2008.06/30(Mon)

大祓い 

夏越大祓
これまでの半年の穢れを祓い、残る半年に向かう為の儀式。

確かにココの所、どこに出かけても空気が重かった。

「仕方ないね、この時期は」

空気の重さにも色々ある。
霊の発する空気とは、また違う生きている人間の思い。
留まれば、どちらも「流れず溜まった水」と同じ様な状態になる。

文字通り、「一度、これまでの半年の思い」を一度
水に流して、もう一度すっきりスタートする区切り・・・。
「思い」の大掃除!みたいなイメージなのかな?

・・・それにしても、祈願がはじかれる瞬間を初めて見た!

「昔、祈願が通らないことがあってね・・・」

旦那様から話を聞いた事はあったけど、
目の前で見ると、「あれ?」何時もと違う・・・。

通らなかった祈願には共通点がある。

「本人がその気がないのに、努力する気持ちがないのに、
祈願しても通らないよ」

あらら、神様にはどうやら筒抜けらしい(苦笑)

まあ、考えて見れば
ヤル気のない社員に「休みを増やして欲しいんです」
なんていわれても、即却下だわ!
なんて、レベルを下げて置き換えてみたりして(笑)

でも、神様からみれば祈願ってそんな程度のものかも
知れないと思ってみたりもする。
視点の広さも、大きさも、エネルギーも
すべての規模の単位が違うのだから。

ちなみに、この祓いの行事にどこかにちゃんと
足をはこんでお参りする事自体が、「ヤル気」の一つ。
確かに、「行動する」って気持ちを表す一つの尺度だものね。

もう一つちなみに
「通らない祈願って、絶対駄目なの?」

「いいや、そうとも限らない。
今のままの本人じゃ駄目って事さ。

こういう条件で、こうさせますからって通した事もあるよ」

つまり、条件付保留。

祈り方や、祈願でお願いをするという事は、
きっと、神様でなくても同じなんだな~って
こんな事を聞く度に思う。
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2008.06/29(Sun)

発見?発明? 

「どんなに新しい物を作ったと思っても、
それってやっぱり何かの組み合わせだったりするんだよね」

自分で何か新しいものを作り出そうとする。
「これは今までにないものだ!」ってね。
例えば、テレビ。
確かに人の生活を大きく変えた「発明」
・・・だけど、よくよく考えてみると、
「こんな映像が映る機械があったらいいな~」って人が思って、
「どうやったら出来るだろう」と試行錯誤する。
「やった!これならいける!」
出来上がったものは「新しいもの」でも、
それに使われている材料は、以前からあるもの。
その組み合わせで「次の何かを作り出した」って事だな~なんて。

私の頭の中では勝手に、
発明=今までに無かったもの
発見=すでにあったけど、見た事がなかったもの
みたいな公式があって、
こんな視点で、「新しい発明」を見ると、
「実は、新しい発見じゃないの?」とか考えてみたりする(笑)

「人一人の経験なんて知れてるからね」

今まであったかなかったかなんて、
長い長い歴史の中でもし知らない歴史(つまり、証明できるものが発見されてない)
まで含めると、果たして純粋な発明ってあるのかしら?
と、勝手な定義を元にして考える私の頭は混乱する(爆笑)

世の中には沢山の人が居て、それぞれがいろんなアイディアを持っている。
次々に出てくる新しいPCの機能を見ては、
「はぁ~、凄い!これは便利」って思うものから、
最初は「??? でも何だか面白い」って言うものまで、
形になって次々目の前に現れる。

これが、初めから全部誰かが作ったものってあり得ないわ~。

何かに満足しない時とかに
「こんなものだったら、自分でも作れるわ~」なんて
思ってしまう時があるけど(あはは)
やってみると分かるけど、ゼロから何かを作るなんて、
不可能だわ!
(って新しい発見をした気分!爆笑)

・・・って事は・・・
こんな事や、こんなものがあったらいいな~ってアイディアがあったら、
自分の目の前にすでにあるものをよ~く観察してから、
そこから生み出すって視点って、かなり現実的!

「アイディアなんて幾らでもあってもね、
現実的でないと仕事にはならないからね」

旦那様が相談をする時に一番大事にしている点でもあるらしい。
「これは、駄目です。辞めなさい!って言うのは簡単だけどね。
非現実的だろ?」

現実的なルートを探す。
それが「発見」であっても「発明」であっても、
どちらもすでにあるものをしっかり観察する事から始まる事だけは確からしい。

「新しいものを発明しました」
「新しいものを発見しました」

「いえ、もうあるんですけど・・・」
じゃあ、しゃれにならないわ~(苦笑)
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2008.06/28(Sat)

弱点 

霊能力を含めて、鋭い感覚を持った人達からよく伝わってくる感情がある。

それは、「淋しさ」

「どうして、こんなに淋しいって思うのかしら?」

誰でも、ある瞬間には自分が一人だと感じたりするものだろうけど、
その淋しいって感情は半端じゃなかったりする。

「心に敏感って事は、それが強みでもあり、同時に弱点でもあるのさ」

人の心に敏感過ぎる人達にとっては、ただ人ごみの中にいるとか、
ただ人と話すだけとかでも人の感情が伝わってくる。
どうしても強烈な感情に引っ張られたりするから、
ハッピーな気分より、悩みや迷いの感情の方が心に残りやすい。

自分の心の中で思う事。
それが例えば誰かに全部分かってしまったとしたら、
その人は私をどんな人間だと思うだろう(汗)

きっと私の悩む瞬間とかを捉えられたら、
きっと「なんて、自分の事しか考えない人なんだろ~」なんて
思われるわ~。

「人なんて、勝手なものだからね」

感覚の鋭い人というのは、他人と自分の境があまりはっきりしない感覚がある。

何しろ、相手の感情が手に取るように分かるから、
相手の気持ちや立場になって・・・なんていちいちやらなくても、
気が付けば、どっぷり(苦笑)、相手の立場に自分の方が漬かっていたりする。

「どうにかしてあげたい」って気持ちも人一倍強い訳で。

今でも「よくそこまで考えてあげれるな~」って感心するぐらい
優しいと思う人が多いのも確かな事だったりするんだけど・・・。
だけど、そうして助けても、相手がそれをどう受け取るかは、
残念ながら全く別だったりたりする訳で・・・(涙)

そりゃあ、淋しい気持ちにもなるわ~。

それにこんな感覚って、本当は誰にでも少しはあるとは言え、
やっぱり、その鋭さには大きな違いがある。

昨日の私の腹痛の痛さを「誰もわかってくれない!」って
思うのとある意味同じ。
こんな経験繰り返していたら、誰でも淋しいって思うかもね。

「もう慣れてるね、そんな感覚」

こんな「淋しさ」の中で、孤独感に強くなった人達。
そう言い切りながらも、やっぱり「淋しさ」がいつも伝わってくる。

なんだか、「強さ」と「淋しさ」って両輪なのかな~って思ったりした次第。
弱点は、自分を強くしてくれるものでもあるんだろ~けど、
やっぱり、淋しいのは嫌だぁ~って言うのは、
よく分かる気がするな~。

「一人でも分かってくれる人がいれば、違うだろうにね」
と言った瞬間、

「そんなに感覚の鋭くない人、淋しくないのかな?」
って考えてしまった。

私の観察は、まだまだ終わりそうにない・・・。
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2008.06/27(Fri)

自分で作り出す被り 

あれだけ感覚が鋭くて、これだけ被り続けると、
どこに出かけるのも億劫になる事もある。

あれだけ感覚が鋭くて、これだけ被り続けると、
自分が被っているのか、これが正常なのか分からない
・・・って事もある。

まあ、本当にこの世は、「感覚の鋭い人」には、
住みにくかったりする・・・
って、どこに行けば楽になるのだろう・・・。

そう思い、被りを落としに神社や寺院に出かけてみる。

「ああ、すっきり!」

でも、ご注意あれ!
そういう場所は、落としたい人がやって来る場所。
気を付けないと、その途中や帰り道で、また被るって
少なくない(苦笑)

やっぱり、どこにも出かけないでおくしかないか・・・。

いや、いや、これも駄目。
・・・というか、これが一番危ない。
何しろ、被りは「人から影響を受けている」だけじゃないから。

勿論、影響されて起こる事も沢山あるけど、
心配するなかれ!ちゃんと自分も「被る」原因になるものを持っている。

それが、人に影響を与えるかどうかは、
何かが起こった時、起こらなくても、目の前の事、これからの事、
それを考えた時の自分の気持ちの持ち方による。

不安、不満・・・そんなものは誰にでもある。
だから、「被り」のガスは、誰にでも出せるのだ(あら~)

きっかけは、外からの影響でも、それが症状になって現れる時、

「自分で起こしてるんだよ。
だから、その時、自分の弱っている場所にでるだろ?」

あら、あら、私は「被りのガスってよく私の弱点知ってるわね」と、
感心してたのに(笑)、自分で起こすのだったら、当たり前だわ。

・・・という私も、被り増幅装置をこの前まで、体の中に
はめ込んでいた(苦笑)

