2014.10/31(Fri)

【だんな様は霊能力者】 それぞれの現実と真実 

多少、哲学的な表現ですが、
様々な人にとって、様々に見えている現実、
そして、いわゆる真実は、かけはなれていたりします。

もう一つのブログに書いた、リフォームのプロセスにて、
頭の中のプランは、様々だし、それぞれの頭の中にあるのに、
ひとつの現実を作り出す作業となると、それぞれの人の頭の中にある
現実を、ひとつにまとめていく・・・作業と時間が必要になります。

何かが起こって、そこに自分にとっての「現実」を作り上げながら、
人は生きているのでしょうけど、その解釈はそれぞれさまざま。
だから、様々なアイディアが生まれ、その中の接点となるものが、
多くの人の「現実」となり、やがて「真実」と認められていく。
ですから、ココには、人との『見解』の交流がないと、
なかなかそのプロセスが進みにくかったりします。

もちろん、物事の中には、「自分にとっての現実」を大事にしていかなくては
ならない場合もありますから、ここは難しいところですが。

昨日は伝授の中で、そんな話になりました。
深くて難しくて、そして、そこを目指して心を決めたら、きわめてシンプル。

自分にとって、都合のよい「現実」の解釈は、「妄想」となり、
いかにもありそうに自分には思えるのに、真実とかけ離れていく。
真実が見えるのを遮っているのは、「都合のよい」解釈なのですが、
そこには、人間ならではの「執着心」があったりします。

自分の心の中の「執着心」を捨てていく作業。
それが、修行には必要なのだと・・・いう、とてもふか~~~い話。

例えば、誰かが亡くなる事は、とても寂しいことだし、
悲しいことですが、究極、その寂しさや、悲しさは、
「自分がその人に会えなくなる、接点がなくなる」ことへの執着心だったりします。
・・・というほど、人との別れの局面に立ち会うと、
そんな冷静なことなど、考えもできないほどの気持ちにもなりますが。

ただ、どこかで相手の本当の幸せを祈る、真摯な気持ちがあれば、
「悲しみ」や「寂しさ」という自分の中の気持ちだけで、とどまっていては・・・。
相手が次に進むのを邪魔してしまうことさえあります。

本当の「優しさ」や「思いやり」の気持ちに達するまで、
お互いに「時間」が必要なことはもちろんですが、
留まらずに、進んでいくことで、救われて行く。
それは、自分も相手も同じこと・・・。

それぞれの現実はいくつあっても良いと思いますが、
時間をかけて、自分が思い込んだことから、解放される・・・。
それこそ、言うは易し、行うは難しなのですが、
自分のためにも、相手のためにも、「そこ」を常に目指したいものです。

CIMG2334
CIMG2334 posted by (C)kumisensei
それこそ、同じ夕日の写真でも、解釈はいろいろ。
きれい~と思う人も、寂しいと思う人も、それから、やっと一日が終った
え~もう一日終わり???と思う人まで。自分にとっての解釈なんですね。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
スポンサーサイト
EDIT  |  03:27 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/29(Wed)

【だんな様は霊能力者】 お不動様のご縁日 

今日は28日、お不動様のご縁日の日です。
先日、護身法をお教えしていた時のこと。

色々な仏様になりきる、というイメージングをするのですが、
ある方が「不動明王」になられた時、さすが、なりきっているけど・・・
でも、その姿がちょっとだけ辛そうだったのです。

ご本人にお聞きすると、地元の馴染みのある不動明王様だそうで。

「仏像になっている仏様の姿は、ある一瞬の姿だよ。
ずっと、その姿でいるわけじゃない」
と、だんな様。

と、同時に、ある瞬間の姿が、心の中の何かを伝えてくれるときもあり。
すごく頑張って、ある土地を収めようとしているのね~と、
その姿を見ながら思いました。

今日、お不動様のご縁日にまたいらしたご本人に、今度は馴染みのある
お不動様ではなく、自分の好みのお不動様に会ってくださいね~と言ったら、
かなり、イケメンのそれもワイルド~な、お不動様(笑)

お不動様という存在は、とても大きい存在ですから、
その人、その人に必要な姿で、祈る側が解釈して、作りだしている姿でもあります。

ある時、お不動様のご縁日、いや~、今日のお不動様は格別イケメンだった・・・(笑)
と、私が言ったら、だんな様のお弟子さんSさんは、おじさまお不動様と会ったと。
つまりは、Sさんにとって、その時に必要なサポートは、オジサマ的な
お不動様の側面だったのでしょう。

私個人的にはお不動様にお会いするとき、あまり深くは考えていないのですが、
間違ったことは、間違っている、と、正道を歩める姿をみたいと思って、
お会いすることにしています。
それがなぜ、イケメンなのかは謎ですが(爆笑)

その時のお不動様は格別、活動的で、色々な姿を見せてくださったらしく、
だんな様は、だんな様で
「あ~、びっくりした!お不動様が立ち上がって、歩き出したみたいに見えたよ」
そして、5大力尊残る4体の仏様が慌ててその後を追われたそうで(笑)

「考えてみれば、いつも仏像の姿のまま黙って座っている、
あるいは、立っているはずないよな~」と、だんな様。

活動的でしょっちゅう動き回っているお不動様に追いて行くことになっている、仏様方。
「またか!」と、お付きの役も楽ではなさそうです(笑)

仏様といっても、全部ではないですが、かつては人間として生きたことがある方々。
人間として生き、その中で「悟り」を得たからこそ、人間に対する理解があるわけで。
生きている人間からすれば、理想の姿であっても、
どこか遠くに置いておくのではなく、心の中を含めて、
身近に置いて、本気で目指したいものです。
そして、それも、自分の好みの姿の仏様を。

CIMG2320
CIMG2320 posted by (C)kumisensei
真ん丸な夕日が染める空の色は、お不動様の赤に似ている気がします・・・。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3



EDIT  |  01:34 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/28(Tue)

【だんな様は霊能力者】 自分らしくのイメージング 

「こんな風になりたい」
心のどこかにあるようで、はっきり、くっきりわかるかというと、
自分がなりたい姿なのに、意外とぼんやりしています。

「これは嫌」というのは、それに比べると、比較的わかりやすいです。
経験すれば、おおよそ一度で自分の好みか、そうでないかはわかります。

なりたい自分になる、難しさは、自分で「こうなりたい」をクリアーにすること。
これが意外と難しいものです。
まあ、「こうなりたい」なんて真剣に思う時は意外と、
「これは嫌だ~~」って局面を体験している時だったりもしますから、
どんな経験も貴重といえば、貴重。

なので、「苦しい」とか「辛い」とか、そんなときに、
「こうなりたい自分」の姿がちらっとだけ見えたりもするのですが、

「なりたい自分」=「今の自分」-「今抱えている苦しみ」

という公式は、残念ながらなりたちませ~~ん(汗)

「悟る」という言葉を聞くと、苦しんでいる時ほど、憧れに近い気持ちで、
それに近づきたくなりますが、それは、自分の望んでいるものが手に入る
という引き寄せの法則が使えるようになることでも、
苦しみが全くなくなる世界に行くことでもないんな・・・
と、当たり前のことに、ハタ!と気がついたりして(←今更かい!)

