2010.09/30(Thu)

【だんな様は霊能力者】 会う 

表面上、「平等」になった・・・というか
「平等」になろうとしている世の中。

でも、本当の「平等」って簡単じゃありませんよね。

ポジションとしての上下って、なくそうとしても、
同じにすると、逆に変な事が起こるもの。

やっぱり、先生は生徒と同じではなく、
かと言って、絶対的な権威でもあるようでないし、
み~~んな同じにできれば、ある意味理想的。
きっと、平等は、どの部分を指しているかで
違ったりするのでしょうね。

内閣総理大臣に簡単に会えないのも、
県知事に簡単に会えないのも、
おおきな会社の社長に毎日、会うわけでもない。
でも、どこかでその人たちは、自分がいる社会を
動かしている人たちでもあるのは事実だったりしますしね。

すご~~く偉い、という表現には、
色んな語弊があるかも知れませんが、
まずは、「平等」とか「上下」という定義は置いておいて、
とにかく、自分より上の人に会うには???

現実的にそういう人と会うには?と考えると、
やっぱり、それなりの手順で、
それなりの目的を持って、
それなりの服装をして、
それなりの・・・の連続ですが、
やっぱり、やっぱり、それなりはありますよね。

「全く同じだよ~」とだんな様。

だから、お参りに行くのであれば、
限りなく、「そこの」やり方に、まずは
従うのが入り口かもしれませんね。

受付ではねられては、会うもなにも、
元も子もなくなってしまいますから。

お参りの手順は、「きまり」ともいえるし、
ある意味、礼儀かな?
なんて思ったりもします。

何しろ「思い」の世界のこと。
いつもは見られないですんでいる(と思い込んでいる)
自分の心の奥底なんて、お見通しだわ~ぐらい、
すっぱり思っておかないと、逆に慌ててしまうかも知れませんね。

という訳で、明日から、伊勢にお参りに行ってきます。

何だか、色んな事が起こりそうな感じもしますが、
それは、それで、またご報告することにしましょう。

行ってきます・・・。(←すでに、緊張状態・笑)

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2010.09/29(Wed)

【だんな様は霊能力者】 宿題 

今日は、私的には宿題の提出日。
いつ始めたかはっきり覚えていないのですが、
空手の師範に、
「スクワット前蹴り、9月中に100回できるようになります!」

あら~、言ってしまったのです!

で、もって、これはやらなきゃと始めたものの、
最初は20回ぐらいで、
足がいた~~~くて、死にそうになったり、
(大げさでなく・・・いや、今考えると大げさ)
息が苦しくて、やっぱり死にそになったり、
(大げさでなく・・・いや、そのときは本当にそう思ったのです)

これじゃあ、9月中に100回なんてとても無理だわ・・・と、
何度も思いました。

ま、続けるしかないとやっていると、
ふと、気が付くと、周りの何人かの人が、
スクワット前蹴り行に挑戦しているのを知り・・・。

いた~い・・・などど、大騒ぎしながら続ける私に、
「足の裏に気をとおしなさ~~い」

「息が切れるのは、無駄な力が上半身に入ってるから」

だんな様がアドバイスをしてくれるようになり、
スクワット前蹴りをやっている人が他にもいるからと、
勝手に仲間意識をもった私(笑)
「これは、伝えなきゃ!」と・・・
アドバイスをうけ、毎日終わる度に、ツイッターに書き込み・・・。
そして、ある日突然、50回終わったところで、ふと、
あれ?まだできる!と・・・。
その日に、何と100回できました。

ん?話しは飛ぶようですが、これって、
神様にお参りするのと似ているかも?
と、さっき思ってしまいました。

と言うのも、だんな様は、神様にはお願い事はしない、
宣言をするんだと言いますが、それってこんな感じかな?と。

まずは、『宣言』
そして、あれ~~無理かもと思いながらやっていると、
誰かが助けてくれる。
で、勝手に一緒に頑張っている人が出来た気になって、
ますます、「やめられないじゃない~」状態。

ふたたび、ん?
「じゃあ、宣言しなくても出来た可能性は?」

「あるね」

と、かる~~くだんな様が答えます(苦笑)

「神様や仏様は、一つ一つ願い事を聞いてるほど、
暇じゃないんだよね~」

ま、ね。
そりゃあ、そうだけど・・・。
でもね・・・せっかくお参りするなら・・・。
と、「神様に届く、お参りの仕方」
「神様にちゃんと会えるお参りの仕方」を
したいものですよね。

という訳で、観光で行くのと、お参りは、
「行こう」と思い立つときから、違いがあります。

さて、どうやれば、ちゃんと会えるように
お参りができるかは・・・また、明日!
(とはいえ、このブログの前半に答が半分書いてあるような・・・笑)


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2010.09/28(Tue)

【だんな様は霊能力者】 教え(1) 

教えてもらったとか、教えてもらってないとか。
そんな言葉、よく耳にします。

・・・ん?
いつの頃からか、この言葉、あまり自分では使わなくなったな~と。

「教え」ってなんだろ?とふと、思うことがあります。

「教えてもらっているから、わからない」(←習うほうからすると)
「教えがあっても聞く耳がない」(←教える方からすると)

まあ、この言葉を使う一番の場面は、
「教えてもらってないから・・・」といういいわけだったり(あはは)
(勿論、そんな「いいわけ」をする場面でなくても
出てくる表現だったりしますが)
で、教えている側からすれば、
「教えてもらうまで待っているようじゃ・・・」

ああ、この会話って本当に、色んな場面で繰り返されます(苦笑)

私はジャッジではないのですが、
敢えて、ジャッジすれば、この会話が交わされておしまい!
だったら、どちらに責任が?となると、「引き分け」かな?と(笑)

けれども、どちらに責任があると判断したところで、
あらら、何も変わってないじゃないですか!!!

何かが出来るようになる、
目標に近づく、
志を高くする、
言葉にすると「聖人」っぽいですが・・・
そうでなくても、逆にそのままで留まっていると、
いつの間にか、人って、「不満太郎」「不満花子」になっちゃうんですよね~。
(↑はたまた、勝手に私がなずけた、不満を言って終わり!という人々)

本気で教えてもらいたいと思う。

本気で教えたいと思う。

その間に起こる、不思議とも思える「空間」をいつも
目にしている私からすると、

学んでいるほうは、どんどん学びたくなり、
教えているほうは、どんどん教えたくなる。

つまりは、両方の力で成り立つ事なのでしょう。

教わるほうは、どこに教えがあるのか敏感に、
教えるほうは、どうやれば教えが伝わるか。
それがあれば、それこそ次元が違うとさえ言える
関係ができあがったりしますもの。

それに気が付いてからだ!
「教えてもらっていない」を言い訳にしないようにと
気を付けるようになったのは・・・と思い出しました。

あ、勿論、「これは教えましたかね?」と聞かれるときは、
すでに教える、教えてもらう関係が出来上がっているから
別です(笑)
教えてもらっていないことなら、
「教えてください!」と食いつきたいものです。

その瞬間から、どこにでも実は「教え」ってある・・・、
なんて、気が付いたりするのです・・・。

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2010.09/26(Sun)

【だんな様は霊能力者】 それと気が付かない 

お参りの仕方にも色んなお参りの仕方があります。

沢山のお寺や神社をめぐる旅。
パワースポット!をめぐるなんて、最近流行ってますが、
実際、本当にパワースポットで、何気にパワーをもらえば・・・
きっと、倒れます(爆笑)

つまりは、パワーの規模が違い過ぎたりします。
なので、感覚の鋭い方は、違う意味でご注意くださいませ(笑)

色んな神社やお寺にお参りしてもいいのですか?

