2007.01/31(Wed)

論理と現実 

「論理は入り口でしかないんだよ」という旦那様の口癖。

それが分かっていても論理と現実の違いに陥って混乱する時は混乱する(苦笑)

「ねえ、水って100度で沸騰するんだよね」と私。

「そうだよ」

「でも、それが純粋な水でなかったら?」
「もし、その場の気圧が変わったら?」
「っていうか、100度で沸騰する時に必要な条件ってあるんでしょ?」
「もしも、今よりずっと、精密で1度の1万分の1度まで測れる機械があったら?」

っていつものように矢継ぎ早に質問。

「いづれも誤差がでるだろうね。
だけど、どれも現実的でない。
人が生きていくうえで役に立つ論理でないとそれ自体正確であろうとなかろうと意味が無いんだ」

って云う意味のない分類をいつも「英語の教授法」の勉強の中でもやってしまい、混乱に陥る私。

色んな分野の文章に出てくる単語を「頻度」で分析する。
勿論、頻度が高いほうから覚えていったら、効果的!
と思いきや、そう簡単にはいかない(涙)

だって、一番頻度が高い単語は'the''a''of''I'だったりする。
それが分かっても、文章の中身は皆目分からないのだ(当たり前)

それより、mobileという単語ひとつ分かれば、他の単語の意味が全部分からなくても、「携帯電話」に関係した文なんだな~ぐらいはわかる。

いつも新しい講義が始まる度に「これで一気に解決!」みたいな「論理」や「分析」を聞いて、「やった!」「な~んだ」と思い、そして、それから現実とは一致しない事に気が付いてがっかり(苦笑)を繰り返す。

ある健康番組を見て、それに群がる人達の話を聞いて、
「それだけ食べて、健康になるはずがないじゃん!」って笑っている私も実は大して変わらないわ・・・(苦笑)

数字やそれを使った分析は、どういう目的で見るかって事を忘れると解釈を間違える。そして、それはどんどん実際に起きている事とかけ離れていく感じがする。

こんな時、一体どこからどこまで自分の基準にしたらいいのか混乱!(苦笑)

「あのね・・・それは、数字から人をみるからだよ。
人から数字を見てごらん」

そんなもので見えるかしら?と思うけど、結構すっきり分かるものだ。

英語の単語を覚えるのに辞書の最初のaから順に覚えてもね・・・
頻度の高い単語から覚えてもね・・・

いつかは、目的の場所に到着するかも知れないけど、それまで私の気力が持つかどうかという問題になる(笑)

論理って私を遠回りさせてるわ・・・と、逆ぎれしてみたくもなったりして(続く)
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テーマ : 英語 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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2007.01/30(Tue)

捉え方 

テーマ : 日々のできごと - ジャンル : ライフ

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2007.01/29(Mon)

不必要なプライド 

「プライドって大切だよね。
でもそれは、相手に対してではなくて、自分に対してだけど」と、旦那様。

仕事の場や友人関係、そして恋愛。
人間関係でうまくいかない時、トラブルが起こる時、そこには自分で気が付いている場合もあるし、そうでない場合もあるが、「プライド」って結構キーワードだったりする。

「プライドが高い・・・自分を律する、頑張る、そんな方向に向けないとうまくいかない時も多いね」


こんな「プライド」を賭けた(笑)トラブルを解決するのに、人が取る反応は表面上二つ。

相手に対して、縁を切るか・・・
相手に対して、一度ゆずる形になってももう一度トライするか・・・

どちらにしても、捨てられるプライドなら、苦労はないだろうけど(苦笑)

「プライドの高さって、自分を大切にしているって事でもあるの?」と色んなケースを側で見ていて質問する。

「時と場合によるね・・・
そんな時は『自分がどう思っているか』という事も大事だけど、相手から自分がどういう立場にいるかって事を一度、見つめる必要があるね」

プライドが高いがゆえに「問題は相手にある」と思う事もあるし、それが本当の時もあるだろう。
だけど、一番大切なのは「自分がどうしたいのか」という目的かも知れない。

「切り捨てるのはいつでもできるだろう?

付き合う相手ではないとプライドだけでなくってちゃんと判断したら、そうすればいい」

そんな相手にだって、「選択」の自由はある。
付き合うか、切り捨てるか。

「切り捨ててやる!」とよく考えないで思ってしまう時って、本当は自分が切り捨てられるのが怖いという裏にある必要以上のプライドだったりする。


私のバイブル「シッタカ・ブッタ」の漫画の一こま。

ブタが恋をする。
好きで好きでたまらないが告白も出来ない。
「どうしよう・・・好きなんだけど、言ったらふられるかも知れないし」

ずっと、ずっと、悩んだブタは、
「そうだ、先にふっちゃえば、ふられる事はないんだ」

そして、好きな相手にいきなり言う。
「お前の事なんか、嫌いだ!」(苦笑)


簡単には自分のそうした「行動」が始まる前に事をぶち壊してしまっている事には気が付かない。
だって、その場は取り合えず自分のプライドが壊れる事は起こらない。
けれども同時に何も解決していないどころか、本当は必要な物を逃してしまっているかも知れないのだ。

「そう云う時って、本当は自分に確信や自信がないって事だったりするんだよね」


いつも思うが、こうした人間関係の問題って、自分をちゃんと見つめて置かないと、その場しのぎになってぐるぐる回るだけになってしまう。

必要なものや人を手に入れるには、「不必要なプライド」を捨てるってポイントかもしれない。
そして、手に入ってしまった時にそれはわかる。

「な~んだ、たいした事のないプライドだったな~」ってね(苦笑)

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2007.01/28(Sun)

いやな記憶 

相変わらず、空気の悪い場所に行くと気分が悪くなってしまう事がある私。

「また、被ったみたい・・・」と言う私。

「被りはね、ただの記憶なんだ」と、旦那様。

「梅干」って聞くと、口の中がすっぱい気になるのと一緒なの?

自分にとっての「嫌なもの」というのは「記憶」から消えにくいらしい。
と言うのも、「嫌なもの」の中には、「命」や「危険」と結びつく事柄が多くて、どうやら「人間の記憶」というシステムから消えにくいようにプログラムされているらしいのだ。

空気が悪いというのを空気がいい時より強く感じてしまうのもこのせいかも知れない。それに人の強い思いと言うのは、残りやすいもの。
「嫉妬」「恨み」「不満」・・・言葉を聞いただけで、重くてそこに(ってどこだ?笑)とどまってしまう感じがする。


「ただの記憶だから消しなさい」と相変わらず簡単に言う旦那様。

と言われてもね~(苦笑)

「梅干」と聞いて、すっぱいって思わないようにするって大変だわ~。

って、思っているだけではますます辛くなるばかり。
被っている時の症状は、「今、そこはやめておいて!」と思う自分の一番の弱点に出る事が多い。
今、私の調子がどうしてわかるんだろ~っていつも関心(苦笑)する。

特に性格的にネガティブに成り易い人や結構厳しく育てられ怒られて萎縮して育った人には、こうした「嫌な記憶」を消すのは一苦労なのだ。

つまり、ハッピーに成るには努力が必要な段階がある。

頭の中がハッピーな人は「楽しかった事って何?」って聞いてもすぐに返事が返ってくる。
時間がかかったとしても、それは沢山ありすぎて、どれにしようか選ぶのに時間がかかっているだけだったりする。

さて、その「嫌な記憶」を消す方法だけど・・・思いつかない私は、聞くしかない。

「どうやったら、消せるの?」

「強い他の刺激があれば消えやすい。塩をなめたり、好きな匂いをかいだり、人によって消えやすいものは違うから、試すしかないよ」と、旦那様。

確かに、この方法は「記憶の塗り替え」や「差し替え」に効いているのだろう。
ぴたっとあうと、一瞬にして自分の中の「いやな記憶」が消える。

「そしてね・・・」と続ける旦那様。

もっと、効果的な方法があるのか!!!

