2010.12/31(Fri)

【だんな様は霊能力者】 気になることの先 

気が付けば、今年もあと一日・・・ないんですね。
何事も、けじめや区切りは大事。

いくつもの忘年会をして、
「今年はこんなことがあったね~」とか
繰り返し過ぎて、かえって記憶に呼び戻ってきたこともあったりします。
忘れていたつもりだったのに~という感じ(あはは)

まあ、そこまでじゃなくても、
あんなことがあった、
こんあことがあった。

楽しい思い出は、覚えておいて、
反省すべき点は反省して・・・
とか考えるものです。

と、気になる点とかふと思い出したり、
で、ますます気になってきたりして、
反省が大好きな(苦笑)人は、
「来年こそは、こうならないように」
な~んて、ますます気になった部分が
どんどん、膨らむってことも。

そうなると、おおよその人は、そんなに器用じゃないんですね。
まるで、それがなければ、起こった問題も、
気になる点も、消えてなくなるような錯覚に陥ります。

これをして、周りの人からすれば、
「反省だけなら、猿でもできる」と。

「そこじゃないんだけどね・・・」
と、だんな様が言います。

確かに、自分が気になっている点が改善するべき点だっとしても、
「そうならないように」した後、
思った通りにことが運ぶと思ったら、
大間違いだったりします。

反省上手になるには、「反省しておしまいにしないこと」
だそうで、これって意外と自分で覚えているより、
ずっと都合よく「忘れ」ます(あはは)

もう一つ大事な点は、
気になっている点が解決できたら、
本当に、自分が思い描いているように解決するのかな?
って、それこそ想像してみることです。

それこそ、病気にならないようにと、
気になることを気にしすぎて、
あれも、これも心配で、食べられないとか、
本当に体にいいのかなと、運動するのさえためらう・・。
・・・って、ほら、健康な人のイメージと
どんどんかけ離れて行ってしまうでしょ?

そういう意味で、本当に、
忘年会で出てきた話題、
一回すっかり「忘れてしまおう」かと思います(あはは)
勿論、「気になる点」だけですが、
一度、消去。

ど~~せ、起こるべき問題はそのうち繰り返すように
起こりますから。
それまでの間に、大騒ぎしないで、
「な~~んだ、その程度のこと」と思えるように、
できるだけ、できるだけ、すすめたらいいなと。

「忘れる努力」、これって来年の目標の一つの
候補にしようかな・・・と思ってます!

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2010.12/30(Thu)

【だんな様は霊能力者】 役割(2) 

自分は何のためにうまれてきたんだろ?
自分の役割って何?

ふとしたことから考え始めるってあり!ですよね。
ま~、それこそ、まったく見えない時もあり、
逆に目の前にあるのに気が付かないこともあり。

人から、「あなたの役割ってこうじゃない?」
な~んて言葉でなくても、そんな指摘をされても、
すんなり受け入れられる時もあり、
いや、ちょっと違うかもと抵抗したくなる時もあり。

役割って、実は見つかってからが勝負だったりするんですね。

世の中での役割がはっきりしている人は、
その上、その役割、本人の意志とは関係なく「ある」
ってことも少なくありません。

「気が付いたら、そっちにしか行けなくなるんだよね~」

ある役割を与えられている人の場合、
どちらかというと、あれもやり、これもあり、
一時期、どっちの方向に将来進めばよいか迷うほどの
選択肢が見えていたりします。

だからこそ、余計に、気が付くと、ある一つの扉を除いては、
ぜ~~んぶ閉ざされたような感覚になると、
まあ、抵抗もしたくなるものでしょう。

「抵抗しても無駄」
と、言い切るだんな様ですが、
気が付けば、結局はそれまでの経験がすべてと言っていいくらい
役に立つ時が来るらしく、逆に
「無駄なことはひとつもなかったね」
とも振り返ります。

役割・・・
わかるまでが大変で、
わかってからが、なおまた大変となると、
お断り申し上げたくなりますが、
何しろ、そのために生まれてきたのであれば、
ね!
きっと、いつかはやらなきゃいけないもの。

後は、そのタイミングの話なのかも知れませんね。

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2010.12/28(Tue)

【だんな様は霊能力者】 役割 

今年も本当に後、数日を残すところとなりました。

昨日は、ここでの忘年会・・・って話は、
もう一つのブログでも書きましたが、
伊勢に旅行に行って以来でしょうか、
月例会とかの次の日、一日に数回、波のような
何かが押し寄せて、
「家が揺れます」(爆笑)

先ほどもソファーに座っていて、
あれ?地震かな?と思うほどでした。

「みんなが思い出しているのさ」とだんな様。

思いがこんな感じで伝わってくることは、
よくあることではありますが、数も数、
そして、思いの強い人たちばかりなので(笑)
ま~、なかなかの揺れっぷりです!

さて、その忘年会の中で、自分で書いて、
自分で話していて気が付いた、
「何かが変わる」って感じの「何か」
その一つが思い浮かびました。

余談ですが、自分の中で答えが漠然として見えない時って、
それこそ「ここがぼんやりして見えない」
と話している間に、クリアーに見え始めたりするから
不思議です、ほんと!
まるで、自分の中から答えを引き出してもらうような感覚。

なので、やっぱり自分が考えなくてはならないことでも、
誰かにそれを話してみるというのは、とても貴重な
解決方法の一つだと思います。

さて、その話をしている時に思ったのは・・・

この世に役割を持って生まれてきた・・・
と、誰でも思いたいものです。
その「役割」を思い出している人が増えてきたという感じ。

で、ここで、問題なのは、
その役割って見えたら、それこそすっきりその方向に
進めるとお思いでしょうが、
そ~~~、簡単ではありません!(爆笑)

「見えていても、みんな抵抗するんだよね~」
と、だんな様。

だって、突然のように(って本人には思える)
「あなたは、このために生まれてきました」と
誰かから言われても、
「え~?」って思うとか、
その役割の先にある本当の意味とか。
それを自分で受け入れるまでのプロセスとか。

まだ、まだ、先はあるのですね~。

「抵抗しても無駄なのにね」と、
だんな様がいつもつぶやいていることだけ、
付け加えておきます(笑)

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2010.12/26(Sun)

【だんな様は霊能力者】 違いは違い 

世の中には、本当は同じじゃないのに
同じに見えるものが沢山あるなと思います。

例えば、会社を辞めていく人。
次の目標があるからやめる人もいれば、
会社が嫌になってやめる人もいる。

会社に残る側からすると、
ただ、会社を去る人でしかない。

その差は、その人が会社を辞めた時には、わからないものです。
同じじゃないけど、同じに見える。

仕事で頑張っている人。
人に認められたくて頑張る人もいれば、
誰かのために頑張っている人。
他にもいろんな頑張り方があるのでしょうが、

誰かからみると、「何もそこまで頑張らなくても」
と言いたくなるほどの頑張りだったりして。

その差は、やっぱりすぐにはわかりません。
それに人に認められたいという気持ちでも、
その目標が自然と昇華されていくこともあって、
これまた簡単に、何が悪いとか良いとか、
そんな話でもありません。

ただ、ある視点からしか見ないと「同じ」に見える
というお話です。

「見る人が見れば、どこが違うかわかるんだけどね~」
と、だんな様。

そう、そう、この違いが見えない時って、
結構、自分ができていない時だったりしますもの。

「わかっていない部分があるとわかっている」
って、とても大事なことだなと思います。
でもって、そこから目をそらしてしまうと、
まるで、他の誰かが、何かが、
自分をいじめているような気持ちになるものだったりします。

だから、え!なんで?と思うことがあると、
必ず、必ず、
それを見ている自分にとってどんな意味があるのかな?