被りで起こる症状は、元々弱っている体の痛みを勝手に
何倍も酷くしてしまう。
実際の原因でで考えられない様な痛みだったりするから、
誰にも理解してもらえなかった訳だぁ。

「こんなに痛いはずはないんだけどね」
どこに行ってもそう言われた(涙)

いづれにしても、この「被り」。
被っただけで、何のトクにもならない!と、何度も思ったし、
今も正直そう思わないでもないけれど・・・。

「被っただけ」では、何だか許せない(誰を!笑)

でもね・・・被りの症状が出る前や、被ってもちゃんと落とせた時は、
全然違う事を思うのよね・・・

「ああ、こんなに苦しい思いをするのね」

だから、人の思いや感情に「敏感」でいられるかな?って。

・・・まあ、程度ものだし、やっぱり、被り撲滅作戦とか聞いたら、
一番に参加してしまいそう(爆笑)
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2008.06/26(Thu)

これも鶏と卵 

やらなくてはならない事。
自分でもこれだと思っていても、
それが時にプレッシャーにもなる。

自分でも「やらなきゃ」と思っているのに、
特に始めたすぐは、当然自信がない。

「自信ってどうやればつくの?」
って聞いてしまいたくもなる。

「つけようと思ってつくものじゃないからね」

自分で納得する方法で、物事を進めても
それが結果として、ある形を取るまでは、
「大丈夫、必ずうまくいく」と、
自分を信じ続ける事の難しい事、難しい事(苦笑)

「本当は、違ったかも」
「やっぱり駄目かも」
「やらなきゃ良かったな~」
そんな弱気な気持ちになってしまう。

何しろ『うまく行った』実感がないから、余計にそうなるのも分かる。


自信がないからだ。
自信をつけるには、?
自分で成功した経験がないから。
自分で経験をする事。
だから、こうして頑張っているけど、うまく行かない・・・
だから、自信が持てない・・・

あれ~、最初に戻ってしまう~(苦笑)
で、ぐるぐる回って止まっている間に時間だけが・・・
・・・って・・・。

「だから、考えても無駄な時は無駄なんだ(笑)」

と言われても、心が不安な時程、心では考えるのに体が動かない
っていうのが、このパターンを繰り返す人達だったり。

でもね、このパターンから抜け出した人も、殆どの人が
このぐるぐる回って、気が付くと元の場所って事をやってたりする。
だから、こそ、「無駄」と言い切れるのだとも旦那様は言う。

じゃあ・・・
どうやって抜け出したのかな?
違いは何だろ~?

「不安な時程、信じる事。
不安な時程、考えないで進む事。
それしかないね(笑)」

で、気が付くと、「自信が付いてくる」

なんだか、「もれなくおまけがついて来る!」
みたいな感じだわ~(笑)

「自信が付くまでって、永遠にやってこないよ(苦笑)」

これもどうやら、鶏と卵らしく、
鶏と卵、どちらが先か考えるても、先には進めないらしい・・・。
EDIT  |  11:41 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.06/25(Wed)

無線LAN 

旦那様が彼に言う。
「ね。わかるでしょ?」

「はい」

「彼には言葉で説明する必要がないんだよ」

・・・って、私はどうなるの?(爆笑)

まるで、無線LANだ・・・。
で、私には設定がされていないとかね(涙)

でも、何回もこんな場面を見ていると、不思議なもので、
全部はわからなくても、まるでテレビをながらで観ている様に、
いくつかの映像が見えたりする事もある。
「なんだろ?これ?」

まあ、ラジオの電波が悪い時にところどころ聞こえて来る・・・
そんな感じかも知れないけど、
その映像を繋げれば、「ひょっとしてこんな事?」
私の推理も大したもんだ!(爆笑)

まるで推理ゲームみたいな感じもするけど、
一つの映像をみて、次の映像を繋げるには、
「筋」が必要だったり、「理屈」が必要だったり。

勿論、繋げない時は、私は????状態に陥る。
そうすると、二人の会話は、私にとって、「宇宙人の会話」となる(爆笑)

宇宙人の会話でも、楽しめるのは、私の特技の一つ(笑)

「これがあれで」
「ああ、あれで」

まだ、その方が周りを見回し、話の筋から、付いていけるところまで、
さして豊富でもない(笑)想像力をフルに使って、
「こう言う意味ですか?」と食い下がる(あはは)
・・・って、やっていたら、なんとかまた話に付いていけるから、
不思議・・・というか、自然と私がわかる程度まで、
言葉にしてくれる様になる・・・のを期待してるのかな・・・(あはは)

感覚を持った人の中には、全部ではなくて、
自分の意思とは違った映像や場面、そして気持ちが
突然の様に入り込んできて、受信状態の良いとも悪いとも
いえないテレビやラジオ状態になる事もあるらしい。

それを繋げないと、入ってきた映像の意味がわからず、
返って混乱したり、どういう意味なんだろ~って、
そこから心が離れなくなる事も多いらしい。

それはまるで、推理小説の本を1ページ目と50ページ目を読んで、
その間を自分でつなぐみたいな感じだな~なんて思ったりもする。

「そして、幸せにくらしました」
その一文を読んでしまったが故に、とちゅうのはらはらドキドキの
エピソード・・・知ってしまえば有っても無くても同じ・・・
なんて思っちゃうかもね~(笑)

いやいや、このつなぎを必死で「訓練」している私から
敢えて言わせてもらうと、この訓練が、
次の推測に大変役に立つ。
つまり、同じこの人が主人公なら、一ページ目の「事件」の
設定を見ただけで、「筋」が想像できる・・・・なんてね(あはは)

「占いとか、未来の予知ってそれと同じ手法を使うのさ」

さて、さて、この50ページ目を読んでしまった人と、
一ページからしっかり読んだ人。

どちらが、その話を楽しめるかというと・・・。

興味を持って読んだ人は、どちらにしても「面白い!」と思い、
こんなのつまらん!と思う人は、どちらにしても「つまらん」と思うだろう(苦笑)



・・・で、情報が混線する事のあまりない無線LAN
「いかがですか?」って薦められたら・・・

・・・どう答えよう・・・って悩むところが私らしい(爆笑)
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2008.06/24(Tue)

理由探し 

「ああ、行きたくないな・・・」

一番、多くの人が同じ様な思いをするのは学校かも。

小学校から中学校、そして高校。
一度も行きたくないと思った事のない人もいるらしいけど。
「行きたくないなぁ~」
よく思い出してみるとやっぱり一度ぐらいはあるかもね。

でも「行きたくない」と思うのと、
「本当に行かない」のは、全然違うし、

「行かない」で休んでみても、
行きたくないと思った原因は何も変わっていないって気がついたり。
行きたくないと思って行かなかったのに、本当は行きたい気持ちがどっかにあったり。

「学校に行かないんですけど、どうしたら行くでしょう」
そんな相談に旦那様は聞く。
「どうして、行きたくないのかききましたか?」

冷静な時は、当たり前の事だけど、何かトラブルが起こると、

「その事が目の前で解決した「形」にどうしたらなるか・・・」
って事ばかり考えてしまうものだったりする。
「どうやったら、学校に行くか」
それで頭が一杯になるのもよくわかる。

原因を探して、解決をする。

ところが、原因ってAかBかCの内どれかなんて、単純でもないし、
目の前を通り過ぎて、解決したつもりのものでも、
結構繰り返したりするから、本当に難しい。

大人になって「行きたくない」「やりたくない」の原因探しは、
もっと厄介だったりする。
自分の目から見て出す「解決法」も
子供が「学校に行かない」っていう解決と同じ様な事やってるのかもな~って(苦笑)

「問題が例え解決しても終わり!じゃないからね」

目の前の問題だけを見ても、
その後に、すぐ同じ問題がやって来る。
ああ・・・ドリルみたいだぁ~(あはは)

「だから、その過程も楽しめればいいね」

とても無理!とか思えるけど、ずっと囚われたまま生きるのも、
なんだかもったいない気もするな~。

物を大事にしないもったいなさもあるけど、
これって、結構、本気で、「もったいない」かも?