こんな質問もだんな様にはよくありますが、
「いいですよ。ただし、観光で行ってくださいね」

つまりは、観光は、観光。
人で言えば、お会いしてご挨拶。
逆に、その場に行ったのに、挨拶しないで帰るほうが、
こう考えると、ちょっと・・・かも知れません。

ただし、とてもとても真剣なお願い事、
それから目的をもったお参りは、また別の機会にしてください。

そんな場合は、「行く」と決めた時から、
そして、無事に帰ってくるまで
(実は、その後も続いていたりするのですが)
ぜ~~~んぶが、そのプロセスだったりします。

そんなお参りを控えた人たちが、
「何か、行けなくなるような試練が来たりするのか」
なんて、構えていたりしますが、

はっきりとしたものがドンとおちてくる場合もあり、
それと気が付かず、小さなことを少しずつこなしていくようになっている場合もあり、
はたまた、行った後に、あら、そうだったのか・・・と、気が付く場合もあり。

それは、それは、カスタマイズされています。

本当に暫くたって、
この全体のプロセスを眺めてみて初めて、
「ああ、そういうことだったのか・・・」と分かる・・・
なんて事も、珍しくはありません。

現代って、何だかとっても合理的に出来ていて、
こうすれば→こうなる
みたいな公式で、知らないうちに縛られていたりします。

こんな「頭で考えて」行動する癖がついていると、
このプロセスの「わからなさ加減」が、
なんだか、落ち着かない気持ちにつながったりするものですよね。

「ああ、そうか!って分かるまでに30年かかったこともあるよ」
と、だんな様。

こうすれば→こうなる
なんて、短いスパンの公式だけでなく、
十年単位ぐらいの、いやそれ以上のスパンで、
「ああ、そうだったのか」って分かるってのも、
面白いかと思ったり。

そう考えると、いつの間にか、とても気が短くなってしまっているのでしょうか。

それにしても、皆さん、どちらかというと、
小さな、小さな、それと気が付かない「試験」。
結構、毎日繰り返されてる気がします。
(多分、自分もなのでしょうね・・・)

まるで、神様に「小試験」されてるみたいです・・・(涙)
(↑かつては、試験するほうだったのに・・・)

「念には念を入れてます!」と、これからお参りに行かれる方が言われましたけど、

確かに、気が抜けません!(爆笑)


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2010.09/25(Sat)

【だんな様は霊能力者】 お彼岸供養 

昨日(正確には昨日おととい)になるのでしょうね。
こちらで、秋の彼岸の供養会を行いました。

いや~、だんな様も書いていましたが、
何と言うか、ご~~っと言う音と共に、
色んなことが、起こっていた気がします。

う~ん、例えていえば、数千本のドキュメンタリー映画を
一時間あまりに同時に観たような・・・感じとでもいうのでしょうか?

よく、供養をしている先祖とそうでない先祖って、
どう違いますか?という質問もお受けします。

基本的に供養をしようとしまいと、血はつながっているのですから、
ずっと長い間に築かれてきた家風というものが、あるのは普通でしょう。
長く続いた家柄には、素晴らしい部分もあり、
それだけ苦労もあり、それは今ここで生きている人も
同じように受け取っているのでしょう。

供養が足りない・・・それをだんな様は、喉が渇いている、
お腹がすいているのと同じような感じだといいます。
「供養して、まずはまずはその渇きを癒すこと」

そんな供養の行き届いたご先祖の場合は、
供養をするにしても、そのタイミングまで待てる「余裕」がある・・・
って感じでしょうか。
整然と、水を飲む順番を待てるか、待てないか。
自分でも、すごく喉が渇いていれば、待ってる場合じゃない!
って、なりそうですから、その気持ちもわかります。

供養を繰り返しているご先祖は、きちんとその順番がくるまで、
その順番がきたら、ちゃんと順番どおりに水が飲めるように『待機』
でないと・・・バラバラになって待っていると、
いざ、その順番になっても、やっぱり飲める人がいたりいなかったり。

繰り返すことで、この「整然とした感じ」が、どんどんすっきりしてくる
・・・のでしょうね。

昨日のご供養は、整然さの違いもありましたが、
お出でになった数もかなりのものでした。

「人間ひとり、さかのぼると、どのくらいの先祖がいると思う?」

自分に二人の親がいたら、その親に親がいて、その親に親がいて・・・。
ああ、相当な人数になりますものね。

「全部と思ったら・・・一生かかる」

ん?
そう、血のつながった人を供養しながら、
一生かかかる供養をする。

それって、きっと、ずっとつながった血を意識して、
過去にあった「喉の渇き」に潤いを与えて、
固まった部分を溶かしながら・・・、
そして、自分の人生を生きる、
生きやすくするってことのなのかしら?
なんて思ったりします。

供養の終わった後の空気は、明らかに軽くなっていました。
それは、ご先祖様がきちんとお帰りになった証拠でもあり、
自分の心がそれだけほぐれた証拠でもあり。

時をさかのぼって、過去のトラブルやトラウマを解決する。
先祖だけでなく、供養する人も癒されるとだんな様は言います。
こんな風に思い出したりする機会を持つたびに、
ああ、色んな人が、色んな思いで、色んな時代を過ごし、
そして、今があるのね~と、ちょっとだけ、
自分の見える時間の「スパン」が広がった気持ちにもなるのです。

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2010.09/22(Wed)

【だんな様は霊能力者】 お彼岸 

お彼岸の中日は23日。
ココでもお彼岸の行事をやりますが、
自分の家の仏壇や祭壇、どうやったら良いですか?
そんな質問を良く受けます。

毎年、お彼岸の時期は、空気が重くなるのですが、
今年も例外ではなく、数日前からさらにその重さは、
身体にドンと来るほど、増している気がします。

ところでお彼岸というのは、仏教で言えば、
あの世のこと。
あの世にいる先祖を思い出して・・・という思想と
ダイレクトに結びついているのは日本だけですが、

それでも・・・春分、秋分というのは世界規模で
起こっているはずです。
昔は、もっと沢山の行事が世界中でこの日にあったのだろうな・・・
と、イギリスのストーンヘッジに行った時にふと思ったことを
思い出しました。

春分と、秋分、夏至と冬至。
今見ると、意味さえよく分からなく置かれている石の位置が
その時その時の太陽の登る位置とぴったりあっているというのですから。

こんな作り方をしている遺跡は、ストーンヘッジだけではありませんし。

お~~っと、話がそれてしまいましたが、
とにもかくにも、「この世」と「あの世」の接点のある日に、
先祖に思いを馳せましょうよという(他にも色々意味があるのでしょうが)

大切なのは、接点があっても、この世とあの世は
「違う」と言うことをちゃんと意識しておくことです。

ですから、仏壇には、「生きていた頃に好きだったから」と、
あまりにも「人間」だった頃のことを思い出させるようなものは
お供えしないほうが、よいそうです。
とはいえ、先祖には変わりはないのですから、
そこのところが難しい・・・のでしょうね。

基本的に、仏壇に供えるものは、
お花
お水

そして何よりのご馳走は、お線香

炊き立てのご飯
(湯気だけお召し上がりになりますから、湯気がさめたら下げて結構です)

季節の果物とかちょっとしたお菓子とか。

「仏壇に、その人がいるように思ってくださいね」と
だんな様は言います。

そう、もしもその人がそこにいたなら、
「おはようございます」と話しかけるように。
「おいしいものがあるでご一緒に」と家族として。

これが、この世とあの世(正確には人が行くあの世)の距離感。

微妙ですが、とっても大事な距離感でもあると思います。
誰かと付き合うのに、距離感が大切なのと、何の変わりもありません。

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2010.09/21(Tue)

【だんな様は霊能力者】 変わってない? 

