2018.01/31(Wed)

【だんな様は霊能力者】 いい人に思われたいkrど、被る 

誰だって人に嫌われるより、好かれたいのは当然。
だから、少しだけ無理をして、いい人を演じる。
これも、よくよくわかります。

人の心に敏感な人はなおさら、人の心に反応して、
だから、余計にあれこれ、ことが起る前に、相手の心が
満足するように・・・と動いてしまう。

ところが、人の心が透けて見えたとしても、
人の心はコロコロ変わる。
だから、相手に好かれたいという気持ちも
一瞬満たされることがあっても、次はまたわからない。

人に好かれたいという本能で、人の心をのぞき込んだり、
事件や事故にむやみに心を寄せすぎると、
冷静な自分を保つのが難しいほど、どっぷり被ることが多いです。

だから、冷たくなりなさい、といっているのではなく、
自分のことでなければ距離を置いて。
人のコロコロ変わる心に振り回されても、
あんまり良いことはありません。
人に心を寄せるときは、あくまでも自分のスタンスで。
相手の反応に基準を置くと、つじつまがやがて合わなくなり、
結局は、その人間関係、うまく行きません。

では、どんな人が、自然に人から好かれるのかということになると・・・
究極、自分らしい人。
いつも、自分を崩さない人。
ぶれない人。
好かれる、嫌われるというより、憧れられる存在って理想ですね。

先日、ハワイに行った時に出会った神は、
生け贄を捧げよという条件を人間に出したとして、
それには、プラスもマイナスもあることは、
わかっていたことでしょう。
人の命を引き換えにするほどの思い・・・ならば、
その思いは、きっと形になるでしょう。
ただ、その場の感情での生け贄であれば、
その感情のおありを受けるのは、生け贄を捧げた方。

現象だけを見ると、人間の感覚で言えば恐怖だったりしますが、
そこには神の、そして祈る側の真剣度が測られるという
プロセスがあったはず・・・。
そして、その真剣度合が、そのとき、そのとき、マックスだったからこそ、
ヘイアウはヘアアウとして存在しているのだと感じます。

人間はいろんな感情を持つ、豊かな存在。
時に、神の想像を超えることをやり遂げたりします。

人に嫌われる勇気
なんて本も出ていますが、
嫌う人がいれば、好きになってくれる人も出てくるんだよ~
とだんな様。

好かれる、嫌われるという近視眼的な行動ではなく、
自分にとって心地よいかどうか、
一見、同じように思えても、たどり着く姿勢は全く異なるのでしょうね。








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