ドリルをどう楽しむか。

暫く、考えてみようっと(笑)
EDIT  |  11:31 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.06/23(Mon)

ボーダー 

自分のエリア、
自分の今の限界、
自分の今やるぺき事
自分に任されている事。

全部、「ここまで」というボーダーラインが見えないし、
きちんとバシっとひけるものでもない。

例え、ここからココまでって私の任されたところって、線を引いたとして、
その線の上は、誰がやるんだろ???って考えた事がある。

というか、この線の上こそが一番大切だったりしてね(笑)
だって、それは、何かの一部。
なのに繋がらないと、「全体と分離!」って事も・・・。

「だから、マクロとミクロ、両方で観る目って必要なんだ」

自分がやっている事がどこにつながっているのか。
全体像が見えれば、「ライン」なんて、あってもなくても
繋がる様に出来るのかも知れない。

時に、その全体像が見えない時もある。
自分の視野の限界だったり、
余りに大きすぎて・・・とか。
原因はいくつもあるだろうけど、

その時こそ、そのラインってライン近くに同じ様にいる人で
確認しないと、「誰かがやってくれるだろう」になってしまう・・・。

ところがこのラインとやら、見えないだけに苦労する(笑)

何かを自分で言われた様にやったつもりでも、
「もっと、きちんとやらないと」(←つまり、足りない)

「それは君のやることじゃないだろ?」(←つまり、やりすぎ)

どちらにしても怒られたりして(苦笑)

じゃあ、どうすればいいのよ!ってなるわよね・・(苦笑)

社会人として働き始めた頃は、このラインが見えなくて、
いつも混乱してた気がするな~(笑)

場所は回りにいる人が変われば、
その場で「ここまで」ラインを人は自然と探し始める。

そんな時、よくやるのが、
「間違わないように」
「言わないでおく」
「手前で止める」

・・・って、どこの手前だい!(爆笑)

見えないラインを見つける為には、
一度、はみ出すしかなかったりして・・・
(↑つまり、ある意味やりすぎる)

「それは、君のやる仕事じゃないだろ~(笑)」

暴走して、自分のエリアを越えた私に旦那様が言う。

ああ、そうだった・・・(苦笑)

幾ら、正しい事と自分で思っても、やりすぎも
全体を混乱させる事になるから、これまた厄介(涙)

このラインって
「はみ出して、やりすぎ」て反省し、
「手前で止まり過ぎて、何か流れがおかしい」と、感じ取って、
調整する中で・・・段々見えてくる気がするな・・・。

見えないラインが見えた時は、
その場所での「自分のポジション」が出来上がりつつあるって事だと思う。

「自分のポジションは、自分で作らないとね」

この試行錯誤は、どうやら自分でやるしかないようだ(笑)
その「ここまで」のラインって、
EDIT  |  11:28 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.06/22(Sun)

シンプルな質問 

そう言えば、このところ霊能者話題が少なかった(笑)

今日、旦那様と美容室に出かけた。
最近、旦那様の職業を知った美容室の人。

「旦那様って、色々見えないものが見えるんですか?」

ああ、そうそう久しぶりのシンプルな質問だわ~。

「見えるけど、スイッチを切っているんですよ」

そうじゃないと、道も歩けなくなるから・・・と付け加えた私。

そう言えば、最近は分かっても映像化しなくしてしまったと
旦那様は言う。
「いるとか、あるとかは分かるけどね。
だから、映像化する前に止めてしまうから」

余程、それを視る必要がある場合だけに限られている映像化。
つまり、人は自分の目で直接見ているつもりだけど、
実際は、映し出された信号を脳に送って、モノを視ている。
「そんな事知ってるわ」
そう、それが分かっていても『見えたり、見えなくしたり』って、
理屈で考えれば、映像化するラインだけ「切ればいい」(苦笑)
・・・って、そんなに簡単にできるか!!!って言いたくなる。

「だって、いちいち見てると疲れるからね。
何時まで経っても、気持ちのいい映像ばかりではないから」

で、逆にこうした信号を「外」から受け取るセンサーが働くと、
自分でやっている事や、自分で考えている事と一瞬全く関係のない
映像が飛び込んできたりする。

勿論、この感覚にも得意分野があって、「映像化」しないで、
ただ感じ取れるという人も少なくない。
「見える、見えない」は
「感覚を受け取るセンサーが働いている、働いていない」とは、
同じではないのだ。
ものによっては、『匂い』だったり、『音』だったり、
自分の感覚の一番鋭いものに置き換えて、「感じ取る」って
事だと思う。

ちなみに私は、いまだに霊は見た事がない・・・と自分では思っているけど、
感じてなければ、こんなに急に頭が痛くなったり、お腹が痛くなったり、
する・・・までは分かるけど、どんな薬を飲んでも痛みは止まらず、
祓っただけで、あれ?って言うぐらい治ったりするから、
自分でも「何かを感じてそうなった」としか、逆に説明がつかない(とほほ)

「私、昔、地震があったら分かったんです」
続けて、美容院の彼女が言う。
「子供の頃って、わかるっていいますよね」

そう、そう、これもよくある質問だ。
小さい頃、私には霊ではなくて、妖精が見えていたらしい。
「らしい」と言うのは、あんまりその時の事が思い出せないから。
・・・って、誰が覚えていたかというと、妹。
「おねえちゃんがある日突然の様に、そんなもの居る訳ないでしょ?って」
それまでは、どうやら二人で妖精を見て遊んでたと言うのだ。
(覚えてない・汗)
その頃から、妹とは仲が悪くなってしまったらしい。
(これも良く覚えてない・汗)

言語学では、子供が生まれてから、ネイティブの様に話せるように
なるには、13歳ぐらいまでにその言語と接しなければならないと言われている。
これをクリティカルエイジと呼ぶんだけど、
その前後で、自分が生きて行くのにいらないと判断したセンサーを
次々、閉じてしまうのかしら?なんて思ったりする。
(これは、完全な私の仮説、でも、クリティカルエイジも仮説なんだけどね)

「これって、本当にいらないのかな~」って、中学校前後で
悩むから、精神的に不安定なのかな~なんて。
だって、何事も捨てるって勇気がいるものね(苦笑)
・・・って、これも私の勝手な仮説2(笑)

ちなみに地震がわかった彼女は、今や何があっても起きない熟睡タイプ。
「この前の地震もきがつかなかったんです(苦笑)」

こう考えると、「ある種の感覚」って、そんなに特別でもなさそうだけど・・・

でも・・・旦那様ってどこか違うらしく、
「どんな生活をしているか想像できない」
「何を食べて生きているか想像できない」って言われて・・・(笑)

そう言う私も、「そうでしょ?」って、昔、そう思ってしまった自分を
正当化する為に、同意してしまった・・・(あら~)
これじゃあ、結局は「わからない人」になってしまうじゃないのっ!

次に美容院に行ったら、「こんなに普通なんです」って説明するからね。
(って、言えば言うほど、墓穴を掘りそうな気もする・笑)
EDIT  |  02:46 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.06/21(Sat)

さっぱりしてる?粘着質? 

人の性格って、単純な様で単純じゃない。

とてもさっぱりしていて、物事に囚われないタイプの人とみた!

「いや、そうでもないよ」

実は、逆にとても粘着質(笑)だから、人との距離を近づけない本人なりの
自己防衛って部分もあるらしい・・・。

「なんか、皆に気を遣ってすごいよね」
いつも明るく振舞う、悩みなんてあるのかしら?って思うタイプとみた!

「実は、心の中は淋しいのさ。
だから、明るく振舞う事で紛らしてる・・・」

そんな一種の自己防衛って、普通に外から見ていてもなかなか分からない。
・・・というか、完全に読み間違える(あはは)

以前、一緒に留学をしていた先生が、かなりの粘着質で(あはは)
これじゃあ、生徒はたまらんだろうと思った事がある。
なにしろ、一日、学校で起こった事が気になったり、
悔しかったりすると、その怒りの感情で寝ていても目が覚めるというのだ(大変!)

ところが、この人、普段は何をしても怒らないだろうって、
ソフトな話し方とソフトな雰囲気を持っている人。
まさか、怒りで目を覚ますなんて、誰も想像しないだろう。

人の性格って、実は色んな部分で出来ていて、
他の人を見て、ああ、こんなところがあるのね~って思うパーツみたいなものが、
誰にでも、自分のどこかにある感じがする。

・・・って言うか、必ずあると思う!(苦笑)
単純に、
ある場面で、
ある時、
ある人(やモノ)に向かって、
ある感情が、
その逆の感情より勝って、
「外に出てくるのは、勝った部分だけ」・・・って気がするな~。

「私だったら、あんな事しない」
「私には理解できない!」
「全く信じられないわ!」
って、感情で話をしている人をよ~~く観察していると、
結構、他の場面でその人と同じ事をしてたりする(あら~)

いや、私の場合は違う!
私の怒りは、「これが理由で・・・、ここがこうなって・・・」
説明したくなるのもごもっとも!
自分の中で「理屈」が通っているから、怒るだろうし、
でもね・・・
理解できない!って思った人にもその人の「理屈」があったりするのよね~。

人の感情を「自分の理屈」で測ろうとすると、
こうして、完全に「読み間違える」(苦笑)

で、この「読み」を正確にするには、どうしたらいいかって?
ひたすら「観察」するしかない・・・のかな・・・(笑)
それでも読み間違えそう・・・。
だって、本人がそう装っていたら、なかなか見えないわ~。

「完全に本人になりきるのさ」
と平気な顔をして言う旦那様。
「全部、手に取るようにわかるよ(笑)」

大体、自分の性格だって、ある部分で妙にさっぱり!
ある部分で妙に粘着質!だったりして、よく分からない。

この際、「わからなさ」や「意外性」を楽しむって視点に
自分の気持ちを変えた方が早そう・・・(笑)