今日は、頭が疲れています。
それは・・・子供と真剣に神経衰弱(トランプ)を
やったから・・・。

いや~。
記憶力のないこと、ないこと(涙)

その上、一緒に遊んでいた3人の子のうち、
下の二人は、かわいい双子ちゃん。
ゲームに熱中しすぎると、
どっちが、どっちかわからなくなるし、
その子のお姉ちゃんはお姉ちゃんで、
また、ちょっと違った感じがするし。

・・・双子でも、当たり前ですが、
違いってあるんですね~。

「何が好き?」という質問に

「オレンジジュース」と一人が答えると、
もう一人は、こ~~んな顔。
どうやら、嫌いらしく、
「アップルジュース」と、
同じような声で答えてました(笑)

一生懸命、子供と遊ぶときには、
一生懸命、自分が子供にならないと、
子供の気持ちは分からないのですが、
いや~神経衰弱をしながらの、この観察、
なかなか、きびっしいものでした(あはは)

この後、買いものに出かけたのですが、
出かけた先で乗ったエレベータ。
上下のボタンの前に立ってたのは、私だったのに、
それを押すのを忘れて、暫く、エレベーターは
密室状態になっておりました(あはは)

乗っていた子供が、代わりに、
うぃーーんとか、暫く、エレベーターが動く音を
演出してくれていたのですが(苦笑)

「大人のまま、子供と遊ぶと見えないから」
と、だんな様も言いますが、
何歳になっても、自分の中には3歳の時の自分や
10歳の時の自分がしっかり残っているそうで。

「うん、そう思うわ」と、時々、子供みたいに目を輝かせている
だんな様を思い出して言うと、

「君こそ」と、お返しが・・・(苦笑)

そういえば、教師の頃も「先生って、子供みたい」と
言われていたことを思い出しました。
「いや、だからこそ、負けるわけにはいかん!」と
意地になって、真剣勝負していたことを思い出します。

あ、その頃からも変わってない・・・私・・・。

って、ことは、やっぱり3歳の頃の私って、
多分、私の中にもあるのでしょうね。

自分ではこういうエピソードって、あんまり覚えてないのですが、
妹が、「いじめられて帰ってくると、誰からいじめられたの?」
と、仕返しに行ってくれたのよね~と、私のことを話します。

・・・覚えてない・・・。

でも、今でもやるかも・・・(汗)

やっぱり、変わってない・・・というか、
人生、「足し算」ってことにしておきます!

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2010.09/20(Mon)

【だんな様は霊能力者】 あの世でCM? 

八月のお盆と、九月のお彼岸。
結構、間がありません。

なので、しっかり、八月に「さようなら」をして、
「またおいでください」と区切りを付けないと、
そのまま・・・お彼岸まで終わってから・・・
なんて考える人?がいても不思議はありません。
(いや、不思議に思う人もいるかも・笑)

そもそも、あの世とこの世が別れているのは、
単純、「違うから」
なので、一緒にごちゃ混ぜになると、
お互い、良いことはありませんよね。
勿論、敢えてこの世に残って仕事をしている人?も
いらっしゃいますが、それは役割があってのこと。
ですから、こうした人は、その当たりうろうろって事も
基本的にはありません。

さて、今回のお盆にしっかりお帰りいただいた
ご先祖様も、お彼岸に備えて、そろそろお出かけに
なられているようで、またまた空気が重くなって来ました。

・・・と言っても、今回のお彼岸は、スポット的な
感じがしています。
何だか、はっきりとした、「○○家」という形で
ご相談にこられる方が多い気がしています。

「まるで、あの世で口コミしてるみたい」

「そうじゃない?」
と、平気な顔で答えるだんな様(爆笑)

「まあ、あの世の口コミはスピードも早いでしょうしね~」

この間、全く別々のルートからいらっしゃった方の
ご出身が、全く同じ県の同じような場所だったときには、
さすがに、「う~~ん、やっぱり、口コミか・・・」
と、思わずにはいられませんでしたけど(笑)

かくいう私も、先日、自分の先祖からメッセージをいただき
・・・って具体的じゃないんですけど、なんだか、
色々、そわそわした感じがあって、たどってみました。

「ある程度、終わったつもりだったんだけど・・・」
と言う私。

「そう、だからその先」

「・・・」

あら、考えて見れば、私がここにいるってことは、
ずっと、ずっと、ず~~~っと、先祖をさかのぼれるって
そんなことでもあるわけで。
簡単に終わるわけがありませんでした(反省)

こうして辿る間には、え~~~ってこともあり、
そんな~~~ってこともあり、
ありがたいって思うこともあり。

まあ、それこそ色々ですが、こうしてさかのぼることが
できるって、面白くも幸せかも?
(・・・って言うほど、余裕がないぐらいの時も多いのですが・・・)

宗教とかそんなことじゃなくても、
自分がいる事実の確認的な視点で、
この作業、一度や二度はやってみると、
結構、発見があるかも知れません。

お彼岸って、そんなルートが見えやすかったりしますしね。

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2010.09/19(Sun)

【だんな様は霊能力者】理想像 

理想が高いとか、高くないとか。

あんまり意識はしないものですが、
結構、知らない間に「高く」なるのが一般的のようです(笑)
・・・特に、他人に対して(爆笑)

いや~、私はそんなことはない!と思っていても、
知らない間に、結構、期待しているものだと実感。

「もう!どうして?」
「何をやってるんだか・・・」
と、色々妹に対してコメントをする私にだんな様が、
「理想高いね。期待しすぎてない?」と。

ん?そんなつもりは全くなかったはずだったのですが、
結果的には、そうなのかも知れませんね。
自分の思い通りに、相手を動かしたい。
そんな気持ちはさらさらなくても、
いつのまにか、「こうすればいいのに」
「ああすればいいのに」となるとこれは・・・

「理想論の押し付け」(爆笑)

自分だって、多分、誰かから、そう思われ、
色々、自分の都合もあって、その理想には、
はなはだ及ばず(あはは)

みんなの理想に合わせすぎて・・・とか、
それが大きすぎて・・・とか、
ってので、嫌な思いや辛い思いなんてのも
一杯してきているはずなのに、
まあ、立場が変わるとそんなことは
すっかり吹っ飛んでしまいます。

まあ、一つは職業病みたいな部分もあり、
(ちょっといい訳っぽいな・・・)
生徒や自分が育てようと思う相手に対して、
「期待」したり、
「理想像」を持たないと・・・
ま、やってられない部分もあったりします。
「いつかは、そうなる・・・」と
信じて、言い続ける、伝え続ける・・・みたいな。

勿論、この理想と、現実のギャップ。
ある場面では、不満や不信を引き起こすこともありますし、

ある場面では、逆に努力の種にもなったりするのですから、

これも、「理想像」があるか、ないか、
それを持つのが、正しいか、正しくないかではなくて、
どんな風に、相手を思って、それを持つかって
話なのかも知れません。

誰かがあなたに対して持つ理想像にも、
あるときは、重く感じ、
あるときは、それに応えて頑張ろうとする。

そんな自分の心を忘れないで、誰かに期待し続けるって、
敢えて、あって良いと思うのです。

「いや、諦めないでいいつづけよ~っと」
と、言う私に、

「かなり、理想が高いね」と笑いながらだんな様。

「確かに・・・」

今度は、ちょっと自分の理想の高さが、
自分で認識できた気がします。

あ、そういえば、今日、護身法をお教えしている中で
出てきた言葉。

「仏様、目線で自分を見てみましょう・・・」

仏様から自分がどう見えるかって話ですが、
そのときは、「大きさ」の話をしていたのです。
けど、この「理想像」って点から考えると・・・
あらら、もっと小さくなりそうです(笑)

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2010.09/18(Sat)

【だんな様は霊能力者】 見られてる 

ブログでだんな様が何かを書くと、
読んだ人が、「自分のことだ!」と思うらしいです(爆笑)

それも一人や二人ではなく・・・。

一日に一回といわず、「見られている・・・」と
思うそうです、そんな人達(爆笑2)

確かに、一度会った人とは、パイプがつながっているらしく、
「何かあったら、それはわかるけどね・・・」と
だんな様。

でも、「見られている」という感覚って、とっても大事だと思うのです。

「人は誰でも弱いからね・・・。
このくらいって誰でも思うさ」

で、見られているのは、実際、
「見られていない・・・」
「見られたくない・・・」
「見られているはずがない・・・」
って言う部分だったりします。

いや~、この感覚って、いつもの話で恐縮ですが、
教師時代にバンバン、鍛えましたね(あはは)

不思議と一目見れば、わかるのです。
テストをするのにちゃんとやってきたか、こなかったか。
宿題をやってきたか、こなかったか。
毎回のようにテストをしていると、
その字だけで、どのくらい自信があって書いているのか。
不思議と伝わってくるんですよね~。

「見られている」という感覚は、
自分より上から誰かが、自分をちゃんと見つめてくれている
そんな自分を律する一つの視点だったりするのでしょう。

そして、それに対して、自分がどうだったかって、
例え誰も知らなくても、自分が知ってますからね。

面接をしていても、ん?と気になることがあると、
そこで質問を切り返すだんな様。
「どうして、そこってわかるんですか?とか聞かれるんだけどね・・・」

と、この部分に関しては、かなり本能的反応らしいです(恐るべし!)

