2007.09/30(Sun)

元、人間 

「見た事のないもの」と「見えないもの」
う~ん、この区別はつきにくいけど、どちらも
「そんなものいるものか!」っていう人と、
「いるかもね~」と思う人、
「そして、見た事がある」という人。

色々、いるだろう。
まあ、かつて鎖国をして、外国人を見た事がなかった時に
うわさになった「金髪」の人と同じ反応かもねぇ(苦笑)

「いるのか」「いないのか」って話になるものの中でも、
多くの人が見た事がないって「モノ」が、全部一緒になっていたりするから、
益々、よくわからない話になったりするものかも。

「ねぇ、妖怪と、幽霊って違うよね。どう違うの?」

「妖怪はね、昔から住んでいるけど人間とは違うんだよ」

「じゃあ、霊は?」

「人間」

霊の話をする時、「人間だった・・・」って思っている事ってあんまりなかったけど、考えてみれば当り前だわ~。

時々、「何でもかんでも、霊のせいにするなぁ!」って、
旦那様がテレビに向かって言ってたりする(あはは)

「本当に、霊が起こしている事なんて、殆ど無いんだよ。
大体は、生きている人間だね」

じゃあ、生きている人間の方が達が悪いって事?

「その通り・・・というか、生きている人間と同じだから、色々いるさ。
それにね、霊だっておどろかそうと思っているばかりではないんだよ」

まれに、性格の悪い(苦笑)霊っていうのがいるらしい。
霊に性格がある???って、やっぱりこれも「元人間」と思えば当たり前。

「大体の霊はね、助けを求めてやってくるのさ。
まあ、その辺りをただうろうろしているだけって場合もあるけどね」

この「うろうろしているだけの霊」
人間からは、見えないと、たかをくくっているらしい(笑)

「いつだったか、目が合ってねぇ。
見えない、みつからないと思って目の前を通るから」

え?霊と目が合う?

「あ!って思ったら、向こう(霊)の方が『見つかった』って慌ててた(笑)」

こんな話を聞いていたら、霊もかわいいわね~なんて気になってしまう(爆笑)

それでも、やっぱり「生きている」のとそうでないエネルギーを持ったモノと、
近づくと、危険な事は起こるから。

数少ないはずの「霊」が起こす事で相談に来る人を見てもそう思う。

「生きている」のと「そうでない」
やっぱり、区別は大切だわ~。
スポンサーサイト
EDIT  |  02:42 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/29(Sat)

本当にいるの?いないの? 

旦那様の所に相談に来る人もそれから友人と呼ぶ人達。

やっぱり(笑)類は類を呼ぶのか、「感覚」を持った人が多い。

「一人一人、その感覚って違うのね~」なんてのんきに観察。

一番分かり易いのは、見えないはずのモノが見えるという人達。

「この前、から傘おばけがヒューって飛んでました。
姉と二人で、見たんですけど」って平気で話をするから(爆笑)

「から傘おばけはカラカラ音がしてうるさいんだよ」ですって!
小さい頃から、なんと!一緒に遊んでもらっていたという旦那様。

この前、小さな子供が遊びに来て、本を読んでいた。
ゲゲゲの鬼太郎がのってる。
「ねえ、ネコ娘ってどういうの?」
無邪気にその子が私に聞く。

「私は、会った事が無いから、会った事ある人に聞いてね~」

「ああ、ねこ娘ね・・・」って続くから、聞いた子供本人が
余りの話の展開に目を丸くして、こんがらがっていた(あはは)

以前に、聞いた事がある。
「ねぇ、河童っているの?
じゃあ、一反もんめは?
ぬり壁は?」

答えは、ぜ~んぶ「ああ、いるよ」(驚!)

「でもね、目玉おやじは作りモノだけど」って、言われてもね~(笑)

ちなみに「目」っていう、突然、目がバチって開くのはいるらしい。

だから、こうした映像がテレビに映ったりすると、
「懐かしいな~」だって(笑)

いつだったか、旦那様の友達が泣きながら電話をかけてきたらしい。
「今、家に着いたら、急に怖くなった!」

思い出したら、途中で会った人の顔に目も鼻も口もなかったらしい。
その彼女は、自転車で通る道で前を横切る黒い塊に、よく行く手を
阻まれるらしい。

「ああ、土蜘蛛だね」と平然と旦那様。

全く、こんな話を聞いていると、どこから本当なのかしら?
って、頭をやらわか~くして聞いていないと、
まるで一度も会った事の無い私の方が珍しい人になりそうだわ~(苦笑)

「皆、昔からずっとずっと、そこに住んでいるのさ。
今までは人間と会わなかったから、居ないって事になってるだけだよ」

会わなくなったものは、存在して居ないものになる。
そう言われれば、そう・・・だわ・・・????

・・・という訳で、話は全部、本当・・・って事になる訳よね(笑)
EDIT  |  02:30 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/28(Fri)

リセット(2) 

今日は、旦那様と一緒に出版社に出かけた。

・・・そう、このブログがきっかけで本にするという話。
時間がかかっているけど、消えてはいない。
というより、「どんな本にしたらいいか」って、
編集者の人もじっくり、じっくり、
私もじっくり、じっくり。


その編集者さんから、
「日常の生活の中で知らない内に、当たり前になってしまった
面白い事ってあるんじゃないですか~」なんて言わて、
あら!ほんとだ!

自慢じゃないが、旦那様の周りでは、不思議な事や大笑いする事が
毎日のように起こる。

昨日だって、旦那様自身がブログで書いていたように、
え?って思う事が前日の夜から続いていた。

「昨日からずっと、何度、電話をかけてもつながらないんです」
と、電話がやっと繋がった相談者が涙声。

おかしいな~。
他の電話は普通にかかって来るのに・・・???


確かに、普通の人が聞いたら、え~~~って思う事が、
どこかで当たり前になっていたみたい。

元々、このブログは「霊能者だって普通の人間だよ!」と、言う
旦那様の言葉を実証すべく(笑)、実際は、その逆になりつつも(あはは)
書き続けてきたはずだった。

ところが、まあ、振り返ってみると、
「最近、説教くさくなってるな~」とどこかで自分の思った姿が
そのままブログの文に・・・あらら・・・(爆笑)

頭の中をリセットする。
物の見方をリセットする。

思っているより、意識したり、誰かと話をしたりして、気が付かないと
出来ないんだな~なんて実感!

ちなみに、「電話がかからない」という事は、旦那様にとっては、
昔から日常茶飯事だったらしい。

「人の思いってね、電気に似たエネルギーだから」

どうやら、「思い」のエネルギーが何かを進めたり、さえぎったりって、
実際に、ここではよく起こる事。

う~ん、説教は、旦那様に任せて、私は、この観察日記に没頭しよう!

出版社の周りは、どういう訳かとても空気が重くて、
いつもなら、10分ぐらいで歩けるところがもっと時間もかかったし、
着いた時には、息が切れていたりしたけど・・・

それに、ミーティングは、4時間近くもかかって、くたくたになったけど、

リセットで来てない自分の頭に気がついてよかった!(笑)
EDIT  |  03:03 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/27(Thu)

固まる 

段階が来たら、今までのようにはいかない部分が出てくる。

学校が変わる。
仕事が変わる。
職場が変わる。

こんな目に見える、節目のような時期もある。

けれども、同じ場所にいても、自分の役割が変わったり、
やるべき内容が変わったり。

何しろ、一日一日、時間を重ねている訳で、
「変わる」という点で一番止まっていないのは、
「自分」なのかも知れない。

その「変わっている」自分って気が付きにくいもので、
ある時点に来たら、急に周りが変化した・・・
みたいな感覚に陥る(苦笑)

突然、体力が落ちる。
突然、病気する。
突然、何かが起こる。

突然のように見えているものも、全ては、
「突然」だと感じてしまうだけで、
ずっと、ずっと、前から起こっている事の延長線上
にあるのにね(笑)


新しい何かを始めるって事は、この「突然」を自分の意思で
とりあえず、起こすって事かも知れないな~って思う。

その場、その時、起こる事は、今までの繰り返しでは
間に合わない事が多かったりもする。

最近(といっても数ヶ月になるけど)始めた空手。
自分の体なのに思うように動かなくて、
いらいらもするけど、我ながら苦笑してしまう事もある。

ふと、先日、電車の中で赤ちゃんが座っていたのを見て、
「あら?体ってどうにでも動くのね~」
私にだって、そんな風に体が動かせた時期もあった訳で
(覚えて無いけど・苦笑)
いつの間にか、最低限必要な体の動きしかしないから、
最低限の動きしか、出来なくなってしまっていたらしい。

いや、いや、この歳になって始めるとは思わなかった空手(苦笑)
でも、今だから始める意味があったのね~なんて(あはは)

だって、このまま、最低限の動きしかできないまま固まってたら、
これから起こる「突然」な出来事にきっと体が対処できなくなって、
いただろうな・・・なんて。
足の関節なんて、まさに、歩くのに必要なだけしか動かなくなっていた(涙)


ああ・・・きっと、頭の中も一緒だわ~。
積み重ねているつもりでも、一つの道筋でしか考えられないように
凝り固まってしまって行くとしたら?

