2006.11/30(Thu)

頑張れ! 

「頑張れ!」って言葉。
よく使われるけど、旦那様からアドバイスをしてもらった人が帰り際、

「わかりました。頑張ります!」って言うと、

「頑張らなくていいよ。楽しみなさい」って必ずのように返す。

旦那様が言うには、
「頑張るって言葉が出るって事はね、まだどこかで無理しているんだ」

頑張る事は続かない。
ずっと続けてやる事は、それに対して心のどこかで「辛い」って思ったまま続けるとやがて耐えられなくなってしまう事が多い。

確かに始めは頑張らなくてはならない事かも知れない。
新しい環境に入って、新しく人と出会う。
色んな事や色んな人を知るまでは、「ちょっとだけ」頑張る必要もあるだろう。

だけど、それをずっと続けると、何でも力が入ったまま、楽しめなくなってくる。

そうすると、やがて・・・
「自分がこんなに頑張っているのに・・・」
という考えが出てきてしまうのが普通だ。

となると、その次は、
「どうして、私がこんなにやっているのに周りは気が付かないんだ!」
「どうって皆、自分と同じ様に頑張れないんだ!」
事に・・・(苦笑)

せっかく頑張ってもこれじゃあね・・・

頑張る時には、頑張る方向を間違えないようにした法がいい。
頑張る時は自分を見つめる時。
人と絶対に比較しない事だ。

昨日の自分と今日の自分。
比較するのは、自分の事だけにしておこう!
それも、力を入れすぎないようにね。

無理して「自分に厳しく」してると、「他人にも厳しく」なるものだ。


ずっと前、大学にタイムカプセルを埋めた。
10年後にそれを掘り出しに行った。
(なんとセンチメンタル!・笑)

そこには、自分で自分に対するメッセージが入っていた。
「10年後の自分へ・・・頑張れ!」ってね(笑)

それを読んだら、なんだかフッと力が抜けた。
逆に「頑張りすぎてしゃかりきになってた自分」がちょと見えた(笑)

その後の、今の方が楽しみながら、頑張ってる!って気がする。

この二つは両立するって分かった。
さじ加減は微妙なので・・・
今でも、時々、この二つのバランスが崩れる事がある(苦笑)

そうすると、「今日は止めなさい」と旦那様からストップがかかる・・・
ことになっている。(笑)
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2006.11/29(Wed)

悩むと・・・その反応(2) 

悩むと人の反応は、どんな人でも同じだと繰り返しておこう(←しつこい)

誰が、何が、一体原因なのか、それが分かっている時はそれを責め始めるもの。

それがあまりに身近で、見つめると辛すぎる場合は、『社会が悪い!』とか『政府が悪い』とか、責めたって解決には程遠い事を言って、ため息をつきながらでも毎日を過ごす。

時には、こうした悩む自分が好きな人もいる。

そういう場合は、本人が解決したいと思うまで、放っておくのが一番だ。
間違っても「本人の為になるから」と、親切心を出してはいけない(笑)

それは、他人の宿題をやってあげるようなものだ。
やってあげた挙句、本人には実力がつかないばかりか、「2・3箇所、間違えてたわよ!」なんて、言われたりして(苦笑)


悩みのサイクルから抜け出す最初のステップは、昨日のブログにも書いたように、悩んだ時に起こす自分の反応を素直に認める事だと思う。

これが意外と難しい。

自分は違う!と思ってしまう事だってある。

「こんな事ぐらいで怒ったり、悩んだりしている自分」

自分の見たい姿ではないから、つい・・・ね(苦笑)
それに、どこかで「こんな事ぐらいで怒ったりしてはいけません」って誰でも言われた事もあるだろう。
だから、「怒ったり」「悩んだり」する事=「いけない事」って方程式が心の中に出来てしまっている事さえある。

こんな場合、余計に自分の姿を見えにくくするのだ。

「面白くない事を言われたら、面白くない。嫌な事を言われたら、嫌だ・・・当たり前だよ」と旦那様。

それを自分でごまかすと、やり過ごしているはずの時間が後で大きくのしかかってくる事も多い。
まあ、別の場所で八つ当たりって事もあるかもね。
人間不信になって、篭ったりする人もいるかも。

「嫌な事は嫌でいいんだ」

「自分の感情を押さえ込むのではなくて、そのエネルギーの方向を変えるって事」

う~ん、難しそうでしょう?

でも、悔しかったり、嫌だっていうエネルギーがあれば有るほど、他の何かに耐えられたりしてね(苦笑)

エネルギーの方向を変える・・・

エネルギーが大きければ大きいほど、変えるのは大変だけど、それだけの価値はある・・・って思いません?

って、「難しそう」って考え込んで、「悩まないように!」
ほら、また「悩みのサイクル」に入ってますよ!(笑)

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2006.11/28(Tue)

悩むと・・・ 

何にも悩んだ事がない・・・なんていう人は、いないだろう。
例え、いたとしても、別の意味でちょっと問題だったりして(苦笑)
かと言って、「人は悩むものである」なんて、定義してみたところで悩みは軽くはならないし(笑)

「悟ったらね、悩んだり、苦しんだりしなくなるって思ってるけど、大きな間違いだと思うよ」と旦那様。


と聞いて、想像してみた。

今の世の中でいわゆる「悟った人」として語り継がれている人達。
例えば、お釈迦様とか、キリストとか、まだまだ沢山いるけど、彼らが悟った後、果たして悩まなかったかどうかってね(笑)

おこがましいと言えば、おこがましい想像だ。
けれども彼らも嘗て生きていた人間。
普通に考えてみればいい・・・というか・・・

あれだけ(ってどのくらいかまだ私に全貌は見えていないけど・笑)悟るには、それだけ「悩み」があったとしか考えられないと思うのだ。

「人は、何故こうなんだろう」って、自分の事だけではなくてもっと広い広い範囲できっと真剣に真剣に悩み、それを見つめ続けたはずだ。

「まあ、いいか」では、あれだけの境地には達しないと思うのだ。

実際、キリストは自分が処刑されるまで「弟子」の事では悩んでいたらしい。
自分の教えをどのくらいきちんと伝えられたか・・・、等等。
う~ん、なる程、大きな「悩み」だ。

もうすぐ試験だぁ~。どこから手をつけようか・・・(そうなんです。また、試験なんです・涙)
って悩んでいる私の悩みとは比較するのもおこがましいぐらい(爆笑)


こんな風に例えば「悩み」に大小やレベルがあったとしても、「悩む」時に起こる人間の反応って不思議なほど、同じだ・・・と云うのが、最近の私の感想だ。

「どんな小さな悩みだって、どんなつまらないと思える悩みだって本人にとっては大変なものなんだ」って云う旦那様の言葉が頭に浮かぶ。

多くの人は、「悩む」と堂々巡りをし始める。
「どうしよう」→「どうしたらいいか分からない」→「暫く我慢しよう」→「やっぱり我慢できない」って云う風にね。
時には、気晴らしに出かける。飲みに行ったり、そこで愚痴を言ったり。
すっきりした気持ちになったはずなのに、言えば言うほど、「悩みの種」は深く心に刻み付けられたりして(笑)

という、私もそういう解決法(し無かったけど)を散々やった。
生徒の事で悩んで、誰かと、「最近の生徒はね・・・」とか言ってね。
あれだけ色んな事を話しても、次の日、学校に行くと表面上は次の日だけど、又同じ事を同じ様に悩んでいる自分に気が付いたものだ。

こうした堂々巡りを抜け出すには・・・って考えられたら、一つ目のポイント、クリアーだ(笑)

だって、堂々巡りを続ける人は「抜け出す事」さえ考えられないぐらいにぐるぐるまわる事に必死になっているから。(ね、皆、同じ反応でしょ?)

こういう「悩む事」にこだわっている時は、幾ら貴重なアドバイスが身の回りに溢れていても「見えない」「聞こえない」「受け入れられない」(三重苦)

二つ目のポイントは、いかに早く、そうした自分の姿に気が付くかって事かもしれない。

そして次のポイントは・・・ちょっと時間を置いてご自分で考えてみてくださいませ!(笑)(ヒント:素直に考えてみてくださいね!)

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2006.11/26(Sun)

転機 

有名な医者が言ってた言葉をふと思い出した。
「人間は、死亡率100%です」って(苦笑)

長い人生・・・ってよく言うけど、どのくらいなのか感覚的にちゃんと分かって生きている人なんて誰も実際はいないだろう。

自分が何歳で死ぬって知ってたら、生き方って変わるのかな?


