2007.08/31(Fri)

段階 

「悟りにも段階があるのさ」と旦那様。

一度悟ったら、迷いも悩みもなくなる!と思い込んでいた私には、
「え!」って一瞬、戸惑った。

だって・・・、それなりに何かを掴もうと必死で頑張り、
悟ろうとする・・・その先にはパッと何でも分かる世界が待っている・・・

なんて、想像したりしません?

そして、そうじゃないって知った時のショックったら(爆笑)
まるでそれまでの努力が全部なくなったかのように感じたりもする。

「悟るってね、悩みがなくなるって事じゃないだろ(苦笑)」と
旦那様が私の言葉を聞いて笑う。

「悟るって、自分を知るって、そんなに簡単じゃないんだよ」

ああ、そう言えば、今でも毎日、自分の中にあるものを発見する事の
連続だぁ・・・。

この人ってどうしてこんな考え方しかできないんだろう?
なんて思って、その人の思考回路で考えると、何だか筋が通っている気が
してくるのだ。

人に頼ってばかり、自分で努力をしない・・・なんでだろう?
誰かが何かをしてくれるのを待ってしまうって人って周りにいたりする。

でもね・・・本人はきっと思っているだろう。
「だって、こんなに困っているんだ。
どうしていいかも分からない。
誰か、助けてくれればいいのに」

本当にどうしていいか分からなかったら、そう思うよな~(苦笑)
って、自分の中にもその人の思考回路の『種』みたいなものが
あるのを知る。

「自分でそれなりの事は、頑張っているんだから」って具合にね。

でもそれを人が見れば、まだまだ足りない事だらけ。
「もっと、頑張らないと認めてくれないのか」
そういう考えを持っても、誰かの助けを待っても、
何も始まらない事を経験上知っている人は、待ったりしないだろう。

どうすればいいのか。
誰に聞けばいいのか。

どこまで自分で出来て、
どこからは、今の段階では助けが必要かって。

きっと、自分を見つめて、ちゃんと自分の段階を知っている人は、
自分の中で処理できる問題と、
自分では処理できない問題が区別がつくのだ。

きっと、経験して、勉強して、「学ぶべき事」は、
どうすればいいのか知っている・・・って事もあるけど、
どうすればいいのか知っている人や場所にたどり着く事が出来る知恵。

これも悟りの段階にあるプロセスなのかも知れない。
そういうプロセスを辿っている内にきっと「自分」の事が
少しずつ分かって来る様になっているのだろう。

誰が作ったか知らないけど、一人一人に別々に作られたこのカリキュラム。

学校と違うのは、教えてくれる人が「見えない」事。
(本当は、目の前に居るのかも知れないけどね~笑)

いや、例え居て、目の前に居たとしても旦那様と同じように言うだろう。

「自分で考えなさい」ってね(笑)
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2007.08/30(Thu)

待機電力 

日々の生活の中でスイッチを完全にオフにする時間。

旦那様を見ていると、殆どない。
・・・と、言うか無理。

仕事上で言えば、
「何時、どこで、誰が、急に困って連絡してくるか分からないしね」
って事だし、

プライベートの時間でも、普通では感じないものまで感じてしまう。
常に、「雑音」の中にいる様なものだろうな~。

「訓練して、なるべくチューニングの精度を落としてるけどね」

だから、空気の悪い場所に行くと、
「あ~」って大騒ぎするのは、私だけど、
旦那様は、チューニングの精度を下げて、
それでもかなりの影響を受けていると思う。

「常に正常な状態を意識しておかないとね・・・」と、旦那様。

意識しないとどうなるか・・・と言うと、私の様になる。
突然、ぐらぐらしたり、腹痛や頭痛がしたり、
まあ、よくも私の「今日の弱点が分かる事!」と、
それは、それは、驚く(苦笑)ほど、ばれてしまう。

そうした、常に何かを意識しておくって状態。
電気の待機電力みたいだな~と、思う。

私の様に、いつも電源を切ったつもりで全開(あはは)
感度を高くするのに一度は、こうした経験は必要らしいのだが、
今となっては、「早く、スイッチのつまみをちゃんと意識しないと・・・」
と、思いながら、やっぱり忘れたりする(苦笑)

まだ、まだ、痛い目が足りないらしい私・・・(トホホ)

日ごろの生活の中でも同じだ。

どんなに体調が悪くても、どんなに忙しくても、最低限やっておかなくてはならない事。

旦那様にとっては、相談者からのメールへの返事だったり、
掲示板への返事だったり・・・その他沢山あるんだけど、
決して、手抜きをしない。

仕事が止まってしまう人を見ていると、
こうした「待機電力」みたいな事、意識できたらちょっと違うかもね~と思う。

待機電力の分まで、使い果たしてしまって、完全に頭も体も止まってしまう。

時には、ぜ~~んぶ、スイッチを切ってしまうのもいいけど、
その時は、ちゃんと充電しないとね~。
充電する気持ちや意識する事が出来ないぐらいまでになってしまうと・・・。

車だって、PCだって、一度完全に止まってしまうと、次に動き出す時は、
かなりのエネルギーが必要になる。
元の状態に戻すのは、余計に大変だったりするのだ。

「毎日の積み重ね、みんな、それで成り立っているのさ」と、旦那様。

「積み重ねていれば、積み重なるに決まっているじゃない」と、
積み重ねていても、時にそれが見えなくなった、弟子に旦那様が言う。

それに、この積み重ねには、「食い溜め」「寝溜め」みたいに、
10日分一度にやっても意味がないらしい。

「運動だって、一日に少しづつやるから、体が出来るんだよ」

あはは、そうよね~。
10日分、一日でやっても体を壊すだけだったりして(苦笑)

見えない「待機電力」
見えない「積み重ね」

何時も、すぐに何かに対応できる人って、実は、この「見えない」ものを
いつも、何気なく、動かしているのかも知れない。
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2007.08/28(Tue)

80%の後 

あるテレビを観ていて、
「奇跡にしか思えないわよね・・・」と呟いた私。

ちょっと見ただけでも、3つは到底簡単に乗り越えられない事。
他にも沢山の難問がある状況。
そのどの一つがなくても、そのどの一つの順番が狂っても、
多分成し遂げられなかっただろうな~って思ったりする。

資金を集め、人を集め、人を動かし、人に会い、
資料を揃え、その上、時間との闘い、という壁もある。


「奇跡が起こるのはね・・・
本人が80%までやってからの事なんだよな~」と、旦那様。

ある成功話を聞く。
これと、これと、あれと、あれ。
まあ、こんな状況をよく乗り越えたものだ・・・
まるで「奇跡」にしか思えない技(苦笑)

そうしたプロセスを描いた映画やドキュメンタリー。
見た時は、何だか同調して、「う~ん、やればできるんだわ」
なんて思う人も多いだろう。

けれど、実際やって見ると、「見る」と「やる」では大違い(あはは)

映画の中で起こったトラブルや壁なんて、比べ物にならない。

トラブルの内容や深刻さ・・・ではなくて・・・
トラブルがもたらすストレスやプレッシャー。

実際、経験すれば、人がやった事が事実に基づいていようがいまいが、
ただ見ただけのものは、ただ「見ただけだった」と実感する。


「うまく行った」という部分だけをどうにか手に入れられないかなぁなんて
本能的に求めてしまうのも仕方がないけど、
こうした、表に出ない、成功の裏にある80%が見えてないと・・・、
ちょっと「壁」がやってくる度に立ち止まってしまう・・・って事にもなる。

成功するかどうか、うまく行くか。
誰かがどこかで、一部始終を見ていて、
う~ん、合格!
う~ん、ちょっと足りない!
ってボタンを押しているみたいな気がする。

その誰かが、誰だか分からないけど、
「合格」すれば、多少何かが足りなくても、
足りない部分を補うものが、自然と現れて、自然とうまく行くって具合。

誰か、それをジャッジしている人知りませんか~。
って、コネも通用しない(あはは、当たり前)

80%までやった人が最後に試されるのは、
成功まで80%で後の20%がどんなに不可能に見えても、
まだ、どうにかしようという気持ちがあるかどうか・・・

だから「奇跡」は、
「その事がうまく行った事」

じゃなくて、
「うまく行くと、あきらめなかった気持ち」かも・・・知れない。
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2007.08/27(Mon)

素直に質問 

旦那様と知り合って始めの頃、私は「なぜ、なぜ」小僧(爆笑)だった。

「ねえ、これは何故?」
「じゃあ、これはどうして?」

兎に角、兎に角、質問に質問を重ねた。

「しつこいと思ってるでしょ?」と聞いた事もある。

「いいや。質問してくれた方が答え易いんだよ」と、旦那様。

旦那様の思考回路が分かって来た今思うのは、
「巨大な図書館みたいだ」という事。

大きな図書館に行って、
「英語について知りたいんですが」と言ったら、
一体何冊の本が出てくるだろう。

本を全部出してくるのも不可能なら、
仮に、その本、全部にお目にかかる事が出来ても、
読む気にもなれないぐらいだろうし、
どこから手を付けていいかもわからないだろう。

