2008.05/29(Thu)

とかす 

「溶かす様な感じですすみなさい」

家族でも、友達でも、長い間に出来てしまった心の溝は、
簡単には埋まらない。

私が変わったから、貴方も変わって、さあ!今日から
新しい関係を作りましょうよ・・・ってはっきり言って無理(苦笑)

お互いに、そうなっただけの理由と原因と経緯と
それだけの時間とが、その壁を作っている。
その壁は、無意識の内に自分を守る為の壁にもなっている訳で。

「私も脱ぐから、さあ」って、解決できたらいいけど、
それも無理というより、脱いだと思った後から、
「やっぱり・・・」なんて事に成りかねない。

「人が変わるには時間がかかるんだよ」

変わろう!と思った瞬間に変わり始めているのは確か。
それに同じ事が起こっていても「自分の見方」が変われば、
ガラっと変わる(実は、今までと何も変わっていなくてもね・笑)
っていうのは、あり。

もしも、そういう壁が人間関係の中で出来ていて、
それでも諦めないでその関係を続けようと思うのなら、
「溶かす様に・・・」

溶かすってどうやればいいの?

「普通の事の中にあるんですね・・・」
旦那様の話を聞いて、そう呟いた人が居た。

「そう、大げさな事じゃない。
ちょっとした事の中に大事な事があるって忘れない様にね」

究極、その人が自分の側に居てくれて有難いという気持ち。
自然に、「ありがとう」「ご苦労様」「大変だったね」
そんな言葉の積み重ねが、少しずつ、少しずつ、
相手の心を溶かして行く。

今、読んでいる言霊の本によると、日本語は、元々同じ音の言葉は、
同じ意味から発しているという。
PCでこうして入力していると、
「とかす」
「説かす」
「解かす」
「溶かす」
「梳かす」
「熔かす」
「融かす」
「鎔かす」
沢山あって、「とかす」のも色んな方法があるんだろうな~って、
思ったりする。

時には、ちゃんと「説明する」のが「とかす」事だったり、
時には、実はこうなんだよって「鎔かして」誤解を解く事だったり、
それが梳かす事「乱れを正すこと」に繋がったり。

いづれにしても「今すぐ」そうする、そうなるではなくて、
ゆっくり、ゆっくり、すすむ事。

それも「問題を解決する大切な一つの方法」
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2008.05/28(Wed)

逆転の発想 

「今までで、一番怖かった相手ははね・・・」

旦那様が空手でのエピソードを語り始めると終わりがない(苦笑)

時々、世界大会の試合も一緒に見に行く事もあるけど、
いや~みんな熊みたいに大きくて側でみるだけで、
迫力がある~~~。

旦那様は、自分で言うが、
こんな人達の中で、「体格的に恵まれている」となると、
かなりの「大物」でなくては(苦笑)
そんな人達の中で一番怖かったと思う相手。

「倒れても、倒れても、起き上がってくる奴だったな」

殴って、今のはもう倒れただろうと思っても、
また起き上がってくる。
映画の中のシーンみたいだけど、確かに強くて大きい人も
怖いけど、何をやってもその力を吸収してしまうスポンジ
相手に戦っている感じ?

「体格があれだけあればな~」
体の大きい人はそれだけ恵まれているのは確か。
そういう人を相手に、誰でも同じ事を思う。

それをコンプレックスで終わらせるか、
それをバネにするか、

旦那様の場合は、体格で勝てないなら、
「1発打たれる内に、10発打てば良い」
スピードを付けるって事に集中したと言う。

「もし、体格が良ければ、このスピードは付かなかったと思うよ」

逆転の発想。

自分にない事をただ、「あれがあれば・・・」と、
思い続けても、そこからは生まれるものは少ない。

「どうすれば・・・」と常に考えるって癖。
空手だけじゃなくて、何にでも言えるかな~って思う。
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2008.05/27(Tue)

月例会のまとめ 

今日の月例会の話題。
一つは、「人との距離感」の話だった。
これは、「旦那様はメンター」のページに書いたので・・・

もう一つの話題。
一つは、最近起こった自然災害の話。
何らかの形で予知的ながわかる人達がいる。

何故、この時期に?
何故、あの地域に?
何故、それを感じたのか?
何故、それを感じるのか?

最後は、特別な感覚を持って生まれた意味まで話が深まる。
ホント!深い、深い話だ。
普通の人から見れば、そんな事がわかるなんて凄いなとか思う事。
わかるという本人たちの捉え方との違い。

「こんな能力なければいい」
旦那様だって、誰だって一度ならず思う事でもあるらしい。

「でもね、その能力さえ、前向きに捉えるかどうかでかわるのさ」
どうしても印象に残るものと言えば、ハッピーな内容より、
シリアスな事の方が、心に残るものでもあるらしい。
だから、「これから起こる事を見て」しまうと、
それを止められないか、方法は無いかって意識が働く。

「学びなんだ・・・こうすれば、こうなるって分かるだろ?
因縁って、原因があって、それから繋がる縁が繋がる。
だけど、その縁が変われば、結果も変わるんだよ」

その流れを目の前で見続けるのは、
想像するよりきっと精神的にも
大変なんだろうな~とは思う。
分かっていても、止められない流れに
自分の無力を感じるのももっともな事でもあるだろう。

特別な能力って、何の為?
見た内容や、感じた内容と一緒に
ちゃんと考えて行かないとね。

結局は、見える事に、感じる事だけに、
振り回されてしまわないようにって、
注意しとこうと思ってる。
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2008.05/25(Sun)

微妙な調整 

仕事の出来る人というのは、基本的にミスが少ない。
人に伝えなきゃいけない事も、
むやみに沢山とか、むやみに難しいとかなくて、
一目でスッキリ!誰にでもわかる方法で人に伝える。

相手に応じて、多くもなく、少なくもない言葉数。
勿論、多くの人に伝える時は、全部の人にぴったりって事は
不可能だと知っているから、当然、同じモノを渡せば、
時には長すぎるだの、少なすぎるだの、
文句が出る事も先刻承知。

だから、聞き流せる(凄い!)

昔、昔、「仕事の出来る人=仕事の早い人」
そこだけしか見えていなかった自分を思い出して苦笑・・・。

旦那様が車を信頼して預けるヤナセの人。
そんな人の内の一人だわ~って感心する。
「信頼関係って、そんなに簡単に出来るものじゃないけどね」
数回、彼に任せてケアーしてもらったら、他の人には
任せる気にはならないのがよく分かる。

人と人のコミュニケーションって、実際に話をする中で
調整する事で成り立っている・・・
なんて理論を述べても難しいものは難しい(苦笑)
ここは、「当たり前過ぎて、話さないでも大丈夫」
って部分を長々説明されたりすると、
相手はイライラとか、退屈して途中から聞かなくなるとか(笑)
勝手に、「ココは当たり前だから、話さないでも大丈夫」と
省略しすぎると、「何を話しているのか分からない!」となる訳で・・・。

いづれも「話をしている中」での「微妙な調整」にかかっている。

「よく、そんなタイミングで質問できますねとか言われるけどね・・・。
ふっと気になるとしか言い様が無いんだ(苦笑)」

話の中で何が原因かを探るには、
この微妙な調整の「微妙」が「絶妙」(笑)でないと(あはは)

英語を学ぶ中では、「英語」だけ学んでも、
なかなか上達しない領域がある。
単語力がないから、文法がわからないからと思い勝ちなんだけど。

「日本語が出来ない事が英語で出来るはずがないだろ?」

そう・・・英語をマスターするには、今更のようだけど、
自分の思考の基本になっている「日本語」を訓練する必要がある。

勿論、英語は思考の仕方や文化の違う様々な人が使うから、
だからこそ、思考の流れの最低限の「決まり」みたいなものがあって、
それをはずすと、「何を言っているのか分からない文や言葉」に
なってしまう事も多い(とほほ)

素晴らしいレポートや文を書く人は、
どこかで必ずダブルチェックしている。

それは、「伝える側の思考」と、「伝えられる側」の
両面からちゃんと自分が書いたものや、口にする言葉を
チェックしてるな・・・って。

最近、映画を教材にした英語の為のブログを再開した。
その中で出てくる台詞を細かく分析していると、
脚本家の苦労が・・・伝わってくる(涙)

そして、英語の為なのにそれを越えた「言葉」の絶妙さ、
間の取りかたや、しぐさ、そんな細かい事が、
コミュニケーションをなり立たせていると驚く!