つまり、「なんであの人はああなのかしら?」が、
ただの悪口みたいに、批判になってしまうのか、
自分を振りかえる糸口にするのか。

これも、同じに見えて、まったく違ったりします。

違いは、違い。
その違いが見分けられないと、なかなか厄介。

生きているのと、そうでないのって
何が違うんだろ?

と、はたまたぶっ飛んで考え始めた私。
ふと目にした「地球」の写真を見て、
「あら、生きてる」とか(苦笑)

「生きてる星には生きてるオーラがあるだろ?」
と、だんな様に言われ、ほんとだ!とは思うものの、

生きてる星と死んでる星の違いって、
まあ、科学的な定義とか、あるんでしょうけど、
それを知らなくても、感覚的にわかるのに、
説明できない、このもどかしさ(あはは)

そこから、またまた発展して、霊と人間ってどう違うの?
とか(あれ~)

ま、だんな様に言わせると、
「体があるかないかの違い」だそうですが、
この言葉の中の「違い」にはもっといろんな意味があるはずだ~とか
思ったりもします。

じゃなければ、わざわざ、「生まれよう」と
思ってこの世に降りてくるかな?
なんて・・・ああ、飛び過ぎ・・・。

って、ここにこだわる理由は、自分でわかってます。

「ちゃんと生きたいよね」

ちゃんと生きるって・・・と、考え始めたら、
これまた観察モードに入ってしまったってことなんですけど。

お気づきかと思いますが、最近、気になって、
「要観察」の案件(笑)がどんどん増えています(あはは)

ま、答えはゆっくり、それこそ腑に落ちるまで、
探し続けたいと思います。

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2010.12/25(Sat)

【だんな様は霊能力者】いっぱいいっぱい 

頭の中がいっぱい、いっぱいになった時って、
いろんな反応があります。

おおよそは、ヒートアップして、
色々考えている割には、止まってしまうパターン。
(↑昨日の私)

はたまた、気持ちだけ焦って・・・
周りを巻き込むパターンとか、
それでも、思うようにならないと、
誰の、何のせいかと、犯人捜しを無意識にしたり。

「職業訓練の差かな?」
つまりは、仕事であれば、いっぱい、いっぱいは、
どんな自分の状態も言い訳にならないので、
なんだ、かんだ、言っても、
やるか、
やらないで大騒ぎするか、
しばらく置いておくか、
目の前にあることから一つひとつつぶしていくか・・・

そのあたりの冷静さって、いっぱい、いっぱいのときほど、
はっきり表れるものだったりします。
そして、「今」のその人が、どのくらい冷静に
それができるかは、やっぱり訓練しかないと、
だんな様は言うのです。

確かに、大騒ぎしても、止まっても、
どうしようもないことは、どうしようもなく、
自分にできることは、目の前にあることだけ。
こんな理屈にあったことって、他にないと思うのですが、
訓練を受けていないと、どこか他の場所に右往左往して
探しに行ってしまったり(苦笑)

これ、ほとんど無意識にやってしまうものだし、
自分からは、まったくその通りに見えるので、
かなりやっかいです・・・・

「頭がいっぱいのときはね・・・
目の前のことに集中して、やるべきことをやる」
そうだんな様が繰り返し言いますが、
焦った心には、
「いや、それどころじゃない!」
「こんなことやってて大丈夫かな?」
「こんなことじゃ、間に合わない!」
なんて気持ちが生まれたりするもの。


昨日は、空手でもお世話になっているI先輩が、
別時念仏会で、助法デビューされました。
後数日で、満行して、正式に僧侶の資格を取るという、
60数人の方々を含めてのお経は、広くて高い天井の
お堂に気持ち良く広がっていました。

別時念仏会というのは、私も初めて参加しましたが、
浄土宗の行事だそうです。
ご存じのように、開祖法然上人は、念仏を唱えれば、
誰でもが極楽浄土に行けるとい言った人です。
ところが、同じ短い真言を繰り返している間に、
唱えることだけになってしまって、
唱える心を忘れる。
なので、それまで、いつ、何があっても、
念仏を唱えながら生活をするパターンから一転、
この日、この時としっかり決めて、念仏を唱えるという行事。

実は、いや~始まる前に、ド~ンと被りました(苦笑)
いつもお参りに人が集まる場所は、気を付けなさいと
だんな様が言っていたので、少しは気にしていたのですが。
被ったって、途中の参道とか、お参りに来ていた一般の人ではなく、
なんと、新人のお坊さんたちから(あれ~)

考えてみれば、非日常空間での修行。
後数日を残しての修行中の方々。
あって、当然のさまざまな感情ですよね。

「気をゆるしすぎ」とだんな様から後で笑われましたが、

知り合いがいるということで、私も感情輸入しすぎました(あはは)

お経を聞いている間にも、なかなか楽になりません。
このところしばらくない事でした。
お経を聞いても、聞いても、自分で一緒に唱えてみても、
なかなかすっきりしない・・・と思った瞬間、
お坊さんが全員でお経を唱えながら、
立ったり座ったりする、礼拝を始めたのです。

その瞬間にふっと、すごく何かが楽になるのを感じました。
あまりの効果に驚きです!

「だから、作法があるのさ」

つまりは、心の中にある色々なものを真言を唱えるだけで、
浄化するのは、とても難しいことなんでしょうね。
そこにある手順の「作法」を加えると、
頭で考えるのではなく、すっと集中し、そして体を動かすことで
それが抜けていく・・・そんな感じでした。

礼拝行・・・そういえば、数年前にやったことがあるのですが、
もう一度、やってみようかな?と思ったりします。

多分、いっぱい、いっぱいになりがちな年末年始、
一年分のいろんなものが溜まってしまっているでしょうから、
真言を聞いて、唱えて、おしまい!とか、
祓ってもらうとか、
それだけでなく、多分、「自分の体を動かす」ことで
いっぱい、いっぱいから脱却できそうな気がしたのです。

目の前にあること=自分の体を動かして何かをやる
完全に同じではないにしても
何かがある気がしています。

何も「礼拝行」じゃなくても・・・と言われれば、
その通り!
でも、ちょっと挑戦して、何が起こるか、
せめてもは、いっぱい、いっぱいで、
すぐに止まってしまいがちな最近の私の頭が
動けば、それでよし!とします。