じゃあ、もっと「検索ワード」を具体的にしてみる。
「英語の言語としての起源を知りたいんですが」
何時頃、どうやって、「英語」という言葉ができたか。
これなら、相当の数の本が例え出てきても、
どれでもいい、自分にとって読み易い一冊を手にして、
本を開けば、閉じるまでには絶対に書いてある。

旦那様に質問するのは、これに似ている。
質問が具体的であればある程、旦那様の答えも明確だ。

「なんでもいいから話してくださいって言われてもね~」

どこから話し始めたら良いのか分からないらしいのだ。


昔から、「英語の教授法」に興味があって、専門で勉強したけど、
「質問をする」って結構、難しいものだ。
教える側からすると、教える本人が分かるように、自分で最終的に
答えを出せるように「質問」しながら教えて行く。
「答えはこうです」と言う、解答書みたいな(苦笑)教え方では・・・
と思った所からの試行錯誤・・・今もその試行錯誤は続いているけど・・・。

習う立場で言うと、自分が分からない事をどう質問して、
どう答えてもらうか・・・。

「そんなの、わからない!」って声が聞こえてくる(あはは)

そう、質問できない人は、質問しない人だったりするのです。

初めから、上手に質問しようとか考えてもね~。
何でもそうだけど、初めからうまく出来る人なんて居ない訳で(でしょ?)

どう質問していいか分からないのか、
それとも「このくらいの事聞いていいのか」って思っているのか。

いづれにしても、黙っていたら、ずっと質問しないまま。
だから、質問が上手にもならないって事に・・・(苦笑)

色んな事をそのまま素直に聞けばいいのにな~って、
いつもいつも、思う事。

質問する事がない・・・なんて声も聞こえる(笑)

よく自分の中の声を聞いてみたら分かると思うけど、
意識しているより、自分の中には沢山の疑問があるはず。

格好つけても無駄かも・・・(あはは)
旦那様は相手に合わせて答えるから、当然その前に一人一人の頭の中は
ある程度覗いてから答えてる。

あら、覗かれた~って慌てている人もいそうだけど(爆笑)

皆が皆、どうあがいても、「自分の程度」は変わらないわ~って
思えないのかも知れないなぁ・・・とも思う。


自分の中の声にもっと耳を傾けて・・・
そのまま素直に・・・
自分の言葉で・・・

結局は、自分が欲しい「答え」を見つける秘訣なのかも知れない。
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2007.08/26(Sun)

ばらばらな頭の中 

昨日のブログを読み返して、自分の頭の中もしっかりバラバラだと気が付いた(爆笑)

「ねぇ、私の頭の中ってバラバラ?」と、私。

「まあね・・・」と言ったまま、笑っている旦那様。

バラバラ具合は、人によっても違うし、精神状態によっても違う。
時々、「ああ・・・ばらばらだ~」って自分で分かる時もある。

でも、もっと深刻なのは「自分がばらばら」って気が付かない時。

そんな時は、物事が全て、うまく進まない様に感じる。
まるで原因が全部、外にあるみたいに感じるのだ。

「あれが、こうだったから」
「どうして、こうならないの」

そして、人からではなくて、自分で自分に「被る」のだ(爆笑・・・できないかも)

人と、その人の周りの人も物も「呼吸」している。
その「呼吸」って、情報を交換する事、そして、相手や周りに
その情報を元に次の行動をするって事かな~って思う。

自分からきちんと情報を外に出さないとか、
出しているけど、バラバラで相手に伝わってないとか、

きっと、流れや呼吸、循環しているものを止めている「原因」があるはず。

でもね・・・その原因が全部自分に見えるとも限らないし、
見えてもどうしようも無い時もある。

「動くには動く時期、タイミングがあるのさ」と、旦那様。

自分の力の届く範囲を超えた流れに囚われて、「何故だ・・・」と思っても、
あるシステムや社会を「批判」しても、あんまり状況は変わらない事の方が多い。

ほら、だって、自分の事だって、欠点を見つめても変わらないでしょ?
何故、私が気が短いのか・・・(苦笑)って。
考えても、考えても、そして例え理由が分かっても、治るのとは別だもんね(爆笑)

それより、自分の出来る事をやって、「やった!」とか思っている時は、
そ~んなに気が短くなったりしないわ~なんて・・・。

こんな当たり前の事を、特にバラバラな頭の中では、
すっかり忘れて、どんどん整理できなくなっていく。

バラバラ度合いって、加速するのね~。

さて、こんな時はどうしたいいか。

結構、簡単!

自分で止められない時は、誰かに止めてもらうしかない(あはは)

その誰かに話を聞いてもらうだけで、結構、「止まる」。
そして、次にどうしたらいいかって事も自分で話をしている内に
ちゃんと分かったりするから、面白い。

「この仕事の半分以上はね・・・聞く事なんだ」という旦那様。

人の話を聞く前に自分の頭のバラバラ具合をどうにかしなきゃ・・・
と、呟く私に、

「バラバラでもいいんじゃない?

ただし、暴走しなければね(笑)」

ん?結局、この私のばらばらな頭・・・どうしたらいいんだろ(笑)
取り合えず、爆走しないようにだけ気を付ける事にしよう・・・。
←無理そう・・・
「爆走したら、止めてね」って、旦那様にお願いしておく事にするかな?(あはは)
EDIT  |  02:44 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/25(Sat)

ココに居ない(笑) 

霊視をする時の旦那様を見て、
「先生の目ってどこを見てるかわかりませんね~」

確かに・・・
どこかに行ってる・・・(笑)

最近、旦那様と話をしていて、感覚を持った人が話をすると、
「どこかに行ってる・・・」と思う事がある(爆笑)

で、そのまま話をするから、まるで出てくる言葉が宇宙語(あはは)

そうそう、「ココに居ない」って思うのだ。

どうやら、鋭い感覚を持った人と言うのは、一つの言葉や状況から、
自分の中にあまりにも鮮明な、強いイメージが入ってくるみたい。

目の前をすご~くきれいな人が通ったら?
当然、目を向けるわ~(笑)

・・・って言うのと、同じように、
ある言葉から思い出す鮮明なイメージの世界に引きずられる。
そして、その場面の中で又、次の事を思い出し、次の場面に飛ぶ。
それが、次々と鮮明に湧きあがる様に頭の中を駆け巡る。

もし、それを、その場に居る他の人が見るとどうなるかっていうと・・・

さっきまで、悲しんでいたと思うと(誰か、思い出したシーンの人に同情)
微笑む(自分の経験と重ねて、学生時代を思い出す→あの頃は良かったわ~)
と、思うと、不機嫌になる(その頃の嫌いな友達を思い出す)
そして、何だか納得した顔(まあ、今その友達と会う事も無いしと思う)

・・・何て事を、誰が側に居ようとやってしまうのだ(あはは~~)

人の事は言えない。
PCの前で、「これは、こうで」「あれは、ああで」・・・
旦那様に聞かないと分からない!と思う。
「ねえ、ここを押せばいいのよね!」

「え?何の話?」と、旦那様。

あはは(爆笑)又やってしまった・・・。
私の言葉だけで、何の事だか、わかる訳がない。

他の人と一緒にいる「ココ」じゃなくて、PCの世界に居るままで話をすると、
こんな事になる。

イメージ力のとても強い人の会話をじっと聞いていると、
相手を意識して、話をしている時は結構ちゃんとそれでも通じたりする(苦笑)

「あれを、こうすれば・・・こんな感じで」
「ああ、こんな感じね・・・」って具合。

ちなみに居ると意識されていない人には、全く分からない話になったりする。

時に、誰と話をしていても、「ココに居ない人」がいる。
結構、訓練(笑)したつもりの私でも置いて行かれる(苦笑)

「時々、話が分からなくなる時があるんだけど・・・」と、私。

「それは、当たり前だよ。
自分で自分に話をしてるからね」と、旦那様が苦笑する。

人に合わせて話をする・・・って訓練、教師の時代にかなりやったつもりなんだけど、あまりの話の飛び方に、うなずくのがやっとだ。

霊能者の皆さん!
話をする時は、皆がいる「この場所」に戻って話をしましょう!