それは、積み重ねというよりも、「最低限の頭の働き」への道。
あはは、ちょっと考えただけでも辛いわ~。

幸い、凝り固まっていては、到底、対処できない仕事をしている
旦那様の横で一部始終を観察する毎日!

「頭も、体も、新しい事で、リセットするって大事!」

なんて事を、大発見した気になっている(笑)
EDIT  |  03:26 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/26(Wed)

次の段階 

何でもそうだが、物事を「極める」にも段階があるのだろう。

始めたばかりの時は、その場所のしきたりややり方に慣れるまで、一段階。
慣れた頃には、「どうして?」なんて疑問も湧いてくる。
その「どうして」を乗り越えて、「ああ、そういう事だったのか」
って分かるまで、また一段階。
これを繰り返して、ようやく「大体の全体」が見える。

高校の教師になった頃に最初に言われたのは、
「この全体が見えるまで、最低3年はかかるから」

勿論、生徒が入学してから、卒業するまで3年。
でも、それ以外にも3年という年月の意味は、3年してから分かった。

・・・いや、分かったつもりだった・・・
が正解だった(苦笑)

3年のサイクルを数回繰り返す度に、生徒も変われば、大学入試も変わる。
基本的にやっている事は同じでも、やっぱり一年、一年違うな~。

なんて、思っている内に10年ぐらいが経つ。
そろそろ分かって来たな~と思う頃に、気がつくと、
今度は「自分が指導」したり「まとめたり」・・・。

つまり、後輩というものが出来るわけで、
今度は、自分の事だけに集中してられなくなる。

いやいや、人をまとめるって本当に難しい(苦笑)
「自分でやった方が早いわ~」って思うけど、
二つの教室に一人の私が教えに行ったり、担任できたりすることが
できる訳もない(涙)

それでも、こんな仕事の次には、次の「段階」が来る。


「これでよし!」「極めたかも」
なんて、傲慢(苦笑)にも思った瞬間に、次の段階がやってくるらしい(あはは)

「自分の仕事だけできればね~」と旦那様も言う。
「人を指導するって大変。だって、人を変える事はできないからね」

人は変える事はできない。
自分が変わろうとする時が変わる時だと言う。

教師としての経験から私もこれは痛いほど学んだ。
それでもどこかで「変えよう」って頑張っていた気もするけど(苦笑)

最近思うのは、次の段階には、必ず、
「もっと多くの人に自分がやって来たことをどうにかして伝える」
「もっと多くの人に自分の気持ちを伝える」
って要素が必ず入っているって事だと思う。

分からない相手に、「なんでわからないんだぁ~」
「理解できない相手が悪いんだ~」って思っても、
それは、ひょっとしたら、「伝える相手」ではなくて、
「自分」の課題に嘆いているだけなのかも知れない(涙)

分かっていても、つい言ってしまいたくなる言葉だけどね~(苦笑)

「伝え続けるしかない」と言い切る旦那様。

「それから、何かを追求し続ける、そう云う姿を見せ続ける事しかないんだよ」とも。

次の段階が終わっても、その次の段階があるのなら、
誰もが「伝える役目」を持っている事になるかも知れない。

全く同感!

相手に伝わろうと、そうでなかろうと、
どうすれば伝わるか・・・って考えたり、工夫したりするのをあきらめない。

それが、次の段階から、その次の段階に進む、方法・・・かな~。
なんて、思ったりする。
EDIT  |  02:49 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/25(Tue)

分野 

運動をして、体を作るのに専念している人が、
運動もして居ない人をみると、
「学問ばかりではね・・・」

知識のある人が、そうでない人をみると、
「少しは、勉強しろよ~」って具合(苦笑)

確かに、人には「得意分野」とそうでないものがある。
問題は、そのどちらかに極端に偏っている事かも知れない。

「頭でっかちになるとね・・・批判力はつくけど」
と、少々、辛口になる旦那様。
全て、「頭の中」で考えて、実際にやってみる前に
「こんなものさ」と切り捨ててしまったりするというのだ。

「強いだけではね・・・」
「強くなる」事だけを目指した経験のある旦那様。
強くなる為に体を鍛え、そして、体を壊したらしい(苦笑)

強くなる事も、学問する事も、「人間」の一部でしかないのだろう。

「二つが揃ってしか、分からない事があるのさ」
と、旦那様は言う。

腕立て伏せ100回。
「理論上、期待される効果を知っている」事と、
「実際、100回やって、自分の体に起こる効果」
は、どちらか一つでは、その本当の「効果」や「意味」は、
分かりにくいだろう。
そして、個人差と言うものもある訳で、
理論上というのは、あっている部分と、そうでもなかったという部分。
その「実践」を「理論」と繰り返すことで、「自分」がわかる。

この部分は、「普通かも」
ここは、ちょっと違うかも・・・って具合にね。

それは、「自分」でやるしかない部分だわ。
幾ら、筋肉の構造を学んだところで、自分に筋肉がつく訳じゃないし、
正しく、筋肉をつけないと、ただ鍛えただけでは・・・って事もある。

学問だって、
宗教だって、
仕事だって、
自分がやっている事は、「何か」の一部。

それだけが、全てではないのだろう。

でも、何かを極めれば、やがて、全部が「同じ法則」で動いている
部分が見えてくるのだと言う。

「何でも同じじゃない」って旦那様の口癖。

自分の専門の「英語」や「教える事」に置き換えると、
「なる程ね・・・」

この「理論」と「実践」
二つが揃った時、足し算ではない、それ以上のものが見えるのか・・・。

大学の学部だって、同じだわ。
文学部で学ぶ事。
理学部で学ぶ事。
医学部で学ぶ事。
法学部で学ぶ事。

全部合わせて一つだ。

ずっと、前に進もうとすると、「ああ、これもやっぱり必要だったか・・・」
と苦笑いする事がある。
歴史の大嫌いだった私は、結局は、イギリスの歴史を知らなければ、
言葉の本当の深さは、理解できない事を思い知ったし、
教えることの中では、人の記憶の仕方や、理解のプロセス・・・
なんて、医学とも心理ともつかない分野に踏み込まないと、
先に進めなくなって来る。

「全部で一つ」

色んなことを「それは、習ったことと違う」なんて、
拒否している場合では無いわ~って思う事の連続の毎日だったりする(涙)
EDIT  |  02:33 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/23(Sun)

霊能者の伝え方 

昔は、何でだろう?とずっと思っていた。

それは、感覚の鋭い人達と話す時に起こるのだが、
色んな感覚が鋭くて、自分では感じているのに、
口に出していうのがあまり得意ではないって事。

質問をすると、「う~ん」と言ったまま次の言葉が出てこなかったり、
「今は、まだわからない」と途中まで分かっている所があっても口にしなかったり、

観察して、そして、最近自分にも「ビジュアルで情報が入ってくる」
様になって、分かった。

例えば、「貴方の部屋ってどんな部屋?」
って聞かれたとする。

そうすると、ビジュアルの強い人の頭の中には、自分の部屋の
「絵」がバン!って浮かぶ。
そして、説明しようとしても、余りにも言葉で説明するには、
言葉では足りないと思ってしまう。
だから「う~ん」って黙ってしまうって事、結構、多い。

普通の人の場合は、「自分の部屋にあるもの」を一つずつ思い出したりする。
「え~っと、ベットがあって、シングルなんだけど。
それで、その横には、小さなテーブルを置いてるんだけど・・・」と
一つ、一つ、思い出しながら話をしたりもする。

会話の中で一番大切なのは、「何故、相手が貴方の部屋について質問したか」
「何を知りたいか」って事だろう。
それによって、どのくらい詳しく返事をするかが変わってくる。

