2006.12/31(Sun)

学ぶ 

この前の勉強会で「教育」について話をみんなでした。

色々捉え方はあるけど、「教育」=「学校」って図式がかなり定着してしまってるなぁ・・・って思った。

よくこういう時に外国では・・・って話になる。
アメリカでは・・・
イギリスでは・・・
中国では・・・

この前初めて中国人が大学院のクラスにいて、
「なんで、日本人はこんなに沢山、大学や大学院に行く人が多いのに英語ができないの?」って聞いてた。

つまり、中国では大学院の授業となると、当然、英語で行われるものらしい。
(全部かどうかは定かではないけど、確率的にはそうなのだろう)
逆に言うと、英語の出来ない人が大学院に居るはずがない!と思ったらしいのだ。


イギリスはまさに学校自体がきちんと競争している。
日本で云う中高の競争はとても露骨だ。
年に数回、進学率、設備、教師の質、などなど、数項目にわたって採点され、それがバーン!と新聞に載るのだ。
ランクがはっきりしているだけにいい学校に入るには、それだけの準備が必要!という事になる。

よく、外国ではいかにも「受験戦争が存在していない」ようなレポートの仕方をされたりするけど、その実、その競争の仕方が変わっているだけで、結局違った形の「競争」が存在する。その時期や形が表面上、違っているだけだ。

勿論、そうした「いつ」「どんな」競争をさせるかっていう視点はとても大切だとは思う。

ある時期だけのある視点からだけ何かを比較するって、とっても偏っているって思う瞬間だ。特に日本で問題になっている大学入試の時期だけを取り上げて、比較しても何だかね・・・と思ってしまう。

だって、こうして、月に一度、学校を卒業しても「学ぶ」姿勢のある人が集まってくる。学校ではない場所に自分で「知りたい」と思ってわざわざ足を運ぶのだ。

「学ぶって事は一生続くんだよね」と旦那様。

「教えられるのは、ほんの一部でしかないしね」

本当の意味で「学ぶ」事を知っている人は、どこからでも何からでも学ぶ。
いい意味でとても貪欲。

「転んでもただで起きてはいけません」という旦那様の教え(笑)を守っている。

ところで、学校で学んだ数学が役に立たないって文句いう人はそんなに居ないのに、あんなに英語を勉強したのに英語が話せないって言う人が多いのは何故だろう???

って、私の疑問、まだ答えが出ていない(苦笑)
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2006.12/27(Wed)

出来る! 

「自分が出来るかできないか、そんな事やってみないとわからないよ。
やる前にいくら考えても一緒さ!」

いつもの旦那様の言葉だ。

分からないものはとてもとても複雑に見える。

そして、その「複雑で難しい事」に望んだ時の姿勢って様々だ。

「だめかもね」とあきらめる人。
「難しいからやってみよう」と思う人。

「だめかもね」と思う人は、知らないうちに出来ない理由を拾い集め始めるのだ。

人が足りないから。
相手が大きすぎるから。
時間が無いから。

「難しいけど・・・どうにか・・・」と探り始める人は、まず「出来る事」を見つめる。
そのためには何が必要か、何が足りないか。
足りないものはどうやって補えばいいのか。
本当に手に入らないものなのか。


こうした人が旦那様に相談をすると、その質問でどちらの考えを持って言っているのかがすぐ分かる。
「できない」と思って聞いているのか。
「やれるかも」と思って聞いているのか。

旦那様の弟子が今日言った言葉だ。
「僕のいる業界は、出来ないって思ったら出来ないんです」

「極端な時は、『出来ます』って返事をしてからその方法を必死で考えます(笑)」

いやいや、なかなかこうは思えないもの(笑)

だけど、その言葉を聞いたら、周りに居る人間も「出来る方法」を探し始めるのだ。
そして、旦那様のように具体的に「出来る方法」をアドバイスする人をも引き寄せるのだ。

一人の人間が『出来る』って言葉にした瞬間にその空気が変わるのが分かる。
みんなの心がクッと動く。

それでも勿論、「そんな事云ってもね」というしぶとい(苦笑)人もいる。


「どのくらいかかりますか?」と例えば完成までの期間を相手先から聞かれたとする。
「出来る」と思ったら、「出来ると思って答えるんです!」
彼は、そうやって不可能と思われた事を可能にしてきた人だ。

英語の勉強だって同じだって思った。
「どのくらいで話せるようになりますか?」

答えは、「貴方がこれまでに話せるようになりたいと思った時までです」って事になる。

問題や乗り越えるべき課題が自分の前にある時、ひょっとしたら、始めた時から結果は決まっているのかも???と思えるほど、その臨む「心の状態」は大きな影響力を持つ。
本人だけでない。
それは確実に伝染する。

って、今日「目撃」してしまった・・・(笑)
って、私も確実に「伝染」した気がする。

これだって一種の「被り」。
でもこんな「被り」はいつでも大歓迎だ(笑)

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2006.12/26(Tue)

ひとつじゃない! 

じっとテレビの番組を見ていると、世の中には色々な事件や日常の模様がある。

ボーっと見ていると、それは「ただのどこかで起こっている事」でしかなかったり、
突然、とても身近な事に感じたり・・・

おっと危ない!(苦笑)
こういう時にあまりにも感情を入れすぎると、すぐに意識しないで同調してしまう・・・と思っていても、まあ、無理な時は無理だ。

どうしても「心」まで届いてしまう。

不思議なものだ。
「伝えたい事」があって番組を作り、それを流しているわけだけど、心に入ってくるものと、そうでないものがあるって事・・・。

同じ事が自分が伝えたいと思っている時にも起こる。
「これが伝えたい・・・」と思って言葉を発しても、それは相手の都合ではじかれたり、逆に思っている以上に受け止められたりする。

教えるという仕事に長年就いていて、一番学んだ貴重な経験だった。


旦那様がアドバイスをしているのを見て、いつも思うこと。
何を自分の中に「聞いて入れるか」ってとっても大事な事だという事。

幾らとっても大切な事を聞いても、「聞こえない」時って誰にでもある。
でもそれこそが「黄色い危険信号」だったりする。
苦しんだり、悩んだりすると、心が自分を守ろうとする。
そして、大体、こんな風に思うのだ。

「そんな事、わかってる」
「自分の立場の全部を分かってる訳じゃない」
「こんなに頑張っているのに」
「理想はそうだけど・・・」

周りから言われたアドバイスを全て受け入れる必要はない。
というか、相手がどんな気持ちでアドバイスをしているかなんて、そんな状態の時には判断するのはとても無理な話(苦笑)

だから、自分の事をよく知っていて、そして冷静なアドバイスをしてくれる人を一人でいい、持ってみるといい。

そして、心がどんな状態でもその言葉だけは立ち止まってちゃんと聴く。

ポイントは「立ち止まる事」だ。

自分の目の前にある壁は、とてつもなく厚くて高い壁だと感じるもの。
前に進むには、それを堀り続けるしかないって、そんな時は思ってしまう。
自分が掘り続けてきた穴を戻るなんて・・・

だけど・・・その壁は、たった十センチの壁しかないかも知れないのだ。
ちょっと、進む方向を変えれば、その壁を掘る必要も無いかもね(苦笑)

散々、自分が掘った穴にこだわり続けたから分かる事でもあるんだけど。

「止まって一度、冷静に観る」って、勇気がいる。
拒絶する心を止めなきゃいけないしね。

だけど、「止まって冷静に観る」って行動が次のステップへの鍵だと思うのだ。

なんだぁ・・・やり方や、考え方はひとつじゃない。
こんなに沢山あったんだぁ・・・。

旦那様のアドバイスを側で聞いていて、いつも思う。

で、メモ、メモと一人でつぶやきながら(笑)その方法の選択肢をいかに増やすか。

ただいま、修業中・・・!

