2015.07/13(Mon)

【だんな様はメンター】 参拝旅行と観光 

「お参りは、ついでで行かないように」
と、だんな様は言います。

どこかに出かけたついで、と、お参りしても、
それはさほど、効果がないというか、観光になちゃうというか。

と書くと、行ったついで、お参りしてもいいですか?
と聞かれることがありますが、観光ならOK。
ただし、お参りする時間帯は考えなくてはなりません。

後は、そうしたこととは別に、お参りしなきゃ!という切迫感が
訪れる時があります。
そうしたときには、何が何でも、と思う。
「呼ばれている」とこんな状態を感じる人もいますが、
これまた、自分の都合で行きたいから、そう感じる、
つまりは妄想と(苦笑)、本当に呼ばれている時とありますが、
心が冷静でないと、区別がつきにくい。

観光の場合は、行ってきました、帰ってきました。
こんな感じでした・・・という感じで、お参りの記憶は、
さほど強烈に残りにくくなることも多いのですが、
それこそ、「呼ばれた」場合は、何気ないお参りの間や、
そのあとに、ああ、そういうことか・・・と、心の底から
腑に落ちる感覚がするものです。

これまた、普通の観光をしたり、呼ばれた!と思って行ったけど、
自分が行きたいだけだったり、本当に「呼ばれて」出かけたり。
その「差」や違いを経験することで、わかっていくことが多いですから、
どんな「お参り」も無駄にはならないでしょう。

それに、単純に自分が行きたいだけ、って時でも、
「試される」ような出来事が起こって、
それを乗り越えて、ちゃんとお参りをすれば、
これまた、それなりのことはちゃんとやって来るわけで。

結局のところ、「どうお参りするか」、
その姿勢や心次第ってことだったりするのですが、
どうしても、人は「行動」の良し悪し、正しい間違いに目を奪われがち。

どちらにしても、こうしたいという自分の気持ちはとても大事ですし、
その思いを遂げるのに、流れがスムーズじゃないときには、
「行動」そのものというより、「心」や「視点」が問われる。
それが、聖地への旅の特徴だったりします。

先日、高野山まででかけただんな様のお弟子さんSさんに至っては、
ついで、は「お参り」ではなく、「お仕事」の方だった・・・
とは、何カ月もたって、実際に、高野山に行ってわかったり。

お参りは、お参りに行くずっと前から・・・始まっているんですね・・・。

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