学校の先生が貴方にその質問をした場合、普通は、
「毎日どんな生活をしているのか」
「ちゃんと落ち着いて、勉強をする環境にあるのか」
なんて言うところだろう。

ビジュアルの強い人は、言葉に表せる以上の情報が一度に入ってくるらしい。
まず、全体の「絵」を描き、そして、ちゃんと相手の質問に答えようと、
フォーカスが決まれば、そこに焦点を当てられる。

でもね・・・結構、人はあんまり何も考えないで(つまり、何の為にっって)
こんな質問したりするのだ。
そうすると、どこに「焦点」を当てていいのか分からなくなってしまって、
結局は、黙ってしまう、言葉が出ないって事になってしまう。

旦那様に何気なく質問する時、私自身が焦点がぼやけていると、
「何を聞きたいの?」
「何が言いたいの?」
って言われる事がある(爆笑)

自分でもよく分からないんですけど~(笑)って時は、
自分で質問しておいて、自分で困ったりして(あはは)

「実は、その部分はとても苦労したんだよ」と、旦那様は言う。
今は、こうして、聞き返すけど、昔はきっと、そのまま
「言っている事が良く分からん!」になっていたらしい(爆笑)

今は、「その質問を何故したか」本人が、分からなくても、
その質問した理由や原因、そしてその背景から、他の事まで読み取って、
アドバイスをしたり、話をしたりする。

「もっと難しいのはね、出てきた答えやアドバイスも当然、『図』とかポンと浮かんできた『もの』だったりするから、それを言葉にするのがね・・・」

相手に伝わらなければ、いくら何かが分かっても「自己満足」だと言い切る。

沢山の情報から、焦点を絞るという回路は、
想像するよりかなりエネルギーのいる
仕事でもあると、側で見ていて思う。

霊能者のコミュニケーションや伝え方って、
ピピピって、すご~~~く簡単じゃないの?
なんて、思ったりするけど、能力があればあったで、
苦労もあったりするのね~なんて、
悠長に観察を続けている(笑)
EDIT  |  10:34 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/22(Sat)

伝える 

いや~、兎に角、「伝える」って難しいと思う今日この頃。

誰かに何かを伝える。
こうして文字にすると、たったの一行で終わる。
けれど、実際に「伝える」となると、なかなか簡単ではない。

同じ感覚を持った人同士で伝える時は
「あれだよ。あれ」
だけでお互い分かったりする。
けれど、いくら言葉で、説明しても伝わらない相手には、
「全く、鈍いから」なんて文句を言いたくなったりもする。

伝えられる方は、その人で、一体、何を「伝えたいのか」
まるで、何の事かさっぱり分からない。

風邪で詰まった鼻で、全く匂わない匂いを「こんな感じ」と
言われても、それが嗅いだ事のない匂いなら、全く想像もつかないわ~。

果物の王様と言われる「ドリアン」
食べるとおいしいらしいが、その匂いは強烈らしい。
嗅いだ事のない私には、『ひどい匂い』と表現されても全く想像がつかない(苦笑)

「だから、センス(感覚)のない人には伝わらないのよ」って言われても、
分からないものは分からない。

伝えたい相手に伝えたい事を感じるセンサーが、あまり鋭くなかったら?
コミュニケーションは想像以上に難しいだろう。

そして、お互いが、相手がおかしいと思っている限り、
その関係の中で生まれるものがあるかどうか、あまり期待できないかも?

感覚の鋭くないものは、鋭くない。
鋭い人(得意な人)に任せるしかないだろう(苦笑)
お互いの「鈍さ」や「説明不足」を責めても仕方がないのだ。

「伝わってくるようになるには、どうしたらいいの?」と、私。

いつものように質問する。

「色んな事をできるだけ沢山、自分で経験する事だね」と旦那様。

確かに、一度でも経験した事のある事は、「伝わり」易いかもしれない。

それから、もう一つは、何か一つの分野で突き詰める事らしい。

「一つの事は、ずっとやっていると、全ての事に繋がるんだ」

私の場合は、教師として「教えた」経験に置き換えると色んな事が見えて
きたりする。
そんな時は、「ああ、あの苦労も無駄ではなかった(涙)」なんて思ったりして・・・(あはは)

そして、もう一つは、「あきらめずに伝え続ける事」だと言う。
伝えたい相手に、『今』伝わらなくても、その人が何かを経験して、
「ああそうか・・・」って分かるかも知れないのだ。

言葉で伝える事の出来ないものも、
言葉でしか伝え続けるしかない事も、
それでも今は、伝わらないものもある。

いずれにしても、「伝える側」と「伝えられる側」
両方が、拒否しないで、あきらめないって事が一番大切なんだろうな~。
EDIT  |  03:25 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/21(Fri)

いい人 

「いい人を演じるのは辞めなさい(笑)」

旦那様が時々人間関係で相談にくる人に言う言葉。

知らない内に演じてしまういい人。
相手の為にやっていると自分でも思っているから、
余計に気がつきにくい(苦笑)
そして、どうも・・・何かが・・・おかしい。
そう思っても、まだ演じてしまう。

そして、自分の限界を超えた時には・・・

結局、その人との人間関係は壊れてしまうだろう。

だって、「こんなにやってあげたのに」と貴方は思う。

「そんなに負担だったら、はっきり、言ってくれれば頼まなかったのに」
と、相手は思う。


こうなってしまうと、当然だけど、いい関係に戻るのは大変。

ひどい時は、お互いに「あの人、信じられないわ!」なんて事に(苦笑)


判断するのにとても難しいけれど、
『相手の為』と思い込んでやっている事の中に、
『自分の為』が入っていると、こんな事になる事が多い。

誰かから頼みごとをされて、無理をしてしまうなんて事は誰にでもある。
それを続けていれば、やがてバランスは崩れてしまうもの。

人との関係は、やっぱりフィフティー・フィフティーでないと成り立たない。

あの人にもこの人にも嫌われたくない。
誰でも、皆から愛される人になりたい気持ちはゼロではないだろう。
やっぱり、人気がないより、あった方がいいもんね~。

でも、それは「いい人」を演じる事とは違うかも知れないな~。

無理して、無理を続けて、結局は、色んな事をやってあげた
人との関係に「自分の心」が拒否し始めて・・・ってね(苦笑)

気がつけば、「いい人」どころか、「自分の周りは、誰も信じられない」
なんて事になりかねないからご用心!

「私は違う」と言う声が聞こえて来そうだけど、
どうやら、殆どの人の心には、ちゃんとバランスを取ろうとする本能があるみたい。

周りがこうだから・・・
誰も信じられない・・・

自分の心のどこかでこんな声がしたら、実はそんな状態を作り出しているのは、
自分自身かも知れないわ~。

「いい人になんかならなくても、そのまま、貴方のままで付き合える人を探しなさい」と、旦那様。

そうよね~。
結局は、無理してもその関係の中で辛い思いをするのは自分だったりして(苦笑)

さあ!いい人を演じるのを辞めましょう!
・・・って、簡単に行かないところがまた、ミソだわ~(爆笑)
EDIT  |  03:30 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/20(Thu)

せっかくの 

旦那様に言わせると、特別な能力ではないにしても、
人から伝わってくるものや心がわかるという感覚。

これで、その相手の気持ちを吸ってしまうと、
突然落ち込んだり、(被り)
その被りで体調を悪くしたり。

「仕方ないよ。そういう体質なんだから」と、
そんな事が日常茶飯事の旦那様はさらりと言う(苦笑)

まるで、吸い取り紙のように吸ってしまうから、困ったものだ。

こういう感覚が分からない人が、
「自分達は、安全なところにいて、あなたはこうです、ああですって信じられない」
とどこかで書いているのを最近読んだけど、

う~ん、言われている貴方の方がずっと安全な場所にいると
つい心の中で思ってしまった(あはは)

こんな風に、相手に同調しやすい体質の人は、
「相手の気持ちや、物事の流れが感覚的にわかる」って事が、
ちゃんと出来ている時は、揺るぎない信念の持ち主になる(爆笑)

ところが、一端、そのバランスが崩れると、
誰が言った言葉でも、どんな気持ちで言った事でも、
ぜ~んぶ、同じ重さになってしまう・・・

当然、混乱!(苦笑)

だって、Aさんにとっての右は、Bさんにとっての左だったりするし、
Aさんにとっての敵はBさんにとっての見方だったりするし、

兎に角、自分が「どこ」にいるかを確かめないまま、物事を考えるから、
ごちゃ、ごちゃ。
まるで、「現在地」がわからないまま、見取り図を見て、どちらに行けばいいのか・・・って悩んでいる状態になる。

「人からこう言われたんだけど・・・」
「どうした方がいいと思う?」

冷静な時なら、本人達が一番わかるはずの質問を私にするから笑える。
(↑本人達にとっては、真剣な悩みだってわかってはいるけど)

何しろ、「そんな事、自分に聞けば答えが降ってきてるじゃない!」って、
本人達の感覚を知っているが故に、余計にそう思ってしまうのだ。

せっかくの感覚、「被る」だけに使っちゃぁ、もったいないわってね(苦笑)



けれど・・・
バランスを崩した時は、みんな同じ。
自分の「現在地」が分からなくなってしまう(苦笑)

自分が被って、バランスを崩し、ふと、その事に気がついた時に
自分も同じ状態になっていた事に気がつくのだ。

だから、いかに元の状態に早く戻るか!って事が私のただ今一番の課題!!!

