2011.08/20(Sat)

【だんな様は霊能力者】 体がないだけ 

「体がないだけ、人間と変わらないよ」
と、だんな様、言います。

「霊になった」と亡くなった人のことを表現しますが、
体がないだけ「自由」だそうで。
「思い」で生きている「霊」ですから、
距離は関係なく、「ここ」にも「あそこ」にも本当は瞬時に移動できるはず。

・・・ですが、結構、それを知らない霊も多いらしく、

「生きていた時と同じように行動するよ」

つまりは、意識が体を持った時のままだと、
あっても、なくても、同じように行動するのだそうです。

まあ、確かに、たとえ、今、
「はい、思っただけでどこにでも行けますよ」
と言われても、「え、はあ」と、いつものように
電車で会社に出かけてしまいそうですしね(苦笑)

思いの世界は、区切りがあるようで、ない不安定な世界でもあります。
昨日書いたように、これが自由と思える人も(霊)もいるのでしょうけど。

「ご先祖様はどこに帰ってこられるのですか?」
というご質問をいただきました。
家の仏壇なのか
お墓なのか

そう、そう、広い広い空間ですから、
目印がないと、元の場所にもどるのさえ難しいでしょう。
宇宙船で地球に着地するのと、似ているかも知れませんね。

そんな時、「ここですよ」と灯すのが迎え火。

ですから、お盆には、
ご先祖様が帰ってこられる
あるいは、帰ろうと思うご先祖は、家に帰ってきている
という解釈をします。
実際に、そんな気配を感じた人は、沢山いらしたようですし。

「お墓は、テレビみたいなもの」
スイッチを入れれば、ご先祖様とつながります。
ですから、目印として、誰かが自分を思い出してくれている
・・・となれば、誰かが訪ねて来てくれたのと一緒ですから、
ご先祖様もそこにいらっしゃるでしょう。

霊には距離が関係ありません。
自分が行こうと思った場所、
自分が呼ばれている場所。
それが、目印です。

そういう意味では、「いる」という速度が生きてる人間と違って、
どちらにも居るってことになるのでしょうけど。

さて、自宅で毎朝、仏壇に手をあわせるのと、
お墓参りとはどう違うんですか?という質問もありました。

毎朝の挨拶は、電話をかけて「元気ですか?」と聞くようなもの。
お墓参りは、「元気ですか?」と、ある場所までわざわざ訪ねていくようなもの。

と、だんな様が説明します。

同じ、「ご挨拶」でも、その形は色々。
そして、その意味や深さも違ってくるでしょう。

こうして見ると、これまた生きている人間同士の付き合いと
何も違いがありません。

ですから、お盆が終わった後は、同居している訳ではないのですから、
後、一ヶ月ぐらいしたら、またお彼岸の時に会いましょうと、
しっかり、区切りをつけるのも大事。

ご先祖様との付き合い方には、人との付き合い方の基本が
含まれているんですね~。

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