って、標語みたいに張り紙でも・・・

う、効果は全く期待できない(断言・笑)
EDIT  |  02:25 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/24(Fri)

頑張る 

今、流行の「大人の塗り絵」

流行りものに一度は、触れないと気が済まない私が、
手を付けない訳がない(苦笑)

スケッチはすでに出来ているから、単純に色を塗るだけ・・・
と、思いきや、結構、奥が深い。

「人って、こんな風に色や物を見ているんだ・・・」と
新たな発見をする事、する事。
まあ、その詳しい内容は又にして、

こうして始めると、必ず「はまってしまう」
「頑張りすぎてしまう」という癖がどうやら、ずっと前から
体に染み付いているらしい。

「もう、そろそろ止めたら?」と、旦那様。

「もう少しだけ」「ココまで」と、伸ばし伸ばしやっていたら、
知らない内に頑張りすぎていたらしく、数日後に頭の中で色が
飛び始めた(あはは)・・・
その上、お盆の空気も手伝って、ヘロヘロ(苦笑)

「頑張る」事で、出来るようになる事がある。
「頑張るしかない」って時もある。

だけど、「塗り絵」でここまでエネルギー使ってはね・・・(苦笑)

今なら、止めてくれる人がいるからいいけど、
昔は、これで結構バランスを崩していた気がする。

頑張って、頑張って、頑張りすぎる。

「集中しすぎだよ~(苦笑)」と、旦那様が笑う。

頑張る事が、その時、頑張らないといけない事ならいい。
だけど、もっと大切な事が他にあるかも知れないのにね(苦笑)
(っていうか、塗り絵より、大切な事は絶対にある!笑)

「何をどう、どのくらい頑張るか」ってバランスって、
日常の中でもとても大切・・・と、崩して改めて思ってみたりして。

自分で体調を崩すくらいは、まだいい。


誰かと一緒に働いている時、無理して頑張ると、表面上「頑張ってない」
様に見える人がどんどん気になるって事もある。

「私がこれだけやっているのに・・・」とかね(苦笑)


他にも、「これだけ頑張った」と思っているものを人に認められない時。
「これだけ、頑張ったのに」
「何で、この価値が分からないんだ」とかね(またまた、苦笑)


「仕事でもプライベートでも頑張りすぎると、相手の顔が見えなくなるんだ」
と、旦那様。

そう云う時の「頑張り」は、単なる自己満足だと言い切る。

自分が何かをやって、「頑張った!」って言葉は、
きっといつも自分だけにしか通用しないらしい。

それが、外に向いてしまう程、頑張りすぎたら・・・

やっぱり、バランス悪いわ~。

「それだけじゃないよ。人と会話をしなくなる」と、旦那様が付け加える。

これだけやったのに・・・という気持ちが強ければ強いほど、
それが通じない世界に拒否感を持ってしまうというのだ。

ああ、こういうのって、ひょっとして、単なる独り相撲?

改めて思う、「頑張りすぎるのは、や~めよ!」っと
EDIT  |  02:07 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/23(Thu)

全部正解! 

旦那様と面接して帰った人からは、面接の後にメールが入る事が多い。

ずっと前は、「皆、礼儀正しいのね~」と、思っていた。

確かに、礼儀正しいんだけど、よくよく観ると、それだけではない。

「相談して、アドバイスをするだろ。
でも、それで終わりじゃないから・・・」

決心をして、それを行動に移すと、計算に入っているものも、
入ってない事も含めて、「これでよかったのかな・・・」って、
思う事があるって書いた。

旦那様は、この事が計算済みなのだ。

一つ進むと、次の事情が生まれる。
次の事情には次の行動が必要になる。

その途中で、「それでいいいんです」って、励ましてくれたり、
アドバイスしてくれたりする人がいたら・・・
きっと、途中の小さな、時には大きなハードルも越える気持ちを
持ち続ける事ができるかも知れない。

「人は、簡単には変われないから」と、旦那様。

ほんのちょっとした事で、せっかくの変わるチャンスをあきらめて
しまったら・・・本当にもったいない・・・。

だから、旦那様の仕事の中で「面接」というのは、
ほんの一部でしかないって事にもなる。

その後のフォローやアドバイスにかなりの時間を割いてもいるのだ。


逆に、何の理由か、多分、本人が一番、どこかで分かっていると思うけど、
連絡をして来なくなってしまう時がある。

「大切な時なんだけどね・・・」
そう言いながらも旦那様は、黙って見ている。

「わかっているんだったら、言ってあげればいいじゃない!」
なんて思う人もいるかも知れない。
私も、散々そう思って、生徒に「大切だと自分が思う事」を
伝えようとした。

だけど・・・
その時期が来ていない生徒には、その声は幾ら言っても届かない・・・。

って経験をした私には、黙って見ている旦那様の気持ちが、
全部ではないにしても良く分かる。

「人には、その人のスピードや、進み方があるのさ」

実は、黙って観ている事の方が、ずっと大変だ・・・

って事も、仕事の中で私も学んだ事。

人の成長を見守るって、かなり根気の必要な事だっ~~~~。

悩んで止まっても、時に間違っても、ある意味、本人にとって、
乗り越えれば、全部「正解!」

正解にするかどうかは、いつも「今」の自分次第だと思う。
EDIT  |  02:14 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/22(Wed)

自分の責任 

「こうしよう!」と決めた後でも問題は起こる。

いいや、こうしよう!と決めたから、起こる問題もある。

だからと言って、その決断が間違いだったとは限らない。
なのに・・・人の心は弱いもの。
「ああ、あの時の決断がなければ、こんな事にはならなかったのに・・・」

何時だったか、私自身にもそんな決断をしなければならない事があった。
仕事の中では、逆に言うと、そんな決断の連続だったかも知れない。

「いや~止めた方がいいですよ~」

同僚の先生に言われた事がある。


だけど、「止めた」からって、問題がなくなる訳でもない事だった。
詳しい内容は・・・忘れてしまったけど、今までやっていたやり方では
限界があると考えて、考えた結果の教え方の事だった・・・と記憶している。


「いや、もう決めた事ですので、いづれにしてもやってみます」

「もし、うまく行かなかったら、どうするんですか?」

「それは、その時考えます」

勿論、問題が起こらない様にと進まなければならない時もある。

だけど、問題が起こらない様にと進むと、その積み重ねが
問題を起こす事だってある。

詳しい内容は覚えていないけど、
「何か起こっても、それは、私が責任を取るしかない事ですから」

ここまで、はっきり言うと、相手も引かない訳にも行かない。
ああ、扱いにくい人だわ~(爆笑)


「周りで何か言ってくれても、最終的には、責任とってくれないんだよね~」
と、旦那様。

そんな事はない。
一緒に考えてくれているのだから・・・と、思いたいのは山々なんだけど。

その時は、どうしても「変えたくない」とか、
「今までと違う事をやって責任が取れないし」という理由。

親切で言ってくれている様で、実は・・・って事、
思い出せば、よくある事。

やらないで後で、「あの人からこう言われたから」
それでもやっぱり自分で自分の責任は取るしかない様になっている(苦笑)

だったら・・・やっぱり、自分で決めて、自分で進むしかない。

「そのくらい、覚悟を決めてやれば、大体の事はうまく行くよ」
と旦那様は言う。

だから、旦那様は、相談を受ける人の「思い」と「覚悟」を
何度も何度も確かめる。

ハードルが高ければ、それだけ強い「思い」と強い「覚悟」が必要だから。

でもね・・・それさえあれば、

「出来ない事なんてないんだ。

出来ない事は、最初から、自分で出来ない!ってどこかで思ってるのさ」

と、旦那様。

「自分で自分の限界を決めてしまうんだ。

例え、今出来なくても、いつかは出来るようになるかも知れないじゃない」

この言葉をそのまま「その通り!」と思ってしまう私。
やっぱり・・・同僚にとっては、扱いにくい人だった(過去形???笑)・・・
といまさらだけど・・・思う(笑)
EDIT  |  03:13 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/21(Tue)

どちらにしても(2) 

覚悟を決めて動く。

こっちにしよう!

そう決めて動いても、「想定外」の事は起こるもの。

そんな時、
「ああ、あの覚悟は間違っていたのかな」
って単純に思うのが人の心。

でもね・・・
きっと、そうしなかったら、そうしなかった苦労が困難があったはず。

残念ながら、目の前に起こった事だけに気をとられると、
後悔する必要の無い事や、後悔しても仕方が無い事に、
囚われてしまう・・・これも人の心。

「うまく行かない時はね・・・うまく行かない理由があるのさ」
と、旦那様はのんびり言う(あはは)

その理由は、結構、後で分かる事が多い。
その時になって初めて、
「ああ、よかった」って思う。

その時までは、「何で自分の思い通りに行かないんだろう」って、
いらいらしたりする事もあるだろう。

どこかで誰かが、私に一番いいモノを手配してくれているんだわ~

そう思える様になってから、自然に時期を待てる様になった気がする。

何かを決めて、進むにしても、その進み方は色々。
何が一番いいかなんて、分かるはずもない。

「もっと、感覚的になってごらん?」

自分の思いだけで突っ走りそうになると、旦那様が側から私に言う。

「進む時は進むし、そうでない時はそうでないんだよ」

きっと、それが一番、いい道なんだと今は思える様になった。


「どうしたらいい?どっちがいい?」
私に簡単に答えられない問題を妹が質問する時がある。

「う~ん。私にとって一番いい方向に進みますように!って思っていれば?