何事にも負けず嫌いの私は、
「この感覚、被るだけに使ってなるものか!」と、
頑張っている次第である(あはは)
(↑今の所、この気合の効果の程ははなはだ疑問だけど・笑)
EDIT  |  02:50 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/19(Wed)

結果 

何を積み重ねてもいい。
「こうなるんじゃないか」とか
「こうなりたい」とか。

それなりの目標やあこがれは誰にでもあるだろう。
これも大切な動機の一つ。
「モチベーションなんて、なんでもいいさ」という旦那様の口癖に大賛成!

英語を話せるようになりたい!
かっこいいから、もてたいから、友達が沢山ほしいから、彼氏彼女が欲しいから。
始めるきっかけや、積み重ねる為の動機としては、何でもいい!
と、今でも思っている。
逆に、その気持ちがなければ、続かないかもね~(苦笑)

だって、積み重ねている間、自分で積み重ねた!という事実は残るけど、
すぐに結果が出るとは限らない。
それに、「こうなるだろう」って予想は、結構外れる(あはは)


かつて、感覚が鋭すぎるせいで道も歩けなくなったという旦那様は、
「行」を始めて、強くなりたいと心から思ったそう。

結果は・・・「感覚はますます強くなった」(笑え・・・ない?)



一生懸命、英会話を勉強して、初めてアメリカに行った私。
入国審査(つまり、正確には、アメリカに入る前に)で、
苦い、苦い、経験をした(涙)


積み重ねている間には、こうした「思い通りに行かない」って事も
少なくない。
・・・というか、それを乗り越えた時に、
思ったのとは、違った何かが生まれるのかも知れない。

「こうなりたい」と思って始めた事は、続けていれば、必ずなる。

「ならないのは、なる前に止めるから」

結果を想像するのは、自由だけど(苦笑)、それに囚われると、
せっかくの積み重ねを台無しにしてしまう事もお忘れなく!(苦笑)
EDIT  |  03:22 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/18(Tue)

積み重ね 

最近、なぜか「滝」に行きたいという人が旦那様の周りに増えた。

早速、皆を連れて行く前に、下見に出かける弟子。
帰って来た姿を見ると、なんだかすっきりしてる。

それが引き金で(苦笑)、旦那様達が、15年ほど前に行った滝のビデオを見ることに・・・。

勿論、登場する旦那様も弟子も若い(苦笑)

驚いたのは、皆の変化の仕方だった。

私が知っているのは、実はこの5年ぐらい前から。
ビデオに写っている姿を見ながら、
「ああ、皆、最初から、今みたいにたくましかった訳ではなかったのね~」

当たり前の事なのに、その「積み重ね」を目の当たりにして、
再確認!したりして(笑)

一年には、一年の
五年には、五年の
十年には、十年の

積み重ねた跡は、ちゃんとちゃんと残っているのだ。

勿論、その積み重ねの間には色んな事がある。

考えて見れば、私自身だって、「英語」というものを本格的に
勉強し始めたのは、中学生の時。
それから、ず~~~っと、ああ・・・もう何十年にもなる。
その間には、必死で単語を覚えた時期もあり、
受験の為に勉強した時期もあり、
旅行して、涙した事もあり、
教えて、うまく行ったり、行かなかったり、
そして、結局は、「言葉」じゃない!なんて、原点に戻ったり、
ああ・・・考え出すときりがないけど、今だ格闘が続いている事だけは確かだ。

旦那様は、何か新しい事がやりたいんです!って相談に来る人に、

「今までやって来た事の延長線上で考えなさい」って言う。

やって来た事を捨てないようにと繰り返す。

新もの好きの私(あはは)も同じ事言われた。
何かを始めても、やって来た事を忘れなければ、やがて全く違う様に見えるものが
繋がり始めるのだ。

う~ん、どう繋がるって・・・うまく説明できないけど、
「ああ、英語も空手も同じだ~」って全く違うものから、
新しく始めた事のヒントが降って来る。

積み重ねの難しさは、
積み重ねるしかない事(爆笑)

ひと飛び!
って、出来ない事かな・・・。

十年かけてやったものは、十年という月日のエッセンスが一緒に混ざっている。

ちなみに、一日5分かけてやったとして、積み重ねられる結果は、
「5分×十年」
という計算式では、計算できない(笑)

同じ量を一年でやったら、又、別の結果が生まれるだろう。

時に倍増したり、時にワープしたり。
時間という不思議な要素が加わると、何が起こるか分からない。

この、経験、一度すると結構、病みつきに!
ちょっと、試したくなるでしょ?
(と、誘ってみる・笑)
EDIT  |  03:45 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/17(Mon)

妥協点 

物事を進めるのに「妥協点」を探すって言うと、
なんだか、何かをあきらめた・・・みたいなニュアンスがする。

旦那様が仕事の中でやっている、この「妥協点」を探すって事。
何かあきらめる事が前提になっているのかって言うと、
そんな事はない!(断言!)

勿論、何かを手に入れるには、何かを手放さなければならない時もあるだろう。

けれど、例えば、お店で交わされるやり取り。
「これって、もう少しどうにか安くならないかしら?」
「う~ん、これ以上は・・・これは本当に手が混んだものなので」
「そうね、本当にいいものはいい値段するわよね」
「でも、大切にしてくださる方に買ってもらうっていうのも大事ですからね」
「でも今の私には、この値段はちょっと」
「じゃあ、このくらいでどうですか?」

勝手に(爆笑)作った会話だけど、
この中で二人は、ある点で「妥協」して、
ある点で「新しい何か」を手に入れる。

何かを誰かが売って、それを買う。
それだけの事なのに、お互いが「接点」を探そうとすれば、
何か違う道筋が見えてくる・・・みたいな感じかしら(笑)

ある意味で「妥協」した、この二人は、「何かをあきらめた!」
って気持ちより、「何かを手に入れた」って気持ちの方が大きいだろう。

人と人が仕事をしたり、話をしたりする時、
この「妥協」が差し引き「プラス」の気持ちで終わると、
何かを捨てたって思わないだろう。

「自分の思いだけにこだわってると、みえないんだよね~」

旦那様には、見えている、どちらも「捨てない」でいい方法。

言われてみれば、「ああ、そうか・・・」って事も多い。
そんな時は、大体、私自身の気持ちがどこかで囚われているのだろう。

「勝負だとしてもね、勝つ必要はないんだよ」

まあ!負けるのが、私以上に嫌いな旦那様。
「負ける勝負はしない!」と、いい切るぐらいだから(爆笑)

「本当の意味で、勝つってね、目の前で叩きのめしたり、論破したり、
そんな事じゃないんじゃない?」と、私にとっては拍子抜けするぐらい、
あっさり別のやり方を探す(笑)

まあ、色んな道が見える人の特権(あはは)とも言えるかもね~。

物事は「自分が思ったように」動かないもの。
物事は「自分が思ったように」動かす方法はある。

どうでもいい事にこだわらない。
それって、「妥協」って言葉も当てはまらないかも知れないけど、
こだわる癖のある場合には、結構、大きな一歩だったりして(笑)

「まあ、いいか」

妥協しているのかどうかは、別にして、旦那様の口癖でもある。

自分の囚われた心を開放する魔法の言葉かも・・・???(笑)
EDIT  |  02:18 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/16(Sun)

答えはどれ? 

