2018.03/05(Mon)

【だんな様は霊能力者】 諦めない気持ち 

今日は早起きして、だんな様と一緒に、昇段審査へ見学に行きました。










今回、ホテルの一室で行われることになった昇段審査には、
50人あまりの方々が、海外からも参加されていました。

基本、移動、型からはじまり、補強で午前中を終了。
ここでいったん、1時の合否が発表されての午後の組み手まで。

この流派の試合は何度も見せてもらっていますが、
審査会を生で見るのは初めて。
ビデオでは、何度か見たことがありますが、
やっぱりライブはちがいます。

5段や4段、3段を受審する選手や、初段に挑戦の選手まで。
私たちからみると、すべて黒帯の先輩。
その違いというのを目にすることは、少ないですが、
今日ははっきり目の前で見て、感じることが出来て、
空手が強い、とは、こういうことか!と実感しました。
空手が強い人は、突きや蹴りが強いだけでなく、
軸が全くぶれない。
どんな攻撃がきても、冷静にさばく、
息が乱れていても、ハアハア言っていないなどなど、
その違いは、あまりにも明らかでした。

黒帯の先にある、黒帯を取ってから始まる、
挑戦がどいうものが少し見せてもらった気がします。

また、最後に茶帯から黒帯に挑戦していた女性が、
10人組み手の最初で涙を流し始め、
それでも、相手をしてくれる先輩を含め、
みんなが、ちゃんと追い込みながら
対戦相手さえ、心から応援している姿を見て、
心がひとつになる、ってなかなか難しいと思っていましたが、
ああ!ココにあった!と感動しました。

試合では、闘う相手、どちらかを応援しますが、
それでも元々は仲間同士、試合が終われば握手をします。
また、審査の組み手の中には特に、敵味方はいないんですものね。
とても素敵な風景でした。

除霊や供養の話を、だんな様が昨日の食事の時に
内弟子さんと話をしていて、最後は諦めずに
闘い続けること、と、まるで空手と同じという話をしていました。

多分、組み手の途中で肋骨にヒビが入ったであろう選手も
審査前に、手をけがしてしまっていた選手も、
最後まで、しっかり闘い抜かれていました。

本当に闘っているのは、目の前の存在ではなく、
自分の中の気持ち。
それはどちらも同じだと。

だから、だんな様は空手を多くの人に勧めます。
相手を倒すためではなく、相手を倒す力を自分が持っていると
自分が信じられるようになるために、
あまり接点がないように思われますが、だんな様と同じ仕事を
しっかり続けていくには、何と闘っているのかを間違わないことも
大事でしょう。

ここをちゃんと心に刻まないままに、
相手に闘いを挑むと、相手が選手であれ、霊的なものであれ、
惨敗に終わります。
だから、瀧に行くとか、お参りを続けるのではなく、
瀧に行き、お参りを続ける中で、ついて行く自分の中の変化。
そこには、行を修めたから、こうなるという公式は存在しないのでしょう。
必死で頑張ったから、たどり着くものでもありません。
必死で頑張る方向も含めて、ちゃんと自分の心も修めていくこと。

そのバランスの中に、「強くなる」ことが含まれているのだろうと思います。

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