まあ、細かい分析はともかく、
日本語で当たり前と思っていた事がそうではかったり、
結局は、英語も日本語もあまり変わらないな~って思ったり、

よければ一度、ごらんあれ!
http://kumisensei2.blog53.fc2.com/
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2008.05/24(Sat)

余裕 

「余裕がないと、ね」
口にはするものの、いざ、余裕が無くなると
人はカリカリしてくる(苦笑)

自分ではそんなつもりは無くても、
外から見れば、余裕が無くなっているのは一目瞭然だったりして(あはは)

力が入りすぎて、
物事が見えなくなって、
余計に余裕が無くなる方向に自分で自分を持っていく。

そして、一杯一杯の心は、その内自分の周りにも向けられる。
「こんなに頑張っているのに」
「あの人は、こんな事をしてる」
「これがおかしいから、うまくいかないんだ」

冷静な時にそんな分析が出来れば、
それなりに対処法も見つかるのに、
余裕のない心は、それさえ「焦り」とか
他の感情で一杯になってしまうのだ。

「ちゃんとリラックスする時間を持ちなさい」

「考えるだけで、心を不安で一杯にしても解決しないよ」

不満や不安で一杯になった心の原因も
自分で勝手に作り出している事が沢山あるな~。

誰でもこんな状態になる事はあるけど、
だったら、いかにその状態から元にもどれるか、
自分なりのやり方を見つける事って大事!

余裕がなくなっている時ほど、
心は、「そんな事やっている場合じゃない!」って、
本来の方向とは違う方向に反発するようにできているらしく・・・(苦笑)
だからこそ、余計に「余裕がなくなっている自分」を
見つめる目が欲しいものだわって思う。

特別な感覚を持った人達は得にこの傾向が強い気がする。
何しろ、一つ一つの感情のエネルギーが強いから、
普通の人仕様の体には、いつも入りきれなくて、
文字通り、一杯、一杯。
その内、そのエネルギーで体が耐え切れなくなって、
体調まで崩すというスパイラル(ああ~~~)

そういう私もかなりのエネルギーの持ち主らしく、
閉じ込めたはずの感情がちゃんと自分のどこかに残っている!
(こういう時、イライラするのは、殆ど自分のせい・・・涙)

こんな時の特効薬って・・・
静かに瞑想するっていうのもあり、
逆に、「悩んでいる場合じゃない」もう一つ別の状態を
作り出すっていう手もあり(笑)

空手で、スパーリングしている時に、
「今日のあの仕事は・・・」とか考えていたら、
確実にもっと痛い目に合うものね(爆笑)

でも、今度は空手に集中しすぎると、
空手で一杯、一杯になったりして(あはは)

余裕って、全く違う事を行き来する事から生まれるのね~
なんて、思ったりする・・・。
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2008.05/23(Fri)

最良のもの 

最高のものは、「誰にとって」と云う視点が無いと、見えない。

「AとBどっちがいい?」
旦那様に何気なく言った後、あ!っと思う(苦笑)

誰が使うんだい?
どうしてそれが必要なんだい?
それを使って何をしようとしてるんだい?

・・・逆に、質問攻めに合う(あはは)

例えば、PCを買うとなっても、
値段が一番のポイントなのか、
性能なのか、
同じ性能でも、
どんな職場で使うのか、
PCを使って、どんな作業をするのか・・・

それによって、「その場面に最良のもの」は変わる。
そう!「最良のもの」は野菜の「旬」と同じなのだ。

「野菜の旬は、1年の内に10日しかないんだよ」

旦那様のアドバイスの「最良」を観る視点もそれにとても似ている。
極端な話、昨日と今日では「最良」は違うし、
人が変われば、「最良」は変わるし、
相手が変われば「最良」は変わる。

よく普通やってしまうのが、こんな時「何でもできるマルチなもの」を選択するってやり方。
実はこれ、落とし穴だったりするのだ(笑)

「何でもできるって事は、それだけ複雑」って時もあるのだ。

同時に、自分が「薦めるもの」「売りたいもの」
会社で言えば、「今、提供できるもの」って限られる場面もある。

で、そんな時、なかなか受け入れてもらえないって場合に、
どうしても、その欠点のせいにしたくなる。
・・・だし、それも事実、欠点としてあるのはある。

「相手をよく観なさい」
欠点があるから、その相手がそのものが必要ない・・・って訳でもない。
むしろ、欠点のないものを探す方が不可能に近いだろうな~(苦笑)
じゃなきゃ、これも、あれも必要って、大型PCを買う人だらけになっちゃうもの。

私の場合、どんなマルチで、どんな高価なものでも、
私の生活に要らないものは要らない(あはは、頑固!)
って思っている。
そのくせ、実用的であっても、なくても、
「これは使える!」と思うと、衝動買いしたりして(あはは)

でも、それを使った楽しみも一緒に買った!って感覚。
旦那様が何かを買う時は、そういうおまけ(こっちがメインかも・笑)がついて来る。

「手に入れるまでのプロセス」と「手に入れてからのプロセス」
両方が楽しめるようになっている!!!!

「無駄遣いしないって、買わない事じゃなくてさ、
買ったのに、遣わない事だと思うけどね(苦笑)」

耳が痛い人が沢山居るに違いない(笑)
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2008.05/23(Fri)

なかなか変われない 

「人はなかなか簡単には変わらないのね~」

そう思う私だって、人から同じ様に思われているだろう(苦笑)

「変わるのに3年はかかるよ。
いや、そのくらいかけた方がいい」

とは言え、ちょっとした心がけで変わる時もあるし、
自分の目の前のトラブルから学ぼうとする気持ちのある人が
どんどん、どんどん変わっていく。

で、その先、どうなるかと言うと・・・

ちゃんと次の試練がやって来る(あはは)
その試練は、その前の段階で「ああ、難しい。大変だ」
と思っていた事より、やっぱり難しかったりする。
だから、他の人が同じ様な事で悩んでいたりすると思ったりする。

「何でこんな簡単な事、出来ないのよ」
自分が悩み、そして乗り越えた事はすっかり忘れる。

「だからね・・・ちゃんと悩みなさい(微笑)」
残念ながらというか、人はちゃんと悩まないと気が付かない事が沢山。

健康だと、病気の事などすっかり忘れてしまうのと似ている気がする。
治ってしまうと、あんなに痛かったのに、
「あれ?どこが辛かったっけ?」っていう具合(苦笑)

痛みに弱い私などは、「次から、こんな痛みが起こらないように」
ばかり考えて、結局は他の痛みを抱える事になるというパターンもあり。

「失敗しないように、病気しないようにって考えても無駄。
何が起こっても、それに対処できる知恵や知識があれば怖くないだろ?」
幾ら注意していても、起こる時は起こるのだそうで(あはは)

体が弱いからって、風邪をひかないように外に出ないで過ごしても、
やっぱり風邪をひく時はひく。
それより、多少の風邪をひいてもすぐに元にもどる体力を付ける方が現実的!