・・・単純で、複雑、だから面白い!ってね。

ちなみに、人間関係を複雑にしないためには、
この複雑さを楽しめない人の方が多いと思った方がいい。

だから・・・
「いつでも、どこでも、顔を一つにするのさ」

いつも自分らしくいる。
これって、結構究極のトラブル回避術だったりする。
「あの人って、そう言う人だから」って、具合にね。
それに最初から、貴方が嫌だと思う事を相手が知っていれば、
そこは、相手が勝手に避けてくれたりして。

無駄な(笑)、自己防衛は、相手を混乱させるだけじゃなくて、
自分も「こんなはずじゃあ・・・」って事を
引き起こす原因にもなってるんじゃないかな~。

本人にとっては、全く違うトラブルに見えても、
「いつも似たようなトラブルだな~」って、見えてしまう私の目には、
ここにも「引き寄せの法則」は、存在している気がする・・・
と思ってしまうのだった。

EDIT  |  04:16 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.06/20(Fri)

一生懸命の副作用 

一生懸命やれば、何でも出来る!
心の底からそう信じていたし、今でもそう思ってるけど・・・。

一生懸命には副作用がある(笑)って、
旦那様の相談を側で聞いていて思う。

「一生懸命すぎるんですよ」
旦那様はこんな話を聞いて、そう答える。

こんなに頑張って、こんなに苦労して、
こんなに相手を思って、こんなに・・・。

その話を聞いていると、そりゃあ、その人の思いの少しも
叶えてあげられるものなら、あげたいと思ったりする。
でも、その姿は、下を向いて、歯を食いしばって、
自分でこっちが正しいと思って走り続け、
気が付くと、全然違う所に到着!って・・・感じかも知れない。

「まあ、一生懸命やったんだから、それでいいや」
って、なかなか思えないものだもの。

そうすると、「一生懸命やった私の努力を返して」副作用が起こる。

「私がこんなに必死なのに・・・」
(やっていない人を見ると腹が立つ)
「私がこんなに時間をかけているのに」
(さぼる人を見るともっと腹が立つ)
「私がこんなに思っているのに」
(相手が自分の思っている様にならない事に腹が立つ)
「誰も私の一生懸命を認めてくれない」
(周りの人を信じられなくなったりして・・・)

結果、一生懸命頑張って、腹が立つ事ばかりなら、
少しはひねくれたくもなるだろう(苦笑)

だけどね・・・ちょっと力を抜いて、ちょっと遠くから
そんな自分の姿を見てみるって余裕は欲しいもの。

だって、一生懸命の方向がずれているかも知れないじゃない(笑)
いや、きっとずれているから、頭をフト上げた時、
自分一人頑張っているって事になる訳で。

「頑張らなくていいんだよ」
そう言われた人は、10人が10人キョトンとするけど・・・・。

同じ様に頑張るにしても、
ちゃんと「自分の行きたい方向に努力しているのか」
ずれているのなら、どこが悪いのか、
分析する時間って、結局は、その時は
無駄な時間に思えても、そうじゃなかったって後で分かるはず。

周りの見えない頑張りは、自分を苦しめる。
その上、出来ない理由が責任転嫁されてしまう。

・・・そんな、悪循環って・・・
できれば、早く抜け出したいけど、
なかなか抜け出せない・・・・

これも副作用の一つ(笑)
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2008.06/19(Thu)

作り出しているもの 

生き方なんて、ひとそれぞれ・・・って言ってしまえばおしまい(苦笑)
どうしても仕事もその「生き方」の中に含まれるんだろうけど・・・。

仕事の捉え方だって、自分の人生の中でどう捉えるか・・・
なんて、転機が来たり、仕事が嫌になったりした時に
急に考えても、答えなんてなかなか降ってこない(笑)

ある有名な人のスピーチを聞いた。
世界的に有名になるぐらいの人って、必ずの様に、周りには
1)神様の様に崇める人
2)どうやったらあんなに成功できるのか秘密を知りたいと思う人
3)色んな噂を聞いて、あんなやり方じゃあね・・・なんて好ましく思わない人。
4)その他・・・
まあ、人が人を見る視点というのもなかなかまんざらではなく、
そして、全部が間違いでも全部が正しい訳でもないんだな~
なんて、本人のスピーチを聞いて思ったりする。

いつも、人の羨むような成功の裏には、表に出たりでなかったりする、
本人の乗り越えてきた苦労があり、(本人は苦労と思ってなかったりするけど)
それが成功を作り上げている。

きっと、この人のように「成功」したいと思う人は多くても、
この人のように「生きたい」と思う人は、そんなに多くないかも知れない(笑)

「本人だって、成功しようと仕事をして来たわけじゃないと思うよ。
自分の生き方を貫いている結果として、成功に繋がるモノを作り出しただけさ」

・・・こんな人は、時に周りから理解されない行動を取ったりする。
何しろ、「わざわざ苦労する事」であったとしても、本人にとって
必要な物は、必要で、自分が今どんなに成功していようといまいと、
全く関係なかったりする。
「え??あんな立場にいるのに、どうして?」
多くの人は思うだろう。

「作り出しているのは、生き方そのもの。モノじゃないんだよ」

旦那様は、「成功」したいと言う視点で仕事を捉える人は、
「成功するモノを作り出そうしてるけどね」とも付け加える。

世の中に伝えられる偉人の伝記って小さい頃に読んだけど、
例えば、電話を発明した人そのものよりも、
そのドラマにひきつけられたりするもの。
だから、あるテレビ番組は、記録的な視聴率を取り、
時にドラマを作りすぎてしまったりって事もあったな~(笑)

こうして、後世に伝えられた人って、その事件が起こっている場面では、
なかなか人に認めてもらえなかったんだろ~な~。
なんて、こんなストーリーを観る時は思うのに、
自分の生き方になると、結構、人は「一歩が踏み出せない」もの
だったりするんだよな~。

何が、その一歩を踏み出すのを止めるのか、
そんなことさえ考えないで、踏み出してしまう人は、
何がそうさせるのか・・・。
旦那様に言わせると、「そうしか生きられない」らしいけど・・・

今の所、この違い・・・私には「謎」だわ・・・。
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2008.06/18(Wed)

他人の評価 

旦那様がちょっと前から気になるって話をしていた人。
今日、突然の様にいつもと違う時間に電話がかかって来て、
「やっぱり・・・」って思ったりして(笑)

何しろ、ちょっと外に出ていると、
「貴方がこのごみ落としたでしょ!拾いなさいよ!」とか、
出かけようとしたら、自分の家の前に車が出られないように
誰かが車を駐車してたりとか・・・トラブル続きだと言う。

で、これが私が旦那様に話しを聞いた後に書いたメール。
今日は、それを殆どそのまま載せる事にしようっと。

============================

ちょっと前ぐらいから、バランスを崩しているな~と思っていましたよ。
地元に帰って来た事で、一時的におさまっていた気がしていましたが、
また、日常の生活に戻って、ストレスが溜まっているのでしょう。
自分で気がついていないのが余計に心配(苦笑)

一つは、旦那さまが仕事が不安定で、しっかり話をする時間が持てないでいる事。
貴方がバランスを崩す時は、ちゃんと夫婦の会話がとれないぐらい忙しい時が多いですから。

もう一つは、人は自分のポジションを自分で作らなくてはならないのですが、
誰からも嫌われたくないとか、いい人で居たいという気持ち。
無意識であろうとなかろうと、誰にでもそれはあって、
その場、その場で人に合わせてしまうのです。

人からの評価で自分をみてしまうと、心が不安になり、
ますます、知らない内に相手に合わせて自分を作ってしまいます。

そうすると、周りの人は、その時、その時によって
貴方の顔(雰囲気)が違うので、どれが本当の貴方なのか、
分かりにくいのです。

時にこの感覚がとても強い人がいます。
そんな人の場合の「認められたい病」は、コンプレックスの裏返しが多いそうです。

誰も自分の事をこれだけ頑張っているのに評価してくれない。
謙遜しつつも、「私はこんなものじゃない!」と、言葉どおり、
複雑で矛盾に満ちた心理状態になっています。

こうした人は、相手によってコロコロ態度を変えたりするので、
沢山の人が居る場合とかに、自分でどう行動していいか混乱したり、
ある人に良く思われたい為に、他の人に礼儀を欠いたりしてしまいます。

貴方の場合も自分でコンプレックスがあると言う話はしてるけど、
そんなに強いとは思いませんけど、こうなると厄介ですね・・・。

今は、知らない内に溜まった貴方の心の「不満」が、
相手のイライラした気持ちを引き出してしまっているそうです。
何も話さなくても、人は自分の感情を外に出していますので、
「なにが、そんなに不満なのよ!ちゃんと暮していける環境なのに」
と、またまた、「不満病」にかかった人の感情を逆なでしてしまうのです。