「笑いなさい」

え??????「笑う????」

「そうだよ。笑って飛ばすんだ」

そんな単純な事で取れるの?
って、これもまたまた同じです!(笑)

読んだだけでは、効果がわかりませんのでお試しあれ。

しかし・・・被っている時に笑うのがこんなに大変とは・・・
やって見るまで、気が付かなかったぁ(苦笑)

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2007.01/27(Sat)

ハッピーな頭の中 

自分でもちょっと不思議なのだけれど、誰かが「やるぞ!」って思った時にその場面がドンと頭の中に映像で入ってくる時がある。

多分、多くの人は気が付いていないが、仲のいい友達と話をしている時とかにこんな事は少なからずやっている事でもある。
「昨日は、楽しかったね」「うん、あの映画のラストって泣けたよね~」
って、何気ない会話の中でも、きっと話をしている二人の間には、映画のラストのシーンが浮かんでいるはず。つまり、頭の中の映像がシンクロしている。

自分にとって、話が合う人、話していて楽しい人ってこうした会話で共通の「何か」とか「図」みたいなものが、比較的簡単に浮かぶ人なのかも知れない。

頭の中のアイディアを形にする仕事をしている人達が旦那様の所に来て話をしているのを聞いていると、面白いほどその映像が目に浮かぶ。
だから、どのくらい具体的に「やるぞ!」が現実的なのか、そして、それがどのくらい面白そうかって云うのも感じる。

こんな時は、時々「被って」とてもつらい思いをした事なんて吹っ飛んでしまうお気楽な私。

「頭の中がいつもハッピーなんだよ」と、旦那様。
いつもすごいアイディアを形にしている人の話だ。

「そうよね・・・いつもハートのマークが飛んでいるみたい(笑)」と私。

どんな時も決してネガティブな連想はしないのだ。

「あいつは、自分に悪い事が起こるはずがないって本気で思ってますからね(笑)」と同僚が話す。

それを見ている人の中には、「どうやったらそうなれるんだろう?」って思うのはもっともだ。
無理して、ポジティブに振舞っても、あんな風にいつもハッピーな頭の中にはなれるものではないと思うから。

「『どうやったらなれるんですか?』って幾ら考えても無駄だよ。
だって、そう考えている時点でもうネガティブだもんね」と笑って話す。

常に、自然に、ポジティブに考えられるようになる難しさ。
この前から妙に、ポジティブな時期が続いていても時にそれに疲れる事もあったりして・・・つまり、始めは結構ポジティブになるには疲れたりするものだ(苦笑)

元々の性格ってこの場合、実はとても大きい。
それから育った環境もその大きな要因。
でも、その原因を特定(大げさ)したところでポジティブにはなれないところがミソだ。

「まずね・・・どんな事があってもニコニコ笑ってなさい」と、分かるような分からないようなアドバイス(って、悩んでいる人は思っているだろうと想像・笑)
こういう旦那様のアドバイスをそのくらいで、ポジティブになれれば苦労はしないなんて思ったりするんだろうな・・・

けれど・・・やってみたら、これが一番簡単で踏み出しやすい、第一歩だったりする。
そして効果はやってみたらわかる!
運動と同じで、聞いただけでは効果はでませんのであしからず(笑)

と・・・書いている私の顔が・・・
「あ!笑うの忘れてた(笑)」

なかなか、初めの一歩からつまずきっぱなし・・・(笑)

テーマ : 生き方 - ジャンル : ライフ

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2007.01/26(Fri)

ポジティブに 

「先生、どうしたらポジティブになれるのでしょうか」
この前、弟子が旦那様に聞いた質問だ。

「前向きな時もあるんですけど、そうでない時になかなか抜け出せないんです」

そんな質問がでるのもある意味当たり前だ。
旦那様のアドバイスの中に「本人がやりたい」と言って来た事に対する答えの中に
「できない」「無理だね」という言葉はゼロに近い。

「できない理由を考えても無駄なんだよ」と、旦那様。

そうそう、ある事を難しいと思う理由なんてどこにでも転がっている。

転職したい・・・こういう仕事がいいんだけど・・・
でも、きっと無理だろうな。それに生活もかかっているし。
とか、考えるのが普通なのかも知れない。

旦那様は、基本的に「出来ない理由」ではなく「どうやれば出来る可能性が広がるのか」って視点でものを観る。

「可能性が1%でもあれば、それにかける気持ちさえあればやる価値はあるんだ」

勿論、ある事を現実にするにはもうひとつ大事な事がある。
それは、タイミングという事も含めた「時」の感覚だ。

「ある事を成し遂げたい」と思ったら、今の自分では無理かも知れない。
だけど、今、無理だからってこれから先もずっと無理だって事ではないのだ。

そうして、色んな事を成し遂げた人の「結果」だけを見ると、「自分には無理だな」と思ってしまうかも知れない。
けれども明日の自分だったら出来る事かも知れない。

実際に新しい事をやって来た人には、必ず一度は「無理かも知れない。誰もやった事のない事なんだから」っていい訳をできる環境(笑)は常に横にあるのだ。

そんな時、旦那様は平気な顔でいう。
「じゃあ、君が最初の一人になれば?」

いつも旦那様がいう言葉。
「自分の限界を自分で作るな~」

考えて見れば、今この文を書いている私も、この文を読んでくれている貴方も、ある意味では「この文を書いたり、読んだりしている最初の一人」

むむ?段々、不可能はない!って気持ちになってきた?・・・(爆笑)

けれども一番大切なのは、その気持ちだったりする。

成功の前に、「やるぞ!」ってまず思わない事には始まらない・・・(笑)

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2007.01/24(Wed)

寿命 

「自分に起こる危機は、殆どが『生活の危機』であって、『人生の危機』ではない」
ってある本を読んでいたら書いてあった。

リストラ、人間関係、お金、子育て・・・・自分には『危機』に思える問題。
それは、「こうありたい」という自分の生活のレベルが崩されそうな気持ちになるという不安。
まあ、言葉を変えれば、旦那様がよく言うところの「命がとられる訳じゃない!」問題だったりする。

じゃあ、命を取られる問題ってどんな問題かしら?
って、考えると、意外と少ない。

勿論、重い病気はそれに繋がる可能性があるだろう。
それから、『武器を使った戦争』

だけど、こうした直接『死』に結びつく問題ではない問題でも悩むと命に関わる問題に思える事もあるし、時には、絶望してしまうという場合もあるだろう。

「何で自分は生きているんだろう」っていう問いかけ。
一生の内の何回、自分に問いかけるのかは人それぞれ。
「自分探しの旅」とか格好よく云われるけど、実際それそのものかも知れない。

そういえば、その本の中に、ある人の夢の中に仏様が出てきたという話があった。
「人生の中で、『これはどうなるんだろう』と思って知りたかったら、この糸をひっぱりなさい。そうすれば観えるから」

そういわれた人は、人生の中で知りたい事がある度にその糸を引っ張った。
「どの学校に行くんだろう」
「誰と結婚するんだろう」
「この先はどうなるんだろう」

そして、「いつ死ぬんだろう」

その糸を引っ張り終わった時、その人も死んだ。
引っ張り始めて、その糸を引き終わるまで、4ヶ月余りだった。

で、私が思った事。
人生の中で「なんでこうなんだろう?」という質問はあればあるほど、自分探しに役に立つ(と、信じたい・笑)
そして、その答えを見つけるのに時間がかかればかかるほど、長生きできる。
それも「目標」を持ったまんまの状態でね。

う~ん、これって、自分の寿命を延ばす一番の秘訣だったりして(笑)

テーマ : ひとりごと - ジャンル : ライフ

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2007.01/23(Tue)

思い通りに行かないこと 

思い通りに行かない事って沢山あって欲しくはないが結構ある(涙)

思い通りって「欲」にも大いに関係があるんだろうけど、「自分の思い」って、まあ大体は見る人から見れば、「まあ、思うだけ思っておけば?」みたいなものだったりしてね・・・(苦笑)

そういう願いを日々聞いている仏様や神様って大変・・・なんて思わなくても思ったりして(爆笑)
時には、「こんなに祈っているのに」なんて思いをぶつけられたりして(苦笑)
全部、相手をしていたらきりがないや・・・って思われても仕方がない気がする。


