2007.03/31(Sat)

数字と人 

昨日のボキャブラリーを教える為の大学院の授業。
「ある指導をした前後で、その指導の成果が確実にわかる研究法は?」
みたいな内容。

それはそれで面白いんだけど・・・ね。

科学とかでは、ある薬品を入れる前(A)の状態を調べ、
他のもう一つの薬品を入れる(B)
そして、その結果(C)を観察して、
(A)-(C)=(B)の影響って公式で研究を重ねる。

ところが、研究対象が人だとこんなに簡単に行かない。

まず、ボキャブラリーをマスターしたかどうか(C)を正確に調べるには少なくとも3種類のテストが必要だという。

その比較のために、3種類のプレテスト(A)をする必要がある。

ところが、3種類もプレテストをしたら、その間にボキャブラリーを学んでしまうのでは?(爆笑)という恐れがでてくる。

そうならないように、マスターしたかどうか調べたい語が、テストを受けている人に分からないような工夫が必要だ。

その為に、どんなプレテストをすれば・・・

あはは・・・

真面目な授業なのに最後には笑ってしまったのは私だけではなかったらしい。

教授いわく、
「こんなリサーチをちゃんとやろうとした人がいたんだけど、
問題はね・・・プレテストじゃなくて、この研究を調べるための生徒の大半が、
『先生!良い加減にしてください』って怒り出してプレテストを途中で辞めちゃった事なんだ・・・」

って(爆笑)
なんだ・・・この教授って自分で研究しながら、その限界もちゃんと知っている。
だから、一流なんだ・・・。
って気が付いた。

自分の研究や求める事。
それに対して「限界」が来たらそれを素直に認める事。
それも、成長にとっては大切な事なんだってね。

「これだけやってきたから、自分は正しい」って言いたい気持ちは痛いほど分かるんだけど(苦笑)って事って見ていて少なくない。
多分、私の中にもそんな部分が沢山あるんだろうな・・・。


人が学んだかどうか。
それが、~のせいかどうか。
だから、次の人も必ず成長するかどうか。

なんて保証がどこにもない訳で・・・。

「人間をね、数字で表そうとしても無理があるんだよな~」と旦那様。

「そんなに簡単に表せるか~」って。

小さな頃からいろんな意味で数字で表された「基準」に合わなかった旦那様はこう云う話には、結構敏感に反応する(笑)

「そうやって、人を怪物扱いするな~~~」

って、いつも「人間扱いされなかった」事が心に染み付いている旦那様。

「え?人間じゃなかったの?」と結婚してから知っても遅すぎる・・・(爆笑)
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2007.03/30(Fri)

頭で考える 

「頭で考えるな!」が口癖の旦那様。

じゃあ、何で考えればいいのよ!って言いたくなる(あはは)

「勉強しすぎなんだよなぁ~。
教えられた事をそのまま正しいと思うだろ?」

確かに・・・ね。

「頭でそうやって分かった事が実際とは違うって事」

色んな所で「これが正しい」「これが真実」と教育される。
教育を責めている訳ではない。
と言うより、私もその1人(だった)訳で、それはその時点で「一応正しい」事になっているだけなのだ。

だから、今になって(笑)冥王星が太陽系からはずされたり、
聖徳太子が実在していたかどうかが問題になったり。
ああ、そんな事言われたら、私の財布の中の一万円札が偽モノみたいな気になるじゃない!!!(苦笑)

へそ曲がりとも思えるほどの旦那様は、
「空気が何でできているのか、自分の目で見た事あるのかい!」

「地球の中にはマグマしかないって、実際自分で地下を掘った事がある人がいるのかい?」とか・・・まあね・・・そう云われれば・・・。

「疑ってかかるっていうんじゃないけど、頭で考えると全部鵜呑みにした事を元に考えるだろ?」


きっと、「もっと、自分の感覚を信じなさい」って事なんだろうと思う。


「この棒でたたかれたら痛いだろう」と思うのと、(頭で考えてる)

実際に「この棒でたたかれて痛い」(自分の感覚)はかなりかけ離れてる。


何でも自分で感じて、体験しないと本当の「痛み」はわからないんだよな~。

と、頭で考える癖の付きすぎた私は、こうして又、頭で考えてしまうのだった・・・(苦笑)
頭で考えれば考えるほど、「頭の中」と「感覚」のずれが起きてくるのかも知れないなぁ・・・。

「こういう風な人は不幸です」なんて、雑誌の記事を読んで、
全然、不幸だって思っていなかったのに「不幸だと自分を思い込む」ってサイクル。
幸福な人の条件の一つがないだけで、「不幸」な人のカテゴリーに入れられてしまうなんて・・・。

とか、やっぱり、頭で考えるのはよそう!と、頭で考えるのだった(爆笑)
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2007.03/29(Thu)

見つめる場所 

「普段意識していない事に沢山のヒントが隠れてる」ってずっと書いてきた。

それで見つけたわたしの癖。

思ったより沢山ありすぎ!
でも一つずつやるしかないわけで(苦笑)

「歩き方を気をつけなさい。体に負担がかかるよ」と旦那様に言われ、気を付けたらかなり改善!(よし、よし)

こうして、ちょと意識するだけでよくなるものもある。

体の動きやその癖は、「自分で思っている事」と「自分で動いている事」の間にかなり違いがあるってわかったし、それに時間をかければどうにかなるもの。

ところが・・・

一つの事に集中しすぎて、周りが見えなくなる癖。
これがなかなか手ごわい(爆笑)

こんな心の癖は、見つめすぎると自分が嫌になる。
「あ~、またやってしまったわ~」って具合にね。

治そう、治そうと意気込むうちに、ほら、またそれに集中しすぎてる私(大爆笑)

集中して治そうとする内に、段々、顔が険しくなったりして・・・
「今度は、~しないようにしよう」と気を付けて頑張りすぎるとこうなる(あはは)

「自分の欠点を意識して治す」っていう治療法の限界だぁ。

「欠点を見つめても治らないよ~」と隣で旦那様が大爆笑する。

「どうすればいいのよ~」と余りに治らない事にいらいらする私。

「だから・・・ほら、また・・・(笑)」
あらら・・・また、私の癖が・・

自分の欠点は見つめすぎても治らない。
というか、このように悪化する事もある(あらら~)

「あのね・・・『楽しむ事』を忘れない様にね」

そう言えば、宿題に(←また宿題に悩まされている私)集中している時、「面白い!」と思ってどっぷり漬かっている時はまだいい。
集中力が良い意味で発揮されてるわ~。
だから、次々アイディが浮かぶのだ。

だけど同じ集中している状態でも楽しめなくなって、行き詰ると・・・
「やらなきゃいけない!」の方が心を占める。
こうなると、抜けられなくなってしまうばかりか、何の為にやっているのかさえすっかり忘れてしまうのだ。

こうしてなかなか治らない自分の癖を他人の中に見た時、結構、人は過剰反応するから面白い。
自分の姿を気が付かないうちに投影するのだ。
だから、そんな欠点を持った人のやる事が気になって仕方がなくなるのだ。
って事に気が付いている人は意外と少ない。

「なんで~この人って」って思う人の姿には自分の癖が写っているのだ。

だから、「やっぱりこの癖治さなきゃ」って思っても、それで治ればこんなに複雑な捉え方とかしないのだ。

だから、「今やっている事を楽しむ!」って治療法が一番!!!

「楽しくないなら、どうやれば楽しくなるかって考えろ!」と、弟子に言う相変わらず過激な旦那様。

「だって・・・どうやって楽しくすればいいんですか?」って顔に書いてある(笑)

そんな風に考えるのも「貴方のこころの癖」だったりしてね(爆笑)
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2007.03/28(Wed)

絶対、牛肉禁止令! 

旦那様の弟子が結婚するというので、その御祝いの会を開く事に。

綿密な計画がモットーの旦那様。
そりゃー、下見をして、料理の味見をして、担当者と話をして・・・と進むのは想定の範囲内(爆笑)

何でもやるとなるとこの綿密さ。
徹底してやるっていうのはいつでも何でも・・・だから。

私が掃除をし始めて、旦那様が手伝ってくれると、ありがたいけど、「ああ・・・大掃除になる」(笑)ってね。
中途半端では終わったためしがない(とほほ・笑)

そこで、料理も本番どおり・・・って事は・・・。
牛肉が!!!!
と私が慌てるには訳がある。

旦那様は牛肉を食べると極端に(笑)気が短くなるのだ。

この前牛肉を食べたのは一年前。
食べ終わって帰る頃にはすでにその兆候が・・・(苦笑)

それを自分でも知っている旦那様は殆ど・・・と言うか、普段は全く食べない。
私もそれほどこだわるわけじゃないから、一年前に食べたきり。

下見で出てきた料理は、ステーキ。
おいしかったぁ・・・。

そして、案の定、旦那様は気が短くなった(爆笑)

「やっぱり、牛肉はやめた方が良さそうね」と私。

「何故、やめた方がいいんだ?」と、旦那様。

ほら、ほら、やっぱりね・・・(爆笑)
いつもなら、そんな言い方しない。

「そうだね。やっぱりやめておこうね」って返事が返ってくるはず。

食べ物で自分の気持ちが左右されていると自覚している人はそんなにいないかも知れないが、確実にある!!!

