2007.07/31(Tue)

時間差攻撃(笑) 

旦那様が昔、無口だった事は信じられないけど事実らしい(あはは)

面接や仕事の時にそれを信じるのはちょっと無理かも知れないけど(笑)
一日中、一緒にいる私にはそんな昔の姿が垣間見える時がある。

何しろ、余り言葉にしないで黙ってPCを見つめている。

私なんか、面白い!と思ったら、「ねぇ、見て見て」ってうるさいぐらいに話しかけて、「どう思う?」なんて何度も聞いたりして。
「そうだね・・・」と言ったっきり、また黙っていたりする。
そんな私に一度もうるさい!なんて言った事のない旦那様。
本当は、そう思っていても、それも言葉に出さないのかしら?

全員が全員そうでないかも知れないが、
霊能者って言葉が足りない人が多い気がするって長い間思っていた。
いや、言葉が飛んでいるって表現が正しいのかな?
それもかなりの時間差で返ってきたりするから、
こちらが言った事を忘れてしまったら、「無視された!」
なんて思っちゃうかもね(笑)

元々、相手の気持ちや思考を読むのはそんなに不得意ではない私。
逆に、読みすぎたり、同調しすぎたりして「被る」ぐらい。
それなのに・・・読めない・・・
自分がそんな感覚を持った人は、知らない内に自分が読まれると思っているのかどうか(爆笑)、読まれるヒントになる信号を殆ど出さないのだ。

「相手の頭の中を読む」って特別の能力がいる?・・・いらない?・・・
う~ん、微妙だけど、「ヒント」となるものは必ず必要だ。
例えば、その人の服装、言葉、顔の表情。
そんなものの中から少しずつヒントをもらって、「ああ・・・こうなんだな」って。

「リボンのついた洋服を着る人はね、甘えん坊が多いんだよ。
そのリボンの大きさで、その程度もわかるしね」と、旦那様。

こんな感じで、拾い集めたヒントで相手を読むんだけど、
何しろ言葉を発しない人は、とてもとても読みにくい。
普段、そこからヒントをもらって読みなれていると、
そして、普段と違って、全然入ってこない事に不安にもなるもの。
だから、初めの頃、旦那様に何を言っても反応が返ってこない時に
「聞いてるのかな~」
「うるさいと思っているのかな~」
って思っていた。

でも、暫くすると、「ああ、あの時私が言っていた事だ~」って事がある。
それも必ず、自分でバージョンアップされている(爆笑)

統計では(爆笑)、内容にもよるけど、それが出てくるまで3ヶ月程。



実は、妹夫婦も同じような感じだ。

「ちっとも言う事を聞いてくれないの!」って電話がかかってくる。
そして・・・半年ぐらい経つと、「とうとう、始めたわ」だって(笑)


どうやら、言われた事が自分の「絵」にはまるまで行動しない。
って、主義みたい・・・(笑)
「って言うか、それまで動けない、説明もできなんだよな~」と旦那様が後で言う。

確かに「絵」に当てはめるのは、きっと難しいし、
「絵」を言葉で説明するのは、もっと難しいだろう。

なんて・・・説明を聞くと納得するんだけど・・・
やっぱり、「これ、どう?」「これは?」って私の言葉にすぐに返事が来ない時は、
「聞いてるのかな~」「うるさいのかな~」

いいや、三ヶ月後の為の「種まき」は、
やっぱり今日、忘れない内にやって置こうっと!(笑)
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2007.07/30(Mon)

複雑 

病気になったり、事がうまく行かなかったり。

そんな人達が旦那様の元に相談に来る訳だけど、私も含めて人はどうしても原因が一つだと思い勝ち。

「何が原因なんだろう・・・」

「これかな?これかな?それとも、これかな?」

時々、こんな質問を旦那様にすると、

「全部」

って一言(笑)返ってくることも珍しくない。


例えば、体の調子が悪くなったとする。
一番大きな原因は、確かにある。
けれど、原因を探すのは、解決する為で、「何が原因か」「どれが一番大きいか」
って比較する為ではない・・・って事、忘れちゃうんだよな~(苦笑)

今でも、時々頭が痛くなる私。
頭痛でも、
熱、
寝不足、
肩こり、
目の疲れ、
そして・・・
被り

痛い時は思わず旦那様に「どれが原因?」って聞いてしまう(あはは)

よく考えれば、大体、全部かいくつかの原因が重なった時に痛くなる事が多いのにね。

「一つずつ、大きなものから原因になっているものを取り除いていくしかないんだよ」


トラブルや困った事の原因探しも一緒だろう。

原因が一つだと決めてかかると、目の前しか見えなくなるもの。
そうすると、
「この人さえ居なければ・・・」なんて、本当は原因のほんの一部にしか過ぎない物に全部、全部、原因があるかの様に見えてしまう。

「引き算で考えると駄目なんだよな~(苦笑)」と旦那様がそう云う人の姿を見て云う。

最近思うのは、「幸せ」って、引き算でも駄目。
かといって、「足し算」でもないらしいって事。

「こうすれば幸せがやってくる・・・」みたいな文句で、色んなものを手に入れてもそれでも一杯にはならない。

「人って、複雑だわ~」

「だから面白い」と又、旦那様から一言で切り替えされてしまった(苦笑)

納得!って返す言葉が無い(あはは)
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2007.07/29(Sun)

書く事 

昨日はブログをお休み。
私にとっては「休む」という事は、時に続ける事より難しかったりする(苦笑)

「~を毎日やろう!」って決めて始める。
その内、毎日やる事が目的になってしまったりしてしまう事に・・・
・・・って、こうやって「目的」を忘れてしまって痛い目(苦笑)に
何度も会ったのに、それでもなかなか治らない癖(笑)

毎日書かないと、その前にやった事「全部」が消えて無くなるような気がしたりするのだ。
何でも三日坊主で終わるんです!って人から見れば、続けられるだけいいじゃないと思うかも知れないけどね。
けれど、これって意外と落とし穴(苦笑)
続けていても意味が無いほど、ただ繰り返したり、書いたりするって事になる。
なにより、「心」は「やっているから大丈夫」と、やっている事で満足してしまうのだ。

そういえば、生徒の中にいたな~。
ノートには美しい!とか、よくこんなに沢山書いたなぁ~とか云うものが書かれているのに、頭の中には書かれてない(あはは)
試験をすると、出来ないから、本人は悩む!ってね。


「書くのはいいけどね、無理して書いては駄目だよ」と、旦那様から言われたら、
頑張って「書かない」事にしているのは、

物事には「量」(毎日続ける積み重ね)が大切な時と
「質」(何の為にやっているのか)が大切な時と
両方あるって思うから。

「決められた事」の出来る人(量をこなした人)には、
「その事を目的どおりにやっているか確認する」って事が大切だって、
旦那様は「空手」の練習でも「護身法」でも、何でも同じ事だと云う。

私は「頑張って(苦笑)休む日」を「空気穴の日」と呼んでいる。
ほら、ビンでも袋でも、何かを中に詰めようとしたら、ちゃんと中に入っていた空気を抜ける部分が無いと、ある程度でそれ以上は、入らなくなるでしょ?
あんな、イメージ(笑)


今日、英会話を教えていて、(会話だけでなくて書く文も教えるんだど)
「書く人」が「書く文」にどれだけちゃんと現れているか・・・
またまた発見して、大笑いした(あはは)

ビジネスの文に個性が出すぎていたり、
自分らしさや気持ちを伝えたいのにドライに書きすぎたり。
結構、自分で気がつかないうちにやっているもの。
そして、それはその人の性格や仕事の仕方によく出ている。

ちなみに旦那様の文は、時々、日本刀でばっさり!(苦笑)って時がある。
そして、時には「深い!」「う~ん」ってうなる文がそれに混ざる。
・・・と分析しているが、如何でしょう?