それでも、自分の思い通りにしたい対象が「好きな人」だったりすると、違った意味でややこしいかったりして。

例え相手に誰か他の人がいても、「その人と別れたらチャンスがあるかも」とか。
「なんでこんなに好きなのに振り向いてくれないの?」とか。
色々な思いをある意味「好きなように」作り出せる。

それでも思いが通じないっていう時はそれなりに辛いもの。

思い出すのは、高校時代の先生の言葉だ。
「君達ね、好きって思いは幻想に近いんだよ。

本当の思いは、貴方も私が好きになってくれて、私が幸せな気持ちになりたいって気持ちなんだ」

「そんなはずはない」と思いたかったけど・・・(苦笑)
純粋(笑)だった高校時代の私はそれなりにこの言葉にショックを受けたものだ。

思い通りに行かないって経験の中で、こうした人を好きなるって事ってとても大切だと旦那様は云う。

「あらゆる努力を掛け値なしにできるもんね(笑)」

「本気で人を好きになるって大切なんだ」

この二つの言葉のポイントは、人を好きになるのに見つめるのは、「相手」ではなく「自分」だって事かも知れない。

どうやったら相手に伝わるんだろう・・・って必死で考える中で見えてくる自分の姿。
普段は見たくなければ見ないで済ませる事が出来るような事もあるけど、こればっかりは、相手に伝わらなければ「意味がない!」って自分で分かりすぎるほど分かっているわけで。


よしんばうまく行って付き合うようになったとしても「思い通りにならない事」はどんどん増える・・・って事もある(苦笑)
自分の姿をちゃんと見ないで相手ばかりみていると、その場面はきっと数え切れないほどになるだろう。

そして、そのプロセスの中で「自分」と同じように「相手」を大切に思えるように慣れたら最高だ(道は長い・・・苦笑)

「恋愛をしなさ~い」って教師時代に進めていた私。

「あんまりそんな事云う先生っていませんよね」と云われてた。

自分を見つめるのにこんなに身近な事はない・・・と思っていた私(←今でもそう・笑)

恋愛は「修行」だ!

って、言い切ってしまおう(爆笑)

テーマ : もう、わかんねー - ジャンル : 恋愛

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2007.01/22(Mon)

頑張る方向 

「頑張れば何でも出来る!」

多分、本当・・・

でも最近思うのは、「頑張り方って方向がある」って事。

一生懸命何かをやって、結果が出ないって時。
理由は色々あるだろう。

結果が出るまでは普通、時間がかかるもの。
だから「結果が出ない!」って焦ってしまうのもとてもよくわかる。
何かをずっと頑張っていれば、目に見えなくても「変化」はどこかで必ず起こっているはず。
それが、待てない。
その前に「心」や「やる気」が無くなってしまうって事だってある。

「頑張る」「結果」「やる気」この3つって、セットで一緒に見て置かないとね。



「どうして、こんな点数になったの?」と教師時代の私が生徒に聞く。

「頑張ったんです。ずっと毎日6時間言われた様に勉強しています」って、泣きそうな顔をして云う生徒。

「本当に、6時間やってるの?」

「毎日、頑張っています」

という彼女の授業中の集中力は授業の50分続いているようには見えなかったりする(苦笑)

「やらなきゃ不安」病にかかっている・・・

何をやるかではなくて、「これだけ頑張らないと」って事で頭が一杯だったりする。
それでもいつかは、やっているなら、もしも「頑張る方向」が少しずれていても結果はでるだろう。
だけど、それまで「やる気」が持つかどうかがね・・・。


頑張る方向って言うのは、「やる気」が続くかどうかっていう点に一番影響が大きい気がするのだ。

勉強なら、そのうち「やっても出来ない」という気持ちになってしまうかも知れない。
仕事なら、「これだけ頑張っているのに、人はなぜ評価しないのだ」とか「これだけ頑張っているのに、周りの人はなぜ同じように頑張れないのだ」とか・・・

不思議(でもないか・・・笑)と、考え始めるものだったりする。

「結果がでないのは、やり方が間違っているんだよ」と、はっきり(苦笑)言い切る旦那様。

「こういう風にやってごらん?」って言葉さえ、耳に入れたくない程になる前に、
頑張っている自分のやり方って本当にこれでいいのかな・・・
他にどんなやり方があるんだろう・・・って考えて見るだけでも「やらなきゃ不安病」が少しは治るはず・・・

という、私も年に数回はこの病気にかかる。
頻度としては、一年に風邪をひくのと同じくらいだ(笑)

そしてそんな時は「苦くても薬を飲む」って決めている。

「こんな風にやってるんだけど、どこかおかしいかな?」って旦那様に聞くのだ。
風邪薬より効くかも(苦笑)・・・
って云うより、効かせる(←無理矢理にでもね)

自分に一番、効く薬・・・それを知っているだけでも、かなり早く治る。

良薬は口に苦し・・・ってこんな意味では無かったかも知れないけど、いつもやっぱり・・・苦かったりするんだよな~(苦笑)

テーマ : 勉強日記 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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2007.01/21(Sun)

見てるだけ 

あるものを見ただけで何だか「全部分かっている気」になる事ってある。

特に、映画やテレビの番組はそうした気持ちにさせるようにというメッセージが入っているから、それも当然だ。

そうしたものを見て、同感し、ある時は涙を流すほど感動したり。
そんな感覚ってとても大事・・・。

心が固まってしまうと動かなくなってしまうから。

そのメッセージと自分の実際の生活の間にはもうひとつのギャップがある。
映画や番組を見て、今まで気が付かなかった事や経験した事の無い事に同感する、感動する・・・

そして・・・

自分の生活にそのメッセージをどう活かすかって考えるところまではなかなか行かないのが普通。

だけど、そうした偶然のように見た映画や番組のメッセージも実は見た人全てへの「個人的なメッセージ」だったりするのだ。

同じものを、それぞれ違う経験をして、違う環境に生きている人間が見れば、その捉え方は一緒に思えても、その活かし方はそれぞれ。
すぐに明日からできる事もあれば、しばらく経ってから「ああ、そういう事か」って本当のメッセージの意味を受け取って活かし始めるって事もあるだろう。

「『~で成功する本』とかのノウハウ本って分かり易いけど・・・
本当に経験した人から見れば、『こんなに簡単だったら苦労しないよ』って苦笑いしたくなる時もあるね」と、旦那様。

こんなギャップがある事を知っている人は、必ず、見たもの聞いたもの、全部、「自分」で一度やってみる。
実際、経験する事で、見たり聞いたりしたものとの違いを「肌」で感じ取るのだ。

同じ事は、何かを批判する時にも言える。
実際にやってみると、簡単に物事は批判できなくなってくる。

「そういう事もあるもんな~」とか、相反するように見える二つの意見にどちらも賛成してしまいたくなってしまう(苦笑)

昨日のブログではないが、実はこうした経験は全部の事が一部にしか過ぎないのだろうな・・・って視点を与えてくれるきっかけになると思うのだ。

「見てるだけ」「聞いているだけ」って、ノウハウ本を読んで、会社が設立できる気になってしまうのと似ている気がする(←厳しい!笑)

だから、できるだけ、できるだけ「自分で経験する」って事。

そして、それがやる前に自分の頭で考えた事とどこがどう違うのかって事。

常に頭に入れて置きたいものだ。

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2007.01/20(Sat)

両方 

「環境」か「生まれ」か。
「個人」か「社会」か。
「環境問題」か「経済成長」か。

こんな問題って、よくどちらが「大事」かとか「大切」「正しい」って選ばなきゃ・・・って思ってしまう事って多い気がする。

なんだか、マークシートの大学受験の癖が抜けていない?(笑)



「両方なんだよね・・・」と旦那様。


どちらがその時必要か、どちらが今の時点で優先するべきかって悩むこともあるだろう。
そして、その時点でどちらを選んでも「こぼれる」ものはあるだろう。

どちらも手にしようと悩んでいる内にそのどちらもこぼれてしまう事だってある。

ひとつに決めてもいいが、その後それにこだわったりすると、今度は妙に意見の違う人を攻撃したくなったりして・・・(苦笑)