「食べるもの」と「心の状態」って、旦那様ほど如実に現れなくても誰にでもあるはずだ。
それをどのくらい自分で知っているかどうかだと思う。
逆も又ある。
心の状態で食べたいもの、体に必要なものもわかるもの。



「ねぇ、明日、何が食べたい?」って質問は、旦那様には愚問だ(爆笑)

「明日の自分の体に聞かないと分からないよ」

はい・・・そうでした。
明日の分まで買い物をしようなんて考えても無駄でした(笑)
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2007.03/27(Tue)

運の良い人 

「この前話していた『運の良い人』の条件にね、付け加えたいものがあるねぇ」と話しをする。

「自分を認めてくれる人に出会えるって凄く大切な気がするんだけど」と私が言う。

自分でどんなに努力したつもりでも、どんなに頑張っても、結果だけを見つめられてしまうと、気持ちが萎えてしまうことがある。
だって、成長する間には沢山、沢山、うまく行かないことや、失敗を繰り返す訳で・・・。

結果が出なかったから「駄目!」って終わられると、成長も止まってしまうって気がするのだ。

「プロセスを見つめてくれる人がいるって大事なんだよ。
最初から何でも出来る人はいないからね・・・」と、旦那様。

そんな貴重な人に出会うチャンスが人生の中で何度もある。
旦那様が空手を始めた頃「ちゃんと一人前」の大人と同じように扱ってくれた人。
医者としての勉強をしている時に「何かと言うと、呼びつけられてね~。手伝え!」って言われて、実は「育てて」くれていた恩師。

そんな出会いを旦那様は忘れていない。

「弟子だってそうだよ。
こちらが教えていても、教える事中で学ぶ事が沢山!
相談者だって、相談にのっている間に自分が成長したと思うんだ」

実は、自分を成長させてくれる人との出会いは沢山ある。
そして、その相手が大きければ大きいほど、その出会いは「試練」に思えるものだという。

「それって、変わるチャンスに来ているって事なんだ」

でもね・・・
時々、そんな素晴らしいチャンスを目の前に「どうしよう・・・」って、悩む人の姿を見て、それはそれで、当然だと思う。
何かを犠牲にしないと・・・って思っちゃうものね。

「運の良い人が運を掴むポイントは、出会った時にそれを掴む『勇気』だよ」

心には癖がある。
ちょっと気を抜くと、すぐ元に戻ろうとするもの。
だから、ちょっと「エイ!」って、勇気を持つ必要はあるかもね・・・

厳しいかも知れないが、
「自分を変える必要のない人とばかり付きあっているとね・・・」とも旦那様。

・・・とすれば、自分の何を「認めてくれる人」と出会って、勇気を持って飛び込むかって、かなり重要なんだなぁ~~~~。
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2007.03/26(Mon)

生きてるだけで 

自分を囲む色んな事が当たり前になってくると、人は自分の力だけで生きているように思ってしまうもの。

そんな風に自覚をしていなくても、それはいろんな行動や言葉に出てくる。

「人は生きているだけで迷惑をかけてるんだ」と旦那様は言う。

人に迷惑をかけないようにと育てられ、それを守り、自分で生活し、毎日の生活をこなしていると、誰にも迷惑をかけていない!って勘違いする。

「生きるのに食べるもの、着ているもの、全部、何かに『迷惑』がかかってるだろ?」

食べ物がなければ生きていけない。
着るものも住む場所を作るにも、何かを犠牲にしているんだって事。

これを「人の罪」だと解釈もできるかも知れないし、そう考える事だってある視点から見れば当然。

「だからね・・・ちゃんと『迷惑』をかけなさい(笑)
『迷惑かけた』ってちゃんと受け取りなさい」だって・・・。

ちゃんと受け止めた『迷惑』は、返すのが礼儀。

「それってどうやって返すの?」

「まず、ちゃんと感謝をする。(←受け止める)
で・・・後は、自然にしてればいいよ」

え?

「感謝」だけでいいの?

返し方って色々ある。

もらった相手に返す返し方。
(犠牲になったものに返すのは事実上無理だったりするなぁ~)

じゃあ・・・
学んだ事を繰り返さないって返し方。
(犠牲になった甲斐があるって思ってくれるかな~)

その経験で学んだ事を伝えるって返し方。

とか、考えると、返し方の「テリトリー」が広すぎて訳が分からなくなりそうだ(苦笑)

無理はするまい(笑)
分からない時は、最初の一歩から取りあえず始めるしかない。

自分のかけてる『迷惑』をちゃんと意識して、ちゃんと『迷惑』かける事・・・最初の一歩。
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2007.03/25(Sun)

マイブーム 

最近のマイブーム。
旦那様に初めて会った人を観察する事(笑)

だって、どこに出かけてもやたらと皆さん丁寧な対応で・・・。

用事があって出かけた不動産屋さん。
「お茶も出しませんで、失礼しました」って、外まで出て、私達が帰るのを見送ってた(???)
もう一軒の不動産やでも、お茶を2度も入れてくれた。
その挙句に「末永いおつきあいをお願いします」だって(苦笑)
不動産やさんとどんな末永いお付き合いをするのだろう?
ちなみに探しに行った部屋は、勿論、旦那様が住む部屋ではない。

伸び過ぎた髪を切りに行った美容室。
旦那様の髪を切っていた美容師(男性)は、「はっきり言わせていただくと、私にとってこれはチャレンジです」と、汗を拭いていた(爆笑)
確かに、旦那様の髪質はちょっと変わっている。
「変わっているのは、中身だけじゃなかったのね~」という私のその場をなごませようとする苦心(笑)の言葉もあまり役には立たなかった(あはは)

私の髪を切ってくれている美容師も男性。
「旦那様に『しっかりやってくれよ』と言われた気がしますので、頑張ります!」とか何度も繰り返してた。
「気のせいじゃないと思いますよ」
という私の言葉も今回もなごませるには何の役にも立っていない(あはは)

帰るまで、何だかとても緊張している二人が、他にいる女性2人組のお客さんに対応している姿を見て、「いや~、本当に緊張していたんだわ~」
だって、二人とも違うんだもの~~。

旦那様は最近、このことを再認識し始めたらしい。
「そんなに恐いかね~。すごく自分も丁寧に人に接しているんだけど」
確かに、ウエイトレスにお茶を運んでもらっても、何をしてもらってもちゃんと「ありがとう」「すみません」って言っている。
だけどね・・・

弟子に聞いたら、きっと返事に一秒もかからない!
「いや~、先生は恐いです」
恐いと思った時のその人の反応は色々だけど(爆笑)
思考が止まってしまう。
言葉が出なくなってしまう。
落ち込む。

「何で恐いと思いながら、20年も通ってるんだろ~ね~」
という疑問(笑)

でも、やっぱり一番の疑問は
「怒鳴りもしないのに、どうして恐いって思うんだろう?」って所に行き着く。

人の感覚って結構鋭いのでは?とも思ってしまう。
人は、ちょっとした外見やしぐさや「言葉」だけでその「人」を感じているのではないと言う事なんだろうとも思う。

一番、旦那様を恐いと思う人は、「自分の中に沢山隠し事をしている人」だと私は思っている。
隠し事って「意識して人に見せないようにしている自分」もあれば、「自分で知っているけど、みない振りをしている自分の姿」も含めて、隠し事。


そんな旦那様を恐いと思った事の無い私は、一体どういう神経の持ち主だろう(大爆笑)

「僕と君が似ているからだよ」という旦那様。
似ているから同じ事で同じ反応をしていて、だから恐いと思っていない・・・らしい。
・・・って事は、私も人から恐れられるって事じゃない!(笑ってる場合ではない)


いや、それだけは違うと証明したいので、今後も観察して、
「何故、旦那様が恐いと人が思うのか」という理由をみつけだすぞ~~~~(笑)
EDIT  |  02:37 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.03/24(Sat)

聖人(セイント)になるには 

今、教えている英語の教材にバチカンの中を知る!というビデオ。

教えている人がもうすぐバチカンに行くというので、少し一緒にお勉強。
ドキュメンタリーだから多少英語自体は難しいが内容はすこぶる面白い。
分からない事は、事前に旦那様に聞いて予習をする。

キリスト教カソリックの総本山。
そこには、かつて普通の人として生きた人が祈りの対象として祭られている。
そこで祭られる為には、長い、長いプロセスが必要ないくつかの条件がある。

敬虔な信仰心があったか。
神聖な生活を送ったか。

その人が生きている内に行った事が吟味される。
こうして「祈りの対象」として認められた人だけが、「聖人候補」となる。
「候補」って事は・・・これだけでは十分ではないって事。
その人に対して、「崇拝してもよい」という許可が出ただけ。

もう一つの大切な条件は、その人が亡くなってから証明されなければならない。
それは、「その人が本当に神と一緒にいるかどうか」という事。

ああ・・・亡くなってからどうやってこれを証明すればいいの????

人は、その聖人候補を心のよりどころとして、祈りをささげ、崇拝する。
そして、その祈りの中で「その人に祈りをささげた事」で起きた「奇跡」が起こらなくてはならないのだ。

治らないと言われた病気が治ったとか。
私はこうして救われたとか。

そんな証言があって初めて「聖人」と認められるのだ。

奇跡を起こせる程の信仰心を起こす事の出来る人。
奇跡を起こせる程の人からの想いを受けとめられる人。

それが、その人が「確かに神と共にいる」事の証なのだという。


自分が幾ら敬虔な、真摯な生活を送っていると自分で思ってもそれでは足りない。

人から拝まれるって・・・どんな人なのだろう・・・。

「人と気持ちを心を通わせる」って事ができないと無理。
それも、強要はできない。
だって、もうこの世にいないから。

「彼らにとっては、神って、絶対的な存在なんだね~」と、旦那様。


究極は、人の心に居る事が出来なければ・・・なんだろうな~。


そう言えば、困った時に『先生!助けて!』って叫ぶんだって弟子が居た。

「それで・・・どうなったんですか?」って聞く私。

「慌てて、逃げて行きました!」

って、何が逃げて行ったのかしら(苦笑)

いづれにしても、旦那様はあちこちで怖がられているらしい・・・
ってだけは、分かる(苦笑)
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2007.03/23(Fri)

難しい!!! 