身をすくめて乗り越えたつもりのトラブルは、
また追試のように目の前にやって来るもの・・・。

「まただ・・・」
いや~、本当に繰り返す、繰り返す(笑)

私が変わった事と言えば、
人が変わるのには、時間がかかると心で知った
(↑本当に分かるまで、教師生活、何年かかっただろう・笑)

だから、じっくり待とう
(↑未だに出来ない)

って、出来ない相手だけを見ると云うより、
自分で自分の分析が出来るようになった事ぐらいかな~(苦笑)

先日、ある人の除霊をした。
「除霊なんてすぐできるけど、それよりその後が大変」

本人が本当に変わるまでの間、同じ事が起こっても
何の不思議もないのだ。
大体、そう云う事になるには、それだけの理由が、
霊の側というより、乗っかられた本人にある事が圧倒的に多いらしい。

「変わろう!」と思うだけなら、短ければ一秒もかからずできる(あはは)

本当に変わるには・・・やっぱり、算数と同じ。
時間をかけて、ドリルを繰り返して、身にしみこませるしかないらしい(苦笑)
EDIT  |  02:35 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/21(Wed)

難しい事 

旦那様の仕事は、難しい事だらけだ(笑)
・・・当たり前!
だって、難しい事でなければ、自分で解決できるんだから、
相談にも人は来ないから。

「だからこそ、出来ないという前提で考えないんだよ」

いつか、沖縄に帰りたいけど、問題が沢山あって・・・
と悩んだ人が相談に来た話を書いた。
ご自分も故郷に帰りたい気持ちがあるけど・・・
と思われていた方が、このブログを読んでくださって、
そして、面接にこられて、『故郷との細い糸』から、
その道筋を見出されたようだ
「これとこれが難しいから、できないじゃなくて、
出来る為には、何が必要かって考え始めたんです」
その方が、帰り際に言われた言葉。


「無理って思ったら、見えてこない道が沢山あるんだよ」

何をやるにも困難や、大変な事は付きもの。
「だからこそ、一緒にその方法を探すのさ」

方法が見えたら、次はその気持ちを持ち続ける事。
実際に、「行動する事」から、その糸はどんどん太い糸・・・
自分の目から見て、しっかりした糸に見えてくる。

「蜘蛛の糸」の話を思い出して、旦那様と話した。
難しい事に出会って、「こんな糸登れない」って登らなかったら始まらない。

「それにね・・・上から落ちてくる糸は細く見えるんだよね・・・」
だって、本当に細かったら、自分が一人登りはじめたらすぐ切れたに違いないもの(笑)

登り始めたら、始めたで、色んな「邪魔」に思えるものが出てくる。
自分が登る事と、邪魔は一つの糸にかかっている。

最近、またまた日本の古い、古い歴史を紐解く本を読んでいる。
「昔話って、こんなに奥が深いのね~」と今更驚く、驚く。

それに比べると、「蜘蛛の糸」の話なんて、何時書かれた本か知らないけど、
ずっと新しく、それでも私にとっては一つの話から、色んな事を発見できる話だったりする。

心が強い時は、「困難なんて、乗り越える為にある」なんて事
考えもしないで、突っ走れるものだけど、
くじけそうな時程、
難しいと思う時程、
無理かと思う時程、
必ず道はある・・・って、
あくまでも前向きな考えが、見えない『糸』を見えるようにしてくれるのね~
って、あらためて思う。
EDIT  |  02:46 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/20(Tue)

やっぱり似ていたか!(笑) 

兄弟や姉妹って、表面上似ていなくても
やっぱりどこか似ている・・・。

「私は、妹とは違う!」
そう思えば、思う程、どこかで似ている自分の一部を
見せられているのかも知れないなんて思う。

一番最初に生まれたとか、
次に生まれたとかで、
親の言うことをよく聞く子供に育ったり、
うまく人とぶつからないように育ったり。

違いは、確かにあるけど、
困った事が起こったりした時に一番最初に出てくる反応は、
結構、同じだったりするのよね~これが(苦笑)

自分でも妹と私は違う!と思いこんでたけど、
「お互い、反面教師だったんじゃないの~(笑)」
と旦那様が一言。

ああ、そうなのかも知れない。
お互いの苦労や失敗を横目で見ながら
「ああならない為には・・・」なんて意識してもしなくても、
そのトラブルを避けようと、色んな事を身につける。

でも、ああ、所詮は似ているからこそ、同じトラブルが起こる事を
予想したり、避けようとしたりするのかもね(笑)

私の場合は、妹が2人。
3人に共通しているのは、「何でも挑戦して大胆」
なのに「どこか慎重」(笑)
うまく表現できないけど、このタイミングが絶妙(爆笑)に
似ている・・・とか分析してみたりして。

似ていない!と思っていた部分だって、
似てないのではなくて、「そうならない様に注意した結果」
似ていない状況に自分を置いている・・・(あはは、理屈くさい!)

・・・でも・・・ね、
やっぱり、あの兄弟も、あの姉妹も、あの兄弟も
よく、よく見ると似ているわ~。
特に本能的に何かを判断する時、この特徴はよく出るのだ。

自分を守る時。
誰かを好きになる、大事にする時。
そして、将来や理想を考える時とかね・・・。

という訳で、世の中で子育て中の方!

毎日、毎日の繰り返しの中で子供の中に蓄えられているもの。

「子育ての基本の家庭には子供に大きな影響がある
(それも一生、変わりそうで変わらない)」
って事をどうかお忘れなく・・・。
EDIT  |  02:45 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/19(Mon)

その様にできている 

負けると悔しい。
うまく行かないといらいらする。
上手に出来ない事は避けたい。
人から出来れば尊敬されたい。

自分では、「私はそんな事はない」と思っていても、
実際にそんな事が起こったら、誰でも「そうなる様にできている」らしい(笑)
よく考えたら、負けてもくやしくない、うまく行かなくてもまあそんなもの、って人が居たら、その方が問題かもね。

人の事だと、
「何で、こう出来ないのかしら?」
「何で、悪いと分かってて変えられないのかしら?」
まるで、自分が正義の様に思って言ってしまう(涙)

「誰でもそうなるんだよ」
旦那様にそう言われてみると、その人の立場には、
それだけ思う理由があるし、人は自分を守ろうとする本能からか、
同じ様な反応をするものだ(あはは)
そして、何より自分もその場におかれたら、そうなると思う。

「だけど、それって、そのままで変わらないでいいって事じゃないでしょ?」
と、意気込んでしまう私は、その相手の問題に対して、心理的に近づきすぎ(爆笑)

「皆が君みたいに強い訳じゃないんだよ」
あらら、そう言われてみれば、
強い部分はかなり強いと昔から自覚はしている(苦笑)
だからと言って、人にそれを押し付けていい訳でもない(←墓穴を掘る私・笑)

人は、自分の弱い所を含めて、ちゃんとちゃんと知っている。
心のおく深くに閉じ込めたままでも、閉じ込めているって事を妙にわすれない
・・・様にもできているらしい(笑)

