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2017.10/01(Sun)

【だんな様は霊能力者】 神仏に聞く 

それぞれがそれぞれの神仏を自分の中に宿しています。
自分の外に神仏を求める段階もあってよし、
いずれは自分の中の神仏としっかり会話ができるといいですね。

今日は、お詣りに行った後、ここに立ち寄ってくれた人と話をしていて、
どこからが、自分の声か、どこからが神仏の声か
その見分け方についての話になりました。

一般的には、声が降りてくるとか、
あるいはビジュアルで見えるとか、
神仏との接触をそんな風に表現したりしますが、
実際は、自分の中から湧き上がってくることが多いのです。

けれども、その湧き上がってくるのを遮っているのが、
「人間の意識」「これまでの習慣」

一生懸命生きていると、意識を整え、
社会の一員としての習慣を身に着けることに
それこそ一生懸命になりますが、
少しそこから距離を置けるようになると、
ふと、自分の魂の声が聞こえることがあります。
それがすなわち神仏の声と行かないまでも、
より広い視野から見た自分の声を聞くことは、
満足できる日々を送るのに大事なこと。

そういう意味では、神は言上げしないということなど、
人間が作り出したイメージに過ぎないといっても過言ではありません。
それどころか、空気、光、風、いろんなもので、
いつも神は人に話しかけているのですから。
それを「言上げ」と言ってしまえば、常に話しかけられているのと同じ。
そして、それを自分の魂や心が言葉として受け止めるか、
単なる感覚として受け止めるか、それとも「何もない」と受け取るか。
それだけの違いです。

仏だって同じ。
よ~~く耳を澄ませれば、いつも空気の中に仏の意識は
流れています。ずっと、ずっと流れているのです。

テレビや人の声などの雑音にかき消されてしまって、
あるいはそれに耳を傾けないから聞こえないだけのこと。

感覚のある人は、特にこうした大量の情報が入ってきますから、
どれを聞いて、どれを聞き流すかを自分で判断できるよう
訓練していくことが、大事になってきます。

基準はあくまでも自分。
だから、自分で「こうしたい」「こうします」という望みを、
言葉にして、そうなるよう一日、一日意識して過ごしましょう。
すると、自分の望みに必要なものだけを耳にできる。
そして、一日が終わる頃、望んだものが手に入ったか、
それともその途中かを確認する。
それが、自分の意識と、自分の望みと、自分の行動を一致させるための
大事な訓練。

もちろん段階によっては、この訓練以外のことが必要になることもありますが、
すでにいろいろなものが、聞こえたり、視えたりしている人にとっては、
情報の取捨選択は、自分を基準にしていくことが大事でしょう。

言葉にも言葉のパワーがある。
宣言して、実行する、の繰り返しの中で得られる、
自分の望みの実現力。
それが、ただの妄想と、
これからを思ったように作り出していくビジョンの違いです。




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