って人の事は冷静にアドバイスできたりして(苦笑)

「そうだったわ~、思い出させてくれて有難う!」
と、素直に言う妹はそれから先の荒業まで作り出した(爆笑)

「お願いした後、『有難うございました』ってお礼を言っておいたわ」

な・な・なんと!(笑)
お願い事と一緒にお礼まで言ってしまうというのだ(あはは)

さすがの旦那様もこれには大笑い。
「さすが、君の妹だ」

・・・って、どういう意味だろ????
EDIT  |  00:14 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/20(Mon)

どちらにしても 

迷う。
悩む。
どうしたらいいのか。

その中にいると、どうしても冷静に考えるのは難しい。

特に、人との関係では、「理屈」と「感情」が入り混じるから
余計に難しかったりする(苦笑)

そんな中でも「このままより・・・」と、行動を起こすしかない時期がくる。
精神的に限界だったり、
そのまま続ける事が無理な事情だったり、
理由は色々あるだろう。

「そういう変化の時期に来た人が、多いんだよね」と、
相談してくる人を観て旦那様が言う。

どちらに動くか。
どうすればいいのか。

選択肢は多い様にも思えるし、
同時に動くしかないというプレッシャーから、
選択肢が無いようにも思える。

例えば、「住む場所を変える」と決める。
自分にあった場所を探すのは確かに一苦労だと思う。
だから、探している間、それは、プレッシャーでもあり、

でも、同時に「これから始まる新しい生活」の場を探すって、
新しい学校に入学する様な、不安も勿論、
新しい事に対する「期待」も持とうとすれば持てるかも。

かつて、一年に一度ぐらい引越しした時期があったなぁ。
事情は色々あったけど、「自分にもっと合う場所がある」
って感じがしたのが一番の理由。
勿論、この間には留学の期間も入っているから、
実際は、もう少しは長く一つの場所に住んでいた事にはなるけど。

「自分の居場所探しをしてたんだろうね」と、
この話を聞いた旦那様が言う。
そして、旦那様にもかつて、そんな時期があったらしい。

「結構引越ししたよ。お陰で、今でも引越しの準備は得意(笑)」

住む場所を変えるって話をしに来た人に
「楽しんで探してくださいね~」って言って送り出す事にしている私。

引越しが大変な事は百も承知だけど・・・
きっと、その先には色んな未来が待っている・・・って思って探せば・・・

きっと、待っている・・・と思うから。
EDIT  |  23:57 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/19(Sun)

壊れる 

霊能者と仲間達の原稿を書き起こしていた。
突然!急に音量が低くなって聞き取れない。
あれ?
他の所を聞いたら、ちゃんと聞こえるのに・・・。

という事で、とうとう、寿命を向かえたらしい(笑)

こんな風に、突然、理由をいくら考えても、
「どうしてここで壊れるの?」
と、疑問だらけになる事がある。

必死で原因を探そうとする私に、旦那様は、
「買いなおせばいいじゃない」と簡単に一言(苦笑)

どうも、こうした事には昔から慣れているらしい。

「昔はね、よく物を壊したよ」

特に電気に関するものはよく壊れたらしい。

と、書くと、何でも新しいものにすぐ買い換える人の様に思われるかも
知れないけれど・・・実はその逆!!!

物を買う前の吟味はただ事ではない。
まず、パンフレットを集める所からはじまり、細かい字で書いてある
「仕様」まで細かくチェックする。
そして、それが終われば、今度は時間を見つけて、現物を見に行く。

「使うものは、触ってみないとね」

ボタンの位置や、感触、色、(いや~細かい、細かい)

そして、長持ちするものは、買ってから、
30年以上も使い続けているものも少なくない。


結局、買うものとちゃんと「話」をしてるんじゃないかな?
と、思い始めた今日この頃(←遅すぎ)



一方、何かが必要で、何かの目的を果たす!って事だけを考えて、
一直線に、思いついたらすぐに買う・・・という傾向の私。

実は、私もこだわり始めたら、非常に細かい事に気が付いた(あはは)

「今頃、気が付いたの?」と、旦那様。

そんなはずは・・・と、思いつつも、実際に選びに行くと、
旦那様以上に、「ここが」「あそこが」と目に付く(苦笑)

人が自然に使うのに一番自然な形。

最近、「人が見えていないね~」って、旦那様と話をする事が多い。
つまり、使う人の姿が見えていないわ~って思ってしまう。

「かっこいい」「ステキ」と「使い勝手」は両立しないのかな~。

いいや、どこかにきっと「妥協点」はあるはずだわ。
こういう理由でこうなってるんだったら、こうすればいいのに。

二人でものを買いに行って、欠点探しに、改良のアイディを出すわ出すわ(笑)

こうして、結局何も買わないで帰ってくるという事が結構ある。

さて、さて、壊れたレコーダーの買い替えには、
どんなプロセスが待っているのやら・・・。

今から、楽しみだわ~~~(苦笑)
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2007.08/17(Fri)

体の動きと意識 

旦那様と言えども(笑)自分で見えない自分の体の部分がある。

この前、ふと見ると、腰の高さが違う・・・
きっと空手の練習のせいだ。

左右を他の運動に比べたら、均等に使うとは言え、効き手、効き足がある。

「腰の高さが違うんだけど・・・」と何気なく私。

「どっちがどうなってるの?」と旦那様は、私から自分の腰の高さの違いを聞いて、

よいしょ!(ってどうやったでしょう・・・笑)
と、たったの10秒ぐらいで治した。

「背中の筋肉の付き方が、左右違うんだけど」
これまた、
「暫く、サウスポーでやるよ」

二週間後には、殆ど、同じぐらいまでになっている(苦笑)

「そこにちゃんと意識を持って行けば、いいのさ」

「どうやったの?」と聞く私に、簡単に答える旦那様。


「体の調子は、最終的には自分で治すんだよ」と言い切る旦那様。
自分の体のどこにどういう意識を持って行けばいいのか。
修行の中で、空手の中で、これでもかと繰り返して来たという。

体の「ここ」って言われて、そこに自分の意識を持って行くこと自体が
どんなに難しいか、普段の生活だけを続けていると、嫌という程思い知る事がある。

「はい、足をこのくらいに開いて、手を前に・・・」と言われた瞬間、
足は、「このくらい」開いていなかったりして(あはは)

きっと、きっと、こんなも子供の頃、歩き始めたり、走り始めた頃、
苦労して自分の体の使い方を覚えたはずなのに・・・。
大人になると、逆に何かが邪魔して、うまく行かない(苦笑)

「変な癖が付いてしまうんだよね~」と旦那様。

体と意識の違いは、こうして新しい事を始めてみれば良く分かる。

・・・って事は・・・

毎日の生活の中で、運動であっても、なくても

「自分はこうしているつもり」と

「実際に自分の体がこう動いている」

とは、必ずしも一致していないという事になる(涙)

ひょっとしたら、「私がこうしているのに!」って思っても、
周りがどうも思うように動かないって事・・・

実は、自分がそう動いていないのか・・・と思うと・・・

冷や汗ものだ(爆笑)

特に、うまく行かない事を、周りのせいにしていたとしたら・・・

ああ・・・、普通の感覚なら、恥ずかしくて、「穴」を掘り始めたくなるわ~(苦笑)
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2007.08/16(Thu)

お盆 

今日は、お盆の行事の日。
毎年そうだが、この日が早く来てくれ~って思ってしまう(苦笑)

先日も書いたが、数日前から、空気がどこに行っても重く感じ、
暑さのせいも手伝って、息苦しい。
歩いても、歩いても、なかなか前に進めない・・・なんて当たり前。

今日の行事の中でも話がでたが、このお盆の捉え方やしきたりも
家によって地方によって、様々だ。

「作法ではなくて、一番大切なのは心ですから」と旦那様が繰り返す。

お経を読んで、心が通じると不思議とふっと空気が軽くなるから不思議なもの。

お経の前後で空気の成分を調べてみたいぐらい(笑)
ただし、実際比べても、それを分析できる技術がなければ、
「変化なし!」って事になるんだろうけど(あはは)

こうやって、軽くなるプロセスで感じる事は、

自分の先祖をずーっと遡りながら、自分に繋がっている「流れ」と、
(自分から外に広げて観るって事)

自分の中をずっと辿りながら、自分の中にその「流れ」があるって事。
(自分の中を観るって事)

「だから、供養、供に養うって言うんだよ」と旦那様。

供養と言うと、「~の為」って思ってしまうが、
それは、確実に自分にも繋がっている・・・と理屈抜きに感じる時でもある。

自分から外に向かって広げても、自分の中をずっと深く探っても・・・
「同じ所に行き着くんだよ。
どちらも宇宙に繋がっている」と旦那様。

その宇宙に行き着くまでに、やっぱり気になる先祖がいたりする。
具体的な人ではなく、なんとなく、その流れがスムーズに遡れない感覚というのかな~。
(あら~妙に今日は、感覚的な文になってるわ~笑)

一度や二度の供養で全てが解消される訳がない。
「私」に至るまでの「流れ」を感じると、その長さも複雑さも同時に感じる。

「ゆっくりやればいいさ」と旦那様。

そうそう、「えい!」って魔法みたいに一瞬に解消する訳もない。
じっくり、じっくり、辿る中にも何かがあるんだろな~と思う。
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2007.08/15(Wed)

感情論 

問題が起こる。
十人が十人、その問題に対する考えが違う。

当たり前の事。

一人、一人、育った環境も、親の価値観も、属している社会も違えばなおさら。

Aというグループで認められた事が、
Bというグループで認められるとは限らないのだ。

外国とか明らかにグループが違うという事が分かっていても、
なかなか自分の常識や感覚は捨てられないもの。

そんな「感覚」をどこまでどう合わせるか。
今、スポーツ界でもそんな事が問題になっている。

どちらの考え方もある場所では正しくて、
ある場所では間違い・・・ってなるんだよな~。

つまり、判断の基準は「あるやり方」より、その場所での「やり方」に
プライオリティーがあったりする。

そんな事はこの世に沢山!!!
何故、日本では道路の左側を車が通るのか。
何故、人と会ったら、頭を下げるのか。
何故、何故、何故????