「感覚をコントロールするより苦労した事はね・・・」と旦那様。

いつも思う事だが、私が空気が悪いとかなんだとか気分が悪くなるような場合、
数段、感覚の鋭い旦那様が影響を受けない訳はない。

って、最近になってやっと気が付いた・・・ごめんなさい・・・
今までは自分が気分が悪くなるのだけで精一杯でした!

「つらいでしょ?」って聞くと、

「慣れてるから。その内、治るさ」って、結構大変なはずだ。


でも、それより大変だった事。

それは、こうして感じた事をどう伝えるかって事。

「昔はね、『何故分からないんだ!』思ったものさ」


そうそう、いつもこの話の時に思い出すのは、自分の教師時代の経験。

「これだけ教えているのに、何故、理解できないの?」
・・・って思ったら、こちらの負けだわ~~~(苦笑)

「分からないなら、分かるまで付き合うわよ」って覚悟を決める。
手を変え品を変え・・・
「先生ってかなりしつこい性格!」とか、言われて
「ありがとう!その通り」と答えていた(爆笑)

「こんな事も分からないなんて、馬鹿じゃない」って言えば簡単だけど、
それで何が解決するかと言うと、殆ど何もないって気が付くまでに何年かかっただろう(今、思い出しても涙)

そうこうしている内に「しつこい性格」には磨きがかかった。


「伝えるって本当に難しいんだよ。
だけど、伝わらないと意味がなくなるんだ。
こうして、この感覚でわかる事、アドバイスできる事もね。

お釈迦様だっていっているだろ?
『人を見て、法を説け』ってね」




必死で伝えようとしたら、ちゃんと相手を見なければできない。
その間に生徒の気持ちが読めるようになった。

だから、今も人の気持ちと同調しすぎてしまう癖は抜けない。

でもね・・・
言いたい事が伝わるなら、「被る」ぐらい平気!
(って、今は思えるんだけど・・・苦笑)

旦那様も同じだと、アドバイスをしている姿を見ていつも思う。

相手を見て、心で話す。

「これで通じなければ、今日のところは仕方がない・・・
あきらめてないけどね(笑)」

だから、時には怒ったりもする。

そう言えば一度あったな~。
「アドバイスを受けに来て、どうして怒られなければならないんですか?」って。

旦那様の真剣さが受け止められないと、表面の怖さだけが残るんだろうな~。

私もいつも、いつも真剣に思っている。
「どんな言葉も伝わればいいな~」ってね。
EDIT  |  02:36 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.03/22(Thu)

特別?普通? 

「霊能力って一体なに?」って、皆が聞いてみたくてもなかなか聞けない私は
「お得だ」と思う(あはは)

「別に特別なものじゃないよ。誰にでもある五感の延長さ」って答え。

実は、今まで何度も同じ質問を旦那様に何度もして、何度もこの同じ答えをもらった。

今日の今日まで「意味が分からん!」と心ひそかに思っていたのだ(爆笑)

「普通だよ。普通。ちょっと幽霊とか見えたりするけど」
ってどこが普通なんだぃ!!!

「幽霊は幽霊で、普段人に見られてないと思ってるだろ?
ある時、前を横切る幽霊と目が合ったんだ」

「はぁ????それで?」

「目が合った瞬間、幽霊が『見られてる』ってビクって驚いてた(笑)」

って、笑っている場合じゃないでしょ~~~。
これが普通だったら、幽霊も安心して町を歩けなくなるじゃない~!(あれ?)


確かに、幽霊が見えるなんていうのは、特別な事かも知れない。
と言いつつ、それに悩まされて相談に来る人が沢山いるので、それは、今私の中ではとても普通レベルに近づいている。
しかし、未だに私は、幽霊を見た事はない。

「あのね・・・霊能力って、幽霊が見えるかどうかって能力の話じゃないだろ?」

そうでした・・・うっかりそちらに話しが行ってしまって(苦笑)


今日、ある人と話しをしていた。
「最近、妻が『~って感じがする』『~した方がよさそうな気がする』とかよく言うんです。そういう力があるんでしょうか」

「う~ん、全く無かったら、貴方と結婚しなかったんじゃないかしら?」と私。

「でも、『君にもそういう能力があるよ』って言うと『無いわよ!』って否定されました」

・・・(笑)感じる力があるかないかって話をされて、「はい、あります」って答える人ってあんまりいないよな~。

と思った途端に、「五感の延長」って言葉が私の中に浮かんだ。
「理由は分からないけど、好き」とか「嫌い」とか。
今日はなんだか気が乗らないとか。
これは止めておいた方がいいとか。
そんな感覚って誰にでもあると思うのだ。

『君にもそういう能力がある』って話ではなくって、
『君が何となく感じるんだけど』って言ってた事が本当だったよ!
って事を繰り返して、人は『自分の感覚』を自覚する。
そうして出来上がったのが、今の環境で最低限必要な『感覚』

言い換えればそれ以上の『感覚』を遮断する事で安全に生きているとも言える。
だって、自分が感じる以上の「音」や「匂い」や「色」や
とにかく沢山のものに囲まれているから、全部受け取っていたらきりがない。

それ以上のものをどのくらい受け入れるかどうかは、本人次第。

って、「五感の延長」って言う旦那様の言葉を少し理解できた!と、書きたかったのだが、・・・なんだか、結局、よく説明できてないや(苦笑)

う~、またしてもうまく行かなかったかぁ・・・(爆笑)
EDIT  |  03:19 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.03/21(Wed)

人の反応 

「ねぇ、前世なんてない!って書き込みがあったんだけど」と私。

「ふ~ん。僕にはそんな書き込み、一度もないけどね(笑)」と旦那様。

いやいや、人間の本能というのは素晴らしい。
誰に文句を言うべきか、闘うならこの辺にしておくかって分かっているらしい。

漫画の中でも、面白くしようと思ったら、ヒーローと悪役は同じ位の力でないと盛り上がらない(爆笑)
旦那様に挑戦するような勇気のある人がいたら面白いのに・・・といつも待っているのに、なかなか現れないらしい。
(ちなみに、本人も多いにやる気・・・爆笑!!!!)

「なんで、わざわざ感情的になるのかしら?」

「結局ね・・・
否定しながらも、心のどこかで気になっているって事」

人は、自分の心を常にきちんとコントロールしている訳ではない。
理由はよくわからないけど、「妙にこの人が気になる」とか「違うんじゃない!」とか思うって事は、否定しながらも「その事が実は気になっている」って事。

「書き込みまでするって事は、かなり気になっているのさ」と、旦那様。

確かに、本当にどうでも良い事は、感情的になって言い返したりしないもの。
こうして、自ら「自己分析」が足りないって人に言ってしまっているのだ。

「気になる」って事は自分の中の何かが、何かを求めている。
そして、その「求めているもの」に本能的に近づきたいとしているのかも知れない。
それが『前世を知る』事でわかるかどうかは別・・・
というか、知っても無駄だろうな・・・
ますます、頑なに拒否するのがパターンだもの。




「ねぇ、それで『前世』があるかどうかってどうやったらこの人わかるのかな~」

「死んだらわかるよ」

あららぁ~。それまで自分の心がバラバラなままっていうのもね~。

自分が過剰に反応する部分って「自分の弱点」を結構教えてくれてたりする。

って・・・この文を読みながら「何?これ?」って思ったら・・・

それは、残念ながら『前世があるかないか』には直接答えられなくても、
貴方の心が「統一」されていない証拠かもね・・・(笑)
EDIT  |  02:33 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.03/20(Tue)

前世を知る意味 

自分の前世を知りたいですか?
って質問に貴方はどう答えるだろう・・・。

知りたいという人も、知りたくないって人も、それから信じないって人もいるだろう。

私は極端な高所恐怖症だった。
歩道橋さえ怖くて渡れない(苦笑)
説明のつかない怖さで足が動かなくなるのだ。

ある時、前世の話になった。
そして、一度高い所から落ちた事があったのだ。
「バン!」って音がした気がする・・・
突然の様に前世の記憶は降って来る。
私は、旦那様に会ってず~~~っと経ってから、何かの拍子に自分の前世を突然思い出した。
それも自分で(笑)
勿論、旦那様と話をしていた中で出てきたもの。
自分では気のせいだと思っていたけど、確かめると正しいらしい(苦笑)

不思議な事にその事を知った後から、怖いという気持ちが殆ど無くなった。
まあ、前世を知って高所恐怖症を治したって大した事ではないと思うかもしれないけど、私にとっては大きな進歩!(苦笑)

こんな他愛もない事だけではなく、本人にとっては大きな意味を持つ時がある。

「その人が知る必要がある時に知ればいい」って言うのが旦那様の口癖。

「前世を知りたい」という気持ちになる時は、「自分の事」を見つめている時。

「前世を自分で知る」時は、知る事が自分にとって大切な時だったりする。

自分の生き方を再認識するって感じかしら?

