2007.02/27(Tue)

必要な物はやってくる(2) 

さて、『必要なものがやってくる』かどうかの審査。
ちなみに、当然だが、応募?するのに、学歴も男女の差も年齢も制限はない。

逆に、「~したいな~」と思っていても、
「学歴があったら出来るのに」
「男性だったら出来るのに」
「もう少し若かったら・・・」
と、思っている人は審査対象には入らないのだ。

例え資格の必要なことであれば、何歳であっても何かを始める。
男性が明らかに有利な状況があってもあきらめない。
そんな「意欲」が「前提」なのだ。
というか、純粋に「~したい」と持っている人にとっては、こんな考えは殆どおこらない。

もうお分かりでしょう?

「欲しいものを手に入れるため」の一つ目の鍵は、「絶対にあきらめない」って事。

「純粋にその道に進みたいと思って、あきらめない人の所にそれに必要なものはめぐってくるんだ」と旦那様。

旦那様の弟子に、「子供の為にこういう場所を作りたい!」と思う一人の男性がいた。その夢を旦那様にいつも熱く、熱く、語り始めた。
初めは、その話は正直に言って、ただの夢と思えるものだったかも知れない。
その為には、ある程度の資金も必要だし、協力者も必要。

「今、自分一人でお金のかからないほう法で出来る事から始めたら?」という旦那様のアドバイスをもらって、実際に少しずつ始めた。
やがて、「私も一緒に・・・」という協力者が数人現れた。
そして、「それなら、私が出資しましょう」と申し出る人も出てきた。

って、書いてしまうととても簡単に短時間で出来上がった事のように思えるかも知れないが、この間、数年はかかっただろう。

「先生!驚きました!一緒にやろうと言う人が次々でて来たんです。
それに資金もどうにかなりそうです」と、信じられないという顔。

旦那様は、「全て、自分で引き寄せたんですよ」と嬉しそうに笑っていた。
旦那様もその純粋な彼の気持ちに協力したいと思った一人でもあった。

「~したい」と思う時に必要な物がやってくる。
あきめない、純粋な気持ちが「必要なもの」を引き寄せるのだ。
誰がやっているのか分からないが「神のお手配」と呼ぶ事もある。

「お金や人を見つめてもそれを引き寄せようとすればする程逃げるって云っただろう?どんどん、そればかりを見つめて何も出来なくなってしまうんだ。
そういう人もいるからわかるよね・・・」と、旦那様。

自分の目標を達成する為に必要なお金や人は必要なだけやってくる。
審査の厳しい「予算計画」みたいなものだったりして(笑)

ちなみに、「必要なもの」がやってきても、本当にその気持ちに嘘がないかという抜き打ち試験みたいなものもある。
突然、今まで考えられないような「問題」や「障害」が起こったりする事がある。

「確認されてるわ~」ってその度に見ていて思う。
純粋な気持ちを持っていても、ある時ある時点で自分が持っているものやポジションを一時的に捨てなくてはならない・・・なんて事もある。

自分の進む道を始めるのには「覚悟」も必要。
「何があっても、実現させるんだ!」という「覚悟」だ。
その「覚悟」を試されるのだが、これがなかなか厳しい(苦笑)

だけど、「覚悟」をした途端、実は何も捨てるものは無かったと気づくのだ。
ただそういう何かを無くすかも知れないという「恐怖感」が障害になったりする。

こうして、必要な物を手に入れて、自分の道を進んでいる人に聞いてみるといい。
「どうしたら、引き寄せる事が出来るんですか?」ってね。

「簡単ですよ。思えばいいんです、しっかりと」って答えるに違いない。
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2007.02/27(Tue)

必要な物はやってくる 

昔の旦那様の趣味の一つは「古本屋」めぐりだったらしい。

「何となく呼ばれるように入っていくとね、『こんな本が・・・』って云うものが見つかるんだ」

これも、これも、そうやって手に入ったと次々出してきて嬉しそうに話す。

最近、弟子もこれに見習って、欲しい本があると古本屋にちょっと立ち寄ったりするらしい。
「先生!ずっと読みたかった本が手に入りました!しかも信じられないような値段で」って話してくれたのは一人や二人ではない。


もし、神様に「今、貴方に必要な物はなんですか?}と聞かれて何と答えます?

「お金」って答える人。
「恋人」って答える人。

結構、沢山いるかも知れないな・・・。
正直と云えば、正直なんだろうけど(笑)

「お金と恋人は追いかける程、逃げるんだ」と旦那様は笑って話す。



「欲しい!」と思っているものが貴方の目の前にやってくる!
初めの頃は、こんな話を聞いて、
「神様って結構えこひいきだわ・・・」なんて思ったりした(苦笑)

けれどもよくよく考えて見ると、そうやって必要な物を手に入れた人ほどの「思い」を持っていたかどうかと振り返る。
「こうなればいいな~」ぐらいだったかも・・・。
けれども、結構、自覚しているより粘り強い私は、これまた思い出して見ると、「欲しい」と思ったものがあつかましい程のもので・・・(苦笑)
で、あきらめていなかった。
手に入れるまで、10年ぐらいかかったものもあるけど、それはそれで当然だわ(笑)

必要なもの・・・って一口に言っても、「貴方にとってどういう意味で必要なのか」って審査がどこかであるらしい(爆笑)
審査基準は、
1)どのくらい欲しいと思っているか(熱意)
2)それが手に入るために何かをやっているか(努力)
3)それを何の為に必要としているのか(目的)

この3つの基準に合格した時に(笑)必要な物は貴方の前に現れるらしい。
ちなみにこの3つのどれが欠けても駄目らしいという事は確かだ。

必要なものはやってくる・・・
それを引き寄せるためにはどうしたらいいか。
それは明日に続ける事にしよう。

問題は「考える時間」が大切だもんね(←教師病・笑)
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2007.02/26(Mon)

オーラ(2) 

「ちょっと待って、あの人のオーラの色は?」

他の人のそれぞれのオーラを聞いてみる。

「『魂』は赤、それも炎が立ち上がっている。
 『心』は青いね・・・それも少し暗め。
 『体』は勿論、その時によって違うけど、調子がいいと、『赤』。
 調子が崩れて疲れてくるにつれて、段々色が暗くなる」

で、あの人は?この人は?と旦那様の弟子について聞く。
「なんだか、バラバラだね・・・魂、心、体の色のバランスというか・・・
だから、その時によって本人の状態が変わるんだって分かる気がする」と、私。

そうした人に共通しているのは、「自分の力を発揮する時」と「落ち込み悩む時」の落差が激しい気がするのだ。


「修行する前は、私もバラバラだったよ」と、旦那様。

ああ・・・バラバラな上に一つ一つのパワーが強い。

「修行の目的の一つはね、この3つのオーラを統合させる事なんだ」

心のバランスを崩し易い人
霊能者的な感覚を持っている人
どこに行っても何の仕事をしても何となく違和感がある人

そんな人は大体『魂』の元々持っているエネルギーがとても強い事が多い。
だから、『魂』の本来持っているものが何かを拒否すると、体と心が分離してしまった様な感じがする
心で思っても、何となく違和感がある。
それを体でやろうとすると益々違和感が増すのだ。

「良く分からないけど・・・絶対いやだって自分の何かが言う」みたいな感覚かもしれない。

そして、やがて混乱・・・(苦笑)
自分の『魂、心、体』の落ち着く場所を探し続ける事となる・・・。

けれど、それは自分の外にあるのではなくて、自分の中の問題だったりすると幾ら探しても見つからないって事にもなる訳で・・・。

「で、その統合なんだけど・・・」と、一番聞きたい所だ(笑)

人は痛いと、痛みがいかに早く消すかって事だけを考える。
辛いと、いかに辛さがなくなるか、って最短距離を知りたくなるもの。

「やっぱり、修行するしかないのかな?」
まあ、私の感覚から言うと、『劇薬』を使って、痛みを取る!みたいな解決法。

「確かに効果はあるよ。だけど、同時に危険な事もある。
何しろ、一番エネルギーのある『魂』に直接、触れる事があるから」

だよね・・・痛みを取る薬だって、即効性があればあるほど副作用が強いのが普通だ。

「だから、まずね、『体』と『心』のオーラを一致させるところから始めるんだ」

体と心が一致していないと意識している人は余りいないかも知れないが殆どが一致していない。最初は、人が何かを覚えようとする時には『体』の動きに『心』が乗っている。けれどもそれが習慣になると、『心』を忘れてしまう事が多いのだ。

「一致って、どうやるの?」と次の質問(当然の質問だ!)