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2006.12/24(Sun)

新しい経験 

今までやった事のない事をする時、単純に「わくわく」する私。
そういう意味では、今でも毎日がわくわくの連続!とも言える(笑)


「やった事ないから・・・」といって、しり込みする人もいるらしいし、
実は・・・自分でもそういう気持ちに全くならないわけでもない。

この前も新しい業界の人と会って話をするチャンスがあった。

自分でもその業界では常識って事を沢山知らない事があるんだろうなぁ・・・って、不安もあるのはある。
けれども、「誰にでもこれが初めて」って言う事はあるんだと自分に言い聞かせてみる(笑)

昔、英語教師時代に教えた文
「人生は誰にとっても、新しい経験の連続なのだ。
明日という日を経験した事のある人は誰もいない」

自分が教えた文で、自分が教えられるとはね(苦笑)

世の中に全ての事がエキスパートって云う人はいないだろう。
でも、ひとつの事を極めて「広い世界」が見えるって事はあるのだと感じる事がある。

よくよく考えるとどの世界もあまり変わらなかったりして(苦笑)


「色々考える前にやってごらん?」
旦那様がよくアドバイスする事だ。

こんな事が起こるかも?って頭の中で想像するより、はるかに実践的だ。

思っていたより簡単だったり、
思わぬところで躓いたり・・・。

そこで立ち止まって考えればいい。
どうすればいいかってね。

やる前に「う~ん」って考えてもあんまり意味がないのよね。
って、自分を励ましてみる(苦笑)

結局、わくわくしているといいながら、私自身、どこかで「不安」なわけで(苦笑)
新しい経験は誰にとっても多少の「不安」ってあるもの。
それは、「自分を守る本能」を持っている以上、当然おこる「こころの癖」なのだ。

こういう時、「マイナス思考はだめです」って云うのは簡単だけど、実際はそうプログラムされている部分が自分にもあるのを実感する。

さて、さて、今年がそろそろ終わりに近づいてきたけど、またまた来年早々、新しい経験に挑む事に決めた私。

「不安」と「わくわく」を同時に楽しむ事にしようっと!

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2006.12/23(Sat)

やるしかない! 

「自分で自分の限界を勝手に決めてはいけないよ」

旦那様の口癖だ。

人は自分ができるできないをやる前に決めてしまう癖がある事が多い。

「難しそうだ・・」
「できるかな・・・」
「無理だよな・・」
「もう少しわかかったらな・・・」

そうそう、こういう脳が本能的に作ってしまう自分への言い訳は、一時的にはそこから目をそらしてくれるものだ。


でもね・・・
結局は、同じ事を同じ様に言い訳して避け続けているだけ・・・だったりする。

それさえ気が付かない事も多い。
だって、それは自分にとってはすごく当たり前の言い訳なのだ。

「学校で習っていたら、出来たのに」
「もう少し体力があったら、できるのに」

こんな思考回路は、とりあえずの逃げ場を作ってくれるものだ。
雨が降ったら、雨宿りをするのと同じくらい、自分にとっては自然な行動なのだ。

でも・・・
こんな言い訳は、自分の限界を自分でやる前に決めてしまっているかも知れない。

実は、もっとできるかも知れないって可能性を捨ててしまっている瞬間かもね。



「そういう能力が貴方の中に眠って居ます」って言いたい所だけど(苦笑)
これまた、それを引き出すのもそんなにシンプルな事ではなかったりする。

潜在意識の中に眠っているものは、時々書く事だけど、「役に立つ事」ばかりではない事もあるのだ。
例えば、生まれてから今までの人生の全部の記憶が鮮明によみがえったとする。

思い出して、自分の潜在能力が高まり、今まで以上の力が出せるようになる保証ってあるのかしら?
確かに、その記憶の中に自分を高める潜在意識が眠っているのは確かだろう。
それは、全て自分でやった「経験」で体にも心のどこかにも入っているもの。
だから、何かの方法で思い出せるかも知れないけど・・・

一番大切なのは、「どうして、それを思い出したいか」っていう目的だ。

潜在意識を使えば、何でも出来る!なんて、そんな簡単じゃないよな・・・って思う事が多い。


今、私自身の感覚が突然のように鋭くなっている。
ずっと、何かを続けていて、何も変化がないように思える時も多いけど、変化は突然やってくる。

というわけで、私の中で眠っていたらしい鋭い感覚が戻って来て、「被り」の症状がこれまた突然のようにひどくなっている。
う~、せっかく、この前までのレベルでは、ある程度祓える方法を見つけた!と思った瞬間だったのに(涙)

久しぶり(苦笑)に本格的な「被り」を経験したが、強烈だった!

いきなり視野が狭くなり、自分が手に何かを持っている事を忘れてしまう。
とにかく、歩くのも、呼吸するのも大変。

旦那様の近くにいると、「成長」する為に必要な事は、自分の都合での言い訳が聞かない事が多い(苦笑)

勿論、そのレベルは本人の能力に応じて・・・って事なんだろうと思うのだけど、それにしても「変わろう!」とか「成長しよう!」とか思ったか、思わないか分からないうちに、やらなきゃいけない状況になったりして(苦笑)

こうした事が起こる人は、自分で忘れていても、いつかどこかで誰かに向かって、
「こうなりたいです!」って宣言している(誰に向かってだろう???笑)

実際にこういう試練が来た時には、自分が決めた宣言を忘れている・・・というか思い出す余裕も無かったりするんだけど(苦笑)

経験上「これを乗り越えたら、それだけの事はある」って分かっていてもね・・・(苦笑)辛いものは、辛い。

と、旦那様の弟子の気持ちが分かる時でもある。

「先生、これくらいで勘弁してくださいよ~」(笑)

旦那様はいつもただ笑って聞いているだけ・・・。

自分でやるしかない事は自分でやるしかないんだろうな(涙)

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2006.12/22(Fri)

いやいや難しい! 

常々思っている事ではあるんだけど、自分の言いたい事を「ちゃんと伝える」のは難しい・・・(苦笑)

で、その時は「伝えなきゃ」って気持ちばかりが先走ってしまう。
冷静になれば分かる事なんだけど・・・

相手を見て居なかった(トホホ)ってね。


旦那様の言葉を誰かに伝える。
それを「正確に伝えなきゃ!」って思って、伝えれば伝えるほど、どうしてこれがそんなに大切なのかという事を説明しようとすればするほど、相手が混乱するのが分かる。

いやいや・・・大変だぁ!


誰かの言葉を誰かに伝えるのってこんなに難しかったのかと再確認!って云うところだ(笑)

人の言葉には「表面上の言葉で書いてある事」意外にその人の「思い」が乗っかっている。
旦那様もそして英語の場合は私もそれを手伝いながら、相手の「思い」を読む。

書いてある文字から、伝わってくる感情。

「どうしても、これは一緒にやりたい」

「とりあえず、返事だけだしとくか」

「あんまり気がすすまない」など・・・

こうした感情が読んでいる内に伝わってくるのだ。


相手が「苛立ち」や「拒否感」を持っているのも当然伝わってくる。

前向きな気持ちの文章の時は、そんなにあわてないが、やはりマイナスな気持ちで来た手紙への返事には、とてもとても神経を使う。

そして、そのままのモードで、「これはこういう気持ちで書いてあります。次にこの方向に物事を進めたいなら、こういう返事を書いてください」って言ってもねぇ。


こうした時に一番大切なのは、「一度冷静になる事」

そして、「何の為に自分がこの仕事(だけじゃないけど)をしているか」って云う目的を思い出す事なのだと痛感する。

あわてたりして、冷静さを失っている時、人は「本能」で反応してしまうのだ。
そうすると、自分の弱点がでてしまう。

「こんな事が起こったらどうしよう」って起こりもしない事を考えたり、起こっても自分の力で十分にフォローできる事まで心配して、自分や周りの可能性までストップをかけてしまう事だってある。

私の場合、話していても相手が理解しないと、「教師としての本能(苦笑)」が動き始める。
冷静だと、ちゃんと相手の反応が待てるのに、たたみかけてしまうのだ!(あらら)

説明に説明を重ねて、余計な情報まで相手に入れてしまって、かえって混乱させる・・・って癖・・・いまだ治らず(苦笑)

こういう時も後で考えると「時間」の感覚と云うのがまだまだだと思う。

自分も相手も「冷静になる為の時間」

ほんの数秒しかかからないのに、それをはしょってしまった事で起こる混乱・・・。

「その数秒や、いったんそこから視線を離す事ができるって、本当に物が良く観えるようになるんだよね」と、旦那様。

今なら、それはよくよく分かる。

うう・・・次から次へと「修行」は続くのだ!