昨日はここで、いつものように、自分を守る方法「護身法」をお教えしましたが、
「自分を護る」という作業も、これまた、嫌なことから自分を護るのではないのですよね。
どんな場所にいても、自分らしくいられる境地。
う~難しそうですが、「護身法」では、これを
「泥の中から茎をのばして咲く蓮華の花は、泥にまみれていない」
と表現しています。

偶然にも、この表現、今、翻訳中の文章の中にも全く同じ表現が出てきて、
ここのイメージングって、大事だわ~と再認識。

と、思っていたら、イメージに近いスイレンに熱川バナナワニ園で出会いました。
そして、お釈迦様が悟ったという樹にも。
これは~~~!と、写真を撮ってきました!
イメージングに活かしてもらうためにあえて、大きな写真でお送りしてます。

IMGP9696
IMGP9696 posted by (C)kumisensei

う~ん、この蓮華の花に至っては、この花の上に座ってみたい(笑)
IMGP9708
IMGP9708 posted by (C)kumisensei
お釈迦様が生まれ、お釈迦様が悟りを得、お釈迦様が亡くなったという樹も目にすることができました。
このエリア、「悟りの道」と言うそうです。
IMGP9723
IMGP9723 posted by (C)kumisensei
機会があったら、お出かけあれ~~!!!

ご法話的に言えば、
「泥の中にあって」=「いろんな悩みや苦しみの中で生きて」
「泥のつかない花を咲かせる」=「純粋さを忘れない」
となるのでしょうね。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  03:35 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/26(Sun)

【だんな様は霊能力者】 一度遠ざかると 

すべてのことに共通することですが、一回ぐらいと休んだり、
すっ飛ばしたりすると、「遠ざかってしまう」んですね。

私たちも今週は、道場、伊豆のアニマルキングダムに行ってお休み。
毎週火曜日に行くと決めてから、旅行などでお休みしたことはありますが、
できるだけ、行きたくない時ほど、行く!ことにしています。
じゃないと、その次がもっと行きたくなくなる(爆笑)

「一回休んだ後って、こうやって遠ざかるんだよな~って思うよ」

つまりは、休んだ後の練習は、いつにも増してめんどくさく、辛く感じる
ってことなんですね。

むか~~しから言われているように、「継続は力なり」
まさに、そう感じるのですが、「継続は、物事を当たり前にする」
のでもあり、辛さやめんどくささを半減させてくれます。

辛いな~と思うこと、めんどくさいな~と思うこと。
でも、これから先の自分のためにやり続けた方が良いことは、
自然に、当たり前になるまで、繰り返すという作業は、
その時、その時には、たった一回、一瞬のことですが、
後で、大きな違いになって表れてきます。

そして、それに気が付いて、また再び遠ざかったものを始めるには、
体もシンドイし、気持ちも乗らない・・・。

仕事でも同じで、私の翻訳の仕事も、それからこうしてブログを書くことも、
時々、気が遠くなるほどの作業量だったりしますが、
「ずっとやっていれば、終る」
すごいな~と思う人が仕事をするときには、
すごいな~と思う仕事を繰り返すことが、「普通」になっているだけなのかもしれませんね。

一度始めた事を全部、まじめに、きちきちとこなす必要はないと思いますが、
自分にとって避けられない「事柄」に関しては、むしろ、
「継続することで、楽ちんにする」作戦が、次のステップへと進む最低条件。
でないと、次は、もっと沢山の仕事をこなさなきゃいけないことになりますから。

こうなりたい、ああなりたいという目標や希望は、大事、大事。
でも、それにはそれなりの仕事量や精神力も、もれなく、ついてくる(爆笑)
ってことを忘れないようにしたいものですね。

そして、その繰り返しの中で、繰り返すことが目標にならないよう、
ずっと目指すところを見続けることができるように。
せっかく頑張っていても、違うものを観ていると、違うところにたどり着くことになってしまいますもの。

続けていれば、見えてくる風景もいろいろ変わったりしますし、
迷いもすることだと思いますが、その目標をどこに探し続けるか。
それも、大事、大事。
頑張っては来たものの、あれ?ってことがないように。
目標も、繰り返しの中で、見直したり、バージョンアップしたりする必要はあるのでしょう。

今日は、全日本の空手の試合を観戦しに行きましたが、
それこそ、次元の違う空手の練習を積み重ねてきた人たちの姿には、
いつも感動させてもらっています。
勝つことが目標であり、そしてきっと次のステップは試合に勝つだけではない「何か」
のために。
想像ですが、ただ勝つためだけを考えて練習する中で、
それ以外の何かが生まれてくるのかな~と。

空手以外の修行も一緒なのでしょう。
自分が探し求めるものが、どこにあるのか。
いつも確認しておく必要はあるのでしょう。

CIMG2288
CIMG2288 posted by (C)kumisensei
試合観戦を終えて外に出ると、すでに陽はすっかり落ちていました・・・。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  05:00 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/24(Fri)

【だんな様は霊能力者】 目的意識 

同じことをしても、同じことをしている「つもり」でも、
目的意識が違うと、結果に大きな差がでる。

言葉にしてしまうと、こんなに簡単で、
実際にその違いが見えると、こんなに明らかで、
それなのに、目的がずれていることに気が付きにくいものだ・・・
とは、改めて最近、思ったこと。

例えば、仕事。
いろんな仕事には、いろんな仕事の仕方があるし、あってよし、
なのですが、自分が目標としているところに近づこうとすれば、
遠くの目標を見失うと、どこかでバランスが崩れやすくなったり、
その場の、いろんな人の思いにかき乱されたりしやすくなります。

結果的には、仕事をすれば「対価」を手にするわけですが、
同じ仕事をしていても、「対価」のためにやっていると、
これだけやったのに、これだけしかもらえない・・・な~んて気持ちが起こったり、
あの人はこれだけしかやってないのに、なんで・・・な~んて気持ちになったり。

いつのまにか、一生懸命やっていたはずの道筋が、
不満や、人との比較を生み出してしまうことも少なくありません。

逆に言えば、不満があれば→どうすればもっと良い仕事ができるか
人との比較をし始めたら→どこが自分の参考になるか
そんな視点で、見つめることができたら、それもそれで自分のステップアップに。

不満や人との比較の中からは、「同じ仕事」をやっていても、
思ったような「結果」はいつになっても生まれない・・・
さらなる、不満や人との比較を生み出す、スパイラルの始まりです。

ここから抜け出すのは、やっぱり、最終的な目標。
「生きていくための仕事はそのように」
「生きがいにする仕事はそのように」
それ以外の部分を切り捨てる、潔さが必要だったりします。

恐怖感から仕事をしてしまうと、
(評価されなかったらどうしよう、とか、生活できなかったどうしようとか)
必ずと言ってよいほど、優先順位を間違えて、
結局は、評価されないものを先にやってしまったり、
いつも生活できるかどうかを考えてしまう状態から抜け出しにくいらしい。

不思議なもので、こうした思いから解放されたら、
自分が感じる自分の大事な事から優先していると、
人の評価も気にならないし、評価が後からちゃんとついてくる。
そうすれば、生活のことを気にすることもなくなる。

な~んて、言葉にすると、それこそシンプル。
実行しようとすると、これほど、一瞬、難しく感じることもなかったりして(苦笑)

でも、目的意識がずれてしまったことで経験することも、それこそ大事な経験。
要はその経験から、何を感じ、何を学ぶかということなのでしょう。

しばらく、ブログを休んでいましたが、もう一つのブログにも書いたとおり、
ひたすらゆっくり、のんびり、日頃感じていないつもりでたまったプレッシャーを
解放することに専念して、伊豆のアニマルキングダムに行ってきました。
あ、だんな様の目的は「野生に戻る」だったそうで(爆笑)
え~~、どんな「野生」に戻るの~~~~(汗)
目的は・・・果たされた・・・・のだろうか・・・。
IMGP9647
IMGP9647 posted by (C)kumisensei

CIMG2254
CIMG2254 posted by (C)kumisensei


http://www.h4.dion.ne.jp/~u_bukkyo/
Adept・Mentor 島津相談室
EDIT  |  04:24 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/19(Sun)