「全ての動作、つまり『体』に『心』を込める事」
なるほど・・・体に心のオーラをしみこませる作業を意識的にするわけか・・・。

「この二つが統合すると、『魂』がそれを自然と導いてくれるのがわかるから」
と、ここまで来ると、ただいまオーラがバラバラに分離している人には何が起こるか想像もつかない(爆笑)

でも、きっと、とても自然に、当たり前に、その方向に進むだろうとも想像できる。

「そうやって、ゆっくり3つのオーラを統合させる事。
それが、自分が自分らしくいる事なんだよ。

どこに居ても、だれと居ても、何をやっていても、自分をちゃんと意識できる」

という事は、きっと、訳の分からない焦りや、不満や、苛立ち・・・そんな違和感がなくなるのだろう。

まあ、言葉で説明する程簡単ではないし、時間がかかる・・・
というより、バラバラな人程、時間をかけた方が無難だろうとも思う。

「自分らしく・・・って気が遠くなる程大変だわ~」と思ってしまったりして。

「そんな事はないよ。いままで知らない内に付いてしまった固定観念や自分の環境を少しずつだけど、そのプロセスで見直せばいいのさ」

う~ん、やはり何事も最初の一歩からという事らしい。
それにやってみると意外と簡単だったり、楽しかったりする事って多い。

「辛い事もあるけど、魂が望んでいる事だから、無理矢理って感覚は無いはずだよ」と旦那様。

こうして、自分の一つ一つの『体』の動きに『心』をのせるプロセスでもオーラの色には変化が起こってくるらしい。

「段々、色がなくなってくるんだよ。
限りなく明るくなるのさ・・・そして、『魂』の色が『体』と『心』の透明に近いオーラに包まれて輝き始める・・・」

きっと、これがオーラを見る最終目標なんだろうと思う。

どこでも、いつでも「自分が自分らしく居られる」って状態って素敵だろうな~。
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2007.02/25(Sun)

聞いてなかった・・・ 

大学の授業のクラスで写真を撮った。
その写真を見たら、私の周りにグリーンの影が・・・。

「これって何?」と早速旦那様に聞いてみる。

「これがオーラだよ。写真にこんなにはっきり写るのも珍しいね・・・
 この時は気持ちがとても落ち着いているね」

「この時は・・・って?オーラの色って変化するの?」

「気持ちによって変わるって・・・分かるだろ?」

そう言われてみれば、同じ人でも怒っている時、悩んでいる時、落ち着いている時、それぞれ出しているものが違うな・・・とか思い出してみる。

「普通はね、その人の一番特徴的な色をオーラって呼ぶんだけど、もっと複雑なんだよ」


ああ、またまたそう言えば私のオーラの色って聞いてなかった。
一番近くに見てくれる人がいるのに、今の今まで聞いた事がなかったって思い出す。

「で、私のオーラの色は?」

「オーラって言っても、それには基本的に三種類あるんだ。

『魂と心と体』この3つのエネルギーが、それぞれのオーラを放っているのさ」

私の『魂と心と体』の色。
一番外側にある、その時の「感情」「体調」によって変化するもの『体』からでるオーラ。
その次に深い所にある、「喜怒哀楽」も含めた「心の癖」「思考の癖」からでるオーラ。
そして、一番深い所にある『魂』のオーラ。

深くなればなる程、それは潜在的で意識しないけど、出てくる時には出てくるらしい。


「そうか・・・」と、何となく納得。
でも、次々聞きたい事がいつものように出てくるわけで(苦笑)


「で、オーラって本当に色なの?」と次の質問(笑)

「実際はね、本人が出している『エネルギーの波動』なんだよ。
それを表現する時、人間が『色』にして解釈しているだけ」と旦那様が答える。

そうか・・・『色』『味』『音』『匂い』も感じたものを表現するのにある意味一番分かり易くて、伝わり易いのはこの場合『色』かも知れないなぁ。


「人の中にはオーラを『音』や『匂い』で感じ取る人も居るからね」

『音』『匂い』だってある意味波動だから、それで表してもいいけど、表現するにも伝えるにもちょっと難しいかもね。

ああ・・・『音』がする時もある・・・なんて思い出したりする。

私にとって、一番分かり易い時は、誰かが『怒り』を持っている時。
何に対して怒っているか、どのくらい怒っているかでも違うけど、『ゴー』って音がしている事がある。

「だから、『私のオーラは?』って聞かれたら、『どのオーラですか?』って聞かないとね」と旦那様。

考えてみたら、言葉だけでなく、それも受け止めて人と会話をしたり、付きあったりしている。
そして読み間違えると、ギクシャクしたり、読めない人には「付き会いにくい人だな」って印象を持ったりする。

「大体の人はね、そうした一番外側にある『体』からでるオーラをみてるんだよ。

もっと大切なのはね・・・

その『自分が持っている3つのオーラ』を知って、どうするかって事」

確かにね・・・
「貴方のオーラの色は、赤です。終わり」
じゃあ、意味がなさ過ぎる(爆笑)


「それって、何の役に立たせるかって事でしょ?」
最近、旦那様の思考回路を少しだけ読めるようになった私(←得意気・笑)

「その通り!
 何かを知ったら、それは活かさないとね」

さて、どう活かすか・・・って話はまた明日!

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2007.02/24(Sat)

トラウマの原因 

トラウマという言葉を聞く様になって久しいが、実は何のトラウマももって居ない人はゼロに近い。

うまく行く事とうまく行かない事を繰り返しながら、自分のポジションを確認して行くもの。
嫌な事が全く起こら無かったなんて言う方が、ちょっと心配(苦笑)

本当にそう云う心の状態の人もいるが、口で「私、トラウマなんかありません」って言っているだけの人と話をしていると・・・
確実に「被る」(苦笑)

表面に無理矢理閉じ込めているものって結構、自分の中で知られていないと自分だけ思っている「もう一人の自分」を作りだしていたりするものだったりしてね。

心に引っかかった「嫌なもの」が解消されないと、トラウマになる。
そう云うものを見つめるためには色んな方法がある。
そして、見つめただけで解消するものもあるかも知れない。
が、殆どのものは、見つめても「~せい」にして解決はなかなかしない。

「トラウマが解消するのはね・・・
人が自分の道を歩き始めた時なんだ」と、旦那様。

嫌な事、思い通りにならない事があった時、その気持ちに意識しようとしまいと引っ張られてしまうのだという。
知らない内に・・・というのは、誠にたちが悪い(爆笑)
けれど、「こんな経験をしたから」と分かっていて、それを見つめてもそこに解決の道は無かったりする。

ダイエットに似てるかもね~とか思ったりする。
「やせよう、やせよう」って思っているストレスで、余計に「食べてはいけない」ものに心惹かれてしまう。
食べすぎている事が分かっていても、数日は我慢が出来ても続かない・・・

あはは、
「食べない」じゃなくて、「運動する」とか他に方法はあるのにね(笑)

トラウマの解消も同じ気がする。
「自分でちゃんと生き始めると、トラウマ?そんな事もあったね~」なんて昔話や笑い話になるものだ。

「自分を見つめる」って事は「トラウマを見つめる」って事ではない。
トラウマが教えてくれるメッセージ、時には正面ではなくて、違う方向から攻めて見るのもいいかも知れない。

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2007.02/23(Fri)

自分の家 

「家って自分の住みかだろ?
一番大切に考えなくてはならないものの一つだよ」と旦那様。

自分の毎日帰る場所って自分自身と同じ様に、段々見えなくなる事感じなくなるが沢山ある。

「外の空気には敏感なのに・・・(苦笑)
自分の家の空気をちゃんと入れ替えなさい」と、云われた弟子。
外から持って帰ったにせよ、知らないうちに溜まってしまった家の中の空気は、最初こそ多少違和感があるものの、その内慣れてしまう。

「なんか白いものが家の中に飛んでるんです。
かわいいな~とか思ってたんですけど」

「バカモン!そうやってコレクションしてどうするんだぁ」と云われる始末。
旦那様の目には、色んなものが見えるらしい(苦笑)

そう云うものは、次に同じようなものを引き寄せたりする。
それが自分の家だけに分かりにくいのだ。
敏感な人は知らないうちに体調を崩したりする事だって珍しくない。
病院に行っても、薬を飲んでも改善しない・・・
原因不明の微熱や気分が優れない状態が続く。

ひょっとしたら、この「感じなくなっている空気」が原因かも知れない。

この感じなくなったものをどうしたら感じるのか分からないって云う人もいるだろう。
答えは簡単。
空気のいい所に行けばいい。
木の沢山ある山、海、そう云う場所に行って、それから家に帰って来てちょっと意識すると分かる。
「あ!空気が溜まっている・・・」って具合にね。

それに家の中でも自分が落ち着く場所とそうでない場所があるはず。
落ち着かない場所には、落ち着かない理由があるものだ。

旦那様は仕事の中で「家」の間取りも見たりする。
どうしてもこの「空気の流れ」が良くないものとか、汚れ易い場合がある。

「ここは、ちゃんと掃除をまめにしなさい」
ちょっとした事で変わるから不思議だ。
一番それが分かり易いのは、お店や人の集まる場所の場合。
ちょっと変えた途端に、人が集まり始める。