とっても難しい事に思えるかも知れませんが、
どうすればいつも自分がハッピーな気持ちでいれるのかだけ
暫く考えてください。

私は私が一番かわいいのよ!それが何が悪い!(笑)って感じ。
だから、スーパーに行って店員の態度に気分が悪ければ、
その場でちゃんと本人に言えばいい。

できるだけ、その場で嫌な事を解消する努力は必要でしょう。

引きずると、今回の様に知らない内に「不満オーラ」が出て、
人から嫌な事を言われる感情を引き出してしまうのです。

「私は、私」
人間としての私と付き合えない人は、付き合わなくて結構!と
きちんと心で決める事です。

残念ながら、これで疎遠になる人も出てくるでしょう。
でも、逆にちゃんと付き合える人も見えてきます。

人との距離感は、『自分が仮面を被ったまま』では、
心地よい距離は保てないのです。

そして・・・
何より、自分の価値を人の評価でしない事!
人なんて、その時の感情で良く評価したり、そうでなかったり勝手なものです。
・ ・・という自分だってそうして人を評価しているのですから。

昨日の私と今日の私を比べる。
どのくらい進歩したかな?
あら、全然だわ~でもいいのです(笑)
人との比較では、必要のないコンプレックスを持ってしまう原因になってしまいます。

よく、話すのですが、何に不安や不満があるんだろ?
って思う人が、ああじゃない、こうじゃないって勝手に不幸な気持ちに
なっているって意外と多いんですよ。

自分でも思っているような、何も心配しなくていい環境にいるはずなのです。
他の人の「こうでなくてはならない」に降り回されたり、
ちょっとしたどうでもいい事に妙にこだわったりしてませんか?

それって、知らない内に少しずつ自分を苦しくさせるのです。

何が起こっても、いかにハッピーに自分の心を保つか。
それが極意かもな~って、最近思うんですよ。

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2008.06/17(Tue)

言霊 

言霊の本を2冊読み終えた。
あ~なんでこんなに疲れるんだろ~。

「書いてある文に言霊があるからさ」

ああ、そうだわ!
何だか、読んだ内容の数倍の何かが頭の中で
ぐるぐる回る感覚があって、なんだろ?って思ってたら、
旦那様が相変わらず、一言。

兎に角、言語の研究も奥が深い(当たり前!)
どの本を一つとっても、これだけの歴史と解釈と、
それからその背景と、他の書物との比較と、
歴史的な事実との整合性と、
ああ・・・これだけで頭が痛くなりそうでしょ?

そして、読み始めた3冊目の言霊の本はかなり手ごわい(笑)
「なみ」の言葉の起源は、「な」は「鳴る」から「み」は「水」から。
そして、それに音の持つ意味がその上に乗っていく。
・・・「な」の音は・・・って具合。

言葉の法則、それが文法。
人間の営みのホンの一部でしかない言葉だけでも、
これだけ「法則」を見つけ出すのが難しい。
それに、例え法則があっても例外が沢山。
その内、例外ばかり眺めていると、
「法則なんて意味ないじゃん!」って思ってしまう(笑)

英語にもこうした『語源』を扱った辞書がある。
OEDと呼ばれる全20巻にも及ぶ、世界一大きい辞書。
初めてある言葉が使われる様になった文から、
その変化が歴史的にも言語の面からも全てモーラされている。
凄い辞書だけど、一冊本棚から出して、辞書を開く頃には
はぁ~って疲れてしまうぐらい一冊が大きい。

この辞書・・・どうやって編纂したんだろ?
とても一人の人の一生では間に合いそうにない量。
「ある言語の天才が刑務所で編纂したんです」

なるほどね・・・だって、食べて行く心配がないから
出来た事かも・・・なんて次元の低い事を考えながら・・・

言葉の法則って、人間の色んな法則の一つに過ぎなくても、
それを分析し、やり抜いてきた人間の「しぶとさ」(笑)に
ただ、感心!

で、その上で、面白いけど、聞いていると後でとても疲れる話が
旦那様の周りで繰り広げられる事がある。
つまり・・・
その法則を知らないでも言霊を使いこなしている人達って・・・
もっと、感心!(笑)
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2008.06/16(Mon)

え? 

余りにやり方や考え方が違うと、
人は驚いてしまうもの。

逆に言うと、「自分のやり方」が一番正しいと
思いこんでいるとも言えるな~(苦笑)

友達とだって一緒に泊まったりしてみると分かる。
朝から一つ一つやる事が違う。

ご飯を食べてから歯を磨く習慣のある人。
歯を磨かないで朝ごはんを食べるなんて信じられないという人。

ご飯を食べてから着替えると言う人。
パジャマのまま朝ごはんを食べるなんてと言う人。

それぞれに、ちゃんと正当化する理由はある(笑)
朝ごはを食べ、出かける前に歯を磨くのがエチケットだろ?
歯を磨かないで朝ごはんを寝ぼけて食べるなんて、
作ってくれた家族に失礼だ!

・・・う~ん、こんな時の解決法は・・・
両方磨くか(爆笑)

こんな小さな、そして大きな問題に繋がるちょっとした違い。
それこそ、どこにでもある、ある、ある(笑)

多分、殆どの事は、どちらが正しいと言うより、
どちらも正しく、そして相手にも正しいと認めなさいよ!
ってなった瞬間に、ずれてしまう気がする。

妹の旦那様の両親とご飯を食べる場面。
食事中は話をしてはいけませんと育てられた父は、
黙って食事をするのが当たり前。
普段はあんなにおしゃべりでも、突然黙ってしまって、
相手がとても気を遣ってくれたのを覚えている。

外国とか、明らかに文化が違うと、
「日本では・・・」なんて、ちゃんと話をしたり、
それが会話のツールになったりするけど、
「同じ」と思いこんでいる場面ほど、
この「自分のやり方が正しい」は、厄介だったりする。

「それも、正しいんだけどね・・・」
旦那様が苦笑する。

「一生懸命に、正しくしようとすると自分を苦しめるんだけどね」

相手の習慣に合わせすぎても駄目。
きっと、「これだけ、一生懸命やっているのに・・・」って、
限界が来る。

この前、英会話の時間。
「小さい頃、食べながら歩くってどういわれた?」

「絶対だめでした。今もやりません」

「たこ焼きは?」

と言った途端に皆であれ???

他のものなら、あんなに拒絶感があるのに、
大阪でたこ焼きを食べるとなると、
買ったその場で、温かい内に食べたいし・・・。

どうやら、自分の「正しい」も
他人に当てはめる以前にかなり怪しい(爆笑)
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2008.06/15(Sun)

神様の法則 

このところ「法則」づいている(あはは)

だって、「どうしてだろ~?」
「どうしてこうなるんだろ~?」
自分の3次元の頭で幾ら考えても分からない事がある。
って、分からない事だらけだわ~(涙)

いつか「私のお願い聞いて」って神様にお願いするのは、
「ねえ、チョコレート食べていい?」って子供が言うのと
同じかも知れないって書いた事がある。

駄目!って言われても、
何故駄目なのかって、
幾ら説明されても分からないものは分からない・・・

「虫歯になるわよ~」
(↑虫歯になって、どうなるか子供は知らない)
「体に悪いから駄目」
(↑どう体に悪いのか理解できない)
「太るわよ」
(↑太ったら何故いけないのか理解できない)

子供にとって、大人が理屈で説明するどんな事も
まったく意味がなかったりしてね(笑)

チョコレートを食べる事から起こる、大人が知っている理屈。
そんなものは、子供には幾ら説明しても駄目かもね。

だったら・・・
「どうやって駄目だって分からせればいいのかしら?」

という訳で(どういう訳だ!)
神様は「とりあえず自由にチョコレートを食べさせる」って
方法も取ったりする?(笑)

そして、虫歯になり、食べすぎてしまったりして、
色んな事が起こって、食べたいだけ食べて来た事を考える。

勿論、チョコレートにも色んな効用がある事も確かだから、
適量!って事も知っていくのだろう。
それから、歯をちゃんとみがくとか、
こんな時にこのくらい食べるのは良いとか・・・。

ああ・・・多分、人はどうやら痛い目に会わないと
学ばないって部分がある様にできているらしい(涙)

そして、一度で学ばない場合は、それなりの痛い目に
何度も会うってハメになったりする。

「痛い目に会わせたくはないんだけどね・・・」

色んなアドバイスをしても、神様の法則と同じ様に、
本人にとっては、理解できないものも沢山あるのだろうな~。

そのアドバイスが、理解できないからか、その気にならないか、
それは分からないけど、さすがの旦那様も

「聞かれないと答えられないしね・・・。
それに例えアドバイスしても、やらないと本人が選択したのならね・・・」

考えてみれば、痛い目に会って色々学んだものだと
自分の事も振り返ってみる。

「痛い目って言えばさ、昔は空手の練習したら、
全部きちんと当るんだ」
(ちなみに、今は当てたり、当てなかったり
その人のレベルに合わせて調整してもらえたりする)

「当って『痛い!』って言うだろ?
そしたら、『痛かったらよけろ!』って言われたね・・・」

・・・って、あまりにもダイレクトな例だわ~。
聞いてるだけで痛くなる(爆笑)
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2008.06/14(Sat)

質問 

教師の時代から思っていた事だけど、
質問の仕方で、その人の理解度が分かる!
質問の内容で、ひき出せる内容が変わる!



