2012.10/05(Fri)

【だんな様は霊能力者】 取材 

先日、次の号の「あなこわ」の取材を受けました。

翻訳の仕事もそうですが、実際に書店に本が並ぶまで、
そのずっと前から、作業は始まっているのだとこんな時思います。

ものを作っている人なら、この感覚、実感としてあると思いますが、
私も一冊の本を長い時には、数年もかけて翻訳し、出版することがあるので、
「自分の目の前にあるもの」の時間軸は、ずっとずっと長いんだな~と
こんな時、改めて思ったりします。

まあ~、今回もいろんな話題が出ましたので、
何を主題に、マンガになるのか楽しみですが、
その中に、
「自分が死んだときに、迷子にならないには?」
ってのがありました(笑)

つまりは、死んじゃって、どこに行ったらいいかわからない状態。

よく、幽霊がいるとかいないとか、取りついたとか、
そんな話は、スピリチュアルな話題には欠かせないものだったりしますが、
そもそも、「霊がうろうろしている理由」のひとつに、
「どこに行ったらいいかわからない」ってのがあります。

だからと言って、誰かに聞けるわけでもないし・・・
とか思っていると、自分の声を聞いてくれそうな人が居たら、
そりゃあ、誰でもしがみつくかも?

生きてる人は生きている人で、現実的に行動するのがそれこそ
現実的なのに、「何かいいことないかな?」とか「さみしいな~」とか、
色々、頭の中だけで考えて、何かに頼ろうとする。

と、この二つがひきあったりすることがあったり。
どこか、お互いに依存しているって状態。
こんな状態を憑依と呼んだりするのですが、
そんなことあるの~~と思いたいところですが、
ここのところ、続けて、「憑依」のご相談、だんな様のところの
トピックになってました。

「自分が死んだ時に迷子になりたくないです~~」という編集者さん。

「良い死に方をするには、良い生き方をすること」と、だんな様。

迷子にならないために、良い死に方をしようとしても、
思い通りにはならないもの。
良い生き方の先にある、と、考える方がずっと現実的ってことなんですね。

さて、ちゃんと生きて、ちゃんと夕日の沈む場所にある「浄土」に
たどり着きたいものです(って、いつの間にか、仏教的な表現になってしまった・・・)

CIMG5797.jpg
(今日の夕日)

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