そうやって、前世を知っていく旦那様の弟子を見ていると、成る程知るべき時に来ていたのね~と思う。
そして、何だか分からないけど、前世の姿がその人の中に見える気がする。

前世を知るのは、今の自分を知る為の一つの方法でしかない。
繰り返される、自分のトラブルや試練。
それを乗り越えるために前世の記憶が必要な時もあるだろう。

タイミングに来ていない人が前世を知った場合に良くある事。
「私の前世って、~だったって言われたわ。だから、今の私ってこうなのよ~」
って、前世を知ってもそれを「今の自分のままでいい」って言い訳に使ってしまうと知らなかったのと何の変わりもなかったりする。

「意味無いじゃん!」といつもの旦那様の口癖が出る(苦笑)

あはは、変わらないんだったら、前世を知らなかったのと何の違いもなかったりして。

今の自分を知る事はそんなに簡単じゃない。
むしろそのプロセスの中で少しずつ気が付いていくって「時間」が大切だったりする。

その時間の中で、成長するのだと思う。
前世もオーラも同じ。自分を見つめる道具。

自分の前世を知った時、自分で気が付かなかった自分の事がよく分かった。
ああ、だから、私ってこんな風に感じたり、考えたりするのね~なんて納得!
まあ、治ったのが高所恐怖症ではなくて、もっと「治したい!」って思っている私の欠点だったら・・・なんて、欲張ってはいけません!(←自分に言い聞かせる私・・・)
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2007.03/19(Mon)

心の扉 

誰にでも「自分で気が付かない自分」が心の底に眠っているもの。

そこには、子供の頃の色んな記憶や、実は忘れたつもりの出来事、それから本来の性格とかいろんなものが詰まっている。

普段、何でもない時は、飛び出してくる事はあんまり無いかも・・・
って、自分で思っているだけって事もあるから、
「貴方ってこう所あるわよね」
「貴方ってこういう事が好きでしょ?」
なんて唐突に言われると、ドキ!っとしたりして。

自分では意識的であろうと無かろうと、こうして
「隠している」「忘れている」つもりの自分と
「人にこう見られたい」という自分の間の扉。
それを「心の扉」と私が勝手に呼んでいる。

本来の心のエネルギーが強いと、この扉が「バン!」ってすぐに開いてしまう。

霊能者と言われる人達は、こうした元々持っているエネルギーが強い。
で、ちょっと苦労したりする訳(笑)

でも・・・
だから、「念」を飛ばしたり。
だから、「思い通り」に事を進めようとしたり。
早く言うと、「世の中こんなもんさ!」って諦めが付かないのだ。

自分の心に嘘が付けないとも・・・言えるなぁ・・・(苦笑)

これが、「自己防衛反応」でこれが他人との関わりの中で出てくると結構人間関係で苦労する事となる(あはは)
社会に出るとこの問題は、深刻になってくる。
仕事となるとなおの事。
人間関係なしでは、仕事はなかなか成り立たないものね。

だから、ぎゅ~って、エネルギーを閉じ込める事にする。
おかしいな~なんて思いながら、取り合えずその場に合わせたつもり。

「無理は続かないんだよね~」と旦那様。

その通り!
やがて、扉の限界が来て、体調を崩したり、「何故なんだ!」って余計に思ったり。
そうすると、「マクロ」の世界に入りってしまう(あはは)
「何故なんだ!」「おかしいぞ!」って言う事に心が囚われてしまうのだ。

「人の感覚ってね・・・鋭くなくても分かるものは、わかるんだ」
取り合えず合わせたつもりで我慢をしていても、周りの人は、無理しているって何となく感じてしまうのだ。

体調は崩れるわ、他人は理解してくれないわ、「これじゃあやっていけないわ」ってね(苦笑)

「だから、昔は暴れたね~」と、旦那様。
いじめられっ子で言葉を殆ど話さなかった旦那様が、ある日ある時、突然この扉が開いたらしい・・・壊れた?が正しいかもね?(あはは、側に居なくて良かった・笑)

あの~、エネルギーが強いからって暴れなくてもいいと思うんですけど・・・(爆笑)

「昔は、そのやり方しか知らなかったからねぇ・・・」って言われてもねぇ。


心の扉は、別にこうしたエネルギーの強い人だけにあるものではない。
誰でも人と関わる中で少しずつ、知らない内に身につけていくものでもある。

「価値観が凝り固まるとね、他のものが受け入れられなくなるんだよ。
まあ、その中でずっと居た方が楽だろうけどね」

扉を開くには、結構、覚悟がいるものだ。
覚悟なんて無くてもと思って、いざ開こうとするとなかなか一筋縄では行かないもの。

時々、「ちょっと開いてみたら?」って、誰からか言われているみたいな事が起こる。
それが、色んなトラブルだ。
まるで、誰か他の人が悪くてトラブルが起こるように見える事が多いけど、実は、この「自分の心の扉」が原因だったりする事も多いわ~って思う。

旦那様に相談に来る人の話をじ~~っと聞いていると、結構、この扉には同じ問題をひきつける(爆笑)力があるらしい!と発見。

さて、さて、同じ問題を繰り返しながら暮らすか、それともちょっと頑張ってひらいてみるか。

その選択は、いつもいつも貴方にまかされている・・・。
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2007.03/18(Sun)

つければいいってもんじゃ・・・ 

小さい頃から「集中しなさい!」ってよく言われた。

今日も子供と一緒に遊んでいて思ったが、確かに精神的に安定していないと集中力に欠ける子が多い。
何かに集中して取り組めるって事は、教師の経験からしても精神状態が安定しているのだと言うのは、確かだと思う。
通知表(懐かしい・・・)に「集中力がありません」なんて書かれた人も多い事だろう。

だから、大人になって、「集中力」が有りすぎ(?)で困る事が起こるなんて考えて見た事も無かった。

大学院の勉強を始めるといつもこれでバランスを崩す私(トホホ)
様々なクラスには当然「トピック」がある訳だけど、言葉がまるでそれだけで出来ている気持ちになってしまうからたちが悪い(苦笑)

発音のクラスでは音だけ。
文法のクラスでは文法だけ。
語彙のクラスでは語彙だけ。

当然、それに「集中して」観て行く訳で、細かく細かく分析する。
そうすると、顕微鏡であるものを見ているような事になって、
「これって?何だったけ???」
こうなると、私の『頭』は許容量が少ないので確実にパンクする。

「あのね・・・言葉でコミュニケーションしているって事が先にあるんだよ」と、旦那様。

小さく分析して分類すると、その分類に当てはまらないものは存在していないかの様になってしまうのだ。

「ミクロで観るのも大切。だけど、その後、必ずマクロで見ないとね」

ああ、何度同じ事を言われた事だろう(苦笑)

それでも「集中力のある私」(爆笑)は、小さく分析するのに躍起になって抜けられなくなったりするのだ。

全体の流れや「目的」を忘れた分析は、意味がない。
小さな観察の積み重ねや分析で科学は色んなものを解明してきた。
だけど、何の為にそれをやるのかって事を忘れると、その研究そのものが意味が無くなってしまったりして・・・ね。

例えば、ある教室の授業。

先生が居て、生徒がいる。
動くものだけを考えるとそれで充分。
だけど、黒板があって、机、いす、棚、教科書があって・・・。
これでも全部ではない。
教室の中にある空気。
その空気の中に含まれている成分は(ね、行き過ぎるでしょ?爆笑)

学校の授業を改善する為に!なんて研究するのに「空気」の成分を考えても意味が無さ過ぎ(爆笑)

ああ・・まるで私の頭の中と同じ状態だわ・・・
何を、何の為に、何を目指して、分析するかって事を忘れるとこんな事になる。

その上、その分析に夢中になって、途中で止められなくなってしまうのだ。

「こんな事、私にはないわ」と思った貴方もご用心(笑)

何かがどこかでうまく行かない時は、どこかこんな馬鹿らしい事で引っかかっている事が思っているよりずっと多い・・・

って、たった一日でいいから、自分の「心」を観察してみればわかる。

「ミクロとマクロ、両方大切」という旦那様の言葉を実行するのは、結構難しくて、思わず、子供の頃自分のされた教育を責めたくもなるもの(笑)

・・・ほら?そうやって、ミクロでものを考えるでしょ?
貴方の人生は「子供の頃の教育」だけで出来上がってはいないはず・・・

どこかで、修正出来なかっただけかも知れないのにね・・・(笑)
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2007.03/17(Sat)

バランスが命 

「劇薬ってさ~、人を殺せるけど、治す事もできるんだ」ってつぶやいている旦那様。

いつものように(笑)「え?極端な言葉だわ~」とちょっと聞くと思う言葉。

「薬も法も同じ。
人を治したり生かしたりできるものは、使い方によって殺す事もできるのさ」

逆に言うと、「殺せるぐらいの」ものでないと「生かす」事もできないらしい。

こう云う話を聞く度に「まあ、よくもこんなに極端でバランスが取れている事」って思う。

ある時は、「早くやればいいのに~」と私のせっかちを差し引いて考えてもジッと動かない。

なのに「あれ?」と気が付いて動き出したかと思うと、100Mぐらい先。
思考も行動も両方ともだ。

ちょっと一言言ってくれればいいのに・・・と苦笑する私。
最初の頃は「えぇ!!!」って驚いて、慌てていた。
最近はそれに備えて、常にアイドリング状態(爆笑)にして、必死でついて行く予定。
けれども、未だに「そう来たか!」と置いて行かれる事は多い(苦笑)