教育の世界、学校なんて、そんな事だらけだ(あはは!)
ちゃんと理由はあるんだけど、生徒にそれが理解できる
内容だとも限らないって事も沢山ある。
卒業して、社会に出てから
「先生、あの時言われた事ってこういう事だったんですね~」
なんて、言ったりする。

理由を探すのもいい。
だけど、その理由が分かる前に
車では左側を通り、
人と会ったら頭を下げ・・・。

沢山の人間が集まって、あるグループで生活をするのに出来た決まり事には
ちゃんと理由がある。その歴史もある。
それを自分が知らない、納得できない、それだけで行動していては、
結局、自分がそのグループから出て行くしかない・・・って事に(あらら~)

「そういうものを変えるには、変えるプロセスがあるんだよ」と旦那様。

アンチテーゼだけでは、問題は解決しないばかりか、
「そうしたければ、他でやったら?」って事になる(苦笑)

旦那様がアドバイスをする。
「これはちょっとね~って、
『好き』とか『嫌い』とか、
『格好がいい』とか『悪い』とか、
そんな感情論で言っているんじゃないんだけどね~」と旦那様が苦笑する。

その時、その場での「常識」
その多様性を知らないと、その判断は難しい。

言語の世界でも、実は、教えるべきは「言葉」ではなくて、
その常識や適切さではないかと、その分野にフォーカスが当ってきている。
そんな話をクラスで論議する度、最後はカオスだ~!
(つまり、教授を含めて、まだ誰も整理できてないって事・笑)
って事になる。

一番、大切なのは、「多様性があるんだ~」って事を忘れない事。
毎回、何を教材にしても、授業で結論は、今の所、そこに戻る(苦笑)

それが、又、面白かったりする(笑)
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2007.08/14(Tue)

最大の秘訣! 

お盆のこの時期は、どこに出かけても、何をしていても『空気が重い』

「仕方ないね・・・この時期は(苦笑)」と旦那様。

まあ、私の何倍も鋭い感覚を持った旦那様の事。
伝わってくるものの影響はかなりのものだと思う。

でもね・・・
せっかくのこの時期。
ちゃんと先祖を思い出し、供養するって習慣は個人的な意見だけど、
悪くないと思う。

スコットランドに留学していた時、「お盆って何?」って質問されて、
説明するのに大変困った経験がある。
「決まった習慣」と言うものは、「人が作り出し、人が大切にしないと
なくなってしまうものかも」とも。
勿論、スコットランドでは、彼らなりの先祖を大切にするやり方があるんだけど。

気が付いている人も居ない人も、こう言う時期には自覚しているより、
色んな影響を受けている人も多いなぁ・・・
という私も、空気が思い事だけでなくて、感じる事がある。

「過敏になり過ぎているんだよ」と、旦那様は言うんだけど・・・(苦笑)

何かを感じて、気分が悪くなったり、例え、相手の訴えかけてくる事を
聞けたところで、普通の人が出来る事は、「同じ様な辛い気持ちになるだけ」
そうした影響を受けている人は、どうしてもマイナス思考になってしまう。

なんとなく、
「考えても仕方の無い事」を堂々巡りに考えたり、
「このまま、うまく行かないんじゃない?」って不安になったり、
よくよく考えると不幸な事なんて、殆ど無いのに、
「ああ、幸せになりたい」なんて思ったり。

そして、そうした暗い気持ちは、『勝手に次の暗くなる事』を
引き寄せてしまう。

・・・って、事は、自分でやってる部分もあるって事?

「そうだよ。人の気持ちは、自己暗示にかかると、実際にその事を引き起こしてしまうからね」と、旦那様。

侮れない!
「思いのパワー」はプラスにもマイナスにも働くらしい。

さて、そうした、マイナスの影響をできるだけ受けないためには???
しっかり自分の先祖を供養して(その部分のアンテナは開いて)、
その他のアンテナはできるだけ、閉じる・・・が最大の秘訣!らしい。

とても感覚の鋭い人達に、旦那様がアドバイスする事は、
一言、「関係の無いものは、無視しなさい」

これって、実際にとっても効果があるらしい。
『「私には、何もできません!」って言ったら、居なくなりました』ですって!(笑)
そんなに簡単なの~って思ってしまう様な本当の話を何度も聞いた。

そして、「えぇ」とか「これは」とか思ってしまう、余り良くない事が起こっても
出来るだけ早く「忘れる事」・・・ですって!
(あはは・・・簡単そうで結構、これが苦労するのです・苦笑)

でもね・・・幾ら苦しくても、それが自分の先祖で、血の繋がったものしか、
解消できないのなら・・・
それは、やっぱり、少しでも軽くしたいと思うもの。

そこだけは、ちゃんとアンテナを立てて置こうと思う。
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2007.08/12(Sun)

非難 

人を非難したり、責めたりするのは・・・
こう言ってはなんだけど、結構、簡単(あはは)

・・・って書いて、自分の事を思い出してみると、
今日一日だって、何回かやったかもね~。

正直に(爆笑)そう告白する私に旦那様は、
「人って皆そうなんだよ。
修行したって、世間的な立場のある人だって、学歴のある人だって、皆、同じ。
大して変わらないんだよな~」

そう言われて、心が軽くなるかは別問題だけど(笑)

こう書くと、それこそ「非難」と取られるかも知れないけど・・・。

ある種の鋭い感覚を持った人は、相手の欠点や足りない部分を含めて
本質・・・みたいなものが「バン!」って入ってくる事がある。

例えば、部下のいう事に全く耳を貸さないっていう上司がいたとする。
その人の中にある、「人の話を聞かない頑固さ」がとても強く強く伝わってくる。

「ああ、あの人はそういう人だから」って言うようには、
そうなるとなかなか行かない(苦笑)

それが、同僚だったり、友達だったり、はっきり言える相手だったら、
一度や二度は、「貴方ってこうだから、駄目なのよ!」とか言ったりして、
人間関係を作るのが難しくなった人も少なくないと思う。

相手の一つの「足りない部分」だけで人を評価してしまう・・・
本当は、その人のその部分に「自分」が囚われているだけかも知れないのにね。

完璧な人と言うのは、まずこの世に存在しない。
居るのかも知れないけど、
居たとしても、私が、自分の立場を離れて、完全に客観的にその人を観ないと、
その人が完璧かどうかも分からないだろう(苦笑)

人を非難すると、自分の中の何かがちょっとだけ、その瞬間だけ、軽くなった気がする。

「自分のせいで・・・」と言っている人でも、実はそうではなくて、
そうせざるを得なくしてしまった原因を探しているのかも知れない。

原因探しや、非難は、間違っているとか正しいとかでは測れない・・・

問題は、その後だといつも思う。

自分が悪いんだったら、今、どうしたらいいのか。
誰かが、悪いんだったら、自分はどう振舞った方がいいのか。

「悩むな、考えろ!」って旦那様は、弟子にいつも言う。
悩んだだけなら、非難で終わってしまう。
そして、同じような「悩みの種」が貴方がそれを乗り越えるまで、
次々、次々、降って来る・・・様になっているらしい・・・(笑)

時間が解決してくれるものというのもあるけど、
こればっかりは、頭をすくめて通り過ぎるのを待っても、
ほっとするのは、次の「種」が落ちてくる短い間だけらしい。
・・・って分かってもね・・・
非難や批判って、皆、大好き!(爆笑)

それが結構、後で振り返ると自分の中にもあったのを気が付いた時、
・・・笑うしかない・・・(苦笑)
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2007.08/11(Sat)

鏡 

「霊能者はね、鏡なんだ」と呟く旦那様。

いうまでも無いが、「人として鏡の様な人」という意味で言った訳ではない(苦笑)
勿論、「人の鏡」の様な人も居るのだろうけど・・・。


霊能者は、相手の言葉や姿から、波動を受け取る。
その波動から、本人と同じ気持ちになったり、記憶を思い出したり。
自由自在という訳ではないんだけど・・・。
霊能者にもどこまでどう読めるかっていうのはあるだろう。