人って、目に見えないものの影響を知らない内にこんなに受けているのかと驚く。

家の中の空気ってある意味自分の基準みたいなもの。
だから、そこが狂うと、全部が少しづつおかしくなっても何の不思議もない。

一番家に長く居る人ほど感じられなくなるのが普通なのに、その家にいる人が感じられない。
だから、旦那様は「必ず、外に出なさ~~い」とそういう人にはアドバイスする。

外から帰ってきた自分も含めて、家族がほっとできる、落ち着く場所にしたいものだ。

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2007.02/22(Thu)

魚にとって・・・ 

先日、旦那様と一緒にテレビを見ていた。
海の中の生き物の話だ。

「こうやって、見てると、海水が見えなくなるね」と旦那様。

テレビに映し出される世界は、地上と同じように花が咲くように色んな色があるし、山もあれば、谷もある。


そして、ふっと思った。
「魚には水が見えているのかなぁ?」

自分の周りに常にあるもの。
それは、当たり前と思えば当然見えなくなってしまうのだ。

海と地上の違い。
それは、自分の周りに「水」があるか、「空気」があるかだけかも・・・とか思ったりして。

そして、そうした違いだけで、
「海の中はさぞ不自由だろう」
「海の中は真っ暗で何も見えないだろう」
なんて、自分の基準で考えてしまう。

こうして「自分の基準」でものを見ると、時に間違える。
誰かを理解しようとする時、こうした「色眼鏡」は判断を鈍らせてしまうのだ。

「自分にとってこうだから、相手もこうだろう」って具合にね。

旦那様が人の相談を受ける時、そうした「こうに違いない」という感覚が一番邪魔だと言う。
「先入観を入れない事って大切。
でないと、アドバイスそのものの意味が無くなる事だってあるんだ」

あまりに全身で受け止める余り・・・って事も実は少なくない。
本当に誰かの気持ちを理解すると云うのは、本当に「自分の身」を削るようなものだとそういう姿を見て思うのだ。



残念ながら、人は自分の周りにある「なくてはならないが、目に見えない大切なもの」程、その存在を忘れてしまうものらしい。

それが無くなるかも知れない・・・となってからしかその価値に気が付かなかったりするものだ。

自分が周りの空気を吸って、生きているって事さえ忘れてしまう時だってある。

自分の事だけを考えるのは、魚が自分の周りの「水」、人が自分の周りの「空気」がある事を忘れてしまう事かもね。

と思って、急に自分で「呼吸」していると云う、いつもは「当たり前」の事をちょっと意識してみる。
すると・・・忘れていた事が見えてくる。
結構、見えて無かった色んな事に気が付くものだ。

自分の周りの空気・自分がいる場所・自分を取り巻く人・・・
時には、ちゃんと意識するって何が大切なのかを教えてくれる気がするのだ。

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2007.02/21(Wed)

昔話し 

「ここって、Rさんの働いている場所のある駅だよね」
用事があって出かけた途中、電車の中で私が聞く。

「そうだっけ?そんな前の事は忘れた」と旦那様(苦笑)

「2年前の事でしょ?って言うか、今も勤めてると思うんだけど・・・
だけど、2万年前の事は覚えてるでしょ?」と突っ込む私(笑)

こんな場面は、日常的に繰り返される。

ここって、この前来た時と何かが違う・・・。
最近、ある場所の何かが変わったってすぐに分かる事に気が付き始めた。
だから、ちょっとでもお店とかの雰囲気が変わっていたり、暗くなったりしていると、「この店つぶれたんじゃない?」と私。

付け加えておくと、大体、店はそんなに簡単につぶれてはいない(ごめんなさい)
ただ、そう思ったお店は段々元気が無くなっていく事は多いかも。


それなのに、旦那様は私が、「この前の話」をする度に
「そうだっけ?そう言えば、そんな気もする」

聞いた話だが、京都では「この前の戦争」は応仁の乱を指すらしい。
旦那様の「この前の戦争は・・・?」とか聞いてみたくなる。

まるで、図書館に行ったら、「新刊に付き整理中で、まだ貸し出しできません」
って、目の前に本があるのに言われているみたいだ(笑)

そんな旦那様に「昨日」のどうでもいい事ではなくて、昔、昔の話を聞くのは飛び切り面白い。
日本昔話どころではない(爆笑)

「あの仏様って、何だか若々しいよね」と、私。

「あの当時は、そんなに長生きしなかったからね」

あの当時っていつの事だいっ!!!

「仏様だってね、昔は生きていたんだ。人間だったんだよ」

「ああ、そうか・・・」

人間として生きて悟りを得た人達をそう呼ぶって当たり前の事をこうして思い出す。
そのモードのまま、学校に行くと・・・。

英語の中のイディオムの教え方の中で言葉自体の歴史や意味が失われてしまったものは丸覚えしかない!とか習うと・・・

「え~きっと、面白い歴史が隠されているはずなのに・・・」とか、私の頭はいつものようにショートする。

昔、昔の話や歴史と今。

場所、場所で切り替えるのは思ったより難しい(苦笑)

旦那様も私が気が付かないところで切り替えるのにこんな風に苦労してるのかなぁ・・・(笑)

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2007.02/20(Tue)

参加する事に意義がある? 

「今、何歳なの?」
「いつの時代に生まれたの?」
と、聞きたくなる様な事を言う旦那様。

テレビで時代劇を見ていると、
「火事だ~」と叫ぶシーンで「付け火だろ~付け火」とかテレビに話しかけている(笑)

「泥棒だ~」も不満らしい。
「ぬすっとだ、ぬすっと」とわざわざ訂正有難うございます・・・(笑)

「なんか、違和感があるんだよね」
って、それって「感覚」で言っている訳?って思うと余計にいつの時代の人かと確かめたくなる。

それは、日常の他の場面でも発揮される(爆笑)事がある。
その度に私は、思わずふきだしてしまう・・・。
計算すると、なんと!今年で356歳(適当・笑)ぐらいにはなるはず。

「父親に『お前は古い!』って言われた事もあるよ」と自慢げだ。

こうして、時代劇を見ているときにふと冷静に観察すると、「見ている」のではなくて、完全に「参加」している(爆笑)
特に、刀が出てくる場面には腰が半分浮いている。

そして・・・
「あのふりかたじゃあ、人は切れない」とつぶやく。

あのね・・・と話しかけようとして思い出すのは、昔は歴史が苦手だったと言う旦那様の言葉だ。

「歴史の授業を聞いているとね、その内にその場面に入り込むんだよ。
いや~、厳しい時代だった。一緒に闘っていたから、年代なんて覚えている暇は無かったね」

私は歴史が苦手だった。
けど、そんな理由で苦手だった人が居るとは・・・(笑)

「そうするとね、学校の歴史って結構一方からしか描いてないから、それ違うじゃんって説明を聞いて思う訳」

同じ事が一緒にイギリスのストーンヘッジに行った時にも発揮されていた。
ガイドの人の説明を聞きながら、「ちょっと、それは違うな・・・」

残されて表面に出てくる歴史は、ある一面から見た「事実の羅列」でしかない事も多い。
「何故、そうなったのか」という説明も無かったりする。

う~ん、旦那様が歴史の先生だったらきっと映画を見るように面白かっただろう。

けれど・・・
年代を覚えるのには適していないらしいから、
歴史が好きになったかもしれないけど、
得意になったかどうかは保証の限りではない(爆笑)

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2007.02/19(Mon)

私の事?(2) 

旦那様のブログや語録を読んで「私の事?」って思う人。
不思議な様で、ある意味分かる。

それは、旦那様の所に来る相談に「テーマ」があるらしい事を発見!

「今日は、上司との付き会い方」
「今日は、仕事の交渉の仕方」
「今日は、子育てとか子供の学校の相談」
とか云った具合に、いろんな人から同じような相談が来るから面白い。

数日前の「私の事?」と反応が大きかった時は、
「自分の言葉で墓穴をほってるよな・・・(笑)」と旦那様がいくつもの相談にアドバイスをしながら、言い続けた日だった。

ところが・・・と云っていいかどうか、
本人に限って自分の事だって気が付かなかったりするもので・・・(苦笑)

大体、墓穴を掘るような言葉を使っている時は、冷静ではない。
「自分をどうやって守るか」しか考えていない事も大きい。
「私の言う事が正しいのにどうして分からないのだ!」という声も直接書いて無くても聞こえてくるもの。

「そういう事って、結局、相手に喧嘩を売っているだけなのになぁ」と旦那様。

「そうね・・・自分も同じって言ってるみたいなものだったりするわよね」とおもってみたりする私。

だって、相手も「私が正しい」と言って譲らない。
それに対して、ただ感情で言い返すのは同じ「匂い」がしたりする。

って、自分が冷静でない時の発言を思い出すと、あ~恥ずかしい(苦笑)

誰だって、頭に来る事はある。それに、あっていいと思う。

だけど、その後よ~~~く考えると、結構相手のそういう部分は自分の中の何かを刺激している訳で。
それが何なのか、一度、きちんと振り返ってみるって事をやらない限りは、同じレベルでバトルは続く。

闘いは、相手とのレベルが同じ程、永遠に続くのであった・・・(苦笑)

そして、よ~く自分の中を探って見ると、そういう単純な本能的反応って実は誰でも持っているって事に気が付く。

旦那様のブログを読んで、
「そうよね~、あの人もこういうところあるし、あの人も・・・」
って所で終わってしまっている人は要注意・・・かも(笑)

ところで「自分の事?」って振り返るところまで行っていて、
「ああ、自分じゃないや」って思う人はどうすればいいのでしょう・・・。

きっと、旦那様はこう答えるだろう。
「違う意味で、処置なし(笑)」

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2007.02/18(Sun)

私の事? 