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2006.12/21(Thu)

目的と結果 

フィギアースケートのニュースを観ていて、旦那様。

「点数とか、順位は結果論なんだよね~」

勿論、今回は、みんな本当に体調が悪かったらしい。
報道というのはある意味、好きなように書けるので、
「どうした!日本勢!」みたいな見出しが載っていたりして(苦笑)

荒川静香が優勝した時、その前に色んな点数のシステムが変更になったりして、自分の演技を変更するかどうかとても悩んだらしい。
結局は、「自分の得意」を活かして自分の世界をつくりだした。
そして、それがたまたま(という言い方は失礼かも知れないが)金メダルへと繋がった。

誰だったか忘れたが、とても安定したすべりをして、点数をきちんと取る演技をする選手がいた。ある一時期の金メダルは彼女が総なめしていた。
けれど・・・今、彼女がどんなすべりをして、なんという名前だったか思い出せない(苦笑)

これって、生き方や勉強の仕方に似ているな・・・って思った。

よく、私が陥る事でもある。

点数のために勉強しているのではないと頭で分かっていても、その為にレポートを書いたり、テストを受けたりする。そうすると、記憶に残らないのだ。

「何の為に」という目的はやり始めの時にきちんと持っていても、何かがあると忘れてしまう事が多い。

仕事だってそうだ。

理想と現実。このバランスを取るって結構難しい。

理想論だけでは、会社は成り立たないし、現実だけではその時は絶対条件に見えてもやがて「心」が萎えてくる。
何の為にやっているのかが見えない毎日にやがて耐えられなくなる時がやってくるものだ。

理想という自分の「目的」や「目標」を実現するための「今、現在」。

「それを忘れないでやると同じ事でも違った意味を持ってくるし、違った結果がでてくるよね」


話が飛ぶようだが、先日終わった織田信長の番組。
織田信長を殺した明智光秀に、殺された信長の亡霊が出てきて言う。

「お前には、世は治められん。

お前には、夢がないからだ」


こんな同時に成り立たないように見える二つの事、
「夢、理想」と「現実、結果」のバランスをどう取るかって事にずっとずっとチャレンジし続けているのかも知れない・・・。

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2006.12/20(Wed)

しあわせ 

データーを沢山集めても理解が難しい「しあわせ」

だけど、「しあわせだな・・・」って思った経験のある人なら、「しあわせ」ってどんなものか知っている。

自分の「しあわあせ」って、自分に聞けば簡単に分かる。
心からしあわせそうな顔をしている人をみれば、「しあわせなんだ」って分かる。(当たり前!)


こんなに自分で「分かる」「知っている」のに「言葉」や「文字」で表せないなんて!意外だったり・・・(笑)

なんでこんな当たり前に思える事にこだわってしまうかと言うと、人は「言葉」で定義されたものしか、存在しないと、ありもしない物は信じないと思っている人がなんと多い事・・・と、思っていたら、こんな屁理屈みたいな説明をしてしまった(苦笑)

旦那様の仕事はその人が「しあわせになる為のアドバス」

人によって、しあわせの基準がどんどん変わるのなら、
アドバイスも変わるそれに合わせて変わるはずだ。
オーダーメイドもオーダーメイド。
心に直接、働きかける。

勿論、本人にその準備ができていないと『効果」は半減どころかほとんど無かったりするけど。

アドバイスにタイムリミットがあるのは、本人の「心」が変わるから。

しあわせと思ったものがいつの間にか「当たり前」になってしまって、一番大切なものが見えなくなってしまったりするのも、『人の心の癖』

時々思うのは、「しあわせ」な人が
「しあわせ」が壊れるかも知れないとか、
これからもしあわせでいられるかしらとか、

ともすると・・・
あの人もこうやれば幸せになるのにとか、

色々、考えてもし方のない事でいらだったりして、「私って、不幸・・・」(苦笑)

とまでも行かなくても、「しあわせ」を守ろうと「不安」な気持ちになったりしてね・・・

私はこういう人を「心配の種探し」と呼んでいる(笑)
時々、登場する妹は調子が悪いと、突然、「心配の種探しの女王」に変身する。

「あのね・・・そんな起こるか起こらないか分からない事を考えて、今のハッピーな時間を使うのもったいなくない?」

そんな事、自分でもよく分かっているはずの妹は、自分の癖を知っていて、この病気?がでたら、私にこの一言を言って欲しくて、ロンドンから電話をちょくちょくかけてくる・・・気がする(笑)
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2006.12/19(Tue)

しあわせ 

誰でもが幸せだと思うような事もある。

おいしいものを食べるとか、
子供が生まれるとか、
大学に合格すとか・・・

いや、待てよ・・・本当にみんな「幸せ」って思うかな?


昨日、スタートレックを観ていた。
以前も書いたが、この映画は私が生まれた頃に出来たはず。
でも学術的論文より、時には(と書いておこう・笑)ずっと人間の心理を正確に捉えていると思う事がある。

「データー」(=これまで起こってきた歴史上の事を全てしっているアンドロイド)は、ある二人の男女を引き合わせる。
つまり、仲人みたいなことをやる。

お陰で二人は、結婚する事になるのだが、女性の方が当日になって、
「私、キャンセルしたいの。結婚するのにこんなに不安だなんて。
貴方、伝えてださらない?」と、データに頼むのだ。

データーの分析は、「結婚するはずの相手は、ケイコ(その女性)の幸せを願っている。ケイコが結婚して幸せでないとすれば、きっと彼もそれを知って、喜んでキャンセルするだろう・・・」

ところが・・・である(笑)

データーは混乱する。
そして、今まで結婚して、幸せになった人のデーターにアクセスする。

「○○では、一年以内に子供が生まれたら、幸せな結婚生活という事になる・・」
そんなデーターを幾ら分析しても

「幸せな結婚生活の条件」が分析できないと混乱する。


人間の感情はとても複雑だ。
そして、その時の状態によって「同じ物理的状態」が幸せであったり、なかったりする。

もし、おいしいものが目の前にあってもそれが自分が嫌いなものだったら?
もし、おいしいものが目の前にあってもお腹が痛かったら?

もし、子供がすでに十人いて、これ以上子供が出来ると、家計が苦しかったら?
もし、女の子が生まれて、男の子がほしいと思い続けていたとしたら?

もし、合格した大学は、本当はあんまり行きたくない学校だったとしたら?

ああ・・・例によってしつこくなってきた(爆笑)

つまり、「同じ事が起こって」それを「いい事が起こった」とか「悪い事が起こった」とか判断しているのは、

「起こった事」ではなくて、

「起こった事に対する自分の気持ち・見方」なのだ。


起こった事実は何も変わらない。
なのにその時の「自分の事情」で「いい」「わるい」のどちらかになる。

つまり、「幸せは、自分で作る」しかない・・・


う~ん、最近、どうも話が少し、複雑でいかん!

と、自分の心の複雑さをこれでも認識するのだった(苦笑)
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2006.12/18(Mon)

自己主張 

自己主張をすると人間関係でトラブルになるって思っている貴方!

それは、間違いです!
と、敢えて、はっきり言っておこう(苦笑)

勿論、「自己主張」をするやり方とか、タイミングとか色んな要素がある。
それに「私が正しい」というだけの主張も問題だ。

だけど・・・
「我慢する」って言うのは、体に良くない(爆笑)
それに・・・
本当に、我慢しているか、我慢できるかって話になると、いささか疑問だったりして。


自分を完全に押し殺すには、それだけの「理由」と「目標」が必要だ。
あるいは、自分の心をある意味で死んだ状態にし続けるか。

人は、今までの歴史の中で好き、嫌いに拘わらず闘ってきた。
勝ち残って来た人だけ、今、ここにいるのだ。

「私は、闘った覚えがない!」なんて・・・
貴方の先祖が闘って、そして貴方がそこに居る。
そして、今ここに生きている私たちの体の中でも、この生き残りの闘いは常に続いているはず。体の中には病気になるものが常に「外界」から入ってきている。
今吸った、空気の中にも何が入っているか・・・無菌状態なんて普通はない。
それに自分の体の免疫をはじめとするシステムがいつも打ち勝っている。
それが、健康な状態・・・。

だから、「闘う」事は、ある意味で「本能的に刻み付けられている」

生まれてから、どこかで、「闘うこと」=「野蛮で悪い事」のように教育されたりする。こういう段階も必要だろう。でなければ、その本能に振り回されっぱなしになってしまったりして(苦笑)