【だんな様は霊能力者】 癒しの場所 

先日、ミッションで高野山に行って以来、母は高野山が大好きになった様子。
「また、行きたいわ~」と、繰り返しています。
ま、台風で、あれだけ人が少なく、落ち着いた場所なら、
誰でもファンになりそうなもの。

前回、私が受付の人と間違えた「空海」さん。
今回は、間違えないようにと、少し緊張して奥の院の前に立つと・・・
ああ、と言って、履物を履いて、すぐに出てこられて、
気が付くと私のとなりに・・・立ってらっしゃる・・・と思いました。

私が奥の院の前に立って、さあ、ご挨拶を!と思った時には、
実は、私たちの前にお参りを始めた人たちが10人ほど、一生懸命、般若心経を繰り返して唱え中。
あの・・・そっち向いてお経を唱えても、ご本人は、後ろにいらっしゃいますけど・・・(苦笑)

と、ひとしきり、般若心経を唱えたグループの方々は、それを知ってか知らずか、さっさと退散され、
またしず~~かな場所になりました。
(他には人がまばらでほとんどいない・・・台風ですものね)

高野山は開山1200年を来年に控えて、色々なイベントが繰り広げられているよう。

けど、感覚的ですが、空海さんご本人は、それはいわゆる「人間」に任せている、
って感じでした。
きっと、あの場所に立っただけで、祈りが通じるとか、通じないとか
そんなことは関係なしに、「ああ、ここに来れてよかった」という空気さえ
流れていれば、それ以外はどうでも良いこと・・・と思われていると。
それが、人間にとっての聖地の条件なのでしょうね。
 
何しろ、生きていらしたころの空海さんから考えれば、
あの地に留まっていらっしゃるとしても、
同時に、どんどん先に進まれているはずですから、
人間の営みに、いちいち、目くじらを立てるお暇もないでしょう(苦笑)

「今の時代、いわゆる聖地ってないんだよ」と、だんな様。
だから、聖地は自分の心の中に作り上げるものだと。

人によって、その聖地のイメージも、その深さも、広がりも、それぞれ。
だからこそ、人間の思う、人間らしい『聖地』である必要もあるのね~と思いました。

きっと、奥の院で、空海さんが後ろにいる状態で、
一生懸命、般若心経を唱えていた人たちも、
そのことで、心のどこかが救われていたんだと思います。
まさに、天は自ら助けるものを助ける。

本当のところ、「神様」や「仏様」に祈っていること、祈願していることのほとんどは、
自分で叶えているのかもしれません。
っていうか、自分で叶えるぐらいの気持ちや行動力がなければ、
祈願は通らないものであったりするので、神や仏の力があったか、なかったかは、
どちらとも言えず、微妙。
ただ・・・祈る本人の、本気具合はいつも試されていると思った方がよさそう。

高野山に行って、心が洗われたわ~と言っている母の言葉を聞いて、
祈願をしたり、お願いごとをしに行ったわけではないのですが、
高野山など「聖地」を保つ意味が少し、分かったような気がしました。
神や仏レベルの浄化された場所であっても、なくても、
いろんな人の心の平穏に触れられる場所。

実は、聖地はこうしたお願いことをすることも多いので、
経験があるかもしれませんが、被ったりもしやすいのです。
悩み事があるからこそ、遠い聖地まで、必死の思いでやってくる人もいるのですから。

「聖地に行って、どこに焦点を当て、祈れるかってことかな」
と、だんな様が言うように、聖地はやっぱり誰もが足を運びたくなる、
運んだだけで、救われた気持ちになる、ってのが第一条件なのかもしれません。

CIMG2194
CIMG2194 posted by (C)kumisensei
聖地ではないですが、今日、私が癒された、空の雲!!!
わずか5分ぐらいで、すっかり消えてしまいました・・・。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3

EDIT  |  03:16 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/18(Sat)

【だんな様は霊能力者】 体から抜け出すって、意外と効率悪し! 

スピリチュアルな人にありがちな、「どこかふわ~っと浮いた」現実離れした感じ。
というか、実際に、体を抜け出して、あちこち、飛び出してしまうことも。

体を抜け出し、あちこち、飛び出す!というのは、
どうやって起こりやすい人と、そうでない人がいるんだろう?
最近の私のトピックなんです。

どこか現実離れしている。
だけど、どこかはとても世俗的。

良い悪いではなく、この幅というか、その離れっぷりのバラバラ加減というか、
それも人それぞれ特徴があったりするですが、
基本、自分で意識しない限り、目的がない限りは、
体から抜け出して何かをする、というのは、この三次元の世界では、
得しているつもりでも、あんまり効率的でない。

やっぱり、「体」をちゃあ~~んと使って、
「心」と「魂」と一致させていかなければ、
何かに興味を持って、「覗き」に行ったり、
近道したつもりでも、漏れ出すエネルギーの方が多かったりします。

スピリチュアルな人の場合でも
1)すぐに体を抜け出す傾向のある人
2)しっかり、現実を生きすぎて、現実と思いの世界の法則が違うことを忘れてしまっている人
3)思いの世界の法則を知っていて、現実のある場面でそれを適応できる人

などなど、レベルもそれぞれ、方向もそれぞれ。
私的には、あんまり「体」を抜け出して、いろんな経験をしようと思うタイプではないので、
うっかり抜け出すってのが、感覚的に理解しにくい(苦笑)

「何が、どう違うの???」と、ココは早速だんな様に質問すべし!です。

「基本的にね、体を抜け出しやすい人って、いろんなことが外から来たことのせいで
起こっているという強い思いがある人」

つまりは、原因探しを無意識にも、自分以外のところに求める傾向があるそうで。
逆に、すべては自分が引き起こしている・・・と、自己反省が多い人も、
これまた、体に留まっているつもりでも、「自分の内側の世界」に引きこもる傾向があるそうで。

いや~、どちらも、あんまり楽そうではありません。
・・・というか、どちらも、「そこ」を探しても、宇宙の興味の対象「解決策」はなさそう(苦笑)

だんな様曰く、
「大概のことは、大したことがない、そんなこともあるさ~~と、
流すこと、忘れることができる、それが大事」

せっかく、スピリチュアルという壮大な世界とご縁があるのですもの。
わざわざ、ひろ~~い部屋の一畳で生活をし、
狭い、狭い、辛い、辛いと文句を言いながら生きて行かずに済むよう、
自分の世界は、広げていきたいものですね~~~~~。

CIMG2180
CIMG2180 posted by (C)kumisensei

宇宙だって広がり続けているそうです。
自分の世界も広げておきたいな~~。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  03:53 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/17(Fri)

【だんな様は霊能力者】 魂参加 

普段は、誰かが体を抜け出してここにやってくるのも
ある意味普通になっているので(爆笑)、
だんな様も私もいちいち気にすることはあまりありません。

でも、伝授の時には、飛んできた!というのに、
リトマス試験紙のように反応する人が沢山いるので、
気になったりして(笑)

毎日のように来られる方もありますし(笑)
思い出したように来られる方もあります。

その瞬間、だんな様のお弟子さんSさんはくしゃみを始めます。
そのご本人は、珍しく昨日欠席、いや、魂参加!だったのですが、
確かに、一度、来られて、出席だけ取って・・・帰っちゃいました(←爆睡中?)

