2016.11/11(Fri)

【だんな様は霊能力者】 ご神託 神様からいだだく言葉と日常 

昨日も、寒い中、頑張り続けるお弟子さんが集まって伝授。
まずは、結婚式の打ち合わせから。
結界の役割と、巫女の役と、手順を確認しました。

儀式というのは、「形」や手順の中に、厳かにも、
壮大なことが繰り広げられているものだと、
最近になって、いまさらのように再確認。

同じ儀式でも、形通り済ませるだけ、という意識だと
・・・早く終わらないかな・・・って気持ちになったことのある人は多いと思います。
けれども、その実、言葉も少ない、作法の中で繰り広げられていることは、
心の眼で見ないと見えないものだったりします。

意識と心と作法が一致した時、そこに繰り広げられる世界が感じられる。
そんな貴重な機会を、内弟子一同楽しみに、そして何よりその大役を
きちんと果たすべく、気持ちを引き締めたところです。

さて、伝授の日の恒例となっている「ご神託」は、今まで通りの部分もあれば、
新たな「対話」も生み出され、学ぶことが多いです。
まずは、このブログをお読みくださっている方々への今週のご神託。

「年末に向かって、あわただしい日々が続くが、気を引き締めよ。
あわただしい空気に振り回されると、そこに魔が入り込む」

まあ、楽しいこともあり、付き合いもあり、やらなくてはいけないこともあり。
何となく、今年は寒さの到来が早いのと並行して、
年末の風をいち早く「圧」として感じていますが、
こんな時ほど落ち着いて。
忙しい、忙しいと、「心を亡くして」しまうと、余計に忙しくなります。
それも、大したことないことで。

さらにご神託の会話は続き、先週の、氏神様へのお詣りの話になりました。
お詣りに行く、それだけでご利益は十分に果たせている。
お詣りに行ける時間と心の余裕、それが一番のご利益であり、
それに感謝できる心の状態が保てること、それ以外になにがあるというのだ。
というお言葉。

そうそう、ご神託というと、神から「こうしなさい」「こうした方が良い」
「こうすれば運が良くなる」「こうしたら、助かる」などなど、
具体的なことをお願いしたくなる気持ちになるものですが、
神は一つ一つそうしたことに手を貸すことは、余程のことがない限りありません。
また、すべきことをしなかった・・・ということで、罰を与えることもほとんどありません。
罰を与えてしまうのは、「やらなかった」ことへの人間側の勝手な恐怖や後悔が
作り出してしまう副産物。
これだけは、学んでほしいと思うことだけ、それとわかるような「変化」を起こす。
それが神の意志だとも。

逆に、神は人間が追い付かなくなってしまうような「変化」が起こらないよう、
この世を見守り、保っているわけで。
ですから、時間のある時に、神域にでかけ、心をリセットして、
平常心で自分らしく一日が過ごせること以上のご利益はない。
人はえてして、不満に思うことに変化を求めて祈ったりしますが、
その意味では、神の役割とは矛盾したことをお願いしていることになり、
そこにかなりの「正当性」や道筋がない限り、願ったようには進まない、
あるいは、そうなるまで、無理のない緩やかな変化がもたらされることになるでしょう。

先週のお言葉にあった、祈りの姿勢とは、こうした意味で、
祈る時間があり、自分らしく生きられる環境がそこにあることに、
感謝をするということに帰するのだと実感しました。

すべてのことに「感謝する」という言葉は、
それこそよくよく耳にする言葉ですが、
なんとも、ぐるっと回って、一番基本に戻った気分です。

そして、シンプルかつ深い言葉の本当の意味を
神と対話し、きちんと受け止められる機会があることが、
何よりありがたいな~と思います。


連絡先は、タブをクリックするとつながります。
メンター

スポンサーサイト
EDIT  |  01:24 |  未分類  | TB(0)  | CM(1) | Top↑

Comment

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 | 2016.11.11(金) 12:07 |  | コメント編集

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示
 

Tracback

この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック

 | BLOGTOP |