沢山、沢山、旦那様に質問をする。

「これってどっちが正しい?」
「これって、どうすればいいの?」

そして、返って来た答えは一応あるけど、その答えが常に正しいとは限らない。
全部に当てはめようとして、逆に間違ってしまうかも?
って、最近思い始めた。

「これさえやっておけば」
「これさえわかっていれば」
という最低限の努力で最大限の効果のある「答え」を
人は探してしまうらしい(←私の事!笑)

「そうだよ。何時、誰にとっての答えかで、変わるのさ」
旦那様は平然と答える(苦笑)

だから、旦那様は相談を受けても、その一度で終わる様な内容であれば別だけど、
必ず、その後というのを意識しているのだ。

「結果を知らせてくださいね」
「変化があったら、細かくきかせてくださいね」
最後の最後に言われる言葉だけに、聞き逃している人もいるかも知れないが、
この一言どおりに、あるプロセスが終わるまで、細かく報告してくる人もいれば、
そんなに重要だと気が付かない人もいるな~って思う。

アドバイスを受けてどこかに出向き、そこで新たな「状況」が
生まれると、また「答え」は違ってくるのは当然だと、旦那様は思っている。

「いわれたようにやらなかったって、負担に思わなくていいんだよ」
と、旦那様は言う。

物事を考える時、何を観て、誰の視点から、答えをだすかって大事だと痛感。
誰かにとっての「答え」は、誰かにとっては、そうではないかも知れないのだ。

例えば、誰かに試合で勝つための「答え」は、
相手にとっては、違ったものになる。

相手が数センチ動けば、自分の動きも「答え」も変えなければ
ならないかも知れない。

その「答え」が一つであるかの様に探してしまうと、
その「答え」が実際に起こっても、結果は、思ったのとは全く違う・・・
って事にも成りかねない。


社会の景気が悪いのが「政治のせいだ」!って記事ばかり読んでいると、
まるで政権が交代すると、「好景気」がやってくるような錯覚に陥るから、
たちが悪い(あはは)っていうのと似ているわ。

答えって変わるんだな~
答えって沢山あるんだな~
そして、答えって、必ずしも「今」わからなくてもいい事もあるんだな~
って思ったりして。

でも、迷うとどうしても「答え」が欲しくなる。
苦しければ、苦しいほど、一つの「答え」が気になるのだ。

う~ん、
「答えは、今はない」とか、
「答えは、今はわからなくていい」とか、
「答えって、沢山ある」とか、

私の思考回路の辞書の中に、載せるまでには、
もう少し、いや、相当時間がかかるかもね~(爆笑)
EDIT  |  03:20 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/15(Sat)

プロとして 

「仕事は自分の自己表現の一つなんだ」と旦那様。

自分を表現出来るもの。
表現できるチャンス。
表現して、伝える相手。

その全部が揃って、仕事が成り立つ。

「だから、仕事をやっている時は幸せなんだよ」

いつか、「どんな時が幸せな時?」って聞いたら、旦那様はこう答えた。
変わった人だぁ(爆笑)って思っていたけど、
仕事をする姿を側で見ていて、「本当に幸せそうだ」と思ったりもする。


かつて、教師だった私は、旦那様に質問をした。
色んなタイプの先生っているし、いた方がいいと思う。
だって、学校を出た後の社会にも色んな人がいる。

でも一緒に働く、同僚となると、なかなか難しい。
「生徒を一人でも良い学校に行かせる事」に一生懸命な先生。
「生徒の人間性を育てる事が一番大事だ」と主張する先生。

「ねぇ・・・どっちがプロだと思う?」

かつても、そして今も「教える」事をつづけている私にとっては、
「こうありたい教師の姿」というのは、永遠の課題だったりする。

「どっちもプロじゃないよ」

あら~(笑)
私は、また、やってしまったらしい。

AかBか、どちらが正しいか、なんて質問、旦那様にしたら、
この答えが返ってくるに決まっているわ~(苦笑)

「プロであればね、そのどちらも成り立つ様に、
妥協点を限りなく見つけようとするのさ」

こうした、一見、相反する問題のように見えて、実は同じ土俵にはない問題。
単純に比較するって癖がいつから付いてしまったのやら(あはは)

だって、いい学校に行く様に一生懸命指導したら、人間性が育たない?
人間性を育てていれば、いい学校に行けない?

むしろ、逆かもね~。
人間性のしっかりしている人が怠けて、努力をしない訳が無い。
ちゃんと勉強した人は、それだけでは足りないって事もあるって、
やがてちゃんと勉強するだろう。
(↑あくまでも理想論だけど・笑)

「妥協点」を探すのは簡単な事ではない。

「だけどね、限りなく、その接点を探すんだ」と、旦那様。

はぁ~、高度!(苦笑)
でもその接点をあきらめずに探し続ける事。
それがプロとしての仕事をする姿だと、旦那様は言う。

毎日、「どうしたらいいのか」って悩んでいた教師としての私。
未熟だっただけでは、無かったかも?
なんて今更ちょっと安心したりして(あはは、遅すぎ!)
EDIT  |  02:58 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/14(Fri)

自分の思い(2) 

さて、自分の思いで突っ走ったらどうなるか・・・。

自分では「相手を思いやって、(実際そういう部分はある)
これだけやっている」と思う。

だけど、相手には相手の都合(笑)や気持ちがあるって事を
忘れてしまうと・・・
「これが一番、貴方にとっていいから!」
「どうして、やらないの?」
「早くやればいいのに」
例えうまく行っても、
「もっと私の言う通りにやっておけば、もっと出来たのに」

と、相変わらず、相手を自分が主人公の「物語」に巻き込んでしまう(あはは)

大体、人が誰かのいう事なんて、そんなに簡単に聞くはずがない。
その証拠に、貴方自身、誰からか言われた言葉をすぐに実行するかどうか、
したかどうか・・・ちょっと考えれば、分かる事(苦笑)

相手が動かないと、なおさら、自分の思いが突っ走る(笑)

「思い」のエネルギーの強い人は、いろんなものをひきつける事が
できるから、余計に「無理矢理」でも、その方向に持っていこうとする
・・・なんて、心当りありません?

そして・・・
とうとう、「自分」で「自分の思い」に「被る!」のです!!!!

思いのエネルギーの元々強い人は、結構、小さい頃から、
そのエネルギーゆえに、外に出した事でトラブルを大なり小なり
起こした経験がある人が多い。

だから、そのエネルギーを外に出さずに「自分に溜め込む」って
「癖」みたいなものが、知らない内に付いている事がある。
そして、時には「自分の世界」に閉じこもるのだ。

「自分で、自分に被ってるよな~」と旦那様。

最近、結構、多いかも(苦笑)

自分で勝手に不安になって、
自分で勝手に暗くなって、
自分で勝手に「被る」
(ああ・・・耳の痛い人も私を含めているだろう)

こうした人は、結構、人のエネルギーにも 敏感だったりするから、
落ち込んだり、体調が悪くなったりと、「被った」原因が
ぜ~~~~んぶ、外から来ている(→人からもらった「被り」)
と思ってしまう。

だから、ますます「自分の世界」に閉じこもる。

こうなると、マイナスのスパイラルだぁ~~~~。

って、人がそうなっている時は、冷静だから、分析できたりする。

あらら・・・起こってもいない、起こらないかも知れない事で悩んでるわ~。
なんてね(苦笑)

でも、自分がそうなっている時は、本当に気が付かないもの(←体験済み)
その上、人の言葉が聞けないと来れば、ああ・・・・
どうしたらいいのでしょうねぇ~。

「自分の思い」と「実際に起こっている事」
ちゃんと、区別する事。
それが第一歩だと、旦那様は言う。

それには、身近にいる冷静な誰かの助けを借りるのが一番だろう。
だから、その人の言葉だけは、どんなに心が拒否しても、
「一応、聞いて、やってみる」って、結構、有効な手段だと思うんだけど。

何しろ、「自分で自分に被る」なんて、最悪!
と、私は思うんだけど・・・・(苦笑)
EDIT  |  02:51 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/13(Thu)

自分の思い 

子供の事を一生懸命考える。

こういう学校がいいだろう。
ここは駄目だろうな。
これぐらいは出来ないと困るだろうから。
この学校に入れれば、将来安定するだろうから。
次の休みには、これを体験させて。
ああ、これもないと困るから・・・

ん?
待てよ?

親としての気持ちはよく分かる。
子供の事をよく考えているのも分かる。

だけど・・・
その「思い」の世界にいるのは誰だろう?

抽象的だけど、そんな気持ちになる時がある。

その「思い」を感じながらも、子供が困っているのは、
「今」かも「全く違うこと」かも知れない(苦笑)

子供の為!と言いながら、実は、自分の「安心」の為なんじゃない?