どうやら、眠っている間に、どこかにお出かけするのにも、
得意、不得意があるらしく、私もこれはちょっと不得意。
かと思うと、ココを思い出しただけで、必ずのようにお出かけしてきてしまう方も。

意識してお出かけするのであれば、それなりに目的を果たされるのでしょうけど、
そうでない場合、お出かけ先が、ここであっても、どうでなくても、
起きた時に、どっと疲れている・・・眠って休んだはずなのに・・・
というのが普通です。
何しろ、中身が休んでいないので、疲労感が残るのは当たり前。

便利なようで、そうでもない、「お出かけ現象」
まあ、敢えて言えば、体から抜け出した「お出かけ」は、
ちゃんと目的地を持って・・・というのが無難だというところでしょう。

中身が抜け出した体には、他のモノが入りやすくなっている、
ある意味、危険な状態でもありますから。

思っただけで、相手に伝わっている・・・というのは、
本人が意識していないことも多いのですが、
感覚が鋭い人は、それを受け取ります。
その上、ネガティブなエネルギーほど粘着質なので(苦笑)
分かりやすい・・・というか、一度で終わらない・・・というか。

誰だって、面白くないこともあれば、ネガティブな感情を持つこともあります、あります。
ネガティブな感情を、抑え込もうとしても、
体から飛び出しやすい人は、眠った時に
逆に、飛び出してしまいますし、何しろ、
疲れるのと、何も解決に向かってはいない・・・。

そう、そう、ただいまリーディング中の本にも出てきます。
「宇宙は、問題やトラブルには全く興味がない。
宇宙の興味は、解決策にある」と。

自分のネガティブな感情を持つ「事柄」に
いつかは、ちゃんと向き合って、物事の考え方、捉え方を
自然に変化さて行くことで、「解決していく」。
・・・そんなプロセスに、宇宙は「力を貸す」のだそう。

「悩むな、考えなさい」
と、だんな様が繰り返して言うのも同じことなのでしょうね。

CIMG2152
CIMG2152 posted by (C)kumisensei
細い枝にふつ~~にとまれ、風が吹いてもOKな、鳥のバランス感覚。
考えても・・・わかりそうにありません(笑)
でも、「そんなことは普通」と思うか、
「実際に、木にとまっているんだから、方法はあるんだよな」と思うかってことこでしょう。

CIMG2149
CIMG2149 posted by (C)kumisensei

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  03:54 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/15(Wed)

【だんな様は霊能力者】 知らない間のストレス 

自分では疲れているつもりがなくても、知らない間に溜まるストレス。
無自覚性のストレスとも呼ばれますが、感覚の鋭い人にとっては、
鋭いはずが、日頃、できるだけ無視して過ごそうと努力している間に、
自覚はしてないのに、しっかりストレスが溜まっている!ってことがあります。

眠っている間にも、感覚がゼロになることがないので、
いくら眠っても眠かったりして、なかなか疲れが抜けないのは、
まあ、感覚の鋭い人達に限ったことではないでしょうけど、
眠れない度合いが、普通の感覚の人達とは、大きく違います。

何しろ、夜になると、こうした人達は元気になる。
眠っている場合じゃない!って具合に(苦笑)
あるいは、眠っているけど、どこかにいつもお出かけ。
つまりは、肉体を抜け出して、他のところで活動中。
これだと、どちらにしても、昼間は半分眠ったようなもの。

まあ、ある意味、半部、眠ったぐらいの状態で、ちょうど良かったりするんですが(苦笑)
うっかり、刺激の強い被りなど外からの影響を、無防備な状態で受けてしまうと、
いや、いや、ぶっ倒れてしまうほど、がっつり「被り」ます。

とはいえ、倒れるまで、倒れないのが、こうした人たちの特徴でもあるので、
側にいる人がいくら止めても、ある意味無駄・・・。
本人が、「これは限界かも・・・」と、気が付くまで、見守るしかありません。
魂のエネルギー上位で生きている人の、宿命みたいなもの。
体のエネルギーが追い付いて行かなくなるまで、待つしかありません。

何しろ、自分が魂のエネルギーで動いているときに、
疲れているから休みなさい!とか言われたらわかりますが、
自分では疲れを感じていなかったり、しますから、かなり厄介(笑)

でもね、側にいる人が、「疲れているからしっかり一度休んだら?」
と言ったら、それに耳を傾けることだけは、
どんなに、ノッテいると自分で思っていても、
忘れない方が、自分の身のためだと思います。

CIMG2139
CIMG2139 posted by (C)kumisensei
台風一過。
敏感な人には、気圧の大きな変化も、体調に響きます。
この数週間は、辛かったですね~~~。


お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3

EDIT  |  01:39 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/14(Tue)

【だんな様は霊能力者】 世の中の流れ 

いや~、世の中の流れってついて行くのに一苦労(苦笑)
全部ついていく必要もないと思いますが、それでも、
例えば、携帯の使い方、家電の使い方、銀行のシステムなどなど、
ついて行かないと不具合が起こることも沢山あります。

ひとつ便利なことができると、
ひとつ知らないと不便なことが起こる。

ん~、便利に便利にと進んでいるはずの世の中。
気が付くと、電子レンジひとつ、ボタンを押して調理するのに、
どこを押せばいいんだ~~!!(汗)状態に。

よく霊能力者というと、どこからか伝わってくるものを
伝える・・・ってイメージがあって、現実離れしていると思われがちですが、
(まあ、実際、現実離れしている部分もある・笑)
問題の解決策、となると、現実に沿ったものでなければ、
それこそ解決しないわけで(苦笑)

「時代の流れについていけなくなったら、定年のない仕事だけど、
続けるのは難しかな・・・」とだんな様。

世の中の価値観も恐ろしいほどのスピードで変化しています。
それに自分らしさを保ちながら、自分の大事に思う価値観を
ある程度変化させていくのもこれまた難し!

この前は、ここで「もったいない」という感覚の話になりました。
当然ながら、母などは、なんでももったいないと、捨てずに取っておき、
いざ、「あれは?」と聞くと、あるけど、どこにあるかわからないという事態(苦笑)
あ、母の話のように言いましたが、私にもよく起こります・・・同じこと。

ものが溢れる時代、変にどこに置いたかわからなくなるより、
必要な時に、必要なだけ、と思っていながら、買いだめしたりして、
結局は使わずに置いておくとか、よくあること。
でもって、使わないものをためておくスペースのもったいなさは、
どこかで欠落してしまっています(涙)

最近、ものを整理して、狭いところに引っ越す!と決めた母。
時々、引っ越し先に泊まりに行く練習をしています。

「暮らしてみて必要なものだけ、少しずつ運んだら?」
と、いう私の提案に沿って、必要なものと思ったものだけ。

おおよそ、必要なものがそろったらしい、引っ越し先で起こること。
「あのね、暇なのよね・・・テレビ観るぐらいしかない。
結局は、日頃、どれだけ、要らないものに時間を取られているか
ってことに気が付いたわ~~」と、母。

なんでも、かんでも、捨ててすっきり!すればよいというわけではありませんし、
「片付けなくては!」というプレッシャーのあまり、
断捨離に走った私が、押し入れを開けたら、すでに断捨離済みだった(苦笑)
なんてのもありますから、
片付けも、ものを捨てるのも、その人なりのペースや順序があるのでしょう。

ただ、モノも、資源も、人間も、すべては循環しているという観点から見れば、
自分の家に、使わずに溜めておくのは、体にくっついて使わない脂肪と同じ。
自分の体とはいえ、必要な脂肪と、必要な筋肉の区別がつかず、
あまりに断捨離しすぎて、活動するための筋肉まで落としてしまうってのもあり。

とにかくは、捨てる時には、「捨てる」のではなく、「循環させる」という意識。
「ありがとう!どこかでまた役に立ってね~~」とバイバイしてみると、
意外とうまく行くこともあります。

世の中の流れの早さ、と、自分の感覚。
それこそ、いつもアップデートしておかないと、
携帯と一緒で、使えなくなってしまぅ~~と思う、今日この頃です。

IMGP9303
IMGP9303 posted by (C)kumisensei

2008年、夕日の写真を撮り始めたころの写真。
結婚祝いに皆さんからいただいたカメラは、大活躍しました!
が、今年、とうとう寿命を迎え、新しいデジカメに買い換えました。
(修理するより、買った方がお得!と修理を依頼した会社から言われました)
・・・十分、働いてくれたと思いますし、カメラの性能はともかく、
空という素材は・・・カメラの性能とは関係ありそうで、なさそうなきれいな風景です!