私がメールの翻訳をする時にも一番、気を遣うのは、「その人(頼まれた人)の色を
出す」と云う事。

「自分で無理したり、背伸びしたりして書かない事だね」と旦那様は云う。

「無理するから、間違った言葉の使い方をするんだ」
いやいや、言葉の使い方に厳しい旦那様(君もだ!って聞こえた・笑)

「書くのも話すのも、そして生き方も、自分らしくあればいいのさ」

自分らしい文、自分らしい言葉・・・一番、伝わるんだよね~。
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2007.07/27(Fri)

命日 

今日は祖母の命日だ。

旦那様に供養をしてもらう。
自分の祖母ながら、まあラッキーな人(笑)とか思ったりして。

一年ぶりの祖母は相変わらずと言うのも変だけど、修行中だった。
よく人が亡くなったら、仏になるという表現をするけど、
正確にはそれは、ちょっと違うらしい。

「成仏するとは言うけど、拝む対象の仏とは違うよ」

そりゃあそうだわ~。
亡くなった前の「体」を持った人生から解き放たれても
全てが「ほどける」訳ではない。

色んな修行を重ねて、悟った人にすぐになれる訳がない。

生きている間は「体」を持って修行する。
亡くなってからは、「心」の修行が続く。

「ある意味、修行は永遠なのさ」と、気が遠くなるような事を旦那様が呟く。


今でも時に勘違いする事があるんだけど、悟ればそれだけ「いい人」になる・・・
って、心のどこかで思ってしまったりする事がある。

だから、悟ったら「悩んだり」「修行したり」しなくていいのだろうなんてね。
悟った瞬間に、全てが解消・・・あら~消えてしまうって事?(苦笑)

ちょっと違うわ・・・。

悟ってもいい人になる訳じゃないんだな~。
少しずつ、本当の意味で「自分」が分かり始めた今感じ始めた事。

「いい人になろうと思って、修行をしたり、悟ろうとすると何だか苦しそう・・・」
ってね。

人が色々な経験をして、色んな事にぶつかったり、悩んだりする。
それにそれなりの理由があったと、それなりの意味があったと、
理屈じゃなくて、受け入れる事が出来る・・・(ああ、難しい・笑)
そんな感じかな???

「誰でも一度は陥る所なんだけどね」と旦那様も言う。

こう云う時、私は急に現実主義になる(爆笑)

「急がなきゃ・・・体を持っている内に解消できる事は何でもやっておかないと!」
って、思っちゃう(あはは)

それも「楽しんで」やらないと・・・。
って、頭で考えるとどこかに義務感みたいなものが出てくるからややこしい。

そんな意味でこの世の修行は難しいなぁ。

きっと、あの世の修行は「体」が無い難しさがあるのだろう。

「おばあちゃん、頑張って!」
つい、励ましてしまった私(苦笑)
聞こえたかどうかは分からないけど、
伝わる事は伝わるようになっているらしいから・・・

きっと、伝わったと思う。
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2007.07/26(Thu)

薬 

「薬を飲んでも、塗ってもね・・・結局は、自分が治すんだよ」と、旦那様。


どこか、調子が悪くて薬を飲む。
その薬がその病気や怪我を治してくれると思ってしまう。

けれど、よくよく考えて見ると、
何かで切れてしまった皮膚を「薬」が新しく作り出せる訳じゃない。

風邪を治す薬はないってよく言われるけど、他の薬だって、同じようなものかも。

痛みを止める薬も、痛みそのものを無くしている訳じゃない。
痛みがなくなるまでその痛みを遮断してくれているのだろう。

薬を塗って、飲んで、その間に・・・体は元に戻ろうとする。

「結局ね、自分の体が治しているんだよ」

脅威としか言い様のない体のバランス。

常に体の外から来るものと「闘い」ながら、健康な状態を保とうとする。

病気は「どこかが悪い」と言うよりは、その人が健康ならば、
どこかが悪いのを整えるまでの「アンバランスな状態」なのかも知れない。

「結局、自分の事は自分でやるしかないのさ」

心の状態も同じだと旦那様は言う。
人は本当は常にバランスの取れた状態に戻ろうとする「本能」を持っているはずだって。

「アドバイスを聞いたり、本を読んだり、学んだり・・・
でもね、最後の最後は、本人がやるか、やらないか自分で決めるんだよ」

その選択が、健康な状態になろうとする正常な判断だったら問題ないんだけど・・・。

病気になると、心が病むと、そのバランスを益々崩してしまうとか、
バランスを元に戻そうとする「体の声」が聞こえなくなる。
そして、限界を超えた状態は元の体に戻ろうとするバランス感覚さえ働かない状態になってしまうらしい。

「どうやって体の声を聞けばいいの?」
当然、次に聞きたくなる質問(笑)

「自然に、自然に。これこそ自分に一番聞こえるはずだから」

うっ・・・こっちの方が難しそう・・・って思いません?(苦笑)
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2007.07/25(Wed)

見ているもの(2) 

旦那様とデパートに行くとよくよくある事。

「あら、これはいいわね。手触りは・・・」
必ず触って確かめる癖のある私。

ふと、視線を感じて後ろを振り返ると、旦那様。

「また、同じ物を見てる(笑)」

長い陳列棚にある沢山の商品。

見ているものが同じなのだ。

・・・そういえば、この前結婚した旦那様の弟子も
「同じ物を良いって思う事が多くて・・・」って言ってたな・・・。


よく、結婚式なんかで
「どこが良くて結婚を決めましたか?」みたいなお決まりの質問(苦笑)

きっとこの質問は「お互いのどこがいいと思ったのか」って事を聞きたいんだろうけど・・・
この質問には、二人とも困ってしまったのだった・・・。

何が・・・って答えられない。

敢えて言えば、「見ているものが同じ」って事。

勿論、デパートに並ぶ商品の事ではない。


よく、夫婦の問題とかで相談を受ける時。
「こうしてくれると・・・」
「ここが気になって・・・」

まあ、相性の問題と言ってしまえばそれまで。

だからこそ、自分の「横」にいる人の「ココ」や「ソコ」ではなくて、
相手と同じ「向こうの方」を見ていけたら・・・
きっと少しはうまくいくのにな・・・。

って思っていると、旦那様も同じような事をアドバイス。

「どういう家庭を作りたいかって事をまず話し合う事が大事ですね」
って具合にね。

見るべきものは、お互いではなくて、「先にあるもの」だったりするのかも。


相手に変わって欲しい。

まあ、そう思わない人が居たら希少価値かも知れないけど、
相手から言われて、そう簡単に変われないのは、貴方も同じ(あはは)
「私は変わらないで・・・貴方が変わってよ」って思っているのかもね~。
(相変わらず、きつい私・笑)

そうそう、さっきの新婚さんの奥さんにこう聞いた人がいた。

「まあ、旦那様は何でもいう事を聞かれるのね~。
旦那様の操縦の仕方、教えてくださらない?」

私の目から見て、彼女は「操縦しよう」なんて一度も思った事はない。

そして、いつもちょっと先やずっと先を見て、
「あれって、いいと思わない?」
「あれいいよね~」

本人曰く、「側にいるのを楽しんでいるだけなんです~」

いやいや、彼女の旦那様は幸せ者だ事!(笑)
EDIT  |  02:10 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/24(Tue)

外見 

「僕は平和主義なんだ」
と、旦那様が言う。

これを聞いて、一体何人の人が
「そうだ、そんな人だ、そんな風に見えるもの」
って思うだろう(爆笑)

旦那様が怖く見えるかどうかのコメントは差し控えるけど。
(・・・って怖いと言っているのと同じだわ・笑)

いつか、ここに子供が遊びに来た時、不動明王を見て、最初
「怖いね~」と近寄らなかった。

「どうして?」と聞き返す私。

「だって、怖い顔してるもの」

「怖い顔をしている人が怖いの?本当は、とっても優しいかもよ」と言った私の言葉に
「真剣に怒っている人は怖い顔をするけど、心は優しいから怒ってるんだよ」
と、旦那様が付け加えてくれた。

暫く、その子は他の事をして遊んでいた。
そして、暫くして、
「この人、本当は優しいんだよね」と言う(笑)

「じゃあ、もっと近くで見てみようか?」

その子は素直に近くでジッと見つめていた。

「怖い?」と聞くと、首を横に振った。


教師だった頃、やっぱり生徒を怒らないとと思う事が沢山起こる。
どこで怒って、どこで怒らずにおくか・・・。
神業だわ~って思った。
やたらに怒っても、どんどん生徒はいう事を聞かなくなる(あはは)