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2010.12/24(Fri)

【だんな様は霊能力者】 変わる 

妹の子供、3人目が生まれるときの事。
「誰か来る!来る!やって来る!」と、
家の中を走り回っていたのは、次男坊。

3歳の男の子が、もうすぐお兄ちゃんになることはわかっていても、
後、数時間という時になって、

「そろそろですね」
な~んて、お医者さんじゃなければ、
妊娠しているお母さんがかろうじてわかるぐらいでしょう。

でも確かに、彼は「わかった」んだと思います。
「誰か」がやってくるって。
それは、かわいい弟だったってことになりますが。

何かが変わる・・・
そんな感覚が数日前からとてもしていて、
こればっかりは、「どうしてそう思うの?」
な~~んて、説明できないので困るのですが、
ともかく、「変わる、何かが変わる」と気になって仕方がありません。

「当然だろ?昨日は冬至だもの」
と、ふつ~~にだんな様が(笑)

あらら、私としたことがすっかり忘れていました。
多分、こんな風に強く感じたのは、
最近、冷やかしで手に入れた、ストーンヘンジの石のせいかも?

何しろ、いまだ解明できてはいないものの、
冬至と夏至の太陽の上る場所がしっかり応用された、
何か大きな「装置」っぽいですものね。

考えてみれば、変わるって、毎日かが変わっているはず。
12月23日夜12時が過ぎれば、
幾ら同じに思えても、もう同じ日ではなく、
「同じ」か「変わったか」なんて、
本当は、その人にとって感じるほどかどうか、
感じなくてはならないことがあるかどうか、
そんなことだったりします。

けれども、それでも、ずっと、ずっと昔から、
こうして季節の区切りはある重要な節目とされてきたのですから、
「感じる」だけの変化が、確かに起こるのでしょう。

何しろ、世界中の人が同じ暦で生活し、
同じ暦でこの日が「区切り」だと意識するだけでも、
何か大きな感じがしませんか?

その上、確かに太陽を見れる時間が少ないのもあるし。

とか、色々説明しようとしても、まるで3歳の甥っ子のように、
ただ、ただ、「何かが変わる」と感覚として強く思うという
説明が、私の気持ちを一番よく表していると思います。

ひょっとして、「予言」とか「予習」する人って、
いつもこんな風に感じているのかしら?
と思うと、あらら、これから先ばかり気になって、
「今」ここに居ることがすっ飛びそうになるのに
気を付けながら・・・この変化とやら、
じっくり観察しようと思ってます。

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2010.12/22(Wed)

【だんな様は霊能力者】 それでも孤独 

さて、さて、信号をしっかり外に出す訓練をして、
人とうまくやっていく努力をいくらやっても、
やっぱり、どこかで「人と違う・・・」と
悩んでしまう人たち。

自分に正直な人たちともいえるかも知れません。
幾ら、誰かと一緒に、同じように楽しんでいたりしても、
心の中の孤独感が消えないことを知っています。

「本当は、孤独で大丈夫って自分が思ってたりするけどね(苦笑)」

そんな人たちは、表面上人と合わせることができても、
どこか冷めているというか、冷静というか。

まったくもって矛盾した気持ちですから、
解決しようもありませんよね(あはは)

こんな時は、同じ感覚を持った人と付き合うと、
それは、それは、楽だったりします。
お互い、お互いが付き合うのに楽な「距離」を知っている。

うらやましいな~と思う人間関係だって、
時や場所が変われば、結構煩わしいものだったりしますし、
それぐらいなら、一人でいた方が・・・
なんて思った事がある人にとっては、
孤独って慣れるしかないものだったりします(涙)

でもね・・・一人の時間をきちんと過ごせる人が、
誰かと居ても楽しめるのかなと思います。

これまた最近、観察し始めたことなんですが、
それでも・・・霊能力者って、人間関係に苦労する・・・みたい。

それでも・・・に含まれるものって、何だろ?と
観察中です。
一つだけ、観察してわかったのは、
「素直に誰かの言うことを聞いているのにそう思われない」
「何故か、相手の気の障ることをしてしまう」

な~んてことが起こってしまうらしく、
ココについては、真剣に(笑)分析中です・・・。

原因がわかっても、孤独じゃなくなるかどうかさえ、
今のところわからないのですが(涙)

思い返してみると・・・という、いろんな自分の経験や
記憶をたよりに頑張って観察してみます!

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2010.12/21(Tue)

【だんな様は霊能力者】 外への信号(2) 

さて、「外への信号」が極端に少ない!と観察されても、
「じゃあ、どうすれば良いの?」と、
ちょっとイライラしたお返事が返ってきそうですが(笑)

そ~なんです。
人って、結論とか、これから先の事とか、
それから、「何のため」とか。
わかる必要のあることもあり、
後でしかわからないこともあるんですが、
とにかく、「わからない」ってイラつくんですね~。

で、具体的にどうしたら良いかという話になると、
これって確かに簡単なことでもない割に、
ちょっと、相手の呼吸を読んでくれる人や
心をちゃんと開いている人と話すと
ふっと楽に話せたりすることもあって、
不思議だな~と思ったりします。

何しろ、自分のコミュニケーション不足は棚にあげ、
確かにそれだけの思いもしてきているのですが、
まずは「自分の心を開いて話をしない」癖が
しっかり出来上がっている感覚の人たちですから。

はい!開いて!
なんて、簡単には開かないもの。
何しろ、自分の心を閉じて会話していることさえ、
忘れてしまっているぐらいですから、
まずは、その扉がどこにあるかから、
探さなくてはなりません(苦笑)

会話のテクニックな~んて、
表面的なものは、世の中にあふれてますが、
逆に、感覚の鋭い人には、
ますます、本心を隠す術になってしまったり
することもあるでしょう。

とにかくは、心を自動的に開いて話ができる人。
そんな人を捜し求めることかも知れません。

すっかり、自分の心を閉じていることさえ、
忘れさせてくれるような相手。

もともと、コミュニケーションは、
コミュニケーションでしかうまくなりませんもの。

これは、ぜ~~~んぶ同じこと。
空手は空手でうまくなるし、
英語は英語でうまくなる。
同じです。

話すのが不得意なら、私はこんなこと考えてます!
って、それこそブログを書いて、それで会話をするというのも
良い手でしょう。

きっと、こんな人たちにめぐりあったら、
「ソウルメイト」に出会った・・・なんて表現をするのでしょうけど。

そのソウルメイトさえ、自分からアプローチしなければ、
見つからないものです。

厳しいようですが、表面的な付き合いで満足できて、
友達が沢山いる人を「うらやまし~な~」と思う暇があったら、
ちゃんと自分を表現する場を持つ・・・
それが、「信号」となっていくのだと思います。

「孤独に耐える時期も大事」
と、だんな様。
その捜し求める時間が、自分にとっての本物を探すプロセスに
ちゃんと、ちゃんと、なりますように!