旦那様のような感覚を持った人と云うのは、一つ一つにかけるエネルギーや思いがとても強いと感じる。
「コントロールするのが大変だろうな・・・」って思う事がよくある。

「訓練だよ、訓練」なんて言ってるけど、皆、そのコントロールには苦労している。

思えば、そういう能力が明らかにあっても無くても、あるものに対する思いの強い人はエネルギーの強さのせいでバランスを崩し易い。

「自分の思い」で振り回されて、せっかくちゃんとやっている事まで台無しに・・・なんて経験誰にでもあるだろう。


一生懸命やりすぎて・・・
一つの事をやると他の事を忘れて・・・
何か起こるとそれに心が全て奪われて・・・

って、私にもそんな事、あるじゃない!(爆笑)

「自分の状態を・・・ちゃんと意識しなさい(笑)」って指摘される始末(トホホ)

どこで、どうバランスを取るかって事。
自分を知らないとなかなか出来ない事でもある。

「どうすればいいのよ、このエネルギー」
って言う程の強い思いに振り回された経験のある方、
それに悩んでいるっていう方・・・

比較の問題ではないけれど、極端と極端のバランスを取っている旦那様を見れば、
「ああ、自分のエネルギー程度だったら、どうにかなるかも」って思えるかもね(笑い)
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2007.03/16(Fri)

形式と心 

「最後は、ココだから」って、旦那様が指差す先は「心」

心って体のどこを探しても見つからない。
だけど、体の確かにどこかにある訳で。

色んな事には色んな「形式」とか「一般的なやり方」とかがある。
例えば、「お茶の作法」「祭壇での作法」とか。

昔、このお茶を習いに行った事があるが、恥ずかしながらとても苦痛だった(苦笑)
理由も分からずに「これはこういう形でなくてはなりません」
「それは順番が逆です」って具合。
知らない事を習いに行っているのだから、知らない事だらけで当たり前なんだけど、その内息が詰まってくる・・・

「作法はね、ちゃんとそれが出来た理由があるんだよ」と旦那様。

「ほら、こうやったら、一番、きれいで簡単。
体が楽に使えるようになってるんだ」

ふたを持ち上げる動作一つにしても、体のどこで持ち上げるかで全然その重さが変わるから不思議だ。

「作法はね、結局は一番合理的な形なんだよ」

と言われて、もう一度、一つ一つ自分で動かしてみると「なるほどね・・・」
重いものもちゃんとスッと持ち上がるのだ。

そして・・・

「形も大切だけど、一番大切なものを忘れないように」

こういう順番でこういう風に入れなくては・・・と思って入れるお茶。

おいしいお茶をできるだけおいしく飲んでもらうには・・・と思って入れるお茶。

形に囚われてしまうと、心がおろそかになってしまうもの。
だから、いつも自分の心もそれから他人の心遣いも意識していたいと思う。

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2007.03/15(Thu)

運の強い人 

「あいつは運の強い奴だなぁ・・・」
そんな事をつぶやく旦那様に聞いてみる。

「運がいいとか、強いとか、ってどんな人だと思う?」

人は、他の人のある一時期、例えばほしい物が手に入ったとか、行きたい学校に合格したとか、そんな事を聞いて、「運がいいよね」なんて言ったりする。
まあ、言葉を変えれば、「実力以上のものが(←厳しい)手に入ってる」って見えるって事も含んでいるんだろうけど(苦笑)

「運がつよい人ね・・・捉え方だろうけど・・・」といつもの調子で始める旦那様。

「必要な時に必要なだけのチャンスがやってくる事だろうね」

力を貯める時期もあっていい。
時には、『止まって居る』みたいに感じるかも知れないけど・・・。
表面上は何も起こっていなくても、ちゃんとその間に力を貯める。
そして・・・それが発揮できるチャンス・・・それが必要な時期って事かな?

そのチャンスがやってくる「時期」って絶妙だったりする。
来る時しかこないし、来ない時には来ないもの。
変に焦ったりすると、この「時期」の見極めが出来なくなってしまう事もあるだろうなぁ・・・。

そして・・・
「チャンスはね、ピンチと一緒にやってくるんだよ」
チャンスと言うのは、一瞬、ピンチに見える。

例えば、思いがけないほどの重要な役割を与えられたとする。
自分の現在の力でできるかどうかって思うのは当たり前。
だから、チャンスなのだ(笑)
だから、ピンチだと思う事もある。
その壁を目の前にした時、
「ああ・・・やっぱり、無理だったのか・・・」と思うのか、
「なんとしても、どうにかして、なにか方法はないのか」と思うのか。

一つの同じ現象が「チャンス」にも「苦労」にもなるところが面白い!!!

人の事は冷静に分析!
自分の時は「慌てる」

これが、普通の人の普通の反応だ。

最近、私が編み出した(←大げさ)方法を伝授しよう(あはは、本当に大げさだわ)

1)自分にやってきたピンチは、チャンスだと思い込む(笑)

2)「絶対にできる」と、思い込む(また、また笑)

3)今すぐ出来ないと思う事は「時期を待つ」時期だと思い込む
(あはは・・・待ってもいいけど、忘れないようにね!)

結構、これで何でも乗り越えられるから、自分で言うのはなんだけど、

不思議だ・・・

まあ、一度、だまされたと思って、おためしあれ(爆笑)
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2007.03/14(Wed)

切り替え(2) 

自分では上達していたつもりの「切り替え」

この被り方では、上達しているはずもないと気が付くはずなのに・・・(爆笑)
何しろ、被りは、今日の旦那様の対談のブログにも書いてあるように、
「嫌な事の記憶」の波動が残ってしまうって事だとすれば・・・

ああ~、上達なんてしていなかったのかもしれない(反省)

何しろ、「被り」は、目に見えない空気として突然にやってくるから、
「うん?何でこんなに気分が悪いんだろう?」と思っているうちにどんどん酷くなる。
祓おうとして、祓えるものだとか、
あ!気をつけなきゃとか、
思う暇もなく押し寄せる・・・

なんて、いい訳した所で「切り替えが下手」って事には変わりがない(トホホ)

つまり、嫌な事があった時に「まあ、いいや」って簡単に思えない性格だって事を再認識!!!!(←本当に今さらだわ~~~・苦笑)


旦那様の弟子がある行を始めた。
修行をすればそれだけ力がつく。
しかし・・・
それだけに、目に見えないものに対する感覚も上がるので、それに打ち勝つエネルギーがいる。
特に、成長している時は、その途中で
「敏感さで余計に感じるつらさ」と
「色んなものをはじき飛ばす力」と
そのバランスが、行ったり来たりする。

早く言えば、やっているのに余計に辛くなる時期がある。
そんな報告を受けた旦那様が、
「行が終わったら、ちゃんと終わりなさい」って。

「あら~一日中、感覚が開きっぱなしだったのね~
それは、辛いはずだわよね~~~~(笑)」なんてのんきに笑っていた私。

まさかそれを自分が体験しているとは、夢にも思ってなかった。
最近、なんだか調子が悪いな~と思っていたら、どうやら自分のスイッチもオンにしたままだったらしい。

とにかく、全てのものが刺激が強すぎるのだ。
静かな家の中にいても、風の音が大きすぎて眠っていても目が覚める。
テレビの音や、人の声が聞こえすぎて、自分が聞きたい音がかき消される。
何かを見ようとすると、光が強すぎて見たいものが見えない。

などなど、思い返せば、「過敏」になりすぎていた証拠は幾らでもある(爆笑)

「気のせいだと思ってたのよ」という私に

「気のせいなんて、この世にないんだよ(爆笑)

ただ、感じる必要があるかないかって事で調節してるんだから・・・」

って、ああ~耳が痛い。
というか、人の事を「スイッチきり忘れてるんだ~」なんてのんきに考えていた事を思い出したら・・・苦笑するしかない。

まあ、現在、スイッチをオン・オフを忘れないって言うのは、家の電気だけではないと再認識中・・・(笑)
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2007.03/14(Wed)

切り替え 

霊能者と言われる人に特に多いのが「切り替えが下手な人」

一つの思いに囚われるとなかなかそこから目が離せなくなるのだ。

時と場合によっては、この特徴は「集中力」となり、「念」となって力を発揮する。
ところが、その価値のないものにこの力が発揮されると、自分でも分かっていながら・・・というジレンマに陥る事が多い。

「まだ、あきらめてなかったのね~」とまるで他人事のように思っていた私。

ところが実は、私もこの「切り替え」が下手だということを思い知らされた(苦笑)

そう言えば、小さい頃から、嫌な事があると三日も一週間も気分が落ち込んだりした事があった。
どうにかしなければ・・・と思った私。
結構、忘れる努力をした。

教師として働き始めて、新たな試練が待ちうけていた(爆笑)
「他人の事を忘れる」のは「自分の事を忘れる」よりかなり難しかった。
それが、生徒となると始終、頭から離れない!って事になる。

「どうして出来ないんだろう・・・」
「どうして、私の言う事が聞けないんだろう・・・」
「どうして、悪いと分かっていてやるんだろう・・・」

考えて、考えて・・・
これじゃあ、体が持たない(爆笑)と気が付いた。

いや、それより、人は自分のスピードでしか前に進めないのだと気が付いた。
・・・それでも今でも「待てない!」と思ってしまう事はあるけど(苦笑)

