2017.03/17(Fri)

【だんな様は霊能力者】 今週のご神託 生きていることを実感する 

昨日の夜は伝授。
昼間は、神様のご縁日でいらした方がたと、しっかり祓ってもらい。
目の治療をだんな様が。
そして、空手の審査を受ける彼女にも少し練習を。

夜になって、いつもの時間にいつも通り集まってきただんな様のお弟子さんたち。
昼間は栃木までお祓いにいっての参加だったり、
ホワイトデーで多忙だった仕事を終えての参加だったり、
今日は朝から勤務という中での参加だったり、
それぞれが、それぞれの日常で頑張りつつ、いつものように集まります。

さて、今週のご神託は、先週までと大きく変化はなかった気がします。

「3月中は、禊や変化の風が強い。
4月になれば風が変わる。
新しきことを始めるのであれば、その時期を待て。
しっかり、禊をしたものには、新たな風は追い風となるであろう。
新しい命が芽吹く時期は、もうすぐそこまで来ている」

まるで、応援歌のようなご神託。
いつも、ご神託をいただく神様の優しさを感じます。
内容が厳しくとも、それは期待されているからのこと。
おおよその場合、神様は人間の言葉を耳にすることさえありません。
ま!と思うかもしれませんが、まあ、人間の願いなどすぐに変わってしまうもの。
どのくらい本気かを見届けて、背中を押す、というプロセスがあるのは、当然でしょう。

神様からご神託を戴く時も、こちら側の「本気度合」は
常に測られている、見透かされていると思った方が無難です。
私は、ドッチに行った方がいいですか?
な~~んて質問は、なしで(苦笑)
神様は、こう進みたいという意志の強さに、後押しをする。
そして後押しをするとなったら、そりゃあトコトン。
神が神たる所以でもあります。

また、最近の若い子供たちの育つ環境についても。
私たちが学生だった頃、あれがあったら、これがあったら、
と思っていたようあものを全部持っている子供たち。
さぞかし、ハッピーな学生生活を送っているかと思いきや、
人生の目的、なんていうのは、多少の不自由さの中から見えてくるものも
少なくないのですね。
なんというか、満たされているのに、満たされていない。
生きているのに、生きている実感がない。
育てる側からすると、どうしてもできるだけ苦労をさせたくないと思う気持ちは
よくわかりますが、何不自由ない生活の中から、夢が生まれやすいかというと、
人に寄るんでしょうけど、これまたそんな単純な公式でもないんですね。

また、「祈る」と「祈りを込める」ってどう違うんだろう?って話も。
最近、ご神託でいただく言葉の中で、よく「祈りをしっかり込めなさい」
という言葉が多く語られるのを聞き、
う~~ん、どう違うんだろうと、疑問に思っています。
その違いが、例え、言葉で説明できたとしても、
祈って
祈りを込める
ことが出来ないと、それこそ意味がないんでしょうけど。

祈りを込める
には、祈っている本人の意志が含まれているのかな?
なんて思ったりもします。
すべてを任せた上で、自分の進むべき方向はこちらだと思う。
といったような感じかな?
という、禅問答のような内容は、答えは究極必要ではなく、
試行錯誤の指標として行けばいいのかな?とも。

神さまから戴く言葉には、とりわけ、言霊がこもっているのが
よくよく感じられるので、ちょっとした言葉もじっくり考えてみる
機会になって、ありがたいな~と毎回思います。

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