2018.01/05(Fri)

【だんな様は霊能力者】 新春祈願と伝授 

昨日は、新春祈願、そしてその後、伝授に突入という
まさに濃い濃いな一日でした。
だんな様は都合、17~8時間、座っていたことになります。
もちろんずっとではありませんが、いや~長い一日、
でもとても充実した一日でもありました。

まずは、新春祈願は、大晦日にいらっしゃれなかった方も含め、
連続してお見えになった方も。
ともに祓いを受けて、新春を迎えました。










大晦日と同じようにちょっとしたおせちと、花びら餅。
御神酒もいただきました。
所用で時間に間に合わなかった方も、
都合をつけて、後ほどお見えになったりと、
皆さんの、神仏に対する思いの深さは、年々増していると感じます。

神仏を自分のどこにおくかは、人それぞれでよし。
けれども、近づくことを目指すなら・・・という、
思い入れの深さは、様々な局面に違った形で現れます。
単に、お参りに行った、行かないという行動だけでなく、
思いと行動が一致するとき、自分自身に対しても、
周りに対しても説得力を持ち始めます。

どんな段階であるにせよ、自分にとっての「良い年」にしたいもの。
それには、振り返って後悔するのではなく、
思いを残した事も含めていったんリセット。
単に忘れてしまった方がよい事も、
次なる工夫が必要な事もありはずで、
心の整理は事の他大事です。

同じ思いのまま、同じ姿勢のまま
ひたすら続けて行くのもありですが、
何かが違うと感じたのなら、変化は甘んじて受け入れる
潔さも時には必要でしょう。

伝授では、そのあたりは待ったなしで神仏から
課せられる、終わったならハイ、次のページという
成長を促されることを、ためらいなく受け入れる姿勢が
当たり前と思っている人たちの学びの場でもあります。

今年最初の伝授も厳しいものでした。
手ほどきを受けた二人は、学びとともに悲鳴を上げるほどの
身体的、心理的プレッシャーを受け取ったはず。
降って来た課題が、頭や心で理解できずとも、
期待されている人たちへの課題は、手ぬるいと
本人たちのためになりませんものね。

・・・と、詳しくは表現できないのですが、
そうした教えを心や体で受け取る場面に、
縁あって立ち会われた方々もいらっしゃいました。

多分、あなた方も次に行きなさいということだったのでしょう。

昨晩は、皆さん方への直接的なご神託は差し控えました。
具体的なご神託はありませんでしたが、
神々と接する機会そのものが、教えだったと思います。
学びたいと思う気持ちがあるのであれば、
学びたい場所へ足を運び、体や心でその学びを受け取りましょう。

その場が、神社であれ、寺院であれ、道場であれ、
その姿勢さえあれば、自分がやるべき事は、
ちゃんとわかるはずなのです。

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