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  04:46 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/13(Mon)

【だんな様は霊能力者】 祈願 

昨日、ココで、自分のことで祈願をかけたことがあるかどうか、って話になりました。
祈願と言っても、それこそ、これまた、お願いっぷりってやつがあります。

ちょっとしたことで、「こうなりますように」なんて程度、
そもそも「祈願」とは呼ばないでしょうし。
「どうか、助けてください」などと、自分の命と引き換えにする覚悟の「祈願」もある。

願いの叶え方・・・なんて本、スピリチュアル系の本の翻訳をしているという
職業柄、それこそいつも、いつも出てくるトピックでもありますが、
どうしても、「叶える手法」に人は焦点を当ててしまいがちです。
でも、いわゆる「願いの叶え方ノウハウ本」と見えるものでも、
実のところ、著者が言いたいところは、
「願う時に起こる、人の心の中の動き」

変な表現ですが、願いが叶ったか、叶わなかったか、
そこだけを見つめていると、いつまでも
手法が間違えていたかな?的な視点しか生まれず、
そこの部分の試行錯誤を繰り返し、繰り返し。

さて、さて、ちょっとしたお願いから、
命を引き換えにするお願いことまで、
祈って、願うわけですから、
誰に対して・・・お願いするかという
大事な、大事な点もあります。

小さなことを、いつもいつも、助けて~ってお願いするものね・・・
だし、
いくら真剣にお願いしているつもりでも、そこに自己保身の意識があれば、
うまく行かなかったり

きっと、願いを叶えてくれる対象は、私たちが思っているのとは違う観点での
「願い事を叶えるかどうか審査」をしているのかも(笑)

人間関係でも、簡単に、「はい、いいですよ~」と、頼みごとを引き受けてくれる
なんていうのは、後が面倒くさそうだし、(←あの時やってあげたじゃないってことが起こりやすく)
誰に何をお願いするのか、というわきまえも必要だろうし。

神や仏に「贖い」を求められるのは、私たちの願いことに対する姿勢を
問われているのかもしれません。

自分の事、お願いしたことが、一度もない!という奇特な人もいるかもしれませんが。
やっぱり、人生のいろんな局面には、人事を尽くして天命を待つ!という瞬間は、
否が応でも訪れるわけで。
その時、どんな姿勢で、立ち向かうのかという。
ちゃんとお願いしても、叶えたい願いは、きっとあるはず、あったはず。

・・・と、思うのですが・・・

CIMG2131
CIMG2131 posted by (C)kumisensei


お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  04:25 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/12(Sun)

【だんな様は霊能力者】 目を休める週間は、供養週間 

先日の台風の中、高野山に出かけて、先祖供養を終えた後、
数日後に仕上げで、もう一度、供養と浄化をかけてもらいました。

ずっと、ずっと、昔の自分の先祖。
会ったこともない先祖の戒名を目にしながら、
だんな様やお弟子さんたちに、本当に気持ちの良くなる供養をしてもらいました。

そして、そして、今日はまた、供養2連発。
私の先祖が2軒、今日も2つの供養の内、一つは2軒一緒にやりましたので、
今週は、都合、5つの先祖の供養をしたことになります。

自分でも感じたことですが、先祖や子孫に対する、
なんというか、互いに通じる温かい気持ちは、
互いの執着のない、互いを本当の意味で思い遣る中で、
スッキリした感覚となります。

いつまでも、「ここにいてくれたら・・・」とか、
「どうして・・・」とか、そんな気持ちではなく、
お互いが、お互いの気持ちの落ち着く場所で、
それぞれに自分の人生を楽しみながら頑張っていくのを
冷静に応援できる・・・そんな関係が出来上がれば、
安心して、毎日を過ごすことができる、それが供養かな、と。

そして、年に何回かはお互いを思い出して、
「忘れてないよ~」と確認(お彼岸やお盆)
その繰り返しの中で、自分の人生も、自分の中にある先祖の人生も
しっかり生きていけそうな気がします。

今日も、供養に立ち会えて、終った時にはいつもそうですが、
純粋に「よかったな~」と感じます。
肉体を持っていた時の、苦しみを離れ、次の人生を歩む準備を始める。
その状態まで、できる限りの先祖を送り出すことができて、
いつも、幸せな気持ちになります。

もちろん、中には、そこまで行っても、生きていたころのことが
気になって・・・なんてケースもないわけではありませんが、
供養を繰り返していく中で、それもだんだん整って、より遠くの先祖まで、
自分の思いが届くようになっていきます。
ですから、時には、今まで気が付きにくかった先祖が現れたりして、
思いが予想より濃かったりすることもありますが、
それでも、そこに、なんというか、「光」が差す。
そんな感じが、供養かな~と、今日改めて感じました。

そして、そんな場合の「光」は、取りあえず、太陽のような眩しすぎる光より、
月のようなホンワカした光が心和む場合もあるのね~とも。
光りを届けるといっても、相手の状態次第なんですね。

心沈んでいる人に、あまりに叱咤激励しても逆効果。
しばらく休んでから、また、スタートすればいいじゃない!と
話すのも同じこと。
つまりは、人と人との関係だということは、先祖であろうが、生きている人に
対してであろうが、似ているのでしょう。

奇しくも、今週は翻訳の仕事を意識的にちょっと距離を置いて、中断!
と、思ったとたんに、供養週間。

私のスケジュールも、なんだか、妙にうまくできています(笑)

CIMG2121
CIMG2121 posted by (C)kumisensei

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  03:35 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/11(Sat)

【だんな様は霊能力者】 集中力と引き寄せの法則 

最近読んだ本に、書いてありました。
引き寄せの法則は、「思い」に反応すると。

となれば、「こうだったらいいな~」「ああだったらいいな~」
ぐらいでは、思ったものは引き寄るのが難しいってことになる。

そこで、普通は、自分の思っているものに集中するのが普通のプロセス。
「絶対こうする」って思う。
絶対、絶対、絶対・・・って集中して思う。
あれれ?ひょっとして、宇宙が反応するのは、思っている内容ではなく、
「絶対」って思いに反応する???

「ひとつ間違えると、執着になる」
と、だんな様。

スポーツの試合でも良くあることだけど、
勝つことに集中しすぎると、うまく力が発揮できないってことも起こる。

この辺りが難しいところなんでしょうね~~。
それこそ、5連覇を成し遂げた体操の内村選手。
かなり集中しているけれど、きっと「絶対」なんて執着は感じないと思いうのですが・・・。

きっと、この辺り、集中すること、ってことに対する一般的なイメージが
どこか少しだけずれているのかもしれませんね(苦笑)

「集中力がない!」と言われると、集中するべきこと以外、
目もくれず、必死で頑張る!みたいなイメージ、ありませんか?