だけど、ある年齢に達して自分で生きていく段階に入ったら・・・
今度は、自分の持っている「本能」をもう一度「意識」する必要がある。


「修行して、悟ったからって、そう云うものが無くなるなんて事はないよ。

むしろ、それを素直に認める事だろうね・・・」と旦那様。


霊能者をはじめとして、こうした「本能」に自分の感情が意識的であろうとなかろうと、アクセスしやすい人と言うのは、押さえようとすると余計に問題が大きくなる。
意識していない場合は、もっと厄介。
必ず、それをどこかで出しているはずなのだ。
そして、その事も本人は意識していない事が多い。

自己主張する事。
それは、「上手な言い訳」もそのひとつだが、人は人と出会ったとき、必ずその心理的な距離を測っている。
どの辺りがお互いにとって一番心地がいいかって事をね。
それは、大体、外に出されるその人の「言葉」だったり「オーラ」だったり。
そんなものを相手は感じながら、貴方との距離を測っているのだ。

相手に合わせすぎたり、自分を主張しないと、どうその距離を測っていいのか相手は分かりにくいのだ。
勿論、こうしたシグナルの感じ方は人それぞれ。
シグナルを受け入れる「感覚」そのものがあまり鋭くない人もいるのは確かだ。

上手な自己主張は、コミュニケーションを生み出す。

「私は、こういう事をやってきた」「それで、こんな風に思う」

究極、言っても言わなくても、合わない人とは合わない。

言われたくない事を言われた時。
人間関係で悩む時。

それを言わせているのは、自分かも知れない・・・ってちょっと振り返る事が出来たら・・・

う~ん、昨日に続いて、とてつもなく難しい事を考えている気がする・・・(苦笑)

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2006.12/17(Sun)

上手な言い訳 

言い訳って、本能的な部分が一番よくでる(苦笑)

最近でた本「脳はなにかと言い訳する」
何だか面白そうな本だと思うと、まず覗かずには居られない(笑)

脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!?

「脳がなにかと言い訳する」とは?
たとえば、ショッピングで気に入った服が二つあったとする。高価なので、どちらか一方しか買えなかったとき、後で「あのときの選択は正しかったのだ」とばかり、自分を正当化する理由を探し始める。その服の好きな点を探したり、あるいは買わなかった服の欠点を挙げたりなどして納得する。
その時脳は、もっともらしい「言い訳」を探し出す。「後悔していない」、「あのときの選択は正しかった」という潜在的な意識を働かせるのだ。「後悔を嫌う」という本能があるからこそ、脳は私たちの人生を幸せなものにすることができる(ようにできている)。

海馬の研究をしている科学的な視点からの「本能」の捉え方だ。

こうした本能は「自分を守る」為に働く事が多い。
だから、どちらかと云うと、「その場をどうやり過ごして生き延びるか」って云うように働くもの。

「目の前にある心悩ませる『問題』を自分の良い様に解釈する」って事でもある。

そこで、問題になるのは(笑)「その瞬間」しか回避できない!って事!
後の事なんか、考えないで反応しているから・・・。

「言い訳でけで終わると成長しないんだよね・・・
自分でやった事をわすれちゃうから・・・」と旦那様。


その一方で言い訳をしないと「辛い」(苦笑)

妹があるコンサートのチケットを知り合いに取ってもらったらしい。
会社の知り合いで、相手はドイツ人。
あの悪名高き、ロンドンの地下鉄で会場に向かったところ、いつものように途中で止まったらしい(爆笑)

「この次は遅刻しないように」

「ごめんなさい」としか言えなかったの・・・

彼女の心の中に何かが残っているのが分かる。
言い訳はするな!と教育される文化もある。
「時と場合によっては、言い訳無用!って時もある」と旦那様。

その通りだと、特に上下の人間関係の中で思う。
言い訳をする事で、「自分の立場を守っているつもり」が「自分の立場を悪くする」事だって結構ある(笑)


だけど、何も言わないのも体に悪い(笑)

「ノーザンライン(ロンドンの地下鉄)に言ってておくわ」
「今度、自分で地下鉄でも引こうかと思うわ。その時は出資してね」とか
言えば良かったのにと私。

言い訳って人に気分を害させるものもあるけど、
言わないのもまた自分の中に何かが残るのが厄介だ(笑)
なにしろ、本能に反している訳でね。

上手に言い訳をするって実は「上手に会話をする」って事にも繋がる。

「自分を守る本能」を取り除くのではなくて、それを認めて、だからこそその先を考える事ができたら・・・

ああ、なんだか今日はとてつもなく「難しい事」を考えている気がする(笑)

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2006.12/16(Sat)

時の感覚 

CMで御なじみのシーン。

ヘッドハンティングと、独立と、そして昇進のチャンスが一度に降ってくる。

なさそうで、実は実生活ではこんな事はよく起こっている。

「人の人生には波があって、変化の時って云う時期に来るとこんな事もあるよね」と旦那様。

勿論、その前の段階でちゃんと評価される仕事をして来たと云うのが前提だろうけど(苦笑)
こんな時の選択って本当に悩むと思う。
内容は「前向き」の悩みだ・・・けれど悩み過ぎると疲れるのは同じだったりして(笑)

人の時の流れは、「一定」ではない。
それは、水が流れる様子によく似ている。

テレビを観ていて雨のシーン。
本当に雨が降っているのかどうか、ちょっと気をつけて観るとすぐ分かる。
雨の粒の降り方が、人工的に降らせたのとは違う。
人工的な雨はカーテンのようにどこか「一定」過ぎる(笑)

「本物の雨って、一定じゃないんだ」ってそんなシーンを観て思ったりして。
とか、言い切っている私自身、その事をよく忘れる(笑)

だから、「待つべき時に待てない」
無理やりに事を動かそうとしてしまう。

そして、本当に「無理矢理」やってしまうと、どこかにひずみが起こる事が多いもの。

って事をドラゴンボールで学んだ!(爆笑)
いつか、書いたかも知れないが、ドラゴンボールの最後の場面。
これまで、ボールを集めてかなえてもらったお願い事の数だけ、敵が出てくる。

「おれは、あのお願い事の時に生まれたのだ~」ってね(笑)

いつかは帳尻を合わせなくてはならない時が来るのだ。
世の中、うまく出来てるわ~。

こんな事、漫画でしか起こらないと思ったら大間違い!!(笑)

ほら、時を観る目が無くて、うまく行かなかった人って今年も何人もニュースに上ったでしょ?

「待つ時はただ待っているんじゃないんだよ。タイミングを待って、力をためてる時期なんだ」と、旦那様。

まさに、語学もこんな風に伸びていく。
身長だって、学力だって、時間と正比例して伸びるって云うのは最初のちょっとだけ。

後は、意識している部分と意識していない部分も含めて、本人の都合でしかない。

こういう「流れ」が見えてくると、「自分が今何をするべきか」がクリアーになる。

そして、せっかちだった私にとっては、「待つ事」が前より少し出来るようになった気がする・・・

ただし・・・「もう少しだね」と云う旦那様の言葉。

って、事は、「まだまだ」っていう意味だ(苦笑)

テーマ : 不思議な出来事 - ジャンル :

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2006.12/15(Fri)

時間の感覚 

最近痛感するのが、「私って時間の感覚がない!」って事。

遅刻するとか、時間を忘れて~するとかそういう事ではない。

むしろ、そうした事は大事な事であればあるほど、どんなに時間が足りなさそうに思えても終わる時は終わる。

先日、実家に帰った。
父は78歳の今でも大学まで週に一度教えに行き、週に1~2度は地元の人に教えに行き、その他月に2回は講師を務め、イレギュラーで先月は4回、講演をした。

これを聞くと「元気だな~」と思うかも知れないが、本人はご飯が食べられないほど消耗していた。
実家に帰り、とにかく旦那様にアドバイスしてもらった通りに「食べて」「食べて」「食べて」と頑張って食べさせたのに・・・
3日目、私が東京に帰る頃になっても、何だか元気がない。

「ねぇ、食べても元気にならないんだけど」とメール。

「あのね・・・食べたからって、そんなにすぐに体全体が元気になる訳ないじゃないよ。今の状態なら、一週間はかかるよ」と旦那様から返事をもらう。

「ああ・・・そうよね・・・」

何かを一生懸命やりすぎると、こうしたお馬鹿な(笑)気持ちになってしまう。
「やっているのに何で効果が出ないんだ!!!!」ってね。

食べたものが体に吸収されて、すぐに元気になるって事はそれだけ体に負担をかける事もやってしまうって事もある。
栄養剤を飲んだ人がよく言う事だ。
「飲んだ時、元気になるから、ついやりすぎてね~」
それに、心臓にも負担がかかると旦那様は言う。