旦那様がブログである話題を書くとよく多くの人が、
「自分の事ですか?」とあわてて聞いてくる事がある(笑)

「発言の場」って内容。

「何気なく書いた事や、何気なく発言した事が、後になって大きな結果に繋がる事があります。その場だけの視点で言葉を発するべきではありません。 声を出して話すだけが会話ではありません」

これを読んであわてた人が何人居ただろう(苦笑)

「自分の事かと思い、ブログを読み直しました」と弟子。

そう云う私も・・・実は自分の文を読み直してしまった(爆笑)


そういえば教師時代にも同じような事をいつも意識していた。
特に、生徒が「自分達の権利」をいい意味でも意識し始めた頃からは敏感になったように思う。
うかつに生徒に対して言った言葉が、家庭で話される時及ぼす影響は想像しただけで怖くなるぐらいだ。

と言って、教師側がそればかりを気にして発言していると、今度は違う問題が出てくる。いつも腰が引けたような発言は、生徒の信頼も無くしてしまう事も少なくない。
生徒だってちゃんと分かるのだ。
「この先生って、自分を守ろうと考えている」ってね。

ところが、公共の場面で言ってしまうとちょっと問題になるような言葉を使ったとしても、そこに「相手に対する本気の姿勢」があれば、ちゃんと言葉ではなく、気持ちが伝わるものだとも思う。

不思議なもので、同じ「字」と言うものを使っていても、どんな気持ちや姿勢で書いているのかって人は「行間」を見事に読み取ってしまう事が多い。
ちゃんと、見えないはずの「言葉のまわり」を感じるセンサーは皆に備わっているらしい。

何かを人に伝えたいという気持ちはとても大切だと思う。
そして、それをどう人に伝えるかはきっとそれと同じ位大切らしい。

せっかく伝えたいと思ってもそれが相手にとって受け取るのに抵抗があれば、その意見そのものより、言葉の使い方とか、印象とか、そんな事だけが人の記憶に残ってしまったりする。
そして、本当の注目して欲しい問題点ではなくて、「好き」とか「嫌い」の問題で終わってしまったりすれば、こんなに残念な事はない。

「言いたい事は、わかるんだけどね・・・(苦笑)」と旦那様がそういう文を読んで言う。

「自分にとって正しい事が人にとっても正しいと言うだけではね・・・」

世の中で正しいと言われている事がなんらかの理由で出来ないから、トラブルが起こったりする訳で。
そんな悩みや問題の相談を一緒に聞いていて思う事。

「その人には、その人のその時点でしか出来ない事情があるんだな~」

誰でもある意味、一生懸命だったりするんだなぁ・・・とも思う。

「『人を見て法を説け』って云うお釈迦様の言葉は深いよね」という旦那様。

心にいつも置いておきたいと思う。

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2007.02/17(Sat)

言葉のまわり 

この前仕事の一つである英訳をした。

「もったいない」という言葉が世界中に広がっているが、この言葉が日本語のままひろがっている理由の一つはそれにぴったりの英語がないって事。

訳そうと思えば出来るんだろうけど、この言葉の響きやイメージはうまく伝わる表現がなかなか見つからない。

こうした言葉を訳すには「意訳」するしかないだろう。

それと同じようなプロセスでたった一文訳すのに、10パターンぐらい考えて何時間もかかってやっと仕上げた。

そして思ったのが、コピーライターって大変な仕事だ!って事。
世に出る言葉は、考えたアイディアの何分の、いや、何十分の一かも知れない。
今度から、敬意を表して・・・なんて考えたりして(苦笑)

だけど不思議な事にそう云う苦労というかエネルギーは必ずその残った一文に残っている気がするのだ。

「人の感覚って馬鹿にできないんだよな~」と旦那様。

人間には、目にする以上のものを受け取る力が備わっているという事だろう。

そして、そう云う言葉を目にした人は知らない内にその商品や会社に注目をする。
勿論、それが目的で作られたキャッチコピーなのだけど。

意訳と云えば・・・と又、私の思考はすぐにあちこちに飛ぶ(苦笑)

何と言っても「お経」だろう。
サンスクリット語で書かれたお経が、中国語に訳された時、何が起こったのか。
頭の中で想像しただけで、その苦労がしのばれる(涙)
それもあの量。そして、内容の深さ。

こうして、一生懸命「訳」をしている人の姿を思い浮かべると、全然分からないはずのサンスクリット語を一緒に読んでいる気になったりして(飛びすぎ・笑)

お経でもキャッチコピーでもその向こう側にあるものまで出来るだけ正確に受け止めようとしたら、やっぱりそこに「人」の姿を思い浮かべるしかないと思ってしまう。
何しろ、サンスクリット語って難しそうだし(苦笑)


「英語の字幕が画面の中で話をしている人の言葉と違うんじゃない?」って、思った事のある人も多いだろう。
確かに、訳の出来というのはあるだろう。
けれども、人が話すスピードと長さに合わせて、そして話の筋が分かるようにと翻訳をしている姿を思い浮かべると、簡単には「ちがうんじゃない?」と言えなくなってきた私・・・。

そして、訳者の意図が分かれば、「まあ、いいんじゃない」ぐらいのレベルまで思えるようになったりする(私だけかも知れないけど)

色んな訳をしている間、「これはどう?これはどう?」って英訳を旦那様に聞いてもらった。
「う~ん。音が固い」
「長すぎるんじゃない?」
「ちょっと意味が違う気がする」とか言われつつ・・・。

自分一人でやっていると、段々、意味だけを伝えてしまってしまったり、
意訳しすぎたりするのだ。

何にしても、それを「読む人」「見る人」をちゃんと意識しておかないと、こんな涙ぐましい努力も無駄になってしまう。

これだけ苦労して(笑)訳した文のコンセプトがちゃんと伝わったかって気にならない方がおかしいよな~~~。(笑)

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2007.02/16(Fri)

春には春の 

あまり寒くならなかった冬。
その後の春は有り難味を感じられなかったりするから、人間なんて勝手なものだ(苦笑)

どんなに強く吹いても「春が来た!」と知らせる春一番も・・・
なんだかただの突風に思えたりして(笑)

春になる前の段階ってそれなりにちゃんと「準備」をさせられている気がする。
その「準備」の段階が辛ければ辛いだけ、喜びも大きいはずだ。

「受験合格」「進学」「就職」「結婚」などなど、人生の中でも「春」の様に思えることは沢山ある。
その一つ一つに必死になってそして「春」が来て、喜ぶ。

そして・・・
その「春」には「春」が来たと喜んだ次には次のレベルの試練が待っているものだ。

選挙で寝ないで戦って、通っても、喜んだ次の瞬間からその「立場」での試練が待っている。
受験で合格して、入学して、新しい学校でどううまくやっていくかという試練が待っている。
結婚すると決めてもそれから本当に結婚するまでも色々あるだろうし、結婚してからが本番・・・
なんて言われると、どこに息をつく暇があるんだろうと思う程。

真剣に考えれば考える程、いつ喜べばいいのだろう・・・ってね(笑)

だから、だから、楽しんで「試練」を乗り越えるって感覚はとても大事だ。

それが身に付いている人の周りには、どう考えても「試練」のはずの事を心から楽しんでやっているのが分かる。

「プレッシャーや試練をよし来た!って迎えられたら最高だね」と旦那様。

逆に、「ああ、まただ・・・」と思っている人には同じ重さのプレッシャーを自分で増幅している事に気が付かない事も多いかも。

「春ならね春らしく喜べばいいんだよ。心からね。
そうすれば、その後の試練なんて、試練に感じられないかも知れないし、例え大変でも乗り越えられるものだろ?」

しかし、誰が作ったのか知らないが、この『試練カリキュラム』(←勝手に名前を付けた!笑)よく出来ている(爆笑)
自分の事で乗り越えた試練の後には必ず他人との関わりの中での『試練』が待っているし、その中で『自分自身への試練』が、又やって来る・・・

