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2019.01/12(Sat)

【だんな様は霊能力者】 日常の中の修行 

昨年11月に、私なりに頑張っていただいた黒帯。
実は、その前の3月に、他の流派の審査をみせていただきました。
とても、とても、ありがたい経験で、黒帯の初段に挑む人と、
2段、3段などさらに上級の段に挑む方々の審査を観て、
一番気が付いたことは、ずばり、
「姿勢が終始崩れない」ことでした。

感覚の鋭い人は、「何か」をやらなくてはならないという感覚も
とても限定的で、あれと、これと、と頑張り屋さんも
少なくありません。

ところが、頑張りすぎると、スイッチがオフになった時に、
結構、逆戻りしてしまうことがあったりします。
そして、そのオフの時に、せっかく積み上げてきたものが、
どこかリズムが崩れて、続けていくのが嫌になってしまう。

こんなこともあって、だんな様は日常の中にも
きちんと修行の意識を持ち続けなさいといいます。

また、あることを始めたら、続ける工夫、
それも楽しんで続ける工夫が必要です。
どんなに好きなことでも、ずっと続けていると、
果たして面白いのかどうか、わからなくなることも
ありますし、どんなことも、くじけてしまいそうな出来事は、
チャレンジしていれば、必ずあるのが普通です。

私も、ずっと、ご神託を降ろす時の審神者を
やらせてもらって、神の存在の細かいところがわかってきました。
それでも、いまだに、このことを、どう質問しようか・・・と
考えながらというのも、少なくありません。

物事には、相手に応じた「聞き方」「尋ね方」があり、
逆に指導者からすると、その質問の仕方で、
質問した人の度量がわかったりしますので。
ま、どちらにしても、神仏はすべてお見通し、
と思っていますが、尋ねたいことへのわかりやすい返事を
もらうためには、「尋ね方」も大事になってきます。

きっと、神仏に対する祈りやご挨拶も同じこと。
こんなこと、あんなこと、失礼に当たるのではと、
恐怖感を持つ人もいますが、そんな小さなことで、
神仏は、いちいち罰を与えるほど、暇ではありません。

無礼を働いても、よっぽどのことがない限りは、
放っておかれる、相手にされないだけ、です。

人との付き合い方同様、神仏との付き合い方は、
確かにありますが、形式だけにとらわれず、
遠くにおいて、怖がるのでもなく、
どう付き合っていくのか、模索する中に答えが見えてくるかもしれません。

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メンター


こちらもどうぞ→アメーバブログ【だんな様はメンター】
https://ameblo.jp/kumishimazu/entry-12414940519.html
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