それでも、かなり「訓練」したと思う。

「同じだよ・・・私もこの職業で『待つ』訓練をしたね~(苦笑)」と旦那様が同意してくれる。
私もせっかちだけど・・・旦那様も実はかなりのせっかち。

職業で身に付けたこの「切り替え」の術(?)
通用しないものがあると、最近痛感した(爆笑)

「被るのはね・・・記憶を消せないって事なんだ」と旦那様。

つまり、こんなに未だに被り易い私は、「切り替え下手」って事になる。

「記憶なんだから、消せばいい」って簡単に言われてもね~。
それどころか、最近、ますます被りがひどくなってるぞ~~~。
って思っていたら・・・

あらま、人の事は「切り替えができていないのね~」なんて言いながら、私もだったわ・・・って気が付くことに。

続きは又明日!
EDIT  |  23:45 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.03/14(Wed)

悩む時間 

側から見ていると、
「なんでそんな事で悩むの?」とか、
「自分で答えが分かっているじゃない」とか
その人の話を聞いている内にわかってしまう事がある。
こんな事は、特別な感覚なんて必要ない。
よ~~~~く、本人の話を聞いていると、それは伝わってくるもの。
なにしろ、本人が「言葉」以外のものでも訴えている。

「決められないの」とか、
「どうしたらいいのか分からないの」とか、
言っているけど、もう決めているじゃない!なんて思ったりする事もある訳で・・・(苦笑)
人の話を聞いていて、こんな感想を持った事がある人も少なくないだろう。

本人が一番、自分が決めている事に気が付いていなかったりして。
「悩む」って事を求めてやってるみたい(苦笑)と思う時もある。

自論だけど、「悩む時間」ってあっていいと思っている。
というか、思っていたといった方がいいのかなぁ・・・。

そういう時に今まで気が付かなかった色んな事に目を向ける。
ちょっと、悩んで、止まって時間をかけるって悪くないと思っていた。

「だけどね・・・『悩む』と『考える』は違うんだよ」と旦那様。

と、言われて、自分でその区別が付いていなかった事に気が付く。

今更ながら、私は大変、大変、負けず嫌いである(←本当に今更だわ・笑)
だから、何かがうまく行かなかった時、必ずといっていい程、
「悩む」か「考える」。
何故うまく行かなかったのか・・・。
次にうまく行くにはどうしたらいいのか・・・。
物事に「これでおしまい!」はない・・・。
今回うまく行かなくても、それを活かせば、結局は「うまく行かなかった」
ではなくて、「うまく行くためのプロセスだった」と思えるはずとか。

本当に、しつこい(笑)

「負ける勝負はするな!」って旦那様はよく言う。
なんて、負けず嫌いな人なの!って思っていたけど、実は私もよく似ていたと発見!

「今頃、気が付いたの?」って爆笑されたけど。

「勝つ勝負しかしないって・・・それだけ準備するって事なんだよ」と付け加える旦那様を見ていて、益々、この私の負けず嫌い根性は磨かれた(爆笑)


何かがうまく行かなかった時、思い通りに行かなかった時。
「悩んで止まる」のもあっていいと思っていたけど、仕事の時ってなかなかそれを許されないのも確か。

同じ「時間」をかけてやるなら、「悩む」より「考え」た方が生み出すものが大きいはずだと、持ち前の「負けず嫌い」根性が発揮されると、結構、建設的に「考える」

ところが・・・
ちょっと、『悩み」始めると、ずっとずっと何かが気になったまま、そこに漠然と心が留まる。
頭の中に浮かぶのは、
「やらなくちゃいけないのに・・・」
「どうしよう・・・」
「不安だな・・・」ぐらい(苦笑)

この前、このプロセスに陥った時は、「悩む」事数週間(苦笑)
実際、やり始めたら、15分で終わった。
出来上がった自分の英語の宿題を見て、
ああ~これに数週間も「悩んでいた」なんて~(苦笑)

「悩む」と「考える」は違う!ってはっきり認識。

それが体得できるまでは、もうしばらく時間がかかるわ~。
EDIT  |  23:44 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.03/14(Wed)

ほんの少しの無理(2) 

なんでもすぐにチャレンジしたくなる私は、準備不足のせいか、時々、

「う・・・よく考えてから始めればよかった~」って思う事も(苦笑)

「一回やめていいんだよ。今じゃないってだけだから」と旦那様に言われて少し救われる(笑)

目の前でやっている事が「ほんの少しの無理」なのか。
それとも「今ではない」のか、その判断はちょと難しい・・・。


でもいくつか気が付いた事がある。
その無理を何の為にやるのかって事で続けるかどうか決まるのかな~。

「限界を超えようと思ったらね・・・」と旦那様。
「もう、無理だと思ってからが勝負(笑)」

殆どの場合、体力的な限界より精神的な限界が先に来た様にセンサーが働くのだ。
まあ、生命維持装置みたいなものだろうけど。

そう言えば、ずっと昔、船で漂流して助かった人がどうして助かったと思いますか?という質問に、
「『絶対に死なない』と思い続けました」
残念ながら一緒に戻ってこれなかった仲間は、必ず「もう駄目だ」ってつぶやいてたとも。

精神的にあまり強くない場合とか
精神的にバランスがあまり良くない人の場合、この限界がすぐに来てしまう。
何かを始めても「変わりたい!」という目標を達成する前に終わってしまうのだ。

感覚のするどい人の中には、精神的なバランスを崩し易い人も少なくない。
一つ一つの感情のエネルギーが強すぎて、気になっている事以外の事が目に入らなくなり易かったりする。
色んな鋭い感覚で、沢山のメッセージも受け取れる分、それに囚われてしまう。

「だから、体と心と同時に鍛えないとね」と、旦那様がにやり。

これには、空手が一番だと顔に書いてあるわ~。

一生懸命やりすぎると、
その「無理」が本当に大きな壁なのか、成長するのに必要なほんの少しの無理なのか。
その壁のすぐ近くにいる本人には、その壁の大きさが見えないもの。

こんな時は、ちょと離れたところにいてその壁を見てくれる人の意見って貴重だと思う。

今じゃないって分かれば、一時退却でもいい。

でも、もう駄目だと思っていて、ほんの後少しで・・・って所まで来ているのかも知れないしねぇ・・・。

旦那様、いわく・・・

「その時の自分で見えないものは、いくら考えても自分では見えないものさ(笑)」ってね。

テーマ : 生き方 - ジャンル : ライフ

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2007.03/14(Wed)

ほんのすこしの無理 

旦那様がよく弟子に言う。
「ちょっとだけ、無理をしなさい」って。

自分の今の生活や能力。
それに少しだけ足したもの。
それを意識しなさいって事。


私も良くやるが(笑)、誰かに(って誰にだろう?)お願い事をする時、思い返して見れば、「まあ、よくもあんな厚かましいお願い事をしたものだ」というレベルの事を思っていたりする。

で、お願い事をしたのに、すぐに
「かなわないわ~。お願い事の仕方が悪かったのかしら」なんて思ったりして・・・。

でも、記憶力は、私よりも数倍、その「誰か」の方があるらしく、10年ぐらいのスパンで見ると、ちゃんとかなっていたりする(爆笑)

「なんだ~。ちゃんとかなえてもらってるじゃん」

問題は、私の記憶力にあるらしい(笑)

その間の時間って、とても大切だった、必要だったと、思い出した途端に見えてくるから不思議。
そして、「あの時、あのお願い事がかなっていたら、大変だったわ~」(冷や汗)なんて事もあるかも。

時々、職場で人も羨むような昇進のチャンスに恵まれた人がいた。
「いいわね~」と思った人も少なくないだろう。
本人にしても「ラッキー」と思ったかもね。

でも「器」に合わない昇進は、その後の試練の大きさと比例している訳で、昇進を喜んだのもつかの間、側で見ていても気の毒になる程の試練・・・なんて事も・・・。

職場でのこうした昇進は特に、
「人と人を繋ぐ人間力」みたいなものが試されたり・・・
今までやった事のない仕事で本当の実力が試されたり・・・

いずれにしても「身に過ぎたもの」というのはなかなか手強い。

勿論、それを乗り越えたら、それだけ確実に成長するのだろうけど。



だから、「ほんの少しの無理」ってまあ無難?
それもあるだろうけど・・・

やり初めの頃は「ほんの少しの無理」でも「大きな、大きな無理」と区別が付かないものだったりする。
ぜ~~~~んぶ、「巨大な壁」に思えたりするのだ。

ほんの小さな足元の石さえ、「恐怖」の目で見ると「壁」に見えるって人間の心は不思議だわ~~~(苦笑)

自分に「ほんの少しの無理」を課し続けると、「ちゃんと乗り越えられる自分」を確認できるって思う。
それが積み重なると・・・「自信が付く!」って事なんだろう。

ほんの少しの無理・・・さて、次は何にチャレンジしようかな????
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2007.03/09(Fri)

強い思い 

「思いにはエネルギーがある。だって、考えるとお腹がすくだろ?」と、旦那様。

あらら、ただ単に時間が経ったらからお腹がすくものだとばかり思っていた私。
って、旦那様に話したら、爆笑された(笑)

最近まで気が付かない振りをしていたが、私もこの「思い」のエネルギーはなかなか強いらしい(←まだ、自覚するのを抵抗してる・笑)

思い返せば、私のこの「思いの強さ」というか「念」とも呼べるしつこさは、小さい頃から鍛えられたもの!
私の妹は、この「思いの強さ」が飛び切り強かった。
というか、きっと今も強い。

私の念の強さは、到底かなわない・・・と思っていたが、そうではなくて、何に対して「念の強さ」を発揮するかっていう方向の違いだけだったのかも?とも思う。

そして、この方向の違う妹と喧嘩をする事で益々、私の念の強さは鍛えられた(爆笑)
喧嘩をする度に、「私はこう思う」と云うのをお互い譲らないでパワーアップしていたらしい。
面白いのは、その下にいる妹がどうやって「念の強さ」を身に付けたのかと云う事。

あんまり、実践してない(つまり、喧嘩をしていない)はずなのにな~(苦笑)

一番下の妹は、自分の念の強さを外に出すまでにかなり時間がかかったが、それでも結構、ちゃんと「念が強い」(爆笑)

「三人が三人とも、念がこんなに強い姉妹っているんだね~」って旦那様。
関心している場合ではない!