この前、ある人から、友達との人間関係の話を長々聞いた。
「その人って、自分が知らない人と私がいる事が許せないみたいでね」
って、話をしていたら、偶然その本人にあった。
その場では、あらって挨拶ををしただけだったけど、
「多分、その内彼女から電話がかかってくると思うわ」

案の定、30分ぐらいしたらかかって来た。
一緒に居た人は誰?
今もその人と一緒にいるの?
その人はどこに行ったの?
この後、会いたいとかいう事ではないらしい。
「いつもこうなのよ。そして、聞いた事を全部他の人に話すの・・・」

ふと、その彼女が、
「こういう友達と付き合っているって事は、私もそんな所があるんだろうけどね」

・・・実は、私はその話を聞きながら心の中で思っていた(苦笑)
「う~~ん、今の貴方の話って、彼女のやっている事と似てるけど・・・」

「自分でわかっているじゃない!」

人は、結構、自分で分かっていてもそこから抜け出せないものらしい(苦笑)
心のどこかで「これでいい」って思ってしまうと、
分かっていても・・・って事なんだろう。

「その様にできている」っていう沢山の共通点。

そこまでは、あんまり皆変わらないんだな~。
だから・・・どうするか・・・で違いが出てくるんだと思った次第。
EDIT  |  02:26 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/18(Sun)

信じる力 

人を信じるとか、信じられないとか。

心から、本当に心から何かを信じるって簡単じゃない。

「信じてますから」

この言葉自体にさえ、時には「信じている」って言葉で、
どこか「私の期待を裏切らないで・・・」みたいな
響きがする事もある・・・(苦笑)

言われた方は言われた方で、
勝手にプレッシャーにしてしまい、
頑張って自分の思う評価が得られない・・・
「あれだけそれに応えたのに・・・」
みたいな事もあるだろうし。

「誰かを信じるのはいいけど、丸ごと全部信じるのはね・・・。
相手も人間だから」

勝手に(爆笑)信用して、勝手に裏切られた!
みたいな思いを持つ事も、持たれてしまう事もあり(あはは)
この辺りは、旦那様のいう「人との心理的距離感」って事も
含むんだろうけど。

「この人のこの部分は全面的に信じるっていうのはありと思うけどね(微笑)」

誰かを何があっても信じるって、
結構、言葉で出すほど簡単じゃないわ~って思う。

ならば・・・例えば、相手が、神や仏だったら?
例えば「自分自身」だったら?

「信仰だって同じさ。
急に全部を信じるなんて、出来ないものだよ」

何かがあって、神や仏に頼る。
そして助けられる。
そんな経験があってこそ、信じるようになり、
そして、そこを目指し始める。
そのプロセスにだって、心が揺らぐ事は、
何度も、何度も起こるだろう。

「信じるものを持てばいい」
自分が揺らがない為の一つの方法だと言われるけど、
「何かを信じる事」それ自体が、
とっても脆いものだったりする。

「本当に信じるにも時間も段階も必要。
簡単に、信じれば、簡単に信じられなくなるってありだろ?」

目の前で何が起こっても信じ続ける。
本当に信じる、信じ続けるって事自体が、
「信じてる」と言葉で出すより、
何十倍も何百倍も難しい・・・。

何より、「何を信じているのか」って事って確認は
いつも必要な訳で・・・。

「信じる」のも
「信じる経験」を通して、
「信じる力」を付ける、
大きい意味での「人間力」の一つなんだろ~な~。
EDIT  |  02:39 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/16(Fri)

2次元と3次元 

次元論なんて大げさな話。
私には関係な~~い!なんて、思ってみても、
結構身近にあるものだぁ。

「仕事の中で、皆一度はぶつかるのさ」

私の場合でいえば、「指導法」を2次元の紙に。
実際の教室の中で、何を何時、誰に渡して、
何を話し、どう教えるか。
その間に生徒は何を考え、何を作業するか。
そんな細かい事を指導案として書き上げる。
ところが、これがなかなか難しい。
それに是を英語で書くとなるとなおさら難しい。
何しろ、3次元で行われる事を2次元に落とすというのは、
不可能に近い・・・(涙)

「医学だって一緒さ。
体の中で起こっていることを、論文に書くとなると、訓練が必要だよ」

体では同時に起こっている事でも、紙の上で書けば、
一つ一つ順番でしか書けないし、
お腹が痛くなって、次の事が起こるのと、
お腹と頭が同時に痛いのでは違うもんね~
なんて、素人ながら考えたりする(苦笑)

あるレベルになると皆がぶつかるこの壁。

「難しさは英語にあったのではないのね~」
なんて、思ったりする。

確かに、英語と日本語では、モノの捉え方が違う部分があって、
a penとthe penだけで、読んでいる方は混乱するから、
困ったものだ。
(ちなみに、a penだと「どれでもいいからペンがあるのね~」
と思い。、the penだと、「この人、どのペンの話をしているのか」
って、読んでいる方は探さなくてはならない・・・)

相手に分かるようにこうした事を「書いて伝える」
「話して伝える」には限界がある。
動作は常に、いくつもの事を同時に行っているし、
そこに「意識」や「心の持ち方」、そして、
それを「どういう言葉で伝えるか」なんて考えると、

「体の動きの種類」×「意識の持ち方」×「言葉の使い方」=
なんてこれだけ考えただけでも無限大だわ~~(苦笑)

・・・って事は、自分が何かを読んだり、
人から話を聞いたりする時、それを「3次元変換」する
必要があるって事だわ・・・

凄く不可能に感じられるこの「変換」
だけど、優れた本を読んだら、理屈なく伝わってくるし、
そのストーリーに参加している気持ちに簡単になる。
その主人公と同じ様に悲しみ、同じ様に喜んだり、
笑ったりしている事さえある訳で・・・。

かと思うと、全く伝わって来ない言葉や文章もあるし。

一体、この違いはなんだろ~。
今だにこれは謎なんだけど。

自分が書いたり、読んだりする時に
「普通はこうだろう」という当たり前の事を忘れて、
字の羅列に囚われると、どうやらこの変換はうまく行かない
・・・って事だけは、判明!

2次元と3次元。
たった、一つ増えただけなのに、この違い!
だとしたら、4次元とか5次元とか、
あったとしても、今の私には到底理解できないだろ~な~
って事だけは、3次元に住む私にもわかる(あはは)
EDIT  |  02:28 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/15(Thu)

時間 

昨日の書き込みをしなかった理由はいつもの通り(苦笑)
そう・・・書いてる途中で「消えた!」
いや、正確には、「消してしまった・・・」
うっかり、マウスのボタンに手が当って、書いた文章は・・・(涙)
こんな時、『エネルギー一定の法則』を思い出したりして、
私の文字は、一体何に変わったのだろ~、
なんて、考えても意味のない事を思ったりする(あはは)

いくら、エネルギーが一定でも、
変換されたものが「自分の必要なもの」でなければ、
変換された意味がない気分になる。

それでもある時、自分に必要だと思っていなかったものが、
「あら、役に立つじゃない」
なんて事もある。

そう・・・時間が経てば、そういう時も来るかも。

「無駄な事はひとつもないんだ」
そう言われても、その時ピンと来る人は、
ちゃんと時間を進めている人だったりする。

大体、自分の目の前で起こっている事が、
将来の何にどう繋がっているなんて、壮大なプロット。
見えるはずもない(苦笑)

「時間が止まっているんだよな」

自分がやった事が全て無駄だったと思えたり、
どうして、あの時こうしなかったんだろうと思ったり、
今の自分が情け無いと思ったり。

誰でもそんな時がある。
だけど、その心のまま「時間を止めてしまう」と、
やった事が役に立つ時が来ないかも知れない。

「役に立っているのに気が付かないって事もあるしね」

あの時があったから、今がある。
今があるから、その先もあるはず。
その先にあるものさえ、「目の前で起こる事」に心が囚われると、
時間が止まってしまうのだろう。

その為には、
目の前で起こったどうでもいい事を「上手に忘れ」
目の前で起こった、繋がりを「上手に思い出す」

自由自在に出来たら、いいだろ~な~。
ああ、曲芸に思えるわ~~~(苦笑)

で、私が考え出した「目の前の事に囚われる心」の制御法。
1.自分が熱中できる他の事を持つ。
(一端、忘れた振りが出来る・笑)

これでも、目の前の事から、本当の意味で乗り越えた事にはならない。

2.取敢えず、3年は続けてみる。
(この間に忘れた方がいい事は忘れる訓練!
どのくらい自分が忘れるのが下手かも実感!)