確かに、ある時、ある時点で、あること以外に意識を向けないで・・・
というのは、大事かもしれませんね。
だけど、そんな集中力は、かなりのエネルギーを使います。
すると、今度は、「思い続ける」という持続力がなくなる(苦笑)

何しろ、確かに宇宙は「思い」に答えてくれるのでしょうけど、
本当にそれで良いのか?って何度も繰り返して問われるようなこともあります。
まあ、焦った気持ちになっていれば、一時も早く実現して欲しいものですが、
その実現には、周りとの兼ね合いとか、自分の思いにヌケがあるとか。

引き寄せの法則をかたる本の多くには、
「すでに願いは叶っている。
今、あなたが居る、その場所、その環境が、自分が祈った答えだ」
と書かれています。

それが、自分の思いと違う!とクレームをつけたいところですが(爆笑)
ひょっとしたら、自分の思いの詳細がちゃんと出来上がっていなかったり、
自分で思ったことを忘れてしまったとか、
無意識に願ったことが、叶ってしまっているとか。

どちらにしても、我も忘れて集中していると、
そうなったときに、見落としていること、きっとあります、あります。

以前にも書いたことがありますが、小さいころから言われてきた、
「集中力をつけなさ~~い」ってことに、弊害があるとは!!!

う~~ん、今更ですが、引き寄せの達人になるためには、
まずは、「今の自分がした選択が、今の自分を引き寄せている」
ってことを意識してみる。
でもって、何にどう集中し、どう思い続けるかを見直してみる。
っての、必要かもしれませんね~~!!
何しろ、相手が宇宙ですもの。
ごまかしは・・・効かないでしょうね(笑)

CIMG3608
CIMG3608 posted by (C)kumisensei
宇宙に見える・・・車の上に積もった雪。
自然は、スケールが違っているだけで共通してる何かがあるのかも?

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  02:54 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/10(Fri)

【だんな様は霊能力者】 先祖供養の仕上げ 

台風の中、予定通りに高野山へ出かけて、「墓じまい」を済ませ、
だいぶ、体も心も軽くなりました。
でも・・・まだ、なんとなく、どこかに何かが残っている感じ。

初めから、計画していたことですが、昨日はだんな様の
お弟子さんも含めて、もう一度、仕上げの先祖供養を。

ご先祖へのごちそうは、お花とお香。
そして・・・果物とお菓子・・・ん?メロンってご先祖様は知っているのかしら?
って話に前日なりながらも、用意しました(笑)
お花はいわゆる「菊」ではなく、「リンドウ」を中心に。
きっとリンドウはわかってもらえる・・・かな?
CIMG2067
CIMG2067 posted by (C)kumisensei
CIMG2068
CIMG2068 posted by (C)kumisensei

何しろ、ずっと昔までたどれる先祖の記録を見ると、
ちょっと見ただけで、享保(1700年代)とか文政とか(1800年代)に亡くなった先祖も。
平均して400年に一度、生まれ変わってくるというだんな様の話からすれば、
そろそろ、次の生まれ変わりの準備中?(笑)
ご先祖様の次の人生に、供養は間に合ったかな???

「たとえ、生まれ変わっていたとしても、きっと生きている人間に届くさ」

という、それこそ何とも、古すぎて、それこそ顔も何も知らないご先祖の存在。
でも、確実につながっている感覚は、供養の時ならではの実感として、
伝わってくるものでもあったりします。

だんな様とお弟子さんの心のこもったお経のおかげで、
ご先祖のみなさん、とても満足して、いらしたのもわかったし、
墓じまいした場所で安心されたのもわかりました。

有縁のものが、これから先もできるだけ長く参れるように。
もし、有縁の者がいなくなっても、安心できるように。
そんなみんなの願いから、今回の供養が実現したのですが、
供養に「心がこもっている」というのがいかに大事なことかというのも
よく、よく、わかりました。

「幸せになりたいのなら、先祖が先」
というだんな様の言葉も、これをしたらご利益があるとか、ないとか、
そういう話というのもありますが、三次元的時間の流れどおり、理屈通り。

・・・という余韻もつかの間、やっとひとつだけ、
急ぎの仕事を仕上げるのに、一日かかりました(涙)

これから、高野山もどんどん寒くなるんでしょうね。
開山1200年のイベントが目白押しのようですが、
暖かくなったら、また、お墓詣りを兼ねて、行ってみたいと思います。

CIMG1989
CIMG1989 posted by (C)kumisensei


お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  04:46 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/08(Wed)

【だんな様は霊能力者】 先祖とお墓 

言うまでもないことですが、お墓に関することは、慎重に!
当たり前すぎて、でも、敢えて、繰り返しますが、本当に気を付けた方がいいです。
それが、先祖の意向に沿ったものであったとしても・・・です。

今回、高野山に突然のようにミッション!と題して出かけたのは、
先祖の「墓じまい」のため。
つまりは、お墓を代々引き継いできたものの、その苗字の子孫は
残念ながら存在していません。
九州に居る母は、自分が生きている限りは、自分がみるから・・・
と、頑張ってきましたが、ここに来て、実家に残った者もおらず。

縁あって、高野山に収めることができることになりました。
・・・地元では、地元に残ったいとこや叔母が協力してくれ、
高野山では、台風の中、母が持ってきた先祖の遺灰を預けて、
ミッション、一応終了!

とはいっても、このお墓を移動することが決まってから、
私も妹も、体調がすぐれず、特に、先週ぐらいは、なかなか大変でした。
ココから先は、高野山で面倒をみていただくことになりますが、
こうして、先祖の供養に立ち会えるというのも、とても幸運だと
それこそ肌で感じました。

というのも、先祖の血は私にも流れているので、
先祖が安心すれば、私の中に残っている先祖の記憶が、
すっきり消える・・・。
どうしても人の思いというのは、心残りな事となってしまい、
ネガティブなものが多いのです。

ここまで来たので、後は自分の浄化をするってのが残っていますので、
気を許さずに最後の仕上げは、だんな様とそのお弟子さんたちに
お願いすることになります。

自分の先祖、顔も知らない、名前も知らない、先祖ですが、
今、体と心でわかるのは、ちゃんとつながっているということ。
そして、誰かがどこかで供養してくれているだろうということでは、
自分の中から、残ってほしくないものは消え去ることができないということ。

高野山へのミッションだけで、かなり良くなりましたし、
その後、頑張って空手に行ったのも、自分でできるだけ自己浄化しておこうと思ったから。
空手をやっている時の気の上がり方って、半端ないので、
それこそ体の中から浮き上がっている程度のものなら、
汗と一緒に、どっかに吹き飛んでしまいます。

不思議なもので、いろんなことが解決し始めるまでは、
どこに向かっているのかわからない!!って時もありました。
けれども、解決法を探し求めているうちに、ある時期から、
どんどんことが動き始めました。

ん~、台風は予定外でしたけど(笑)
ただ、おかげで、すっきりとした空気の中で、
金剛峯寺でお参りした後、外に出たら、雲の間から太陽が顔を出しました。
きっと、ご先祖様も、安心したって伝えてくれたのだと思います。
後、もう少しで、ひと段落つきそうです。
CIMG1948
CIMG1948 posted by (C)kumisensei
CIMG1983
CIMG1983 posted by (C)kumisensei
お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  04:05 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/07(Tue)

【だんな様は霊能力者】 高野山 

この前、高野山に行ったのは、数年前。
その時も、台風が直撃。
その時も、台風にも関わらず、予定通りに日程をこなし、
そして、今回も、だんな様の心配をよそに、予定通りにミッション終了。

まるで、台風に人払いをしてもらったかのように、
静かで、時折、雨がちらつき、時折、陽が差すこともある、
まあ、何とも不思議な旅は、今回も同じ・・・。

前回の台風の時の話は、偶然にも帰りのタクシーのおじさんが。
「この前のことがあったから、昨日、ほとんどの人が山を下りたよ」

・・・確かにひどかったです。多分、今回より。
それでも、旅に参加する予定の人たちは、全国各地から、
あるいは時間差で参加したにも関わらず、一人もかけることなく。

その上、その日はだんな様のお仕事の25周年を祝って、
大阪のホテルから、特大のケーキが専用のトラックで運ばれる予定。
私たちはそんなことは知りませんでしたが、企画したお弟子さんたちは、
はらはらしながら到着を待ったそうで。
無事到着した、お祝い用のケーキは、私がこれまで見た中で一番大きい、
そしてとってもおいしいストロベリーケーキ。
あまりのおいしさに、あっという間に、お替わりを含め、
みんなの胃袋に・・・。

