2008.09/06(Sat)
見えないものシリーズ
見えないものシリーズに入る前にちょっと寄り道(また?笑)
いやいや、今日は続きを書く所までたどり着く予定!
今日もまた新しい発見をした(笑)
何をって、どうも旦那様(達・・・と書いておこう!)と私では
記憶のシステムが違うらしい。
確かに、時には小さい頃に私に起こった悲しい出来事とか、
覚えていない事もないし、何かの拍子に思い出したりする事はある。
どんなに悔しい思い出でも、溶けてなくなっている。
というか、溶けた状態で、沈んでいる。
で、沈んだものは滅多に、というか殆ど、よみがえる事はない。
ああ・・・そういう事があったわ〜って、事実は思い出すけど、
その時の「感情」まで鮮明に・・・なんて事はないと言ってもいい。
旦那様や特別な能力を持つ人達は、ある感情を強く持つと、
その「感情」ごと、そのまま記憶されるらしい(驚き)
「時々、そう言えばあの時あんな事があったな。
今、会ったら、殴ってやる!(笑)」とか(あら〜)
それもその出来事は、聞けば20年以上も前、
つまり旦那様が小学生の時とか中学生の時とか、
兎に角、私からすればずっと、ずっと昔の事。
一緒に話をしてた人達も、そうしてその時の感情まで思い出すと言う。
「・・・だからか・・・、そりゃあ前世の記憶ぐらい残っても何の不思議もない!」
なんて思ってしまった私。
前世のトラウマが私に残って居なかった訳ではないけど、
それはどちらかと言うと、思い出さされたと言う感じ。
その記憶でとても苦しかったというレベルでは到底ない。
いや、いや、こうした「過去の記憶の仕方」も見えないものの一つと
言ってしまえば、そうなんだろうけど・・・。
ともかくも、そうして、鮮明に自分の魂が生きてきた出来事や感情を
そのまま、他の記憶と混ぜる事なく持ち続けているとすれば・・・。
それがトラウマになる経験だったら、どこかでリセットするのも一つの手。
「僕の場合は、それがバネになったから」
その思いがあったからこそ出来た事が沢山あるという旦那様。
いや〜、本当に記憶のシステムが違う!としか言い様がない(苦笑)
その旦那様が小さい頃一緒に遊んでいたと云う「妖怪達」
小さい頃の記憶を覚えているつもりでも、溶けてしまっている私が、
「そんな事・・・覚えているはずが・・・ない・・・」なんて
言えるはずもなく(あはは)
ならば!どんな妖怪に会った事があるか聞くしかない!
「どうして、妖怪になったの?」
そんな話を聞きながら、単純な疑問に思う。
「忘れられたのさ。
昔、神様だった妖怪だっているしね。
人から拝まれなくなったら、見えなくなるし」
そう、見えても見えなくても、人間が「居る」という扱いをしている間は、
何であれ、「ある」し、「いる」。
例え、そこに何かがいたとしても、全く無視され続ければ、
それは人に語られる事もなく、やがて、本当に「見えないもの」になる。
どんどん住む場所を追われ、忘れ去られてしまえば、
今生きている生き物だって、きっと「見えなく」なってしまう・・・。
こうして、人間は、妖怪の住む場所を、ある意味奪いながら、
どんどん全てが自分たちの住む場所の様にして生きている。
「今でも彼らが住んでいる場所ってあるのはあるけどね」
単純に忘れ去られて仕舞ったものばかりではない。
仏様の遣いとなる事で、生き残ったものもいる。
それが「眷属」と呼ばれる者達。
人間が「忘れてしまった」見えないものを見る力を
「不思議な記憶のシステム」で忘れていない人達には「見える」のだ。
「じゃあ、その感覚って昔の人間には誰でもあったの?」
「そうだよ。だから、先祖返りだって言ってるだろ?」
昔は、少なからず誰にでもあった「感じる能力」
必要なければ忘れるのも、ある人達にとっては当然だけど、
ある人達にとっては、ちゃんと残っているって事なんだろう。
人はいつも「自分」を基準に考えたり、感じたりする。
その範囲は、「日常の生活を普通に送れる最低限」のレベル・・・
というのが普通なんだろうけど・・・。
忘れる方がいいのか。
忘れない方がいいのか。
そんな結論、「見える」か「見えなくなった」かでは簡単には
出せなかったりするのよね〜。
いやいや、今日は続きを書く所までたどり着く予定!