議論は意味がある・・・と思う。
だけど、全く相手の話を聞かない、自分の意見が正しいと主張する議論って何だか現実的ではない感じがする。

こういう問題点をきれいにわかりやすくするためのひとつの方法としてディベートと云う方法もあるが、なんとなく「勝負事」になってしまうとそこに視点が集まってしまったりもする。

こういう、「どちらも正しい・・・選べない・・・」って感覚で大学院の授業を聞くと正直、ちょっと疲れる事がある。
論文って「こんなに自分の意見は正しく、これがあれば大丈夫!」みたいな論議をいかに展開できるかって大切な部分でもあるから仕方がないんだろうけど・・・(苦笑)

主張されれば、されるほど、その全く逆の意見が気になって仕方がなくなったりして(笑)
結構、私も天邪鬼かもね・・・。


世の中で使われる反意語

戦争と平和
個人と社会
幸福と悩み、苦しみ
いい人、そうでない人

どれも反対のものがなくなったら、その言葉自身も無くなってしまう。

パーツに分けて考えたら、また元のひとつの形に戻す・・・って感覚を忘れない様にしたいものだ。

ボキャブラリー(語彙)を教えるっていう授業で、はまりすぎないようにと云う自分へ警告でもある(笑)

テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術

EDIT  |  03:05 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.01/19(Fri)

欲 

「欲って無くなると思う?」と旦那様に聞く。

「無くなるって事はないだろうね・・・
ただ、ちゃんとコントロールは出来るようにならないとね」

「欲」は「煩悩」を生み出す種みたいな公式。
それも確かだけど、「欲」を完全になくす事は生きている人間には難しい。

それに、色んな欲ってエネルギーにもなる事もある。
名誉やお金が欲しくて、それなりの努力をする。
欲が無ければ、この努力って出来なかったりしてね。

「自分の欲は欲で素直に認めなさい」と旦那様。

自分で「本当は、地位が欲しい」と心の底で思っていて、思った様にならないと、偉くなった人をひがんだり、足を引っ張っってみたり・・・。
こんな事、無いようで、結構あるのが世の中だったりして(笑)

人の足を引っ張っている時間があったら、他にする事あるんじゃない?
とか思ってしまうが(苦笑)、自分の心に素直になっていない人には、それも見えにくいのだろう。

それにたとえ偉くならなくても「人に認められたい」という欲は誰にでもある。
人は一人では生きていけない。
誰かから必要とされているって感覚はとても大事な物なんだなと思う。
それが無くなると、何でも、どうでもいいやって投げ出してしまいたくなる事だってあるはず。

欲を無くそう、無くそうと頑張ってしまうと逆に自分の欲が見えなくなってしまうかも知れないなぁ。

自分の欲が見えない人・・・知らない間にそれを自分の近くの周りの誰かに期待したりして・・・。


本当は、こういう人でありたい。

そういう欲をきちんと見つめる方が現実的な気もする。
そういう欲をコントロールするって云うのはまたまた大変でもあるけど、まず一歩。

この一歩が結構進めない・・・(苦笑)
EDIT  |  01:47 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.01/18(Thu)

学校の勉強 

個性を活かして「自分のやりたい事」を探す・・・。
これって、意外と難しい。
中学や高校の時に「将来、やりたい事を探しなさい」って先生に言われても、「そんなのわからな~い」とずっと思ってた。

まあ、決まらないなら、決まった時に困らない様にしておくかな・・・ぐらいの事しか考えられなかった訳で(苦笑)

それまでに実際に自分が経験した事やその時点で知っている事だけで自分の将来を決めてしまう事に対して・・・なんだか・・・ちょっと私なりに情報不足かもとも思っていたかも知れない。

「自分にしか出来ない事」って簡単には見つからないのが普通だろう。

色んな事を経験して、学んで、「基礎」を作る。

「学校で勉強した事が残ってない」とか
「あんなに勉強したのに・・・」とか
よく聞く言葉だけど、外から見ていると「いいえ、ちゃんと残ってます」って言いたくなる時もある(笑)
意識していないだけの問題だったりして・・・(苦笑)

あれだけ一生懸命やった数学。
きっと、理論立ててモノを考える時に使っている。
ただ、サインやコサイン・・・を使っていないだけだったりして。

あれだけ一生懸命覚えた歴史。
年代と事実だけの羅列だった・・・(苦労した・涙)
だけど、今「聖徳太子は実在していた?」なんて本やテレビの番組を「なる程ね~」と面白いと思えるのは、その基礎があるからの事。

あれだけ一生懸命勉強した英語。
今は、読めたり書けたり出来なくても、ちょっとした英語の単語が分かってPCを使ったりする時に全然やっていないより数倍楽なはず。

それに・・・何より、「世界は広い」「違う言語を話す人がいる」「考え方や習慣って色々あるんだ」って事は知っているはずだ。

それに学校で色んな友達と喧嘩したり、仲良くしたり、先生との付き合い方を覚えたり・・・自分で意識しないでも色んな経験をしているはずだ。

「基礎は覚えて、忘れなさい」と旦那様。

「忘れなさい」とは、本当に忘れる事ではない・・・って言うまでもないか(笑)

同時に本当に忘れてしまっていると思いこんでいる人も多いなぁと思うことしかり。

今、自分が思ったり、感じたり、考えたりしている事は全部、自分のしてきた事の上にあるはず・・・って言うかその上にしかないと言ってもいいぐらいだ。
それを活かしているかどうかは、「習った事」に問題があるというより、「習った事をどう活かしているか」という事に問題があったりしてね(苦笑)

確かに沢山の問題点を抱えている学校の授業。
だけど、やってきた事はちゃんと残っているはず・・・

「忘れる」って事は、「忘れた状態で次のステップに進む」って事。

学ぶ事をやめてしまうと、本当に「忘れたまま」になってしまうのかも知れないなぁ・・・と、昔の何でもない経験が目の前に起こる色んな事と少しずつ繋がり始めて思う事。

「やってきた事を無駄にしたくない!」って貪欲さを持ち続けるって大切かも知れないなぁ・・・。

テーマ : 教育問題について考える - ジャンル : 学校・教育

EDIT  |  02:25 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.01/17(Wed)

決心した時 

テーマ : 不安定な心 - ジャンル : 心と身体

EDIT  |  03:04 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.01/16(Tue)

欲 

今日も旦那様が話しているのを見て思った。

人によって、必要な物って違うんだなぁ・・・。
その時によって、人が必要だと思うものが変わったりするんだな・・・。

当たり前の事だけど、「これが正しい」という原則論だけで人にアドバイスをすると「それは分かっていても・・・できない・・・」という事になったりする。
ある意味、どこかで自分でも知っている、自分にとっての「正しい」事が出来ない状況だからこそ、悩みも起こるし、迷いもするし、心のどこかで自分のやっている事のバランスを取ろうとするものだったりして。

誰かはお金が欲しいと思い、誰かは名誉を欲しいと思い、誰かは目指す道を追求する方法を欲しいと思う。

そうした「欲」って限りがないと否定的に思われたりする場合もあるし、実際に人の
「欲」は限りがないもの。

映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」では、それが本当にうまく描かれていた。
呪いのかかった人達が、喉が渇いて仕方がない。
その場所を通る船を襲って飲み物を奪って飲んでは、「やったこれで満たされる」と水を口にする。けれど、満足するのは「飲んだ瞬間」だけ。
体の無い、言い換えれば生きても死んでもいない彼らには飲んでも「吸収される体」がない。

限りの無い欲。それが分かっていても、その「飲みたい」という衝動から逃れられないの人の姿と同じだな・・・って彼らの姿を見て思った。

足る事を知りなさいともよく言われる言葉だ。

だけど、実際にある場面にある人がいてトラブルを抱えている場合に「足る事を知りなさい」と幾ら云っても残念ながら、耳には入らない事が多い。

本人が飲んで、飲んで、それでも喉が乾いてたまらない。
「これをどうすればいいのだろう」
「水を飲む事って本当にこの渇きを無くしてくれるのか・・・」
って思わないことにはね。

彼らにかける言葉があるとすれば、
「水を飲む事がその喉の渇きを押さえる方法ではない」
って事ぐらい・・・かな?