一区切り付いた時に、もう一度、そこに囚われている自分を見つめる。
きっと、全部でないにしても、自分が
「こうでないといけない」と思っていた事がそうならない理由も少し見えて
来たりするかも知れない。

それでも許せないなら、
その場から自分が身を引いたり、離れるか。
でなければ、徹底的に闘う!

・・・なんて、方法は幾らでもあるし、何でもいい。

どちらにしても、「時間を止めたまま」か「進めるか」
それさえ、自分の心の持ち様だって、
いつも自分に言い聞かせている(あはは)

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2008.05/13(Tue)

鍛え方 

先週の空手の練習が終わって、旦那様の左手を見ると、
「あ、腫れてる!誰とやった時に腫れたの?」
「覚えてない」

旦那様の手を心配する・・・のは当然、
相手の心配をしてしまう(あはは)

「こうやって、腫れた後、そこが治る時に強くなるのさ」

・・・って言われても、痛いのは嫌だぁ~。

「そうそう、空手の練習で、始めた頃は本気でやられた。
痛いって顔をすると、『痛いなら、よけろ!』って言われたよ(苦笑)」

いや~、こうした「体」の痛みを伴った鍛え方って、
どんどんなくなってる気もしてたけど、
心も体も「鍛える」には、多少の痛みは伴うものらしい。

数日前から、私も左腕が痛い、痛い、痛い。
最初は、凝りかな?って思ったけど、この痛みは・・・。
自分の気がUPする時に起こる痛みだ~。

「とにかく、痛い」
「気を通しなさい。通している内に、気が通る管が太くなって、痛みがなくなるから」

大騒ぎする旦那様は、慣れている事らしく、涼しい顔をして言う(涙)

急激に何かが変化すると、体の他の部分が付いて行かないもの。
子供の頃、急に背が伸びた時、膝が痛くてギシギシいった事を思い出した。

心を鍛えるにも、同じ様な痛みを経験するのだろう。
大切な人との別れや、
思い通りに行かない経験や、
プライドを傷つけられるような事や・・・

「怒り」「悲しみ」「苦しみ」色んな感情が起こるものだけど、
こうした心の「痛み」も、乗り越えれば「心が鍛えられた」経験になるのだろう。

「飴と鞭、使い分けないとね」

人は誉めて育てろ!と、最近こそはよく言われる様になったし、
ある場面では、本当だと思う。
鞭だけでは、人は育たない。
私も育たなかった(苦笑)

「ここは、大丈夫、ここは、もう少し」
誉められた中、叱られた中で、ココまで出来ていると云う
自分の位置を確かめる。

「あ~~こんなに頑張ったのに」
「あ~~こんなに思っているのに」
「あ~~こんなに一生懸命なのに」

鍛える為に、痛い思いをしなくてはならない段階があるって事。
よく忘れるわ~。
「痛かった」事より「うまく行った事」に心は奪われ易いから。

でも、思い出せば、「痛かった分」だけ、ちゃんと鍛えられていて、
次の場面でそれはきっと自然に貴方の一部になっているはず・・・
これって、自分で見えにくいのが難点だわ~。
こちらから見ていると、
「ああ、あの時の事は無駄じゃなかったのね~」
って、いつも思うもの。
EDIT  |  03:57 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/12(Mon)

本の読み方 

もう長い時間をかけて少しずつ読んでいる本がある。

昔からそうだけど、読む時には数冊の本を同時進行で読む癖のある私(笑)
机の上にはいつも読みかけの本が数冊。
その日のその時の気分で手にとって数ページ読む。

面白いのは、その日にあった事や、ある人と話た事や
数冊の本の主題は全然違うのに、結構、シンクロする事があるって事。

この前も旦那様と「名前の字画」について話をしていた。

「字画とか、生年月日とか、ひとつの基準じゃあ正確じゃないんだよ」

そして、次の日、手に取った本は結構手ごわくて、もう一ヶ月近くかけて
読んでいる数霊の本。
なる程・・・ちゃんと、ちゃんと説明してある!
何故、字画だけでは、生年月日だけでは、意味が無いのかって。

っていかにも理解したかの様に書いているけど、
この本ときたら、本当に難しくて、きっとその数パーセントしか
理解していないと思う(涙)

「それでいいんだよ。
そして、また、暫く経ってから読み直すのさ」

何かを本で学ぶ時、理解できないにはいくつかの理由がある。
1.ちゃんと、読んでいない。
2.理解するだけの力がない。
3.理解するだけの経験がない。

読んで、分からない!って読むのを止めるのもいい。
読んで、分からない!って、隅々読むのもいい。

昔は、全部、ちゃんと読んでないからかと思っていたな~って
振り返ったりする。
(↑つまりは、ちゃんと読めば分かると思っていた・苦笑)

本の読み方って色々あるけど、不思議な事に、
分からなかった事が、何か全然別の事をしている時に、
「あれ?これって・・・」って思ったり、
「ああ、この事ね・・・」って納得したり、
・・・つまりは、全部繋がっているって感じる事が多い。

「何かを読んで終わり!でも不十分なんだよ。
読んで分かっても、本当に分かった事にはならないのさ」

ああ、耳の痛い言葉だこと(あはは)

「頭で考え過ぎない様にね」
難しい本に首まで突っ込んで、
抜けられなくなったている私に旦那様が言う。

「知識と経験、両方が必要」

頭で考えすぎて、机の上で物事を済ませようとする人には、
ちゃんと自分で体験するってプロセス。

どこからか伝わってくるから「知っている」「分かっている」つもりの
人には、きちんと学んで「知識」にするプロセス。

その両方が揃った時に、きっと、ストンと自分の中に理屈を越えた
「本当に分かった・・・」って感覚が落ちてくるらしい。

・・・って感覚、結構、癖になる(苦笑)
という事で、さて、次はどんな難しい本に挑戦しよう・・・(笑)
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2008.05/11(Sun)

トラウマ解消 

トラウマと言っても、様々だろうけど、
私の場合は、極度な高所恐怖症だった。

「だった」って事は、かなり治ったって事!