色んなトラブルがそうした本人も忘れてしまった記憶の中にあるものが原因の時もある。
本人は、すでにそんな事が起こった事さえ忘れている。
正確に言うと、「忘れているつもり」だったり
「封じ込めていたり」するんだけど。
だって、嫌な事や全ての事、今、そこで起こった事のように記憶しては置けないのが普通だもの。

そうして、霊能者に会うと、見えるのは「自分」
初めは、・・・ひょっとしたら、
ずっと、それが「自分」だと気が付かないかも知れない。
何しろ、そうして忘れてしまった事は、忘れたかった事。
本人にとっては、「そんな事、あったっけ?」状態だから。

「人にとって、一番怖いのはね・・・自分の姿なんだよ」と、旦那様は言う。

それを映し出す鏡に映る「自分の姿」を観ると・・・。
大体の人は、動揺する(あはは)
自分では動揺している自覚さえない事が多い。

人が次に起こす事は、「それが本当に自分の姿だったのか」って、
確かめようとするのだ。
これって、とても「本能的」な事で、
きっと誰にも止められないみたい(苦笑)

例えば、どこかで自分の心にウソを付いていたとする。
「本当は、こうしたいのに・・・」って事を、
色んな事を理由にあきらめたり、ごまかしたり。

自分が「あきらめた」とか「ごまかしている」かも
と、心のどこかで思ってしまう。
そう、・・・思い出してしまうのだ。

これって、ある意味、覚悟が出来ていない人にとっては、ちょっと堪えるかも。
だって、人は色んな理由を付けて、「心の声」通りには生きていないから。
勿論、実際に、自分の心の声どおりに生きるのは難しい事も沢山!!!!
その本人なりの事情もあるだろうな~って、思う。

だけど、それさえ、自分で納得できる「事情」でないと、
どんどん「自分」が許せなくなってしまったりする事もあるだろう。

同時にそういう自分が周りから受け入れられないって恐怖も感じる。

逆にそういう能力を持った人も自分で自分の声がいつも聞こえるのだ。
ごまかしていると、どこかでバランスを崩す事になったりする。

ああ~、何だか今日の話は本の中のフィクションより「怖い」

だって、自分で自分を壊してしまうサイクル。

一番、怖いものが、「自分」で
自分で自分を壊してしまう事にもなる訳で・・・。

ごまかしの効かない所にいる私。
取り合えず、正直に生きるしかない(爆笑)
EDIT  |  02:37 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/10(Fri)

スパイラル 

長い歴史を持った、いわゆる老舗。

老舗には、特に働き始めた時には、「どうして?」と思う
「伝統」みたいなものが残っている事が多かったりする。

伝統って、残ってよし、その一方、ちょっと問題って、
やっぱり両方あるけど、その「長い間に出来たもの」の
理由はちょっとやそっとじゃあ分からない。

そんな理由が自分には分かるはずも無かったわ~(苦笑)
って具合になれるまで、3年ぐらいはかかったりする。

同時に今の時点で、「何でだろ?」って未だ分からない事も
きっと自分には見えない理由があるんだろうな~とも。

「こういうところがおかしいと思うんです」という老舗で働き、
色んな悩みを抱えた弟子に、旦那様が聞く。

「で、売り上げはちゃんと上がっているの?」

「はい」

「じゃあ、そのままでいい。おかしくても今は君が変える必要はないんだ」

・・・と、言われても、それでも「おかしい」事はおかしいと、
本人には思える訳で(苦笑)なんでそのままでいいのか理解できない。

そして、やがてそこに囚われていると・・・
どんどん「おかしい」と思う事が益々増えてくる。
・・・って云う、スパイラルに入ってしまうとかね。

囚われるって、結局は自分を痛めつけるのね・・・。

『ほどけなさい』ってこう云う事なのかって思ったりして。
囚われている心は、目の前にある「幸せ」を見えなくしてしまう。

だって、老舗で働けるチャンスってそんなにない!
って、側で見ているお気楽な(笑)は、思ったりする訳で。
どんな所も働き始めたら、「色々あって当り前」と思っている私。

学校なんて、最たるもの。
転勤はつきものの職業。
転勤したらしたで、「その学校のやり方」があるし、
その中にはそれが決して良い事で無くても、変われない理由が必ず
あるものだと何度も実感した。

「ある決まり事はね・・・その場だけで有効なんだよ」と旦那様。
だから、自分がいる世界が一つしかないと、
そこでの決まりが、その人の全てになったりする事もある。

スパイラルは、その人が外の世界にでた瞬間から始まったりして(苦笑)
おかしい!おかしい!間違っている!の連続だったりしてね・・・。

どこに行っても辛いだろうな・・・なんて同情する話かしら?
EDIT  |  02:52 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/09(Thu)

色んな人 

人の好みは千差万別。
人の価値観も千差万別。

だから、自分の好みのものと合う人もいれば、
当然、合わない人もいる。

「両方、いるから面白い。色々だから、面白い」
と、旦那様は言う。

私自身の最大のカルチャーショックは大学時代にホームステイをした時の事。
それまで、知らない内に「これが正しい」「こうでなきゃ」と作り上げて
来たつもりのものを容赦なく壊された(あはは)

若かった私にとって一番ショックだったのは、日本では考えられない
大きなプール付き、家族より車の数が多い、あるアメリカ人の家庭。
「夏は、涼しいからココに住んでるけど、冬はマイアミの家で過ごすわ」
と、話をしてくれた夫婦は、仕事に出かける様子が無かった。
毎日、私達をあちらこちらに連れて行ってくれた。
どうやら、夏休みだからではなさそうだ。
何の仕事をしているのか、はっきりは分からないが多分「投資家」だったと
今思う。

当時の私にとって、毎日、朝からプールに入り、それから食事に出かける。
と言った毎日を過ごしているだけ(に、私には見えた)の生活なんて。
考えられない、想像を超えた世界だった。

そんな暮らし方が「良い」とか「好きじゃない」とかじゃなく、
そんな暮らし方があるって事を目の前で見た事が貴重だったわ~。

逆に、「どうにかした方が・・・」と思ってしまった事もあった。
私達の世話をする事に必死になってくれた彼女。
仕事も休んで、一生懸命世話をしてくれた彼女が乗せてくれた車は、
床を見ると、運転席から投げたゴミが散らばっているその間から、
アスファルトが見える(怖い・笑)

「う~ん、人のお世話をする前に、やる事が・・・」と思わなかった訳でもない(苦笑)

でも、それは彼女の生きがいの一つだったのだろうとも思う。

自分の価値観と合わない、あるいは違う事に出会った時、
人はいろんな反応をするものだ。

「許せない!」
「嫌いで一緒に居られない」
って言う拒否感もあるだろう。
それは、当然だし、自分の感覚をちゃんと持っているのも大切な事。

けれども、そんな人がずっと身近にいると、
人の気持ちはなかなか落ち着かなくなる。
知らない内に、拒否感を持っている人と同じぐらいの拒否感を持たれる人に
自分がなってしまっていたりしてね(あはは)

「もっと、心理的に距離を持って、『ああ、こんな考え方をする人もいるんだ~』って分析したり、観察したりしたら?」
旦那様がアドバイスした事。

同じ事でも人によって違う視点で見ている事は、論議したり、話し合ったりしても
なかなか「ああ、そうね」って言葉を相手から引き出す事は出来ないもの。

その人は、その人でいいのだ。
もし、その人が欠点があるとすれば、本人がちゃんとその償いをする事が起こる。

とはいえ、「良くこんな人とうまくやっているな~」って感心(苦笑)するような
話を聞く事もある。
でもね・・・実は・・・「うまくやっている」と言う人もいるけど、
その人と、「うまくやっている人」はどこか似ていたりするのだ(あはは)

「なるほど、だから、気にならないのか」なんて納得!

同じ職場や学校や、家庭で暮らしていると、初めからって場合もあるけど、
お互いどこか「似てくる」ものだな~。

「だから、気が短くなったのかぁ~」って呟い私。

すかさず、旦那様が「昔からだろ?」

うぅ、そうでした・・・(苦笑)
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2007.08/08(Wed)

やりたい 

やりたい!と自分で思ったら、自分でやらなくてはね。

当たり前の事だけど、当たり前の事程忘れちゃうもの(苦笑)

色んなモノやチャンスをひきつける力のある人。

そんな力のある人いるの~!って言いたくなるかも知れないが、
周りをよ~~く見回して見れば・・・必ず一人は居るでしょ?