けど、嘘をついている子供の言葉って、
ほら、あれ?って思うじゃないですか。
(↑これも、私的にかなり訓練しました・笑)

さて、問題は、「見られている」と思った時の自分の反応。

「そんなはずはない」とスルーするのか、

「やっぱり、見られていたのね」と、受け止めるか。

実は、ココの部分、それこそかなり本能的なので、
それを見抜かれるのは、この上なく恐怖につながります(あはは)

という訳で、だんな様が恐い!という理由の半分は・・・

だんな様にあるわけではないのよね~。
と、持ち上げても、何も出てきませんけどね(笑)

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2010.09/17(Fri)

【だんな様は霊能力者】 もしも・・・ 

昨日、ココでの伝授でみんなと話をしていたのですが、
その中で、もしも世の中で天才と言われる人が
自分の周りにいたなら・・・なんてことが話題になりました(笑)

「もしも、アインシュタインがお父さんだったら」

「もしも、ゴッホが息子だったら」

「もしも、マザーテレサが妹だったら」

とか、想像してみます・・・

「やだね・・・・」と、だんな様。
(↑私も・・・ちょっとご遠慮申し上げたい・・・)

いや、みんなすごい人だとは思いますし、
確かに尊敬はします。

けれども、天才もふるさとも
「遠くにありて思うもの」かも知れませんね。

人は、誰かを見る時に、どうしてもある人の一つの側面だけに
とらわれてしまうのでしょうね。
だから、一つのことで、「信じられる人」と思い、
今度は、「信じていたのに裏切られた」と思ってしまう。

いや、これまたもし、私が「信じてたのに・・・」と
思われる立場だったと想像。
信じていただくのは、大変ありがたいのですが、
その信じてもらっている私って・・・あの・・・
と、思ってしまうかもしれません。
で、もって、「裏切られた!」となった日には、
「あ、そうですか・・・」としか言えないかも(苦笑)

何も、人を信じるなとか言っているのではありません。
そうではなくて、人には色んな側面があるし、
もしも、自分の意にそぐわないことがあったとして、
その人には、その人の都合ってあるだろうなと・・・。

そんな人との距離感が、物事を複雑にしすぎないですむ
コツかも知れません。

とはいえ、まあ、家族となるとそんな距離感なんて、
測っている場合じゃないってこともありますので、
そこで、「やっぱり、勘弁して~」って感じかも。

「何かを犠牲にしなければ、天才は生まれないからね。
ある意味、偏執狂かも・・・」

まあ、これも考えてみれば、当たり前のこと。
普通の人は普通のことが出来き、
普通じゃない人は、やっぱり普通じゃない。

もしも、普通じゃないことをやろうと思うのなら、
ここは、覚悟するしかなさそうですね(爆笑)

「普通じゃなくて、何が悪い!」ぐらいの・・・。
(↑だんな様の口癖)
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2010.09/15(Wed)

【だんな様は霊能力者】 自分のこと 

ずっと、ずっと、疑問には思っていても、
自分を見つめるチャンスが、
訪れる人と、そうでない人といるのかも知れない・・・
ふと、そう思いました。

突然のようにふりかって来る問題の多きさや種類は、
それこそ様々なんですけど、
ま、そう考えると、変わるチャンスは訪れているのに、
「ま、いいか」とスルーしたり、
見ないふりしたり、
実際、それほど、大きな問題がおこらないまま、
ずっと過ごせたり・・・。
(↑一般的は、運のいい人に見えたりするんでしょうけどね~)

でもね、必ずその内いくつかは、またやってくるんですよね。

そして、その内いくつかは、
年齢を理由にするのは、基本的に大嫌いな私でも、
今からじゃ・・・・無理・・・・。
と、その乗り越え方をリベンジ的に考えると、
到底無理なものも含まれるでしょう。

いや、それでも、リベンジ!と頑張るならば、
きっと次の何かが見えてきたりもする可能性はあり!

一番、危険とも思えるのは、
あのときこうしていればと、
誰かがこうしてくれればよかったのにとか
いつまでも「過去」に生きて自分の時間を止めてしまうことかなと。

それとも、それを誰かに投影して、
頑張れ、頑張れと、その誰かの向こうに
自分のリベンジが第一になったりすると・・・(涙)

「チャンスって、文字通りチャンスだけど・・・
その反対ってこともあるのね」と、私。

「そうなると、傷がどんどん深くなることもあるしね」
と、だんな様。

言語学の授業を受けていたときに、
「人は、文法的に正しい文を作れるか作れないか、
判断できない時点で、『危険を冒して』話し始めるのです」
ってのが、あったな~と思い出しました。

それどころか、「生まれてくる」って、
チャンスも一杯なら、
危険も一杯なんですね(苦笑)

もっとも、それをチャンスにするか、危険なことにするのかは、
すべて、すべて、自分次第なんですけどね。
(↑って、言うほど簡単じゃない!苦笑)

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2010.09/14(Tue)

【だんな様は霊能力者】 時間 

「幸せって、何かが起こらないことじゃなくて、

学ぶべきことが起こること、

それと気づける事」

一段落ついて、ふと振り返ってみると、
自分に起こった色んな出来事は、
そのとき、プラスに思えたことも
そのとき、なんで~!としか思えなかったことも、
時間とともに意味が変わって行くものです。

・・・というか、変わっていけたらいいですね。

いつまで経っても、何年経っても、
小学校の時、ああしてれば・・・
中学校の時、あの先生でなければ・・・
高校の時、もう少し頑張っていれば・・・
大学で、もう少し遊んでいれば・・・

まあ、後悔にも色々ありますが、
自分の時が進んでいるかどうかは、
いわゆる、世の中の「時間の流れ」とは
どうやら別のところにあるようで(苦笑)

乗り越えられていない問題の部分って、
あら、そこだけ時間が止まってる・・・
と、自分でそう思います。

逆に、「ああ、あの悔しさがあったから・・・」
自分の時間がちゃんと進んでいれば、
それは全て「過去」のことにしてしまえたりするのかも知れません。

そんな、無理!
と思っていても、知らない間に乗り越えて忘れていたり、

そんなことあったっけ?
と思っていても、封じ込めて忘れているつもりだけだったり。

結構、人って自分自身もごまかして生きてます。
ま、それも人の特徴と言えば特徴なんですが、
これで苦しむのは、自分だったりしますし(苦笑)

ああ、ごまかしてたんだ・・・
って言うのも、自分の時間を進めるための一つの気づきかも。

進められない部分を無理やり進めるってのも、
これまたちょっと違ったりします。
心はナイーブなので、「全面対決」することで、
傷が余計に深くなることも少なくありません。