そんな中で一つだけ決めた事があった。

「今だと思った時は、心の底から怒ろう」って(苦笑)
その瞬間だけが、きっと私の心が通じる瞬間だと。


「怒ると疲れるよね~」と旦那様が言う。
時々、「なにやってるんだ!」って旦那様が弟子を怒る。

怒られた事のある弟子は、「先生が平和主義?」って思えもしないだろう。
というか、余りの怖さにそんな余裕は無い(あはは)

「ああやって怒っている時はね、ある種のショック療法(笑)」
と、後で旦那様が言う。

人は何か悩んだり、囚われたりすると「止まってしまう」
それを壊すには、流すには・・・
「その時には、その方法しかないと思って怒るのさ」

でも、私ぐらい(笑)しか言えないから言って置こう。

本当の、本当は、旦那様は平和主義だ。
(って、こんなになんで強調しなければいけないんだろう・笑)

「怒る」事が平和の対極にある訳ではないんだけどね。

人はじっくり付き合ってみないと分からない。
どうしても見かけで判断してしまう部分があるから。

今日、旦那様とちょっと近くまで出かけた。
どう見ても、日本語を話しそうにない外国人。

「それは~だよ~」

いや~流暢な日本語!
思わず二人で振り返ってしまった(笑)

外見に囚われるな・・・だねぇ。
EDIT  |  02:26 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/23(Mon)

見ているもの 

「何の為にこの勉強を始めたの?」

私が、大学院の課題で頭までPCに突っ込んで、しかめっ面(笑)している時に
よく、よく言われた言葉。

・・・ああ、そう言えば、私の目的は「この課題を終わらせる」って事じゃあなかった・・・

単純な事だけど、凄く大切な事を思い出させてもらったのは、一度や二度ではない。

初めは英語が話せるように自分がなりたいと思った。
それから、どうやったら「わかりやすく」教えられるかに興味が移った。
「わかりやすく」は、相手のある事。
当然だけど、相手の頭の中を読まないと、「どうすれば」は読めない。
そうやって読んでいるうちに「なんて人間の頭の中は面白いんだ!」って(笑)

同じ様で違う。違う様で同じ。

言葉の教え方を通して見る人間って、いろんな事を教えてくれる。

言葉で話しているのに言葉だけで会話をしている訳ではない事も、
またまた、物事を複雑にしてくれる(あはは)

究極、私は「英語」を通して、その先にある「人」に興味津々。

それなのに・・・
課題が目の前に来ると、それをこなすって事だけしか「見えなくなる」


同じ課題をこなして、その出来を評価されてもされなくても、
「何を見て」課題をやったかで、その後に自分の後に残るものが、
凄く、凄く、違う。

今日は勉強会。
その中で話される話題は、様々だ。

人との付き合い方
職場での問題
仕事のこなし方

でも、その先に「どうやったら囚われずに」「どうやったら幸せに」生きて行けるか。
皆が真剣にその「課題」に向き会う時間でもある。

「トラブルや問題をテクニックで解決しても意味がないんだよ」と、旦那様。

何時間もこんな言葉をキラキラした目で聞いている人達。

時には、自分が見ようとしているものの余りの大きさや、そこに到達する遠さにイライラしたり、ため息をついたり・・・。

「そんな時間にも、どんな経験にも全部意味があるんだ」

だからこそ、「何を見るのか」って事。
だからこそ、「何の為なのか」って事。

忘れずに、思い出せたらいいなぁ~。
EDIT  |  02:39 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/22(Sun)

誕生日 

今日は、私の何十何回目の誕生日。

朝から、どこからかプレゼントが届くかもと思ったら、
大学院の卒業証書が届いた!
やっとこれで一区切りだぁ~。
何よりのプレゼントだわ。

思えば、ずっと長い間、大学院にいつか行きたいと思って、
粘ってあきらめずに、今じゃなくてもいつかは行けると、
自分に言い聞かせた。

留学のチャンスが来た時も大学院の授業を取ろうと思えば、
取れたかも知れないけど、それはせっかくの海外での「勉強以外での経験」を
あきらめる事と一緒だった。

勿論、そんな事、この私ができるはずもない(あはは)

それから、思いもかけずチャンスがめぐってきた。
「大学院に通っていい?」
旦那様の答えは「やりたい事はやりなさい」

やった!これで通える。

ところが、始まってみると大学に行くだけで異常に疲れる。
というか、駅から数分歩いて大学に着く頃には、ヘロヘロ。
立っている事も出来ないぐらい。

「あの辺りは空気が重いからね~」

旦那様にありとあらゆる身を守る法を聞いて、全部やった。
それでもひどい時は頭が全く止まってしまう。
授業の内容が分からない・・・それもあるけど、明らかに被っている。
そんな状態でも「面白い」事は面白いと色んな発見をした。

毎日通う訳ではないから、情報を仕入れる最低限の人間関係も欠かせない。
大学院に通う思ったより大変な人達のストレスも吸いながら(苦笑)、
助けてもらう事は助けてもらい。
助けてあげられる事は助けて、どのコースも無事修了。

勿論、この間にレポートや課題でPCに頭まで突っ込んでパニックになる事、
一度や二度ではなかった。
その度に「言葉って何の為に使うの?」
「何の為に勉強しているの?」って
旦那様に思い出させてもらって、原点に帰る事が出来た。

思い返して見れば、「勉強した内容」以外の修行とも言える事が
沢山あったと振り返る。

昔、大学院に行きたいと思い始めた頃、今の私が想像出来たかな~?
って考えると、

無理!の一言だわ~。

これから先の私を自分の視点で想像してもきっと見えないだろうなぁ・・・

逆に、色んな変化を恐れて、「このままでいいや」「このままがいいや」
って考えた私の未来は、不思議だけど、そして、そうはならなかったけど、
簡単に想像がついたりする(あはは)


ある日ある時、「どうせ生まれて、どうせいつかはこの私の世も終わる時が来る」
なんて、またまた壮大な(爆笑)事を考えた時があった。
「それなら、できる事は、チャンスが来たらやろう」って自然に思えた時があった。

チャンスを次々、迷いなく掴んでチャレンジする。
こうしたチャンスを活かせば生かすほど、未来は見えにくかったりする。
だって、その事で何が起こるかなんて法則、余りに複雑だわ(苦笑)

まあ、チャンスを活かそうなんて思う余裕はやり始めると、全然ないのが普通だけど(笑)

「未来を予測するなんて、簡単さ。

変わる事を恐れる人の未来はね」と、旦那様は言う。

ねぇ・・・私の未来、旦那様には見えるか聞いてみようっと!

「なにしろ、何をやるって言い出すかわからないからなぁ~」って答えが返ってきそう(爆笑)

それって、未来を読む以前の問題だわ~。
って、自分でも思う。

私の未来は読めない。
だから、面白い!
EDIT  |  02:41 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/21(Sat)

何のせい? 

海外旅行に行った事のある人なら、一度や二度はあまり気持ちの良くない経験があるかも知れない。

「英語が話せないから・・・」
「英語がぺらぺらなら・・・」

そして、中学や高校でやった「英語の授業」を思い出す。

「あんなに一生懸命やったのに・・・」

だけど、もしもその見知らぬ土地で日本語が通じ、同じような事があったら、ちゃんと対処できるだろうか。

「滞在の目的は何ですか?」

入国する時に必ず聞かれる質問。
この質問は勿論、勝手に国に入られて仕事をする事が無いようにと
一応、聞かれるんだけど・・・。

もし、相手が何を目的に質問しているのか知らないで、突然に
「滞在の目的は何ですか?」とか聞かれて、
「貴方にどうしてそんな事聞かれなくてはならないの?」
なんて、返事したら、即刻、帰国!って事になるかも(爆笑)

つまりは、ある場所で話されている言葉には
ある場所の決まり事があって、それに従えば殆ど問題は起きない。

「質問に答えられない=英語力がない」って事ではないと思うな~。

そういう私も20年以上前、初めてアメリカに行った時、こんな事を知らないで
その質問にどう答えていいか分からなかった(若かったな~)

「え~っと、いくつかの家にホームステイする予定で、
でもその間にいくつかホテルにも泊まるし、目的と言えば・・・」と考えたりして(笑)

こんな相手にとってはどうでもいい事を考えているから、言葉も出ない。

「英語の勉強ちゃんとしてから来ればいいのにね~」なんて入国管理の人が
隣の人に話しかける。

その英語は分かるから、余計に話せないのが悔しい。
って「話せない」だけではなくて、「相手が何の為にその質問をしているのか」
って知らないから起きたトラブル。

ああ・・・懐かしい経験だ(爆笑)
その経験のお陰?で今に至っているから、まあ、いいか!でもあるけど(笑)