「事の最中に、そんな風に捉えられる人は、あんまりいないかも知れないけどね(苦笑)」と旦那様。

「あぁ、そうか」と自分も自分の『カリキュラム』の消化に精一杯だった事に気が付く次第なわけで・・・(笑)

ひょとしたら、「春」って自分でつくり出して行くのかもとか、思ってみたりもする。試練さえ「春」にしてしまう人もいるのだから。

だとしたら・・・この際、毎日「春」にしてしまおう!っと(笑)

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2007.02/14(Wed)

言葉の使い方 

旦那様は言葉にうるさい(苦笑)

私があげた原稿を必ずチェック(当たり前か・笑)
「言う」と「云う」の違いとか「できる」を「出来る」に書き直したりして余念がない。

「私は適当だけど、細かい所まで気が付くわね~」と私が言うと、

「何を言ってるの、言葉は君の専門だろ?」と旦那様。

あ!忘れていたけど、その通りだった(笑)

だから、二人で言葉のニュアンスの話になるとそれは大変深くなる。
言葉自体の意味から、その響き、全体の文の長さのバランスまで・・・
たった一文作るのに、ああじゃない、ちょっと違うとお互い繰り返す。

「言葉って、きちんと注意を払う時は払わないとね」と旦那様。

全くの同感。

何気ない会話の中でも人の気持ちや人柄が出るものだ。
というか、それを読むのも旦那様の仕事の内。

私と云えば、「言葉」についてのニュアンスの違いって頭が痛くなる程英語で論文を読んだものの、余計に迷ったりする始末(爆笑)

実は自分が使っている言葉は、とても自分をよく表していると言うのも事実だったりする。
皆、録音された自分の声って聞きたくないって言う人が多いけど、一度聞いてみると良く分かる。
「こんなに早口だったの?」
「こんな言葉を使っているんだぁ・・・私」って具合にね。

はたまた、実は、自分を変えるのに話し方を意識して変えるって言うのも意外と有効だったりする。
勿論、根本まで変えるには時間がかかる事もあるけど、どこから自分を変えたらいいかっていうきっかけが欲しい人には有効だと思う。

そういう私も自分の話し方の中で気をつけていながら、「ああ~、まただ~」と思う事はよくある。
こうしてなかなか治らない癖は、もっと心の深い所が影響しているのだ。
と、冷静に分析できるのに、治せない(あはは)

言葉は、人の考え方や姿勢に影響を常に与えてもいる。

「自分が使う言葉やいい方にちょっと気を配ってごらん?」と旦那様は良く言う。

そして、
「ネガティブな言葉はなるべく使わないってよく言われるけど、本当だよ。

『数学が嫌い』って言うのと、『数学は今はよく分からない』っていうのは後で心や頭に効いて来るんだ」

確かに、『嫌い』と言ってしまえば、そこで終わってしまうだろう。
言った瞬間に「終わってもいい」と自分に言い聞かせているようでもあったりしてね。

少しだけ、ほんの少しだけ、自分の使っている言葉を自分で聞いてみよう。

きっと、鏡に映した自分の姿のように何かが観える・・・はずだ!

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2007.02/13(Tue)

休むのも 

「休むのも仕事の内だよ」とよく旦那様は言う。

そう云う感覚をすこし身に付けたのは教師として仕事をしていた頃だった。
朝、起きると体調がすこぶる悪い。
行くべきか、休むべきか・・・。
無理して何度か頑張った事もあった。
不思議なもので行ったら行ったでどうにかなる時もある。
きっと、元気な生徒からエネルギーをもらう吸血鬼状態だったかも知れない(苦笑)

だけど、経験上思うのは、そこで無理しても結局は後で数日長引く事が多かったって事。

って、その前に体調をくずさないように「休む」べき時に休んでいなかった事に気が付いた(苦笑)
こっちの方が問題だ。
何かに一生懸命になって、自分の体調が自分で見えなくなってしまっている状態は、「やっているんだ!」って思っている程、仕事もなにもかも片付いてはいなかったりするのだ。
結局は、ちゃんと頭が働いていないから効率は悪いし、その上、体調は崩すしって泣きっ面に蜂みたいな状態になる。


私よりずっとそういう傾向が強い人が同僚にも何人か居たが、最初はみんな「そんなになるまで頑張ったのね~」とか同情しても、それが数日も続くと「こんなにひどくなるまでどうして気が付かなかったの?」に変わってしまう。

そうして、頑張って体調を崩した本人は、
「働きすぎてこうなったのに・・・」とどこかで思っている。

段々、職場が面白くなくなる・・・

みたいな循環、実は「被り」易い人って体調を崩す事が多い事もあって、何度か経験している人も多いかも。

でもね・・・逆の立場になって考えてみると、
確かに「頑張って」体調を崩したのは分かっていても、何日も仕事が出来ない状態になった人をみて、いつまでも「大変だったのね~」って思えるほど、皆、余裕はないのだ(笑)

力を発揮するには、ちゃんと一度緩めないとダメだと実感する。
心も体も同じだ。
何かに集中しすぎると、気が付かないうちに心が固まり始める。
疲れが溜まり始めると、体もうまく動かなくなっている。

一番の問題は、そうした自分の姿に気が付かず、「頑張っているんだ!こんなに大変でも」と、ある意味しゃかりきに頑張り続ける事。

固まった心と体では、他人の少しのミスも許せなくなってしまったりして(苦笑)

全く、ろくなモノではない。

自分はつらく、その上誰も「大変ね~」って同情もしてくれない。

しっかり休む事は、しっかり仕事をする事に繋がっているのだって事。

と、言いながら、今でも頭までつっこんでは、「休みなさ~~~い」と旦那様からストップがかかる(笑)

「う~~~ん、もう少し」と無理して頑張っても・・・
「はぁ~~~い」と言う事をちゃんと聞いて一度止めても・・・

終わる時は終わるんだよな~
これが不思議(爆笑)

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2007.02/12(Mon)

相手の立場 

「相手の立場になって考えなさい!」
学校や家庭でちょっちゅう言われて育った人も多いだろう。

だけど、実際にはこれほど難しい事はないかも知れない。

こんな時「『被る』っていうのは、ありがたい事だよ」という旦那様の言葉の意味が良く分かる。
相手の気持ちがそのままダイレクトに飛んでくる。
時に受け止めすぎて、どこまでが自分の気持ちでどこからが飛んできたものか区別が付かなくなるけど、それでもこれ程人の気持ちが分かる方法はない(苦笑)

「感覚のある人、そんなにない人でも多少は『被る』んだよ。
落ち込んだ人と話をしたり、一緒にいたりすると自分も暗くなるだろ?

あれも、『被り』の一種なんだ」

という事は、皆、「人の気持ちが分かる」感覚を持っているはずだ。
特別な感覚は必要ないって事になる。

だけど、相手の立場になって考えるって事ってどうして皆苦手なんだろう?

ずっと昔からそうだったんだ・・・ってこの前気が付いた事があった。
ちょっと季節はずれの話題だが、クリスマスの時にスコットランドでは遊びの中で全てを逆転させる。
男性が女性に、主人が召使に。
その日一日だけは、立場が逆転するという一種の遊び。
それをふと思い出したら、ひょっとして、これって遊びだけじゃないんじゃない?って思った。

昨日のブログの「となりの芝生」と一緒。
相手の方がいつも特をしていると思ってしまうもの。
それを実際体験する事で、今まで見えなかった大変さや辛さを感じるための習慣だったのかも知れない。

イソップ物語にもお釈迦様の話の中にも同じような説話が残っている。
よく知られた童話「ねずみの嫁入り」だって同じような話だったりする。

「相手の立場」が見えてくると、いろんな事の流れが手に取るようにわかる。

そんな流れを読んでアドバイスする旦那様に弟子が
「え!どうしてわかるんですか?」(←私も時々言うけど・笑)

「そんな事、いちいち特別な事をしなくても普通に考えれば分かる事だよ」と旦那様。

世に言う「普通の人」って一番「普通の事」を忘れ易いのかも知れない。
そして、相手の事も相手の立場も見えにくなる・・・

教えられたように「相手の立場を考えて迷惑とかをかけないように」だけでははなくて、この視点にはとても大きなメリットが隠されているのかも知れないなぁ。

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2007.02/11(Sun)

隣の芝生 

となりの芝生は青く見える場所から見続けると青いままだ。

実際、そこに足を踏み入れないまま眺めるだけで楽しむ・・・
それもひとつの方法だろう。

イギリスによくある風景。
緑の牧草が果てしなく広がっていて、のんびりと羊があちこちに群れている。
車やバスの中から見ると単純にきれいだ。

けれども実際にあの牧草地を歩いて見れば分かる。
雨の多い地域の事。地面はいつも湿っていて、ひどい時には一足踏み出すのに苦労するぐらいぬかるんでいる。
遠くから見るとあんなに真っ白に見えた羊も結構、その泥で汚れているし、どこに何が落ちているか分からない。
やわらかそうに見える牧草も、歩く度に足の裏に付き刺さる。