その「どのくらいか分からない」中で、幾つかの転機がやってくる。
「このままでいいのか」
「自分は何の為に生まれてきたのか」
「何でこんな目に会うのか」などなど

こんな事が頭に浮かんで、
そのまま同じ事を続けていける人もいれば、
どうしても方向を変えざるを得ないって事に追い込まれる人もいる。


「私に会いに来る人って、ある意味、転機に来ている人が多い感じがするね」
と旦那様。

人生の中にはやっぱりバイオリズムみたいなものがあって、ある段階まで来ると、次に進む・・・みたいな幾つかのステージがあるらしい。

その時、ちゃんと自分を見つめる事って、その後のその人を変えるなぁ・・・。
それまでの道を変えるか変えないかそんな事はどっちでもいい。

そして、皆が皆同じわけではないけど、このバイオリズムにも共通するものがある気がする。
学校を卒業して、就職する。
そして、最初にやってくるのが3ヶ月。
大体、「本当にこの仕事でよかったのか」って一度考えたりする(笑)
まあ、社会の厳しさが身に沁みる・・・といったところだろう。

それから、3年目。
ベストセラーになる本にも「3年目の転職」ってキーワードだ。
旦那様がよく言っているように、「1000日」」は一区切り。
不思議とその期間を経験すると、振り返って何かを学べるようになっているらしい。
3年という期間は、それまでにちゃんと目的意識を持っていたかどうかの形が自分でもはっきり分かるようになってくるのかもね。

だって、一日、一日ってそんなに「差」が見えないから(苦笑)

そして・・・30歳前後。
この時期に見直すのは「自分の生き方」そのものって感じがする。
何となくどこかで「自分が何の為に生まれてきたのか」って思い出す時期だったりしてね。

こうした時期にどうしてもそのまま前に進めなくなってしまう人には、その問題が大きなピンチに見えたりするものだ。
だけどピンチに見えるものが、本当は、「自分探しの次のステージ」への序曲だとしたら?

最近、世の中で活躍している人を見ると、必ずその活躍の前にあったそのピンチも一緒に見える。


普段はそんな事って意識しないし、そんな事をいつも考えてる必要が無いかも知れないけど、時には、立ち止まって考えたり、思い出したりするのもいいかもね。

「何のために生まれてきたんだろう・・・」

答えは、他の誰でもない、自分が一番知っているはず。
けれど、自分だけではなかなか自分の中にあるものが引き出せなかったりして(笑)

そんな事を旦那様に引き出してもらった人の転機って「ポン」って音がする(爆笑)

それを見ながら、その人の3年後が楽しみ楽しみ・・・って思ってる。

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2006.11/25(Sat)

言葉は「愛」だ!(2) 

言葉は「愛」だ!と、頭の中で一人でぶっ飛んでしまった私はさる事ながら、
(つまり、棚の上に置いといて・笑)教室でいつも隣にすわっているエクアドル人の彼は、思った事は何でも口にするまさにラテン系の人間(笑)

「言葉はpicking up girls(女の子と知り合う)為のものだ!」って突然言い出した(笑)

これが、高校生の教室なら皆が賛成しただろう・・・
けれど、大学院の授業ではね・・・

皆、「ええ!」っと驚く。

けれども話は最後まで聞いてみるもの。

彼も頭の中で、
言葉を話す → コミュニケーションの為 → 人と知り合う → (何で人と知り合わなきゃいけないの?)→ 知り合って、結婚して、子孫を残す

つまり、言葉は「自分の子孫を残すため」という本能に根ざしているんだ!という主張だ。

それでも、イギリス人とニュージーランド人の学生はまだ納得していなかったけど・・・(笑)

まあ、私と彼のどちらが飛びすぎかとかいう意味のない(笑)比較はさて置き、彼の主張にも一理あるなぁ・・・と思う私。


言葉の中にある、人間の本能って侮れないっていつも思っているからだ。

旦那様はカウンセリングをするのに「言葉」も道具として使っている。
勿論、「言葉」を話していながら、その「言葉」だけを読み取っているのではない。
けれども「言葉を発しない人」が読み難いのは確かだろう。

同時に、「自分の意見を言葉にする」っていうプロセスは人を成長させるものでもある。まったく皆が何を話しているか分からない時は、私も何を言っていいか分からなくて口を閉ざしてしまう事だってある。

逆に分からないながらも、何かを口にしようと考え始めると、その途端に自分の中にちゃんと「意見」があった事を発見したりして(苦笑)

考えて出した「言葉」であれ、本能的にだした「言葉」であれ、そこには黙っていては他人からも、そして自分自身でも気が付かなかった何かを引き出すきっかけになる。

「だから、黙っているのはね・・・自分を見つめる為にはまず何か言わないとね」と旦那様は言う。

勿論、何をどう言うのが適切かって問題もあるんだけど。
黙っている事で「間違えないで済む」けど、間違えて学ぶ事の影響力って思っているよりずっと大きい。

まあ、日本の文化の中では、黙っているというのがまだ美徳とされている部分もあるから、場所を選ぶ必要は当然あるけど。

コミュニケーションは「車」
言葉は「ガソリン」だと、私は勝手に思っている。

そして、何しろ「運転して走る」という運転手が一番のポイントだ。

ガソリン満タン!(色々悩んでいる)
けれど、走らない車(黙っている)って言うのもね。
確かに事故にはあわないかもね・・・だけど・・・
運転の仕方で「黙っている」より数倍の何かを生み出せる可能性があるって事。

究極、どんないい車も動かなきゃ意味無いじゃん!と思っている(笑)

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2006.11/24(Fri)

言葉は「愛」だ! 

もうすぐ終わる今回の大学院の授業。
語用論という小難しい内容だけど、要は
「適切な表現を適切な場面で言葉(ここでは第二外国語)を使う」
って事をどう教えたらいいかって事。

今、一番、注目されている分野ではある。
比較的新しい分野だけにまだ「混沌」としている。

適切な表現を適切な場面で使えるようになるって思っている以上に難しい。
母国語だって、はっきりいってそのレベルに達している人ってそんなに居ないと思う。
私自身、とても苦労している部分だったりする。

例えば、「お見せしましょうか?」と相手に申し出る時でも、

相手の立場が自分にとってどういう人か。
どういう場面で何を見せようとしているのか。
見せる事で何が期待されるのか。
(相手と近づきたいと思っているのかどうか)

とか、沢山、沢山考えなくはいけない事がある。

自分が見せたいものが、
証拠の品で自分が正しいという事の為に何かを見せる時。
相手が自分の趣味で集めているものに興味がありそうだなと思う時。
何か相手が困っているのに参考になるものを見せる時。

まだまだ、沢山あって、それぞれ言い方や表現は変わるはずだ。

日常で、日本語だけを使い、決まった人とだけ会話をしているとこのシチュエーションの種類がどんどん限られてくる。

そして、「こんな場合はこういう風に言うのが正しい」といつの間にか自分の中に自分にしか通用しない文法を作ってしまうのだ(苦笑)

外国語を勉強して、これを見つめると、本当に様々な事に気が付く。
イヌイットの人は「未来」の事は言わない方がいいという習慣があるらしい。
イヌイットの人が英語で会話をする時もこの習慣はそのまま。
だから、See you later. ( I will see you later. つまり未来の事)みたいなネイティブ(特に欧米)にとっては慣用的な表現さえ、避けるのだ。


面白かったのは、英語をネイティブとする人にとっては、そういう習慣が「不思議」とか「変だ」とかという印象になるって事。
知らない内に「英語を話すこと」=「自分達と同じ考え方をする」って方程式ができていたらしい(笑)
授業の中でネイティブが先生まで含めて、「え?未来の表現を使って挨拶していたんだ!」って言ってた。

旦那様は「言葉はタダの道具に過ぎないからね。
言語だけを見つめて研究しすぎるとせっかく追求していても、
それが偏ってしまうから」

「言葉は相手を理解する為の道具」

理解出来れば、納得するとかそんな事ではなくて、別れの挨拶一つにしても色んな表現の仕方があるって事。

この授業で一番学んでいるのは、結構ネイティブだったりしてとか思った。

「こうでなくてはならない」と知らない内に作ってしまったものは一番厄介なのだ。

それは、私を含めた私の周りでも沢山あるだろう。

「色々でいい。沢山の考え方、捉え方があるんだよって密教では教えているよ」と云う旦那様の言葉を思い出した。

で、「外国語を学ぶ」→「相手を理解しようとする」→「沢山の考え方や捉え方があるって知る」→「自分のやり方だけ無くても、それをそのまま受け入れる」

そして・・・
だから・・・

「言葉」は「愛」だ!