何かが出来ない、何かでトラブルが起こる。
そんな時、人はその原因を探す。
そして、そこに本当の原因が無くてもあっても、勝手に(笑)傷ついたり、
勝手に腹を立てたりするものだ。

原因の捉え方が充分でないと、その対処も充分でないのは当然。
だから、必死で何時間も英語を勉強しても、やっぱり入国審査で
口ごもってしまう・・・って事に。

「人間の心は、かくも複雑(笑)」
今日、旦那様が呟いた言葉だ。

うまく行かないのは「~のせいだ!」と思って、
そのトラブルからなかなか抜け出せない・・・

そんな時、ちょっと立ち止まって考えてみるのも一つの手かも知れない。

「本当の理由はこれだけじゃないかも知れない・・・」ってね。

この一歩がないと、なかなか先に進めないとも旦那様はいつも言う。

そして、一番大事な事は「自分を守ろうとして、見落としている事があるかも?」って視点。

でもね・・・そうやっているつもりでも、自分の心を自分でコントロールできないと、これって見ているつもりでも、本当に見えない。

本当に見えて無かったわ~って、今更ながら昔の事を思い出して赤面するしかない(笑)

だから、「今の自分に見えない事がある」って事だけは、素直に認めよう!って。
自分で決めている事の一つ。
EDIT  |  03:07 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/20(Fri)

もし~だったら 

基本的に「もし~だったら」という話は旦那様は余りしない。

「だって『今』が全てだもん」

「もし~だったら」って言うのを手を変え、品を変え聞き出そうとするけど、
・・・無駄だ・・・(笑)

「もし~だったら」という仮定の話をしてもねぇ・・・。
思って『今』が前向きに変わるんだったら、幾らでも考えるけど。

現実的な考え方をするわ~。
って、私も人の事は言えない。

確かに過去の事を思い出して、「もし~だったら・・・」と思わない事も
ないけど、よくよく思い返して見ると、「あれが私の精一杯だった」と
素直に認める以外にない。

「もしもう少し勉強していたら」
「もしもう少しきれいだったら」
「もしもう少し頭がよかったら」
「もしもう少しお金があったら」

幾ら思っても過去は帰って来ない訳で(苦笑)


そんな旦那様が、珍しく「もう少し体格が良かったら・・・」と言った事があった。

でも少しして付け加えたのは、空手をやるのに
「こんなにスピードを付ける事を真剣に考えなかっただろうな~」
「どうやれば、この体重で自分より大きい人に勝てるかって
考えなかっただろうな~」

あくまでも「前向き」である(爆笑)

「もし~だったら」を心の中のどこかに封じ込めて、そのままにしていると、
無意識の内にそれは「コンプレックス」となってしまう事も珍しくないと言う。

「自分で意識していないだけに、その種のコンプレックスは厄介なんだ」

時に人を批判したり、
時に人を遠ざけたり、
時に人を馬鹿にしたり・・・。

自分で自分のコンプレックスの裏返しの行動だと気がついて居ないから、
自分で治すこともできなければ、ちょっとでも人がその域に入れば、
「攻撃!」になったりするから、手に負えない。

・・・とは言え、ちいさなコンプレックスは誰でも持ち合わせている。

だから、努力したり、練習したり、他の分野で勝負しようと工夫したり。

「コンプレックスも大いに結構! だたし、バネにするならね」


いやいや、かつての空手の練習の内容を聞いていたら、
バネどころか、ロケットの燃料と言った方がいいのではないかと思えるわ(苦笑)

で、実際、ロケットを飛ばす燃料が整ったところで思ったらしい。

「人を殺せる程、強くなりたい!って思ってたんだよ」
(あらら、相変わらず過激・苦笑)

「でもね・・・気がついたら、殺さなくても人はいつか死ぬって気が付いた(笑)」

さて、さて、貯めた燃料はロケットを飛ばす為に使われなかったとすれば・・・

ああ・・・まだ、旦那様の中に残っている・・・って事になるぅ。

あの・・・そのエネルギー、できれば平和利用に使った方が・・・

「ちゃんとそう使ってるだろ?」

「うん!」ってすぐに答えられない私が居たりして(爆笑)
EDIT  |  02:16 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/19(Thu)

八方塞がり 

「ああ、八方塞がりだ・・・」
昔、自分ではどうしようもないと思う事が起こった時。
何度か、そう思った事が私にもあったな・・・。

自分の今の状況から抜け出すのに何の方法も見えない。
黙って我慢するしかないのかしら・・・。
って具合にね。

今、その時の事を思い出して見ると、
幾らでも方法はあっただろうし、
「どうにかして、逃れたい」って事をどこかで
考えてたかも知れないと認めたくないけど、あったよな・・・(苦笑)

そして、よくよく思い返して見ると、
「八方塞がりだ~」ってこの世の終わり(苦笑)のような問題でもなかった
のにな・・・なんて思ってしまう。

何かが足りなかったのだ。

それは、その問題に立ち向かう「覚悟」への姿勢だったのかも知れない。

自分の持っている何かを捨てても必ず解決しよう!って決心しているつもりでも、
「これは、ちょっと」とか「これは、どうにか」なんてどこかで考えている。
だから、なかなか出口が見つからなかったのかもね。

「霊能者には特にね、そういう出口がないって事が起こるのさ」と、旦那様。

「~のためには、全てを捨てても~するしかない」
その覚悟がちゃんと出来るように、色んな「逃げ道」の扉は全部閉じられる。
見事に目の前でピシャ!っと閉じられた感覚(笑)
「これも駄目なの?」って誰ともなしに言ってしまいたくもなるもの。

自分では逃げているつもりがなくても
逃げて、
逃げて、
ちゃんと解決しないまま、どうにか乗り越えた気になっていると・・・

「例えね・・・その時逃げられても、必ず又同じ様な事が起こるんだよね」
と、旦那様が言う。

ははぁ・・・その通りです(涙)

見事に又、同じような問題が降りかかってくるのだ。

どうやら、人生の問題には「飛び級」はないらしい(苦笑)



「やるしかない時はやるしかない」
こんな経験を沢山して来たと言う旦那様。

「どう考えてもね・・・一つしか道がなくなるんだよねぇ」

その道を進む覚悟を決めたら、やるしかない。
そうでないと、知らない内に自分に付いてしまった
本当はいらないのに、捨てられないものが捨てられない。

そして、本当に「捨てて」初めて、

何も捨てていなかった事に気が付く。

・・・っていう、こんな「からくり」

八方塞がりを何度も経験しないと身に付かないなんて、
結構、人は不器用?なのかも知れないなぁ(笑)
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2007.07/18(Wed)

夏の特訓 

いやいや、今日は何だか、「夏の特別特訓」みたいな一日だった(笑)

参加しま~~~す!
なんて、誰かに返事をした覚えはないんだけど(あはは)

時々だけど、まるで「どこまでできるかな?」って誰かから(誰だろう・笑)
試されている様な日がある事に気が付いた。

いつか書いた事があるが、守護霊を持っている人にはこんな日々が必ずある。

よく、「貴方の守護霊は・・・」みたいな表現があって、
守護霊がついていれば、「悪い事が起こらない」とか
「守ってもらえる」みたいなイメージがあるけど・・・

とんでもない!(失礼・笑)

旦那様が言う。
「そんなに簡単に守護霊がつく訳ないだろ?
付くには、付くだけの理由が必要なんだよ」

いつも言うけど、霊の世界は、法則どおり。
だから、その法則を人間が理解できるかどうかは別だけど、
ちゃんと法則どおりに動いている。

「こいつは成長する見込みがある。
ひとつ鍛えてやるかって、守護霊が鍛えてくれるのさ」と、旦那様。

そうだよな・・・
理由も無く、ある人を助けるなんて、意味の無い事ある訳がない(苦笑)

それに『守護霊』ともあろうもの、
「何」がその人の本当の助けになるって事、
分かって居ない訳がない(あはは)

終わった後に「ああ・・・良かった・・・」って心の底から思えるものには、
必ず、「自分でやった」「努力した」なんて、自分で自分を誉めたくもなる程の
事だったりするのだ。