どんな言葉をかけても本人がその言葉を「心」で受け入れないと、「欲」に振り回されるだけで、そのサイクルは永遠に繰り返される事になるだろう。

こんな時、お釈迦様ならどんな風に話をするんだろう?

心に届くようにその人にかける言葉って、表面だけとかその一言だけ聞いていると本当の意図が見えないこともある。
逸話を読むと、その後に「こうなりました」って結論が書いてあるから「なるほど!」って、すっきりするけど(苦笑)。

「書物の限界だろうね・・・読んで分かる事ばかりではないからね」と旦那様。

読んで分かる事、実際の実践の場面、ってやっぱり違いがあるんだと思う時でもある。

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2007.01/15(Mon)

生き方 

「仏教ってね・・・生き方なんだよ」と旦那様。

世界には色んな宗教があって、色んな考え方をする人達がいる。
何をベースにして生きるか、それは本人の選択だろう。

神や仏に祈る事で自分を見つめ、あるいは救われたいと思い、信じる。
それだけで、人はどんな状況でも生きていけたりするからすばらしい。

旦那様の所に色々な悩みや苦しみを抱えて相談に来る人達。

本人にとっては、いつも言うがその悩みに大小はあるようでない。
それで心が一杯になり、人生そのものの意味まで失ってしまう事だってあるんだな~とそう云う人の姿を見て思う。

そう云う人達の悩みをできるだけ理解して、そしてどう生きるかのヒントを一緒に考える・・・それが旦那様の仕事の一貫したスタンスだ。

一番見つめなくてはいけないのは、その「悩み」や「苦しみ」そのものの向こう側にある「自分の姿」だといつも感じる。
それが起こるには、それが起こるだけの「理由」がどこかにある。

どこか・・・って言っても、どこか遠くではない。
それは、「自分の心の中にある」と言っても過言ではないと思うのだ。

お釈迦様の説いた言葉の中には、そうした「自分の姿」を見つめるヒントが沢山語られている。
その逸話は数え切れないほど沢山ある。
同じような悩みでも悩んでいる人が違えば、その解決方や見つめ方は違ってくるからだろう。
すべての悩みを解決する方程式は、色んな宗教の中で示されているけど、「解決できる部分」もあれば、それでも次々生きていると悩み事が起こってくるのだ。

最近思うのは、こうして悩んで頼ってくる人達を少しでも救うには何が必要か、どうやったら人が自分の心の中の自分の姿を見つめるきっかけを与える事が出来るかって云う事。

世の中には「癒し」とか「悩みを解決」とかそんな言葉があちこちに飛び交っているけど、それを実践するひとつの方法が、いや、それ以上のものが実はすでに解明されているんじゃない?って事だ。

仏教は生き方・・・その全体を知るには、私の一生ぐらいではとても足りないや。

だけど、少しづつ、ひとつの教えにこだわらないで「ほどけて」行けたらな~と、思うし、そのプロセスを一人でも多くの人と共有できたらいいなと素直に思う。

仏教の生まれた歴史、お釈迦様の教え、もう一度、自分の目で見て、自分の心で接してみようと思う。
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2007.01/14(Sun)

決心する時 

何かを始める時には、何かをやめなければならないって事もある。

転職や独立ってその決心をしなくてはならない時だ。

私自身、教師という仕事をしていて、転勤というのは常に付きまとっていた。
日常の授業や業務の中では忘れてしまっているが、年度末(3月)が近づくと必ず数回考えなくてはならなかった。
ひとつの学校にとどまれる年数は原則的に決まっている。
いつ転勤したらいいのかって結構迷った事もある。

特に自分が受け持った生徒が卒業するまでは・・・とつい思ってしまうのは、当たり前の情だろう。

そんな時でも「自分の希望」とは裏腹に物事が動く事だってある。
自分が教えていた生徒を残して転勤した時にはとても後ろ髪を引かれる思いだった。

けれど、私の授業を受けられなくても、今まで教えていた生徒に教えてくれる新しい先生はそこにいる。

だけど、目の前にいる新たな生徒には自分しかいない。

こういう時の気持ちの切り替えは難しくもあり、そして気が付かないでいる今の一日、一日の大切さを思い出させてもくれた。


旦那様の所に相談に来る人の中で、こうした転機にさしかかっている人は何故かとても多い。
そして、みんなこうした心の切り替えが難しいと感じる。

ある人は自分がやめて行く事を、一緒に働いていた人に理解してもらいたいと思い、
ある人は自分がやめた後をとても心配したりして・・・。

けれど、同時に自分のその切り替える事のできない「迷い」は仕事に出てしまう事もある。
結局は、自分が「~のために」と思うものを妨げてしまう事だってある。
後ろ髪を引かれる思いである職場を離れる事ができれば幸いだ。
そんな風に進まない事だってあるのだ。

一緒に働いていた先生が転勤する事を知り、「なんで、この時期に」と思った事は何度もある。その時は、来年度、大きな行事が入り、その本人がメインに仕事をしていた。
残される側から言うと、その本人にどんな理由があれ、「それは困る」と思うもの。

「決心する時はきちんと決心しないとね」と、旦那様。

こうした、決心への潔さはどんどん大切になって行くのが普通だ。

「段々、その場できちんと決めないと行けなくなっていくんだ。その場での決断には勇気がいるよ。だけど、するしかない」

こうした決心は、実は結構「決心せざるを得ない」という状況に追い込まれてしまう・・・。
旦那様の弟子は、独立を決めた時、「決心したというより、状況的にさせられた感じですね・・・」とも言う。

人の思いとは別の所で起こるこうした物事の流れが起こるのだ。


その決心にかかる責任と影響。

「自分の仕事をしたい」という夢を実現するには、引き換えにしなければ、いけないものがある・・・って・・・

新しい仕事をやり始めてから、気が付いたりするものなんだろうな(笑)

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2007.01/13(Sat)

数字と解釈 

昨日の授業の内容。

ボキャブラリーをどう教えるかっていう分野の超一流の先生の授業だ。
何より、何が問題で何が分かっているかが彼の頭の中ではっきりしている。
だから、学んでいる側にも伝わりやすい。

英語の語彙の中でとても頻繁に使われる言葉は、たったの2000語しかない。
2000語を多いと感じるかも知れないが、大人のネイティブの知っている単語は15000語から20000語と考えると決っして多くはない。

それにそのたった2000語の中でのトップ2はof the と言うから、そんなに難しくない単語が頻繁に出てくる。それが色んな分野の文章の80%を占めるのだ。

こう考えて、2000語を「少ない」と感じて、それが80%を占めると聞くと、「な~んだ英語って簡単に読めそう・・・」と感じたりする。
けれどそんなに簡単ではないってみんな知っている(苦笑)

だって、5語の内の1語が分からない。
それもofやtheなんて、すぐ分かる単語を除いた、理解する為に必要な単語だったりするのだ・・・。

さて、このもっともよく使われる単語2000語が多いか少ないか・・・
答えは、「多くもあり、少なくもあり」ってところかしら?(笑)


日常には沢山の数字が周りに溢れている。
時々、新聞を読んでいて、その表やグラフを見て????と思う事がある。

比較するものや、表のつくり方に対して疑問が湧く。

「数字を見た後、ちゃんとその向こう側にいる『人』を見ないとね」と、旦那様。

何のために、何を見ようとした『数字』なのかを意識しておくって大切だと思うのだ。

ロンドンにいる妹は、こういう数字弱い。
「ねぇ、ねぇ、このウィルスって、致死率がこんなに高いんだって」
ある人はその病気の発祥率や再発率を一生懸命調べて、安心しようと必死だった。

知識として知っておくのは、大事。
だけど、数字が多かったり少なかったり、表面だけの大小を見ると、その数字の「ただしい解釈」を忘れてしまたりして・・・。

数字の見方って難しい・・・と眉間にしわを寄せる私に、
「どんな視点で見るのか決めないと、余計に迷うよ・・・」と、旦那様。

あ~また、突っ込みすぎたらしい(苦笑)
ある絵を見ていて、適当にフォーカスして突っ込みすぎたら、とてもすばらしい絵なのにただの「黄色」だけしか見えなくなったりするかも(爆笑)

視点って定めてから、その部分を「フォーカス」しないとね(笑)
何を見ているのかわかんなくなっちゃう!