今日もまた新しい発見をした(笑)
何をって、どうも旦那様(達・・・と書いておこう!)と私では
記憶のシステムが違うらしい。
確かに、時には小さい頃に私に起こった悲しい出来事とか、
覚えていない事もないし、何かの拍子に思い出したりする事はある。
どんなに悔しい思い出でも、溶けてなくなっている。
というか、溶けた状態で、沈んでいる。
で、沈んだものは滅多に、というか殆ど、よみがえる事はない。
ああ・・・そういう事があったわ〜って、事実は思い出すけど、
その時の「感情」まで鮮明に・・・なんて事はないと言ってもいい。
旦那様や特別な能力を持つ人達は、ある感情を強く持つと、
その「感情」ごと、そのまま記憶されるらしい(驚き)
「時々、そう言えばあの時あんな事があったな。
今、会ったら、殴ってやる!(笑)」とか(あら〜)
それもその出来事は、聞けば20年以上も前、
つまり旦那様が小学生の時とか中学生の時とか、
兎に角、私からすればずっと、ずっと昔の事。
一緒に話をしてた人達も、そうしてその時の感情まで思い出すと言う。
「・・・だからか・・・、そりゃあ前世の記憶ぐらい残っても何の不思議もない!」
なんて思ってしまった私。
前世のトラウマが私に残って居なかった訳ではないけど、
それはどちらかと言うと、思い出さされたと言う感じ。
その記憶でとても苦しかったというレベルでは到底ない。
いや、いや、こうした「過去の記憶の仕方」も見えないものの一つと
言ってしまえば、そうなんだろうけど・・・。
ともかくも、そうして、鮮明に自分の魂が生きてきた出来事や感情を
そのまま、他の記憶と混ぜる事なく持ち続けているとすれば・・・。
それがトラウマになる経験だったら、どこかでリセットするのも一つの手。
「僕の場合は、それがバネになったから」
その思いがあったからこそ出来た事が沢山あるという旦那様。
いや〜、本当に記憶のシステムが違う!としか言い様がない(苦笑)
その旦那様が小さい頃一緒に遊んでいたと云う「妖怪達」
小さい頃の記憶を覚えているつもりでも、溶けてしまっている私が、
「そんな事・・・覚えているはずが・・・ない・・・」なんて
言えるはずもなく(あはは)
ならば!どんな妖怪に会った事があるか聞くしかない!
「どうして、妖怪になったの?」
そんな話を聞きながら、単純な疑問に思う。
「忘れられたのさ。
昔、神様だった妖怪だっているしね。
人から拝まれなくなったら、見えなくなるし」
そう、見えても見えなくても、人間が「居る」という扱いをしている間は、
何であれ、「ある」し、「いる」。
例え、そこに何かがいたとしても、全く無視され続ければ、
それは人に語られる事もなく、やがて、本当に「見えないもの」になる。
どんどん住む場所を追われ、忘れ去られてしまえば、
今生きている生き物だって、きっと「見えなく」なってしまう・・・。
こうして、人間は、妖怪の住む場所を、ある意味奪いながら、
どんどん全てが自分たちの住む場所の様にして生きている。
「今でも彼らが住んでいる場所ってあるのはあるけどね」
単純に忘れ去られて仕舞ったものばかりではない。
仏様の遣いとなる事で、生き残ったものもいる。
それが「眷属」と呼ばれる者達。
人間が「忘れてしまった」見えないものを見る力を
「不思議な記憶のシステム」で忘れていない人達には「見える」のだ。
「じゃあ、その感覚って昔の人間には誰でもあったの?」
「そうだよ。だから、先祖返りだって言ってるだろ?」
昔は、少なからず誰にでもあった「感じる能力」
必要なければ忘れるのも、ある人達にとっては当然だけど、
ある人達にとっては、ちゃんと残っているって事なんだろう。
人はいつも「自分」を基準に考えたり、感じたりする。
その範囲は、「日常の生活を普通に送れる最低限」のレベル・・・
というのが普通なんだろうけど・・・。
忘れる方がいいのか。
忘れない方がいいのか。
そんな結論、「見える」か「見えなくなった」かでは簡単には
出せなかったりするのよね〜。
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