当たり前のような事だけど、
人が人と話をする時、「~ですか?」って「質問」とか「~を教えてもらう」
って形でなくても、常にこれをやっている・・・はず(笑)

言葉をお互いに受け取って、投げてって繰り返す。

まあ、質問しているようでしていないとか、
問題を丸投げしてしまうような質問とか、
・・・っていう場合もあるので(苦笑)
こんな場合は、どこかで会話は途切れてしまうことに・・・。

「聞かれて一番困る質問ってある?」

「私の将来はどうなるんでしょうって質問かな・・・」

旦那様の仕事の中には勿論、これからの事を観て
あるいは、これからどうなるかとか、これからどうしたらいいかって
アドバイスをする事も含まれてはいるけど・・・。

「自分の人生だろ?って言いたくなるね(苦笑)」
それに、自分で自分の事をちゃんと考えない人の人生請け負いきれないともね。
(あはは!確かに!笑)

「こうしたいんですけど、どうしたらいいでしょうって質問なら
幾らでも答えられるけどね」

こんな時、旦那様の仕事って、相談する側から言うと、
ネットで調べるとか、
図書館に行って本を探す
そんな作業に似ているな~って思う。

自分に必要な答えや方法を見つけるのに、
なるべく具体的な質問の方が答えが見つかり易いはず。

だって、図書館に行って、
「私の興味のある本はありますか?」
って聞いても・・・
「全部です」言われるかも知れない(あはは)
貴方が聞かれた立場なら・・・
「そんなに知るか!」って言いたくなるでしょ?(笑)

確かに「今の自分の限界」って、残念ながらあって(涙)
見えないものは、目の前にあっても見えない訳で、
気がつかないものを「自分の目」で探しても
見つからないかも知れない。
「これからどうなるんでしょう?」って質問、わからないでもない。

だからこそ、今までの自分をちゃんと観て、
ちゃんと自分で考えて、
ちゃんと自分で心を決めて、
そして、誰かに「ほら、見えてるじゃない!」って具合。

あら~、答えってずっと遠くにあると思っていたのに、
目の前にあった!と思ったりする事も少なくない(苦笑)

それに幾ら、今の自分の目で見えなくても、
昨日の自分と、今日の自分、そしてこれからの自分は
必ず繋がっているはず・・・。
・・・今、何をしているが、次、何が起こるかを決めているだけの事。

昨日の話じゃないけど、
自分に見えない「法則」は、とてもシンプルでも複雑でも、
見えない時は、見えない事になっているらしい。
(↑これも、法則?)
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2008.06/13(Fri)

予想外 

どこかの携帯のCMで使われて以来、すっかり有名になった「予想ガイ」。
彼も「予想外」の抜擢で、あのCMに出る事になったらしい。

考えて見れば、ニュースを見たり、新聞を読んで、
ああだ、こうだと思ってみても、次の日のニュースを見て、
やっぱりね・・・と思える事もあり、
予想外だわ・・・と思う事あり。

で、どちらもきっと「法則通り」に進んでいるんだろうけど、
要するに、その法則が私に観えるか、観えないかだけの気がする(苦笑)

日本のおばさんの典型とも言える母は、電話をする度に
ニュースで取り上げられることに一喜一憂、それも真剣!
「政府があんな事して!」と報じられるままに、
それはそれで正しい事を「どうにかしなければ!」というトーンで話す。

「税金をあんなに無駄遣いして」
と言い続けて数ヶ月、大改革が行われたらしく、
その政府の管轄だった施設は次々と姿を消した。

「建てたばっかりだったのにもったいない」
これも正しい(笑)

「その後に建つのは、マンションだって。
もっと、建物を生かす方法とかなかったのかしら?」

噂によると(あくまでも噂だ)入札が行われ、
建てものをそのまま生かして老人ホームにしようとした側の
入札がわずかに低かったらしい。

「最初に問題が取り上げられた時には、予想できなかったよね。
こんなに周りの施設が取り壊されるなんて」と私。

正しい事の多い事、多い事。
でも、いづれも両立しない・・・
どころか、どれも思惑とは違う方向に進んでるんじゃないの?
なんて、深読みしてみたりする(笑)

「予想外の事ってやっぱり起こるよね」
私の頭の限界を越えた様々な事件の原因・・・
旦那様に聞いて見る。
「小さな事の積み重ねなのさ。
だから、その全部に原因があると言えばあるし、
責任もあると言えばあるけどね・・・」

・・・が悪い。・・・がいけない。
原因探しはそれはそれで正しい。
そして、その原因探しが、本当に後に生かされると良いな~。

それにしても、電話の度に「社会の問題」が話題になるし、
テレビをつけてもそれは同じな気がする。

これって報道の仕方のせいかしら?
それとも見ている側の問題かしら?

それこそ、両方なんだろうけど(笑)
いつの頃からか、
カルガモの親子・・・みたいな話題や
京都で行われた祭りのシーン・・・
なんて映像、あまり見なくなった気がするのは私だけかしら?
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2008.06/12(Thu)

隣の芝生 

遠くから見ると、青々して綺麗なイギリスの田園風景。
近くに行って、あの中を歩ければどんなに幸せな気分に
なるだろうと思った事がある。

・・・そして、そのチャンス。
足元は、雨の多い地域の事、ぬかるみで歩きにくくて、
草の茎が足の裏に刺さって歩きにくい事ったら・・・。
ああ、草が一面広々と・・・って味あう余裕はなかった(苦笑)

富士山の近くに出かけた時。
少しずつ見え始めた富士山は、とても雄大で、
「やっぱり綺麗」と思った。
どんどん近づいて来る山に圧倒されながらも、
もっと近づくと、もっと見えると思った・・
・・・気が付くと、見えるものは、運転する目の前の道と
その周りの木だけだった(苦笑)


遠くから見れば、羨ましいとか、いいな~なんて、
思っていても本人にとっては、見えていないって事もある。

「自分の分析って一番難しいのかもね~」

「自分の事を確認するには、やっぱり誰かを通してしか見えないものさ」

相手を通して、自分を見るためには、やっぱり、
どこかで自分をちゃんと表現しないとね。
黙っていて、相手に分かって欲しいじゃあ・・・ね。

「ちゃんと、聞けばいいのにね。どう聞けばいいのかがわからないのかな~」

逆に、すぐに「はい、分かりました」って返事をする人もいる。
「う~ん、あの分かりましたは、当てにならん(苦笑)」
旦那様が呟く。

本当に分かった人は、「はい。~って事ですよね」とか、
「こんな風にすればいいんですね」とか、
相手から言われた事を「自分の言葉にして」繰り返す。

「どう分かったんだい?」

時々、旦那様(あはは、結構意地悪~笑)

「はい、頑張ります」の返事もこの意味では同じ扱い(苦笑)

自分の事を分かるためには、正確な鏡の様な人に
自分の「良い部分」と「わるい部分」を客観的に見てもらう
って事って、大事だと思う。

で、後は、ちゃんとそれを自分が受け止めるかどうかって事が
次に来るんだけど。
「いや、そんな事はない!」なんて、自分の欠点は否定したくなるものだし、見ないで済めば、それに越した事もなさそうに感じるから。

・・・でも、その見たくない自分の『欠点』
旦那様が分析する時、かならず『長所』に繋がっている。

それにその「長所」と「欠点」があって、
貴方は、貴方な訳で・・・。

「自分の事は嫌いになっては駄目」

嫌いになる前に、隣の芝生ばかり見つめる前に、
ちゃんと分析してもらって、それからもう一度、
自分で自分を分析するってプロセス、
きっと色んな発見が出来ると思う。
EDIT  |  03:29 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.06/11(Wed)

繋がる 

どんな事もちいさな偶然とも必然ともいえる事の積み重ねで起こるらしい。

よく、旦那様に
「原因って、これ?それともこれ?」と聞くと、

「両方」

な~んだと思うなかれ(笑)
その両方の積み重ねで、今もあるし、いい事もそうでない事も
起こるのだから。
こんな視点で見れば「全ては必然」なのかもね。

ただ単に、必然だと見抜くほどの記憶力がないだけかも知れない(苦笑)
「あの時、こうだったから・・・」
「だからこんな事はこうなるだろう・・・」
人はこうして経験で色んな事を自分の中に蓄積していく。

だけど、記憶力がよいだけでも、一つの事をもう一つの事と
繋げられる訳でもないらしい。
たった数十年生きた中の経験。
だけど、その全てを覚えているはずもなく・・・。
いや、実は覚えているらしいという説もあるけど、
それなら、思い出せるはずもなく・・・。

「これとこれが関係してる」
そう思うのは、直感としか言い様がないと旦那様は言う。

「なんかひっかかるんだよ」

コンピューターのバグ探し。
見慣れた人は、「この辺りが・・・」と長年の勘で分かるらしい(驚!)