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2007.01/12(Fri)

一流 

最後の大学院の授業が始まった。

ESLの世界(English as a Second Language)の世界でこの人の名前を知らない人はいない!という人が先生だ。

「この授業、どうしようかな・・・」と、旦那様に相談した時、

「こんな時にしか出会わない人ならとっておいたら?」

ゆっくり、ゆっくり進めてきた大学院の〆の授業としてはいいかも知れない。

「一流の人の周りに流れている空気は違う!」といつも旦那様は言う。
「学ぶなら、一流の人に学びなさい」

今日は、改めてその意味が分かった気がする。
そして、この意味は残念ながら言葉に出来ない・・・。

だからこそ、直接会うって事が必要なのだ。

先生も医者も霊能者も全部そういう意味では同じかも知れない。

直接、会って、じっと観察していると「一流」の意味の一端が観えて来る。

「プロ」と「アマチュア」の違いはもっと明らかかも知れないなぁ・・・

人を相手に仕事をする時、どれだけ相手を見て仕事ができるかって結構大きい差があると感じる事が多いのだ。

「『人を観て、法を説け』って言うからね・・・」と、旦那様。

人を成長させる為のアドバイスでも、その人の段階によっていう事が表面上、全く逆だったりする事だってある。

そんなアドバイスを受けた時、「この前と違う・・・」って思うのはある意味当然だろう。
何かを極めようとすれば、そのプロセスの中にいろんな段階があるはずだ。

習字を習いに行っても、最初は先生の字をそのまま真似ればいい。
しばらくすると、真似だけでは前に進めなくなってくる。

教える側が一流になるには、相手の段階に合わせて教え方を変える。
教えられる側は、学んでいる間はそのままそのまま取り合えず真似てみて、それから次の段階に進む・・・。

「一流」って、教える側にとっても教えられる側にとっても、言葉以上の何かを伝え、そして受け取っているんだろうな・・・

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2007.01/11(Thu)

全てお見通し 

目に見えないものを観る。

難しい・・・(ふう~)

「簡単だよ~。心を開放すればいい」って旦那様に言われてもね~。

何かを習得しようをする時、人は普通「集中」するものだ。
だけど、これは逆に「集中」したからと言って、観えるものでもない。

難しいといいつつ、そこに意識が行っていない時、結構やっている事でもある。

「先生、観えないんです。すごく観たいのに~」と旦那様の弟子が言う。

自分に付いてくれている神や仏や先祖や眷族。
人によって、その段階によってそれは様々。
守護霊って書きたいけど、「守ってくれてる」というより「指導してくれている」と言ったほうが正しいといつも思う。
旦那様の弟子にこうした「守護霊」を持った人が沢山いるが、はっきり言って全部厳しい。

「これでもか~」って感じだ(苦笑)

「当然だよ。守護霊は人を成長させようと付いてくれているんだから」と、旦那様。

時々、こうした厳しい「個人家庭教師」の試練に
「先生、もうこのくらいで勘弁してくださ~い」ってみんな一度は言いたくなる。

「私じゃないよ(笑)君の守護霊・・・って事は、自分が望んだ事なんだ」

そんな覚えは・・・ないと言いたいだろうけど、それこそ、この世界には本人が忘れても撒いた種は必ず出てくるようになっている(苦笑)
いつか、どこかでこう心で言ったはずだ。

「こんな風になりたいな・・・」

宣言してしまったら終わり(笑)

「それじゃあ・・・これやってね」って次々課題が出される。

まあ、課題をしないで「単位ください、点数ください」って「そんな事あるわけないでしょ~」と、自分の教師時代の姿を思い出す(苦笑)

よく、「将来はどうしたらいいの?」とか「運がよくなるには?」とかアドバイスを求めている人がいるけど、その手前には必ず、ほんとに必ず、「え!こんな事できるかな?」と思うような事がある。

心で観る。
心で宣言する。

全部、見通されているって思うと・・・怖い?

それとも、

それなら、自分の心の持ち方次第だって思える?

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2007.01/10(Wed)

誰の不安? 

子供の受験というものは、子供にとっても親にとってもかなりのプレッシャーだ。

当たり前の事だが、一番上の子供が受験をするとなると大事になるもの。
時には家の中が受験一色になり、それが中心に家の中が全部回り始めるって事もあるだろう。

試験を受けるまでが一苦労。
そして試験を受けて結果を待つまでがまた一山。

受験を自分でも経験し、そして、教師として試験をする側でもあった事だからそのプレッシャーとやらは、一年に一度か二度、必ず肌で感じてきた。

同時にこのプレッシャーの中で学ぶ事も多い。

大学受験を経験した人とそうでない人の違いって結構、はっきりしている。
勿論、それがいい意味で活かされるか、そうでないか色々だけど・・・。
少なくとも「これだけやれば、自分はできる」って自分で経験しているって事はその時より後になって実感するものだったりする。

受験を経験して、「勉強すれば、分かるようになるんだ!」と学ぶ子供もいるだろう。
「もっと勉強すればよかった」と後悔する子供もいるだろう。

合格したかどうかも大きな問題だけど、そのプロセスで学んだ事の方が後々為になっているって気が付く。

それなのに・・・
自分が親になると、自分が経験した事をすっかり忘れてしまったりして(笑)
あるいは、自分がこういう経験をして為になったから自分の子供にも絶対にいい!と信じ(たい)とか。

色んな感情が混じって、だれの不安か分からなくなる事ってある(苦笑)

ある受験の相談を受けた旦那様。
「それがうまく行かなかったからって、その子の人生、終わるの?」

「試験の数字ではなくて、子供を見ないと間違えるよ」

親だからこそ見える事がある。
親だからこそ見えなくなる瞬間がある。

だからこそ、一体誰の不安なのか、ちゃんと分析するって大切だと思う。

勿論、子供を導くのは大切な事だ。
「こんな子供になって欲しい」「この学校、いいんじゃない?」

でもそれは、全て「子供自身」の選択にかかっている。
子供は親が思っているより、ずっと自分の事を分かっている事が多いと常々旦那様は言っている。

「もっと、子供を信用しなさい!自分の子供なんだから」

その信用する気持ちが子供を正しい方向に導くのだろう。
決めてあげる事が正しい道だとは限らなかったりしてね(苦笑)

ロンドンにいる妹もこの「新たな(笑)経験」の真っ最中だ。
この前、はっきり行ってしまった私・・・

「あのね・・・一番邪魔しているのって、あなたかも知れないわ・・・」
色んな不安があって、知らない内に子供を巻き込んでいるかもね・・ってね。


子供の可能性。
精神的に「不安」で一杯の親に一番見えなくなるものだったりして(苦笑)

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2007.01/09(Tue)

旦那様のバラバラ 

旦那様のばらばら振りもなかなかなもの。

食べ物も、和菓子は嫌い、体を冷やすものも嫌い、牛肉も食べない、すっぱいものは全部ダメ・・・
それでいて、修行となる食べられるものは何でもよくなる。

何かを始める時も、「ねぇ、ねぇ」と幾ら言っても動かない時は動かない。
けれど、いったん動き出したら、数キロ先を走っている(苦笑)

何かににカーっと怒ったかと思えば、数分後に
「本当に、困ったものよね~」と言えば、「何が?」(爆笑)

何時間も一言もしゃべらなくても平気なのに、今日は、12時間しゃべりっぱなし。

「自分でバラバラなのは意識しているよ。だから、そのバランスには気をつけてるんだ」


自覚のない霊能者って、自分がバランスを崩しかけている事に気が付かない事が多い。
側で見ていて、明らかに分かるのに・・・(苦笑)
見ていると、情報が多すぎてうまく処理できないって感じだ。
何も分からず見ていると、それはただヒステリックな人に見える事だってあるかも知れない。
情報の処理が間に合わないPCと似ている。
止まるか・・・暴走するか・・・
周りのアドバイスの声さえ聞こえなくなるのだ。

「だからね、安定してきたと思ったら、逆に揺らしてみたりね・・・
結構、大変なんだよ(笑)」

結構どころか、どれが自分の心でどれが外から入ってきた情報かわからなくなるなんて・・・だれでもぐちゃぐちゃになるわ・・・

って、苦労(?)を乗り越えた霊能者の頭の世界がきちんとネットワークが出来ると、色んなモノがすっきり見え始めるのだと言う。
人の心、ものの流れ、気の流れ、物事の流れ・・・
そこには想像を超えたスケールの「図」が完成し、それにネットワークが出来上がるのだ。

それまでの苦労が報われた・・・って感じかな???