思いや念が強いから、ちょっとの事でも大事になったりする事少なくないのよ~(笑)

自分の事をどこかに置いて眺めると、こうして「思い」や「念」の強い人達って、時々自分を持て余す。
何か自分の地雷のような話題になると、カーーーンと思いが爆発!

っていう場面を今日は目撃(爆笑)
そういう人が7~8人も揃えば、風どころか、爆風が吹くはずだわ~(爆笑)

それもそれぞれの思いが強いから、それぞれの方向に突っ走る。

この風を一体どうまとめるのか・・・旦那様(笑)

今更だけど、こうした「思い」や「念」の強い人が、理解の難しい場所に収まるのは大変難しいと改めて納得。

「どうすればいいの?」って質問。

「その思いを収める体を作るって結構効果的だよ」って、一見全然関係ないように思われる旦那様の答え(苦笑)

何しろ、私は今、旦那様からとうとう『空手』を始めなくてはならない事態に追い込まれている訳で・・・。

そう来たか!!!

でもね・・・結構、いけるかもね・・・
って云うか、収める為だったら、やれる事はやった方が自分の身のため(爆笑)かもと、今日の爆風を見て、真剣に思ったりして(苦笑)
EDIT  |  02:08 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.03/08(Thu)

そこの『ルール』 

外国にある期間滞在したりして、日本に帰ってくると「日本に慣れなきゃ」と思うと余計に敏感になったりする事もある。
「外国ではこうなのに」と思う事で益々ジレンマになったりして・・・。

外国に滞在して、帰って来た時、リバースカルチャーショックというのに陥る事がある。
「こんなんだったけ?」
つまり、勝手に自分の頭の中で「日本像」を作り上げて、現実とのギャップに驚く事の多い事、多い事(苦笑)

外国に行って住むより、その逆、つまり自分の国に帰ってからの苦労の方が辛いと感じる人も少なくないらしい。

私も実際にそうだった。
留学中、クラスの中では常に発言する事を求められ、黙っていると評価されない。
頭の中にいろんなものがあるのに、それを言葉にするのにとても苦労した。

「どうかしたの?」
「何か、納得行かないの?」

納得して、聞いているだけだと必ずこう言われたものだ。

だから、日本に帰ってからは今度は「黙って聞く」というのに苦労したりして・・・(苦笑)

外国と日本と言うように、有る意味はっきり区別がある場合はまだいいけど。
実は、こんな違いは、自分が住んでいるコミュニティー、コミュニティーによって違って当たり前なのだ。

「だから、一つのコミュニティーのルールを全てに振りかざすとね・・・」と旦那様が苦笑する。

「『こうあらねばならない』は自分を一番苦しめるんだよ」


コミュニティーが変われば、ルールも変わる。
自分が知らない間に身につけてしまった「ルール」
どこでも通用すると思い込んでしまっている事。

きっと、「なんでなんだ~」って常に頭の中で声がしてるんだろうな~とか見てて思う事。

「ルールが出来るにはそれなりの理由があるんだ。
それが見えない内は、ルールの意味もわからないのさ」

かつて、新米教師だった頃、「学校教育」の批判を聞く度に思っていた。

「なんで、こんなに批判を受けても学校ってなかなか変われないんだろう」ってね。

確かに、沢山問題はあるのは知っている。
けれど、世にある意見を受け入れて、突然教育改革をやったら、
「それにふさわしい先生の数が足りるかしら?」

私自身、それにかつて、とても悩んだからでもある。
英語の教師でこの程度の英語力ってね・・・情けないわ・・・とかね。

それが今でも「学ばないと!」という動機になってもいるから・・・
まあ、いいか!(←自己弁護????笑)
EDIT  |  03:03 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.03/07(Wed)

全部手に入れる 

欲しい物を全部手に入れる!なんて不可能だと思うだろう。

けれど、今日はそんな人が「確かにいる」ってこの目で再確認して来た。

独立を決めて場所を探し、協力してくれる人が完璧とも言える所を探してくれたらしい。
私の目から見ても、何一つ妥協しなければならなかった点がない。

旦那様のアドバイスを受けて、着々と準備をしてきたとは言え、
「余りにも完璧だ~」

自分の夢を語る時、その人の人柄やどのくらい本気なのかは、必ず周りに伝わるものだと改めて思う。

思いは必ず伝わる。


「欲しいものや目標があって、手に入れたいと思うだろ?」と、旦那様。

そりゃあ、当然だわ(笑)

「皆、心のどこかで無理かな~なんて思ってる」

色々、障害があるのが普通。

「今は、無理って事はあるよ。
だけど・・・今、無理だからって、ずっとこれから先も無理だって事じゃない」

こうやって振り返ると、旦那様は結局自分の欲しい物は全て手に入れてきたと言う。

旦那様の言葉を聞いて・・・・

「そう言えば、昔、世界を飛び回る仕事をしたいって思った事がありました。
そして、今、こうしてあちこちに行くチャンスをもらってるんですよね」

それは、本人が思い描いていたのとは少し違う形のものらしいが、よく考えると自分の夢は実現しているのだと言う。

「ちゃんと手に入れているじゃないですか」と旦那様が笑って言う。

実は、こうして自分が手に入れている物を意識しないでいる事って意外と多いんじゃないか・・・なんて思ったりして。

今、自分が持っているもの、自分がいる場所。

いつか、どこかで自分が決めて選び取って来た結果以外の何物でもない。

「要は、自分がそう思ったかどうか忘れてしまったか・・・
意識しないで選んでしまったか・・・のどちらかなのよね」と私。

どうせなら、自分の意思できちんと「選んで」、自分の今の周りで手に入れているものを見つめる事が出来たなら・・・

もっともっと「自分の気持ち」や「覚悟」に敏感になれるだろうし、
それに、「すでに手に入れた」ものを眺めていれば、きっと自信に繋がる。

ある意味、単純で、ある意味、一番難しい事をやってのける人。

それを「ただの運のいい人」と見るかどうかは、それこそ自分の視点次第だって。

う~ん!

気が付けてよかった、よかった(笑)
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2007.03/06(Tue)

「何故聞けない!」 

教師になりたての頃、若かったせいもあった(←いきなりいい訳・苦笑)

「私の言っている事が何故聞けないの!」

どんな言い方をしたか、どの生徒に言ったか、詳しい事は覚えていない。

だけど、言う事を聞かない生徒というのは、どこにでもいるもの。
なんで聞けないんだろう・・・。
私の言っている事は全部、貴方の為になる事しか言っていないのに。
私の言っている事は全部、正しいのに。

なんて、おろかにも悩んだ事もある(苦笑)

教師とか、「人に何かを伝える」仕事をしている人が時に抱える問題。
こんな事をいかにも簡単にやってのけるように見える人もいる。

よ~く考えてみる・・・
「私が誰の云う事なら聞くかな・・・」ってね。

そしたら、少し分かった気がした。

人は内容が正しいかどうかでその人の言う事を聞くとは限らないってね。
それに「正しい」事でも「誰にとって」って事で「正しさ」は変わるかもってね。

それともう一つ、「失敗する前に~しないように」というアドバイスは、時に有効、時に余計なお世話だって事も・・・(爆笑)
本人にとっての「失敗する」っていう大事なチャンスを無くしているかもとも。



「この仕事を始めた頃、そう思った事があるよ」と、旦那様。

良かれと思って言うアドバイス。
そのままそれに従ってくれれば運が開くのにというもどかしさ。

「人に何かを伝える事は、相手をちゃんと見ないと間違えるのさ」

人の感覚は馬鹿にしたものじゃない。
その人が誰の為に言っているのかなんて、どこかでちゃんと感じ取っている。

それに、言われた事をすぐにやらないからって、その人が「聞いていない」とも限らない。

「~したら、って私が言っても聞いてくれないの」って妹から時々電話がかかってくる。
「う~ん、言い方やタイミングを考えてみたら?」なんて返事をしてみたけど、最近二人で気が付いた事がある。

「私が言った言葉って、伝わってたんだ~って思うわ」と妹。

「でしょ?
それって、貴方が半年ぐらい前に『聞いてくれない!』って言っていた事だものね」

「私って、意外と念が強いのかしら?」

自分の念の強さを自覚していないのは、私だけではないらしい(爆笑)
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2007.03/05(Mon)