当然だわ~。

何でもそうだけど、何かをやってる「時間」と「効果」って繋がりは一定の速度で進むものではない。

効果が早ければそれだけ、他の部分にも負担がかかる。

逆に、効果が遅すぎるとその間に痛みやつらさで体力が奪われる。

「適当な」効果の出方というのは、目に見えない速度で、それでもじっくり進んでいるのだ・・・続けている限りね・・・。

「時計」という便利な機械のお陰で、一応の時間を認識はする。
けれども、「実際の人の時間」は、時計の針のように進んでいるのではない。

これって全ての事にいえるんだよな~。

ひょっとして、その「時間の感覚」を学びに生まれて来たのか!と思えるほど、
この「感覚」を感じ取るのは難しい(笑)

戻って来てから、父に電話をかけた。
声だけで、相手の健康状態は大体分かるもの。

「う~ん、あの3日間は無駄じゃなかった」(笑)

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2006.12/14(Thu)

育ち?遺伝? 

「ねえ、霊感って、生まれつきのもの?それとも環境のせい?」

ちょっと聞いてみたくなる質問だ。
ちなみにどちらで付いたものでも自分で意識するのは難しい。

そして、旦那様の答えは思ったとおり。
「う~ん、両方だね」

遺伝か環境かって原因を探す「癖(笑)」ってよくある視点。
でも、この二つは複雑に絡み合ってここからここまでって線を引くのは難しい。

だって、どんな遺伝子を持って生まれても、それが自然に出てくる環境にたまたま出会う事もあれば、そうでない事もある。
人から引き出してもらわなければ出てこないものもあるのだ。


引き出してもらわなければ出てこない能力って、ある意味「言葉の習得」に似ているなぁ・・・って思う。

人は生まれてくる時に「どんな言葉でも話せる」能力を持って生まれる。
そして、生まれた「環境」で「どんな言葉」で話をされるかによって、自分の使う言語を習得する。

あんまり意識しないけど、実は、その時、「それ以外の言語を話す」という能力を一時的にでも眠らせてしまうと感じる。

で、私の頭の中では、もしも子供が一週間のうち、7人の違う言語を話す人に世話をしてもらったらどうなるだろう(苦笑)って・・・。
まあ、うまくいけばその言葉のいくつかを話せるようになるかも知れないし、最悪は、どの言葉もしばらくは話せないかもしれない。

小学生が大学の授業を受ける様な感じ?
頭の中の整理が付いて、言葉が話せるようになるまでに普通の場合より数倍時間がかかるかも知れない・・・って全部、仮定の話だけど(笑)

こうして、「ある言葉」を習得する事で、引き出される能力。
言葉を話せるという「遺伝」が「環境」によって引き出されるもの。

たとえば、こうした周りからの「刺激」を感じるセンサーが言葉以外のものに対してとても強かったりすると・・・
「臭い」とか「言葉以外の音」とか「視力」だったりとか・・・。

「使っている感覚が違うって感じる事があるよ」と旦那様。

「昔は、みんなが使っていた能力でもあるんだけど・・・」

つまりは、霊感といわれる今では多くの人が引き出される事の少なくなった環境。

実は多くの人の中にあるはずだと旦那様はよく言う。

勿論、同じ「刺激」を受けてもどの程度反応するかは、どのくらい言葉を使えるかとか、どのくらい言葉に敏感かとか、違うように一人ひとり違うだろう。
同時に、「変わりたい!」と思ったとして、自分がある環境の中で作ってしまったものは崩すのに時間がかかる。

生まれか育ちか・・・とかどちらかを選ぶのに考え込むより、自分の持っている能力を素直に認めて、素直に出したほうがずっと現実的だ。

もし、それがうまくいかないのなら・・・

「どこかで、ものものすご~~~く厚い鎧を着ちゃったんだね」と旦那様が言うように、
気が付かないうちに何枚も何枚も厚気しているかも知れませんよ。

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2006.12/13(Wed)

竜巻 

本能で反応している時、本人はその事に気がついていない事が多い。

霊能者のように本能の持っているエネルギーの強い人は、その瞬間に風が吹く。

周りも、そして本人も、その竜巻みたいな風に巻き込まれるのだ(苦笑)

「だから、霊能者と話していると、疲れるよね(苦笑)」と旦那様。

自分の事を差し置いて・・・と言いたいところだが(爆笑)確かにそのとおり!
本人にとっては、「お腹がすいたら、何か食べたい!」というぐらい普通の反応なのだが、「ねぇ、ねぇ、お腹がすいて死にそうなの」状態で騒ぎ始める。
自分ではお腹がすいているから、当たり前の行動だと思っているけど、本能に動かされている分、その勢いはすごい(笑)
ほら、時々、すごい勢いで食べる人の周りには目に見えないなにか空気があるでしょう?

それは自分の事を観察し始めて、逆に始めてわかった。
というか、後であの時・・・あら?風を吹かせていた?
旦那様ほどではなくても、多少の風は誰でも起こせる。

何かに夢中になっている時。
仕事が詰まっている時。
誰かに怒っている時。
危機的な状況だ!と思った時。

そんな時の自分の風をコントロールするのは、とても難しい。
「でもね・・・自分で意識しないとね・・・」

それにそこまで風を起こす必要がなかったと反省する事もあり・・・(苦笑)
試験の時なんて、特にそうだ。
大学院のテストの範囲なんて、高校生のテストの比ではない。
とか、間違った(笑)とらえ方をして勉強をすると、私の周りには不必要に大きな風が起きる。

「わかってない、わかってない、終わらないよ~」

「わかってるよ、ちゃんと君の中にある」

冷静でない時はそうした旦那様の言葉さえ、耳に入らない時もあった。
何度かそういう経験を繰り返し、テストが終わった後、思い出すと、

「なんだ~、こんなもんか・・・やっぱり、私はわかってたわ~(笑)」

お陰で、今はどんなにあせっていても旦那様の声(だけ・笑)は聞けるようになった!(爆笑)

常に心を平静に保つなんて無理な話だ(笑)
旦那様なんて、一秒もかからずその状態になる。
そして、一秒後、普通の状態に戻る。

「苦労したよ。普通の状態に戻すって『普通』を知っていないとできないしね」と旦那様は振り返る。

あの~、戻ってない時もないとは言えないんですけど・・・(笑)

「正しいと思ったら、正しく怒るのも大切なんだ」

そのとおりです!

風を起こして、自分も巻き込まれ、どこに着地したのかわからないなんて事。
結構、やってるかも知れない。

本当に風を起こして、闘わなければならない事って・・・
思っているほどは、いや、自分でやっているほどは、実際には「ない!」
と、言って置こう!!(笑)

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2006.12/12(Tue)

記憶と匂い(臭い)? 

自分の臭い(匂い)ってなかなかわからないもの。

よく町の中で香水の匂いがとても強い人がいるが、毎日つけていると自分で自分の匂いがどのくらい強いのか狂ってしまうのだ。
多分、昔、香水をつけていた頃、私もやってたかもなぁと思ってしまう。

旦那様によると、香料の匂いの粒子はかぎ状になっていて、一度臭いが鼻に入るとそのかぎ状の部分が引っかかっていつまでも香るらしい。


話は飛ぶけど、病理の勉強をしていた頃、何でもかんでも顕微鏡でのぞいていたらしい。マクロの世界にもいろんな発見がある!って、生き生きと話をしている・・・その内容はまた別の機会に!(笑)

ところで・・・「臭い」
「蒼天の拳」という漫画。
その中の主人公はものすごく「鼻」が利く。
その鼻で相手の位置を感じたり、その人が行った場所や住んでいる場所がわかるのだ。

自分の鼻が利くと言う事に気がつく前にこれを観ていたら、「うそ~、そんな事わかるはずがないわ~」と思ったはず。
けれど・・・
今、自分の鼻でいろんな臭い(匂い)がかげる事に気がついた今、それはある程度、理解できる。

ここにくる前、その人がどんな場所から来たのかとか。
服についた空気の臭いは確実にまとわりついているのだ。

時には心の状態が「臭い・匂い」になる。
(勝手に私がその状態を臭いに変換しているだけだけど)

そう言えば・・・昔から匂いには敏感で、仕事に出るのに朝、火を使って料理をすると、一日中その臭いが私の周りでして、なるべく火を使わない朝食に切り替えた事もあった(敏感すぎ!と旦那様から笑われる!)