何しろ、歩道橋が怖くて渡れないぐらい。
足が前に進まず、頭がくらくらしてくる(苦笑)

だったら飛行機は?ってよく聞かれたけど、
どうやら、恐怖に感じる高さには制限があったらしく
その原因を聞いたら、ますます納得した(あはは)

トラウマを解消ってどうやるの?って思われるかも知れないけど、
それはそれで内容によって様々だろうから対処法も様々。
でもはっきり言える事は
「溶ける様に気が付いたら治っている」って感じ。

トラウマを解消したつもりでも「ああ、ちょっと怖いかも」なんて思い
そして今回、なんと360度見渡せるロープーウエイに乗って
「なんで、こんな事、怖いと思っていたのかしら?」

いい気なもんだ(爆笑)

それで思ったのが、「恐怖」ってどこで作り出しているんだろ~って事。

当然の事ながら、高い所は高い。
その高さは基本的には何も変わらないし、
ただ私がそれを「怖い」と思うかどうかだけ。

・・・って事は、恐怖って自分の心が勝手に作り出しているって事になる!!

・・・だったら・・・「今、恐怖に思っている事」も同じじゃない?

避けようと思えば、避ければいいものだったらいい。
でも、それが自分が前に進むのをいつも邪魔しているとしたら???

それさえ、誤魔化してるって事も少なくないわ~。
と、自分を振り返ると、今でも怖い事が無い訳ではない(正直!)
でも、えい!って挑戦する事で
「そんなに怖がる事、無かったわ~」の繰り返しの中で、
克服して来た事も沢山ある。

「知らないって事が、恐怖を作りだすのさ」
と旦那様はいつも言う。

「だったら、やってみればいいじゃない!」って云う持ち前の性格が
この克服にはかなり役立っている(笑)

やってみてもすぐに出来る様にならない事も恐怖を作りだすらしい。

「その恐怖を乗り越えるにはね、新しい経験で塗り替えるしかないんだよ」

トラウマをある方法で消したとしても、
ある程度の高さで「あ、大丈夫」
もうちょっと高い所で「ああ、大丈夫」
そして、ゴンドラでもロープーウエイでも
「なんだ、平気じゃん!」ってなるまで、
自分で確かめる事も必要だったわ~(涙)

何より、「怖い」ってだけで、やらないで来た事があるとしたら、
その方が今は悔やまれると言えば、悔やまれる。

新しい経験で、「勝手に自分の心が作りだした恐怖」に
立ち向かうって、きっと価値のある事だと思う。

私のトラウマが「高所恐怖症」じゃなくて、もっと深刻なものだったら、
もっと、説得力がある気もしないでもないけど(爆笑)

でもね・・本当に、繰り返しになるけど、
気が付けば、「溶けるように」
ただ「溶けるように」なくなる(←これ!ホント!)
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2008.05/09(Fri)

自分の中の性格 

自分の性格を分析してもわかるようでわからなかったり(苦笑)
どこかはとても強かったり、どこかはとても脆かったり・・・。
それが試される場面になってしか自覚できないことも沢山ある。

自分で強いと思っていても結構プレッシャーに弱く、
本番で力がだせないとか、
逆に、弱いと思っていたのに、思っている以上の力を発揮して、
自分でもびっくりとか。
経験をしながら、一つ一つ確認するプロセスって必要かも。

「自信が持てる経験が少ないんだ」
弱さが前に出ている人を見て旦那様が言う。
「強いけど、脆い部分は弱いんだ」
表面的には強いけど、ある部分ではあの強さはどこに・・・
なんていう事もある。

旦那様も私も大ファンの「スタートレック」は、宇宙を探検するという設定。
だけど、いつも思うのは、探検しているのは
「宇宙」というか、「人間」だったりするわ~(苦笑)って事。

この前のエピソードでは、
船長が転送装置の不具合で、転送された時に2人に分離してしまう。

一人は、優しく人を思いやる人格。
もう一人は、強く、凶暴な人格。

優しく人を思いやる人格の船長が一応は「本物」で、
船内で色々な問題を起こすもう一人の船長を捕まえようとする。
・・・だけど、やっぱり半分の人格しか持たない船長は、
判断力がなく、いつもなら「こうしよう」と明確に人を引っ張れるのに、
「どうしよう・・・」「皆で決めてくれ・・・」「僕には決められない・・・」

一人の人間の中にある、いくつかの側面は、
外からの刺激に対して、前に出たり、後ろに出たりするらしい。

「自分の弱い所を嫌っては駄目だよ」
旦那様がよく言うけど、嫌な部分は嫌だったり・・・ね(笑)

そうしか思えない事自体が、自分の弱点だったりして(あはは)

映画の話に戻るが、分離した二人の船長は、
「どちらかか生き残る」のではなくて、
どちらが死んでも、自分も死ぬ事を知る。

自分の中のこうしたいくつかの部分は、
場面、場面によって役割があるのだろう。
弱い部分は、『繊細で人を思いやる』
強い部分は、『決断を下し、前に進む力を』
確かに、どちらも必要だと思う。

だからこそ、どちらの自分が好きとか嫌いとかではなくて、
そのバランスがどういう場面で、どう出せるかって事なのかも・・・。

「こればかりは、自分で経験するしかないんだ。

そして、経験の中のデーターが自分の自信に繋がるのさ」

・・・ここは、強い自分の登場!って所?
経験しないで、挑戦しないで、「ここが嫌い」と思っていても仕方がない。

ていう部分が表面的に多い私に「弱い部分なんてあるの?」って?
失礼な!って言いたい所だけど・・・(爆笑)
・・・たまに自分でもそう思う・・・・(あれ?)
EDIT  |  02:15 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/08(Thu)

小さな違い 

昨日旦那様と一緒に見ていた番組。
それぞれのスポーツで才能を持った人達。
持って生まれた才能と鍛え上げた能力。
きっと二つともが揃った時、彼らの様な、
世界でも通用する選手が出来上がるだろう。

昔、教師時代に勤めていた学校は、体操がとても強かった。
オリンピック強化選手が居るぐらいだったし、
体操専用の体育館があるほどだった。
その指導をする先生が、
「体操の選手は敏感過ぎると駄目なんだ」

その言葉に驚いた。
くるくる回って、ジャンプして、高く飛んで。
その技は近くで見ると余計に人間業とは思えない!

「だから、鈍感じゃないと、怖くてできないだろ?」

なる程ね・・・
きっと、どんなスポーツもそれを通して感じる事や学ぶ事は
ずっとずっと先で繋がっている気もするけど、
ある分野を極めようとする時は、
ある分野特有の極め方があるのだろう。

ボクシングの選手は、相手のパンチに反応しない訓練をし、
野球の選手は、球の動きになるべく早く反応する訓練をする。

ここだけだと、全く逆の訓練って事になるのね~。

今日は旦那様と仕事の話になった。
大学に勤める父の元で育ち、私も教師だった私にとって
「自分で仕事をする」って未知の分野だった。

開業医の家に育ち、病院に暫く居た事があるけど、今も
自分で仕事をしている旦那様にとって、毎日どこかに通うという
仕事は未知の分野に近いらしい。

「よく、毎日、満員電車に乗って通えるよな~。
それだけで、尊敬するよ」

毎日、通うこと、職場に行く事が基本って仕事もある。
(基本の基本だけど・・・)

「自分で仕事をするって事はね・・・
いつも自分が何をしなくちゃいけないかって考えてないとね」

つまりいつも自分で考えて仕事をする必要があるって事。
勿論、勤めていてもポジションによって常に会社全体を考えなくては
いけない仕事もある。
だけど、思い出すに、学校に勤めていた頃は、むしろ自分の仕事を
きちんとやる事がとても大事で、それ以上の事を動かそうとすると、
かえって・・・なんて事も多かった気がする。