みんな台風の中、ずぶぬれになりながら集まってくれたのですから、
そりゃあ、おなかも空きましょう(笑)

あの時も、奥の院までの道は、台風の雨で川のように水が溢れ、
人もまばらで、十分にお参りすることができました。

私と言えば、奥の院で座っている人をみて、
「受付の人が横向いて座ってた・・・」

「・・・それって、空海さんだよ」

「え?」

私は、当然ながら正面を向いて座っていらっしゃるとばかり思っていたので。
今回は、ちゃんと間違えたお詫びも申し上げましたが(笑)

数年間の旅行の時は、台風の次の日、スケジュールを強行した私たちは、
無事に列車に乗り込んで、東京へ戻りました。
レンタカーで山を下りる時には、道のあちこちに木が倒れていて、
それでも道を譲ればどうにか通れて、駅まで到着しました。
そして、無事に出発した列車の後続の列車は・・・
台風の雨のせいで増水した紀ノ川のせいで、鉄道がゆがんだとか。
それから数日間、列車は走れなくなってしまってました・・・。

このツアーを準備してくれた旅行会社の方が、とても心配して
くださっていたらしく、そのことは後で聞いて、
普通に何の変更もなく、戻ってきたと聞いて驚かれたとか。

今回も、奥の院、根本大塔、金剛峯時などなど、
訪れる予定の場所は、すべてスイスイ周り
(人が少ないので、まったく待つ必要もなく)
時間が余ったので、でも早く帰ると、新幹線のダイヤが乱れているからと、
大阪で時間を少しつぶして、予定通りの新幹線に乗って帰ってまいりました。

前回も、今回も、台風の中、スケジュール通りに旅を終えられたのも、
お手配のおかげだわ~~って、そもそも、台風が来なくてもよさそうですが、
空気がす~~~~っきり。

「身も心も洗われたわ~~~。また行きたい!」

九州から出てきて、大阪で合流した母も高野山の大ファンに!
(そうそう、今回の旅の難しさは、東京と九州の両方から参加してたってのもあったのです。
そして、家にたどり着いたのも、ほぼ同じぐらいの時間。
ん~、よくできた旅だった・・)

とはいえ、予定より長く大阪にいたので、ちと疲れた・・・かな?
ってぐらいです・・・。
母のお供、他、ミッション無事終了!です!

CIMG1897
CIMG1897 posted by (C)kumisensei
奥の院に入る時の写真。
オーブに迎えられて、これ以上にない気持ちになりました!!!


お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3

EDIT  |  02:50 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/05(Sun)

【だんな様は霊能力者】 心の闇 

だんな様のブログを見ていて思い出しましたが、
http://naruaki.blog21.fc2.com/blog-entry-2732.html
数年前、「だんな様のお弟子さんに自分の心の闇に光を当てる」
という修行を課したことがあったな・・・と思い出しました。

例えば、お祓い、
例えば、浄化
例えば、供養

やっていれば、いつかはできるようになると。
けれども、職業として続けて行こうと思うのならば、
自分の心の闇に、わずかでもいいので光を当てなさいと。

自分の心の中の闇というのは、それこそ「闇」に紛れているので、
普通のハッピーな状態では、見えにくいもの。
逆に言えば、普通に、普通の状態で生活していこうと思うのなら、
多少のことは、ハッピーオーラの光で、自分の浄化はある程度可能です。
ですから、辛くても、笑っていれば、ハッピーなことも
寄ってくる・・・ということにもつながっていきます。

けれども、それを職業にするとなると、いつか、どこかのタイミングで
自分の心の闇とは対峙しておく必要があると。

修行と言えば、瀧とかお経を詠むとか、山にこもるとか。
そんなイメージを持ちがちですし、そんな修行も必要なのでしょう。

けれども、自分の心の闇に光を当てるって、かなりの精神力を必要とします。
自分のトラウマとなっているものに、立ち向かうのは、生易しいことではありません。

例えば、水が苦手、泳げないという人っていますが、
これがいろんな意味でのトラウマになっている場合。
異常なほどの恐怖感を、ただ水を見ただけで感じるもの。
普通に水に入り、普通に泳げる人からは考えられないほどのプレッシャーがかかります。

「このことは、理由もなく苦手、恐怖と感じることは、
人間関係を含めて、どこかのタイミングで解消しておくように」

・・・と言われて、だんな様のお弟子さんは、必死でプールに通ってたことがあります。
ヒーラーと、水泳???
つながりが、ありそうで、なさそうな感じですが、自分の恐怖に対して、
光りを当てておくことの大事さは、本格的に仕事を重ねて行く度に、
その意味がだんだん分かって行くのでしょう。
それにしても、「泳げるようになりました」となるまで、
ほんと、泣きそうになりながら、泳ぎ方のクラスに入って、
そりゃもう、必死な姿でしたよ~~。


もちろん、心の闇に潜んでいるものは、ひとつとは限りませんから、
その時、その時、気が付いた「心の闇」を見ないふりして通り過ぎると、
必ず、その地点に逆戻り・・・なんてことも少なくありません。
もちろん、逆戻りも含めて、修行なのでしょうけど。

さらに、「心の闇」に光を当てたからといって、ぜ~~んぜん大丈夫!
むしろ得意なぐらい!と、行けばいいのですが、そうもなかなか(苦笑)
苦手なものは、苦手なまま、やろうと思えば、やれる、すくなくとも逃げないでいられる。
ってのも、乗り越えた一つの証拠って場合もあります。

ヒーラーとして、霊能力者として、パワーが増せば増すほど、
そのパワーを使う意識もまた、昇華していく必要があるとは、
まあ、その時、その時の、修行の焦点は常に変化しているってことでもあるのでしょう。

かくいう私にも、私仕様のミッションが・・・(涙)
だんな様のお弟子さんたちとは、はたまた違った形でいつも訪れてはいるのですが、
いつも、突撃~~~!ってやってしまった後で、
あれは修行だった・・・と思うという、なんともお気楽な性格のようです。

心の闇は、あって当然。
だから、人の気持ちがわかることにもつながるのですから。
ただ、それに振り回されて、あらたな闇を作らないように、
気を付けたいとは思っています。

IMGP6801
IMGP6801 posted by (C)kumisensei
心の闇かどうかは別にして、
ある人のある一つのことに区切りをつけるために、
一緒に出掛けた場所・・・阿蘇神社。
来年もそんな旅を計画中です・・・。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  03:25 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/04(Sat)

【だんな様は霊能力者】 自分の癖 

もともと自分が持っている癖ってなかなか直らないもの。
そもそも、直そうと思うかどうか、そこに至るまで、
かなりの手痛い経験をしないと、反省したはずのこともすっかりどこへやら~~!!!

