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2018.04/27(Fri)

【だんな様は霊能力者】今週のご神託 

昨日はいつものように伝授。
お弟子さんたちも、いつものように、いつもの時間に。
それぞれの自分の課題を自分のペースで頑張ってこなしています。

そんな中、今週のご神託。
神様は比較的、上機嫌でした(笑)
多分、それぞれが、それぞれの課題に取り組んでいる姿勢に、
それなりの評価が下っているということでしょう。

一口に「祈り」と言っても、その姿勢や思いの深さはそれぞれ。
もちろん、内容にもよるのでしょうが、
それでも祈りの瞬間は、頭や心を純粋に空っぽにして。
というのが、ご神託でした。

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我が前では、何も考えずに祈りを込めよ。
頭で考えるのではなく、心で祈ること。

まず足繁く通い、与えられた行を修めること。
祈りを込めるとき、頭であれこれ考える事がないように。
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というお言葉に対して、それでも人間の世界の日常を過ごしていると
あれこれあるのが普通で、その中での祈りのヒントのようなものを
いただいてみると・・・・

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あれや、これ、願いごとは聞き届けぬ。
タダの戯言と見なす。

ただし、「誓い」は神の元に届くであろう。
そして、それが真に必要な事であれば、
神々がそれに必ず応えるだろう。

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というのがお答え。
毎回ですが、ご神託には様々な気づきがあります。
先日ブログに書いた、願いごとと愚痴や弱音。

心に思い浮かんでいる「事柄」は同じでも、
神に祈るとき最も大事なことは、
祈る本人の覚悟。

覚悟を決める、決心する、というのは
言葉にすると一瞬ですが、
いったん、神前で言葉にしたことは、
実現するまで、思い続け、実行し続けるしかありません。
途中で投げ出すような思いや事柄、
そりゃあ、誰だって叶えることは簡単には叶わないでしょう。

安易に言挙げしない(言葉にしない)ことで、
その宣言の言葉に言霊が宿り、
それが言挙げした事への実現まで、
心に思い続け、実行し続ける。

神は言挙げしない、という表面的な響きとは、
現実的には違う?同じ?
いやいや、そんなことはどちらでも良いのです。
ま、何しろ、神が言葉にすればそれはすべてそうなる訳ですから、
神であれ、人間であれ、簡単に言葉にするというのは、
ある意味、危険、危険(笑)

自分の宣言には、自分で責任を持って。

簡単な軽口で、神に宣言したりということがないような戒めでしょうね。
さて、さて、どれだけ気持ちを込めて宣言できるか。
特に神前での自分の祈りの姿勢をもう一度、見直してみましょう。

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