こうした自分の感覚の癖というか、特徴を知るってとても大切だと思う。

それは、「役に立つ」時もあるし、その逆もある。
この前の犬の臭いのように、そこにないのにいつまでも臭いがして勝手に気分が悪くなってしまう・・・まさに「被り」と一緒。

「ただの記憶だとわかったら、それを消さなきゃ」と旦那様。

って、簡単に言われても、それができないから苦労しているのに~(苦笑)

でも、これが一番のポイントだ!!!!

自分の癖を知らないと、それに振り回される!

それも実際、そこにないものにね。
まったくと言っていい程役に立たないばかりか、これで気分が悪くなってはねぇ(苦笑)

・・・という事を、特別な感覚を持っている人たちはやっているのだ。

臭いだけではない。
一番振り回されやすいのが「見える」って事。
これも何かを感じて、結構、勝手に自分の解釈で映像化している場合がある(これは実際にそこにないもの)

自分にとって「怖い!」と思うと、自分が経験した「怖い!」映像を作り出すのだ。

「見えるんです・・・それで?っていつも思うよね(笑)」と旦那様。


「その感覚がなくなったりしたら大変ですよね」と相談に来て、いろんな事をずばずば旦那様から見られた人に言われた事がある。

「無くなりませんねぇ」と笑ってその時は答えていたけど、
後で、まじめな顔で「無くなればどんなに楽だろうね~」とつぶやいていた。


こうした感覚は、それぞれの霊能者によって、程度も内容も違う。
同じものを感じても、違うものが見えたりする。
いつか、同じ見えないものの話をしていて、同じものを観ているのに、それぞれが違う映像を作り出している事にみんなで気がついて面白かった。

そうした感覚に振り回されると、本能的に反応するのが普通だ。
本能を上手に押し込めた人の中でそれを出してしまうと、「理解できない人」になってしまったりする(笑)
たちが悪い事に本人にはそうした自覚がない(爆笑)

そうしてやがて、自分では我慢して合わせているつもりの「社会」からはじき出される事だってあったりしてね・・・

ところで、先ほどの臭いを消すための「記憶の塗り替え」
どうすればいいかって?

聞けば簡単(笑)

「強い匂いや自分の好きな匂いをかけばいい」

旦那様から言われて、ああ!簡単・・・(苦笑)
気がつかなかった私(涙)

ほら!本能的に反応するとそれに振り回されてしまうでしょ?(笑)

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2006.12/11(Mon)

リセット 

試験もようやく終わり!

こういう時にはなるべくきちんとリセットするって大切。
という訳で、実家に帰り、お墓参りも済ませてきた。

先祖のお墓というのは、旦那様に言わせると、「中継基地」みたいな場所。

勿論、どの場所にいても「気持ち」さえ通じていればいいのだろうが、つながりやすい場所っていうのはある。

「だから、普段はただの墓石でしかなかったりするねぇ」と旦那様。

この前お墓参りに帰った頃から、写真を撮って旦那様に見てもらうと、必ず姿を現してもらうようになった。

今回も、お参りをしようと前に立ったとたんに、空気がきらきらし始めたからすぐに分かったんだけど・・・

「え?ここに映っているのは?」と、私が聞く。

「何も波動を感じないから、ただの影だろうね」

そうそう、この辺りが一番難しい。
思い込んで見てしまうと、そう見えたりしてね(笑)

よく、そういう種類の写真や画像を目にするけど、本物とそうでないものには明らかに違いがあるらしい。



そういえば、区別が難しいのが、「被り」と「憑依」

旦那様に聞けば一度で分かるが、区別はそんなに簡単じゃない。

被りは「記憶」や「ガス」
憑依は実際に反応があるし、その人の性格や顔つきまで見事に変わるのだ。

と、言葉にしても余計に難しくなっていくのを感じる・・・(涙)

実家に帰った私は、東京に戻ってきたとたんに自分についた犬の匂いがとても気になりだした。
一日たっても消えていない・・・

「いいや、ほとんど消えているよ」と旦那様。

だけど、私の鼻の中では確かに強い「犬」の匂いがするのだ。
あんなにかわいがって遊んでいたけど、匂いだけだとなんだかね(苦笑)

「その匂い、『記憶』だよ」


鼻に残った匂いは、いかにもそこに「犬」がいるように臭うのだ。
そして、その臭いで気分さえ悪くなれる(笑)


これって、「被り」に似ているな~~

「普段は自分に付いた臭いってそこまで気にならないものだけどね」と、旦那様。


ああ、久しぶりに書いたら、止まらなくなってきたけど、この続きは明日。

自分の臭い(匂い)を意識するって思ったより大切だって話に続く・・・

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2006.12/07(Thu)

右脳?左脳? 

やっと試験が終わった!
今日は一日、頭を振ると覚えた事がその度にこぼれそうで(笑)
そして、試験が終わった後もそのモードが続いたままだ。


言語をつかさどるのは、普通、左脳だといわれている。
何かで左の脳にダメージを受けると言葉が話せなくなってしまう人がいる。

ところが、物事そんなに簡単にはいかない。
右脳のダメージを受けた人は、言葉は話せる。
しかし、コンテックス(文脈)が理解できなくなる人が多いのだ。

例えば、誰かが「喉が渇きましたね」と言ったとする。

左脳にダメージを受けた人は、言葉が話せなくても、
飲み物を出してくれたり、「何か飲みますか?」というジェスチャーを
とる事ができる。(右脳が働いている)

右脳にダメージを受けた人は、自分が喉が渇いていなかったら
「いいえ、渇いていません」となる。(左脳が働いている)

左脳は文法的には正しい文をきちんと作る事が出来る。
右脳は感情や、その場に合わせて、文法的に正しく作った言葉の中から
その場に一番適した表現を選ぶ。
という役割があるのだそうだ。

実際は、まだ、この辺りはきちんと全て解明された訳ではない。

学校で教える文法は主に「左脳」に働きかけている。
公式のように、決まった、正しい、理論的な思考を訓練するのだ。

しかし、右脳に働きかける場面がないため、言葉が話せるようにはならない。

つまり、文法や理論だけでは不十分だというのだ。

って、論文には書いてあった(爆笑)

それで、10年間英語を勉強して話せない!という人を説得できるか・・・

無理だろうなぁ・・・(笑)

ただ旦那様のところに来る人達を見ていて、
もしこの左右の脳の役割がきちんと分かれているという事よりも、この二つ(理論的な考えと文脈を読み取るという)のバランスって、とっても大切だって事だ。

そして、この2つの結びつきが強い人ほど、コミュニケーション力、つまり、言葉の使い方が自在だなと思う。

「論理的な表現が作れる」
「その場にあわせた表現をその可能性のある文から選ぶ」

こんな複雑なプロセスを一瞬の内にやらなくてはならない訳で・・・(苦笑)

「だから、カウンセリングはアートなんだ。こればっかりは教えられないんだよね」という旦那様の言葉の意味は、どうやら、もっともっと深そうだ。

いずれにしても、そろそろ試験モードからそろそろ抜けなくては!
理論(左脳)に走りすぎているわ!!!!

テーマ : ことば - ジャンル : 学問・文化・芸術

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2006.12/06(Wed)

どこで間違った? 

試験を明日に控えて、今日まで「試験モード」で失礼(笑)

「ねぇ、自閉症とアスペルガー症候群の違いって何?」と質問。

アスペルガー症候群と云うのは、自閉症の一種だと言われている。
自閉症の中で高能力を持った人をこう呼ぶのだ。

子供の頃から同じ世代の子供と会話が出来ない。
「人の気持ちが読めない」
「普通の子供ができる返事ができない」
けれども知的能力はある分野で普通の人のレベルを遥かに超えたものを発揮する。

この状況が、大人(ある程度の知的能力を持った人)が外国語を学ぶ時に「適切な言葉を使えない」と云う状況と似ているというのだ。
だから、アスペルガー症候群の子供の治療法を参考にできないかっていう発想。

「人の中にはね、ものすごく感覚が鋭い子供がいるんだ。
あんまり外界の刺激が強すぎて、それを遮断するしかないぐらいにね」

聞こえてはいても、それにどう反応していいかわからない。
「人の言葉」とそれとは違う「人の心」が同時に入ってきたら・・・?
周りの人以外の「音」を含めて伝わってくるものが流れ込んできたら・・・?