やっぱり、「信号」=「私はこう思う」は、大事かな?と思います。


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2010.12/20(Mon)

【だんな様は霊能力者】 外への信号 

観察結果(途中経過ですが)!

「霊能力者って、極端に信号が少なくない?」
と、思ってしまいました。

まあ、もっとも私の場合はこれまた極端に、
反応が多過ぎたりしますが(笑←かつての職業病が抜けてない)

そんな目で、留学した時に周りを見たことがなかったので、
はっきり言えませんが、これってイギリスだったら
確実に苦労する・・・と思います!!!

理由は簡単(というか思い込みかもしれませんが)
この、私でも反応が少ないと言われ続けたから。
「何を考えているかわからないわ」と、
何度言われたことでしょう(苦笑)

で、「ちょっと待って、今考えてるから」と、
できるだけ返事をする努力をしました。

教室の中で、何か意見を聞かれると、
指名されてなくてもどんどん誰かが発言する中、
いつ発言しようかな~なんて思ってたら、
気が付くと何も言わないまま終わった・・・・
って、ことはざらにありましたし。

この「どのくらい相手と会話するか」
量的な問題ですけど、すごくすごく難しいです。
もともと、日本ってそのあたりはイギリスなんかに
比べると、少ない方だと思います。

でもって、だからこそ「沈黙」の意味を読み取る、
いわゆる「空気」を読むのがとても微妙で、大事だったり。

例えば、朝、会社に行って、「おはようございます」と
挨拶をする。
極端に言えば、挨拶、しても、しなくても、
大差ない感じがしますが、実際は、その一言で
もっとたくさんの情報を交換していたりします。

極端な沈黙は、人を不安にさせる・・・らしいです。

自分は遮断してても、周りは空気を読んでいたりすると、
その信号の少なさは、「何を考えているんだろ?」という
ちょっとした不安な感じにつながったりします。

で、そのことを本人に伝えると、
「最後まで考えてからしか、言葉にできない」と。

これって、結構、共通した感覚のようで、
途中経過がすっ飛ぶ(あるいはすっ飛んでいるようにしか見えない)
というのは、理解されにくいということにもつながるのでしょうね。

逆に・・・
頭の中の思考は本人的にはいろいろ起こっているのですが、
物事が進むスピードは、それよりずっと遅いわけで、
ふと出た一言が、今起こっていることとは、
全くかけ離れたように見えることだったりして、
いわゆる、「不思議ちゃん」の出来上がりです(笑)

この、周りから浮いた感覚で結構みんな悩んでいたりするんですよね。

「私は、私」

そう心の中で信じていながらも、自信を持ってそんな風に
言える、思えるようになるまでには、やっぱり、
ちゃ~~んと自分の事を知るプロセスが必要だったりします。

ま、いづれにしても、残念ながら、
普通の人のふりはしばらくできても、
やがて周りが気が付くか、
自分が苦しくなるか。

そんなきっかけさえ、ひょとしたら自分で生まれる前に
セットしてきたのかも知れないわ!この人!
と、思ったりして。

あなどれないわ・・・などと、思ったり。
あ、現在、私が、考え過ぎてすっ飛んでいる可能性あり(爆笑)

まあ、ちゃんとプロセスを記載している分、
よし!ということにしてください(あはは)

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2010.12/19(Sun)

【だんな様は霊能力者】 選択は正しかったのかしら? 

右か左か迷う。
もっとたくさん選択肢があれば、
悩まないかと言えば、それも違うんですよね。
ちゃんとそれなりに「どれにしようか」
「どれが正しんだろう?」とか、悩んだりします。

思わぬことから、そんな渦中に巻き込まれると、
パニックになってしまって、
そんな頭で考えると、ますます
どれが正しい選択かって、混乱。

「頭が止まるんだよね・・・」と、だんな様が
苦笑します。
実際は、自分でもいろいろ考えているつもり。
でも、ぐるぐる、考えているようで、
まったくどれが正しいか・・・と
決められないのですね。

そんな人たちの姿をそばで見ながら、
「これが正しかった」という選択って、
選択した時に決まるのではなく、
選択した「後」に決まるのかな~と、
思うようになりました。

たとえば、Aという学校に行くべきか、
やめておくべきか、
はたまた、行かないなら、Bにするか。

こちらの方がベターだっていうのはあるでしょう。
けれども、「ああ、これでよかった」と
思えるためには、
「そう選択した」のが正しかった・・・というより、
「この選択が正しかった」と思える毎日を過ごしたかどうか。
つまりは、「正しい選択」は、
選択した後に出来上がるのかしら?と、
ある問題を、今、まさに乗り越えようとされている方を見て
ふと思ったのです。

「だから、アドバイスをしても、最後に選ぶのは本人でなくてはね」
と、だんな様がいつも言うのかな?と。

究極、どの学校に行っても勉強はしなくてはならないし、
先生とも友達とも、うまくやっていかなくてはならないのですから、
苦労と思えば苦労もあるし、
試練はどこにでもあるわけで。

その種類や、タイミングが今の誰かには合っている。
そんなアドバイスは、いくらでもできる。
でも、本当にそれを「やって行く」のは、
それを決めて、歩み始めた、その本人、
そして、その本人の心の中の問題です。

「もし、こうだったら?」
「もし、今の選択肢をとらなかったら?」
選択肢があったら(ほとんどなくても・笑)
人は、必ず、一度とならず思うもの。

それは、選択が間違っていた・・・って場合も確かにあるでしょうけど、
それより、たとえ選択が間違えでなくても、
選択した後の自分に何かが足りなかったのかも知れないのですから。

「だから、自分が選んだという気持ちが必要」
どの学校に行くか、子供に最後は選ばせなさいという
だんな様のアドバイスの理由でもあるのでしょう。

自分で選んだのだから、頑張れる・・・はず。
頑張らなくては・・・。
こんな気持ちが、選択を「正しいもの」に作りあげていくのですね。

これって、子供だけのことじゃありませんよね。
自分のしている小さな、大きな選択。
すべて、同じことが言えるのかも知れません。

「だから、妄想は、妄想にしか過ぎない!」という
手厳しいだんな様の言葉の意味も、ああそうか!と思ったりします。

こうしてたら、こうなったに違いないのにな~。
なんて、妄想には、このプロセスがほとんど抜け落ちてるのが
普通ですもの。

さて、今、この瞬間も、過去にした自分の「選択」
それが正しかったか、どうだったかを作り上げているかと思うと、
あら、気が抜けないわ~と思ってしまいました。

後悔の種は、「今」後悔にしているのかもしれません。

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2010.12/17(Fri)

【だんな様は霊能力者】  

昨日は、数日前のだんな様の誕生日を、弟子がお祝いしてくれました。
おいしいケーキを食べ、きれいな花束を見て、
幸せな気分~。
「あ、せっかくのケーキ、写真撮るのを忘れた!」と、
わたしが言った頃には、すっかりおいしい、おいしいケーキは
みんなのお腹の中に・・・(苦笑)
影も形もなくなってました。