とか、又、思考が飛び過ぎた(爆笑)
私らしい事・・・(笑)

でも、そんなに間違ってもいない気もするなぁ・・・

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2006.11/23(Thu)

今思えば・・・ 

「すべての事に偶然はないんだよ」と旦那様。

弟子やクライアントにある問題が起こる。
本人達にとっては「大変だ!」って事もある。

だけど、そういう事をきちんと報告してくる人達にとっては、「今思えば、あの時あの問題が起こっていて良かった」という事に繋がっている事が多いと思う。

人は慌てたり、あせったりすると、目の前の事しか見えなくなるものだ。
「何でこんな事ばっかり自分に起こるのだろう」
ってその時は狭くなった視野で思ってしまう。

けれどもそれを乗り越えた時に、その問題がその時に起こった理由がわかる。

「そうだったんだ・・・なる程ね・・・」って具合に。

それは、その問題になっている事だけを見ていても繋がらないもの。
暫く時間を置いたり、その他の事を組み合わせて考えていくうちに自然と「ポン」と音がしたように「図」が見えたりする。

「何か一つ足りないんだよな・・・」
何かが中々進まない時に旦那様がよくつぶやく言葉だ。

ジクソーパズルや化学反応する為の要素は一つかけても完成しない(笑)

欠けているものが何なのか。
それが分かるタイミングだって、「今思えば・・・」と思う事、思う事(苦笑)

問題を抱えて、目の前しか見えなくなっている状態でいくら考えても解決しない時は解決しない。

「待つしかない、時間をかけるしかない時もあるんだよ。
でも、その時間が最後の『要素』だったりしてね(笑)」

全ての事に意味がある。

進んだほうがいい時は、手を貸して進めてくれる。
まあ、進むしかないぐらいだったりして、時に「もう勘弁してください」と言いたくなる時もあるけど(苦笑)

待った方がいい時は、何かが足りない。
どうしてこんな事がと思うぐらい、一見すると何の関係も無い所からの横槍とも思える事が起こったりする。

こうした神様や佛様の「お手配」は、簡単には見抜けない。

最近、データー量のお陰で、このお手配が少しづつ見抜けるようになってきた事が私のちょっと自慢(笑)だ・・・。

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2006.11/22(Wed)

気になる自分の癖 

「治さなきゃ」って思っている自分の欠点というか特徴って誰にでもある。

ところが「治したい」と思っても、そこに陥っている時は、そんな事はすっかり忘れていたり、どう治していいかわからなかったり・・・結構厄介なものだ(苦笑)

私も前から旦那様に言われて、治したいと思っている癖がある。

それは、結構、霊能者に共通する癖だったりするとまず気が付いた。
霊能者って、頭の中で考えている事が「絵」「画像」だったりするので、思考がとびやすいのだ(苦笑)

今、この話をしていたかと思えば、次の瞬間には、全く違う事を考えている。
それを人に伝える時に自分の思いの方が先行して、言葉でうまく伝えられないのだ。
そのくせ、「なんで、分からないの?」って相手のせいにしてしまう。

いや、いや、この点では教師時代に嫌という程、修行をさせられた。
自分の頭の中にあるクリアーな英語の文法や内容。
幾ら、説明してもちゃんと伝わってない(涙)
試験をしたりして、それが分かって何度となく愕然(苦笑)

それから、よくよく考えた。
どうやれば伝わるのか。
どんな言葉をどんなタイミングで言ったら伝わりやすいのか。

それが今、私が人の心をある程度読めるようになるまでの訓練だったとは後で気が付いた事だけど・・・(笑)

とは言え、こんな癖が完全に抜けた訳ではない。

私と言えば、教える時にはきちんとこのことを意識できるのに、普段の会話の中で突然、「あれはどうなってるの?」って自分の世界にいるままのモードで旦那様に話したりする(爆笑)

「『あれ』じゃあ分からないよね」って、自分で気が付く時はいいんだけど・・・。


頭の中がこうして超マルチモードになっている時(つまりいくつかの事を考えながら人と話をしようとする時)、言葉が足りない事が多い。
そして、一つの事が終わらない内に次のタスクにもう心は移っていたりするから、ますます聞いている方は混乱する(爆笑)

という私の特徴・・・というか、欠点というか・・・。

「どうしたら治るかしら?」って聞いた。

「一つ、一つ、丁寧に終わらせなさい」って旦那様に言われて分かっていても、その瞬間になると「坂道を転げ落ちてるボール状態」なので、中々止まらない。

まだ、治ってないよな・・・と思っていたら、母と妹がその姿を私に見せてくれた(爆笑!!!!)
「これをこうしようと思うの」って言っていたかと思うと、
「あれは、どうなったかしら」って具合・・・あらら・・・

私は、最初の話題に一生懸命答えているのに、話は半分で終わってしまう(苦笑)
最後には、「ちゃんと一つ一つ話を終わらせてから、次に行ってよ!」って思った訳で(笑)

二人との会話の中で二人共に自分で言った自分のアドバイスは、実は・・・自分へのアドバイスだった!!!!

幾つかの問題や話題はジグソーパズルのようなもの。
80%ぐらい組み立てた所で、次のパズルに取り掛かる。
又、次のパズルも途中で次に・・・。

気が付くと、残った何種類ものピースが目の前にあって、余計に問題をややこしくしたり、結局出来上がらなかったり、完成するのに時間がかかったり・・・。

一つ、一つ、こなさないと、返ってややこしい事になるんだ。

気になる人の姿って、結局は「気になる自分の姿」だったりするのだ!!!
大発見した気分!(笑)

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2006.11/21(Tue)

理解して貰いたい自分 

霊能者の感覚を持った人って、思ったより多いと実感する今日この頃。

「自分は人と違う感覚があるのよ」なんて、人に話さないから人知れず・・・って結構多い。

相手を理解できる感覚がせっかく鋭いのに、それが整理できなくてつらい思いをしている人も「誰にも理解して貰えない」ってなってしまい勝ちだ。

霊能者のようにはっきりとした感覚を持っていない人でも、自分と違うという事だけは本能的に分かる。

そういう能力は隠してもいつかはばれてしまう(笑)
ばれないと思っているのは、本人だけだったりして・・・ね。


そういう私もよく、人のいう事を聞いて仕事をそのまま言われるままにやっていたのに不満そうに思われたり、本当にやるのかと何だか疑われている感じがするなあと思っていた時代があった。
周りに合わせている・・・ってばれていたのだ!

まさに、知らぬは本人ばかりなり。

だから、「誰にも理解してもらえないから・・・・さてどうする!」って事が大事!

こういう場合、幾らやっても期待したような評価は受けない事の方が残念ながら多い。普通の人だって、「何かある」ぐらいは感じるのだ。

こうした事が続くと、自分で勝手に「やっぱり、理解してもらっていない」と思ってしまって、「自分の殻にこもる人」とか、「もっと周りにあわせなきゃ」とか・・・

まあ、今の私から言わせてもらうと、方向が違うよ~~~!って所だ(笑)

「そんな風に生きてると、辛くなってしまう。
人生は楽しむ為のものだから・・・」といつもの旦那様の言葉を贈ろう!

いい部分も悪い部分も含めて自分なんだと素直に思えたら、その人が一番輝くのだと旦那様は言う。
そんな感覚があろうと無かろうと、輝いている人には人は集まってくるのだ。
そして、ちゃんと話をするプロセスの中で本当に自分を理解してくれる人が現れる。

「私、こういうものが見えたりするの」って、たまたま誰かが言って、
「ああ、同じ感覚を持っている人だ。私を理解してくれるかも」と思うのもちょっと方向違いだ(苦笑)

感覚と言っても、千差万別。

こうして、ある意味必死で見つけた!と思い込んでしまう仲間意識は、相手を縛りつけようとする気持ちに繋がる。

「~したら楽になるよ」とか「~したらいいのに」とか。
ただのアドバイスで言っているつもりでも、「同じ感覚を持った人だ」と思った人に聞いてもらえない時の「裏切られ感」は大きい。

勝手に同じ感覚の仲間と思って、勝手に裏切られたと思っているだけかもね(苦笑)

誰かに理解してもらいたいなら、「本当の自分」をちゃんと出す事。
これに限る!!!

怖がらないで出してみよう。
外から見ると、集団で仲良くしているように見える人達だって、同じ事で相手を縛ろうとする事でグループを作っているだけ。

それにしても・・・
人って、「理解してもらう」って、意識しているより、ものすご~~~く必要としているんだなぁと実感する。

だったらなお更、「仮面を被った自分」で理解してもらっても苦しいだけだよなぁ。

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2006.11/20(Mon)

先読みの心配(2) 

「君の妹だね・・・」と云う旦那様の言葉は当たってる(笑)

私もある場面では「先読みの心配」をする(というかし過ぎる)のだ。

それは、特にテストの前になると力?を発揮する(苦笑)

分かっている所があるから、そこから冷静に広げていけばいいのに、ちょっとわからない事があると、頭の中がゼロになった気分になってしまう(笑)

そうやってパニックになった私を、
「大丈夫、ちゃんと理解しているんだから」といつも励ましてくれる旦那様。

「問題ときちんと会話するんだよ~」って試験の前に追い出してくれる。

それでいつも試験が終わると、「な~んだこんな問題であんなに悩んでいたのか。
この世の終わりみたいに思えたのに(笑)」と思う、横着な私!