それまでは、人によって違うけど、時速500キロでしか走らない車を運転しているような状態なのだ。

旦那様の極端なバラバラ。
バランスを取る訓練をしているから、これだけは心から笑える。

という私も・・・まだまだ、「自分の車」の運転には若葉マークが付いている!

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2007.01/08(Mon)

ばらばら 

人は人と付き合う時、「大体、次に~するだろうなぁ」って予測を立てるもの。

知り合って最初の頃は、それが分からないからちょっと疲れたりして・・・。
「この前がこうだったから、今度はこう云う感じかな?」とか段々、その人のデーター量を増やすのだ。

ところが、自覚のない霊能者の多くは、こうした「読み」が効かない事が多い(涙)
話ややっている事がポンポン飛んでしまう事が多いのだ。

本人なりには頭の中に「映像」とか「図」みたいなものが浮かんで、それに従って動くから、自分のそうした行動や言葉が飛んでいたり、他の人に分かりにくかったりって気が付かないのだ(笑)

外から見ていると、全くの思いつきで動いているように見える。
本人は、「何でみんなは分からないんだ~」と思う。


人は自分の頭の中にあるものを普段から全部ではなくても言葉にする事で相手の頭の中に似たような「図」を作って、そこで「会話」をする。

時々、この原則に当てはまらない会話もある(苦笑)

A:「貴方、お元気でしたか?」
B:「このセーター、この間娘が買ってくれたんです」
A:「あんまりお会いしないから、お元気かと心配したんです」
B:「この色、私にはちょっと派手すぎないかしら」
A:「私もこの間、すこし体調をくずしましてね」
・・・・

駅で聞いた女性二人の会話だ。
こんな調子でずっと二人は話ていたが、お互いあんまり相手の話を聞いていないのか、それでも会話は一応成り立っているのがすごい!

旦那様は「それって、成り立ってるっていうのかぁ~(笑)」と言っていたけど。

ところで、ばらばらの霊能者にこの「図」を読むための質問をしても、説明するのが難しいらしい。
確かに、例えば目の前にある写真を言葉で説明しなさいって言われると、面倒くさいのは分かる。
でもちょっとした言葉でその写真の雰囲気は伝えられるのにね。
それに「図」が出来ていない時は、「まだ、考えている途中だから」とヒントとなる言葉さえ出てこない事が多いのだ。

だから・・・というか、それで・・・というか、
外から見ているとやっぱり、バラバラなまま。

「読もうとしても無駄だよ(笑)そのバラバラ具合が霊能者なんだから」

「って、言われてもね~。予測がないと驚くばかりだわ」

「それを楽しんでるんだろ?」

確かに!

旦那様の場合は、「ばらばら」なのを自覚している。
だから、私が読めない時も自分の説明が足りなかったとか、自分が飛びすぎたとか分かって後で補ってくれている・・・時もある(←付け足し・笑)

訳が分からない時は、そういう時があるから笑える。

周りにいる霊能者のばらばらをいつも笑っていたら、別の意味でお腹が痛くなる(笑すぎ)と思う・・・

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2007.01/07(Sun)

旦那様のこだわり(2) 

牛肉禁止令が出ている我が家(←勝手に私が禁止している・・・みんなの為・笑)

当然、牛肉以外で食事って事になる。

思い返せば、出会ったばかりの頃「何食べて生きているんだろう?」とさえ思った事がなかった(笑)

「人を怪物扱いするな~(笑)」と旦那様。

ではでは、牛肉でなければ何でも良いかって話になると、そう簡単に行くはずもない(苦笑)
「豚は高座豚でないと」
「鶏肉は薩摩のやつね」
「それから、味噌は・・・」

と続く・・・
実際、そのこだわりには食べて見ると「納得!」と思うのだが(笑)

和菓子が苦手な旦那様。
じゃあ、洋菓子なら何でもいいかって云う訳にも当然行かない。

「このクッキー、小麦粉が悪い」
「バターの質がね・・・」
「このケーキ、クリームはいいけど、スポンジがいまいち」

始まった、始まった(笑)
得意の粗探しだぁ~

「粗探しって大切なんだよ。だってどこが悪いが分かれば治せるじゃない」

そうですね・・・その通りです(苦笑)

小さい頃から、その舌は鍛えられたものらしく、その粗探しぶりはなかなかなもの・・・。


「ところでね・・・そんな感じだったら、修行で山に行った時って困らなかった?」

当然、聞きたくなる質問でしょ~(苦笑)

修行中にこの肉は嫌いとか言ってたら、どうなる事やら・・・

「修行ってスイッチが入ると、基本的には食べられるものは何でもいいんだ」

あらら~、全然言っている事が違う(笑)

「何を食べていたの?」

「食べられるものは何でも。ナイフ一本だけ持って山に入るしね」

「それでも食べるものに困った事はないの?」

「不思議なんだよ。山に入ると、山がちゃんと生きていくのに必要な分だけ差し出してくれるんだ」

????

差し出してくれる???

どうしても、どうしても空腹で死にそうな時には、その時に必要な分だけ自分の手元に入るらしい・・・

「魚だって、植物だって生きている。その命を差し出してくれるんだ」


・・・最初のこだわりはなんだったんだ!と言いたくなるほど全く違うでしょ?

私の観察(笑)によると、旦那様はこうして極端と極端の真ん中でバランスを取っている。
このバランスの取り方は、普通の人ではありえない!

「この前はこれはダメ!って言ってたじゃない!」って思う人だったら、とても側にはいられない・・・(断言!)

それどころか、その極端さが面白くて、いつも大笑いしている私。
側にいる私ってすごい!と思う(笑)

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2007.01/06(Sat)

旦那様のこだわり 

霊能者の見つけた良い物を見てもらったらわかると思うが、旦那様は結構こだわり症(苦笑)

物を買う時のこだわり方はいつか書いたと思うが、まずカタログを集めるところから始まる。
自分が買おうと思っているものをほとんど全部見てから決める。
当然(苦笑)買ってからも、取り扱い説明書を隅々まで読む。

時に弟子が新しい物を買うと、その使い方を全部ひそかに試しているのは、買った本人ではなく旦那様だったりする。

「機械や物との会話だよ。会話できないものはつまらないね」

だから、旦那様に言わせると最近の車は会話がしにくくなって魅力を感じる事が少ないという。

こうやって買ったものは、隅々まで旦那様にいじくられ(笑)「持っている能力は全部出しなさい」的に働かされる事となる(爆笑)

だから、手になじまないものや、使いにくいものは「これはダメ」とはっきりダメだしが出る。
そういわれて、自分で手にとって触って見ると、なるほど使いにくい・・・

「物は人に優しくないとね」と旦那様。


そうかと思うと、「こんなもの、何に使うの???」と思うようなものが
「面白い、面白い」と笑っている。

「このつまらなさがいいんだ(笑)無駄って無駄じゃないんだよ」

世の中での風潮は、「節約」「無駄を省け!」がスローガン。
でも、我慢して、ひたすら「最小限必要なもの」だけに自分の周りを狭めて行けば・・・その先にあるのは?