この「特訓」を経験した事のある人なら、一度は「もう結構です」と
断りたくなる、集中講座にこちらの都合などお構いなしに参加させられる。

そして、一度は「これって、ピンチじゃない?」とか、
「本当に最後までやれるだろうか」とか
「もう駄目だ~」なんて弱音を吐きたくなる様な段階が来る。

「守護霊」という言葉の響きとは一致してない・・・
と経験者は語るだろう(爆笑)

「いや~、やっと終わったかと思ったら、『さて、そろそろ本番に入るか』って
次のステージが始まりました(苦笑)」って人も(笑)

「やっとココまで来たかと思ったら、『はい、次』って簡単に永遠に続くよ」と
旦那様は笑って言う。

この言葉を聞いた人が「ああ・・・そうですか・・・あはは」と言いつつ、
引きつっていた事は言うまでもない。

さて、それでも守護霊が欲しいと思うか、思わないか・・・。

安心あれ!
これを読んで、「ちょっと・・・」って考えるような人には守護霊はつかない事に
なっています(爆笑)
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2007.07/16(Mon)

目の前にあるもの 

目の前にあって、自分の手にあるもの。

これって、「恵まれている」という単純な話ではないと、最近子供と遊んでいて思う。

何時でも、自分が遊びたい時に目の前に「それ」がある。
ゲーム、おもちゃ、ビデオ、絵本。
沢山あればある程、それから何かを感じるって事もあるんだろうけど、
何しろ、一緒に遊んでいても、ちょっと飽きると次に興味が移る。
一般的に言うところの「集中力に欠けている」ってやつ。

子供だけではない。
沢山のテレビ番組で沢山のチャンネル。
どれを見ようか・・・。
チャンネルをつい、色々変えてしまう。
どれも少しづつ見たんだけど・・・結局、何を見たっけ?って事に(苦笑)

「目の前にある」って事は、「探す必要がない」「作り出す必要がない」って事でもある。
一つが駄目なら、もう一つ。
次があるさ・・・って、ずっとそんな思考回路のままでいる事を自覚する事も余りなかったりする。

一枚の紙と一本のペン。
それだけで、何が出来るか。
何を生み出せるか。

こんな事を「やりなさい!」って言われると、
「沢山のもの」に囲まれている場合、苦痛でしかない(笑)

・・・という私も英語の指導方の中でこの苦しみ経験済み(苦笑)

一つの教材でどんな教え方があるか。
どんな世界を広げて、何を教えるか。
やってみると、初めにこんなに苦労することもないし、
こんなに色々あるものだと、他人のアイディアを見て感心!

はっきり言って、無限だわ~。
だから、教える相手の頭の中に一番あっていると思う教え方を
作り出すのが・・・苦しくも面白い。



今、「目の前にあるもの」は、昔は「目の前になかったもの」

誰かかが、「こんなものあったらいいな~」って考えて、
「どうすれば、作れるのかな~」って考えて、
「どうにか、作ろう」って工夫して、
・・・そして、今、貴方の目の前にある。

沢山の物に囲まれていると、そんな自分の力を出すチャンスがなかなか来ない。
次に、次に、って知らない内に、全部、目の前にあるものに向けられてしまう。

「子供の遊び道具は、極力減らした方がいいです」
最近、旦那様がよく口にする言葉だ。

「一つの時間には一つの遊び。
それで、どれだけ色んな事が出来るかって、一緒に遊んでください」

これって一緒に子供と遊んでみるとわかるけど、
遊びを作り出すって親の創造力の訓練にもなる。
つまり子供の為だけじゃないって事。
初めは、私が苦労したのと同じように、その発想が難しい!って思っちゃうかも。

でも、そんな時は子供と一緒に考えるだけでいい。
子供の持っている創造力の大きさに驚く事もしばしば。

子供は大人が思っているより、ずっと色んな事を知っている。
というより、違うものを感じたり、見たりしている・・・。

「目の前にあるもの」から、「あったらいいな」「面白そう」って事を作り出す。

結局、仕事も、生き方も全部、そうやって自分で作っている。

そんなヒントを子供からもらえるかも・・・

なんて、変な下心なく子供と遊んで今日も思う。

「子供は天才だ!明日の未来は明るいわ~」(爆笑)
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2007.07/15(Sun)

それぞれの筋 

「ちょっと、こんな事があったのよ!頭に来た!」とか
「ちょっと、むかついたわ~」とか。

そんな経験誰にでも一度や二度はあるだろう。

友達でも誰でもいい。
「~に来ない?」と誘われる。
本当はあんまり興味ないんだけど・・・
(苦笑)と思いながら、付き合いもあるからと、
「そうね・・・」と答える。

暫くして、約束の日にちが近づくと、
一体何時にどこに行けばいいのか聞いて居ない事に気が付く。
何があるのかと、日にちは知っているけど、その他の事はわからない。

電話をして聞く。
「私もよく分からないから、後で電話する」
・・・と、言ったまま、かかって来ない!

「頼まれて行くのに・・・」って心のどこかで声がする。
「その日にその予定が無ければ、あれもこれもできるのに」と思う。

直前になってかかって来た電話。
始まる時間を聞いて、「え!そんな遅い時間?行けないわ」

「それじゃあ、困る。もう、皆に来るって言ってるから」



「ちゃんと電話をする」「きちんと約束をする」人にはその人の筋が通っている。
当然だ。真面目に約束を果たそうとする人はいい加減な返事や約束の仕方が気に入らないのだ。

で、こんな話を聞いたら、
「そうよね~、いい加減よね~」と、答えていた私。
実際、こういう約束をする時には、ちゃんと守るって決めている。
(ちなみに旦那様は、もっと約束事には厳しい!苦笑)

だけど最近、「相手には相手の筋」が聞こえて来るのだ。

「ちゃんと、日にちは言ったじゃない!」
「私だって、忙しいのに時間を知らせる電話をわざわざしたのに!」
「直前になって、行けないなんて信じられない!」って具合にね(笑)

人は、それぞれ「自分の筋」の中で生きている。
「私がこうしていれば・・・」
って、余裕を持って考えられなくなる時がある。

そんな時に、こんな「ムカ」っとする事が起こってしまうのかな~。

「よく、人間らしくとか言うけどさ、動物の中で人間が一番勝手だから」と旦那様が言う。

そう言われて「はっ」とする。

自分の意思があるという事は、自分の解釈で生きているという事でもある。
いろんな自然な法則や流れを曲げてでも、
「こうしたい!」「こうなりたい!」

それは、「あってもいい」どころか「ないといけない」ものでもあるけど・・・

自分の考えだけが正しいと思うと、
自分だけの考えを通そうとすると、
旦那様の言う、「立派な、人間らしい、人間」の出来上がりだ(あはは)

一つの出来事には、それぞれの「見方」がある。

それを少しでも感じられる様になったら・・・。

それでも・・・こうした事が起こらないって事にはならない訳で(苦笑)
「~出来たら、~が無くなる」って法則、結構、自分の頭の中で作った勝手な法則だったりしてね(苦笑)

それより、「相手には相手の都合や筋があったのね~」
ぐらいで、終わらせる事の出来る私は、お気楽な人だわ(爆笑)
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2007.07/14(Sat)

未来の読み方 

貴方の未来は・・・って言われて、
聞きたい!って思う人と
聞きたくない!って思う人と居るだろう。

そういう私だって、時々、「これからどうなるんだろ~」なんて未来を覗いて見たくなる時もあれば、「未来は今の延長線上」って妙に納得して、知らなくても平気な時もある。

例えば、貴方に誰かの未来が見える力があるとする。

そして、幸せそうなその人の未来が見えたら・・・
「きっと、幸せになります」

まあ、そのまま伝えても大丈夫かな???