「だろ~、だから、ちゃんと分かってるっていったじゃない」

その通りでした!(笑)


この私の癖は思い返すと、小さな頃のトラウマにある。
決して成績が悪かったわけではない。
いや、むしろ「いつもよくできるわね~」という言葉に自分で勝手に縛られて、自分で勝手にプレッシャーを作り出してた(苦笑)

だから、いつも「分かっている事」より「一寸でも分からないこと」に全部の気持ちが集中してしまうのだ。
そうして、出来るはずのものまで出来なくなってしまう・・・あらら。

それを数回繰り返した私には、
「出来なかったらどうしよう・・・」という先読みの心配癖がきちんと(笑)身についた。

今でもその癖が抜けていないところが根深い(笑)

トラウマって、色んな種類があって、旦那様の様な霊能者のような人に会ってカウンセリングを受けている内に、氷が解けるようになくなってしまうものもある。

私のこの癖のようにカウンセリングで一気にはい!って、治らないものもある。
というか、カウンセリングで治すより大切な事があるのだ。

「ゆっくり時間をかけて、それに対する見方を意識して変えながら、自分で治していく過程が大切なんだ」と、旦那様。

その時間やその間に新たな自分でやった「経験」を上乗せしていく事で自分で確信を持っていく。

いつの間にか作り上げてしまった必要のない癖は最後は「自分で消す」しかない。

これがなかなか大変でね~(笑)
自分の皮膚みたいになっているから、一気にバリってはぐわけにも行かないし・・・。

実は、私の大学院での勉強の本当の目的は、語学の教え方を通して「人」の心を知るって事もあるけど、
この癖を乗り越える為のものだったりするのか・・・なんて、考えてみたりもする。

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2006.11/19(Sun)

先読みの心配 

「癌かも知れない症候群」に罹っていた私の妹(笑)

少しでも調子が悪いと、「癌かも知れない・・・」と人知れずかなり前からいろんな事を悩んでいたらしい。

最近はそれが自分の前世のせいだった事を知り、すぐに旦那様に電話をかけてきて、
「大丈夫、タダの風邪だよ」とか言われて、安心する事でかなりよくなった???

しかし・・・
「先読みの心配症候群は相変わらず」だ(笑)

子供のインフルエンザの予防接種を受けるかどうか真剣に悩む。
確かに、予防接種を受けて大変な事になった人もいるから、分かるんだけど・・・
「ねぇ、ねぇ、受けて何かあったらどうしようと思うし、受けないでインフルエンザになったらどうしよう・・・って」

あはは、また、はまってるわ(爆笑)

電話がかかって来る時の話題は、
「ねぇ、日本脳炎の予防接種がなくなるらしい!大変!」

「で、子供に予防接種を打たせるつもりだったの?」

「それもね・・・打たせるかどうかずっと悩んでる」

「あのね、そんな事より元気で病気なんか来ても、エイ!って跳ね除ける体力をつける方が現実的だと思うんだけど・・・」

「でも、感染したらって思うと・・・」

「だから、体力が命!罹らないように家に篭るか、罹ってしまったら、後は体力しかないでしょ?」


「後、30年後には、石油がなくなるんだって」
「30年前もそう言われてたよ。計算ではもうなくなってもおかしくないんだけど」

「海の中の魚も全部死んでしまうんだって」
「その水に適した新種の魚ができるんじゃない?」

中途半端な情報で煽られまくっているわ(笑)
それに私も真剣に答えている所がおかしい(爆笑)

こうした周りにある情報は、不安感ばかりを募らせて、どうやったらそれを避けられるかってビジョンがない事が多い。

それにしても、よく考えないと、不必要な「先読みの不安」ばかりが大きくなる。
イギリスと云う国は、こうした情報がきちんと流れる国でもある。

これに慣れているイギリス人は誠にマイペースらしい(笑)
「あんなにニュースで流れたりしてもね、みんなそんな事言ってたわよねって程度なのよ」

どちらにしても妹の「先読みの心配症」症候群は根が深そうだ。

っていう、私たちのやり取りを聞きながら、隣でいつも旦那様は爆笑している。

「やっぱり、君の妹だ(笑)」

「それってどういう意味?」(笑)

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2006.11/18(Sat)

先読みのアドバイス 

アドバイスをする仕事や教師の仕事って、
「こうした方がいい」とか
「将来、こんな事に備えたほうがいい」とかどうしても先読みをしてしまう。

まあ、先読みしないと適切な分析はできないと思うけど、問題はその後だ。

「~しないように、こうした方がいいよ」
「こうなるかも知れないから、~は治した方がいいよ」

こんなアドバイスは、残念ながら相手に届かない事が多いって気が付いた!
(遅すぎ!!!・笑)

大体、そんな問題は本人にとっては「架空」の話だし、経験していない事だ。

「このリンゴを食べたら、すっぱいから食べない方がいい」

ってアドバイスしても、言われた方は食べた事がないから、それは「頭の中」での想像でしかない。

不思議なもので、「~しない方がいい」という先読みのアドバイスを素直に聞き続けた人は、食べないで、
「全てのリンゴはすっぱい」→「リンゴは食べないほうがいい」
という論理を組みたててしまう事がある。

まあ、これを「頭がいい、推測する力がある」と思う人もいるかも知れないが、「すっぱい」を食べて経験した人と「すっぱいに違いない」と思い込む人の後々の思考回路には大きな差が出てくる。

危険は誰でも避けて通りたいものだ。

けれど、その危険をおかした時、自分にとってどのくらいのものかって「実感」がないと、「危険は全て避けるに限る!」って視点で、いろんな選択をしてしまう。

そして、あえて何かに挑戦することより、安全な道を選んでいるはずが、自分の本当の力を出すチャンスを迎えないまま、どんどん自分を小さくしてしまう・・・

これって、子供を育てる時によくやってしまう事だよな・・・

危険には、取り返しのつかないものも確かにある。
だけど、「包丁が危険だから」と触らせてももらえなかった子供が「安全」に生きていけるかは、全く違う問題だ・・・というか、触った事がない方が危険だったりする(苦笑)

「本人にとって、ちょうどいい危険?やチャレンジを与え続ける事」が親や教師として、大切な視点だなと実感する。

そして、ここが一番のポイントだけど、その危険やチャレンジで怪我をしたりした時に、どうすればいいのか、それこそ「出番」だ。

怪我をする前や食べる前に「~しないように」というアドバイスって・・・

人を小さくしてしまう!!!

それより、このくらい何でもないや!
こんな事が起こっても平気!

って、乗り越える力をつけるサポート・・・
そんな視点でアドバイスできるようになりたいものだ!

テーマ : 成長 - ジャンル : 育児

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2006.11/17(Fri)

論理的(2)??? 

昨日、はまってしまった思考回路・・・
自分で自分の論理が組み立てられない・・・(苦笑)

何が答えかは未だ判らず(涙)

けれど・・・気が付いた事は、
自分でぼやいている内は、その場に居る人達と同じ様なレベルで考えているって事(爆笑)

だって、誰かが何かを悩んだり、堂々巡りしている時、その答えが側から見ていて分かる時は、「~という方法がある」って「解決法」が浮かんでくる。

それが実際に「解決」に結びつくかどうかは、とりあえずどうでもいい。
「手法」が浮かんでくる・・・

ここがポイントだ!!!

神様や佛様がひらひら色んなヒントを降らせているにはそれだけの意味がある。
人間の受け取れるメッセージなんて、知れたものだと、最初からお見通しなのだ。

それをそのまま当てはめればいい。

自分の前にある問題。
う~んと悩むのも大切だけど、「こうしてみたら」「ああしてみたら」っていう手法が思いつかない状態に陥ると・・・

「どうして、こんな事になるんだろう」
「あの時ああしていなければ」

そして、やがては、他の事のせいにして、一度(あくまでも一度だ・笑)心を落ち着かせようとする。


最近、公開された映画「プラダを来た悪魔」って、ファッションばかりが注目されるけど、予告編を見ていてかなり笑った。

鬼のように厳しい上司。
「貴方、センスないわね」

主人公の女の子が話そうとする。
「センスと云うのは、人それぞれの好みの問題で・・・」

上司がさえぎる。
「今のは質問じゃないわ」

とかいう場面・・・なかなかなものだ。

そして、彼女はそういう上司の元で一生懸命働きながらも、なかなか認めてもらえない。
一緒の職場で働く人に相談する。

「努力しているのに、認めてもらえないの」

その答えが、またいい。

「君は努力しているんじゃなくて、文句を言っているだけだ」(笑)

それから本当の意味での「努力」を始めるのだ。

自分が出来る事が思いつかない時は、残念であってもなくても、その時点では「自分がそれだけしかない」と認めるか、一度視点を変えてみる必要があるって事。

大体、「あの人、こういうところがあって・・・」って相談を受けると、結構、自分が同じ事をやっている事が多い(爆笑)

「似ている・・・」

そんな話を聞きながら、いつも私の心の中に浮かぶ言葉だ。
って、旦那様に話したら、

「その通りだよ。
文句で終わるかそうでないか。
それでレベルが分かるね。」って・・・

文句で終わらせないために、ちょっと視点を変えてみるか・・・
と、思った途端に答えが降ってきたぁ!

何だこんなに簡単な事を悩んでいたのか・・・。
トホホ・・・である(笑)

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2006.11/16(Thu)

論理??? 