どちらの仕事も同じ様に大変だし、
どちらの仕事も同じ様に大切。

だけど、優先順位はちょっと違うらしい。

「この違い、分かってないと、独立した時に困るんだよね~」

会社に勤めて、「独立したいんです」って相談、少なくないけど、
この違い・・・
小さくもあり、やがて大きな違いになるみたい・・・。
EDIT  |  02:17 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/07(Wed)

有能である事 

「天才だね」
ココに来る人達には、旦那様がそう言う才能を持った人も多い。

彼にものを売らせたら天才。
彼に営業をさせたら天才。
彼に歴史を語らせたら天才。

本当にきちんと仕事をこなす彼女もいれば、
状況を瞬時に読み取る回転の早さを持つ彼女、
そして、人の能力を最大限に引き出せる彼女。

本当に、才能はそれぞれだし、
その才能は確かだ・・・って
会って話す度に思う。

だからこそ、職場や友達との付き合いの中で
「なんで、このくらい出来ないんだろ~」って思うだろうな~(苦笑)

だって、我慢できないと思う。
自分だったら、5分で終わる仕事を30分かけても終わらない同僚。
そのくらい相手の反応から読めると思う事が分っていない人。

人一倍、忍耐が必要だったりして(笑)
その才能の身に付け方も色々だけど。

「あれだけ努力して出来るんだったら、
(努力もしないように見える)周りの人を許すのが大変だったかもね」

「そりゃあ、怒りたくもなるだろうね」

「持って生まれた才能で出来る人は?」

「どちらかと言うと、周りの人をバカにする事もあるね」

自分ができるという有能な人には、次の試練が待ち受けているらしい(苦笑)

周りの人間が自分と同じ位有能でないと、
我慢が出来なくなってしまう・・・なんてね。

それぞれの才能は、「その人だから出来る事」なのに、
そのレベルを他の人に求めてしまうのは、
人間の癖とは言え、結構、厄介(苦笑)

「このくらいの事も出来ないんです」
「それは、君だから是くらいと思うんだよ(苦笑)」

努力をしたにしろ、生まれつきにしろ、ある才能を持っているって事で
よ~~~く考えると、全ての事が出来る訳じゃないものね。
でも、「何で!」の思考回路にはまると、
自分ができる事だけが見えてしまう。

またまた、よ~~く考えると、
他の人が出来ない事が
貴方に出来るから、
「貴方じゃないと!」ってなるんだけどね(苦笑)

私なら出来るのに・・・って、
30人の人に対して思ったとしても、
その仕事をするのに貴方が30人揃うなんてあり得ない(当たり前!)

本当に有能である事とは、
自分が有能である部分と、
他の人が有能な部分を、
ちゃんと繋げる事が出来る事なのかもしれないなって
思ったりする・・・。

EDIT  |  03:30 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/06(Tue)

心vs頭vs体 

分かっていてもどうしても出来ないって時がある。

普通は何となく書いているブログ。
勿論、時にはう~~んって考える事もあるけど、
殆どは、思ったままをそのまま字にする。

ところが昨日は、頭ではこう書こうと思っているのに、
心が乗らない、従って体も動かない。
大した文でもないのに(苦笑)、何度も書き直しては、消し、
消しては書いて、その内疲れて結局Upしないまま終わった(あはは)

まるで、頭と心が分離している感じだったな~。

「頭で考えすぎているんだよ」

「こうして、こうして、こうしたいと思うんですけど・・・」
なんていう相談を聞きながら、旦那様が答える。
内容は理屈にとても合っている。
その通りなんだけど・・・でもね・・・なんか違うと
思いながら私も聞いている。

将来の夢を語るにしても、
自分の仕事の展望を語るにしても、
その話を聞く方は、「理屈」にあっているかというセンサーと、
そこに本人の心がどのくらい乗っているかっていうセンサーが、
ちゃんとあるらしい。

旦那様や感覚の鋭い人にとっては、
心の本気具合の方が先に伝わって来たりする(笑)

「ああ、本心を隠しているわ」

そんな話を聞きながら、瞬時に見抜く。
(ああ、こんな人達の前で将来を語るなんて恐ろしくて
出来ないわ~~~苦笑)

そして、不思議な事に、話をしている本人も、
聞いている側が何を受け取っているか感じるらしい。

大体の場合、その「ずれ」を修正しようとしたり、
何も言われてないのに「そうじゃないんです」って内容を
話始めたりして、余計に「本心」でなかった事が分かってしまう事になる(苦笑)

「自分で墓穴を掘ってしまうんだよね~(苦笑)」

この感覚は、私も職業上、鍛え上げた(爆笑)
生徒がどのくらい本気でいっているのか、
何かを隠しているのか、
有る程度み抜けないとできない仕事だったしね。

「頭」で考える事と
「心」で感じている事
そして、その上でどうするかという「体」の動き。

一致させるのは、難しい。

だからこそ、そこにずれがある時は、
とりあえず・・・
「こう言っておこう」とか、
「こうやっておこう」とか、
ずれたままやった事には、他の人が見れば、
「あれ?」って思う事をやらかしているに違いない(爆笑)

毎月、月例会で旦那様が教えている護身法で、
この3つを一致させるのがいかに難しいかを実感する。

「だけど、ここに全てが入っているって言ってもいいくらいなんだよ」

基本の基本に全てが含まれているのは、
それこそ全てに共通する事らしい・・・
(↑頭で納得?)
EDIT  |  01:43 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/04(Sun)

夫婦の形 

結婚するって人生の新しい出発だ。
あ~なんて、ありきたりの表現(爆笑)

昨年は、周りに変化が多くて、「結婚ラッシュ」もその一つだった。
そして、一年、半年が過ぎた夫婦を見ていると、
とても自然に一緒にいるなって思う。

「初めからずっと居たように思えるんです」
自然に居るって理屈ではなさそうだわ~。



「未だに同居人のまま一緒にいるね」

夫婦の問題の相談に来る二人を視て、旦那様がよく言う。
全く違う家庭で育ち、全く違う環境で生きてきた人が、
他の人間とこれから先、ず~~~っと暮らす訳で。
それも突然の様に始まる生活。

当たり前と思っていた事が他の家では当たり前ではなかった事に
気が付く!気が付く!の連続だったりする。

それが、あまりにも日常で自分の一部になっている事だったりするから、
余計に混乱って事に。
家の中での挨拶の仕方。
ご飯の食べ方。
お風呂の入り方。

結婚して一緒に新しい場所で暮らし始め、
仕事に出て返って来る旦那様って初めはきっと
「他人の家」に帰って来た気分がするだろ~な~って想像した事がある。

奥さんは今までの自分のやり方が当たり前だと思い。
家の中は、その奥さんのやり方で埋め尽くされる。
旦那様はそれをいちいち口に出して訂正する事もなく・・・。

「どちらが正しいって事じゃないんだよ」

ある家のやり方とこの家のやり方。
効率的だとか、経済的だとか、そんな事を越えたところにある
『帰って来てくつろげる空間』

・・・作り上げるまでには、やっぱり時間がかかるだろ~な~。

それにちゃんと「これが好き」で「これが気に入らない」って、
うまく相手に伝えられないと・・・

一つ一つ喧嘩になったり、
面倒くさいとやり過ごす内に時間が経っても
自分の家に帰った感じがしなかったりして、
同居人のまま時間だけが・・・って事も(苦笑)