なんて、わざわざ美しい風景を台無しにするような事を書く意地悪な私(苦笑)

でも、本当に遠くから見るのと、その場所に足を踏み入れるとは大違いなのだ。

車の中から羊を見て、イギリスに行った母が
「ああ、羊になりたい・・・」とつぶやいた(笑)

こんな時、その夢を壊すべきかどうか、悩む(爆笑)

そんな遠くの風景を眺めて、「きれいだな~」と思っているうちはそれでいいのだ。
ところが人間の心は「比べる」という癖があるらしく、次に来るのは、
「それに比べて・・・」という表現(笑)

人と比べる事で自分の事を決めていると、いつもいつも隣の芝生ばかりが気になって、自分の足元に咲く、小さな花に気が付かなかったりするものでもある。
本当は自分の内の芝生の方が青かったりもするのだ。

一生懸命人と比べて、背伸びをして・・・そんな時期もあったと旦那様と話をする。
「それがバネになっているなら良いんだけどね・・・」と旦那様。

ずっとその視点のままでいると、いつの間にか自分の中に「勝手にいじける」癖が出来てしまう事もある。

ああ~本当はそんなに青くもない芝生を見て、勝手に「私は不幸だ」と思うなんて・・・
存在しない事で不幸になっている事の方がずっと不幸だわ・・・なんて思ったりして。

「比べるって癖はね・・・自分に自信って事が大きいんだよ」と旦那様。

自信をつける事ってとっても難しいけど、他人と比べるのに忙しい人に自信をつける時間を持つのも難しいだろうな(笑)

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2007.02/10(Sat)

手の中にあるもの 

「冷静に、冷静に」

なのに、忙しかったりして自分に余裕がなくなると、どんどんパニックになる。

そうなるとある物事は色んな人が絡んで起こっている事なのに、まるでそれを小さな小さな穴から覗いているような状態になる。

「なんで私だけが・・・」
「どうして、こんな目に・・・」
「こんなに頑張っているのに・・・」

こんな風に思い始めたら、もうおしまい(苦笑)
その小さな穴に体ごと全部、すっぽりはまっている。
もがけばもがく程、抜けないのだ。


そんな人を見る度に思い出す。

私が小さい頃に住んでいた家の近くに小さな橋があった。
その橋の端(だじゃれだぁ)に、排水の為の小さな穴があった。

ある時、その排水溝に腕まで手を入れて抜けなくなった男の子がいたのだ。

皆、大変だ!大変だ!と男の子の周りに集まる。
引っ張っても抜けないし、男の子は痛くてますます泣き叫ぶ。
救急車も来た。消防車までやって来た。

どうしようもないと話し合った大人達は、「橋を壊すしかないか・・・」とか話あっていた。
10メートルぐらいしかない小さな橋でも壊すとなると大変だ。
まわりをドリルで砕いて・・・
それも気をつけないと子供が怪我をするからとか・・・

その時、ふと、側にいたその男の子の姉が言った。

「手になんか持ってるでしょ?」
「うん。」
「また、買ってあげるから、それ離してごらん」

もう、皆さんおわかりでしょう(笑)
何時間も話しあった時間はすっかり無駄になった。
その子が手に持っていたおもちゃを離した途端に腕はスポっと簡単に抜けた。

自分で何かにはまっているかも知れないと思う度、この事を思い出すようにしている。
作り話ではない、本当にあった話だから私にとってはとても説得力がある訳で。

とは言え、何かが起こった時にパニックになる癖は実は今でも抜けていない(苦笑)
でも、パニックになった後、そのパニックから抜け出す方法は少しずつ身に付けた・・・(と思いたい!笑)

「これだけは許せない」とか
「こんな事、信じられない」とか、
「こっちが絶対に正しい」とか・・・。

ぎゅっと力が入れば入る程、物事を複雑にして抜け出せなくなる。
頑なになればなるほど、解決が遠のいたりして。

そして、手に持って守っているはずのものには・・・

大概、それだけの価値がなかったりしてね(苦笑)

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2007.02/09(Fri)

そう言えば・・・ 

大体、変化は突然起こった様に感じるものだ。
だけど・・・よ~く思い返して見ると、
「そう言えば・・・あの時ああしていなかったら今こうしていない」って振り返ってみると面白い事に気が付く。

そうやって思い返して見ると、今日たどって行った変化は、なんと!2年前に遡ってしまった(笑)
2年程前、ある人がある人達とここで出会った。
その人達が仲良くなり、一緒に食事に行くようになった。
その仲間は不思議な繋がり方をしていて、まるでひとつの魂から3人が生まれたみたいな感じがするのだけど・・・うまく説明できない・・・(苦笑)

それから、表面的には何気ない日々が流れた。
それぞれは、それぞれの職場で一生懸命。
そして、それが不思議なきっかけとなり、ひとつの出会いが生まれた。

どのひとつが欠けてもその出会いが実現しなかったのか、それとも出会う事に決まっていたのかは分からない。

時々、こんな事を旦那様に聞いてみたりする。

「さあね・・・出会ったかも知れないし、そうでないかも知れないし・・・」

いつものくだらない私の質問にもはっきり、きちんと答える旦那様もこういう「知っても意味の無い質問」には答えないで笑うだけ(苦笑)

そういえば、旦那様の弟子がいつも
「答えを教えて欲しい!と思う時に限って、笑って『さあね~』って言われるんですよね~」って言ってたな~。

で、仕方がないから自分で考えた(爆笑)

出会いのチャンスは回転ずしのように何度か訪れる。
一度目で気が付かなくても、二度目、三度目。
でもいつまでも目の前を繰り返して通り過ぎる訳ではない。
捕まえるには期限付きだ。
そして、捕まえるかどうかはその時の自分次第。
捕まえたい気持ちになっているかどうか。
捕まえられる状態に(社会的立場や年齢などなど)自分があるかどうか。

ああ、自分の人生の選択を「回転ずし」に例えてしまってもう少しましな例えは無いのかしら(苦笑)

いづれにしてもこれを誰かが仕込んでいるとしたら・・・
それをわくわくして仕込んでいるとしたら・・・

こんな面白い事、月9や金9のドラマが勝てるはずもない(爆笑)

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2007.02/08(Thu)

人の好き・嫌い 

今更のようだが、人の好き・嫌いってあって当然。
だけど、自分も他人も含めて何が好きで嫌いなのか、結構いい加減なものだったりする。

無理して「皆好きです!」なんて言っていると、もっと無理するはめになる(苦笑)


大学時代にとても人気がある人がいて、その人に「どんなタイプが好きなのって?」って聞いた友達が言った。
「誰でもいいって言うのよ・・・結局は誰でもダメなのよね、彼にとっては」

なる程ね~。

後で分かった事だが、その彼には忘れられない人がいたらしい。
誰もダメだって彼女の分析はそのものズバリ!って事になる。


例え「皆から好かれる人になろう」なんて頑張っても、それを軸に動いていると訳の分からない人になってしまう事だってある。

時に本当に人に嫌な印象を与えない本当に皆から好かれている人がいるが、本人に聞いてみると、「人から好かれたい」なんて事はちっとも考えていない事が多い。
どちらかと言うと、あっけらかん!としていて、そんな計算なんてしていないのだ。
まあ、天性のものとしか言い様がない。

「皆に好かれる人になる」って事では、変わったつもりでも結局は何にも変わって無かったりする。
今の自分を変えないまま、その場、その人に合わせて、装う事では結局はうまく行かない事が多いのだ。

だから、誰かを好きになる経験は、大切だと旦那様は言う。

「本気で誰か好きな人の為に変わろうとするって事が大事なんだ」

たった一人の為に人はこんなに変わるのか!と驚かされる事、驚かされる事(笑)
自分を愛すると云う、第一段階から、一番近くにいる人を愛するという力ってすごい!(←ちょっと美化しすぎ?笑)

何しろ、こういう付き会いには「自己愛」が一番邪魔だったりするからだ。
う~ん、難しいとお思いかも知れないが、経験した人には分かるはず。
自分の思いと、相手の思い。
同じ重さで真剣に両立させようとする機会は滅多にない(苦笑)

もうひとつ付け加えるなら、よく「貴方が変われば、出会いは待っている」みたいな自己啓発のキャッチフレーズ。
誇張でも嘘じゃないと個人的には思っている。

付き合う相手は自分の鏡。
周りで沢山、春が来ている人達を見て、改めて「本当だ!」と思うのだ。

・・・って事は・・・
旦那様は私の鏡???

