2011.04/03(Sun)

【だんな様は霊能力者】 被ったら 

「被った・・・」と思ったら、何に被ったか、どこで被ったか、
だんな様も探ります。

でも探るのは、「どこで、何から」がわかると、
被りが祓いやすいからという理由(だけ)。

今でもそうですが、自分が被って家に戻ってくると、
ちゃんと影響がでます。
だんな様が咳をし始めたりとか。

自分が被って、気分が悪くなったりすると、
どうしてもその「被った」相手というか、
誰から、どうして被ったのか、気になって仕方がないものです。

で、最近気が付いた(最近か!と突っ込まれそうですが)
この探るプロセスに「感情」がのっかると、
確実に、今度は自分で被りを作り出し始めます。

「どうしてそんなに被るような雰囲気を持ってるのよ!」とかね(苦笑)

こうなると、どこからが人から影響された被りか、
どこから自分が作った被りか、
そんなの区別できません。

「似たような空気は、くっつきやすいのさ」

意識してもしなくても、自分の周りにいる人は、
結局は自分とどこか近くて、お互いに理解できる部分がある・・・
だから、近くにいる、というのと同じなのかも知れません。

これって、自分で自分の周りを見てもわかりにくいのですが、
誰か他の人を観察すると、よくわかります。
どこか・・・そう、どこか、共通している部分があるから、
同じ場所に集まるのでしょう。

被りも同じ。

明るい人の周りにも、被りはやってきます。
逆に言えば、「被り」の原因なんて、どこにでもあるはず。
だけど、強いエネルギーや太陽のような明るさには、
近寄ってきたものも弾き飛ばされ易いし、
固まっていたはずのものが分解されてしまう・・・。

被りをまったく寄せ付けない人たち。

これにも二種類あって、
被らないように「閉じている人」と、
こんな風に自分の持っているエネルギーで、分解できる人と
いるな~と思います。

ちょっと見ただけでは、被りにくい人がどちらのタイプか、
わかりにくかったりしますが。

被らないように「閉じて」しまうと、
その場はやり過ごせたりしますが、
その内、その閉じた中の空気に自分が苦しくなったりして。

閉じている人が、開き始めるには、
それなりの理由やタイミングが必要だったりするのも確かです。

「ま、北風と太陽みたいなもの」

開けば楽になるのに・・・と思うのは、外から見ている側の視点。
本人にしてみれば、初めて海外に旅立つ人のように、
不安が沢山あるはずですから。

勿論、新しいこと大好き!って人は、初めから、
開いていることが多い・・・けれど、当然そこには
被りの元はあるはずです。

話は飛ぶようですが、大学院で「話し言葉」の講義を受けている時に
先生が言った言葉を思い出しました。

「人は、話し始める時、文法的に正しい文章を作れるか、作れないか、
そのリスクを承知で、話し始めるんです」
そして、話し言葉を分析すると、必ずしも文法的に正しく話しているとは
限らない、むしろ、途中で終わることなんてしょっちゅう起こっていると。

う~ん、こむずかしくなってきましたが、
「人は、被るというリスクを冒して生きているわ~」と思った私は、
いつものように、話を膨らませ過ぎな感あり・・・ですが。

「被って当然」
実は、誰より、だんな様はしっかり「被って」います。
(あら、ばらしちゃった!笑)
ただ、「被った自分」をちゃんとモニタリングできているかどうか、
そこが最大の違いです。

「被らないと仕事にならん!」

は、は~、
その通りです。

それは、多分だんな様の仕事に限ったことではないと思います。

(はたまた、続く)

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