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2005.12/06(Tue)

勉強と学問 

書き込みに「勉強」と「学問」の違いって?
何んだろうって考える事があるってかいてもらった。

今日の私の大学院の授業は「学問」
ずっと疑問に思っていたことの答えを見つけた!

何時、何故、イギリス英語とアメリカ英語の発音が
違うようになってしまったのか。

イギリスではRの発音をしないのが、学識のある人の
発音で、アメリカでは何故Rを発音すると社会的に
学のない人と思われてしまうのか。

何故アイルランドでは、アメリカ英語に近い発音を
するのか。

私の中で、保留しておいた答えがどんどん見つかる。
こんなに楽しい事はないと、「今日」は思った。
歴史を勉強すれば分かる事だけれど、実はちょっと歴史には
苦手意識があって、後回しにしていた。

然し、その苦手な分野を英語で学ぶことになるとは(笑)
難しいけど、やっぱり最初はその国の人たち、アメリカ人や
イギリス人から学んだ方がより正確だろう。

日本史を勉強するのに「日本人」から学んだ方がよさそうと思うのと同じ。

だから、今まで待っていてある意味正解だったと思う。
「問い続けることに意味がある」
納得だ!!!(違う意味だけど・笑)

「勉強」って字の通り、「無理やり勉めること」
教えてもらう内容に関して、今まで分かっていることを
とりあえず知識として身につける段階だと思う。

対象によって異なると思うが「量」の段階。
数をこなすこと、色んな本を読んだり、習ったりすることが
目的の段階だろう。

そして、その基礎を基にして、次は「問うこと」を学ぶ段階に入る。
学んで来たものは、所詮は人が提供してくれたものに過ぎない。
今度は自分から、「何故だろう。」「どうしてだろう。」と
気がつく事から始まって、どうやればその答えが出るのかを模索する。
学んでいる事の「質」を追求する段階だろう。

そうして、始めて、「勉強」で得た知識が自分のものになると
今日改めて思った。

教師時代に気がついたことだが、
疑問を持つことの出来る生徒は逆にちゃんと理解している。
疑問のない生徒は理解していない可能性がある。
分からないという生徒に聞くと、どこが分からないか分からないと言う。


指導する側からすると、それをどうやって導くかという視点が大切だろう。
「量」をどう動機付けてやらせるか。
「質」という伝えにくいものをどう感じとらせるか。


旦那様は弟子にこの段階の一つ一つを宿題にしてだす。
勿論、本人の状態を見極めた上で、やって置かなければならない
最低ラインの宿題だ。

それをこなさないと、次の段階に進んでも、何をやっているのか
分からなくなってしまう。

何かをマスターしようと思えば、何にでもこうした段階がある。

一段、一段、登るしかない。
その内、目の前に山の上から見えるようにパーッと視界が広がる。

この感覚を知っている人は、中毒になるはず・・・(笑)
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テーマ : 挑戦 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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