「人は人でしか癒されない」
とだんな様がよく言っている言葉ですが、

この封じ込めたものを、優しく優しく埋めるには、
どうやら、他の人の力が必要だったりする場合も
あるのでしょうね。

自分の時間の進め方は、それこそあなた次第。

新しいことや新しい人にあって、
色んな経験をし続けていれば、
自然に自分の時間もきちんと進んでいくのかな?
なんて思ったりもします。

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2010.09/13(Mon)

【だんな様は霊能力者】 守る 

あなたの過去世は・・・とか、
あなたの前世は・・・とか。

信じている人も、いない人も。
そんな記憶に悩まされる人も、
すっきり忘れて生きているつもりの人も。

結構、そんな表現、ふつ~~に使っていたりしますよね。

究極、前世があるか、ないか・・・
そんな論議をするよりも、
「もしも、前世があったなら・・・」という視点で
今日は書いてみましょう。

昨日のお話は、自分の中に眠っている先祖から伝わってきたもの。
(↑多分、身体の中にあるっぽい)

そして、今日は自分の心の奥にある自分の魂の歴史というと
ちょっと格好良すぎですが、
(↑多分、場所は確定できない)

で、例えば何度か生まれ変わってこの世に出てきたとして、
さて、どうかな?と考えると・・・
多分ですが、あんまり変わらない(苦笑)

実際、そんな記憶を持った人達と、そんな話をすると、
「ああ、なるほどね」
と、腑に落ちる感覚があります。

「馬鹿は、死んでも馬鹿」
と、これをだんな様が口にするとこういう表現になったりします(爆笑)

つまりは、何度生まれ変わっても、基本的な性格や行動は・・・
魂からすると変わらないのですね。

とすれば、同じ今の人間のまま、違う価値観の世界に
何度か生まれ変わっているってことになるわけで。

あるときは、生まれてみたら、
一生懸命、火をおこしている時代だったとか
あるとき、生まれてみたら、
えーーい、ってお互い争いが絶えなかった時代とか
あるときは、の~~んびりした時間が流れている時代だったとか。

この繰り返しを、
繰り返すしかないから・・・と生きるのか。
え!また繰り返してる・・・と生きるのか。
って、基本的には本人の自由です(きっぱり)

昨日の遺伝子もそうですし、
今日の魂もそうですが、
一番、基本にあるのは、多分「自分を守ろう」とする本能だったりするのかなと。

で、守って、守って、守って、
多分、生き残るんだけど、それで生まれ変わって・・・。
あ~、そんな先のことまで考えている余裕なんてない!
とか言われそうですが・・・。

逆に、同じことを繰り返さない人は、
先のことを考えている余裕がないどころか、
今、起こっていることを色んな意味で、
「絶対に、忘れない」
「絶対に、繰り返さない」
「絶対に、ここから立ち上がってみせる」
みたいな、ぎりぎりの気持ちをもっているのかも知れないな・・・と
思ったりもします。

つまりは、同じ「守る」でも
守り方や
守る範囲の
が違ってるのかな?と観察中。

暫く前、ちょっと不得意なことが出てきたときに、
「これ、来世にとっておきましょうか?」ってのが流行りましたけど、
多分、ココでクリアーできないものは、
きっと、次も無理かも知れないな・・・と思ったりもします。
何を守ろうとして、繰越してるのかしら?
と、ふと、思ったらなんだかふと、繰り越そうとした自分が
笑えてしまいました。

「あ、これって多分、前世でも繰り越したかも(苦笑)」
いや~、自分の姿、スパンを変えて、
ちょっと違う視点から見てみるのも、
確かに、気がつくこともあるかも知れません。

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2010.09/12(Sun)

【だんな様は霊能力者】 遺伝子 

アカシックレコードの一部といえば、一部ですが、
もしも、自分の中にある遺伝子が知っていること、
ぜ~~~んぶ、呼び覚ますことが出来たら?


すごくありません?

どっちの意味で?

どっちもです!(笑)

アカシックレコードの情報が膨大すぎて、
手に負えないなら、このくらいならどうにか・・・
とか、考えてみたりします(あはは)

もしも、自分の先祖が一生かけて経験し、
一生懸命生きて、学んだことが、
まるで自分がやったことのように思い出せたら?
遺伝子にこの情報が書き込まれているとすれば、
できるかも?とか。

自分がここに居るってことが何よりの証拠で、
きっと、きっと、すごい人数の人の遺伝子を
受け継いでいるわけで、
その知識が
「すべて、あなたのものに!」
(ああ、何だかちょっと、違う方向のCMっぽくなってしまいました・笑)

いや、待てよ。
必ずしも、ハッピーなことばかりじゃなかったはず。
というより、ハッピーな経験って、
そもそも遺伝子に書き込まれにくい気が・・・。

幸せだったことより、辛かったこととか、
苦しいこととかの方が、心に長く残るものだし・・・。

何と言っても、「危険」を察知するのが、一番のプライオリティーを
持ってたりするのかしら?
・・・なんて、「遺伝子」に何が、どう書き込まれるかという
生物学者の本を翻訳しながら、考えたりします。

「知ってるはずだよ」
と、だんな様から言われて、
「あら、ほんと!」

ふっと、ちょっとだけ謎が解けた気がします。
初めてなのに、初めてじゃない感覚の元。
それは、私の先祖が経験したある感覚なのかも知れません。

まあ、ものによっては、自分自身のむか~~しの
感覚だったりもするのですが(これについては明日書きましょう)

ともあれ、遺伝子に書き込まれるプラスとマイナスな経験。
まるで「因縁」と同じ意味で使われたりするから、
やっぱり、マイナスのことの方が、しっかり刻まれてるのかしら?

などと、色々考えている割には、
まあ、なんと無意識にこのプラスとマイナス、
普通はコントロールするどころか、
振り回されて、終わり!
って場合が殆どかも知れませんね。

昨日の、OSとこの意味では同じかも。

OSのバージョンアップのためにも、

今を生きてる?
と、なれば、吸収、吸収

勿論、プラスもマイナスも両方とも。
マイナスだって、振り回されているだけだから、
まるで「被害者」のような気持ちになるのですから。
(というほど、この影響を乗り越えるのは
簡単ではありませんけど・・・)

え、じゃあどうすれば?って。
やっぱり、

「今を楽しく生きるしかない」

というシンプルな答に戻るのだと思います。

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2010.09/11(Sat)

【だんな様は霊能力者】 霊能者のOS 

「突然のように思えるかも知れないけど、そうじゃないんだ」
と、だんな様。

私的には、今でも、突然な発言や、突然に見える行動に
え!っと驚かされることは、日常茶飯事(苦笑)

そんな感覚を持った人が、このあたりには沢山居るわけで・・・。

「は?」ってことは、いつも起こります。
で、頭の中で、こうで、こうで、とつなげて
理解して置きたいところですが、これまた
飛び方がふつ~~~じゃない!

と、まるで他人事のようにいってますが、
実は私も気を付けてはいても、時々気を許すと、
「これがこうで」と、何の前置きもないまま口にし、
「これって、何?
 こうって、何が?」
と、突っ込まれる始末(苦笑)

という訳で、我が家のルール。
「話は飛ばして良し!
ただし、飛ばす前に、ぴょ~~んと言うこと」
(↑私が勝手に作ったルールなので、誰も守ってませんが・笑)

頭の中で一人で考えごとをしているのに、
周りに居る人もまるで同じことを考えてるように
言葉を選んでしまう・・・。
で、周りはちんぷんかんぷん?????

