2014.07/25(Fri)

【だんな様は霊能力者】 心配する側、される側 

心配する側、される側。
ココって、意外と矛盾に満ちてる(笑)

心配するときには、親だから、指導する立場だから、友達だから、
まあいろんな理由で、誰かに干渉したくなる。
まあ、心配しっぷりというのもありますから、
一概に、その心配が相手の助けになるか、成長の妨げになるかは、
見分けがつきにくい。
その上、「心配する」って気持ちって、本能みたいな部分も多いので
反射的な心の反応みたいになることもあり、
そんな心配してもね・・・といわれると、心配する権利がある!的な
気持もむくむくと頭をもたげます。

ところが、今度は自分が心配される側になった時には、
時にその心配してもらって、うれしく、心の支えになる。
時には、いらない心配、かえってじゃまになる(笑)
な~~んて、結構、本人都合。
それもいらない心配と思う時には、頑張っているのにダイジョブ?ダイジョブ?
と、繰り返されてもね~ってこもあれば、
本当は自分でわかっていることを、やらないでおいて、心配されて、
自分を責める気持ちが、心配されてもウザったいに代わることもあり。
はたまた、単純に目の目の自由を邪魔する心配だったり。
ケースバイ、ケースですね~。

どうやら、心配する必要がある心配かどうか、
心配だけど、心配しながらも見守るだけにするのか、
一言、ぴしゃ!っというべきなのか、
これこそ、よ~く観察して、それから相手に伝わる言葉で、
相手に伝わるタイミングを見計らうって意識大事だな~と。

そう、そう、いつか誰かのブログでも、
「その心配、本当は誰の心配?」と疑問に思うという内容がありましたが、
ま~100%相手のためとか100%自分のためとかはあり得ず、
お互いの気持ちの落ち着く場所を探るというところ。

いくら相手のためになる心配でも、どこかで私が困るからという
意識が強いと、それも相手に必ず伝わりますし。
これが正しいから、あなたは間違っているという気持ちから出た心配も、
相手の反発を買うことが少なくありません。

感覚の鋭い人は、そのあたりの感情が、
いちいち、自分の心の大半を占めてしまうことが、
これまた少なくなく、いちいち大騒ぎになります(→これ、私にはよくあること)

「命まで取られるわけじゃあるまし」(byだんな様)
ぐらいの心理的距離感が、冷静な判断をもたらすときもあるでしょうl。

心配する側もされる側も、本当は誰の心配なのか、という点を
少しだけ考えて、その両方が含まれていることを感じていれば、
あまり極端に、「本当は、自分の心配して言ってるんだわ!」とか、
「私には心配する権利がある~~!」なんて、極端に走らずに済むのかも?

その心配、誰のため?
心配になったら、いったん立ち止まって、考えてみましょう。
それだけで、結論はでなくても、かなり冷静に相手に自分の心配を
伝えるタイミングと、心が伝わりやすいかな?と、思います。

心配する側の心構えは、観察と、我慢。
いつ、どこで、どんな心配の言葉を伝えるかがカギなのかも。
誰もいうことを聞いてくれな~~い!こんなに私、心配しているのに!
とならないための、一つのヒントです。

CIMG1121
CIMG1121 posted by (C)kumisensei
いくら、心配しても、こんな空なら、雨は確実に・・・降ります。

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