そのめでたい言葉を伝えてもらって、それでも心配症な人は、
「ああ、言われたけど、病気になったらどうしよう」
「ああ、あれも心配だし」
「本当に幸せになれるのかしら」
って心配し続けるだろう(苦笑)
(あらら、幸せな姿がせっかく見えたのに~~~)

例えば、誰かの未来が見えて、それが「幸せ」とは言えない事だったとする。

「貴方は、大きな病気に罹ります」

さて、これをどう相手に伝えるか。

『そのまま伝える』

それも一つのやり方かもね。

相手がその言葉をどう捉えるか・・・によって言い方や内容も変わるだろう。

こうした未来は、当たり前の事を当たり前に見ると、見えると旦那様は言う。

「別に、特別な霊視とかいらないんだよ」
本人の持って生まれた性格や傾向・・・そして育った環境。
そんな普通の毎日の生活を思い浮かべれば、自然と見えてくる。

「君だって、生徒を見れば、その子の家庭が見えただろ?」

ああ、そう言えば・・・。
申し訳ないほど、透けて見えるものなのだ(苦笑)

どうやら、この感覚と同じらしい。

「だから、見えた、それが当ってたかなんて問題じゃないんだよな~」

アドバイスをするという仕事は、
「見える」とか「見えない」だけでは、
「当っている」とか「当らなかった」だけでは、
語れないと言う。

「だって、目の前に居る人が~になるって分かっていたら、
そうならないようにアドバイスするのが普通だろう?」

そのアドバイスが適切で、幸い「不幸な出来事」が起こらなかったら?

当る、当らない。

未来を見ている視点や捉え方って、すご~く大切だと思う瞬間でもある。

言葉を変えれば、同じように未来を読んでもらっても、その捉え方で未来は変わる。

未来が気になって、今が見えていないと、その未来もやって来ないかもね~。
ああ、今日も辛口な私(苦笑)
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2007.07/13(Fri)

良かれと思っても 

相手にとって「良かれ」と思っている事。

いやいや、必ずしも、「自分」のそう云う思い通りに行かないのも含めて、
人生は面白い。

教師として働いていた頃、
そして、今もあんまり変わっていないと思うけど、

先生の言う事を聞いて、
努力して、
勉強して、
いい学校に行って・・・

全部、本人にとってはいい事だと、指導する人間も親もそう思っている。

そうやって、教えた生徒と数年後に会う。
時々、「これでいいのかしら?」と思う事が正直あった(苦笑)

まさに、言われた様に、言われた事をちゃんとやる、そして出来る子。
社会人になっても、そのまま、言われた事を言われた様にやる、出来る子だった。

何も悪い事はない。
学歴もあり、人柄もいい。
だけど・・・楽しそうじゃなかった。

こんな時、私は、生徒の「何」を見て、何を言ってあげればいいのだろうと真剣に思った事があった。

世の中で言われている幸せの条件。

ステキな人と結婚する。
子供が生まれる。
素直に育つ。
自分の家を持つ。
生活に困らないぐらいの蓄えがある。

・・・で、幸せそう・・・じゃなかったりするから、結構、厄介だ。

幸せだと感じる条件は、その時によって
その人によって違うのかしら?

「人は幸せになる為に生きているんだ」と旦那様。

幸せになるには、既製の基準は充分じゃないらしい。
やっぱりオーダーメードじゃないと・・・ね。

社会の基準からすると、やっぱり規格外だらけの旦那様。

「これと、これが、大切で・・・」って、世の中のそういう基準を聞く度に言う。

「意味ないねぇ!」

きちんと言われた様に生きてきた人が、この言葉を聞くと固まるらしい(爆笑)

・・・でもね・・・私も最初に旦那様に会った時、同じような事を言われた気がするな~。

多分、私も固まった・・・覚えがある(笑)

「住みにくい所に住んでるね。無理するの止めたら?」

その結果が「今」・・・である(爆笑)
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2007.07/12(Thu)

その差 

「人」に集中するのか。

「物事」に集中するのか。

同じ集中するでも結構違うものだと、昨日の言葉を心の中で繰り返してみる。

例えば、自分の子供が数学ができない。

物事に集中してしまうと、「何故、できないの!」って考え勝ち。

人に集中して考えると、「どうやったら、出来るようになるのかな?」とか
「将来、数学ができなくて困るかしら?」

その結果、同じように塾に通ったり、参考書を買ってみるにしても、
きっとその行動したり、捉えたりする視点が違うと思うのだ。

例えば、何かの為にお金を貯める。

物事に集中すれば、「貯める」事が第一。
「たまらない」って事が起これば、いらいらしてしまう事もあるだろう。

人に集中していれば、「何の為に貯め始めたか」って原点に戻れる。
例え、ある時期、「たまらない」事、「どうしても使わなくてはいけない」事が起こっても、それはそれ。

新しい家を手に入れて、そこで皆で楽しく暮らす・・・
だけど、今、ハッピーになれる事があるなら、それはそれで意味があるって思えるかもね。

全部、我慢して「家を手に入れる事」だけ!を見ていると、こうは「心」は動かない。

勿論、最初の「貯める目的」自体が「人」を見て決めた事だという事が条件みたいになっちゃうけど(苦笑)
つまり、「人」を集中してみるって、一貫してないと、どこかでずれて行くわけで。

昔からそうだけど、私自身は、結構、この辺りはっきりしている。
「今、こうしたいと思って自分が決めた事」
他の選択肢があったのに・・・なんて、決める時に全部他の選択肢を消去してしまうから、幸せな性格だわ~~~(笑)

それでも「物事」に集中して、この決断をしていた頃は、やっぱりその結果にイライラした事が多かったと振り返る。

「これだけやっているのに・・・」
「これだけ頑張ったのに・・・」

「物事を処理する事」に集中している時は、「自分がやった事」と「周りの評価」が一致しないって事が多かった気がする。


周りの人に合わせなさい・・・なんて事を言いたい訳じゃない事は言うまでもないと思うけど、
「人」を見て、何かに集中する。
「自分の役割」をきちんと果たす事に集中する・・・

この視点って、結構、迷いをなくしてくれるし、
人生をシンプルに前向きにしてくれる気がするのよね~。

「あはは、君らしいや」
こんな話をする度に旦那様が言う。

でもね・・・「人」を見るって事を旦那様ほど、徹底している人もいないと思うんだけど・・・(苦笑)
EDIT  |  03:03 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/11(Wed)

今日の一言 

私の趣味の一つは、立ち読み。
本を買うのがもったいないという単純な理由ではない。
(少しはあるかな・・・笑)

偶然に入った本屋さんで
偶然に目に入った本から
偶然に開いたベージのメッセージ

偶然の様な偶然でない「言葉」て結構、心に残るもの。
一ページずつ読む本の言葉より残ったりするから人の心は面白い。

「魔法の杖」という本があるが、
何かを心で浮かべて、その本に答えを聞くと言うもの。

それを本屋、いや、町、丸ごとでやってしまう・・・
ああ、相変わらず、壮大な事を考えてしまう私(爆笑)

・・・って言ったら、旦那様が、
「いやいや、そんな事は無いよ。
昔は良く、フッと思った瞬間に時計を見て、『流れ』を観たものさ」

どうやって?って思うかも知れないけど、
ココに通ってきている人の中には「こうするんだよ」って見せてもらった事のある人もいるだろう。


今日、私が「偶然」の「必然」で開いたページにあった言葉。

「人が集中するべき事は、仕事でも事柄でもない。
自分の果たす役割、自分の周りに居る人なのだ・・・」

(本を買ってないので、正確ではないけど・・・)

「集中して、効率を上げる」

知らない内に付いてしまった世の中の常識。
大切な事を忘れさせてもくれる(苦笑)

旦那様がよく言う。
「もの」を見て、仕事をしてはいけないよ。
例え、自分が携わっている仕事が物を作る仕事でも、その先に居る「人」を忘れないように・・・

そう・・・
集中力を磨いて、身に付ける。
何の為に?ってあんまり考えもしなかった。


「ある仕事や事柄を終わらせる為」

ではなくて、

「誰かの為」
「自分を高める為」

そんな、忘れてしまった「当たり前」の事を思い出させてくれる言葉。

天からのメッセージを一つ、手の平で受け止めた気分。
これだけで、幸せな気分になれる私は凄い!(あはは)
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2007.07/10(Tue)

ゆっくり、ゆっくり 

探しものをする。
見つからない!
ない!
ない!