大人になれば、そういうものだとある程度「慣れて」来る。
それは知らない内の「聞こうとする音」だけ「聞く」訓練によるのだ。
でもね・・・子供がいきなりそういう状況になったら・・・

拒絶もしたくなるかもね・・・

こうして、子供の頃に経験する「人との会話」をしなかった(あるいは出来なかった)事で、人は『その子供が普通ではない』『言われた事が分かってない』と解釈するのだ。

人は普通、ある人に話しかけて、その返事でその人を判断するから、ある意味仕方が無いのかも知れない。

人と違うって事で「いじめ」たりする傾向の強い日本では、なお更、こういう子供にとっては生きづらい事だろうなぁ・・・。

旦那様は、「最近は、こうした病名を安易につけすぎる気がする」って言っている。

アスペルガー症候群だって、本人はそのまま、外から見ている誰かが、
「あ!この子供は人にない高能力を持っている!」って見つけたから、
そう呼ばれるのかな・・・と思ってしまう。

いずれにしても、「会話」を「言葉」に限定してしまった事から起きるこうした問題だ。

どこで、どう、そうなっちゃったんだろう・・・・
う~、これは試験には出ない(はず)なのに、真剣に考えてしまった(涙)

テーマ : 考察 - ジャンル :

EDIT  |  02:37 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2006.12/06(Wed)

どこで間違った? 

試験を明日に控えて、今日まで「試験モード」で失礼(笑)

「ねぇ、自閉症とアスペルガー症候群の違いって何?」と質問。

アスペルガー症候群と云うのは、自閉症の一種だと言われている。
自閉症の中で高能力を持った人をこう呼ぶのだ。

子供の頃から同じ世代の子供と会話が出来ない。
「人の気持ちが読めない」
「普通の子供ができる返事ができない」
けれども知的能力はある分野で普通の人のレベルを遥かに超えたものを発揮する。

この状況が、大人(ある程度の知的能力を持った人)が外国語を学ぶ時に「適切な言葉を使えない」と云う状況と似ているというのだ。
だから、アスペルガー症候群の子供の治療法を参考にできないかっていう発想。

「人の中にはね、ものすごく感覚が鋭い子供がいるんだ。
あんまり外界の刺激が強すぎて、それを遮断するしかないぐらいにね」

聞こえてはいても、それにどう反応していいかわからない。
「人の言葉」とそれとは違う「人の心」が同時に入ってきたら・・・?
周りの人以外の「音」を含めて伝わってくるものが流れ込んできたら・・・?

大人になれば、そういうものだとある程度「慣れて」来る。
それは知らない内の「聞こうとする音」だけ「聞く」訓練によるのだ。
でもね・・・子供がいきなりそういう状況になったら・・・

拒絶もしたくなるかもね・・・

こうして、子供の頃に経験する「人との会話」をしなかった(あるいは出来なかった)事で、人は『その子供が普通ではない』『言われた事が分かってない』と解釈するのだ。

人は普通、ある人に話しかけて、その返事でその人を判断するから、ある意味仕方が無いのかも知れない。

人と違うって事で「いじめ」たりする傾向の強い日本では、なお更、こういう子供にとっては生きづらい事だろうなぁ・・・。

旦那様は、「最近は、こうした病名を安易につけすぎる気がする」って言っている。

アスペルガー症候群だって、本人はそのまま、外から見ている誰かが、
「あ!この子供は人にない高能力を持っている!」って見つけたから、
そう呼ばれるのかな・・・と思ってしまう。

いずれにしても、「会話」を「言葉」に限定してしまった事から起きるこうした問題だ。

どこで、どう、そうなっちゃったんだろう・・・・
う~、これは試験には出ない(はず)なのに、真剣に考えてしまった(涙)

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2006.12/05(Tue)

話が飛びすぎ? 

用事があって、出掛けた。
電車の中でも私の頭の中は「試験勉強モード」だ。

そして、こんなに考えている割には(苦笑)たいした事は浮かばない。
というか、考えすぎて、どっかに行ったまま戻ってこれなくなる(笑)

人は「現実」をどう把握しているか・・・それをどう言葉にしているかって云う論文が今日の私の頭の中を駆け巡っていた。

人には「現実」が2種類ある。
原因→結果という法則も基づく「自然の現実」
それをどう捉えているかと云う人の心理を加えた「心理的現実」

そして会話の中で使われる言葉には必ず「人の心が入っている」
なぜなら、「その言葉は『人によって使われた』もの」だから。

まあ、簡単に言うと、「目の前で起こった事実」は普通一つしかない。
目の前の信号が「赤」なら、「赤」でしかないのだ。

それを、「ああ、又、信号で止まった。全く!」と思うのか、
「さて、一休みするか」と思うかで「現実」は変わってしまう・・・って事?

何もこんなに難しく書かなくてもいいのに・・・なんて、思ったり(笑)


そんな事を頭の中で考えながら、旦那様と一緒に雑貨屋に入った。
何しろ、旦那様はそういうお店が大好き!
(と、言っている私の方が実は色んな所ではまってなかなか帰れなくなってしまう)

今日のヒットは、目玉おやじ(古い!・笑)のビーズクッション。
結構、かわいかった。
と、隣には、一旦匁と、塗り壁のクッションも!(笑)

「ねぇ、『目玉おやじって』架空のものだよね?」と、私。

「そうだよ」と、旦那様。

「一旦匁と塗り壁は?」

「いる。一旦匁には乗った事あるもん」

「??????」

そして、試験モードの私の頭の中では、分類が始まる(爆笑)

「じゃあ、猫娘は?雪女は?あと・・・なんだっけ・・・」

「見えない人にとっては、全部、架空なんだろうなぁ」

これだけ、質問しておきながら、想像すると、全部架空であって欲しい・・・と、思っている私(笑)

「『分類しなきゃって』ところが、君らしいや」

って、皆さんも興味あるでしょ?(笑)

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2006.12/04(Mon)

動機 

英語で言うとモチベーション。
試験勉強中なので、頭の中が試験モードのまま失礼(笑)

外国語を勉強するモチベーションには2種類あると定義されている。

1)外的なモチベーション
   英語を話せたら、人からかっこいいと思われるだろう。
   英語を話せたら、給料が沢山もらえる。

2)内的なモチベーション
   新しい事にチャレンジしたい。
   英語をマスターしたら、その先にどんな世界があるのかって知りたい。


ちなみに、クラスメートの一人は「ガールハント」の為と言っていた(笑)
でもそれは、私が想像するよりもっと真剣な?理由だった。
生まれた国では、仕事がない。
英語を学んで、外国に働きに出た。
自分で居場所をその国に作るには「家庭」が必要。
だから、もっと真剣に「英語」を学んで、もっと沢山の女性と知り合う必要があった。って言ってたな~。

何かを学ぶのに入り口のモチベーションは何でもいいと個人的には思っている。

でも、何でも「続ける事」が結構大切なわけで・・・

そうなると、このモチベーション・・・
つまり「何の為にやってるのか」って言う事が段々、大きく成って来る。

入り口の動機は何でもいい。
けれど、続けるとなるとね・・・。

やっぱり「楽しい」ものでないと続かない。

私の場合、試験の勉強をしている時は「楽しい」なんて言葉とは程遠い(笑)状態になるけど、さっきのモチベーションの定義とか学んで、それから人を観察するとかなり面白い。

外的なモチベーションは結構、続かなかったりする。
どこかで「もういいや」って思い勝ち(苦笑)

内的なモチベーションは、持つこと自体が難しい。
だけど、一旦持ってしまうと止められない(笑)


「新しい星を見つけて、自分の名前をつけて有名になりたい!」って(外的)思って天文学者になって、そんな事より、星を見つめる事に魅せられて止められなくなる(内的)って事もある。


「どうしたら、内的なモチベーションって教えられると思う?」と旦那様に聞く。

「無理だね」とバッサリ(苦笑)