おいしいものを
おいしい雰囲気で食べると、
本当に、おいしい・・・と感じました。

何しろ、気遣いがうれしいのです。
いや~、味には結構うるさいだんな様の事。
ケーキは大好き!なのですが、小麦粉の味から、
クリームの味、口当たりから、後味まで、
ま~、それはそれは、色々、条件がございます(笑)

それを全部知ってる、昔からだんな様の元に通う彼は、
いつも特注のケーキを、本当に特注して持ってきてくれます。

だんな様は、意外と(笑)お子様系のケーキが好きで、
まあ、定番と言えば定番の、イチゴのケーキは好み。
ところが、すっぱいものが食べられないのです。
ですから、すっぱいイチゴのケーキとなると、
イチゴだけが、さみしそうに皿の上に残っている・・・
なんてことは珍しくありません。

「ここのイチゴのケーキのイチゴの品種はなんですか?
とよのか ですか?
あまおう ですか?」から、彼の注文は始まります。

次に確認するのは、クリームの味。
「どこの牛乳を使っているんですか?」

そして、そして、ケーキの命ともいえる生地。
だんな様の好みのケーキの生地を使って作るお店は、
配達をしてくれません。
当然、遠いのに取りに行かなくてはならない。
生ものですから、これも当然、当日作ってもらうことになるし。

こうして、彼はこれまでに二度ほど、大きな大きなケーキを、
壊れてはいけないと、腕がしびれながらも手でここまで
運んできてくれました。

今回は、その彼の注文の仕方を、それこそ伝授された、
もう一人の彼女が、注文に行ってくれたらしいです。

「イチゴは何を使ってますか?」
「とよのかです」
「甘いですか?」
「その日に入ったイチゴを使うので、でも基本的にとよのかです」
どうやら、伝授されたのは、『とよのか』より『あまおう』が
一般的に甘いからという事だったらしく。
そこで、それでも粘ったという彼女(笑)

「甘いのが良いんですけど」
「パテシェがその日に必ず味見をすると言ってますから」
と、わざわざ電話で確認してもらって、
「じゃあ、甘いイチゴでお願いします」

当日、わざわざ取りに行って崩れないように、
大事に運んでくれたという彼女。
「頑張りましたけど、『じゃあ、あまおうを使います』と
いわせられなかったので、まだまだだと思いました(笑)」と
好みのケーキをどうやって注文するかも、
ここではどうやら「伝授」の対象になっていることを
昨日初めて知ったのでした(笑)

そんなエピソードとともに食べるケーキは、また
格別です。

心のこもったものって、本当においしいんですね。

こんな風に贈り物に心を込めてくださるのは、
彼らも含めて、とてもありがたいものだと思います。
こんな部分、自分も敏感でありたいな~と、
感じさせてもらいました。


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2010.12/17(Fri)

【だんな様は霊能力者】 お土産にお守り 

最近、ある人から、お守りがほしいと頼まれました。
なんでも、厄年のお守りが欲しいということ。

はい、わかりました!

・・・と、作り始めたところで、あれ?
なんだか違和感がしました。

「このお守りって、ご自分のじゃないですよね」

「はい、プレゼント」との返事。

う~~ん、何だか、何かが気になるのです。
そこで、さっそくだんな様に聞いてみます。

「こんなお守り頼まれたんだけど・・・」

「そのことをお守りを持つ人は知ってるの?」

「いや、サプライズというか、お土産っぽい感じらしい」
と、私。

「被っちゃうよ、頼んだ人が」

ああ、そうだったんだ・・・この違和感。

どこかにお参りに行ったりすると、あら、あの人にもちょっと、
なんてお土産感覚で、誰かに買って帰ったことってありませんか?

いや~、思い返すと・・・あります!私も!
ただ、家族以外には買って帰ったことはないと記憶しているのですが。

「家族だったら、良いんだよ。
どちらにしても、そんな関係だから」

家族の場合は、一緒に住んでいるとかいないとか関係なく、
すでに、お互いに影響しあったり、迷惑かけたり、かけられたり。

「何かあっても、被るのが当たり前だろ?」と、だんな様。

ところが、これが友達とは言え、家族以外となると、
お守りなどをプレゼントするのは、少し用心した方が良いと。

「昔、お参りに行くのに、誰かが代表で行くみたいなのもあったでしょ?
あれは?どうだったのかな?」

「みんなの分、被る覚悟は必要だったと思うし、
その覚悟で参ってたと思うよ」と、だんな様。

被るのが嫌とか、そこが問題なのではないのです。
お守りって、お守り自体が効力を発揮する時に、
何かが「交換」されます。

で、問題は、その交換が、「誰とされるか」
そこをきちんと、わかってるかどうか、
そこがポイントだと思います。

その「交換」って、持つ本人がきちんと交換した、
という意識があれば、まだ、どうにか成り立つもので。

それでも、ふと思い返してみると、お土産にお守りを買った人の事を
ふと、思い出してしまいました・・・。
で、ちょっとその後、「なんだかその人のまわり、落ち着かないな~」
みたいな時期が、確かにあったかな?と。
今、なぜ、そんな問題がその人に起こったのか、実はちょっと
私にも疑問だったのです。

「関係あるかな?」と私。

「無いことはないね・・・」と、だんな様。

実はいろんなトラブルとか、問題とか、
たった一つの原因で起こることは珍しいのです。
もともとあった問題が表面化するってことも含めて、
幾つかの原因が、たまたま重なって、体調を崩したり、
周りとトラブルが起こったり。

「どうして?」と原因を探る時、理由がひとつじゃなかったりするので、
わかりにくかったりもするのですが、こんなこともあるんですね。

難しいところですが、このあたりのいわゆる見えない「しきたり」

気軽にやっちゃうと、結構、影響があったりするので、
・・・ご用心!

という意味で書いておきます。

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2010.12/15(Wed)

【だんな様は霊能力者】 お地蔵様の功徳 

月に一回、行われている月例会。
その中で、いくつかの仏様について解説をしています。
今までの分も含めて、「霊能力者と仲間たち」というブログに
掲載しています。
http://interviews.blog22.fc2.com/

先月の仏様は、「地蔵菩薩」でした。
お地蔵さんは、地域によって扱い方が違うというか、
とても、身近にあるので、いろんなバージョンがある
といったほうが正確かもしれません。

地蔵菩薩本願功徳経には、二十八種利益が説かれているとは、
今日、アップされたブログに載っているのでご覧くださいませ。
つまりはこのお経の中には、お地蔵さんから得られる功徳や
ご利益が具体的に28項目に分けて書いてあるのです。

で、その中で・・・私が個人的に気になったのは、

菩提不退(悟りの境地から後退しない)

「え~?一度、悟っても後退することがあるんですか?」
と、誰かが即座に質問。

この一文を見た私は、
「この中(二十八の功徳利益)でどれか一つ叶えてくれると言われれば
これかも・・・」と一人つぶやいていたのであります(笑)

