2015.09/06(Sun)

【だんな様は霊能力者】 自分の感覚 

ん?
ちょっとした感覚を思い過ごしと思わない。

これは、感覚を磨くのに大事なことだそうで。
とはいえ、いちいち気にしていると、その感覚に振り回されるという
思わしくないことも少なくない・・・。
オン・オフというより、ボリューム調整のように、コントロールできたら
理想ですよね。

今更ですが、「晴明の孫」、読破に向けて読み漁ってます。
ん~、日本語の表現が素晴らしい!(←職業病・笑)
何しろ、翻訳の仕事をしていて、癖壁するのが、
自分のボキャブラリーのなさ(汗)
不思議なことに、取り組んだ最初のころの本は、理系な感じが多かったので、
さほど、気にすることがなかった日本語の表現力も、
翻訳本の著者さんが増えるごとに、表現力を求められるようになり、
頭で意味がわかっているのに・・・これは・・・と、思うことや
校正している時にも自分の表現に、癖壁することがあります(苦笑)

お~っと、主題は「そこ」じゃなく、「晴明の孫」にも出てくるのですが、
ズバリ、「気になる」
ちょっとしたことが、「気になる」
それもどちらかというと、良いこと、というより、良くないことが起こるのでは?
という感覚。
それでも、実際に、その「こと」がどう起こるかは、
陰陽師にとっても、はっきりとわかっているわけではない。

逆に感覚のない人が思う、「わかっているなら、防げばいいのに」(あはは)
レベルまでに行かない、わずかな感覚から、実際に繰り広げられるある事件。

そう、そう、スピリチュアルな感覚の難しさは、ここにもあります。
良くないことなら、起こらないようにできればいいのですが、
防いで起こらないと、良くないことを防いだから起こらなかったのか、
最初から、そんなことはなかったのかの区別はつきにくいわけで(トホホ)

ですから、体で感じる違和感に振り回されない体力と、
実際に感じたことが起こりそうになった時に、
できるだけ大事にならずに済ませられるような実力をつけたいもの。

そういえば、こうした問題の解決の仕方が神と仏で違うことも
今日、瀧に入った後、お土産を持ってきてくれた人たちと話している間にでてきました。

神は、問題そのものが起こらないようにする役割。
だから、問題を解決してくれることはあまりなく、
仏は、問題が起こってから、それを解決する手助けをくれる。

この観点からすれば、人間にとって、神の存在はえてして忘れがち。
見えにくい、ともいえるでしょうね。
もちろん、「神」にもいろいろありますので、一括りにはできませんが。

お~っと、はたまたトピックからずれてしまいましたが、
自分のちょっとした感覚、どこまで気にするかは難しくとも、
無視せず、ひとつひとつ、検証していけば、感覚がないと思い込んでいる人でも、
少しずつ、感覚を磨いていくことはできます。

今日もふと、お土産を持って立ち寄ってくれた人の中で車で待っている人が・・
と聞いて、気になったので、外に出てみると・・・。
運転している人しか乗っていないはずの車に人影が!
どうやら、瀧場から、一緒についてきた男の人のようでした。
もちろん、すぐにだんな様に祓ってもらいましたので帰りは安心。
車の持ち主曰く、
「渋滞に巻き込まれることなどほとんどないのに、今日は違いました・・・」

わずかな感覚、ちょっとしたこと、振り回されない程度に、
少しずつ検証していくプロセスは、大事です。

CIMG6753.jpg
24時間の空の一瞬、ん?っと気になった時にシャッターを。
これも、訓練になります(笑)

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