2008.09/15(Mon)
正しい事
「正しい事って言われると、何故か頭にくるもんだ(笑)」
それは、正当論だけど・・・と、旦那様が話を聞きながら言う。
誰でも自分が正しいと思って話をしている。
究極間違えているかも知れないという話もするかもしれないが、
きっと、そんな場合は相手の話をもっと聞けるだろう。
教師だった頃、三者面談ってあったが、生徒と親と話をする。
その中でよく話題になったのがこれ。
生徒が一番頭に来るのは?「勉強しなさい!」って言われる事だって。
そして、親は「勉強しなさい!しないと貴方が困るのよ」って言うのに、
子供が言う事を聞かないんです・・・(笑)
これが、40人の面談中の9割以上で繰り返されたわ〜(あはは)
「本当の事を言われると頭にくるのよね」と、私。
頷く生徒・・・みたいな図だった。
で、結局、それで勉強をするかと言うと、
「なんか、そう言われるとやる気がなくなった」という子が殆ど。
まあ、やらない理由なんて、いつも言うけどどこにでも転がっている。
社会人になって、もうその頃の自分とは違って少しは成長していると、
自分では思っているけど、この部分では結構変わらないものだと
思ったりする。
正しい事を、「あなたの為よ!」とダイレクトに言われると、
心の中の何かが反応するのだ(あら〜)
「そんな事、わかってる!」みたいな感じかしら?
自分の思っている事を伝えるのは、誰に対してもそんなに簡単ではない。
「言ったのに」「貴方の為なのに」
幾ら、そう思って言った言葉でも相手に伝わらない。
自分で自分の仕事や生活のコントロールがある程度できるようになると、
(出来るようになったと思ってるだけかも知れないけど・笑)
こうした、自分の思いを人に伝える時期、人を使ったりする時期が来る。
勿論、組織のトップに立った人は、そんなプレッシャーの中に
どっぷりなのかも知れないが、そうじゃなくても「後輩」が出来れば、
「伝え方」を考えなくてはならない。
「自分もそうだった」って言うエピソードを語る中で、
始めから出来たわけではなかった自分を思い出したり、
どうすれば、相手が「やる気」を出すのかを工夫したり。
そんな中でもう少しだけ、成長出来るのかも知れない。
そこには、「正当論」だけじゃない、何かが必要だったりする。
「結果、オーライだね」
例え、その間にちょっと解釈が違う事が含まれたりしたとしても、
相手がそれで癒された、前向きな気持ちになったという話を聞いて、
旦那様が答える。
「こんな時は、その解釈が正しい、間違いなんてどちらでもいいんだよ」
正当論は時に人を傷つける。
人は思っているより、敏感だからだ。
傷ついてないと思っている人ほど、傷が深い所まで達していたりする。
怪我しても、引っかき傷の方が感覚的に痛かったりするものね〜。
勿論、これが正しいときっぱり言い切る事がとても大切な場面もあると
思うけどね。
それは、正当論だけど・・・と、旦那様が話を聞きながら言う。
誰でも自分が正しいと思って話をしている。
究極間違えているかも知れないという話もするかもしれないが、
きっと、そんな場合は相手の話をもっと聞けるだろう。
教師だった頃、三者面談ってあったが、生徒と親と話をする。
その中でよく話題になったのがこれ。
生徒が一番頭に来るのは?「勉強しなさい!」って言われる事だって。
そして、親は「勉強しなさい!しないと貴方が困るのよ」って言うのに、
子供が言う事を聞かないんです・・・(笑)
これが、40人の面談中の9割以上で繰り返されたわ〜(あはは)
「本当の事を言われると頭にくるのよね」と、私。
頷く生徒・・・みたいな図だった。
で、結局、それで勉強をするかと言うと、
「なんか、そう言われるとやる気がなくなった」という子が殆ど。
まあ、やらない理由なんて、いつも言うけどどこにでも転がっている。
社会人になって、もうその頃の自分とは違って少しは成長していると、
自分では思っているけど、この部分では結構変わらないものだと
思ったりする。
正しい事を、「あなたの為よ!」とダイレクトに言われると、
心の中の何かが反応するのだ(あら〜)
「そんな事、わかってる!」みたいな感じかしら?
自分の思っている事を伝えるのは、誰に対してもそんなに簡単ではない。
「言ったのに」「貴方の為なのに」
幾ら、そう思って言った言葉でも相手に伝わらない。
自分で自分の仕事や生活のコントロールがある程度できるようになると、
(出来るようになったと思ってるだけかも知れないけど・笑)
こうした、自分の思いを人に伝える時期、人を使ったりする時期が来る。
勿論、組織のトップに立った人は、そんなプレッシャーの中に
どっぷりなのかも知れないが、そうじゃなくても「後輩」が出来れば、
「伝え方」を考えなくてはならない。
「自分もそうだった」って言うエピソードを語る中で、
始めから出来たわけではなかった自分を思い出したり、
どうすれば、相手が「やる気」を出すのかを工夫したり。
そんな中でもう少しだけ、成長出来るのかも知れない。
そこには、「正当論」だけじゃない、何かが必要だったりする。
「結果、オーライだね」
例え、その間にちょっと解釈が違う事が含まれたりしたとしても、
相手がそれで癒された、前向きな気持ちになったという話を聞いて、
旦那様が答える。
「こんな時は、その解釈が正しい、間違いなんてどちらでもいいんだよ」
正当論は時に人を傷つける。
人は思っているより、敏感だからだ。
傷ついてないと思っている人ほど、傷が深い所まで達していたりする。
怪我しても、引っかき傷の方が感覚的に痛かったりするものね〜。
勿論、これが正しいときっぱり言い切る事がとても大切な場面もあると
思うけどね。
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