そして、だんな様の答えは、きっぱり一言
「あります」(苦笑)

「え~困る~」と思ったのは、私だけではなかったはずです(苦笑)

ま~、悟ったということ自体、
「悟るって、自分はこうなんだってわかるのも悟り」
とだんな様が言いますから、さまざまあるのでしょうけど。

悟ったら、終わり・・・ではなくても
少なくとも、悟った分は前に進んでいるはずだと思いたかった・・・
いや、きっと進んでいるはずではあるのですが、
まさか、後退することがあるんて(涙)

それこそ、計算外。誤算だわ~なんて。

でもね、日常でもあるじゃないですが、
わかっていても、できない。
わかっているけど、行動に移せない。

これって、厳しいようだけど、ある意味「後退」してる
・・・って、少なくとも人からは見えたりします。

「あんなこと、口に出して言ってたのにね~」とかね。

ま、人の評価は究極どうでもよかったりするのですが。

ひょっとしたら、悟りって、わかった!とか、悟った!
とか言う瞬間というより、昔を振り返って、
「ああ、あの時ってホントの意味ってわかってなかったな~」
と、思った時に本当に、前に進んでいるのかも、
つまり、ある部分の悟りと行動が一致しているのかな?
などと思ったりします。

と、ここまで来れば、後退しない・・・と思いたい!

いや、後退するわけにはいかん!とか、
だんだん、プライドの問題になってきてしまった感がします(苦笑)

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2010.12/14(Tue)

【だんな様は霊能力者】 存在が仕事 その2 

存在が仕事の典型は、神様や仏様だ~なんて思ったりします。

残念ながら、自分がどうすれば良いかわからなくなったり、
手の打ちようがないように思えたり、
そんな時は、「祈る」しかなかったりします。

それしかない!と思った時、
祈る場所があることのありがたさを感じたことがあります。
自分にできるのは、そのくらいしかないという
事実を目の前に突き付けられた瞬間でもありました。

だから、そういう思いをして人が祈る場所には、
居てもらわないと困る!(笑)

何があっても・・・です(あはは)

こんな風に「頼る」しかないのなら、「頼る」しかないわけで。
窓口が開いていないぐらい、残念なことはありませんものね。

逆に、存在がお仕事の人は、何があっても居なくてはならない。
たとえ、「体」そのものがそこにあっても、なくても、
同じように、その場所に「居る」のが仕事なのですから。

社長が居なくても、会社が周り、
校長先生が出かけていても、学校はいつものように授業がある。
当たり前の事ですが、よく考えると、
それは、とても大きな影響だったりします。

居ても居なくても、同じだからこそ、
その人が「居て」成り立っている日常なのか、
その人が「居ても」「居なくても」成り立っていることなのか。

「居る」「居ない」
体の存在だけを見ていたら、その違いは分かりにくいかも知れませんね。

あちらにもこちらにも居なくてはならない存在。
誰にでも「体が二つあったら・・・」と思うような忙しさって、
あるのかも知れませんが、居なくてはならない人は、
いくつもの場所で、いつもそこに居るように
それこそ「存在」しているのかもと思ったりします。

そういえば、だんな様は家の中のどこにでも居ます(笑)
いや、変な表現かも知れませんが、
あれ?今、一階にいるはずなのに・・・
二階にいる私の後ろに立っている雰囲気がして、
思わず振り返ったりって結構あるんです。

逆に、存在を消したまま、私の後ろに立ってて、
「ぎゃ~、びっくりした~」と驚かれることも(爆笑)

「ごめん、ごめん、消す癖がでちゃった」

どうやら、人の側に近寄る時は、特に気配を消す習慣が
空手で身についたらしく・・・(←武道共通の癖らしい)

数回、本気で驚いた私に気を使って、最近は、
「足音立ててただろ?」と、嬉しそうに言うだんな様。

あらら、「存在がお仕事」というトピックから、
若干はずれつつありますが(笑)。
その存在の仕方にも、とにかくもっと色々ありそうです・・・。

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2010.12/13(Mon)

【だんな様は霊能力者】 存在が仕事 

さて、さて。
すぐに思考がどんどん広がってしまう、いつもの私の癖(笑)

「存在が、居る人が仕事」になっている人って、
どんな人だろうと考えてみます。

たとえば、会社の社長とか、学校で言えば校長先生とか。
部下の目から見ると、居ても居なくても同じだったりして(苦笑)

でも、外部から見れば、社長の居ない会社なんて、
校長先生の居ない学校なんて、あらら、それこそ「存在」していません。

つまりは、「いなくてはならない人」
存在が仕事だったりする人たちなのですよね。

じゃあ、どうして部下の目からは、居ても居なくても同じに
感じてしまうのかしら?
と思うと、これまた、いろんなことが見えてきたりして。

人って、どうしても自分がやっていることや仕事と、
他の人がやっていることを比べたがります。
でもって、その視野でしか見れないと、
社長や校長先生は、自分が苦労してやっている今の仕事、
全くと言っていいほど、やってない・・・
って見えるように、比較してしまうものかも。

「(自分が今苦労している)こんな苦労がなくて良いよな~」
なんて、若かりし頃の私が思わなかった訳ではありません(汗)

さて、さて、存在が仕事の人たちに悩みや苦労がない!
そんなはずがありませんよね~!

存在が仕事の人たちは、そんな悩みや苦労なんて、
その時点で、もうある意味、「終了」しているはず。
そうでなければ、その仕事はできないと思うのです。

「自分の生き方そのものが仕事」というだんな様は、
そのプロセスまでもがお仕事だと言います。

ずっと前を見て進むのならば、新しい挑戦が待っているのは必至。
そこには苦労があって当然。
なので、本人からすると、それは、「苦労」ではなく、
「当然のプロセス」らしく、言葉として頭の中に浮かびもしないらしいです(苦笑)

うう・・・
こうやって、考えると、
「居ることが仕事なんです」と言われた私。

ますます、プレッシャーを感じ始めてしまった・・・(汗)

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2010.12/11(Sat)

【だんな様は霊能力者】 想像できないらしい 

美容院に行ってきました!