「被り」ってコミュニケーションの一種だよって旦那様。

会話が出来る事は有り難いが、その辺りの知らない人とまで会話して帰ってくるからさあ大変(苦笑)

今日は学校からの帰りの電車で最後の仕上げのように「被って」しまった。

一寸で取れるだろうなんて、簡単に思ったが大間違い(苦笑)
これがなかなか大変だった。

という訳で、今は頭がボーっとしている。

大学院の授業の中でもかなり被った気がする。
学問で被るって考えにくいかも知れないが、人と人のコミュニケーションなんて、「3次元の世界+心の動き」という高次元で起こっているもの。

それを、2次元の紙に書いてある論文だけから読み解こうとしても無理な話だ。

コンピューターだって、今書いているような2次元の活字で表せる事なんてたかが知れている。
読んだ人が頭の中で「自分の経験」+「自分の今の心の状態」というエッセンスを加えて、再び3次元以上のものにして理解してくれている(といいんだけど・笑)

動画となるとその情報量はテキストの情報量と比べものにもならない。

「~を教える」という高次元(もっと高次元のものは当然あるけど)の事を2次元の論文に書かれたものでしか証明できないとなると、私的には絶望だ!(苦笑)と感じる。

誰のどの論文に基づいて話をしているかが、実際に起こった事より重要だったりするのだ・・・あ~あ。

学問の壁はこのあたりにあるのだろう。

読み解く人間が読んだものをどのくらいの精度で頭の中で再構築できるかって、読む人の能力によるところが大きくて、「言葉」でないものでコミュニケーションを取っている事実なんて証明されていない限りは、ただの「感覚」で終わってしまう。

教えるのが上手な教師が、論文を書かない訳だよなとしか言いようがない。

「論理は入り口でしかない」と旦那様は口癖のように言っている。

論理なんて、私たちの周りにあるものの、ホンのホンの一部でしかないのだ。

「人間を忘れると、見えなくなるよ」とも旦那様は言う。

論文に書かれている理論の前に、人は言葉を話しているという事を忘れてしまっている事の多いこと、多いこと(苦笑)

フィクションだって、言葉で書いてある。
なのに、フィクションだからその内容は真実でない。
という論理の構成・・・

でも、そう言っている本人の中にある色んな言葉だって、証明されてなくてもそこにあるでしょ?

って今日はなんだか、愚痴っぽい(苦笑)

論理的に書いているのか、そうでないかも分からなくなってきたぁ。

まあ、いいや。
もう一度、初めから考え直そう!

こういう時は「基本」何かを忘れている時が多いから(苦笑)

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2006.11/14(Tue)

予言 

旦那様に聞いた質問の一つ。
「ねぇ、霊能力ってどんな感覚に近いの?」

「動物に近いね」

って、一言返事されても、昔はさっぱり分からなかった。

「まあ、先祖返りしているっていうか・・・」

と、付け加えられても、余計に頭の中は????になっていた。

被ったり、護身法を繰り返したり、沢山の霊能者に会うチャンスが増えるに連れてすこしづづ分かってきた気がする。

昔、昔の人間がどうやって、どんな感覚を使って生きていたか・・・
って想像すると分かりやすいかも・・・って事だ。

テレビなんか無かった頃、明日雨が降るか晴れるか、天気予報を見よう!なんて思えなかった時代。

夕暮れの空を見る。
空気の匂いをかぐ。
雲の動きを感じ取る。
とかね・・・色々だ。

今とは違った感覚で、感じ取っていたはずだ。
「明日の天気は?」と思って、新聞やテレビを見ればわかる時代にわざわざ(笑)空気の匂いをかぐ人はいないかも知れない。

そういえば・・・

小学生の時、隣に住んでいたおばあちゃんは水戸黄門が大好きだった。
時代のせいで「字」が読めないおばあちゃんは、毎日、広告の裏に字を練習して、
「いつかファンレターを出すのよ」って言ってた。

そのおばあちゃんの家の前を毎朝、学校に行く時に通る。

「いってらっしゃぁ~い。今日は、傘をもっていきなさ~い」

どう見ても雨の降りそうな朝でなくても、おばあちゃんがこういった日には必ず帰りに傘をさして帰ることになる(苦笑)

天気予報士にでもなれそうなぐらいの的中率。

「雲を見ればわかるのよ~」って・・・
時代が時代なら、天気の予想の出来る預言者になってたりして(笑)


私自身もそこまで正確ではないけど、雨が降る数時間前に雨の匂いが分かる。
こういう感覚を今も持っている人はまだそんなに少なくないだろう。

自分の周りに起こる事を天気だけでなくて、こんな感覚で昔、昔の人が感じ取っていたとしたら・・。

もっと色んな感覚が鋭かっただろうと思うのだ。

世の中便利になって、「~はどうだろう?」って思うと、情報がどっと流れ込んでくる。
便利といえば、便利なんだろうけど、自分で「感じる」必要があまりなくなってしまった。

使わなくなった感覚は、当然、どんどん鈍るわよね。
それがやがて数世代、続いたら・・・。

嘗て、十数年後の若者の顔はこうなってるって予測があった。
堅いものを噛まなくなったせいで、どんどんあごが細くなる。

最近のアイドルを見ながら、「かわいい、かっこいい!」より、

「ああ、あれは正しいかった・・・」と頭の中で繰り返す私は、確かにおばさんに近づいているのかも知れない(苦笑)

理由を聞かないで、その予測を聞いていたら、その人を預言者だと思ったかもね(爆笑)

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2006.11/13(Mon)

何のために生まれたか 

「自分は何のために生まれたか」って悩む人は多い。

まあ、同じ疑問を持つ人でも色々で、何かから逃げたい!という気持ちとか、自分の中を見つめて見つめて探そうとする人まで様々だ。

「何のために生まれてきたって?


社会に貢献するためだよ」

って旦那様。


新聞に載っている社説の中の「教育について語る」のような答えだ(笑)
全体主義が表面上強く残っている日本では妙に「個人」を尊重しよう!みたいな意見が多い。

こういう時に引き合いに出されるのはアメリカだったりする。
個人主義をスローガンに掲げなくては、国の統一性を持てなかった国を基本に全部の人間の幸せを計るのもね・・・(苦笑)
と思いつつ、何となく「個人主義」という言葉の持つ響きに引っ張られてしまうのも確かだったりする。
英語を勉強していると特にこうした表面的な「自由さ」に惹かれる人が多いのも仕方が無いと思いつつ・・・
それが「理想」なら、アメリカはもっと一人、一人が幸せな国のはずだ・・・
とか、簡単には答えの出ない事を頭の中で考えたりしてね。

だけど、旦那様の言う「社会に貢献する」って言葉は、よく使われる意味とは若干違う気がするのだ。

例えば、私の細胞の一つ。
一つだけど、「私の体」全体の為にある。
体全体がうまく保てないと、一つの細胞だけでは存在できない。

逆にたった一つの細胞が壊れ始めて、それが伝染し、体全体を蝕む事だってある。

一つの細胞がやるべき機能をちゃんと果たして伝える事=全体に貢献する
って事なのかな・・・と最近、思う。

やるぺき機能って・・・堅苦しい響きだ(苦笑)

一つの細胞(=一人の人間)が「やるべき機能を果たさなければ」とか思っても、体全体の都合なんて分かるはずもない。

だけど、そんなに堅苦しいものではないと思う。

「自分の生き方を伝えるとか、考えを伝えるとか・・・ね。
それが凄く大きいんだ」と旦那様。

積み上げてきた結果が今の私達の住む社会や文化。

何を伝えるかで、大きく変わるはず。
この瞬間だって、人がそこに居るだけで、何かを周りに伝えている訳で・・・。
頭の中で考えた事だって誰かにちゃんと伝わっている。

「自分が周りに何を伝えるか・・・」
いつも、いつも自分の心に置いておきたい気持ちだ。

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2006.11/12(Sun)

「変わってる(3)」 

「変わってる」に妙に執着して書く私(笑)

旦那様のブログで紹介されているX-manを見て、
「変わってる」って大変ね・・・とあらためて思ったりして。

「変わっている」事は、人の心に二つの相反する気持ちを起こすらしい。
人と同じでない・・・という劣等感みたいな気持ちと、
貴方達とは違うのよ!・・・という優越感みたいな気持ち。

ずっと「劣等感」に繋がっていた「人と違う能力」を人から認められた時、自分は変わってないのに、自分の能力に対する気持ちが変化したりする。

例えば霊能力を持った人が、小さい頃その能力の為に仲間はずれにされて、寂しい思いをした経験をしたとする。
やがて大きくなって、その能力ゆえに、人が頼って来たりする。
初めは、「昔、あんな事あったのに」と思っていても、頼られる事は極端に人を拒絶している人で無い限り、まんざらでもなかったりするのだ。

昔、寂しい思いをしているだけに、周りに人がいるのは悪くない・・・。

だけど、色んな人を観察していて思うのは、自分の人と違う能力をちゃんと見て、その限界を知らないままだと、やがてその付き合いのバランスは崩れる事が多い。


人は人と付き合う時にその人が持っている「もの」や「能力」ではなくて、その人自身が信じられるか、好きかどうかで付き合うもの。


「ちゃんと心で付き合える人間でないと長続きしないんだよな~」と旦那様。

若い頃、車を持った友人が妙に人気があるように見えるのに似てたりしてね(苦笑)