そんなおいしい話、あったらどんなにいいか。
それってチャンスだわね~とか思ってしまうわ。
兎に角、そんな話が舞い込んでくる。

それも本人が、何か違うことに「心を決めて、やろう!」と思った時に限ってだ。

「頑張って、資格をとろう!」って勉強を始めるとする。
そう決心して動きだすと、なぜか周りの他の事まで動き出す。

そういう人曰く、
「思ったのと別の資格なんだけど。
君なら、無料で参加していいって言われたのよね~」なんて事はざらにある。

ただし・・・ただし・・・それは、昨日書いた「自分の課題」を
忘れてしまう事になったりもする。

どちらを学ぶにしても、きっとその途中には「何だか辛い」とか
「面白くない」とか「本当に自分にあっているのかしら?」とか。
迷ったり、悩んだりする・・・これもそのプロセスの一部。

「絶対にやる!」って自分で決めて、自分で始めた後。

本当にあったらいいな~(無料で受けられるなんてね!)と思うような事を始めた後。

同じ学ぶにしても、どうなるかは又別の事だったりして(苦笑)

「そういう話はね・・・1000の内、3つうまく行ったら儲けもの」
と旦那様は言う。

ああ・・・おいしそうな話は、別のいい方をすれば、1000個やるって
覚悟しないと、ひょっとしたら最後までその一つが出てこないかも(笑)

仕事だって同じかも知れない。
夢のような年収の額がネット上でも流れているけど、本当にそんな話が来たら・・・

「後が怖いよね(笑)」と私。

「確かに」と旦那様。

転職する前と同じ仕事をして、それだけの金額になるはずがない。
ただし、それだけ仕事をしようと決心した決断ならそれは、それだけど。

奇跡に思えるような話には、よくよく聞くとその前の前振りがある。
そして、それが無いなら、その後の話がある・・・はず。
皆、そこの部分は、「聞いていない」か「省略」してある(爆笑)

「遠回りは近道、近道は遠回り」と旦那様がこんな話を聞く度に言う。

それに・・・遠回りに見える、着実な道には、近道になる「工夫」が
施されているらしい・・・(笑)
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2007.08/07(Tue)

自分の課題 

自分に出された課題や宿題を人にやってもらう事はできない。

例え、形だけ整えて提出しても本当の意味で「こなした」事にはならない。

「人生の責任は、最終的には自分で取るしかないんだよ」と旦那様は言う。

自分の前に下りてきた、自分のカリキュラムの「課題」
誰から出されたのか分からないこの「課題」は、
学校の宿題と違って、「やらないで過ごす」という選択肢が
表面上あるように見える。

だけど、よ~~~く思い出して欲しい。
あ!あの時と同じ・・・。
・・・そう、提出されていない課題は出来るまで繰り返される。
ちょっとだけ、長いスパンで自分を見つめてみれば、
結構、同じ事でつまずいていたりする(苦笑)

「今度こそは!」と思い立つ。
ところが・・・である。
必ずと言っていい程、まず始める前に「やらなくても済む」ような
事が起こる。

それは、誰か他の人からの「そこまでしなくても」とか
「こうした方がいいんじゃない?」とか
「それじゃなくて、こっちの方が将来、楽よ」なんて言葉だったり。

またまた、表面上、思いやってもらっているように
感じたりするからややこしい(苦笑)

旦那様が仕事をする上で大切にしている事の一つ。
「アドバイスをして、本人がするか、しないか。
それは、本人次第。
本人の人生なんだ。」

やって学ぶ事がある。
やらないで学ぶ事もある。

もしも、失敗したり、どうしていいか分からなくなったら、
いつでも戻って来たら、何時でも又、一緒に考える・・・。

アドバイザーや指導をする人、そして、親や先に生まれた人達・・・
そんな人達が「人を育てる」時の一つの姿だと思う。

「こうしたらいいのに」という自分が与えたアドバイスをやらないから。
・・・だから、駄目なんだ。
・・・だから、将来どうなるか分かったもんじゃない。

何でもあり!って思っている(って思える修行中と言った方がいいかな?)
私が唯一、拒否感を持つのは、「自分の価値観で人を縛る」って事。

「本人がやりたい!って言っているのなら、やらせればいい」

自分の思ったように人がやらないから、
自分の価値から外れているから、

それは、自分が理解できていない世界や
自分が知らない世界があるって事だとも思う。

「余計なお世話だわ~」ってそんな話や言葉を聞く度に思うけど・・・

まあ、そんな人達も、「ならば、なおさら!やってみせる!」って、
反骨精神を奮い起こしてくれる役割なのかしら???

だとしたら、やっぱり必要なのかもね(苦笑)
EDIT  |  02:24 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/06(Mon)

ばらばら 

プロセスをあまり説明しないって人。

昨日書いたブログの様に頭の中で何かが凄い勢いで進んでいる
・・・かも知れないが(笑)
そうでない・・・かも知れない(あはは、最悪!かも)

どちらにしても、周りに居る人から見れば、
「何がどうして、こうなるの?」って(笑)

「さて、そろそろ~でも・・・」という前置きや、
「これは、こうで・・・」って説明が極端に少ない事が多かったりして。

だから、多くの行動や言葉が突然に感じられるのだ。

「いや~コントロールされていない能力者ってばらばら」と旦那様が苦笑いする。


確かにね・・・

旦那様の場合は、「え?」と思っても、私が聞けば、必ず(本当に必ず)
これがこうでって説明してくれる。

「訓練したからねぇ・・・・。
昔は、その説明をするのに苦労したよ。
後で理由を付けて(笑)って事も無い訳じゃないし」

そりゃあ・・・仕方がないわ~と思う。
だって、本人が説明してもやらなきゃ分からない、
経験しなきゃ幾ら説明しても分からない事なんて山ほどある。

私だってこの「経験」の真っ最中!(苦笑)
何しろ、やる前に沢山話を聞いて
いざやると、「ああ、なんて、聞いていた事をやるってこんなに違うの!」
の連続ですもの(笑)

能力者にも色んなパターンが勿論あるんだけど、バラバラ具合は結構なもの(苦笑)

今更ながら、「私も少なからず、こう思われてたかもな~」って、振り返る事が多い。
つまり「何を考えているのか、分からない」って人。
「これは、駄目です!」って雰囲気を出しながら、
「こういう事、やっていただけますか?」とか同僚に言われて、
「あ、いいですよ」といとも簡単に答え、
なぜか同僚が凄く驚いていた。
「本当に、いいんですか?」って(笑)
何で頼んでおいて、わざわざそんな事きくんだろう?って思ってたけど。

「心と頭と体と魂」が一致していないから。
バラバラ具合は、ここから来るらしい。

「いつかは、統一するのにちゃんと何かをやらないとね」と旦那様。

実は、バラバラだったかも!と気が付いて慌てている私は、
一気に「一致させなきゃ!」モードに突入する(いつも通り!笑)

「だから、もうやっているじゃない」

ああ・・・そうでした・・・
こうして、「心」と「自分がやっている事=体」が、
まだまだ一致していない・・・って自分でばらしてしまうのだった(あはは)
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2007.08/05(Sun)

感覚のせい? 

モノをどうやって捉えているかって事がこんなに違うとは!
今でも発見の連続(笑)で観察に飽きる事はない(あはは)

「ここに棚があれば片付くのにね」

何気なく言った私の言葉。
私の中には、「棚」って言葉から「どんな棚」がいいか・・・は
あまり考えていないかったりする(笑)
ただ、「片付いたらいいな」「何時、どこに買いに行こうかな~」なんて。

旦那様は「分かった」って一言。

「分かった」って何が分かったの?(笑)
何時?どこに?買いに行くのかな?
それとも棚を置く事、自体、考えておくって事なのかな?

表面的には、何も言わなくても、実は凄い勢いで、
「そこにどんな棚が必要か」って、
大きさや形、細部に渡り「写真」や「絵」を
描いているみたいに考えてる・・・。
そして、何時、どこにそれを買いに行けばいいのか・・・。

全部の条件が揃うまで、その途中をあまり口にしない。
と言うか、「『絵』や『写真』を言葉で説明するのは、無理でしょ~。」
と旦那様。
その通りです!(苦笑)

そして、その絵が出来上がったら、
突然の様に(突然に見えるって事だけど)行動しはじめる。

って、気が付くまでに、観察に観察を重ねた(涙・・・あはは)
それまでは、フライングのされっぱなしだった(苦笑)


実は、霊能者の様に鋭い感覚を持った人は、
人と違うことを感じ取っているだけではなく、
考え方のやり方が違うのだ。

人からは感情や、状況を読み取るのに、
自分は何を考えているのかヒントも出さないなんて、
ずるい!(笑)とちょっと思っていた。


「りんごが食べたい!」と思ったら、
「りんご」という「字」が頭の中にあって、
お店に買いに行くと、「りんご」と言う字に反応している私(あはは)

旦那様は、「りんご」って聞いた途端に
食べたいりんごの絵が頭の中にあって、
お店に買いに行くと、自分の絵のりんごと一致しないと買わない(あはは)

お互い自分の考えている事にこだわっていたら、
毎日、「何を考えてるの!」ってなるかも(苦笑)

そうそう・・・お互い様なのだ。
感覚があろうとなかろうと、自分の考えに囚われていると、
相手の言っている事、考えている事は、まず分からない。

分かっているつもりでも、それは、自分が分かるものだけを
集めているって事も少なくない(厳しい!あはは)