こんな時、旦那様に聞く。
昔、出てこなくなった物があると、旦那様の実家から電話がかかって来たらしい。
「どこにあるかしら?」

そんな話を聞いた私は、「ねぇ・・・無いんだけど。落としたカナ?」
本当に落としてしまった事も何度かある。
昔はそんな事は殆ど無かったのだが、被るようになってから、その頻度は増えた(涙)
被った途端に、手に持っている物を落とし始めるのだ(苦笑)
何も知らないで、この私の姿を見ている人は、変になったと思うぐらい。
手に持っている大きなバックだって、どさっ!っと落としてしまう。
それも何回もだ。
最近はそれを自分で分かっているので、何かを落とし始めたら、「被りを落とす時」と決めている。

「あるよ。ちゃんと探してごらん?」と旦那様。
「ああ、良かった。落としてないんだ」と思いつつ、やっぱり「ない」「ない」とパニック状態(苦笑)

「ゆっくり、ゆっくり。見えてないだけなんだから」と、旦那様が苦笑する。

そして、一回深呼吸でもして探すと・・・机の上にあったりするから自分でも笑える。
・・・って、読んで笑っている方の中にもいるはずだわ(笑)
探しても探しても、見つからない。
そして、「あら、こんな所に・・・」って一番見える所にあったりする。

パニック状態というのは、人の視野を狭くする。
時には、目の前にあっても「見ない」「見えない」って事が。


旦那様は、決して急がない。
信号では、黄色になりそうな時点で止まる。
(黄色になった時点ではない・・・なりそうな・・・時)

エスカレーターに乗って、駅に入ってくる電車の音が聞こえても、上ったりしない。

ゆっくり、ゆっくり。
急がない、急がない。

スピードが命みたいな時代。
沢山仕事が出来るのが優れた人。
早く問題を解けた人が頭のいい人。
小さい時から、学年以上の問題を解けたら天才。

でもね・・・人生は長い。
信号一つ遅れても、
問題一つ解けなくても、
それはそれで、そのスピードに意味がある。

って言われてもなかなかその価値観を壊すのは難しかったわ~(←体験済み・笑)

ある天才と呼ばれる子供がテレビに出ていた。
小学生のその男の子はすでに大学で数学を学べるレベルにあると言う。

子供を持つ親なら、いいわね~と思ってしまう所だろう。

その子供は、大学に講義を受けに行く。
何しろ小学校の授業はばかばかしくて聞けないのだ。
ところが・・・
講義の板所が出来ないから、親が付きっ切りで変わりにノートを取る。
同じ年齢の子供達と遊ぶ事もない。

この男の子の話からは色んな味方が出来るとは思う。

「成長するスピードって早けりゃいいってもんじゃないんだ」と単純に思った私。

それから、益々、旦那様の言葉を守って、何事もゆっくり、ゆっくりするように
心掛けている。

「その割には・・・」と、きっと旦那様は言うだろう。

だって・・・
何でも早くやらなきゃ気が済まないのを治すにも・・・私のスピードがあるのよ。

ゆっくり、ゆっくり????
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2007.07/09(Mon)

教育 

「教育」なんてビックワード。
なかなか簡単に語れるものではない。

教師として働いている間にも、ずっと考えていた。
「こうでなくては、将来困る」
「こうでなくては、いい人間にはなれない」
そんな言葉の中で子供はどう育っていくのだろう・・・って。

子育てに苦労している人の姿を見ては純粋に「大変だな~」と私が呟く。

「一緒に親も育ってるんだよ。子供だけじゃなくてね」
と旦那様から言われ、「教育している」「教育されている」のは「親」だけではないとも気が付く。

今日、読んでいた本の中に出てきた一節だ。
キリスト教の司祭にある一人の人が質問する。

「神にそれだけの大きな力があるのなら、どうして困難や苦労をその力で取り除いてはくれないのでしょう。それだけの力があれば簡単でしょうに」

「君に子供がいたとする。
その子供に愛情を注ぐかい?」

「勿論です」

「子供にとって、危ない事もあるよね」

「できるだけ排除します」

「じゃあ、もしその子供が『スケートボードをやりたい』って言ったら?
スケートボードをやって、子供が学ぶ事もあれば、転んで怪我をするっていう危険性もある。さて、どうするかね?」

親が子供に対して「大きな力」を持っているのは、そうした危険性を分かっていて、
転んだり、怪我をしたりする中から学ぶのを「見守る」事ができるって事だと、司祭は答えるのだ。

神の力はそれと同じ・・・。

もし、子供だけでなくって、全ての人がそうやって間違いや取り返しの聞くぐらいの危険を通して何かを学ぶ・・・って・・・それが「今」だとしたら?

子供にとっても「これぐらい」と大人が思う試練は大変なのね・・・
と「これぐらい当たり前」と繰り返していた事を反省したりして・・・(爆笑)


「子供は育てるんじゃない。育つんだよ」という旦那様の言葉。

それに「誰かに見守られている」というエッセンスがあったら。
きっと、自分でやりたいと思った事の一つや二つの失敗や試練。
乗り越えられるのかしら・・・。
EDIT  |  02:45 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/08(Sun)

盗み聞き 

私の得意な事の一つ「盗み聞き」
いや、わざわざ壁に耳を付けて・・・なんて事はしない(笑)

電車やレストランで何気なく聞こえてくる話につい聞き入ってしまうのだ。

それで時に話の内容によっては被ってしまうから、旦那様は呆れ顔。

数日前、ある食堂で食事をしていた。
背中から男性二人の会話が聞こえて来る。
・・・で、私の悪い(笑)癖。
どうやら、一人の30代らしい男性が新しい事を始めようと、50代ぐらいの男性に相談をしていた。
(と、言っても初めは顔も見えなかったけど、後でその年齢はそんなに外れても居なかった)

「政治の世界に入りたいんです」と若い男性。
「どうしてそう思ったの?」と相手。
「人の役に立ちたいんです」
「どう人の役に立ちたいんだい?」
「いや、政治に携われば、人の役に携われると思って」

この話の前から、若い男性は色々と自分の意見を相手に切々と話をしてた。
その間、相手の男性は殆ど黙ってその話を聞いていたのだ。
やがて、口を開いた、年配の男性。

「あのね・・・その志はいいと思うよ。
でもね・・・政治をやって、自分がどうなりたいかって考えた?」
「・・・・」
「君はいつも戦略で生きている。
戦略って言うのは、こうなりたいって目標があって成り立つものだろ?」
「・・・・」
「戦略で生きるとね、一度、失敗したらすぐあきらめるだろ?
だから、やろうとする事が全部うまく行かない。違うかい?」
「その通りです・・・」

このおじさんなかなかいい事いうな~なんて、背中で聞きながら、食堂を出る時にちょっと見たら、若い男性は、小さくうなだれたままだった(苦笑)

ただ、彼の顔には
「だって、こうなりたいって姿がわからないんだもの」とも書いてあった気もする(笑)

戦略で生きていくと、失敗したら、すぐあきらめてしまう・・・
おじさんの言葉の中でなるほど!と思った言葉。

目標の為なら、いくつも戦略なんて考えられるもんね。
これが駄目なら、これはどう?って具合に。

旦那様にアドバイスを受けに来て、一番沢山の事を掴んで帰る人って、
「こうなりたい」がはっきりしているな~、なんて思ったりもして。

ただ、その目標自体を探し出すのが一苦労だったりする・・・
という若い男性の気持ちもわかる。
だから、自分を知るって言うのも大事。
自分でやらないと、何が好きで何が嫌いって食べ物と同じで食べてみないとわからない。

どんな人にもどんな相談の内容でもちゃんとアドバイスをする旦那様にも苦手な人がいる。
それは、自分の「好きな事」を「自分で知らない人」
やってみる前から「これはどう?」とアドバイスを言われても、
「いや~、興味がないので」と好きじゃない事や嫌いな事は言えるんだけど(苦笑)

どちらにしても、この私の悪趣味の「盗み聞き」
英語ではeavesdropping
「雨宿りをしてる時の、軒から落ちてきた水」って言う意味なんだけど、
なかなか、この私の癖は辞められそうにない・・・(苦笑)
EDIT  |  02:53 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/04(Wed)

凄い! 