校正のプロ。
間違えたところが「浮いて」見えるのだと言う(またまた驚き!)

蓄えられたデーターと、
それを結びつける「直感」

それを備えた人は、「え!どうしてこんな事がすぐに分かるの?」
って、まさに職人技とも言える事が平気な顔で出来てしまう。

昔、教師だった頃、「お早うございます」と言って、
自分のクラスの生徒を見ただけで、「あれ?」って
気になる生徒が一目で分かった事があったわ~。
自分でも不思議なぐらい良く分かったけど・・・。

ともかくは、この「結びつける」という事が出来るようになれば、
自分の経験が倍にも何倍にも生かせるのは、間違いない。

「で、どうすればそうなるの?」
聞きたくなる質問でしょ?(笑)

「まず、いろんな事を経験する事」
旦那様は「引き出しを増やす」という表現を良く使うけど、
音楽にしても、スポーツにしても、そして本を読むにしても、
何でも経験しなさいと言う。

そして、その後は・・・。
私の観察によると、その経験を生かして、
何か分からない事があった時、
何かうまく行かない事があった時、
「何か、方法はないか・・・」って考える事から、
結構、繋がってる・・・と思ったりする。

そう言う意味で、旦那様は大変諦めが悪い。

「絶対に、方法はある」

その方法を、一緒に考えている間に、「繋がる」という感覚を
きっと、相談した人は感じていると思うけど。

・・・ああ、
この「感覚」自体、「経験」として積み上げるしかない・・・
って、所がポイントかも知れないわ(苦笑)
EDIT  |  02:16 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.06/09(Mon)

裏と表 

英語の教科書の中に、
「日本人は、バナナみたいで、アメリカ人は、ピーチみたい」と
思った・・・みたいな文があった。
(ん~、果物のなまえはちょっと自信がないけど)

よく覚えていると思うでしょ~(苦笑)
同じ教材で何度も、何度も教えるので、今でも教科書の内容は、
殆ど覚えている・・・と、言っても何の自慢にもならないけど(涙)

高校生がアメリカに行って、日本人との違いを実感するという内容。
バナナみたいな日本人は、皮が固くて、親しくなるのに時間がかかる。
ピーチみたいなアメリカ人は、初めて会ってもすぐに打ち溶けた様になるけど、
真ん中の核の部分は固くて、本当に親しくなるのとは別だって印象。

最近、「あの人、本当は暗い?明るい?」って旦那様に聞くのがマイブーム(笑)

・・・だって、意外で面白い。
人を寄せ付けないような、余り明るい感じのしない人。
「いや~、頭の中は自分の世界で結構いつもハッピーだよ」とか。

いつも人前では明るく振る舞い、悩み事とかなさそう(失礼!笑)という人。
「いや、いや、心の中の暗い部分があるから、明るく振舞うのさ」

これもいつか英語の教材にあったけど、
ある事件が起こって、その犯人と思われる人に付いて、
色んな人に聞き込みをする。
そうすると、10人が10人、その人について全く違う印象を語るのだ。
人間は一人、なのに、「そういう人だ」と思われている人は10人居る感じ(笑)

とすれば、バナナの皮は一枚ではなく、
ピーチの種の固い殻の中には、また柔らかい部分がありってとこなのかしら?

こういう何層にもしらないうちに身に付けてしまったものを、
旦那様は、『鎧』と呼ぶ。
「色んな経験をする中で、それを着てしか生きられないって思うんだよね」

何枚も何枚も着ると・・・
やがて自分の本当の姿が自分でもわからなくなってしまったり(苦笑)

そんな自分に自分が一番違和感を感じたりするもの。
やがては、自分でその殻を脱ぎたくなる事もあるだろうし、
脱皮をせざるを得ないタイミングも来るかも知れないし、
はたまた、
違和感を感じながらも、その上からまた新しい『鎧』を着るって事もあり。

何枚鎧を着てもいいけど、それを全部脱いだ時、
たまねぎみたいに何も残らない!!!
なんて、事だけは・・・ないようにしたいわ~(苦笑)
EDIT  |  03:06 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2008.06/08(Sun)

体が硬い 

私の小さい頃、運動をするのに準備運動とかストレッチなんて適当なものだった。
その頃、陸上やその他の運動で鍛えた私の筋肉は、
私の頭と同じぐらい、いや、それ以上に固い(トホホ)

空手で、体が柔らかいに越した事はないし、
そうじゃなくても、体の柔軟性は、知らない内に齢と共に、
知らない内に何もやらないと失われていくらしい。

「体が固いと、頭も固い」
初めて、旦那様からこの言葉を聞いた時、
ええ!関係あるの?って云う驚きとショックで、
言葉の意味なんて考える余裕もないぐらいだった(苦笑)

昔、ヨガの番組を見ていた時に、
「痛い人ほど、効果があるんです」って言葉に
なんだ!じゃあ、私の為のようなものじゃない!と思っては
みたものの、痛いものは痛い・・・。
得意の3日坊主に終わった。

でもね・・・やっぱり、体の固さって、思考の固さに出てる・・・。
人を観察して思ったりする。
どちらが先という問題ではないらしい。

ん?
じゃあ、体を柔らかくすれば、思考が柔らかくなる事もあり?
こういう動機付けには弱い私(笑)

ストレッチをやっていると、単純に「固い」と思っている私の体。
変な方向にはやたら柔らかかったり、
変な方向には信じられないぐらい固かったりする。
私は、普通の人じゃないかも???って思ってしまうぐらいだ。

それに、「痛い!これ以上は無理」と思っていても、
ある方向に体をねじってから、もう一度伸ばすと、
あれ???伸びるじゃん!って事もある。

「人間の体って不思議だろ?」

いやいや、全くもってその通り!
私の体は一体どうなってるの?
思ったように動かしているつもりとか、
思ったように動かないと思いこんでいるとか、
自分の体なのに、発見が沢山ある。

「これも、悟りの一つか・・・」
なんて、大げさな事を考えて、頭まで柔らかくしようなんて
考えてはみるものの・・・

急には柔らかくならないし、無理をすると逆に痛めてしまったりするのを
考えると、どちらもゆっくり、ゆっくりしか変われないようで・・・。

で、柔らかくなれ!って頑張っている私に旦那様が一言。
「180度足が開くって事が最終目標じゃないからね・・・」

あらら、そうでした。
自分が出したい技が出せる為の練習だったんだわ~。

頭も体も柔らかくするには、当分かかりそう・・・(苦笑)
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2008.06/07(Sat)

不完全だから 

昨日に引き続き・・・
ブログの共通話題じゃないけど、
ちょっと意識して旦那様のアドバイスを聞くと、
シンクロしている話題って結構ある。

共通話題、その2は、
「不完全だから・・・」

仕事や人って、完全なものってありそうでなかったりする。
自分がやっている仕事の欠点を探し出すと、
あれも、これも、ああ、これも。

「粗探しは、得意だから・・・」

確かに・・・(苦笑)
粗探しをするには、それだけの知識も必要だろうし、
ものであれば、それを実際に「使う」というプロセスの中でしか
見つからない欠点もあるだろうけど、
まあ・・・得意というより、徹底していると云う表現が正しいんじゃない?
と思ってしまう(苦笑)

それより、その欠点をどうやって補ったら良いかって視点。
いつも、いつも、忘れないようにしたいもの。

だって、殆どの人がこの「欠点探し」は、
思っているより、得意だと思う(苦笑)

これがなければ・・・
あれがないから・・・

そんな話をした後に、スターとレックをたまたま観た。
宇宙船で、色んな文化を持つ世界に接触するという宇宙の旅。
その一つの星が他の星が衝突するという危機に。
その世界は、全てが遺伝子操作をされていて、
まさに「欠点のない世界」
リーダーになるべく生まれた人は、その遺伝子を持ち、リーダーになる。
科学者になるべく生まれた人は、生まれながらにその遺伝子を持ち、
社会の中で、自分の役割を果たす。
それぞれが、自分の役割を果たす為に生まれ、
自分の役割を知っている完全な世界。

そして、宇宙船との接触によって、その「完全」は、バランスを崩す事にもなるのだが・・・
・・・って、話・・・あら、またシンクロしてるわ・・・

「不完全」と云うのは、「欠点」だと思われがち。
だけど、その不完全さが、完全を作り出す素になっているから面白い。

人間だって、ものだって、不完全さが「魅力」を作り出しているという、
なんだか、分かるわ~、でもそれって何かしら?って思って混乱(あはは)

例えば、英語を教えるとする。
問題の答えを「完全」に教えようとすれば、答えを配るだけでいい。
教わる側が「完全」なら、教える事はない(あら~)

・・・う~ん、人間関係もこれと同じかな?
相手の言葉が完全に分からないから、質問する。
質問するから、答える。
このやりとりの中から、コミュニケーションが生まれるって感じ?