友達の結婚式で友人がスピーチした。

「夫婦は、最小単位」

その時は何気なく聞いていたけど、
なる程ね・・・

どちらか一人が従うわけでもなく、
どちらか一人が作るわけでもなく、

ちゃんと相手を見て「新しいバージョン」を作って、
そこから新しいバージョンUPを続けていく作業。

簡単な様で、簡単じゃないんだろ~な~。
EDIT  |  03:38 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/03(Sat)

ここの所 

ここの所、旦那様の仕事に除霊が多い。
たまたま重なるのだろうけど・・・。

霊に乗っかられるなんて、そうそうない事なのに、
やっぱり、感覚のある人には、霊も反応しやすいらしく。

ちょっと感覚の鋭い人が見れば、明らかに「いつもと違う」
何しろ「生気」が無い。
それも、日が経つに連れて、どんどんエネルギーを吸われいる感じ。

でもね・・・不思議なことに、乗っかられた本人がそれ程気が付いていない。

完全に違う人が自分の中に入ったら、
当然、拒否反応がでて、多分自分でもわかるだろう。

「乗っかられるには乗っかれる理由があるのさ」

どこかで自分が求めているものを一時的に満たしてくれるものだったり、
霊が持っている心の淋しさと本人が同じ状態だったり、

そう・・・どこかで本人がその霊と引き合う瞬間があったのかも知れない。

「一番厄介なのはね、霊をはずしてもまた同じことが起こるって事なんだよ」

よく、除霊をしても本当に外れたのかどうかなんて話があるけど、
本当に外れても、本人の心の状態が変わらなければ、
また、同じことが起こる可能性がとても高いという。

辺りをさまよう霊が見えている世界は、
生きている人間が見えている世界と違う。
自分が必要とするもの、こだわっているものだけが見えている。

今日、家の近くを旦那様と一緒に散策した。
「道一本でこんなに空気が違うのね~」

普段、何気なく通り過ぎている道でも、探りながら歩くと
余計にその違いの大きさに驚く。

「道路って、川の流れのようなものだからね」

でも、ところどころ、道から外れた霊道もあるらしく、
霊には、その道しか見えない。
私達がすでにある道路しか通らないのと同じらしい。

「生きている人間も霊も同じなんだよ」

・・・生きていた頃のままの心の状態でいる訳だから、
そりゃあそうだ!なんて、当たり前の事に気が付く訳で(苦笑)

「霊が問題を起こしている!って短絡的すぎるんだよ」

憑依する霊もその辺りもさまよう霊も
多分、自分の感覚で、自分達のやり方で
そこにいるだけなのかも知れない。

生きている人間と、そうでない霊。
お互いが接触した時、そこに何が起こるかって事は、
どちらか一方のせいじゃないわよね~。

なんて、同情している場合じゃない。
やっぱり、違うものは違うんだし、
ちゃんと生きている人間はちゃんと生きないとね。
EDIT  |  03:26 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/02(Fri)

カメラは一台? 

「私が正しい!」と思っているとみつからないもの。

「貴方が正しい」と本気で思ってくれる人。
そして、本当の自分の姿。

なのに、「私が正しい」と思って、そう思いたい時程、
同意してくれる人を探し続けたりしてね~(苦笑)

英会話で使っているビデオの中に出てきた台詞。
「一つの出来事でも、いくつもの解釈ができるのさ」

例えば、試験中に答えを隣に聞いた人と教えた人。
どっちが悪い???
なんて質問は、愚問だわ(爆笑)

「どっちも悪いし、どっちも悪くない」
こんな視点で言えば、こうだし、この立場の人は、こう言うしかないし・・・
多分、この答えだけで旦那様は、数時間話を続ける事が出来るだろう(苦笑)

こんな種類の質問を、旦那様に今まで何度もして、
その内、自分で質問している間に「答え」が分かったりする(あはは)

答えは、誰の視点から、何を目的で、どうしたいかによって変わるものだし、
それに元々、どちらが正しいかって答えを出すような事じゃなかったりね~(あはは)

部下をうまく使えない上司と、
上司の期待に答えられない部下なんて話もよくある話。
夫婦喧嘩だって、兄弟喧嘩だって、殆ど全部の喧嘩って・・・
どこかで、どちらかが、何かの視点を変えれば新しい展開が生まれた
かも知れないけど、どちらも「相手が悪い」と思いこんでいたら、
お互いに「悪い」部分だけが目に付くようになったりするものだ。

相手を変えようと思ったら、自分の視点を広げるのが一番!
って言うのは簡単だけど・・・
ふう~
自分のかけた色眼鏡は、なかなかはずせないものだもの。

だったら、その色眼鏡を色んな色にしてみるとか・・・(駄目か・・・苦笑)

「そうね、その人信じられないわ~」
って言う人の意見だけ集めようとすると、
ますますその色眼鏡の色はだんだん濃くなり、
貴方の目の一部になるばかり。

カメラが一台しかなければ、そのカメラを映す事ができない。
いくつもの視点があって始めて見えてくるもの。

それこそが、自分の姿だったりするから・・・
う~怖い!(爆笑)
EDIT  |  03:47 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.05/01(Thu)

登校拒否 

最近、「子供が学校に行かないんです」って相談が多い気がする。

「その内、学校に行くのは先生だけになるんじゃない?」
なんて冗談で言ってみたりするけど、本人たちにとっては、
深刻な問題だ。

登校拒否って言葉、使われて久しいけど。
思い出してみれば、
私だって「今日は学校に行きたくな~~い」って
思っていた気がするわ(苦笑)
その割には、殆ど休まずに行っていたけど(あはは)
休むほど、根性がなかったのかどうか微妙・・・。

学校に行かなくなった子も本当は学校の事がとても気になってたりして。
だから・・・
「学校に行かないんですけど、学校の友達は遊びに来るんです」
「学校に行かないんですけど、夜、学校に集まっているらしくて」

「行かなくなったのか」
「行けなくなったのか」
どちらにしても、原因は色々あるんだろうけど、
よく旦那様が口にするのは、
「本人、淋しいんだよ」

じゃあ、学校に行けばいいじゃないと思うのは、大人の視線かも(笑)
普通に学校に通う「学校」があって、
普通に自分が居る「家」がある。

だけど、その実誰も本当の自分を分かってくれてない・・・。

中学生ぐらいの時に、
自分が「本当の自分」が分かっていたかと言うと、
はなはだ疑問なわけで(あはは)。
自分で分かっていない事を他人が理解できる訳もなく、
なのに心にすきま風が吹くような気がするのかな?

敏感になったこの時期の子供には、逆に相手の気持ちがとても
伝わって来たり、わかりやすかったりする。
本当に心配してくれているのか。
本当に自分の為にいってくれているのか。
本当に友達は自分の事を好きで付き合ってくれているのか。
いつもいつも探ろうとして、疲れちゃうんだろ~な~。

昔から、子供をみれば親がわかるなんて言葉もあるけど、
本当に、子供には親の姿がよく映っているわ。

親も子供も一生懸命。
だけど、その一生懸命の方向がずれてしまうと、
なかなかぴたっと出会わなかったりする。

「親だって初めから親な訳じゃないからね。
一緒に成長して親になって行くんだよ」

それにきっと、子供のこの心の揺れって、
成長するのにとても大切な時期だと思う。
「自分が誰か」って答えが出なくても、
この時期に悩んだ事は、大人になって必ず役に立つはず。

「学校に行く」「学校に行かない」
そこじゃなくて、「何が心に起こっているんだ」って、
普通じゃあんまり考えない事を「訓練」している時期なのかも知れないな~。
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