2014.11/17(Mon)

【だんな様は霊能力者】 呪い代行と、幸せになるために自分にしてはいけないこと 

今日、とある番組で放送されたという、「呪い代行」ってのがあるらしいですね。

そして、facebookでシェアーされていた
「幸せになるために自分にしてはならないこと」

まあ、なんと対極にあるものを、同じ日に目にするとは(笑)

私はその番組を観ていなかったのですが、
出演者のおひとりが、「呪い代行」するぐらいなら「祈り代行」にした方が・・・
というご意見、もっともだと思います。

「呪い」も「祈り」も、心の使い方の問題。
絶対に~~~!!!って心のエネルギーのお話って点では、
どうでもいいや、で済まされない心の状態なんでしょうけど。
ふと、祈っている間に、呪いに近い心の状態になってしまうことってないのかな?
と、思ってしまいました。

何かを必死に求めて、祈ったり、行動したり、考えたり、人の意見を参考にしたり。
頑張っている間に、少しずつ、少しずつ、方向がずれて行くこと、
あります、あります。

それに、それこそ「呪いたくなる」ぐらい、へこむようなことや、
そんな時に限って、周りの人が全部、幸せそうに見えたりするとか。

自分の思いに正直で、まっすぐに進んでいたはずが・・・
な~~んてことにならないように。
呪いの先には、穴は二つと言われるように、
自分も呪われてしまうような、呪い、呪われの世界。

それほどの強い思いがあるのなら、祈りに変えて、
じっくり、じっくり、なりたい自分を探して、そこに思いのエネルギーをかけてみる。

また、だんな様が弟子に言ったことがあります。
「心を扱う仕事をしようと思うのなら、自分の心の闇を真っ暗にしたままにしないよう」

誰しも、得意なことだけ、楽しいことだけ、頭や心につまっているわけではなくとも、
見ないふりをして、真っ暗にしておくと、自分の心の闇がやがて、
弱点になり、そして、人を恨んでしまうような窮地に立たされることにつながると。

自分のすべての心の闇を、明るい陽のもとにさらす必要はなくとも、
ああ、あの経験があったから、今の自分があるな~、と、
どこかでちゃんと、過去の記憶を塗り替えておく必要はあるでしょう。

事実と、心の中の記憶は、必ずしも一致しないのです。
どれだけ、自分が正しいと思えても、
どれだけ、相手がひどいと思えても、
呪いをかけて、救われることは、ないと思うのですが・・・。

自分の心の使い方は、なかなか厄介。
持て余したら、ちゃんと、一緒に出口を探してくれる人に出会えるといいですね。

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こんなに楽しそうに鳴いている鳥の姿を見たら、
嫌なことなんか、すっかり忘れてしまえそうですね(笑)

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