人から「人間」扱いをされない事が少なくない旦那様(涙)

自分では、いつも「凄いですね」と言われて、
「これが普通なのに・・・」と呟いている。

確かに、昔、強くなる為にやった空手の練習の話とか、
修行の話とか、そんな事を聞くと、普通じゃないと思われても仕方ないかも(ごめんなさい・笑)
旦那様はある部分が「規格外」なのだ(笑)


そんな旦那様が「凄い!」と感心するものは少ないと思う人も多いだろう。

実は・・・全くその逆だ。

大きな物から小さな物まで、「凄い!」物は凄いと心から感動して、
これまた語らせると長い(あはは)
(いや、私がそれを語ると長いだけかも・笑)

携帯のストラップを一つ一つ見て、「これは面白い!」「これは凄い!」と楽しんでいる。

そうかと思うと、ドラゴンボールの悟空の姿を見て凄い!と思ったり。
「いや~凄いと思わない?
あれだけ闘って、その相手と必ず仲良くなるからね」と真剣な顔をして話す(苦笑)

「なにしろ、死んでも『まあ、いいか』だし」と続ける。
(詳しい話の筋は是非お読みください!)

「それにね・・・どんなに大変な事が起こっても、あきらめないんだ」

漫画や映画を見て、感動する事は誰にでもある事。
だけど、それをいつも忘れずに、実際の自分の生活の中でも同じ事が出来る!
と、心から信じている旦那様。

・・・やっぱり、普通じゃないと思われても・・・仕方ない(笑)

って、旦那様に言ったら、
「君だってそうじゃない?」と言われてしまった(苦笑)

そう言えば、オリンピックで10秒を切って100メートルを走る選手の姿を見て、凄いと思うけど、心のどこかで「私だって、出来るかも知れない」と思ってたり。

あはは、自分を知らなさ過ぎる。

「いや、そうじゃない。
出来るかも知れないけど、今は出来ないと思ってるんだろ?」

「うん。とりあえず、今の所、やってないけど」と、私。

あ~あ、このどこまでも「前向き」な夫婦。
似たもの同士と言われても、これまた仕方がない(爆笑)
EDIT  |  02:36 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.07/03(Tue)

呼吸 

意識しないと忘れてしまうものの一つ「呼吸」

旦那様は常に腹式呼吸をしている。
短い睡眠を取る時、胸の上に手を置いて寝ても全然平気(笑)
逆に、お腹の上にうっかり手を載せたりすると、「苦しい・・・」

複式呼吸でするくしゃみは凄い!(爆笑)
どう凄いって、表現できないので、せいぜい通って旦那様がくしゃみをする瞬間に立ち会うのが一番分かり易い。

百聞は、一聞に如かず・・・(あはは)

不思議と私の家の周りに住んでいる人は、くしゃみが大きい。
それも連続技(左隣)
「凄い大きさと、回数だわ~」
どうも、一度くしゃみが出始めると、止まらないらしく5回ぐらいは平均で続く。

感心している場合ではない。
旦那様のくしゃみは、家の空気が揺れる。
いや、多分、家が揺れていると思う。

「呼吸って、大切なんだ」

空手を習い初めて、「ほら、呼吸が止まっているよ」と何度言われた事だろう(涙)

人はどうやら、「力」が入ると呼吸が止まってしまうらしい。
私を含めて、逆に力を出せないことに繋がるわけで・・・

だって、よく考えると、呼吸しなければエネルギーもすぐに尽きるに違いない。
そんな風に体が出来ているから。
・・・って、皆わかっていても忘れてしまう。

最近、アメリカに渡ったプロの野球選手がテレビで言ってた言葉。
「力を抜いた状態で、力を出す」
矛盾しているように聞こえるかも知れないが、
その選手は「いや、出来ますよ」と平然と答えていた。

どうやらこれも呼吸と大きく関わりがありそうだ。

「自分自身の呼吸を意識できれば、相手の呼吸も意識できるようになるのさ」と、旦那様。

だから、空手で組み手をしていると、相手が打つ前にどこを打つかがわかると言う。

「相手が打つ前に、ほらもう来てるだろ?」

って何が?

と思うかも知れないが、一度打ってもらうと分かる。
ああ・・・こんな感じか・・・

「だから、本気で打つ時は、これを消すのさ」

あらら・・・結局、旦那様の呼吸は読めないって事ね~(苦笑)

いづれにしても、普段あまり意識していない「呼吸」
ここにも、何だか「秘伝」が隠されている匂いがかなりする(笑)
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2007.07/02(Mon)

ある出来事 

「ある出来事」が起こる。
って言うか、毎日、どこにでも「出来事」はある。

朝、起きて、会社に行って、友達と会って話をする。
話をした「言葉」は、誰にとっても同じはず。
皆、「そこ」に居たのなら、同じ場所で同じ皆の言葉を聞いているはず。

・・・なのに・・・
後で、その事をそれぞれに聞いて見ると、面白い事がわかる。
一人、一人、何が起こったと思っているか、何を感じたか、
何故、そんな言葉が出てきたのか・・・同じだったり、違ったり。

旦那様の弟子達が集まって、話をした時の事。
「こんな事があったんです」ある人がそう言う。
出来事の内容自体は、皆、大差がない。

それぞれに「こんな事があったんだってね~」って何気なく聞いてみると、
「~だから」「~と思った」は、面白い程様々だ。

そして、そのどれもがある意味、「正しく」
そのどれもが、他の人にとって必ずしも「正しい」捉え方とは限らない。

皆が「自分の意図」を持って話をして、それには全部、うなずける部分がある。
だけど、他の人には「何故、あんな言葉を言ったのか分からない」って事も
ある訳で。

人と話をする時には、話をしても必ずしも自分の気持ちが伝わる訳ではない。

時に、感覚の鋭すぎる人は、その「意図」より、「どんな感情でそれを言っているか」の方が先に伝わってくる事もある。
なかなか、伝わらない場合の苛立ちとか。
なんでそんな事を言うのかという自分の視点からの疑問とか。

交換しているのは、「言葉」だけではないと感じる時でもある。

多分・・・あくまでも多分だけど、相手とちゃんとコミュニケーションを取るには、「言葉」と「その気持ち」両方受け取った時にちゃんと伝わるのだろう。
あれだけ、コミュニケーションを大学院で勉強しても「多分」で留まっているのが、ある意味情け無いけど(苦笑)
今の所、分からないものは、分からない。

でもね・・・日常の会話なんて、結構、「自分の思い」を伝えるだけのレベルで止まっている事が結構多いのかも知れない。

読みすぎて、たびたび疲れ果ててしまう私。
読みすぎて、相手に合わせすぎてしまった・・・なんて反省する私。

どちらにしても、自分の言いたい事が伝わって、何かが交換されないと意味が無いのかも知れない。

「自分の思いの世界で生きているとね・・・人の言葉が受け取れないんだよ」と、旦那様。

何事もバランスらしい・・・と、今更思ってしまったりして(苦笑)
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2007.07/01(Sun)

夏越大祓 

昨日のブログの続きのようだが、「祓ってもらう」まで
自分がどのくらい祓ってもらわなければならない状態だったか
分かりにくいものだ。

夏越大祓い。
今年半年分、たまった分を祓ってもらう。

今までよりも今年は自分に何かが溜まっているのを感じていた。
何となく、体が重く、何となく、空気が思い。
祓った瞬間に「どれくらい」だったかが、分かる。

終わった瞬間、半年振りと実感できるほど、すっきりした。


体の表面に付いた汚れだって、毎日の生活の中で「あ!汚れた」
なんて意識して過ごしている人はあまりいないだろう。
お風呂に入って、すっきりして初めて、自分に付いていた汚れに
気が付くものだ。

人は、環境に慣れるように出来ている。
つまり、ある部分が「鈍感」になるって事。
自分をとりまくものから、いつも刺激を受けすぎると、
疲れすぎるのも確かだし。
慣れたはずの環境の中で溜まっていったものは意識しにくい。

沢山の動物や植物が絶滅の危機にあるという。
これまでも沢山のものがそうして姿を消して来ただろう。

見えないものは余計に消え易いかもしれないな~。
「思いやり」「心遣い」なんていう見えないものは、
ちゃんと受け継がないと、標本を写真で残したり、
人工授精して絶滅から救う事も難しい訳で(苦笑)

「こうした昔からのものの歴史には意味がちゃんとあるのさ」と旦那様。
語らせたら・・・長い(爆笑)

「~という習慣がある」という形の向こう側の「人の心」
ちゃんと意識しておかないと、いとも簡単に無くなってしまうだろう。

伝統の歴史の中にあるもの。
「こうしなければならない」という形ではなくて、
そこに伝わって来た「心」も一緒に。
こんな行事をやる度に思う事。
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