「って言うか・・・教える事じゃないんじゃない?」と、旦那様。


ああ、又、教師病の癖が出てきたらしい。
何でも教えられると思ってるんだよね~私ったら(笑)

「教えるんじゃなくて、伝えようとする気持ちじゃないの?」

そうでした(笑)
それが、私が教師をして学んだ事だった・・・
それでも、伝わったかどうか気になって仕方がない・・・
って、かなり私の病気は重症だ!!!!(苦笑)

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2006.12/03(Sun)

報道 

最近、感じるのが報道のヒステリックさ・・・(苦笑)

先月までのトピックは「いじめ」「汚職」
で、その前は、「飲酒運転」「学校の先生の不祥事」
それからその前は・・・思い出せない(苦笑)

私の記憶力の問題か、それとも最近の報道で私の記憶が塗り替えられたのか。
多分、両方だ(笑)

同じ事件を繰り返し報道すると、その報道が人の目に付きやすい。

「え?こんな事(って私が勝手に思っている事だけど)まで報道するようになったの?」って思う事もよくある。

飲酒運転がよくない事は、百も承知だし、私自身は一度も飲んでから運転した事がない。
思い出してみると・・・
飲酒運転が報道されていた頃、その内容に関する報道ばっかりだった。
あれだけ報道されている時に「自分は捕まらないだろう」と思い込んでいた人達がいかにいたかも物語っている。

「自分の事と報道は別なんだよね~」と旦那様。

事件をこれだけ見ていて、「自分の事」として見るのがいかに難しい事かってね。

報道は色んな情報を与えてくれる。
でも、その向こうに「ある意図」を持った人がいるって事を意識してみないと、それこそ「マインドコントロール」に近い。

「いじめ」の問題も例外ではないと思う。
誰の責任かを探しているうちに、自分の子供が「いじめ」にあっているかも知れない。それを知って、報道と同じトーンで原因を探して、当の子供は救われてるのかと思ってしまう。

大きな根本的な解決を見つけようと、学校や政府やそんな所に解決法を求めるのも大切。だけど、それをやっていたから自分の子供が見えなかったではね(厳しい?)

学校の責任が大きいとそればかり見つめると、今度はその粗探しを始めるのが普通だ。
「ここがおかしい、あそこがおかしい」ってね。
それも変化のチャンスだから、あっていいし、なくてはならない。

でも、ちゃんと「わかろう」としないと、責めるだけで終わってしまう。

「いじめ」た生徒を家庭謹慎にするという処分が話題になっている。
嘗て、自分の受け持った生徒が4人、謹慎処分になった。
タバコを吸った現場にいたという理由だった。
それが分かった直後に長い長い(多分、夜の11時ぐらいまで)その処分についての職員会議があった。
その後、その生徒の所にその処分を告げに言った。
謹慎処分の間、数人の先生で交代で一日に数回その生徒の家に行ってそれぞれが話する。
生徒は、毎日、与えられた課題と今までの自分を振り返る作文を書く。

「謹慎処分」と簡単に言うが、教師にとっても生徒にとってもそんなに「簡単」な処分ではないし、「やっぱり、学校に普通に行く事がどんなに大切か」「どれだけの人に支えられているか」って、分かるチャンスにしなければ意味がない。

内情を知らない人が色々言うのは仕方がないが、こうした報道が溢れている世の中。
根本的原因を探す「遠くを見つめる目」と
自分の周りで起こっている事をきちんと見る「近くを見つめる目」
の両方が本当に大切だと実感する。

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2006.12/02(Sat)

力を抜く 

さて、どうやったら力が抜けるか・・・。
確かに「頭で考える」と難しい。

「考える」って事をやった瞬間に「力」を入れて、体や頭や心に信号を出すって経路が普通は出来上がっているからだ。

でも、自分の中には思っているよりも大きな「力」が眠っていると良く言われる。

「ほら、火事場の馬鹿力とかいうじゃない」と旦那様。
自分で「意識」しないで「自分の眠っている力」を出すには・・・。

そんな方法論みたいな本が本屋にも沢山並んでいる。
そして、それは確かに
思っているより簡単でもない。
もし、引き出したとしても、自分の中に眠っているものは、「あったらいいな~」と思っているような力ではない部分を引き出したりして(笑)

と、笑っている場合ではないのだ。
感覚が鋭い人の場合、本当にそういう事だって起こる。

修行で滝や瞑想をすると、自分の中の力を見つける前に、それを押さえ込んでいる「思い出したくない記憶」が出てくる事がある。
普段は、忘れたと思っている事が次々と出てきたりするのだ。

「修行中にね、そういう自分の姿を見て、正気でいられなくなった人もいるんだ」
旦那様が言う。

修行は、まあ特効薬のようなものかもね。
即効性はあるかも知れないけど、劇薬みたいに使い方次第・・・ってところだろう。

だから、普通の人は自分の力を引き出すのに、ゆっくりゆっくり、一つ一つと向き合いながらやったほうが無難だろう・・・と思う。

それは、『自分を一つづつ』知っていく過程でもある。
こんな時、むやみに力が入りすぎるなぁとか、
こんな言葉に妙に過剰反応するなぁとか。

そんな「自分を観察」するってこのステップの一つだ。

ある友人が、自分の子供には足りない事があって、それをはっきり言うと本人が傷つくと思って言わないでおいたらしい。
ある時、「君はこういう部分があるから」とはっきり言ったら、
「ああ、だから私はこれが出来なかったんだわ。そこを人から助けて貰えばいいのね」

それから、彼女は明るくなり、成績もどんどん伸びたそうだ。

あ、くれぐれも「自分を見つめる」のに力を入れないように・・・
って付け加えておこう。

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2006.12/01(Fri)

ストップ! 

今日から12月。テストとかで忙しくなってくると(って、今の私・笑)、
立ち止まって考えるのが難しくなる。

その癖、頭の中では一つの事をやりながら、もう一つの事をやるという訳のわからない(爆笑)事をして、事を余計にややこしくする時がある。

つまり・・・
「視野がせまくなっているよ~。目の前の事しか見えてない」って旦那様の言葉の通りの状態だ!

こういう時は、何しろ「一度、止まって考える」時間さえもったいない気がするもの。
忙しい、忙しい、って思っている時間が、実は心の中で増えていき、それが心や感覚を鈍らせるって結構多いのだ。

こうした目の前の事にとらわれている時は、「物事の優先順位」が見えなくなる。

今、やらなくてはいけない事。
後で、よく考えてやった方がいい事。

そんな事がぐちゃぐちゃになって、今度は止まらなくていいところで止まったまま、大事な事に進めなくなる。

う~、まるでスパイラルだぁ~。

さて、こうした自分の姿をどうやって気が付くかって事が問題になる。

「アドバイスしても聞こえない時は聞こえないからね」と、旦那様。

こんな時、空手の試合を見た時の事を思い出す。
皆、皆、必死だし、緊張している。
その中でどう闘うのかってなったら、実力の差以外の何かがとても大きい気がした。

そして、何より一番難しいのは、「力を抜くこと」

「力を最大限に入れるにはね、一度、力を抜く必要があるんだ」と、旦那様。

格闘技の試合を見たことのある人ならわかると思うが、人が力を入れて打っても相手もさるもの、そんなに簡単には技は効かない。
あれで、よく倒れないものだ・・・と感心する(笑)

そんな時、隣で観ている旦那様がつぶやく。
「力がはいってままなんだよな~」

自分の力を最大限に出すには、腕なら腕の力を一度完全に抜く。
それが、次に繰り出す技へ力を集中する動きにつながる・・・。
って、それが出来る人の技を見れば分かる。
腕が枝のようにしなって、持っている力以上の技を繰り出すのだ。

勿論、「力を抜く」って事が大切だってわかるのに格闘技を見る必要はない。
他にも、そんな事はある。

英語の勉強だって一緒だ。
「覚えなきゃ」って力が入ったり、「話さなきゃ」って力が入るとうまく行かなかった所に気持ちが集中してしまって、せっかくの機会に自分の中に入ってくるものは意外と少なかったりする。

さて、さて、12月。
みんな、忙しくなるだろう・・・。

「力を入れる(頑張る)」瞬間だけでなく、「力を抜く」瞬間もちょっと意識したら、思っているよりそんなに忙しい12月にならないのかもね(笑)

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