だから、一度は自分の周りに集まった人達はやがて離れていくという事だって起こる。

こういう経験をした人も色んな学び方をする。

「色々やってあげたのに、裏切られた」とか
「う~ん、傲慢になってたのかなぁ」とか。

自分が人と違う所を見つめるいい機会なんだけどね。

裏切られたと思った人も傲慢だったと反省した人も、最初に紹介した「X-man」の中に出てくる「普通の人になれる薬」飲みますか?って言われたら、結構ちゃんと自分の能力について考えられたりして(苦笑)

まあ、旦那様に聞いたら、
「僕じゃなくて、皆が薬を飲んだほうがいいかもね(笑)」とか言いそう。

それって、どんな薬???(笑)

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2006.11/11(Sat)

「変わってる(2)」 

旦那様の弟子に同じ職場で働いていた二人がいる。
で、二人とも変わっている(笑)

「お互い、君より変わってないって思ってたでしょ?(笑)」と私。

二人してうなずいていた。

「じゃあ、安心して(笑)変わってる人になれたのね~」と納得する私。

人と違うというのは、いい事もそうでない事もある。

教師時代に生徒によく言ったものだ。
「あのね・・・英文科に行くのに、英語が出来るのは当たり前でしょ?」

入社試験や入学試験、そんな選ばれた人が集まるところに来る人はある意味似ている部分を持った人達だ。
よくよく自分の見回してみると分かるかも。
幾ら自分は違うと思っていても、その場所の空気を吸って、その場所にいると段々染まってくるものだ。
必死で先生くさくない先生でいようとしていたのに、初めて旦那様に会った時にどうやら、しっかり先生くさかったらしい(笑)

ある場所で仕事をする以上、それは仕方のない事。
染まらなければ出来ない仕事もあったりする。

「同じ事をやっていてもね、何のためにやってるのかさえ忘れなければ大丈夫だよ」と旦那様。

どんな先生でいたいのか。
どんな人でいたいのか。

あまりにも染まりすぎると、それさえ忘れてしまう事がある。

「変わってていいじゃん!」ってどこかで思っていたほうがバランスが取れるのかも知れない。


そういう旦那様も「変わっている自分」のままでいいんだと気が付くまで暫くかかったらしい。

ここに来る、極端に変わった(ごめんなさい!いい意味でです・・・)人達もそういう自分を見つけるプロセスを少しずつ辿っている。
変わっていればいるほど、その道は長くて、バランスが取れるまで大変かも知れない。

だけど・・・本当の意味でそれを受け入れられた時、
「変わっている事」=「自分の強み」になると思える。

他の誰にも出来ない事。

リストラされる・・とか、
将来が不安・・・とか、
堂々巡りの悩みを抱え続ける前に・・・

自分にも自分にしか出来ない事を忘れないようにしたいもの・・・。

「私のスペアーはいない!」って思えたら、最高だろうな・・・。

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2006.11/10(Fri)

「変わってる」 

旦那様をはじめ、その弟子も一人も「変わってない人」はいない(爆笑)

「私だけだわ~、変わってないのは」と私。

「どこが?」と切り返される(笑)


人から「貴方って変わってる・・・」と思われたくない。
どこかで「人と一緒でなくてはならない」と思っている。

人は一人で生きていけないから、そう思うものだろう。

旦那様のように小さい頃から極端に「自分は人と違う」と気が付いた人は、ある時期いじめられたり、仲間はずれにされたりした経験を持つ事が多い。

誰でも多少はそういう経験はあるかも知れないが、本当に違っている場合は、人に合わせる方法を学びながらも、段々人に心を開く事が難しくなってくる。

そういえば私も自分が言った言葉に「何を言ってるの????」って言われて封印してきたものがあった気がする。
今となってはよく思い出せないし、思い出す必要も無い。
なぜなら、今、自分がそのままでいれば、それが出てくるからだ(爆笑)
それだけ、自然に生きている・・・というかそのままでいいって環境にいるのだろう。
有り難い。有り難い。(笑)


「ねぇ、世の中ってある意味変わっている人だらけよね・・・。
どこに『普通の人』っているのかしら?」と私。

「どこにでもいるじゃない」と、旦那様。

あまりにも変わった人ばかりに会って、私の感覚がおかしくなったらしい(笑)
私の人を見る基準が変わったので、いわゆる世の中でいう『普通の人』は『よくわからない人』になってしまったのかなぁ・・・。

本当の自分を隠して生きる癖(笑)がついた人の中で、自分と同じ感覚を持った人間を探し出すのは大変そうだ。

「大丈夫、ちゃんと感覚的に分かるから。
なんだろうな・・・ちゃんと『匂い』がする」

「え?『匂い』?」

と、驚いている割には、良く分かる。
人のオーラとかってよく色で表される事が多いけど、結構『匂う』のだ。

皆、同じ感覚を持っていると思い込んでいるが、こうした『匂い』を感じ取れる人とそうでない人が確実にいる。
耳も、目も、全部、皆が同じ感覚を持っている訳ではない。

同じ感覚の人だけが分かるものがあるのは当然だろう。

目はとても悪いくせにいつでも空気中のプラナが見える私。
それを見ていると、字が読めないので、本を読むときはスイッチを切り替える。

自分が人と違う所があるってわかれば、人がそれぞれ違う感覚でモノを見ているかも知れないって想像できたりして。

「変わってる」って人のそういう話を聞くと、単純に面白い。

へぇ~、そんな風に見えたり、聞こえたりするのかって思う。

「私は普通」と思っている貴方!

そういう貴方が一番「変わっている」かも知れない。
後は、それをどう活かすかだけの問題だ!

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2006.11/09(Thu)

夫婦のかたち 

夫婦のかたちって色々・・・。

女性が主婦になって家に入ると、今まで働いていた環境が、がらっと変化をする。
それに従って、気持ちも見ているものも変わってくる。

それに比べれば、男性の場合、仕事をそのまま続けて、変わった事と言えば、帰った時に待っている人が違うぐらい・・・と思う人もいるかも知れない。



女性も男性も仕事を続けたままっていうケースもあるだろう。
そんな場合、結婚してもどちらも表面上は変化がないように見える。

でもね・・・
「どこかで意識を変えないと、同居人みたいになる事も多いんだよ」と旦那様。

家にいる主婦。
朝、喧嘩したりしたら大変だろうな・・・。
言いたい事があるのに仕事に出かけて相手はいない。
その間、「帰ったらこう言おう」とかずっと考えていたりして。
そこから視線をはずすのは難しいかもね(笑)

そして、帰ってきた旦那様は喧嘩した事さえ覚えてなければ、もっと怒りは増幅されたりして・・・ああ、大変・・・(笑)

お互い仕事をしていれば、そんな話を持ち出すのも嫌なぐらいお互い疲れていて、ふつふつとしたものがあってもとりあえず・・・ってね。


夫婦の問題で相談に来る人に旦那様は、
「家庭はね、『巣』なんだよ。
一番、安らげる場所でないとね」といつも言っている。

喧嘩の原因を聞くと、どちらか一方が悪いという事なんて殆どない。
どちらも「自分が正しい」と思い込んでいる事が多いかな・・・

内容にもよるけど、よく喧嘩の種になるものの元には「習慣」とか「しきたり」とか、今まで自分が「これはこういう風にやるものだ」と思い込んできたものが原因となっている事も多い。

昨日の大学院で聞いた夫婦喧嘩も、ある女性が「自分の意見ははっきり言える人になれ」と育てられ、結婚したら、「君は自分の意見を言い過ぎる」と旦那様から言われ・・・「じゃあ、私は自分の意見を黙ってろって事なの!」ってなったとかならならないとか(苦笑)

「結婚したらね、沢山、沢山、話をする事が大事だよ。
どちらかが一方的にどちらかの習慣に合わせるのはいけない。
きっと後でトラブルが起こるから」

って相談、多いよな~
「こんなに我慢してきたのに」って思っている奥さん。
「そんな事、我慢しなさいって言った?
むしろ、家の中の事は自分の思い通りにやってきただろう?」と思っている旦那様。

どこかで何かを変えないと、これじゃあ、ずっと平行線だぁ・・・(苦笑)

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2006.11/08(Wed)

マニュアル 

教師の時代から、年下の先生が育たないと愚痴を沢山聞いた。

「教えられるまで待ってるんですよ」
「見て盗むって事をしないんです」

先生になったら4月の初め、教壇に立った瞬間から「先生」だ。
研修はその後、少しずつあるが、先生の起こす色んな問題が増えていくに従って、どんどん研修の項目は増えていった。

けれども、先輩方の先生の愚痴は減らなかった。

それどころか、今は教師が起こす問題が次々に出てきている。

教えられるものと教えられないもの・・・。

研修をして「マニュアル」で教えても「先生」になれない人は残念ながらなれないなぁ・・・と思って見ていた。
自分の事もちゃんと振り返りつつ・・・と、付け加えておく(苦笑)