一度、誰かに、素直に思ったままを口にした事があるが、
見事に「そんな事はない!」と断言されてしまった(あはは)


誰かが誰かの為を思う時、こうした「自分の思い」が先走る時がある。

相手を思いやってやっている事でも、
相手を思いやって言っている事でも、

その本人にとって、「本当に」良い事か、そうでもないか・・・。
・・・そんな事は、簡単には分からない。

だって、例え、表面的に何かトラブルが起こっても
それが本人の成長に繋がったり、それで何かを学んだり・・・。

複雑に入りくんでいる、どうなるか分からない選択の連続。
いやいや、人の人生って分からないから面白い。
「人の事だから、『面白い』なんて悠長な事を言ってられるのよ!」

まあ、自分の思いが先走っている時や
自分がその試練を受けている最中は、
誰かが言う「面白い」って言う言葉だけでも、
過剰に反応してしまったりして(苦笑)

ああ・・・こう言う時に旦那様が私に

「ちょっと、一度、止まりなさい」
って私の首根っこを捕まえているんだな~(苦笑)

今日も、そんな事を「人の姿」を見て学んだ(つもり・笑)

とはいえ、そんな私を「君らしい(苦笑)」とある程度許して、
笑ってもらっている(苦笑)

「自分の思い」だけで突っ走りそうになった時、
全く、走らないのも私らしくない・・・(爆笑)
って事で、なるべく早く、爆走している自分の姿を気づく事から
始めよう・・・

何事も無理せず(笑)って事で!
EDIT  |  03:16 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/12(Wed)

背景 

「歴史」を知ると、物事には背景があったのね~なんて、再確認する。
何も大げさに、日本の歴史!なんて張り切る必要もない。

私が二歳の時に亡くなった祖母はとても、とても気の強い人だった・・・らしい。
よく覚えていないから、人から聞くしかない。
でも、もっともっと、詳しく聞いてみる。
どこで生まれて、どうやって生きて、何が起こったのか。

「・・・ああ、これじゃあ、気でも強くなければ乗り越えられないわ~」

妙に納得した時、祖母の人としての姿(大げさ・笑)みたいなものが
飛び込んできた。
気が強かったとか、どんな事があったとか、そんな人から聞いたエピソード
以上の何かを、「分かった」「感じ」た・・・としか表現できない(苦笑)


「これじゃあ、こうもしたくなるかも知れないな~」
旦那様が、ある人の歴史を観て呟く事がある。

辛い事、悲しい事、乗り越えなくてはならない事。
どうしてだろうと思える程の事が、ある人に降りかかってしまう事は残念ながら、
ないとは言えない。

ちなみに、「そういう背景があるから」って許されるって事でもないだろう。

それが原因で問題が起こっているとしたら、どんな背景があったにしろ、どうにかしなくてはね・・・って、そんなに簡単じゃないだろうけど(涙)

その事で、一番困ったりするのは、実はその本人だったりするのだ。
自分でも気が付いているけど、目をそらしている自分の一部。
人から見れば、これだけはっきり見えるのにね(爆笑)
(逆に、貴方の事は、人から見ればすご~くはっきり見えていたりする時もある・笑)



自分の周りの人や、家族に対しても思う事があるかも知れない。

「どうして?」
「どうして!」

目の前でその人がしている事だけを見る内に、どんどん「ああ、理解できない~」ってモードになってしまう。

それでも、何か問題が起こって、心が打ち解けるまで話をした時に何かが溶けだす事もある。
そんな時は、トラブルも悪くないなぁ~なんて、客観的に見ていると思ったりもする。

今、自分の目の前にいる「理解できない人」
目の前でその人が「する事」「言う事」だけじゃなくて、
その背景・・・みたいなものを意識してみると、
ひょっとしたら、ちょっとだけ、分かる部分があるかも知れない。

何しろ、「ああ、そうか」って、引っかからないで流せたりして(笑)
結局は、気になっているのは、「貴方」で、その「貴方」が気にならなくなれば、それでいい部分もあるかも(苦笑)

・・・それでも、やっぱり、「ああ、理解できない」と呟きたくなる事もあるだろう。

背景を知っても、理由が分かっても、問題やトラブル、気にかかる事がなくなるとは限らなかったりする(あはは)

「この人ってどうしてこうなんだろう?」って私が呟く度に、
「近すぎるんだよ。もっと離れて見てごらん?」と、旦那様が言う。

心理的に近いと、目の前の事しか見えなくなるもの。

目の前の事しか見えなくなっている・・・
それは、自分にとって問題の人も、私も、同じなのかも知れないな~(苦笑)
EDIT  |  03:03 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/11(Tue)

古くて新しい? 

よくあるだろう。
デパートで「秋の新作!」とマネキンが来ている服。

「どこかで見た事あるな~」

この前、旦那様と話をしていたら、
「今はやっている服なんて、ローマ時代からあったよ」

ファッションやデザインの世界は、どうも目新しくないと、
人の目を惹かない!事になっているらしいけど、
「新しいものを」
「今までにない物を」

本気で作ろうとしたら、できるだけ沢山の本を
出来るだけ沢山の絵を、できるだけ沢山の写真を

ああ・・・それを調べて、知るだけで一生かかる(爆笑)

「新しいと思ってもね、人間の想像する事なんて結構同じなのさ」
と、旦那様が言う。


流行の色だって同じらしい。
「今年は~の色を流行にしましょう」ってどこかの会で決めて、
洋服屋に行くと、やっぱりその色が目立つようにレイアウトされている。

簡単に流行になんか左右されないぞ!
なんて、思っている人でも暫くすると、
「ああ、こんな色の洋服もいいわ~」なんて思い始めたりして。
(私の事???・・・爆笑)

よくある事なんだけど、こうした「新しい」って話を旦那様にしていると、
混乱してくる事が多い。

だって、過去の何時の時点からスタートした「文化」の中で、
「新しい」か「以前にもあったか」っていう話になるんだもの(あはは)

今まで、今以上の文明が発達した事がなかった・・・はず・・・
という前提で、全て、新しく出る服も機械も「新しい」って事になるんだろうけど、
もしも、もしも、以前に今よりずっと発達した文化が存在していたとしたら????

その時代に生きていた人が私達の生活を見て、
「ああ、まだ、こんな原始的な生活をしているんだぁ~」って言うかもね。

「だから、せめてもちゃんと今の歴史ぐらいは、ちゃんと勉強しないとね」
と、旦那様が言う。

せめても、自分が「専門」にしている「仕事」の分野だけでも
振り返る必要があるって、大学院のクラスで実感。

どうやって、言葉が生まれて、どうやって、広がったのか・・・とか、
子供の時、どうやって言葉を覚え、どうやって使うようになるのか・・・とか、

勿論、答えなんて、大学院の授業を受けても「ない」という結論だったりする。
「言葉」だけでも歴史や時代を辿っても、永遠にかかりそう(苦笑)

だけど、それを少しでも辿りはじめたら、色んな事が分かり始めた。
だから、私の教え方も変わったと思う。

「古くて新しいもの」
「新しくて古いもの」

どちらでも究極はいいんだけど、
「これは、新しいから格好がいい!」って
まあ、単純な好みで選ぶのも悪くもないけど、

もしも旦那様が言う様に、人間の想像力にある程度、限りがあるなら、
きっと、忘れ去られてしまったものの中にも、沢山「宝」が眠っているかも
知れないな~。

と、最近、なぜか、学生だった頃一番嫌いだった「歴史」や「~を辿る」事に
面白みを感じ始めた。

だって・・・いや・・・沢山の宝が忘れ去られている。
まるで、徳川埋蔵金状態だぁ・・・って思うから(爆笑)
EDIT  |  02:48 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/10(Mon)

どうするか??? 

時代劇が大好きな旦那様。
以前は殆ど見なかったけど・・・。

よく、よく、見ていると結構色んな事が面白い。

でも、時代劇を見ている旦那様を観察する方がもっと面白かったりする。

「あんな切り方では、切れなんだけどな~」
日本刀を持って、振り回す場面で呟く。

完全に、「参加」している状態だぁ(苦笑)

自分も刀を持って、走り回ってるわ~。

「あれじゃあ、後ろに振った刀は振り下ろせない」

本物の日本刀を手にした事のない私には想像できない事。
持った人ならわかるだろうが、実際の刀は、とても重く、
テレビで見るような立ち回りの中には不自然だ!
と真剣に見ているから、面白い。

私の頭の中では「う~ん、話の筋では、どちらでも・・・」
なんて思って見ていたけど、そうやってよく観察すると、
刀の振り方一つにしても色々あるんだろうな~。

それにしても私の興味の的は、それだけに留まらない。

長寿番組の一つの「水戸黄門」

最後のお決まり「この紋所が目に入らぬか~」って、
すっきり解決!・・・なんて、人の心を掴んできた理由もわかる。

でもふと、「あれ?」
もし、私が、何か罪を犯した人の家臣だったら、
紋所を見て、「はは~」って言った後、
「いいや、切り捨て~い」って主人から言われ、
ええ!???
って、一瞬どうしたらいいか混乱しそう(笑)

「こんな時、主人に従うの?それとも将軍家に従うの?」と早速質問!

