというはっきりした
症状になれば、まだわかりやすいのだが、残念ながら
そう簡単な話ではない。

「被り」は普通、その人の一番弱っている部分にでる。
だから、体の調子の一番悪いところが余計に悪くなったり、

心が弱っていたら、心が萎縮する。

何をやっても楽しくない。
なんでこんなにつまらないんだ。

とか、思い始めるが、心に来る「被り」は人から見えない分
「被っている」のが解りにくい。

けれど、それは確実に溜まっていく。

そしてやがて、自分の周りの人間全てと話したり、関わったり、
そんな事がとてつもなく苦痛になる。

霊能者がバランスを崩す典型的なパターンの一つだ。


その日の汚れは、その日の内に・・・

「毎日の生活の習慣が、被りに繋がるんだ」と旦那様。

霊視をして、
「これじゃあ、被るよな・・・」と弟子の部屋をのぞく旦那様(苦笑)

プライバシーの侵害だ!

なんて言ってる場合じゃないかもね。(笑)

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2006.07/02(Sun)

「霊感」と「匂い」 

「霊感と匂いって似ている気がするんだけど・・・」と私。


「そうだね」

ここでいう「霊感」とは単純に「目に見えないものを感じる」という意味。

「匂い」は目に見えない。

だけど、ちゃんと「匂う」

誰かが料理をしている「匂い」をかいで、それが何を
料理しているか、嗅いだ事のある「匂い」なら見えなく
てもわかる。

カレーの匂いなんて、強いから特にはっきりしてる(笑)

匂いをキャッチして分析する機械ってあんまり見たことがない。
どのくらいの匂いが出ているのか数字で表す機械が
時々テレビで出てくるけど・・・。
人間が作った匂いを分析する機械だって未だその程度だ。

いつか、鼻の効く犬の「匂い」の世界を視覚化すると、
こんな感じだという絵を見たことがあるが、
それは、人間の見ている世界とはかなり違っていて
面白かった。



ある場所に行くと、駅を降りた瞬間や通りを歩いていると、
突然、気分が悪くなったり、頭がぐらぐらしてくる。

きっと、匂っているのかも知れないが、それは鼻ではなくて
違う感覚で反応する。


霊能者の中にはその匂いを「視覚化」する人もいるけど、
そこには自分の経験が刷り込んで、映像となったりする。

「怖い」という「匂い」を感じた時、自分が怖かった
経験をした映像が出てきたりするのだ。
だから、おなじものを受け取っても一人ひとり見るものが
違ったりする事もあるらしい。

私自身は、かなり「匂い」には敏感。
でも、その匂いを感じる感覚が視覚化するところとは
繋がっていないらしく、ただ「匂い」がするだけと云うのが
今のところ多い。

「被る人にとって一番気をつけなくちゃいけないのは、

自分についた匂いだよ」と旦那様。

慣れてしまった「匂い」には段々反応しなくなるものだ。

自分が被っている事さえ自覚できなくなる。

時々、香水を沢山付けた人が居るけど、それが典型的な例。
昔、香水を付けていた頃の経験からも自分でどのくらい
匂いがしているのか判らなくなる。


でないと、被っている事さえ自覚できなくなったりする。


旦那様いわく、
「正常な状態を保つ事。一番の基本で、一番大切な事だよ」

これがなかなか難しかったりする。


でもそれは日常の小さな事の中にあるのだ・・・
(明日に続く!)

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2006.07/01(Sat)

見かけ 

最近、ある出来事で私がしょちゅう「怒って」いた。

旦那様もかなり気が短いけど、私も結構気が短い。
(言うまでもないか・笑)

私「結婚して、気が短いのがうつったのかな?」

旦那様「元からだよ」

私「そんな事ない・・・」

いやいや、よく考え直してみると、教師時代から
よく怒っていた。

逆に新米の教師の頃はそんなに頭にくる事も少なかった
様に思う。
「まあ、いいや」ってあきらめられた。

いつの頃からか、怒るべき時に怒るのが仕事だと思い始め、
無理やり怒っていた頃もあった。

だって、怒るのは疲れる(笑)

相手の事を真剣に思っていないと、本当に疲れるだけ。

教師の仕事を真剣に見つめ始め、その子の人生がかかっている(大げさ!)
と思うと、怒らずにはいられない気持ちになったものだ。


いつか、ここに祀ってある不動明王を見た子供が

「怖い・・・」と言った事があった。

旦那様は、
「怖いのは顔だけだよ。

よく見てごらん・・・


怒っている人は本当は、君のためを思っている優しい人なんだよ。」


暫く怖がっていた4歳の子供に
「一緒によく見てみようか?」って言ったら、
おそるおそる近づいて、ジーーーっと見つめて、

「ほんとだ・・・怖くない」(笑)


次に遊びに来た時は、自分から不動明王の近くに行って、
「顔は怖いけど、優しいんだよね」って(笑)

旦那様も私もそうだけど、「怒る」時は真剣で、そして
相手に伝えたい事がある時。

逆に、どうでもいいやって思うと、それなりにしか話をしない。



人も仏様も「見かけ」で判断しては間違える事がある。




それでも、怒り続ける事に飽き飽きした私(苦笑)


「あ~あ~、観音様みたいに優しくなりたいわ・・・」

「いやいや、観音様は怖いんだよ。

最後の最後で、命をとってしまう事だってあるんだ」


ええ!!あんなに優しい顔をしながら、命を取るとは!!

やっぱり、特に仏様は「見かけ」で判断するのはとてもとても危険だ!

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