成長が止まったのか、だんな様の髪は切りにいかないと!
状態なのに、私はまだいいか・・・って感じでしたが、
切ってみると、あら、やっぱり重かったのね~と、
思います(←面倒くさがり屋)

ここのオーナーとはいつも不思議な会話が交わされるのですが、
今日も、その例外ではありませんでした。

いつかも書いたように、このオーナー。
髪を切るのに、その人の日常をちゃんとイメージして切る。

「いつも、スタンドカラーのシャツを着てお仕事されるんですよね」
と、だんな様に。
ちゃんと、HPの写真でチェックし、
だから、襟足はこのくらいの長さで・・・とお仕事をされる方。

言い換えれば、かなり「想像力の豊かな方」ともいえます(笑)

今日も、どうやったらクリスマスが楽しくなるかを
考えてたらこうなったという、お店の前に飾ってある
かなり大きいリースをどうやって作ったかをお話いただきました。
勿論、自分で作っちゃうんですね~。

「みんなが、ほら、リースがきれいと言ってくれると、
地域貢献している気分で、うれしくなるんです」と。
本人いわく、こういうことを言うと、お客さんから、
「ま~、心にもないことを、人のためになんて思うような柄じゃないでしょ?」

ご本人なりに、ちょっとだけ傷つきながらも、
そのギャップを楽しんでいる感じもあり、
ま~、なんとも不思議な方(あはは)

そのオーナーが、
「やっぱり想像できないんです」
だんな様と私がどうやって仕事をしているか、
それが見えない、想像できないと言われました。

「はあ」
確かに、だんな様の仕事は説明しにくい。
だんな様自身も、説明できなくて苦労したな~と
言ってたことはありますが。

これまた、今でも説明できない。

「え~っと。仕事、ちゃんとしてますよ」と私。

「彼女は、居ることが仕事なんです」とだんな様。

いや~、「居ること」「存在」が仕事と言われたオーナーは、

「ますます、わからなくなった・・・」(苦笑)

そうか・・・と、「存在」が仕事ってなんて素敵な言葉でしょう!

ほら、神様も仏様も、それから目標とする人も、
そんな人たち(人じゃない場合も、かつて人だった場合もあり)
「居る」のが仕事ですもの。

これって、表面上の仕事の種類に限ったことではありません。
会社に勤めていても、自分で仕事をしていても、
「仕事」という仕事をしていてもいなくても、
その人が居ることが大事ということ。

う~~ん、「存在」が仕事になる。
これからの目標だ~~~!
あらら、だんな様からプレシャーかけられた?
と、思いつつ・・・頑張ります!
って、頑張るだけじゃダメなのが難しいところですけどね~。


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2010.12/10(Fri)

【だんな様は霊能力者】 教え 

「こうしなさい」
「ああしなさい」
「こうすればいいのに」
「だからいったじゃない」

つい、つい、口に出したくなる言葉です。

でも・・・
本当に、「教え」というものは、教える側のタイミングではなくて、
教わる側、つまり、受け取る側のタイミングなんだな~と思ったりします。

何かがないから、「ある」有難味を知る。

何かが無くなってからじゃなく、
その有難味を知りたいものですが、
この点について言えば、どうやら人間は、
痛い目に合わないと、受け取れないものは受け取れないようで(涙)

でも、ってことは、今、いろんなことが
目の前にあってつらいとか、大変とか思っているのなら、
いつもより、たくさんの事が受け取れるはずでもあると思うのです。

勿論、拒否権はありますが(爆笑)
はっきり、自分で「これはいらない」と思って拒否するのなら、
それはそれであり!

でも、拒否権を知らない間に発動している・・・
これが、なかなか厄介です。

しばらく前に、おみくじを何度引いても、
メッセージが同じで笑えた話を書きました。

すると、数人の方が実際に、いくつかのおみくじをひかれたようで(笑)

個人的には、実際にこうして確かめるって、好きですね(あはは)
で、こうやって確かめた人にとっては、
「だから、言っているじゃない!」という
せっかく引いたおみくじのメッセージ。
ちゃんと、伝わっているから面白いな~とも思います。

一枚だけ引いたおみくじの内容はすぐに忘れたりするのに・・・です(あはは)

つまりは「教える」方は、あきらめずに何度でも、

「教わる方」は、同じことを言われてもくじけずに、

メッセージがお互いに交換されるまで、
それこそお互いに頑張るしかないのでしょうね。

今日は、疲れたのでおみくじはありません・・・
とかいう神様なんて、聞いたことがありませんもの(あはは)
(もちろん、最初から置いてない場所もありますけど)

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2010.12/08(Wed)

【だんな様は霊能力者】 普通の事 

いや~、ここ数日、ばたばたしていて、
ブログが止まっていました。
すみません。

普通のことを普通にこなす。
それが難しい時もあるのだと、つくづく思います。

でも、よく考えてみると、差がつくのはそんなとき。
だって、普通のときには誰だって、できることなら、
当たり前に誰だってできる!わけで。
私じゃなくても、良い!ってことになりますよね。

まるで禅問答のようですが、人って結構、自分がどこかで
特別でありたいとまでは意識していなくても、
「自分の役割ってなんだろ~」
「なんで生まれてきたのだろ~」
なんて、考えることってありますよね。

で、それが、今、目の前にあることとつながりがある
ってなかなか気が付かないもの。

「ただ、全力投球するので必死・・・」
と、だんな様が昔を振り返ります。

病気の人の御祈願、
願い事を叶える、
供養や霊に関すること、
そして、その他すべての相談。

全部、全部、その時のベストを尽くすこと。

「それだけを考えてやってたら、力が付いた」

そんなものかも知れないね~と、二人で話をします。
このくらいやったら、このくらいできるようになる。
そんな計算も、時には大事だし、
計算通りに行く時も、行かないときもありつつ、

でも、実は本当に力がついている時って、
きっと、そんなことも考える余裕がないほどのとき。

「後は・・・プライドの問題かも(笑)」

どれだけ、一つのことに完璧を期するかっていうのは、
自分だけが知っていると思っている「さじ加減」ですもの。

勿論、見る人が見れば、その場に居合わせた人が見れば、
それがベストかどうか、一目瞭然!
だから、そういう場面に居合わせた時に、
感動を含めていろんなものを受け取るんじゃないかな?

そう、そう、あの20人組手を見た時のように。

と、思うのです。

さて、さて、今日も知らないうちに、プライドの高い(爆笑)
だんな様も、そして、どうやら負けないほどプライドが
高いらしい私も、空手の練習を頑張りすぎて、
「あいたたた・・・腰が・・・」と言いつつ、
PCの前に座っております(笑)

「これは、プライドじゃなくて誇りだ!」

どっちでも良いけど、あちこち痛いです(あはは)

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2010.12/04(Sat)

【だんな様は霊能力者】 幽体離脱 

幽体離脱って特別な言葉だと思っていましたが、
先日の月例会でお話を聞くと・・・
わたしも、わたしもと、色々聞くうちに、
なんだかとても普通な気がしてきてしまいました(笑)

「ねえ、いつごろから幽体離脱できるってわかったの?」
などと、だんな様に思わず聞いてしまいます。

「小さいころから。普通だった・・・」
本人いわく、付き合っているのが付き合っているものだったから。

「え?誰と?」と思った私は肝心なことを忘れていました。
だんな様の小さいころのお友達のこと。
妖怪と遊んでいたという基本的な情報をすっ飛ばしていたんですが・・・

あ、と思い出したのは、妹の子供がまだ小さかった頃、
(って、今でも小さいのですが)しばらく日本に住んでいて、
「ロンドンに帰りたいって思ったことないの?」と彼に
聞いた私。
「思い出せない」という彼に。
「ほら、よ~~く思い出してみて。
ロンドンまで、ちゃんと飛んでいけるはずよ~。
思い出すだけでいつでも帰れるしね」と話しかけたことがあったわ!と。

幽体離脱というと、なんだかとてもオカルトっぽいですが、
気持ちが今、ここにないという点から見れば、
体がどこにあろうと、心で感じているところに、
行けたりする訳で(と、普通に言ってしまいましょう!)