「この場合は、一応、直接、給料をもらっている主人だろうな~」

でもね、こういう場合は~で、こういう場合は~した方がいいだろう・・・
旦那様の答えは延々続くのだった(爆笑)

実は、こんな「どうするか???」って選択、現代の普通の生活の中でもあるって思うのだ。

課長の言う事、次長の言う事、そして、社長の言う事。
誰のいう事を聞いて、誰に対してどう振舞うか・・・。

結論から言うと、自分の行動でどうするべきかは、
ある法則があるのだろうけど、実際にとるべき行動は、
その時、その場、その場にいる人、タイミング、
その全てを観て、「自分の思い」を決めて動く事かも知れない。

あまりにも複雑で、どうしていいか分からない・・・
そんな時に、整理して、一緒に「その人の立場」から考える。
そんな、アドバイスの中にこうした「時代劇」の中にあるヒントが、
活かされているって・・・。

「使えるものは、何でも使う!」のがモットーの旦那様。

そのヒントは、フィクションだったり、漫画だったり、アニメだったり・・・。

どこにでも転がっているらしい。

同じ物を見るにしても、観る視点によって、こんなに楽しめて、
為になるものか・・・と思う昨今。

ちなみに、昨年は「ドラゴンボール」イヤーだった(笑)

今年は・・・というか、ずっと前からだけど、
「スタートレック」イヤーだ。

これが、また深い(笑)
それに・・・長い。

まだまだ、楽しめそう・・・(笑)
EDIT  |  01:32 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/08(Sat)

落とす場所 

数日ブログを書かないと、きっと書きたい事が山程・・・。
の予定が、逆に頭が止まってしまったらしい(苦笑)

思うに、色んな事に気が付く、疑問に思う、これって面白い!
そう思うには、ちゃんと「何かを感じていなければ」って事かも知れない。



どんな場所に行っても、ある種の感覚が鋭くなってしまった私は、
そこに平気で居る人達が、時々うらやましくなる事がある。

「ねぇ~、どうして、ココにいて平気な人とそうじゃない人が居るの?」

考えて見れば、単なる無いものねだり(苦笑)

「本当はね、皆ある程度は感じているのさ。

それに、その人に合った空気というものがあるから」

色んなものを落とすには、落とす場所がある。
普段、調子のいい時に「気分が悪くなる場所」
どころが、自分が「被っている時」に行くと、
見事に落ちる(苦笑)

どうやら、人だけでなく、「場所」にも「役割」があるらしい。

だから、ある場所は立って居られなくなる程、くらくらする時もあれば、
そこに行って、すっきりという時もあるのだ・・・不思議だけどね。

ある神社にお参りした時。
参道を歩いていたら、突然何かが降って来た。

ああ・・・前に歩くのさえ辛い・・・。

「お参りに来る人の気持ちを吸ってしまったのさ。
お参りすればスッキリするから」

と、旦那様から言われて、歩く参道の長い事、長い事。

・・・そして、たどり着いた本宮に立った途端、ストンと楽になった。

「落とす場所は、気をつけないとね」と、旦那様。

お参りするのに色んな動機はあるだろうけど、
それなりの理由を持った人も沢山来るのだろう。

確かに気分が悪くなったけど、同時に
「こんな辛い思いで、お参りしている人も居るのね~」
って、肌で感じた私。

勿論、本人ほどの辛さではないにしても、体で感じるというのは、
「~だろうな~」と想像するのとは、本当に違うものだわ。

この辛さが伝わってくるからこそ、出来る事、アドバイスできる事、
一緒に考えられる事があるんだと思う。
他人事とは思えないのだ。

「だけど、だからこそ、距離感が大切。
でないと、共倒れするからね・・・」


人の気持ちに気が付いて、体験して、それでいて冷静で居る事。
いや、いや、想像するより、ずっと大変で難しい(苦笑)
EDIT  |  02:37 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/05(Wed)

新しい経験 

世の中には色んな分野で活躍した、あるいは、
活躍している天才と呼ばれる人達がいる。

その天才の人に「どうしたら、貴方の様になれるんですか?」って
質問したら、どんな答えが返ってくるだろう???

かの長島監督は「カーっとバーっと、やればいいんです」
みたいな事を言ったらしい。
(きちんと覚えてないけど、こんな感じ)

7年連続、200本安打をメジャーで打ったイチロー。
解説者が「彼がどうやって打っているのかは、説明できません」
まあ、イチロー自身が説明できるかどうかも含めて、
仮に、本人が説明しても「分かる」そして「それが出来る」人が一体何人いるだろう。

「天才って、宇宙語を話す事が多いんだよな~(笑)」と旦那様。

空手でも行でも「天才」と呼ばれる人達の言葉は、
普通の感覚で聞いても、読んでも、真似しても、
「訳がわからない!」らしい(爆笑)

でもね・・・
そんな特別な事じゃなくても、新しく経験したり、学んだりする事。
結構、最初は、「宇宙語」だったりする(あはは)

英語を全く知らない生徒にとっては、英語も宇宙語も同じ。
両方とも「訳が分からない!」ものだろう。

旦那様も言うけど、「教えられる事」と言うのは、実は殆ど無い。

いや?
その逆かも?

身の回りにあるもの、全部が教えかも知れない。

そして、それを「教わるかどうか」は、
全て「その人」が教わろうとするかどうか、
吸収しようとするかどうかにかかっている。


ある規則で縛ったり、そうしないと生きて行けない状況に押し込めてしまったり。
それも「教わる」段階の一つだと、旦那様は言う。

けれど、「教わる事」は、その規則の中でむりやり吸収した事で留まらない・・・
って言うのも確かな事。

「その縛りから外に出た時に出来るかどうか。
それが、ちゃんと学んだかどうかって事なんだよ」と、旦那様。

ああ、先は長い(笑)

こんな時、私にとっては、もはや宇宙語ではなくなった英語の格言を思い出す。

「人生は、誰にとっても新しい経験の連続なのだ」

まあ、お腹一杯、毎日新しい経験を吸収する事にしよう!(苦笑)
EDIT  |  02:38 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/04(Tue)

30年前と後 

最近、大きな企業の合併とか、統合とか。
あまりこう云う事の詳しい内容には疎い私だけど、
社会が変化しているって事だけは分かる。

30年前をふと思い出してみる。

何故、30年前を思い出そうとしたかって、
・・・理由はない・・・とりあえずってところ(笑)

その頃の私が、今の私を想像できたかな?
その頃、社会のシステムの知識があった人でも
今のこの30年後の社会を想像できたかな?
・・・他の人はともかく、私には無理だったとよく分かる(苦笑)

数週間ぶりにある場所に出かけただけで、
「ああ、この店がなくなった」
「ああ、こんなところにこんなものが出来ている」

それにしても、こうしておけば将来安心!
って、本当の意味で「安心な未来」ってどこにあるんだろ~。
昔は、よく考えたものだ(笑)

変化は常に起こっているものだと感じる。
その変化はどんどんスピードを増しているようにも思える。
だから・・・と云うのではないけど、
自分の10年後をそうした社会の変わり方に合わせて、
想像しても・・・あんまり意味がない気がする。


あくまでも私の感覚だけど、10年後の為に今を「我慢する」って感覚で
過ごすと、勝手に何かに裏切られた気になりそうだ(苦笑)

何を「軸」に変化を見るかって、大切な事かも?って気づいたりして。

自分でそれを確実にするには、変化する「自分」に軸があれば
いいんじゃない?