マニュアルって便利だ。
それさえ読んだり、教えて貰えば一応の事が出来るようになる。

それで充分な場面もある。

それをきちんとこなす事がその時の組織の中で大切な時もある。

だけど・・・
マニュアルは、知らない内に「それさえやればいい」って気持ちを人の中に作り出してしまうのも確からしい。

同時に「マニュアル」ごとき、自分は分かっているとそれを軽視する人もいる。


いつか電車の中で話をしていた大学生達の言葉を思い出す。

「仕事をするのにね、一番大切な事ってって考えたんだ」

「ふ~ん、それで?」

「始めはさ、きっと誰でも出来る仕事をさせられると思うんだよね」

「そうだろうね」

「きっと勝負はその後だと思うんだよ。
誰でも出来る仕事が出来るようになっても、何時、首を切られるか分からないもんね」

「仕方ないよね。首切られるって事もあるらしいね。
首を切らない会社を探したいなぁ」

「そうじゃなくて、考えたんだけど、その会社にいなくてはならない人になればいいんだよ」


就職活動中の大学生の言葉だから、まるで、小学生が「僕達、結婚したら幸せになるよね」と言っているみたいな響きもするけど(笑)

成る程ね・・・

「いなくてはならない存在」はマニュアルをある程度こなした向こう側にあるとも
言えるけど、マニュアルどおりでは程遠い(苦笑)

そして旦那様は言う。
「マニュアル通りにやるにしても、なんにしても、何を見てやるかが大切だよ。

いつも自分がしている仕事の先にいる『人』の姿を見失わないように」

仕事って、難しい(笑)

それを「生き方」にしている旦那様の「仕事」はもっと難しい。

ふう~。

テーマ : 働くということ - ジャンル : 就職・お仕事

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2006.11/07(Tue)

苦手 

旦那様と一緒にダビンチコードを見た。

昔からこういう映画を見ると、暫く頭が痺れたようになって何も考えられなったものだ。
だから、試験の前とかあんまり見ないようにしていたなぁと思い出した。

頭が痺れたってもうすこし正確に言うと、広い宇宙に放り出されたみたいに、どっちが上でどっちが下か、どっちが右で左か、どっちが正しくてどっちが間違えているのか・・・。
今まで「こうだ」と思って学んできたと思い込んでたのを、最初から全部考え直さなきゃ・・・って感じかなぁ。

1000ページまで進んだ問題集を、最初からやり直す感じ(苦笑)

気が遠くなりそう・・・(笑)


はっきり分かったのは、4ヶ月前の出来事に理由があったって事。
8月にイギリスに行った時、旦那様と二人でウエストミンスター教会に出かけた。
カフェで一休みして、帰ろうとしたら、司教が話しかけてきた。

「ニュートンのお墓は見られましたか?」

「いいえ。見ていません」
別に人が多かったからという訳でもない。
ただなんとなく、良く見ないで通り過ぎてしまっていた。

「案内しましょう。こちらです」

その司教はわざわざそこまで連れて行ってくれたのだ。
そして・・・映画を見たら、その場面が結構、中心的な役割をしていた!!!
見ているうちに、その場に飛んでいったような感覚。
匂いも、光の入り方も、すべてがその場に立っているような感じだった。

リアルすぎる!!!(笑)

旦那様に言わせると、映画全部が「リアルだぁ・・・」
勿論、多少の作り話も織り交ぜてあるらしいが。

あの時の司教の言葉の意味が私が分かるまで4ヶ月。
誰が作ったプロットか分からない、なかなか粋なものだ。



リアルといえば、旦那様は昔から歴史の年代を覚えるのが苦手だったらしい。

「私も!私も!」などと喜ぶ私。
でも理由を聞いたら・・・全然違うわ・・・(苦笑)

私は歴史をタダの文字としてしか捉えていなかった。
そこに「人が生きた」という大切な要素を付け加えるのを忘れていたのだ。

「歴史を勉強しているとね、その絵が映画みたいに浮かんでくるんだよ。
そして、気が付くと、自分もその世界の中で生きてるんだ」

「ええ!!!」
タイムスリップだぁ・・・。

「戦争の場面なんか、大変だよ。自分も刀を持って闘ってた」

そりゃあ、年代なんか覚えている場合じゃない!と妙に納得(笑)

人が生きた「歴史」を学ぶ事を忘れていた私。
自分が「歴史」の中で生きていた旦那様。

どちらも「歴史が苦手」だった・・・。
苦手にもいろいろある・・・らしい・・・(苦笑)

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2006.11/06(Mon)

理想の場所 

勤めていれば、休みでどこかに出かけるとなると、一番混んでいる時期で一番値段も高い時期だ・・・当たり前だなぁ。

学生は時間はあるのに、どこかに行く、何かをするお金があんまり無かったり。

自分が行きたい時に行きたい場所へいつでもいけるし、何でもやれる・・・
そんな自分の居場所があったら理想的だ。

だけど、みんな知っているようにそんな理想の場所なんて無いよなぁ。

もし、そんな場所があるとしたら、
その場所の「いいところ」だけ外から表面だけ見ているか、
それとも、その場所の大変さを楽しんでいるか・・・

「大変な事=辛い事」ではない。

ある時期、大変な思いをしたとしてもそれが自分のやりたい事だったら、それは乗り越えられたり、辛くなかったりするものだ。

ある時期のある時間だけ見るとそれは「辛い事」だったりする。
だけど暫く時間が経って、「辛い事」が自分に必要だったと分かると、「大変な事」--(辛いなぁ)---「必要な時期」ーーー(あれも楽しかった)という風に思い出す。

まあ、勝手といえば勝手なモノの見方だ(笑)
それだけ人は、一つの事に対して色んな見方が出来るって事でもある。


「大変な事」=「辛い事」のまま変わらないこともある。
その先にある図式が見えなかったり、あまりにも我慢しすぎたり・・・
その間に「心」が死んでしまう事だってある。
そういう時、自分の居場所を変えるのも一つの方法だろう。

転職とか、誰かと別れる事とか・・・
色々だろうけど、その場を離れてもそこにやっぱり「理想の場所」は無いことにやがて気が付く。

「理想の場所を探すんじゃなくて、作るものなんだよ」
と、旦那様。

「理想の場所を作る」ために変わるのだったら、それは「逃げ」ではない。

次へのステップだ。

「でもね、時には逃げてもいいんだよ。そこで学んだ事を忘れなければいい」
とも旦那様はいう。

「逃げ」なのか「ステップ」なのか。
そんな事、やる前に考えてもわからない事だってある。

「大丈夫、大概の事では人は死なないから」
って、極端!!!な旦那様の言葉(笑)

まあ、どうせここで死んだも同然の姿に気が付いたら、
生まれ変わるために場所を変えてもいいかもね。

「って、君らしいよ。いつも大胆でよろしい!」

私、誉められてるの?????(笑)

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2006.11/05(Sun)

聞くこと 

日本語も英語も言葉のコミュニケーションの基本は「聞くこと」にある。

そんな話を昨日旦那様とした。

「英語が話せるようになりたい」
そう思っている人は多いだろう。

漠然と「話せるようになりたい」と思ってもなかなか難しい・・・
って誰でも知ってる事か(笑)

「日本語で話せない事を英語で話せるわけないよ」と旦那様。


子供は生まれてきて、いや、生まれる前からお腹の中でも言葉を「聞いている」
そして、話し始めるまでに数年かかる。
その間にインプットされた言葉の量と行ったら大変な時間。
子供は話せるより、聞く能力の方がずっとずっとある。

タイムラグがあるのだ。

大人は人が話す言葉だけで相手の頭の中を推測する癖(笑)ができているから、
子供には分かっていないと思っているかも知れないけれど、
ちゃんと、ちゃんと、聞いていて、思っているよりちゃんと、ちゃんと分かってる。


子供はやがて「聞くこと」で溜めた情報を元に話し始める。
その元になっているものは「自分が生きるのに必要な情報」だ。

だから・・・そうやって・・・
大人になって、自分が生きていくのに最低限必要なインプットが
終わると、「聞こえなく」なってしまってくる。

日常生活の中で意識をしないと、どんどん人の声が聞こえなくなる。
自分では聞いているつもりでも、それは頭の中に入っていかない。

「いる」「いらない」というフィルターはどうやら意識しないと
本能的なレベルで止まってしまうらしい(苦笑)


人の話を聞く。
その中にはその人のかけらが詰まっている。
そのかけらを集めて、人は相手の言いたい事を読み取る。
かけらを繋げる事が出来ないと、相手の言いたい事を
繋げる前にそのかけらは弾き飛ばされて、相手の話を
聞けなくなってしまっているのだ。

「話が上手な人は、聞くのが上手なんだよ」と旦那様。

コミュニケーションの大切さっていう大学院の授業を受けながらでも、
こんな基本を私自身も忘れる事はよくある(苦笑)

それにその授業中だって、「この人人の話を聞いてない・・・(笑)」
とか思ったりして(爆笑)

本当の意味で「聞くこと」は難しい。
「聞こえているつもり」になっている事に気が付くのはもっと難しい。

って、気が付いただけまだいいか(笑)

テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術

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2006.11/04(Sat)