しか~~し、本人的には、気になって仕方のないことな訳で。
その話のスピードに、「何で追いてこれないのよ!」と
まるで逆切れ(爆笑)

「そりゃあ、無理でしょ~~」と思うんですけどね(笑)

実は、結構、いつもこんな状態の人の頭の中には、
色んなことがぐるぐる回っていることが多くて、
考え事をするのに、その題材は、好きなだけ集めて、
悩む、考える、悩む、考える、を繰り返してます。

いつもこんな状態だと、人ってエコノマイズするらしく、
この思考は脳の中の「OS」担当。
つまりは、意識していないことが多いのです。

まあ、悩み事をするのに、
「さて、考えるか」なんて人もそんなに居ないとは思いますけど(苦笑)

この自動的とも言える活躍を見せる霊能力者のOS。
人から見ると、「え!何でそんなことがわかるの?」
なんて驚きになったりするのですが、
本人からすると、どうして分かるのかは、分からない・・・。

その上、OSですから、それなりのプロセスを踏まないと、
意識ができないで、勝手に暴走、勝手にスタック。

とにかく、前置きなど何もなく、色んなことが始まります(あはは)

まあ、このOSとやら、自覚するのはなかなか大変なようで。
とはいえ、そんなに自覚していない人でも、
誰でも、このOSの部分ってあるんですけど、
「完全に、封鎖されてる・・・」らしいです。

最近、このOSがスタック気味だった妹。
「ちゃんと、ひらきなさ~~い」って言ったら、

「今日、砂利を見て、幸せって思ったのよ」
・・・って・・・・言われても・・・・。

OS暴走したら、暴走したなりの、
スタックしたら、スタックしたなりの弊害とはあるものだと(爆笑)

ま、少なくとも、どうせ暴走したり、スタックするにしても、
ちゃんと時にはメンテナンスして、バージョンアップだけは・・・

おねがいしま~~す。
と、言っておきましょう!(←心当たりのある方、全員へ)

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2010.09/10(Fri)

【だんな様は霊能力者】 アカシックレコードとか 

アカシックレコード
「宇宙や人類の過去から未来までの歴史全てがデータバンク的に記されているという
一種の記録がどこかにあるらしい・・・」
なんて聞くと、あらま、行ってみたいわ!
なんて、10人が10人言いそうです。

「はい、ここです。
ここがアカシックレコードです。
後は、ご自由に・・・」

「・・・」
多分、私、何を聞いたらいいか、何から始めたら良いのか・・・
ぐるぐる考えている間に「はい、時間切れ!」になりそうです(爆笑)

学校の図書館で調べモノをするだけで、
目的の本を探すって大変・・・とか思っているようでは、
アカシックレコードなんて、
自分で言いたくないけど、
ブタに真珠・・・(涙)

国会図書館に行っても同じ。
「どの本が必要ですか?」

「こんな事知りたいんですけど・・・」
(って、国会図書館のしくみは良く知らないんですが、
出版された本は、殆ど全部あるらしいです・・・)

「じゃあ、この当たりですね・・・」

・・・と見ると、そこには学校の図書館の何倍もの本が。

お目当てのものを調べるのに、まあ、一冊ずつ手にとって・・・
とかやってたら、どれぐらい時間があっても足りません!

「すぐれた人と言うのは、知識があるというよりも、
どこに行けば、誰に聞けば、問題が解決するかを知っている人」
と、だんな様は言います。

おっと、まずは、一番大事なのは、
すぐれた人が・・・知っている内容もですが、
「目的意識がある」ことだったりするんですよね。

「それもそうだけどね・・・本に全て書いてあると思うのがね・・・」
と、だんな様が苦笑します。

人生について知りたければ、
結局は、自分で「生きる」しかないし、

物理について知りたければ、
本に書いてあることが本当かどうか、
最後は、自分で「感じる」しかないし、

愛について知りたければ、
誰かを愛するしかない・・・

(あれ~、どこかの教科書みたいな匂いがしてきましたが)

という訳で、実は知りたいことの答は、
「本」にではなく、目の前にあるってこと、
少なくありません。

一つ、一つ確認しながら、目の前から学ぶ。

あ~、気が遠くなりそうですが、

はっきり言って、アカシックレコードや国会図書館の本を
片っ端から開いて行くより、ずっと早いかも知れません。

・・・もっとも、そんな莫大な量を目の前にしても、
一つひとつひもとく根性のある人は、
そんなところにわざわざ行かないかも・・・とか

ふと、思ってしまったのでした・・・(←いつもの妄想爆発!)

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2010.09/08(Wed)

【だんな様は霊能力者】 レベル 

レベルが違う・・・
この言葉に過剰反応するのは、私だけではな
と思いたいのですが(苦笑)
何しろ、偏差値教育の真っ只中で育った人なら、
多分、この、「レベル」って言葉には敏感。

言われて過剰反応する言葉って、いくつかありますが、
「レベルが違う」って、じゃあどうすればいいのよ!と
気の短い私のこと、思ってしまうわけで・・・。


数日前、ストレス一杯の知人からメールが来ました。
これが、ああで、あれが、ああで、
この人が、こう言って、でも私はこういい返して・・・。

真剣に解決する方法を・・・そのメールを読んでいて
ふと、
あれ?そうか・・・出すべき結論は、
どっちが正しいじゃない・・・
これがレベルが違うってことなんだ・・・と。

私が過剰反応する(笑)レベルが違うというのと、
あれ?これこそレベルが違うわ!と。

大体、こんなメールの場合、
「ねぇ、私の方が正しいと思わない?」
なんてことだったりします。
だけど、「うん、その人ひどいね」と私が言い、
例え、彼女が、他の人も私が正しいと言っているわ!
なんて言ってみたところで、
相手にしてみれば、「それで?」「だから?」って話だわと。

相手にしてみれば、自分の意見が正しいと思っているわけで。
それを第三者がどう思うかなんて、あんまり足しになりませんものね。
まあ、多数決で何かを決めるとか、会社の上下関係がある中とか
選挙だったら話は違いますが、
友達同士、夫婦、身内のぶつかり合い。
そんなものは、誰が正しかろうが、どうであろうが、
みんなが気が済む「着地点」を見つける、
そんな「レベル」の解決策が必要だったりします。

相談される側も、レフリーではないのですから、
「どっちが、正しい・・・」なんて考えるより、
どうやれば、事が少しでも違う展開になって、
前に進むか、そんな視点で見ないと、
「レベル」の違う解決策は思い浮かびませんもの。

人って、「正しい、間違い」じゃなくて、
結構、「私の意見や存在が認められているかどうか」
そんなところで、ものを考えているんだな~と。

それこそレベルの違う人間は、

「あの人はレベルが低いから」とか、諦めたりしないでしょう。

自分の価値観を相手に押し付けて、
「あなたが正しゅうございました」と言わせる解決策では、
ある意味レベルが同じ。
繰り返しますが、この解決策しかないときも
場合によってはあると思いますけど。

とはいえ、その真っ只中にいるとそんな思考しか
出来なくなったりするのも人間。

「まずはパニック状態になっている頭、
どうにかして止めないとね・・・」とだんな様。

文明の進み方をエネルギーをどうやって手に入れているかで
レベルわけして、表すというのを読んだことがあります。

ある文明では、目の前にある限りある資源を争って手に入れようとする。

ある文明では、地球にある資源をどうリサイクルしようかと考える。

ある文明では、地球に届いているエネルギーをどう効率的に
使えるエネルギーにするかを考える。

そして、ある文明では、地球の外に出て、太陽からできるだけ効率よく
エネルギーを地球に供給する。

そして、それを宇宙のどこからでも地球に供給できるようにと考える。

なるほど、一つのレベルと、もう一つのレベルには、
考え方はわずかでも、
そのレベルにとらわれていると、
次のレベルは見えないな・・・

なんて思って読みました。
レベルが違うという言葉に過剰反応しているぐらいでは、
まだ、まだのようです・・・


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2010.09/07(Tue)

【だんな様は霊能力者】 被り爆発の日々 

最近、どこに出かけても、以前より明らかに被るのです。

「どうしてだろう・・・」

こんな疑問は、あと~~~になって、
あ、こういうことだったのね~と納得することが多いです。

なんとな~~く、気になることがあって、
どうしてだろう?と思う。
すぐに答がありそうな、なさそうな。

その間に、色々な仮説を立ててみます。

暑さのせいで、みんな性根が隠せなくなっている・・・
とはだんな様の弁。(仮説1)