軸を「自分の外」に求めるから、「こんなはずじゃあ・・・」って
事が起こるんじゃない?・・・なんて、無い頭で考えたりもした(苦笑)


「未来はね、今の延長線上にあるんだよ」と云う旦那様の言葉。

もっと正確に言うと、
「未来は、今、自分がやっている事の先にあるんだ」って言う事だと思う。

「ある人の未来が見えるとすればね・・・
逆に、その人の可能性のある選択肢が少ないって事でもあるんだよ。

そんな人の未来を観るのは、簡単さ」と旦那様。

社会の変化で崩れてしまうかも知れない自分の未来。
それが出発点で考え始めた私って結構、小心者?(爆笑)

そして、今は、見えない未来が楽しめる方がずっといい!
と、大胆さを身に付けつつある(あはは)
EDIT  |  02:37 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/03(Mon)

振り返る 

気が付くと、このブログを始めてからもうまる二年。

毎日のように面白い事を発見して、
「なるほどね~」「そういう事か~」って毎日は相変わらず続いている(笑)

そして、益々、分からない事や知らない事が沢山あるって逆に気が付く(涙)

いつか、大学院の勉強をしていて、知らない事を知った時も面白さと、
その難しさの狭間で「もし、これ以上学ぶ事がなくなったらどうしよう」
きっと、世の中が面白くなくなるんじゃないかって・・・。

と思って、旦那様に話したら、爆笑された。

あはは、確かにいらぬ心配でした!

道のりは、歩いて世界一周するより長くて、大変かもね~。
いや、それ以上かも知れないので、とりあえず安心して、
「発見」の連続!を続ける事にしようっと!

自分の事を振り返るって時間は、色んな区切り事で無くてもできる事。

時に、振り返るって時間を持ってみると、これまた「新しい自分」を
発見できたりする。

「これは、出来るようになった」
「これは、2年かけてやった」
「ここまでは進んだ」

時に、「進んだ」つもりでも思った程、進歩してなかったり、
「浮いたまま」になっている事があったり、
「どうにかしなくちゃ」と思いつつ手付かずだったり、

・・・って反省点もあるけど。

「ここまでは頑張った!」
って自分で自分を誉めるぐらいの事、一つぐらいはあるだろう。
それが、ひょっとしたら「自信」になるのかも知れない。

「自信って、付くものじゃなくて、気が付いたら付いているものなんだ」
と旦那様が言う。

・・・だから、「気が付く時間」「分析する時間」って
よく反省点を探すために使われるみたいなイメージがあるけど、
実は・・・
「自信をつける時間」でもあるのかも。

それにね・・・出来なかった反省点だって、
今出来てないだけで、ずっと出来ないって訳でもない。
止めてしまうから出来なかったって事になるだけだもんね~。

と、結構、しつこい性格の私は、それを経験上知っている(あはは)

途中で止まって、浮かんでいるものが役に立つ時がやがて来る。

「無駄な事や、無駄なものは何もないんだよ~」

無駄にしてしまっているのも、自分かもね。
でもやった事は必ず体や心のどこかに残っていて、
忘れてしまったつもりでも忘れてない。

みんな、みんな、自分が結構「しつこい」性格だって、
もっと自覚しましょう!(爆笑)
EDIT  |  03:09 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/02(Sun)

癒しの仕事 

旦那様の仕事もこの範疇に入ると思うが、
世の中には「人を癒す仕事」が沢山ある。

ヒーラー、セラピスト、エスティシャン、マッサージ師などなど。

「人を癒す仕事をしている人って、自分が本当は癒されたいんだよな~」
と、旦那様が言う。

心理カウンセラーだって、いつか、どこかで自分が悩んだ事がある・・・
って言う人が多いだろう。
だって、自分が経験しなければ、人の悩みなんて理解できなかったりする。

私はかなり昔から、頭痛持ちで長い間悩んできた。
ある時、知人の紹介で、病院に行って、MRIを撮ってもらった事がある。
ところがその先生、肩こりしない人らしい。
「りっぱな脳です。問題ありません」の一言で終わり(苦笑)

まあ、脳自体に問題が無い事だけはわかったけど、
これ以上どうしたらいいか、その人に話をしても多分分かってもらえない
だろうな~なんて思って、そのまま帰った(笑)

痛みや苦しみは、言葉では表現できそうで出来ない。
例え、ある程度、出来たとしても、その感じ方までは伝わらないのが普通だ。

・・・と、思いきや(苦笑)
人の感覚ってそんなに鈍い訳ではないらしい。

「被るって特別の事と思ってるけど、誰にでもある事なんだよ」

気分の落ち込んだ人と話をすると、自分の気持ちも落ち込む。
これも一種の「被り」。

勿論、どのくらい影響を受けるかには結構な違いがある。

けれども、「痛み」や「苦しみ」は、結構周りの人に影響を与えるものなのだ。
自分では自覚していなくても、仕事が大変!と思って、仕事をする。

同じ部屋に居る人は、よっぽど鈍い人で無い限り(あはは)
その影響を受けているから、意図的に笑い話をする事があっても
「ああ~、暇だ~、やる事がないし」なんて口にする・・・
って事は普通はない(でも、時々居たりするから・・・爆笑)

最近、こうした「空気が読めない人」の事を「K(空気)Y(読めない)」と
呼んだりするらしいけど・・・。

空気にとても敏感な人達の「被り」
ひどくなると、頭痛や腹痛が起こるって事も珍しくない。
相手の状態が直接入ってきて、体に影響が出てくる・・・

って今まで思っていたけど、その前に「気持ち」「やる気」が影響を受けてる!
って事に気が付いた。

旦那様の弟子でいかにも体調が悪いと思う人。
「早く、とってもらいに来ればいいのに・・・」と思う。
で、実際に来れば、たった数分でかなり楽になる。

「いや~、取ってもらうって事を忘れてました」

そうそう、被りは、体に来て初めて自覚し易いけど、
その前に「気持ちに来ている」って気が付けたら・・・。

きっと立ち直りが早いし、体に来る前にどうにかできるかも知れない。

癒しの仕事をする人は、積極的にこうした相手の「被り」を引き受けているって事。
忘れないようにしないと・・・。
癒されたいのに、ますます、「癒されたい」という気持ちだけ吸い込んでしまう・・・って事もあるかもね(苦笑)
EDIT  |  02:47 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2007.09/01(Sat)

ひっかかる 

「よく、どうしてそこでそんな質問を出来るんですか?」って旦那様が聞かれる。

その質問こそが、問題の原因をさぐる「核心」だったりするから、
そこで、「うん?」と何かがひっかかる・・・
そんな旦那様の姿を見てそう思うのは、当然だろう。

霊能者が相手を見るとき、一人の人間と言っても、その中に入っている
情報は、とてつもない量だ。
小さい時から、こう云う家に生まれて、こういう育てられ方をして、
こういうものが好きで、こういう事が気になる。
一人の人の中身なんて、表面に出ている性格や外見なんて、
ほんの、ほんの一部にしか過ぎない事だってある。
実は、中にある「弱い部分」を隠す為に振舞っているって事も少なくない。


他愛も無い、まるで、世間話をしている様に思えるかも知れないけど、
旦那様には、アンテナにひっかかる部分があるらしい。

「どんな人でもね・・・ふっと、見える瞬間があるんだ」

勿論、ある程度の事は、相談者に会う前や会った瞬間に分かる。
だけど、実際に会うまで、そうした「外見」や「見かけ」に
囚われないというのも、きっと大切な事。

だって、その外見と中身の違いから、問題が起こっている事もあるから。

その人が言った一言から、色んな事が見えてくると云う。

そのひっかかる部分。
実は、私にも時々ある。
そんな時、そのまま聞き流さないで、「今、こう思っていたでしょ?」って
本人に聞いてみるって事を繰り返してみた。
時には、全く違ったり、時には、ぴったりだったり・・・。
その繰り返しの中で、「一言」を聞いたら、なんとなくひっかかるって感覚が
少し分かって来た気がするな~(苦笑)

今日、出かけた、あるお店で泣いている子供がいた。
「家の中が見えるね・・・」と、旦那様。

その瞬間、私の頭の中にその子の家の風景が浮かんだ!
勿論、それを確かめる訳にもいかないけど、きっとその風景は
間違えてないと思う・・・。

「君だって、そんな感覚は昔からあったはずだからね」と、旦那様。

そう言えば、朝、教壇に立っただけで、この生徒は今日は要注意!って、
理由は分からないけど、なぜか分かったものだ(苦笑)

・・・って訳で、「ひっかかる」って感覚を今もまだブラッシュアップ中!

だって、今だに、後で「ああ・・・、あの時のあれは、こういう事だったのか・・・」って思う事が多いから。

説明できない感覚だけに「何故、わかるんですか?」って聞かれても
答えられないよな~(苦笑)

これだけは、側で見るのが一番!
恵まれた環境にいる?気がするわ~(笑)
EDIT  |  01:56 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
 | BLOGTOP |