2016.04/12(Tue)

【だんな様は霊能力者】 歴史と宗教と信仰 

わけあって、日本の歴史を復習しています・・・と、書いたとたんに
バタバタ忙しくて、ただいま「江戸時代」で止まってますが(笑)

そしてまた、イギリスからやってきた妹夫婦に、
「神社」と「お寺」の違い、仏教の宗派について聞かれることがありました。
初めて、「高野山」を訪れた二人が興味関心、疑問を持つのは当然でしょう。

歴史を語る時、宗教を切り離すことはできません。
何しろ、聖徳太子の時代から学ぶ歴史は、国を作るために「仏教」を
政治に導入するところから始まるのですから。

ただし、本来の仏教の教え、つまりはお釈迦様の教えが
そのまま導入されたか・・・といえば、それは、それ。
目的が違えば、表現や、強調する部分が異なってくるのは当たり前のこと。
そして、仏教が国を作り上げるためのもの・・・だった時代から、
もっと広がっていけば、はたまた、変貌を遂げるのも、当たり前。
そこには、変貌していったそれなりの理由がちゃんとあるのですね。

日本で広がった、「先祖供養」としての仏教もこれまた、
ある時代の社会情勢と、日本人の精神がぴったり合ったのでしょう。
日本で広がった仏教は、独自の変化を遂げて現在に至っているので、
自分の家の宗教が何か・・・というのさえ、今では意識していない人もいるでしょう。

宗派は、ある意味、言葉と同じですから、
ご先祖に語りかける時、一番、わかりやすい言語で、
聞きなれた言葉で話しかけた方が伝わりやすいということ。
自分の個人的な信仰と同じである必要はありません。

主に、社会的な事情でいくつもの宗派に分かれていった仏教も、
さかのぼれば、お釈迦様に行きつきますが、
そこまでの筋道は、ひとつでなくとも大丈夫。
ただし、途中で、他のものとの比較をすると、
まるで逆のことを言っているように思えたり、
ある宗教で許されているのに、これはダメあればダメという決まりが多かったり、
少なかったり、と、まあ、違いがあるから、様々な宗派があるわけですものね。
どの宗派もその宗派を開いた人や後継者が長い時間をかけ、
果てしない労力をかけてたどり着いたひとつの境地。

それでもできれば、ずっとずっと、探求して行けたら・・・。
お釈迦様にお会いしたことはない?と思いますが、
ずっと、ずっと、様々なことを探求して悟りを得たとされる
お釈迦様が、そのまま留まっているとは到底思えませんものね。

ほとけさま=ほどけた人

本当の意味で、「ほどけて」、本当の自分の姿を追い求める、
というのは、こだわりすぎて、固まってしまうこととのタイトロープ。
それでも・・・あきらめずに、追求し続けたいものですね。

IMG_1632
IMG_1632 posted by (C)kumisensei
私にとって、空港っていう場所は、何ともわくわくする場所です。
どこにでも行けそうな気持ちになります。
悟りの境地には、飛行機じゃむり~~かもですが(笑)

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