「100万円貯める方法」
いつもそんな雑誌の広告を目にしながら、その100万円、何に使うんだろう?
とか思ってしまう私も多少へそ曲がりなのかも知れない。

こんな時、いつも私の頭の中に浮かぶイメージは、蟻の巣作りのシーン。
掘り出した土を出す場所がなければ、いつまで経っても巣の大きさは一緒だ。

無駄と思える空間や、物は、目に見えなくても何かの役割を果たしている。
それどころか、その空間がそこにある物を活かす事だって沢山ある。

自分の生活や考え方にも「空間を持とう」と思う瞬間だ。

こだわりと言えば、「持っていると悟れない!」とか思ってしまう人もあるらしいが、こだわりを捨てる事で「自分らしさ」や「成長する空間」も捨ててしまわないように・・・このバランスはとても微妙だ(笑)


ちなみに旦那様の食べ物への「こだわり」は結構うるさい。

「おいしい物を少しでいい」(空手の現役の時は大食だったらしいけど)

「これは、あそこの店のものでないと」

「和菓子は胃もたれするからいらない」

「柑橘系とか体を冷やすものはいらない」

かと思うと、「何でもいいよ~」って、こだわってるのか何なのか(苦笑)

またまた、ちなみに「牛肉」は元々あんまり好きではないらしいが、私が「禁止令」をだしている。

「牛肉を食べると、気が短くなるんだよな~」って言っていた言葉。

何度か、あ!本当だ・・・こんなに変わるとは(苦笑)

という訳で、我が家は「狂牛病」とは縁遠いらしい(笑)

テーマ : 楽しく生きる - ジャンル : ライフ

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2007.01/05(Fri)

予習 

いつも、いつも私が旦那様に質問ばかりしていると思われているかも知れないが(←事実でもある・笑)時には、私が質問される時もある。

「ねぇ、cowとoxってどう違うの?」と旦那様。

「cow はメスの牛、oxはオスの牛」

「じゃあ、水牛とか、闘牛は?」

「bull」

「bullってオスもメスも含むの?cowにはオスは含まれないの?」

あはは・・・立場が逆転してる・・・
質問している方が気が楽だわ(笑)と思う私。

cowって言葉って、本に載っている絵を見たり、バスの中から遠くにいる放牧されてる牛を見て、
「ほら、見てごらん!牛がいるわよ!」とか言う場面で出会う事が多そう・・・。


「oxって言葉の響きで頭に浮かぶのは、角、とがったイメージがある。
oxには、水牛や闘牛を含めた荒々しい感じがするね」

それと比較して、cowはなんとなく、のんびーーりした音の響き。

うう、そこまで聞いてくるか?(って、実はいつも私が旦那様に対してやっている事かも・苦笑)

実は、この二つの言葉cowとoxは、分類の仕方が違うらしい。
cowは牛乳と結びつく一般的な名称。
oxは動物的な総称で水牛や野牛などの総称って事らしい。

でも実際、人が日常で使う時にはここまできちんと区別して使う人がいるだろうか?

目の前の物やここにない物を呼ぶ呼び方って、なんと区別するかによって使っている気がする。

一番身近なのは、牛乳。
だから一番良く耳にしたり、使うのもcowって感じがする。

テレビに出てきてた「牛」を見て、oxって呼ぶ時は、「オス」だって認識したから?
日本語ではそれを区別してメス牛とかオス牛とか呼ばないから難しいと思うのかな?
人ってどうやって、『物』を見て、どうやって認識しているのかな?

とか、私の頭の中に新たな(笑)疑問が沢山生まれる。

今朝、大学院の次のコースのレジスターをした。
ボキャブラリーをどうやって教えるか・・・って云うコースだ。
勿論、英語の授業の中の話だから、どこまで深くやるのかは、まだ始まってもいないから分からない。

う~ん、知らない内に旦那様に予習をさせられた感じだ(笑)

今回も深く考えすぎて暴走しそうな予感がする。
って云うか、すでに暴走し始めている・・・・(笑)

テーマ : ことば - ジャンル : 学問・文化・芸術

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2007.01/03(Wed)

その逆? 

昨日、「違い」が面白いと書いた後、ふっと思った。

「いやいや、人って自分は違う!と思っていて結局、たいして変わらないかも?」

旦那様も事あるごとにつぶやいている。
「どんなに頑張っても、所詮人のやる事。ある意味知れている・・・
けれど化ける事あり」ってね。


自分は人と違うという事で散々悩んできた人もいる。
なんとか周りの人間とうまく合わせながら生きてきて、
それでも悩みは突然のように目の前に降って来た人もいる。
苦手なタイプの上司とか理解不能な(苦笑)部下とか・・・。
「なんで、この人ってこうなんだろう・・・?」

他人との付き合い方の悩みの時に起こす人の反応は、結構、「同じ」

どんなに違う!と思っていても、必ず自分を守ろうと本能が動き始めるのだ。
勿論、その反応の仕方は色々だけど。

相手に文句を言い返す。
直接は言わなくても心の中で思い続ける。
方法は違っていても、究極「なぜ、私が思うように貴方は動かないのだ」という気持ちがあったりして(苦笑)

ある人の言葉や行動、そこで起こった事にこだわってしまうのは誰にでもある事。


この前、旦那様の弟子の一人と話をしていた。
「修行をしたら、悟って、悩みがなくなるって思ってたんですけど(笑)」

って言ってたと旦那様に話を後でしたら、
「そんな方法があったら、私が知りたいよ(笑)」


「こだわりを捨てなさい」と仏教では教える。

そういえば、「こだわりをなくしなさい」とか「こだわりがなくなります」ではないなぁ・・・。

ある「こだわってしまう事」が起こったら、「こだわる」、そしてそれを「捨てる」
(あらら、いつもの分析の癖が・・・笑)


「初めから、何にでも、こだわらない・・・その人、生きてるのか?」と旦那様は笑いながら言う。

どこで自分がこだわり、不必要なこだわりの「捨て方」の方法を知る事。

ああ、複雑。
だから面白い(苦笑)

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2007.01/02(Tue)

あけましておめでとうございます。 

新しい年の初め。

思い返して見れば、昨年は日を重ねるごとにどんどん加速度を増すように新しい事を経験した。
楽しかった・・・「ちょっと待ってぇ」と思うほどのスピードでもあったけど(苦笑)

今年もきっとそんな年になるだろう・・・
新年早々(って当たり前か・笑)次の目標が見えて来た。

これからもどんどん旦那様やその周りに起こる不思議な事、愉快な事、頭に来る事、メモメモしながらお伝えできればと思う。

誰かが「経験した事」「見た事」「聞いた事」を読むだけで何が分かったりするものだとも思う。

同じ文を読んでもその捉え方や感じ方は本人の「心」の状態によって全然違うもの。

そうした不安定なものだから面白い「人の心」
色々だから、「そんな考え方や感じ方もあるのねぇ」と興味が湧く。


私はいつも何かを考える時、全く逆の事を想像してみる事が多い。

バベルの塔の話は有名だ。
「もし、今でもこの世の中の人全部が同じ言葉を話していたら・・・?」
例えば、日本語でも英語でもいい。
どんな世の中だっただろう・・・ってね。

同じ言葉を話していると、同じ考え方をするって考えてしまうかな?
きっと今ほどの興味が他の人に対して、湧かない感じもする。

いずれにしてもこの仮定は現実味がない(←自分で書いておきながら・・・苦笑)
人って、例え、「正式には~語を使うように」って決まりがあっても、勝手に(笑)新しい言葉を作ってしまう「能力」があるから・・・。
結局は、今と同じように「自分達の言葉」を世界中で作りだしてるだろう。

そして、人って知らない言葉で話しているのを聞いたら「何を話しているんだろう?」と思うかも知れないし、生きていくのに必要な場合は必死でマスターしようとしたりする。

その間に・・・きっと、その相手が少しは「理解」できるようになる気がする。

だから、バベルの塔の話が仮に本当だったとしたら、ある意味、神様に感謝!

言葉だけじゃなく、「違う」って事は、相手を理解しようとするひとつのきっかけになると思うから・・・。

「違っていいんだよ・・・全部、全部、必要だからこの世にあるんだ」と旦那様。

今年もその「違い」がわかって、楽しめる一年にしたいなぁ・・・。

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