完全なものの中から生まれるものもあると思うけど、
不完全なものの中から生まれるもの・・・
この想像が付かない広がりって、捨てられないわ~。

・・・と、思っている私は、その完全な星に住むのは
お断り申し上げたい。
(今の所、自分の遺伝子に自信がないし、向こうが断ると思うけどね!笑)
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2008.06/06(Fri)

またまた 

あらら、また消してしまった昨日のブログ(苦笑)

うっかりマウスの違うボタンに手があたった
と云う、いつものパターン。
あと一行で仕上がりだったのに・・・(涙)

これを私は、「見えない上司からの却下」と呼んでみても、
悲しいものは、悲しい(ああ~)

まあしかし、却下されるものは、却下される理由があり、
「どうしてよ!」「何がいけないのよ!」と思う時は、
書いている本人に見えてないものがある・・・
と、納得してみる・・・。

ところで、その却下された文の内容は?と云うと、
このごろ、旦那様への相談の共通した話題。

「君の一番の強みはなんだ?」

そして、それに気が付いた人への、
「やっと、本気で仕事し始めたね(笑)」

どちらの言葉も本人達にとっては意外な言葉だったらしく、
その瞬間に「固まった」(あはは)

「なんだっけ?」
「得意分野を活かしているつもりだったのに」
「え?自分にあってない仕事してるのかな?」

思いはそれぞれ、微妙に違ったりするけどね(笑)

どの人も悩んではいるし、何かがひっかかるけど、
「自分の仕事をしている」つもりだし、
「自分の特性が活かせないのはポジションの問題」なんて
考えてしまったりするもの。

でもね・・・こればっかりは、自分の背中と一緒で、
自分の事なのに、自分で忘れていたり、
見えにくかったり。

いつか、鏡の中の自分の顔を見ながら、
「これって、本当の顔じゃないのよね~
実際は、他の人は左右逆の顔を見ているしね~」
なんて、どうでもいい事を考えたりした(あはは、私らしい)

貴方の事を見て、ちゃんと判断してくれる人の言葉。
自分で気がつかないからこそ、聞かれているのだし、
自分で気がつかないからこそ、指摘される訳で・・・。

と、考えると、昨日の私のブログ、どこがいけなかったんだろ~
・・・って考えるより、今日のブログが無事UPされる事を
祈るばかりである(笑)
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2008.06/04(Wed)

頭と体とその結果 

「やってみないとわからないんだよな~」

空手から帰って来た旦那様が呟く。
今日は調子がいいと思っていても、体が動かない時もあり、
今日は、ちょっと・・・と思っていて、あら、思ったより調子がいいじゃない!
と云う時があり、確かにやってみないと分からないもの。

「頭で考えてたって、始まらないだろ?」
仕事が見えなくなったという彼に旦那様がアドバイスする。
相手があって生まれるものは、会ってからしか分からない。

その瞬間、瞬間で何かが変わるのだろうな~。

「予測の出来るものというのは、今の条件の延長線上にあるのさ」

つまり、今の傾向が変わらなければ、その予測や予言は、
そのまま起こる事になる。
じゃあ、今何かが変われば???

「そう、当然、未来も変わるよ」

ところが・・・である(あはは)
人はそんなに簡単には変わらない。
予測や予言に含まれて居る「人やものの傾向」って、
結構、本質を捉えているから(苦笑・・・している場合じゃない!)

「逆に本気で変わろうと思い始めた人の未来は、どんどん見えなくなるのさ」

霊能者の中にもこうした未来が見える人が居て、
それがどういうシステムで見えるかどうか分からなければ、
その「未来」は、当ったか、当らなかったか、
それだけで見られてしまう事になってしまう。

「うまく行く」

そんな確信に似たものを持って仕事をしたとしても、
最後まで「うまく行く」と信じられる人は、
「どうすればうまく行くか」
考え続けるだろうし、
途中で、うまく行く事を信じられなくなった人にとっては、
その確信は、間違いだった事になる訳で(苦笑)

沢山のアイディアを持った人がいる。
だけど、どれも成功しないのは何故かな・・・・?
「実行力がないのさ」

あら、一言で終わってしまったわ(笑)

確かに、色んな企画を立てられたとしても、
その途中にあるいろんな壁を乗り越えないと、
現実までとどかないものなのだろ~な~なんて思ったりする。

頭の中だけで物事を進める癖のついた人は、
現実の世界で「体」がやる事にリアリティーが無かったりするのだろうな~。

う~~ん、頭と体はどうやら、本当に別物らしい(笑)
「結果」は、その二つをどう結び付けるかにかかっているらしい。

時にそれが神業に見えるのは、私だけかな?
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2008.06/03(Tue)

変わってる 

旦那様の周りには変わっている人が沢山(爆笑)

そもそもこのブログだって、旦那様自身が観察していて面白い!
このまま忘れてしまうのはもったいないと書き始めた・・・

たまに愚痴モードになったり、(いや、ぼやきモード・・・と言いたい・笑)
たまに本来の性格を発揮して、説教モードになったり、
またまた、本来の性格を生かして、めちゃくちゃ小理屈モードになったりするけど(あはは)


それにしても、いやいや、楽しめる(笑)
この前まで、引越しを渋っていた彼。
ウィーンと機械式で動く駐車場を契約したとワクワクしている。
(この前までの抵抗する姿はどこに言ったんだぁ~!笑)
機械が大好きという彼は、普通見たらなにやら全く分からない、
大型機械のパンフレットを見て元気になるし、

車の修理を頼めば、いつもきちんと丁寧に対応してくれる人
「ココから、ガソリンがトクトクトクって流れるんです」
説明がいつも子供に絵本を読んで聞かせるみたいに、
トクトクトクとか、カリカリカリとか、擬音だらけになるし、

黙っていると、大変美人の彼女は、どこかがとても鈍いらしく、
「お腹が痛いって連絡が来たんだけど・・・」
その後、連絡が暫くないのを旦那様が気にしていたが、
「そのまま、緊急手術だってさ。
普通は、あの状態だったら、かなり痛いはずなんだけどな・・・(苦笑)」

妊娠している彼女は、この前ココに来た時も脚がむくんで・・・と少し悩んでいた。
で、お灸をしてもらう事に、気持ちいい~って
気が付いたらやけどをしていたらしい(苦笑)

ニヒルな感じの旦那様の空手の仲間。
試合の会場で会う度に目が赤い。
「いや~、子供の試合を見て泣きました」
思わず、自分の子供が居たらその道場に預けたくなる(あはは)

「君の妹だって、大したもんだよ」
いや~そんなはずは・・・ある、ある、ある。
この前、会って再確認した。
「地球温暖化が心配」とロンドンから電話をかけてくるかと思いきや、
買い直した車は、子供が10人ぐらい乗れる大きさだった(苦笑)

「いや~もう一人はもっと変わってる」
と旦那様に言われてしまう、一人の妹も普通じゃない。
やっと最近、宇宙人から地球人になったかな?ぐらい。
多分、ここに彼女の話を書いても???だらけになりそうなので省略!

「変な人の周りには、変な人しか集まらないのかしら?
普通の人に会いた~~い」
と、自分だけは普通だと思っている私が叫ぶ。

「君が一番、面白いよ」
最近、必殺「観察返し」を喰らう私。
旦那様や周りの人を観察して楽しんできたはずが、
今や、私が旦那様の「観察対象」になっているらしい(あら~)
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2008.06/02(Mon)

休み 

ここ数日、ブログをお休みしていた。
いよいよ書く事が無くなった?
いやいや、ちょっと用事で書けなかっただけで(苦笑)
たまたま、「何かを書く」という環境に居なかっただけ。

数日書かないと、頭の中が書く事だらけで、
かえって何を書いていいやら分からなくなる(笑)
何だか不思議な感じだ。

「毎日、何かを伝える事も仕事だから」
旦那様は、殆ど毎日、一言でも書き続ける。

ブログを始めた頃、毎日書くのが習慣になり、
そんなに苦痛でもなくなって、
でも、その内、書かなきゃ!
って強迫観念がどこかで生まれたりして。
(あはは、それほどの文じゃないのにね)

「今日は、止めなさい」
旦那様に言われても、そうなっている時ほど、
いいや!書かないと!と思ってしまう(トホホ)

思い返せば、学生時代って、こうして毎日何かを続ける「習慣」
を身に付けているのかも知れない。
学生時代って特に、毎日、毎日が同じ事の繰り返し。
その繰り返しの中で、何かをずっと続けると、
続けた時間と、続けた間の気持ちが、
その積み重ねの中に織り込まれる感じ。

ただ積み重ねるだけで、分かる事もあり、
ただ積み重ねるだけでは、駄目だと分かる事あり。

どんな事でも始めるのに遅くは無いと思っているけど、
「時間」は、逆戻りしないから、
「あの時やっていれば・・・」の後悔って役に立たない(涙)

同時に、「やっただけ」になっても駄目だしね。

自分が、力が入り過ぎる癖も書き続ける間に
分かった次第(トホホ)

続けると、色んな副産物の様な発見があるものだ(笑)
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