自分の像 

大変遅まきながら、最近気が付いた事がある。

それは、「私って、ずっと普通じゃなかった・・・かもしれない(←まだ抵抗している・笑)」って事。

小さい頃の記憶とか、今まで人に言われた言葉を、ふと思い出すのだ。

その内の一つが「ずっと被っていた事」
突然の様に痛み出した頭は、薬を飲んでも止まらなかった。
ひどい時は数日痛みっぱなし。
ところが何かの拍子にポンと良くなる。

その余りの治り方に母が私に言ったものだ。
「貴方、仮病と思われるわよ」

被った事で起こる頭痛は、薬が効かないかわり、何かの拍子で被りが取れると瞬間によくなるもの。
今ならよくわかるんだけどな~。

時々あくびがでて、30分ぐらい止まらなくなる事もあった。
自然と自分で「被り」を抜こうとしていたのだろう。

自分がそんな体質であるとも知らず、MIRを取りにいった事もある。
医者は、私の検査結果を見ながら、
「立派な脳です」
・・・って誉められてもね~(苦笑)

体の調子については「被り」という事を知ってから、納得!
そして、それを祓う方法も身につけている途中。
うまく祓える時もあれば、旦那様に手伝ってもらわなければと云う手ごわいものまでまだまだ「経験中」。

最近、気になるのは、「私って普通って思われてなかった・・・」と云う事。

「当たり前だろ~」と今までも何度も旦那様から言われても、頑なに「私は普通だった」と思い続けてきた(爆笑)

「どこに行っても、敵ができるって言ってただろ?」

ああ、そう言えば、学生時代、私はそんな気が全く無いのに妙にライバル心を燃やす人が必ずいた。
スポーツテスト(←懐かしい!)があると、私の側に来て、
「私が測ってあげる」

私は、ただの親切な人だと思っていたが、友人の一人が
「あの人、貴方に妙にライバル心燃やしているわよ」と言っていた。
どうも私の記録を厳しく測り、自分がその記録を超えるまで何回もトライしていたらしい。

そんな事は、実は今でも続いている。
大学院での社会人の中でそんな事が起こるとは思ってもみなかった(苦笑)
「はい、貴方、この人と話し合って」というディスカッション。
先生から決められた相手の私を無視して、他の人と話し始める。

こんな経験をしながら、「私が変わってる」のではなく、
「この人、何だか変わった人だわ~」とかのんきに思っていた(爆笑)

なんと私の神経は鈍いのだろう・・・(苦笑)

「被る」という神経過敏と、仲間はずれにされたりライバル視されても感じない「鈍感さ」(笑)

ずっと、ずっと、自分は普通だと思い込んできたし、そう振舞っていたつもりだった。

旦那様に会いに来る人達の悩みを聞いていると、「ああ、そういう経験、私にもある」って思い出す。
その記憶が最近ある程度、溜まってきたところで気が付いた!

「ああ、私って少し(?)変わってる・・・ってばれてたわ・・・」

旦那様に勇気を持って打ち明けると、
「今頃、気が付いたの?」と一言で済まされた(爆笑)

「普通の人が、側に居れる訳がないだろ~(笑)」

まあ、そういわれてみれば・・・と思いつつ、まだ、
「いや、ばれてなかったはずだ」なんて思ったりして(苦笑)

なかなか自分で思う自分像の修正は簡単に行かないものだ。
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2007.03/04(Sun)

やるべき事・そうでない事 

何かをやるのに「時」や「タイミング」という感覚は、幾ら頭で考えても限界がある。

「じゃあ、取り合えず、何でもやってみる!」という主義の私。
結構せっかちな私は思い立ったらすぐ行動・・・。
あせって失敗する事も、少なくない(あはは)

ニュージーランドで本当にあった話らしい。
私は行った事がまだ無いが、冬にはかなりの雪が降るらしい。
ある年のある日、急に天候が変わって大雪が降った。
山には冬の登山を楽しむ人を含めて、軍の人も含めて50人近くの人が入っていたが、、当然降りられるような状態ではなかった。
急に降ったかなりの雪。
それも数日、救助も無理な天候だったという。

その50人ほどの中で日本人の一人だけが助かった。
数日後、山から一人で下りてきたと言うのだ。
当然、「どうして助かったんですか?」って質問がでる。

「やるべき事をやった後は、待ったんです。
数回、外に出ようかと思ったんですが、無理と判断。
数日してフト気が付くと、『月曜だ!仕事に行かなきゃ』って出てきました」

まあ、最後の一文は、日本人に対するステレオタイプを強調する表現だったとしても一人だけ助かったという事には間違いがない。

彼は趣味で登山を楽しむ人。
雪の中でテントを貼るにも、後で発見してもらい易いように木の高枝に印を付けるなど手順を踏んだ後は、黙ってテントの中で過ごしたらしい。

残念ながら、山を降りる事が出来なかった人は殆どがテントの外で発見されたという。

「物事にはね、タイミングと言うのがあるのさ。
やって良いって言う時と、待ちの時とね」と、旦那様。

自分では正しいと思ってやってもそれが「時」という要素を捉えないと、「正しくない」事になってしまうのかも知れないなぁ・・・なんて。

転職とか、仕事でのポジションとか、ただ前に進んで頑張ればどうにかなるって言うものではない事もある。

「ただ、今の仕事が嫌だっていう感情が理由だけではね。
同じようにただ、これが正しいっていう押し付けだけでもね・・・」

「時やタイミングを捉えるには、今やるべき事を今やれば良い。
それだけだよ。周りが動く時には動き始めるものさ」と、旦那様はよく言う。

私が一番、学んだ事の一つかも知れない。
ただし、わかっちゃいるけど、やめられない!(爆笑)とか、我慢できない(爆笑)という癖はまだ完治していない。

「のんびり、のんびり。焦っちゃ駄目だよ・・・」
って言葉で、ああ・・・そうだったと気が付く次第である(苦笑)
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2007.03/03(Sat)

誰かのせい 

人間は本能的に「自分は綺麗でありたいと思っている」。

そんな当たり前の事をある講義で「言葉の変化」という視点から聞いた事がある。

「どうして、お手洗いが色んないい方をされるのか・・・」という疑問に答える!
みたいな内容だった。

「人は不浄な場所を自分から切り離そうとするんです。
だから、『厠』という言葉を使い続けている内にその言葉自体が不浄だと感じるようになる。そして、新しい呼び方を作って来ました・・・」

そう言えば、いまや「お手洗い」という言葉さえ、デパートなどでは使われない。
トイレという言葉さえ、何となく・・・という事で「パウダールーム」とか言う名前が付いていたりする。
「化粧室」という言葉が使われた事もあったな・・・。

言葉から考えると、本来、化粧治しは人から隠れた場所でやるという意識がある?あった?のだろう。
今や、わざわざ「パウダールーム」も必要なくなる時代が来るかも知れない。

話がそれてしまったが、とにかく人は「汚いのは自分ではない」と思いたいもらしい。
そこで、何か事件が起こると、必死になって犯人探しをする。

学校の問題でもそうだ。
先生が悪い。
学校が悪い。
最近の生徒が悪い。
いや、育て方が悪い。
文部科学省が悪い。

この中から、正解を一つ選びなさい・・・みたいな(苦笑)

こんな「選択」する癖って、それも一つ選ぶ癖っていつから出来たんだろうって思ったりする。

「昔からそうさ・・・」と旦那様。
「人間の本質なんてそんなに簡単に変わらないからね」

ロジックで人の責任の所在を追及する事は、弁の立つ人なら簡単な事だろう。

「だけど、『正しい』事を証明したところでね・・・何も変わってない事も多いね」と旦那様。

当然の反応としての「自分を守ろう」とする本能からくる犯人探し。

「あんまり、意味がなかったりするよね」とも思う事が多い。

さっきの問題の答え。正解はどれでしょう?

答えは「みんな」どこかにその責任の一端を背負っている・・・。

だから、答えは「全部」となるのかな(笑)
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2007.03/02(Fri)

同じレベル? 

ある有名な女性タレントが結婚した。
って最近の事だと書けばだれかすぐ分かるだろうけど。
新婚旅行はインドらしい。

普通は余り芸能ネタは見ないのだが、フト気になってネットで記事を見た。

新婚旅行に出かける時、空港で芸能レポーターに質問された内容に激怒したらしい。
まあ、確かに激怒しても仕方の無いような質問かもね。
それに対して、彼女はブログで、「大変下品」だと反論。
でもこんなに「きれいな言葉(笑)」ではなくて、文字通り「下品な表現」だったらしい(苦笑)

人に下品と書いた自分の文が下品と評されようとは・・・
思っても見なかっただろうな・・・。

時々旦那様は、何かを読みながらつぶやく。

「自分が正しいと書いて、墓穴を掘ってるな~」とか、

「誰かを非難するつもりで書いて、自分の事を書いてる(苦笑)」って。

そんな事も含めて、観察好きな私(笑)気が付いた事!

それは、「人が感情的になるのは、自分の中にもそれがあるって知っている」から。
そして、それを誰かが目の前でやると、とてもとても許せない!!!って思うのかな?

気が付いていないけど、知っている事。
それも、気が付きたくない事だったりするから、なおさら我を忘れて・・・
というか「我を忘れたくて(爆笑)」過剰反応するのでは・・・と思ったりして。

これは今の所あくまでも仮説(苦笑)

う~ん、確かに「許せない!」とか思ってしまう事の中に自分の弱点が隠れていそうな気がするな~。

感情的になるって、本能的に反応しているって事もあるだろうし・・・とか。

まあ、この仮説が立証されるかどうかは別として、
「人は自分の鏡」とはよく言ったものだなんて関心したりして(笑)

もう少し、このラインで「要観察!」だわ(笑)
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