理論的だし、頭がいいな~って思う人。
だけど、何も外から入れないまま自分の考えが正しいとなる事だけが
分かるし、受け入れられって事も少なくないな~。
って、昔は、こだわりが今より多くて、これって結構やってた気が・・・(汗)

長々霊能者との違い!みたいに書いた後、こう書くのは気が引けるが、
実は、そう云う能力があっても、なくても、人の頭の中は、
一人一人、違う。
同じ様で、同じで無い。
だから、言葉を交わして、
それに乗せて気持ちを伝えて、
受け取って、
共通の「何か」を「その場」に作りだして話をしている。

だから、「理解」されにくいのは、敏感すぎる感覚のせいだけではない。

ちなみに私は分からない時、どうするか・・・って言うと、
「どんな棚がいいかな~」
「これは?」
「あれは?」
旦那様が聞いているかどうかは別にして、取り合えず次々言ってみる(笑)


「人に理解してもらうにはね・・・努力がいるんだ」と旦那様。

コミュニケーションは「相手」があって、成り立つもの。
相手にとっての「相手」は貴方なのだ!
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2007.08/03(Fri)

持ってるだけだと・・・ 

霊能者が周りに居る事が至極当然というか・・・
ひょっとしたら、そんな人だらけの生活を暫く続けていたからか、

「そんなの、当然。よくある事。それで?」って事がいつの間にか
凄く増えていた(あはは)

勿論、霊能者と一括りにするには、余りにもその感覚の鋭さや違いには
大きな差があるけど。

昨日は、「霊能は頑固!」って話を書いた。
「私は、頑固じゃな~い」って頑張らないで下さいね~。
それが何より、頑固な証拠ですから~(笑)

普通は日常生活の中で、皆が感じないから「無い」事になっている
見えないものの影響。それって、結構、便利で、不便。
何でもそうだけど、うまくコントロールしないとこうした能力は、
逆に自分が振り回される事になったりする。

普通感じない・・・だから、相手は、そこまで読まれているとは思わない。
でも、分かる人が見れば、分かる。
相手が「はい」と言った時に、本当にそう思って言っているのか、
とりあえずそう返事しているのか、それとも本当は「NO」と思っているのか。

人は社会の中でこうした、言葉と心が一致しないって事をやっている。
だって、もし言葉どおりでしか人と付き合えないのなら、
「私、貴方の事を信用していないから、この仕事は適当に済ませました」
(爆笑)なんて、言わなきゃいけなくなる(あはは・・・本当だとかなりまずい!)

そして、感覚の鋭い人には、その「NO」が声になって聞こえてくる。
実際は、相手が声にしていないものを自分の中で音にしたりする事が出来る人もいる・・・というか、比較的、私もこのタイプだから、良く分かるんだけど。

そう云う人と話をず~~っとしていると、段々イライラしてくる。
だって、言っている事と心の中が違うじゃない!って(苦笑)
お世辞なんて言われても、とうの昔に見抜いているから、
素直に受け取れなかったりして。
(お世辞を素直に受け取るって言うのかな?笑)

逆に、自分の心の声も自分では「声」にしていて、
実は「声」にしていない事もある(あはは)
言ったつもり・・・ってやつ。
自分の中では話している事は、もう始まっている。
それで相手の反応が鈍かったりすると、「聞いてないの!」
ってなったりして。


本来、相手の気持ちが読めるから、コミュニケーションが上手なはずの
人達が、こうして、「人と話すのが苦手」になってしまったりする事も
珍しくないのだ。

旦那様もココが一番、苦労した所だと昔を思い出して苦笑いする。

「だってさ~、言葉できないんだもの」

けれど、どうにかして伝えないとこの仕事は出来ない。

「それも、相手に伝わる様に言わないと一人よがりになるだろ?」


私にも、その「意味不明」なアドバイスを他の霊能者から受けた事がある。
何の事なのか、さっぱり分からなかった。

勿論、こうしたアドバイスは、自分が実際やってみないと分からないものもあるけど・・・

それにしても、あれは・・・「宇宙語だった(笑)」


人と話すのが苦手、
その上、頑固・・・
ああ、感覚を持った人が生きていくのは、大変だわ~。

と、まるで他人事の様に悩む人を見て思う事。

「感覚が鋭くて、人の気持ちがよめる」って
長所も持ってるだけだと、
短所になるのね~なんて思ったりもする(苦笑)
EDIT  |  02:52 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/02(Thu)

ミュータント??? 

昨日の「霊能者と仲間達」のブログを読んで旦那様に質問した。

「ねえ、霊能者ってミュータント?・・・だったりする?」

あはは!今なら笑える。
けれど、結構「自分は人と違う・・・」って悩んでいる人って、
ひょっとしたらそう思っていたりして。

というか、実は、何を隠そう私自身そう思った事がある(爆笑)
それは、急に感覚が鋭くなって、どこに行っても気分が悪くなる・・・
そんな状態が最高潮(って言うのかな?・笑)だった頃。

「皆、どうして、気分悪くならないの?
どうして、私だけこんなになっちゃうの?(涙)」
余りにひどい被りの連続に、自分だけ遺伝子が違うかと思った(ここは笑う所です!)

「ミュータントな訳、ないだろ~(笑)」と、旦那様が答えてくれたのは当たり前。
しか~~し、私はそこで終わらない。

「じゃあ、何が違って、こうなるの?(涙)」

「昔持っていた人間の感覚が残っているのさ。先祖がえりだよ。」
先日の旦那様のブログにも書いてあった様に、テレビもラジオもインターネットも無かった頃。
頼るべきは、自分の感覚以外には殆ど無かった時代。
確かに、今よりずっとそうした感覚が鋭かっただろう。

そして、それは今の人間、皆に本当は備わっている能力。
だけど、殆ど必要ない生活の中で引き出される事は少ない。

子供が時々、「え!なんでそんな事・・・」って事を言う時がある。
妹の子供は、予定日が来てもなかなか生まれない自分の弟が、やっと生まれる日に
朝から、「大変だ、大変だ、誰か来る!」って走り回っていた(笑)

でも大人は、そんな子供の能力を「そんな事わかるわけないでしょ?」
って・・・そうすると本当に、引き出されないままって事に。

その感覚を失っていないって事は・・・

「だから、頑固なのね」と私。
自分の感覚を信じて、人から何と言われても、その能力を失わない。

「そう、だから君も頑固だろ?」

あ!墓穴を掘ったぁ・・・・(爆笑)
EDIT  |  03:13 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.08/01(Wed)

居場所 

かつて霊能者ってこんな部分があるみたいな事を書いた事があった。

それから、色んな人が旦那様に相談に訪れて、
結構、そんな感覚を持った人がいる事を知って、
いつの間にか、「ああ・・・貴方も・・・」ってぐらいになった(爆笑)

「見えるんですか・・・それで?」って(笑)
目に見えないモノを、見たり、感じたり、そして体調に影響を受けたり・・・。

「どの病院に行っても、何も原因が見つからないんです」って人が沢山いる。

もしかしたら、その病原菌を見つけるだけの技術がまだ無いのかも知れないし、
その他の原因があるのかも知れない。

どちらにしても、そんな人が意外と沢山いるものだと改めて思ったりする。

「気のせいだ・・・」って思っていた事が、実はやっぱりそんな感覚を持っている人の事。
バランスを崩してしまうと、普通に生活する事が難しくなったりする事も珍しくない。
どこかで自分が他の人と違う事を誰より自分が知っている。
隠していても、相手に合わせていても、我慢が出来なくなる限界が来たり、周りの人の反応がやっぱり違うと思われている気がして、うまく付き合えないって。

「誰でも自分の居場所を探しているんだよ」と旦那様が言う。

自分らしくない場所にいるという事ぐらい、辛い事はないだろう。
それに、どうせ・・・というか、努力しても報われることは少ない・・・
って言ってしまおう!
ならば・・・どこでも自分らしく生きるしかない。

自分で自分が違うと認めるまでに大きな一歩。

自分で違っていいんだ!って思えるまでさらにもう一歩。

結構、決心する前にはとても、とても、大きな壁に思える。

けれど、経験者として言わせてもらえれば、
乗り越えた後は、「な~んだ、大した違いはないわ~」

そして、同時に「やっぱり、自分がちょっと違うかも」と、
発見して、それがプレッシャーになる人もいるらしいけど、
認めた後は、単に「私って、面白い!」(笑)って思えたりする。

それも含めて、全部、受け止められるといいな~と思う。
何しろ、その後の楽な事、楽な事(あはは)

それに・・・見た事の無いモノを信じるか信じないかだって、
その本人の自由だものね~。

「理解してくれない!って責めるのって、
貴方は私と違う!って責めるのと変わらないわ~」と、言い切る私に

「相変わらず、はっきりしてるね(苦笑)」と旦那様。

居場所がないなら、自分で作ればいいジャン!
って作ってしまった旦那様の方が、よほど、はっきりしてると思うけど(笑)
EDIT  |  02:30 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
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