と、もう一つは、
「社会が不安定だから、人の心が穏やかじゃないって感じがする」(仮説2)

お盆と秋の彼岸、面倒くさいから、帰らないで、
うろうろしている人(というか・・・笑)が多い。(仮説3)

暑さのせいで、性根が溶け出した・・そんなわけない?(仮説4)

いつかブログに書いたと思いますが、
やっぱり色んなことで困ることが多くて、
ご先祖様お願い!と頼む人が多い(仮説5)

と、色々仮説を立ててみますが、どれも正しそうで、
どれもこれが答って感じがしない・・・
そんなときは、立てた仮説が間違っているのではなくて、
「何かが足りない」ことの方が多いです。

「被り爆発」だけでなく、色んなトラブルや病気。
「原因はこれだ!」と言いたいところですが、
やっぱり、複合的に起こっていることが多く、
それが、「シンクロ」した時に激しい症状として
表面に現れて・・・あ、と気がつく・・・
みたいなパターンが、圧倒的に多い気がしています。

問題→原因探し→そして、解決。
こ~~んなにシンプルだったら、よいのですが、
あ~~そういうことね、と腑に落ちるほどのことは、
やっぱりある程度の期間、じっくり、じっくり、観察。
気になる点を、こんな風に仮説にして、
頭のどこかに浮かべておくと・・・

それが、ちゃ~~んとジズゾーパズルのように
互いに「はまって」、ストンと目の前に落ちてくる。

この瞬間の、何と言うか、気持ちのよさと言うか、
なるほど感というのは、難しい問題を解いたときと同じ感じがします(笑)

いや~、問題ですから、答がすぐに見つかれば、
それでもう考えなくてよし!としたいところですが、
複雑に見える問題ほど、答が見つからない問題ほど、
実は、とってもシンプルなことだったりすることもあります。

さて、さて、被り爆発の毎日。
それに振り回されている人達からも、また「被りのもとが・・・」
と、思っていたら、自分の後ろからも溶け出したものが・・・(苦笑)

なんてならないように、気を付けてはいるのですが、
これまた、これだけ連続して被るとなかなか・・・。
フラットな状態に、一日一度、きちんと戻す。

そんな基本に集中するしかない!って感じです(苦笑)

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2010.09/06(Mon)

【だんな様は霊能力者】哲学 

宗教という言葉を聞くと、どこか拒否感がある・・・
そんな人も少なくはないでしょう。

「聖ント お兄さん」の中の主人公、キリストと仏陀が、
自分たちが始めた、いまや宗教と呼ばれるようになったものを見て、
なんと言うかしら?なんて想像してみます。

「え?こんなこと言ったっけ?」

「あれ、途中で切れてるし」

あら、まるでテレビのインタビューの場面のように、
誰かの都合で見事に編集されてる!って思うかもと。

いや、「聖ント お兄さん」じゃなくて、
本物だったら、なおさら、「え~、そこじゃなくて~」と思い、
「ま、本人たちが過ちに気がつくまで、見守ろう」ぐらいかなと(苦笑)

歴史を振り返ってみると、確かにある意味、その時代の
「検定教科書」のような役割を果たしてきた部分も、
経典にはあるのでしょうね。

だから仏教と言うと、これまた宗教の匂いがすると思い込んでいる人も
居るかもしれませんが、
「宗教ではなく、哲学として、少しだけ学んでくださいね」
と、だんな様がアドバイス。

そこでお勧めしたのが、
「ブッダとシッタカブッタ」
ブッタとシッタカブッタ〈1〉こたえはボクにあるブッタとシッタカブッタ〈1〉こたえはボクにある
(2003/05)
小泉 吉宏

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シリーズものなので、これは三巻まで。
他にも数種類、全て揃えています。
と言っても、こうやって人に薦めている間に、
いつも誰かのところに行ってしまうので、
この前、再び、全て揃えました(笑)

主人公のシッタカブッタがブタのブッタと話をしたり、
いろんな経験をするなかで、自分を知っていくという
お話です。

実家にも「読んでみて」と送ったのに、
気がつくと、その本はすべてロンドンの妹のところに(あはは)
この前、ちょっとしたことで落ち込んでいたのですが、
まあ、相変わらずで、
「シッタカブッタ読んだら、立ち直ったから、もう大丈夫!」
ですって。
あ~心配して、損した!(笑)って感じですが、
人はやっぱり、最後は自分で立ち直るしかない、
そのメッセージは自分で受け取るしかないのですね。

そのメッセージが、四こまの漫画で素晴らしく描かれています。
アマゾンでは中身もちょっと見れますから、
是非覗いてみてください。

時々、私もページを開いては、絵で伝わることってこんなにあるんだ~
なんて、つらつら文字を書きつつ、文章の限界を感じたり
しないでもないですが、まあ、文字には文字の強さがあるわけでと
気をとりなおしています。

でも、特に素晴らしい!と思うのは、
「愛のシッタカブッタ」
愛のシッタカブッタ―あけると気持ちがラクになる本愛のシッタカブッタ―あけると気持ちがラクになる本
(2003/05)
小泉 吉宏

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「誰かを好きになったら、これを読みなさい」と、
教師時代、生徒にすすめていた本でもあります。

まあ、そんなに肩をはらずに、まずは表紙を開いてみてください。
宗教だとか、なんとか、すっかり忘れて、没頭すると思います。


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2010.09/05(Sun)

【だんな様は霊能力者】 つなぐ、つながる 

心に思っているだけといえば、「だけ」。
だけど、みんなで同じことを思うと、
何かが起こる可能性がある。
みんな「祈る」ことで世界は変えられる。

私が翻訳したフラクタルタイムの著者、グレッグブレーデンの
「祈りの法則」の中に書かれているのは、
そんな内容だったかと思います。

きっと、もっと小さな規模でもこんなことは起こっていて、
それがシンクロを引き起こして、会うはずのない人に、
偶然のようにある場所であったりするのでしょう。

そういえば、アメリカに留学した時、2ヶ月かけてLAからNYまで
バスで移動していたとき、シカゴの町で横断歩道を渡る日本人に
見覚えが・・・あ、同じ大学の人だ!
と、友達にあったことを思い出しました(笑)

ニュージーランドでワーホリ中の彼女にも同じようなことは
起こったらしく、あちこち移動してステイしているはずなのに、
ある人と、数ヶ月の間に3回も会ったとか。

今日も、そんなお話を一つ聞きました。

昨日のブログの続きではないですが、
シンクロは、起こるもの、ではなく、
やっぱり、起こすものだ~と、
改めて思った次第です。
というか、これ、是非、是非、特訓して得意技にしたいなと(笑)

必要な時に、必要な情報が入ってくる。
必要な時に、必要な人が現れる。

これって、ものすごく大事なことだと思うのです。
自分の世界をじっと見つめる時間も大事。
でも、結局は、人はひとりでは生きていけないし、
ひとりで生きているつもりでも、必ず誰かと関わっているはず。

「今日、食べたご飯だって、誰かがそこに運んでくれたわけだろ?」

ひとりで生きていけるようになりたいと言った子に
だんな様が言った言葉です。

安易に人に頼りすぎるのも・・・ですが、

「全く一人で生きていけるなんて現実的には不可能」と
言い切ります。

ならば、それをどうつなげて行けば、広げていけば良いのな?
なんて思うかも知れませんね。

・・・・・・・・・・・・・
意味のない、ドットの連続ですが、
これを自分の頭の中で「つなげれば」直線になるわけですから、
その時に、どこからか降ってきたように、
今までの、ドットの意味が分かったりして、
「ああ」と全てが腑に落ちたりするものです。

逆に、それまでは、どれもただの点でしかなかったりします。

「アンテナをオフにしてしまわないことだね」
と、つなげる、つながる作業に必要なことは?という私の
質問にだんな様が。

そのアンテナって、雑音も拾ってしまうんですけどね(苦笑)

ただ、何をアンテナで受け入れるか。
それをちゃんと意識していれば、それだけ雑音は排除できるかな?
と、思ったりします。

さあ、まずは意識してアンテナ立てて・・・
シンクロのひとつやふたつ。
すでに起こしているはずですから、
それを意識してみませんか?