う、これについては、もう少し「分析」が必要。
私も自分の事は見えにくいらしい・・・(爆笑)

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2007.02/07(Wed)

新年 

今頃「新年」と書くと、何だか遅れている感じがするが、昔の暦でいうと節分が本当の意味での新しい歳の始まりらしい。

こうした、昔から続いている「習慣」には何かしらの意味があって、それを感じないでいるとずれた感じしかしないけど・・・。
長く残った「習慣」にはそれなりの意味があると思うと感じる。

「いのしし年ってどんな年なの?」と質問。
と言うのも、2月の節分の前後から何となく周りの物事の進み方が早い気がするのだ。

「いのししを頭に浮かべてごらん?」
皆にも「今年は、何もしなくても何事もどんどん進む年です」って言っていたな~と思い出す。

「単語」は元々、ひとつの象徴でしかない。
ある物事を表すのにその象徴で表しているのなら、元にできるだけ近く戻すにはこうして「頭の中のイメージ」を喚起するって有効なはず。
勿論、完全に元通りって訳にも行かないだろうけど・・・。

「いのししはね、怖いから突進する。つまり、スピードは速いけど、周りを見る余裕がないって事」

確かにね・・・
私が感じている「年が明けた」という実感は、みえないけれど肌で感じる「空気」に近くて、なんと表現したらいいか難しいところだけど・・・。

とても、皆、物事がスムーズに進んでいる。
そして、それは昨年からの自分のやって来た事の延長線上にあって、その進み具合が自分にとってはとても自然なのだ。
その上、その流れは自分の心にどちらかと言うと沿っている。
「こうなればいいな~」と思っていた事が新幹線が加速するようにすこしづつ進みだす・・・というより、飛行機の滑走路で走りだすみたいな感じかも知れない。

滑走路を走る準備はある程度で来ていても、離陸するまで計算に入っているかと言うと・・・

「こんな時ほど、ちゃんとひとつひとつ確認しないとね」と旦那様。

操縦席には入った事が無いけど、目の前に沢山並んだ計器。
きっと、助走に入る前に確認するはずだ。

どうもその「確認」がないまま、「とりあえず助走」してしまう。
それでも走るからなおさら、ある意味たちが悪るかったりして(爆笑)

「ゆっくり、確実に」は、実は私の今年の目標でもある。
それがある場面ではとても大事な事だっていう事。
それを怠ると、せっかくの今までの事も台無しにしてしまう事もあるって事。

新年を迎えて、明らかに変わった「空気」の中で感じる事だ。
いましばらく、周りを観察して、その大切さを噛み締める事としよう(苦笑)

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2007.02/06(Tue)

見抜かれる 

不意を付かれて「見抜かれた!」と思った時、誰でも慌てるもの。

知られたくない自分の一面や二面ぐらい持っているのが普通だろうとも思うが。

色んな人の「不意を付く」旦那様と一緒に居る事でよく言われる。

「怖くないですか?」

ひょっとしたら他の意味かも知れないが(爆笑)、多分、隠している事を自分で自覚して必死で隠していたら・・・こんなに一緒にいて居心地の悪い人も居ないかも知れない(笑)

「う~ん、隠さなくてはならない事がないから(笑)」

いや、隠してもどうせばれると思っているから、あまり考えた事もない。

時々は、「いやだ~、私の心を読んだでしょ~(笑)」って事もある。
「旦那の仕事を忘れないように(笑)」
「あ、そうだった!」で、話は終わる。

隠そうと思わなければなんて事はないんだけど。

旦那様と会ってもどうしてもそうして「隠している」と自分で思っている事で触られたくないと本能的に思ってしまう人がいる。
それは、それで仕方がない。
本人がそれを認めなければ、幾らアドバイスしてもある意味無駄だろうから。
そういう時は、いつもは結構、長居をする弟子もさっさと帰ってしまったりするのだ(笑)

ところで、意識して隠す事がないと思い込んでいる私も時に「不意を付かれる」事がある。

「あ!それって・・・ひょっとして・・・」
そうそう、心のどこかで自分で気が付いているような居ないような、でも直面するのもねと思って置いた事。

「私ってやっぱりそうだったのね~(爆笑)」
その度に、自分の気が付かない振りをしていた姿に苦笑いしたりする。

放っておいた分、それは私に染み付いていて(涙)簡単には治らなかったりするのだ。

「すぐじゃなくていいよ。その内、少しづつ治せばね」と旦那様。

言われた初めの頃は、反省しきりだったけど、数回続くと先に
「その内治すから、待っててね~」とけん制する私。

でもその内、あんまり繰り返すと期限を切られそう・・・
多分、期限を切られる前に、自分で自分が情けなくなるかも知れないと思いつつ・・・
こうした、「意識していない自分の癖」に気が付いただけでもよしとしよう!
と自分に言い聞かせるのだった(あはは)

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2007.02/05(Mon)

見抜く 

ロンドンに住むの妹の旦那様がテレビを見ていて言ったそうだ。

「いや~この選手強くなったけど・・・
その為にかどうか、かなりドラッグ使っているよね」

勿論、運動選手として合法なドラックらしい。

「どうして、そんな事がわかるの~って思ったわ」


実は、旦那様はこんな事は日常茶飯事。
テレビに出てくる人を見て、
「精神状態があんまり良くないね~」とか
「生活があれてるね~」とかつぶやいている。

「どうしてわかるの~」と私。

さすが姉妹!
と言いたい所だが、「どうしてわかるの~」と質問し続けた結果、何も特別な事ではないことが発覚(爆笑)

「見抜けない人」にとっては限りなく謎に近くて、特別な感覚でも使っているんじゃないかと思い込むもの。

「君だって、教師の時に色んな事を見抜いていたはずだよ」と旦那様。

そういえば、どうやって先生にばれずに居眠りができるかなんて話をしていたが、不思議なもので、教壇に立っていると、眠っている生徒はなぜか分かる。眠っていて目を覚ました生徒はもっと分かる(笑)
目を覚ました瞬間に必ずといっていい程、周りを見回す。

そんな時、側で「おはよう」とか言うと、その生徒は「見抜かれた!」と大慌て。


「人の生活や精神状態は皮膚にでるんだよ」と、旦那様。
医学の勉強をして、沢山の人を診て来たら当然わかる事らしい。

自分が見抜けるように成るには???
1)よく人を観察する事
その時、漠然と見ると難しいが、見え易い視点と言うのはいくつかある。

2)その観察を元に「見抜ける人」の分析を聞く。

か、

2)実際、その人が見抜いた通りか自分で確かめる。

とかいう作業を続ければいい・・・って、「大変だわ~」と思うでしょ?

見抜くために何かを観察するのではなくて、ひとつの事を楽しんでずっとやり続けていれば・・・見えてくるものらしい。

そういえば、ずっと昔から「湯川秀樹ってどうしてここに中性子があるって思ったんだろう」ってずっと疑問だった。

きっと、彼には「観えた」んだろうな・・・。

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2007.02/04(Sun)

見抜く・見抜かれる 

よく相談に来た人が
「どうしてわかるんですか?」って驚く事がある。

「普通に観察していれば分かる事ですよ」と旦那様。

知られていない、ばれていないと思っている事。
もっと言うと知られたくないとどこかで思っている事ほど、それを見抜かれた時には動揺する。

先日、もう10年ぐらい前に詰めたものがとれて歯医者に行った。

「歯を磨く時、こんな風に左下から磨き始めるでしょう?」といきなり言わた。
「え?」(この人、私の私生活が何でわかるんだろう?とかね・笑)

「確かに、そうですね・・・」と考える私に
その歯医者さんは、
「左下のこの部分が他に比べて削れてるんですよ。
歯磨き粉が沢山付いている歯ブラシで、初めは誰でも元気に磨き始めるから」

「見る人が見れば、特別な感覚なんて無くても見えるんだよ」という旦那様の言葉の意味が分かる(苦笑)

そして、誰も知らない自分がある事は、自分が知っている。
それを隠そうとすると、「ああ、知られたくないって思っているのね」と、次にその本人の心の状態がわかる・・・それだけの事だったりするのだ(爆笑)

これが多ければ多いほど、どうやら旦那様と会うのが怖いらしい。


「固いものがお好きですか?」と、歯科さんが続ける。
「神経の無い歯が痛むという事は、歯そのものが痛むはずがないから、噛む時に力が入りすぎてる事もありますからね・・・私もよくなるんですよ」

「そういえば・・・」

自分ではすでに知らないうちに習慣化してしまっている事って、自分では気が付かない。

「365日、知らないうちに付いた習慣ってありますよね。
歯を見たら食べ方の癖ってあるなって思うんです」と言われ、納得!!!