雑用 

「雑用をタダの雑用ってしか思えない人間は先に進めないんだよ」
と、旦那様。

新しい環境に入ったら、雑用って必ずやる事になる。
「こんな事・・・」って一度は誰でも思うだろう。

と言ってもその内容はそれぞれだけど。

お茶を入れる。
掃除をする。
一日の準備をする。
コピーする。

これをただやるってなんてもったいない!(笑)

雑用をするって事は、そこに自分が学ぶべき人がいるって事。

それをやっている間に沢山、沢山、盗む(笑)ものがあるって事でもある。

「修行時代にも沢山雑用をやったよ。
一番のチャンスだね。
色んな事が一番近くで見られるもの(笑)」

職場でだって同じだ。
誰かのコピーを頼まれたら、その内容を見れる(笑)
掃除をしていたら、仕事のできる人の整理の仕方が分かる。

要は、何を見て、何のために雑用をするかって視点。
それが終われば、誰かがどこかでちゃんと見ていて、次の仕事がやってくる。

仕事で言うと、それまでに3年はかける必要があると昔、先輩の先生に言われた。
哀しい事に(苦笑)、3年経ったら、もっと沢山知る事があるって
気が付いたけど。

テレビゲームのセカンドステージって感じ。
前より、数段難しくなってた(笑)


旦那様のところに来ても、盗むべき(笑)ものは沢山ある。
だた、一寸違うところは「心の持ち方」まで盗まなくては
ならないところかも(ばらしていいのかな?・笑)

その心の持ち方まで、丁寧に教えるのを見て、大丈夫?とか思う。

「大丈夫、その段階にきている人にしかわからないから」
と旦那様。

「意味のないものはこの世の中にない」とも旦那様がよくいう言葉。

意味のない事にしてしまっているのは、自分の心の持ち方かもね。

雑用の中にある「基礎」みたいなもの。
「基礎」の大切さって、後になれば成る程、身にしみるものだ(笑)

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2006.11/03(Fri)

同じ事 

こうしてブログを書く時、旦那様も隣で自分のブログを書いている。

こんな事を書こうとか話をするわけでもなく、
書いた後お互いのブログを読んで大笑いする(笑)

「同じ事書いてる!(笑)私の頭の中を読んだでしょ~~~」となる(笑)

だけど・・・
同じ事が書いてあるって気が付いている人がどのくらいいるかしら?
とも思うのだ。

色んな事が自分の目の前で起こる。
色んなものを読む。
色んな事を耳にする。

全てにメッセージが含まれていて、それはまるで雪が降るみたいに
目の前を落ちていっているのだ。

その一つを手にして、ちゃんと手のひらで解けるまで見つめる。

そんな習慣のついている人は、ちゃんと雪を手のひらで受け止める。

でも、寒い時にポケットに手を突っ込んだままで、
「早くあったかいところに入ろう!」としか考えてない人には、
こうした瞬間は訪れない。

っていうか、常にあるのに気が付かない。

「ああ、そうか」と思った時って、なんだか楽しい。
世の中の秘密を知ったような、得した気分になる。

メッセージは、漫画の中にもあるし、映画の中にもあるし・・・

大学院の勉強の中でも言葉を含めた色んな面白さは、
何重にも層になっていると小さく、小さく分析する。

こうした、事が把握できない人は、誰かが電話をかけてきて、

「トムはいる?」って言われ、自分がいる部屋にトムがいなければ、
「いません」って家の中にいるのに電話をガチャンって切ってしまう・・・

これを笑っている貴方も、他の話ではこの面白さを見逃しているかも?

誰かが何かをする時、言葉にした「ワード」以外にも意図があるって事。
それが分からないといろんな面白さが理解できない。

面白さを楽しめるには、それを受け入れる「感覚」と
それが何故面白いのかが分かる「知識」

両方が必要。

だから色んな事を知っておきたいもの。
知れば知るほど面白くなるように
世の中、出来ている。

う~ん、うまく出来てるなぁ・・・

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2006.11/02(Thu)

もう一つのオーラ 

「貴方のオーラの色は?」とか
「オーラを高めよう!」なんて最近良く聞く言葉。

「オーラの色なんて、心の状態で変わるもんだよ」と旦那様。

大学院で先生が生徒を覚えるのに写真を撮って、それを一枚もらった。
なんだか、周りが「青い」

「精神状態が安定してたって事だよ」

確かにその先生は生徒に「安心感」を持たせる先生だ。

私は意識してかしないでか、教室に入る時モードを切り替えている。
多分だけど、いつもオーラの色がいつも青いとは自分でも思わない。

「貴方のオーラの色は~色です」
っていう時はその人の一番特徴的な面を指しているだけだろう。
だから、心をコントロールできればオーラの色も変えられるって事になる。
(なんて器用なこと!)

もう一つ・・・
私が勝手に名前をつけたオーラがある。

名づけて!「話しかけないでオーラ」(笑)

何となく話しかけにくい・・・
これを話しておいたほうがいいのに・・・

とか、思うんだけど、その人の前になると、

「話しかけにくいな・・・」とか
「もういいや」とか思って、言いたい事を言わないで済ましてしまう。

「いつも自分を守ろうと無意識にしている証拠だよ」と旦那様。

心に鎧を着ているのが分かるから、言っても仕方がないだろうと、
言う方が思ってしまうのだ。


嘗て、教師として働いていた頃、私はこの「話しかけないでオーラ」を多用していた。
それも、意識的に(爆笑)

学校の中とは言え、つまらない話題や取るに足らない話になった時、このオーラを出すのだ(笑)
今なら分かるが、きっと誰にも心を開いてなかったんだろうな・・・(笑)

そして、それで得した事も損した事もあっただろう。

場面、場面で、このオーラは切り替える事が出来たら最高だ。

何かを習ったり、吸収したりするときにこのオーラが出てしまうとね・・・
教師として教えていて分かる事だが、「話しかけないでオーラ」は、教える気持ちを萎えさせる。

場面によっては、自分の心を開く事が一番大切だったりする。
そうでないと、今の自分を守るという本能が働いてしまう。
最悪な事にその事さえ、自分では気が付かないのだ。

逆に「話しかけてオーラ」を持った旦那様の弟子がいる。
余計な事だと思いながら、つい、「~してみたらどうですか」とか言ってしまう・・・(苦笑)

時には耳が痛いことがあっても、「話しかけてオーラ」って大切だ!

それで本当に自分の心の鎧が脱げるかどうかは別問題だったりするけど(爆笑)

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2006.11/01(Wed)

トラブルの向こう側 

何かトラブルが起こると、
「なんで!こんな事が起こるの?」と一瞬誰でも思うものだ。

でもよく考えてみると、そのトラブルの向こう側は、
「現状」-「問題点」= 「元の状態」
なんて単純なものではない。

それどころか、問題点を解決しただけ、何かが進んでいる。

例えば、誰かとうまく行かないという事が起こったとする。
「どうして、こうなるんだろう」と相手を嫌いになって解決するならいい。
けれど、大体の場合、それでもその人と仕事をしなければいけないとか、
一緒にやっていかなければならないとか・・・

勿論、決定的に合わない相手と云うのもいるので(苦笑)

その場合は、相手を避ける(爆笑)
・・・ってこれも一つの進歩?かもね。

トラブルがあれば、それだけ相手がわかる。
何もなければ分からなかった、相手の考え方の癖とか物事に対する姿勢とか。
それに対して、自分が合うか、合わないかは仕方がない事。

だって、相手も「貴方が変わりなさいよ!」
貴方も「貴方が変えなさいよ!」と思っていて、
どちらも「変えられない」「譲れない」からトラブルが起こる。
どんな考え方にしろ、「変えられない」と云うのは相手も、貴方も同じ事なのだ。

こうしたコミュニケーションの食い違いから起こるトラブルに
どちらかが、一方的に悪いという事は殆どないと思っている。

相手を知れば、それだけ理解が深まるはず。
次には、同じようなトラブルを避ける言い方や進め方ができればいい。

同じ様なトラブルが起こるって事は、貴方も「進んでない」って事だ(苦笑)

「トラブルって見方を変えれば、チャンスなんだ」って
いつも、いつも旦那様は言っている。

どんなチャンスだったかって、後で振り返ると良く分かる。

相手が訳もなく(って訳は本当は分かるんだけど)無理な要求をしてくる時は、
貴方を脅威に思っている本能的な反応かも知れないし、
貴方を育てようと思っているのかも知れないし、
ただ、単純にそういう性格の人かも知れないし、

それは、いくつかのトラブルをよく、よく分析してみると観えてくる。

そうすれば、どうすればいいかが分かってくる。
脅威で相手がやっている事なら、きちんとした根拠で闘った方がよかったり、
育てようと思ってくれているのなら、とりあえずやってみるとか、
そういう性格と見切れば、そこに自分の感情をのせないようにとか・・・。

どれも、相手を知る事で、それに対する自分自身の姿勢も見直す事になる。

トラブルが過ぎればいいや・・・って、姿勢だけは・・・ねぇ。

せっかく、経験した事、苦労した事は、できるだけ身につけたいもの。

う~ん、タダでは起きないって旦那様の性格に似てきた気がする(笑)

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