って、他人事ではありません。
というか、他人がそうなっているときには、よ~~くわかる。
あらら~って具合に。
ところが、こと、自分のこととなると、
気が付くまでに一苦労。
気が付いてからも一苦労。
気が付いて直そうと思って一苦労も二苦労もある。

そもそも、「癖」には、「肉体由来=先祖からの影響」と
「魂由来=自分の魂の持つ傾向」というのがあるはずですが、
そもそも(その2)、生まれてくるときに、魂が肉体を選んで、
「こんな修行をします」って生まれてくるらしく、
それでも、どっちかというと、魂の「好み」は、肉体の選び方にも出るはずで。

「かなり強烈な経験をしないと、人は変わらないんだよな~」
と、だんな様。

無口で、だんな様の声を聞いたことがない人が殆どだったという頃から、
12時間以上も平気でしゃべり続ける姿への変遷には、どんな強烈な経験があったのだろう・・・
とか思ってしまいます(あはは)

「人は自分のためには、なかなか変われないもの」
とだんな様が言うように、人との関わりの中で、少しずつ変化することもあるのでしょうけど、

それに、究極、その人の「癖」みたいなものって、
その人の「個性」にもつながっている部分もあるので、
やみくもに、なんでも引き算的に直すってのも、無理がある。

とは言え・・・きっとあるはずだと思うんです。
これだけは、やろう・・・と、生まれ落ちてきた目的みたいなもの。
思い出せると、直すとか、直さないとか、そんなことより、
自分にとって、自分に対して譲れない「線」みたいなものが
見えて・・・きますように・・・。

ああ、目標というより、「祈り」に近くなってしまいました(笑)

CIMG1814
CIMG1814 posted by (C)kumisensei
夕日もきれいですが、やっぱり朝日には朝日のきれいさが、キラキラしてます。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3

EDIT  |  03:44 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/03(Fri)

【だんな様は霊能力者】 一緒に過ごす時間 

だんな様がお仕事を始めると、必ずと言ってよいほど、
時間無制限、一本勝負(・・・って古い言い方・笑)になります。

それこそいつものことですが、伝授となると、夜9時ごろ始まって、
終るのは朝の6時とか・・・当たり前のことです。
で、その中で何が繰り広げられているかというと、
「これ」です、とはっきり言えるようなことがある時もあれば、
表面上は、ふつ~~の話をあれこれして、終り!ってことも。

「だけど、その普通の話が大事なんだ」

何気に通り過ぎている、世の中の話題、個人的な話題。
そこには、流してしまってよいこと、
流してしまった方がよいこと、
しっかり考えてみる必要があること、
その上で、浮かべておくこと、
解決するべきタイミングにきていること、
などなど、まあ、千差万別。

問題がちらっと見えて、解決せねば~~と思っても、
不思議なもので、解決するタイミングに来ないと、解決に至りません(苦笑)
問題なんて、早く解決するに越したことはないでしょっ!って言いたいところですが、
そうでもない。
解決したつもりが、見落としがあったり、
解決したつもりが、人の気持ちが付いてこなかったり、
解決したつもりが、新たな問題を引き起こしたり。
問題は、浮かび上がった事象より、いろんな要素を含んでいることの方が、
おおよそ多いもの。

ですから、月例会や伝授の中では、物事や解決法の良し悪しというより、
『物事の考え方』
『物事の進め方』
ってのを、肌で感じ取ること、ってのが一番のポイント。

またまた、不思議なもので、自分がトラブルに巻き込まれた時には
気が付かなかったことが、ほかの人の姿から気づかされたりする。
人のことだと、簡単に「忘れればいいのに」「終わったことなのに」
などなど、簡単に言えることなのに、自分のこととなるとそうはいかない・・・
思っているより以上に、この間にはギャップがあります。
ですから、自分がそのことに直面したときに、あ!っと、
その問題から少しでも、距離を置いて全体像を見ることができるようになったら、
ちょっとだけ前進。
はたまた、全体像だけで、詳細が欠けていると、
わかっているけど、心が納得できない・・・って状態になりがち。

物事を次々に解決していくように見える人って、実は、
「冷静に、感情的」という、相反する二つのことを、見事に両立させていたりするのです。
その、両立のさせかたは・・・「感じて」覚えるしかありません。

だから、そうした考え方をする人と、一緒にいる時間って、ただ一緒にいるだけで、
気が付くと大きな違いを生み出していたりするのです。
ふとした瞬間に、同じことが起こっても、それまでとは違った見方ができる。
そうなるまでは、なんだかわかったような、わからないような、
そんな時間が続くものでもあります。

CIMG1808
CIMG1808 posted by (C)kumisensei

今日の空もすっきりしない、雲が多い一日でした。
まあ、自分の手に及ばないことは沢山ありますから、
晴れるときにしか、晴れない・・・ぐらいな気持ちで、
次の夕日の写真のシャッターチャンスを待つことにしましょう・・・。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
EDIT  |  04:15 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/01(Wed)

【だんな様は霊能力者】 難しいところ 

昔からそうですが、時間がある時には、遊ぶお金がなくて、
お金がある時は、忙しくて遊ぶ時間がない(涙)
ん~、このバランス、いかに取るかは、大学生の時の課題でした。

そして、そして、社会人になっても同じような悩みがありつつ、
いつの間にか、遊ぶ気力さえなくなってしまうという(涙2)

難しいところです・・・。

さて、感覚のある人は、自分が被って辛い思いをした経験があるからこそ、
誰かを癒したいという気持ちにもなるわけで。
分かります、分かります、その気持ち。
自分も誰かの役に立ちたいと思うのは、それこそ自然な気持ち。

・・・だからこそ、なのですが、
人を癒す仕事って、とても責任のある仕事だな~と、
だんな様の仕事を見ていて、一番強く思うこと。
自分がどんな状態であろうとも、癒してもらいに来た人に、
被りが伝染することがないよう、常に自分を保っておく必要があるから。

実は私も何度かエステとか受けたことがありますが、
触ってもらう人を選ぶというか、触ってもらった方から、
スッキリするどころか、逆流することが結構あって・・・。
なので、基本的にマッサージもすべて、相手を選んでしまいます。

ちゃんとした方は、自分がどんな状態であろうとも、
それが逆流することがないよう訓練されています。
その訓練とは・・・となると、様々あるでしょうけど、
一番は、自分の浄化に努めておくということでしょう。
そして、二つ目は、多少の被りでも平常心を保てる体力と気力。
癒す方が、今日はちょっと調子が悪いので、お休みに・・・
なんてこと、ない方がいいに決まっていますものね。

ところが、ここが難しいところで、
相手の状態が良く分かるようになる → 被りやすくなる
ってことが一時的に起こり、被りでぐったり・・・
というのは、一流の人ならだれでも経験していることでもあります。

違いは、その「被った状態」が続かないように、どう自己コントロールしているかどうか。
その手法を知っている人は、ぐったりしても、
自分が被っていることもちゃんとモニターできて、
元に戻るのが早いのです。

ですから、ひょっとしたら、ヒーラーの力量って、
長い目で見たら、「被って、元に戻る力」なのかもしれませんね。

ここが、安易に誰かを癒してあげたいと思うと、大変になっちゃう理由。
だって、せっかく誰かを癒したいというポジティブな気持ちでやったことが、
下手をすると、相手に自分の被りで影響を与えてしまうことも。
→結局は、人間関係に亀裂が入りがち。

下手をすると、自分が相手の被りで立ち直れないぐらいの経験をするかも
→結局は、人間関係に亀裂が入りがち。

「癒すには、適度な心理的距離が必要だよ」
というだんな様の言葉の所以。
できれば、「癒したい」という気持ちの先には、豊かな人間関係があれば、
理想的ですものね。

「被って、なんぼ、ぐらいの気持ちじゃないとね・・・」
という言葉も同じ意味だと思います。

いやはや、難しいところですね・・・。
で、それでも人を癒したいと、思うかどうか・・・
って自問自答してみるのも、良いかもしれません。

CIMG1796
CIMG1796 posted by (C)kumisensei
太陽も適度な距離で、輝いているから、ありがたい・・・。

お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3



EDIT  |  03:36 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

2014.10/01(Wed)

【だんな様は霊能力者】  

EDIT  |  02:54 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
 | BLOGTOP |