「面接に来た人を観察して、普通の話をしているとね・・・
本人がどんどんヒントをくれるんだ」といつも旦那様は言う。

「そこに何かがあるんだ。何しろ、本人は意識してもしなくてもそうやっている訳」
と旦那様。

歯医者で言われた言葉でますます「成る程ね~こういう事か」と思った私。


それでも時々、ものすごく読みにくい人がいるらしい。
「それはね・・・
自分が人の観察が出来て、こんなところで見抜かれるって知っている人だよ
徹底的に装う事が出来るんだ」

ちなみにこの「隠す」「装う」という事は下手にやると自滅する(爆笑)
100%やりきっていないと、逆に何かあるというヒントになってしまうから。

って、別に「装い方」を教えている訳ではないので・・・あしからず。
というより、下手にやるぐらいなら、「そのまま」の方がいいかも知れない。

例え、見抜かれて、それがばれてしまっても嫌な事なら治せばいいだけの話。

「そんなに簡単に治らない!」って?

隠したり、避けたりして、治りにくくしているのはそう言う自分だったりして・・。(笑)

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2007.02/03(Sat)

分析 


この前のブログで頭の中の「図」の話を書いた。

昨日の大学院の授業の中で同じ話が出てきた。
こういうものは、偶然に起こっているようで実はそうでない事が多い。
ある事に気が付き始めると、実は同じようなメッセージに囲まれている事に気が付く。
それも次々に起こるので、偶然と片付けられなかったりして・・・(苦笑)


そこで、自分の分析の癖を分析してみる(笑)

ある「言葉」を聞いた時、それが「分かった」というのは、どういうレベルなのだろうか・・・。

英語の語彙の勉強をしていたとして・・・

問題が出て、選択肢の中から、それに一番近い意味の訳が選べる。
その話の筋の中での意味が分かる。
辞書に書いてある色んな意味の使い方が分かる。
そしてそれが自由に使える。

例えば、「図」という言葉をpictureと訳したとしよう。

pictureと聞いて、「絵」と思うか、「写真」と思うか。
「そういう意味を思い浮かべる事」と思うか。
それをどう使えるかとなると分析している内に訳が分からなくなる(涙)
いつ、「私はこの言葉が分かります」って言えるんだ~ってね(笑)

そして・・・
分析してしまうと、今度はその分析する事に懸命になって、「私はどのタイプだろう」とか考えてしまったりしてね。
自分で勝手に分析した範疇に自分を閉じ込めてしまうのだ(情けない)

「花」という言葉を聞いて、何が頭の中に浮かぶのか。
全く同じ質問を授業の中で先生が聞いた。

その答えは・・・
『「言葉」と「図」が同時に浮かぶ人もいるのです』

当たり前だけど、「言葉」か「図」がどちらか選ばないといけない気になっていた自分に気が付いて苦笑いだぁ・・・。


こういう作業をきちんと最後までやると「論文」が書けるんだろうなぁ・・・
という訳で、私に分析の癖があったとしてもどうやら、論文を書ける程ではなさそうだ(苦笑)


分析と云うのは、ある側面からあるものを観るという視点を決めないと訳が分からなくなるものだなぁと改めて感じるのだ。

身の回りにあふれている分析されたものは、「ある目的」で「あるもの」の「ある瞬間」を捉えたものだ。
だから、目的が変わったり、時間が経ってしまったりするとまた違った見方が出てくるのだ。

こういう質問を旦那様にするといつも「それって何を知りたいの?」って答えが返ってくるのはこのせいだったのか~って、今更納得!!!

逆に言うと、ある分析は、その目的でその時でしか有効ではない・・・可能性があるって事だと思う。
メディアで流れた情報が「嘘」だったと大騒ぎになっているが、証明されて、そういう結果が出たものでも、違う場面では同じ結果がでるとは限らないのかも知れない・・・と思ったりして・・・

そうして、私の分析の癖は「物事を明らかにする」どころか、私を混乱の渦に巻き込むのだった・・・(爆笑)

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2007.02/02(Fri)

理想 

自分なりの高い理想を持って、現実との間で悩む人に旦那様はよく言う。

「理想の場所は、探しても、どこにもないよ」

仕事や結婚相手、自分の理想というものがはっきりある人もいれば、そうでない人もいるだろう。

「これが理想」とはっきり分かっていなくても、「これは嫌だ」というのはどちらかというと分かり易いけど、こんな消去法はちょっと厄介だったりする(苦笑)

「どこにもないなら、自分で作るしかないよ」

「作る」って聞いて、面倒くさいなぁ・・・やっぱりどこかにあるんじゃない?とかどこかにいるんじゃない?なんて思ったりするものでもある。

がっかりさせるようで悪いけど、自分にぴったりあった「最初から理想の場所」とか「最初から理想の人」っていうのは、まず無いと断言してもいい(爆笑)

例えそう最初に思っても、いざとなってみると後で「違ったかな・・・」なんて思うのがオチだ。

理想の場所や人は探しても無理。

「探すなら、理想の場所や人になる可能性があるかどうか、それを探しなさい」と旦那様。

「自分の理想に近づける」可能性のある場所に入り、可能性のある人と付きあってみる。
そして、そのプロセスの中で色んな自分の「経験」や「もの」や「人」に自然と愛着が出てくるのかも知れないなぁ・・・。


「貴方しかありません」とヘッドハンティングされても、実際の勝負は仕事が始まってから本当に始まるだろうし、「貴方しかいない」と付き合い始めても、本当にそう云う気持ちになるには「時間」が必要。
その中でその可能性も含めて、「確信」に変わっていくのだろうなぁ。

理想の場所や人。
本当はもうすでにその場所や人に出会っているのかも知れない。
すでにそこにいるのかも知れない。

その事に気が付かずに、「理想の場所ってないかなぁ」とか「理想の人が現れないかなぁ」なんて思っていたとしたら・・・

ああ・・・永遠にきっと「見つからない」というか「見えない」のかも?

そんな眼で自分の周りを一度見回してみるっていうのもひとつの手かも・・・。

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2007.02/01(Thu)

頭の中の「図」 

例えば、「花」という文字を見た時、貴方の頭の中には何が浮かぶだろう。

  「花」

「花」という文字
「はな」というひらがな
「自分の好きな花の絵」
「本物の花」
時にはその花の匂いさえ一緒に嗅いでしまう人もいる(笑)

自分が「目にしたもの」から頭の中につくりだしているものは人によって思っているより大きく違うのだ。

ちなみに、今(あくまでも今だけだが)「花」という字をタイプしながら私の頭の中に浮かんだのは、色んな花が沢山並んでいる「花屋」だった。
というのも、今日、車の中からとても華やかな「花屋」を見かけて「ああ、きれい」って思ったから・・・。

単純な話と思うかも知れないが、人はこうして自分の経験と言葉をつなぎ合わせて頭の中に「自分の絵」を作り出す。
勿論、「字」のままの人もいるが、それはそれで、はな・・・「鼻」「華」と言った連想もありでどちらがいいとか云う話をしている訳ではないのであしからず(苦笑)

さて、誰かと話を詰める必要がある時、こうした事を忘れてしまうとコミュニケーションがよく取れないことがある。

言葉を使って話してはいても、その言葉の取り巻く「自分」と「相手」の図が一致していないのが当たり前。
人はそれぞれ、様々な経験をしているし、本人にとってもその時一番印象が強い事柄がころころ変わっている。

自分の中に「絵」や「図」を簡単に作れる人は、とてもクリエイティブな人が多い気もする。
頭の中にキャンバスがあって、自由にそこに絵を書いている。
そのキャンバスの広さも人それぞれだ。


けれども同時に「ひとつの絵」が浮かぶというのは、「他の絵」を他人が浮かべていたらとても違和感を感じて、「それって違う」と何も考えずに反応してしまったりする事もあるだろう。

「クリアーな絵が浮かびすぎて、それって違うって思った事ない?」とそう云う人に聞いてみる。

皆、苦笑い。。。。

「人と一緒に仕事をすると、時々それで苦労するでしょ?」と私。

皆、苦笑い。。。。

頭の中の「図」や「絵」は言葉で説明するのが難しい。
例えば、自分の頭の中に浮かんだ「黄色で、ちょっと開きかけている、黄色・・・それもレモン色に近いバラが一本・・・そして・・・」なんてなったりする(苦笑)
でも、人の感覚って捨てたものではない。

詳しく説明し始めた途端に、全部、描写しなくても「伝わる」って経験、誰でもあるだろう。

大切なのは「伝えよう」とする気持ち。
それを「受け取ろう」とする気持ち。

そうすれば、きっと「共通の図」が話をしている二人の間にすぐ出来上がる。



「お経を読む時、空間をお経だけにしてごらん」という旦那様のアドバイス。

それを聞いた人の頭の中を読むと・・・
????
よく、分からなかったらしい(苦笑)

「頑張ってやってみます」と言った彼に
「お経の字に囲まれている彼」の姿がちょっと見えた気がした(笑)

って、長々と説明している私・・・

どこからか、そんなに説明しなくっても分かるわよ!って云われた気がする(苦笑)
というか、こんなに長く説明しても、私の説明が悪ければ伝わらないとも知っている・・・(涙)

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