2010.10/11(Mon)

【だんな様は霊能力者】 神様 

最近、「神様」話題が多い気もしますが・・・。

まあ、そんな話題が重なるときは、重なるもので。
校正している、翻訳の本によると、
「神様はどこにでも居すぎて、まるで空気のように捉えにくい」とか、

「大きすぎて、捉えるのは無理だし、表現するのも難しい」とか。

こんな表現が出てくると、ふと考えてみたくもなったりします。

神様を信じる、信じないというのを、
「自分より大きい存在があると意識できる、できない」と
表現する場合もあれば、

「こうすれば、幸せになる」
導いてくれる対象だったりもするのでしょう。

そもそも何を「神様」と呼んでいるのかしら?
なんて思ったら、それこそ、またまた混乱(笑)

この前、伊勢にみんなで行ったのは、十月。
神無月・・・って、神様が居ない!!!!!
お留守に伺っても、何もならないじゃん!とか(あはは)

「居なくなる神様は、今の神様以前の神様」
とはだんな様の説明。

ああ、そういえば、神様だって今の神様って呼ばれている神様だけじゃなかったはず・・・。

キリスト教にも、こうやって昔神様だった神のお祭りは、
表面上、おおっぴらには説明されていなくても、
昔からあるその土地の神様のお祭りって沢山残っています。

そもそも、もし神様が本当にお留守なら、
新嘗祭も、この当たりで毎週のように行われている神社のお祭りも、
神様出張中に行われるって、ちょっと不思議ってことになるわ~とか。

こうして、考えてみると、一年前ほど前に引いたおみくじ。
「神にもいろいろある。どの神を信じるかが大事」みたいな内容。
その時は、大笑いしたのですが、今となっては、なるほどね・・・
なんて考えてしまいます。

見ている神が色々なら、その信じ方も色々のはず。

神様みたいな力が欲しい・・・という目標だったり。

神様、助けて!・・・という頼る対象だったり。

神様っていつも自分のまわりにいる・・・という日常の一部だったり。

神様って偉大!・・・と、尊敬の対象だったり。

神様にいつも見られていると思うと・・・落ち着かないっていう感覚だったり(苦笑)
はたまた、それが自分を律する基準になっていたり。

どれも、その人にとっては、神様なんですよね。
どれがただしいってことじゃないのかな?って思ったりします。

多分・・・ですけど、
すご~~~く大きいものなら、見る角度によって全く違って見えるし、

それでいて、その中に自分が居たら、これまた全体は目に見えないし、

でも、神様を感じること、信じたくなるような出来事ってのも
起こる時は起こるし。

ともかくも、神様を科学で捉えようと試みている、今の翻訳の内容。
校正しながらも、壮大な(爆笑)混乱の旅に、私の思考を飛ばしてくれます(あはは)

混乱したまま書いてますので、
当然、内容も、混乱してる・・・(すみません)

ちなみに、この前やっとのことでおみくじを一つだけ引いた私。
伊勢神宮にはご存知のようにおみくじはありませんから。

神と一つになったとき全てのものが広がりをみせます・・・
みたいな事が書いてあったと思い出しました。

ん・・・このおみくじの「神」って、どの「神」なんだろ?

壮大すぎる思考の旅は、収集がつかないぐらい広がりつづけている
途中です(爆笑)


お問い合わせはこちらへ(タグをクリック)
バーナー3
スポンサーサイト
EDIT  |  03:18 |  未分類  | TB(0)  | CM(2) | Top↑

Comment

神無月と呼ばれるようになったのは、
今の時代に入ってからだと思いますが、
呼ばれるようになった頃は、まだ、
いろんなところに、いろんな神様がいて、
信仰されていたのでは?と思います。

今、いわゆる神様とされて信仰されているものが
最終的に確立されたのは、明治時代になってからだと思います。
くみ | 2010.10.12(火) 02:38 | URL | コメント編集

●神無月

そうそう、神無月なのに~って時々思ってたりしてたんですけど、
今の神様以前の神様なんですね。
神無月って呼ばれてた時代の神様ってことなんですかね。
てつお | 2010.10.11(月) 13:44 | URL | コメント編集

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示
 

Tracback

この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック

 | BLOGTOP |