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2010.09/04(Sat)

【だんな様は霊能力者】 シンクロって・・・ 

今まで、シンクロって、本当にある意味偶然に目の前で起こるのかな?
そんな感覚を持っていました(苦笑)

でもね・・・実際は、シンクロする場所、タイミングで
その本人がその地点に「動く」ことかも知れないと、
思い始めました。

NZでワーホリ中の彼女。
次の行動のプランを立てたのは良いのですが、
明らかに、「不安」から立てたもの。

出来ないかも知れないと思って立てるプランには、
いや~、これだけダイナミックさが失われるものだ~と、
改めて気づかされました(驚)

駄目出しをくらった彼女は、改めて
自分がどうしたいか、しっかり決心し、
再び、同じプランを練り直すと・・・。
どれも難しいと思えたものが、
どれも出来るように思え、実際できるようになって行くから
不思議、不思議。

そして、そのことを「行動」に移すときにも、
この不思議は、効力を発揮します。
いやはや、確かにありえないことが起こったりするんです。

NZに行って、そろそろ9ヶ月の彼女ですが、
旅行代理店に行って、完全にフリーのプランを練るのは、
至難の業のはず。
でも、絶対、行きたい!と思って、その代理店を訪れると、
そこには日本人の新人の社員が・・・(笑)
「おかげで、とても簡単に予約ができました!」と
報告を受けました(あはは)

その次に計画していた旅行もどうやらめどがついたらしく、
その上、来年に予定していたプランも、どうやら現実的に・・・

と、トントン拍子に進んでいます。

繰り返しますが、同じことが、不安でやろうとした時は、
ぜ~~~~んぶ、彼女には、特に不可能に思えたんですよ。

「いや、そうじゃなくって・・・」とアドバイスをしたことを、
しっかり、吸収して、即実行。
そして、即、結果が付いてくる・・・
ひとえに彼女の決心力(←迷いなく決める)
行動力(←そのための方法がないか、探しまくる)
なのかな・・・。

シンクロさえ、引き寄せている感のある出来事。
シンクロって
起こるんじゃなくて、
起しに行くのかも知れないと思った出来事でした。

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2010.09/03(Fri)

【だんな様は霊能力者】 試されていること(2) 

「え!これも、あれも、試されているかもしれない!!!」

急に自分の姿を目にすると、一瞬慌てたりします(苦笑)

その試されている姿を知っている人は、
本人の苦労や実力をどうにか発揮させたいとも思うでしょう。

で、逆に慌てて、どれもこれも、
「何やってんの!」となってしまうと、これってまさに逆効果。

試されているものの、採点方法についてお話しましょう(笑)
つまりは、誰がどういう視点で試しているのかって事でもありましょう。
まずは、試されている目をちゃんと信じる事かなと思ったりします。

これだけ、ここからここまで努力したんだから・・・
これだけ、必死でやってるんだから・・・

これは、試されるほうの都合でしかなかったりするのです。
試しに、自分の後輩とかを、採点してみれば、
よく分かります(爆笑)

本人が「これぐらい」とか「これだけ」と思っているのと、
採点する側が「これぐらいは・・・」と思っているのには、
必ずと言って良いほど、「ずれ」があるはず。

だからって、もっと、もっと、とせかされても・・・
なんて、慌てないでください。
慌てると、本末転倒なことが起こったりします。

そもそも、プロセスが試されているはず・・・
って話だったにも関わらず、

試されているのは、「出来たか」「出来ないか」
その結果ではなく、プロセスだということが
頭の中からすっかり消えてしまうものです。

あれ?って感じです。

確かに、試されているって感覚があって、
さて、何をすれば良いかなんて、いや~
これは、結構見えないものです。

だから、慌てると、目の前にちゃんとやるべき事があるのに、
他に探しに行ったりします。

この典型が、そう学生の頃にやった問題集。
出来るようになりたいと自分でやり始めた問題集。
最後まで行きつかないうちに、あ、こっちが、
いや、こっちが・・・とやっている間に、
何度も最初の数ページは解いて・・・後は・・・
(←経験済み・苦笑)

試されている目を意識するのは大事ですが、
その結果までコントロールしようとすると、
その目は、試している人の視点ではなくなってしまうんですね~。
自分の考える視点なんて、あらら、知れてます・・(トホホ)

自分より大きな何かが、いつもどこかで見ている。

このばくぜ~~~んとした、感じが一番、
試している人の目に近いかなと。
それを理解しようとした途端に、違うことが起こるかなと思います。

まあ、いづれにしても、そんな遠いところより、
その目は意識しつつ、目の前にあることを一つ一つやれば、
必ずどこかには届くだろうと信じる気持ちは大事ですよね!

これが人事を尽くして、天命を待つ・・・
なんて言葉の意味かな~なんて、はたまた壮大なところに
つなげてしまうのが、私ですが・・・(笑)

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2010.09/01(Wed)

【だんな様は霊能力者】 試されていること 

何でもそうですが、例えば試験を受けるとき、
試されているのはすばり、点数だと、
受けるほうは思ってしまいます。

だからこそ、ノウハウ本のようなものが出来たりするんでしょうけど・・・

試験をする側になったことがある今なら分かるのですが、
実際に「試されている」のは、「そこ」だけじゃないんですよね~。

受験ならともかく、学校での試験とか成績とか、
きっと、もっと沢山の要素がその中には含まれているはずです。
だから、面接・・・なんて、ノウハウ本ではとても間に合わない!
みたいな心境になったりします。

つまりは、試されている部分って、自分が見られている範囲より、
ずっと、ずっと、広い事が多いのです。

そこに至るまでの努力、
そこに至るまで、あきらめなかったプロセス
そこに至るまでの、姿勢、

相手がプロであればあるほど、しっかりそこは透け透けに
見られていると言っても過言ではないかと思います。

「一目みたら、家で練習してるかどうかわかるよね」
と、だんな様が空手の昇級審査の後。

「一目、生徒のノートを見たり、解答用紙を見たら、
確かに、家でどのくらい頑張ったかわかるしね」
と、私。

指導する人というのは、またそれが見抜けなければ、
目の前の点数や数字だけで、人を判断してしまって、
結局は、指導する「人」が見えない・・・(涙)
だから、誰も付いてこない・・・ってこと、
必ず起こるものです。

教える人は、相手からこの人から学びたいと
思わせなくてはってのもありますしね。

最高の指導者って・・・と、思い浮かべるとき、
「神さまや仏さま」かな?と。
まあ、この教え方の綿密な事、綿密な事(笑)
いつでも、どこでも、学べるように、宿題は目の前にあるように
してあります(爆笑)
その上、結果だけでなく、そのプロセスもずっとどこかで
見つめられているような・・・
「天知る地知る」とは、よく言ったもので・・・。

「先生、昨日私の事を見てらっしゃいましたよね」
と、だんな様がよく言われることでもありますが、

そのだんな様もどこかにお参りに行くとか、
瀧に行くというと、その計画が持ち上がった時点で、
「気が抜けん!」と、表情が変わります。

そこに行くことになる縁から、
そこに行くプロセスまで、
ぜ~~んぶ、詳しく、詳しく、試されていると。

お参りに行くとなると、その場面だけが頭に浮かぶのと、
そのプロセスまで全部、頭に浮かぶのと。

まあ、教える側からすると、特別扱いをしたくなる気持ちも
わからんではない・・・などと、頑張る人を見て思ったりします。

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