ほら、だって、身の回りにだっているじゃありませんか?
他人の事ならよくわかると思いますが、
会社にいるのに、まったく違うことを考えている人。
そんな人の存在感は、実際に幽体離脱していようといまいと、
ここにないことだけは確かだったりします。

ひょっとしたら、素質としてはみんなもっている事なのかも
知れませんが、これがあまりに現実とかけ離れると、
ただの妄想になってしまう。

一番難しいのは、自分が感じたことが、現実なのか、妄想なのか。
その区別だったりします。

確かに難しいその区別は、それを幾ら頭の中で区別しようとしても無理。

実際に、自分が経験し、ちゃんと自分の体で感じると、
現実と妄想の区別がやがてつき始めるものだそうで。

「区別しようとするのではなくて、肉体感覚をきちんとつけること」
そのほうが、ずっと妄想に悩まされて、
現実かどうか考えるより、それこそ現実的なのです。

もしも、幽体離脱ができるようになりたい人がいたとしたら、
その練習より、自分の体でいろんなことを経験する方が先だそうで。

逆に、幽体離脱して困る人の対処法も、同じだと、だんな様は言います。

「何でも頭で考えて、わかったつもりになっているだけでは、
所詮は、すべて妄想に過ぎなんだよね」
相変わらず、辛口のだんな様ですが、
確かにね・・・と思えてしまうのは、
やっぱり、幽体離脱できるからだろう・・・(笑)
と、思っています。

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2010.12/03(Fri)

【だんな様は霊能力者】 シンクロ その3 体から・・・ 

世の中では、幽体離脱なんてある?ない?
って話になりますが、ここでは、
そこは、すっ飛ばして、

「知らない間に、体から抜け出してしまうんですけど、
どうしたらよいでしょう?」
という、なんとまあダイレクトな悩み。

そもそも、そんな事あるか、ないかということを
論じている場合ではないのです。

「夜起きたら、自分の体から半分抜け出していて、
あっと思って戻りました」
なんて人は、一人や二人ではなく・・・。

この前、お見えになった方の家にも幽霊騒動が・・・。
「ある場所を、いつも歩いていて、部屋の前で止まるんです」
と、その娘さんが二人とも口をそろえて。
家中を心配するお父さんの気持ちはともかく、
驚かせていては、あらら、逆効果かも知れません(笑)

こういう人の特徴は、
体を実際に使って何かをすることより、
頭の中でいろいろ考え過ぎて、その世界に住みつく・・・
みたいな感じがします。

「どうしたら、飛び出さなくなりますか?」
「ちゃんと戻れるかどうかが不安なんです」

というのが、これまた共通の不安のよう。

心と体の結びつきが弱い人。
心や魂のエネルギーの強い人。
そんな人は、体よりそちらのほうに意識が
占領されてしまうのかもしれませんね。

ま、体から抜けられる・・・なんて話を聞くと、
「あら、いいじゃない?」なんて思われる人もいるかも。

そうなんですよ。
ちゃんと、コントロールできれば、これって素敵なツールにもなるかも。

数年前でしたか、月を見に行くなら、幽体離脱が良いか、
自分の分身が良いか、というこれまたすっ飛んだお話になりましたが(笑)
「私だったら、分身を送ります」とか、
普通に話が進んで、いや~おもしろかったです。

ここ数日、地球外生命体についてNASAが何かを発表するという
ニュースが飛び込んできましたけど、実際にそれを見に行くとか、
それと接触するとか、そこには予期できない危険もあるでしょうし。

どちらにしても、幽体離脱。
その対策は、「ちゃんと抜け出そうと思って、ちゃんと戻ってくる」
ことだそうで。

意識の話ですから、意識で解決する。
当然と言えば、当然ですが。

自分の中の体から無意識に抜け出したいと思う自分。
それこそ、どこかで、自己統一する訓練が必要なのかもしれませんね。
(あ、ちなみにちゃんと自己統一できたら、
それはそれで、ちゃんと体から抜け出すことはできるそうです!)

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2010.12/01(Wed)

【だんな様は霊能力者】 シンクロその2 天狗のお話 

月例会でシンクロした話題、その2は、「天狗」
ど~~して、その話題になるの?と思いきや、
実は、こんなのに行ってきました~と、
天狗の事についていろいろ書いた本を、
もってきていただいたところから、話が広がる、広がる。

お参りするのが、日常の一部になっている人たちがいて、
ある神社に最近お参りし始めた場所。
そこが、ずばり、天狗を祀った神社らしく・・・
「まだ、なんとなくなじみになれなくて。
色々、ネットで調べたんですけど、よく由来もわからないんです」
と、彼女が言った側から、その本をめくると、
ど=ん!とそのお姿が、しっかり描かれていました(笑)


すると、もう一人の人が、
「私、天狗に掴まれたことがあるんです!」
と、十年来、誰にも言えずに心の中にしまってきた
彼女にとっては怖かったお話をしてくださいました。

もっとも、驚いたのは、彼女だけじゃなかったらしく、
偶然、バチっと目が合った天狗の驚いたような姿を、
想像して、みんなで爆笑!

そして、その後、みんなでその本をさらっと見て、
はたまた、天狗にもいろんな種類があるということが
わかりました。
これは、長年の私の謎でもあったのです。

よくテレビなどで見かける、鼻のながい比較的人間に近い
顔立ちの天狗と、鳥のくちばしのような顔の天狗。
ん?違う種類なのかしら?とか。

いやいや、本をお持ちくださった、Kさんのおかげで、
数人の謎や悩みが解決です。

「天狗って、会ったことある?」と、
これまただんな様に聞きます。
いや~、経験上、本に書いてあることは事実であっても、
(って、この場合、どこまで事実だ~って聞こえてきそうですけど・笑)
すべてではありませんし、実際見たことがある人に確認は必要かと。

よく、昔の絵の中に「トラ」が描かれていますが、
多分・・・この人、実際にトラを見たことがあるのか、
多分・・・この人、人から聞いた話でこの絵を描いたのか、
なんとな~~~く、わかったりします(笑)

「彼らは、恐ろしくプライドが高いんだよね~」と、
これまた、会ったとも会わないともつかない答えですが、

私の頭の中は、だんな様が会ったことがあるかどうかより、
もし、プライドがそんなに高いという天狗に会ったら、
どう接したらいいのかしら?
と、対策に余念がない状態になっております(爆笑)

もし、お会いする機会があるとしても、
「対策と傾向」がある程度、身についてからが良いな~
と思っています。

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