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2018.10/14(Sun)

【だんな様は霊能力者】 変化と常識 

ここのところ、都内のこのあたりの変化も著しいです。
それまでは、全く変わらなかった風景が、
ちょっとの間に、ガラッと変化し始めたりと、
変化にもリズムがあることがわかります。

実は、感覚の鋭い人は、変化にはあまり強くないことが
少なくなく、「いつもの」という安心感が大事だったりします。

と、思って見ているのに、結構気まぐれで、
あれ?あれ?あれ?という間に、
「いつもの」という安心感を放棄(あはは)

はっきり言って、そこに理由はありませんので、
いくら、なんで?と理由を聞いても無駄です。

変えてほしくないことだけは、きちんと伝えてみましょう。
ま、そうなるかどうかは期待せず、
自分の気になる「いつも」は、自分で守るしかありません。

また、「いつもの」の積み重ねの先には、
このぐらいが「常識」だろう、という、暗黙の了解というのがあります。
で、常識というのは、自分にとっては当たり前でも
相手にとってはそうであったり、なかったり。
地方によっても、年代によっても、微妙に、
ある時は、大きく異なったりします。

常識に縛られるのが大嫌いな人たちなのですが、
感覚人間な人たちは、一度見に着いた常識を
無意識にもなかなか捨てられません。
そこに関しては、かなり頑固です。

ですから、自分が正しいと主張しあうと、
最後は決裂することもありますから(笑)
より広い常識を知っておく、経験しておくってのも大事大事。
「こうじゃないとダメ!」という縛りは、
相手や周りではなく、自分を縛ります。

例えば「正装」と一口に言っても、
出掛ける場所が、冠婚葬祭の目的によっても大きく異なりますし、
神社などに正式参拝するときも、これまた異なるでしょう。
また、主催者との関係性でも異なってくる場合もあります。

いずれにしても、どれが正しいという視点に
囚われてしまうと、一番大事なことに気が回らなくなってしまいます。
神社への正式参拝は、神様に直接お会いする場ですから、
どういう姿で自分が会いたいか、ということでもあります。
せっかくのチャンスに、かしこまりすぎても、心が置いてきぼりになったり、
心理的な距離が近づけなかったり。

形と心は、神仏の世界ではいつも意識していたいもの。
形に囚われて心を忘れては、せっかくの機会、
大事なことへの意識が薄れてしまいますものね。

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